ZAC2097 十六話




 ゴジュラスT1に向けて前進を続けていたコマンドウルフはその勢いのままでゴジュラスT1の脇をかすめて滑っていった。
 そのままの勢いでタートルシップの外壁に当たって停止した。だがブラウはそのことにさえ気が付かなかった。
 ブラウは呆然としたままコマンドウルフのコクピットに座っていた。しばらくして本能のままもぞもぞと両足を抱えると胎児のようにうずくまった。
 すでにコマンドウルフからの反応は消えうせていた。ゾイドコアが停止した事は間違いなかった。そして突然機体からのフィードバック信号が消失した為にブラウとコマンドウルフを接続していた脳外記憶が誤作動を起こしていた。
 ブラウは自分の反射速度や思考速度が常人以下のレベルにまで低下しつつある事に気が付いていたが自分ではどうする事も出来なかった。
 誤作動を起こしたままの脳外記憶は戦闘の経過を延々とブラウに見せていた。
 すでにブラウは自分の犯した失敗に気が付いていた。ゴジュラスT1の電磁波兵器について根本的なところで勘違いをおかしていたのだ。
 排夾されていた薬莢はあくまでも高速射撃時に使用するだけの補助電源でしかなかった。
 正確にいえば電磁波兵器はあの薬莢の中の化学物質の爆発によって電力を得ているのだが、大出力の電源さえあれば時間はかかるが十分な出力で電磁波兵器を照射できるだけの電力を充電することは可能だった。
 今から思えばゴジュラスT1に全く動きが見えずに70ミリ砲での砲撃をおこない続けていたのも余剰電力を全て電磁波兵器で使用するコンデンサーに逐電していたからなのだろう。
 ブラウはその事に気が付かないまま無防備に突進した。そしてゴジュラスT1は十分にコマンドウルフを引きつけてから近距離で電磁波兵器を照射した。
 電磁波はコマンドウルフのコアをほとんど正確に貫いていた。これによってコマンドウルフは沈黙した。
 脳外記憶はこの戦闘の結果を戦訓として記憶せよとブラウに執拗に命令していた。
 本来なら戦訓はブラウの記憶以外に、脳外記憶に焼きこまれている戦術プログラムによって処理された上で脳外記憶に保存されるのだが、記憶部分にエラーが発生しているらしく戦訓を書き込めなかった脳外記憶は他の大容量メディア、すなわちブラウの脳自身に保存せよと命令していた。
 だがもうブラウにはどうでもいいことだった。
 すでに戦訓を伝えるべき必要性などどこにも無かった。これまでの記憶をたどればこのままゴジュラスT1に破壊されるのはほぼ間違いようが無いだろう。
 ブラウの存在はここで破壊される事になる。そしてそれを回避するすべはブラウの手には残されていなかった。
 意外にもブラウには戦闘に負けた事に対する感情はほとんど無かった。別に悔しいわけでも、悲しくも無かった。
 心残りがあるとすれば、ここのミサイルサイロから発射されるであろうミサイルのことと、最後まで自分を庇ってくれようとしていたテムジンのことだった。
 ふと、唐突にブラウに昔の記憶がよみがえった。
 ――人間は死の直前にそれまでの経験が走馬灯のようにやってくる
 昔、誰かにそう聞かされた事があるような気がした。だが、誰が自分にそんなことを聞かせたのか、思い出そうとしても思い出せなかった。
 ひょっとすると脳外記憶に残された今までの強化人間達の記憶が混信したのかもしれない。
 だが破局を迎えようとしているのにブラウには走馬灯のように経験が思い出されるということは無かった。
 もしかすると人為的に作られた自分のような強化人間には、走馬灯のような現象というのは起きないのかもしれない
 こんないびつな自分が死んだら誰か悲しんでくれる人はいるのだろうか。テムジンはどうなのだろう。
 そこまで考えてブラウは背筋が凍るような思いがした。もしもテムジンが涙も見せずに悲しみもしないとすれば自分が生きていた意味はあったのだろうかと思った。
 もう何かを考えるのが億劫になっていた。早く最後の時になれば良いのに、こんな事さえブラウは考えるようになっていた。
 だがいつまでたっても破壊は訪れなかった。
 さすがに不審に思ってブラウは周囲を見渡した。そういえばさっきから何かの金属音が鳴り響いていたような気がしていた。
 ブラウが不安そうに何も映らないモニターを見ていると唐突に通信機からテムジンの声が流れ出した。
「聞こえていないのか?聞こえているのなら返事をしろブラウ」
 ブラウは慌てて通信機に取り付いた。
「テムジン?テムジンなんですね」
 安堵のあまりブラウは涙を流しながら話していた。だがテムジンはブラウの声を聞いていないかのような大声で叫んだ。
「まだ生きているならコマンドウルフのコンバットシステムに再起動を掛けろ。コマンドウルフはまだ完全には停止していない」
 いきなり言われたのでブラウはその話を信じる事が出来なかった。
 だが意を決して脳外記憶をコマンドウルフに再接続すると、起動ルーチンをコマンドした。
 すると沈黙していたサイドモニターが次々と復活していた。エラーを起こしていた脳外記憶もコマンドウルフ側のコンピュータに記憶されていたソフトウェアによって正常な動作に戻っていた。
 それによって自分の思考能力が通常に戻っていく事をブラウは実感していた。ブラウはまず最初にコマンドウルフの状況を確認していた。
 コマンドウルフは大きく機動性が低下していたが、まだ動く事は可能だった。戦闘は無理だが、退避くらいならどうにかなりそうだった。
 そして最後に外部モニターが復活した。外部の様子を確認したブラウは眉をしかめた。
 ゴジュラスT1と格納庫に残されていたゴジュラスT2が壮絶な格闘戦を演じていた。状況から考えてゴジュラスT2を操縦しているのはテムジンに間違いなかった。


 ブラウとコマンドウルフを救えたのはただの偶然だった。
 思わず格納庫を飛び出していたテムジンだが、最初にゴジュラスのコクピットの高さに戸惑っていた。テムジンは理系コースだったから大学の講義で一応ゾイドの基本的な動かし方については理解していた。それに子供の頃は祖父が持っていたゾイドを動かしていた記憶がある。だから世間の同じような年頃の青年に比べればゾイド乗りとしての経験はあるつもりだった。
 だがそれでもゴジュラスのような大型機に登場した経験は無かった。
 大学にあったのは作業用にデチューンしたゴドスだったし、まだ父親と祖父の仲が険悪でなかった頃に祖父が持っていたゾイドで大型機といえばゴルドスくらいしかなかった。
 だからその視線の高さにテムジンは戸惑っていた。しかしそんな事に戸惑っていたのはほんの僅かな間だった。
 一度慣れてしまえばゴジュラスの操縦はとても心地が良かった。視線の高さも慣れてしまえばどうということはないし、ゴドスなどよりも力強さを感じる一因でしかなくなっていった。
 ゴジュラスは操縦の難しいゾイドだといわれている。それを示すようにその力強い意思がテムジンの中に流れ込んでくるのだが、テムジンにとってはそれは別に不快なものではなかった。それどころか少しでも戦力の欲しい今の状況では頼もしささえ感じていた。
 テムジンはまるで気が付いていなかったが、これは相当に熟練したパイロットか、よほど相性が良くなければ起きない事だった。とてもゾイドの操縦にテムジンが熟達しているとはいえないから、この場合は後者ということになる。
 それよりもこの状況を作り出しているのはテムジンの才能や腕といった問題ではなく意思だといえるだろう。ブラウを助けて、ゴジュラスT1を倒すという事しか頭に無かったものだから、腹部の銃傷のことも一時的に忘れているほどだった。
 そしてそのテムジンの意思に今のところゴジュラスT2も敏感に答えていた。重装備によって通常型よりも重量があるにもかかわらず、ゴジュラスT2は最高速度をも上回る速度でミサイルサイロに向けて疾走していた。
 だから電磁波兵器が照射される直前に戦場に辿り着く事が出来たのだ。
 咄嗟にテムジンはゴジュラスT2の右手を伸ばしていた。電磁波兵器が照射された瞬間に、伸ばされた右腕は僅かにコマンドウルフを照射軸線からそらす事に成功していた。
 これでゾイドコアの停止はまぬがれたはずだった。だが同時にゴジュラスT2も電磁波の影響を受けていた。テムジンは僅かに右腕に痺れを感じていた。
 ゴジュラスはパイロットと比較的精神的なつながりを持つゾイドだからパイロットにはしばしばフィードバックが起こる。そういったことを知識としては知っていたが、体験したのは初めてだった。
 最初にテムジンは冷静に考えるわけでもなく、痛みを感じたわけでもなかった。ただ相手を許せなくなっただけだった。
 気が付いたときには無事な左手で思い切りゴジュラスT1を殴りつけていた。ゴジュラスT1が僅かに体を傾けたところに右腕に装備されたガトリング砲とビームキャノンを乱射した。右腕は格闘戦は不可能だったが、この短距離での砲撃なら十分に効果のある攻撃をおこなうことが出来た。
 その攻撃にたまらずにゴジュラスT1はやや後退した。すかさずにテムジンは踏み込んで更に殴りつけようとした。
 だが今度は相手も予期していたのかゴジュラスT2の拳は何も無い空間を薙いだだけに終わった。咄嗟にテムジンが右腕を掲げるとそこにゴジュラスT1の鋭い拳が飛んできた。
 あとはひたすら乱打戦になった。その間、テムジンは必死でブラウに呼びかけていた。ブラウからの返事があったのは数分後のことだった。

 ブラウの声を聞いた事でテムジンに冷静さが戻ってきていた。だが戦意が落ちたというわけではない。ようやく最初に考えた作戦を思い出しただけだった。
「ブラウ、コマンドウルフは下がれるか」
 通信機の向こうから戸惑ったような声が聞こえてきた。
「まだ動けますけど、テムジンはどうするんですか。戦闘経験なんて無いんでしょう」
「俺のことはいい。それにろくに動けなくて砲戦装備の無いコマンドウルフなんて邪魔なだけだ。動けるならさっさと後退してくれ」
 断定するテムジンの口調にようやくブラウは後退するつもりになったらしい。ずるずると半身を引きずりながらコマンドウルフは後退していった。
 それを確認するとテムジンはふと困惑した。テムジンの作戦ではキーボードを操作に専念しなければならないが、そんな事をすればゴジュラスの操縦がおぼつかなくなる。
 今更ながらにブラウを後退させた事を後悔しはじめたとき、急にゴジュラスT2が動き出した。
 テムジンは一瞬、慌てて自分の操縦ではない動作をコントロールしようとしたが、すぐにゴジュラスT2の意思に気が付いた。ようするに自分の作戦どうりにやれといっているのだろう。
 今始めてテムジンはゴジュラスT2に愛着を抱いていた。
 それに答えるかのようにゴジュラスT2が大きく咆哮を上げた。それを合図にするかのようにテムジンはキーボード操作に専念していた。ここからならばゴジュラスガナー二機が同時に視野に入っていた。
 思わず壮絶な笑みを浮かべながらテムジンは集中していた。その様子を情報局の男が見たならばやはりハイマン准将とそっくりだと断定するであろう笑みだった。


 最初に異変に気が付いたのは情報局の男だった。手持ち無沙汰のまま艦橋を見回していた男は通信機のインジケーターが僅かに点滅しているのに気が付いていた。
 その通信機には誰も取り付いていなかった。それが長距離通信専用の機材だったからだ。この状況でどこかから長距離通信が入るわけもないからだ。それにある以上の距離からの通信なら自動的に報告が入る事になっている。
 だが、艦橋の誰もが見逃している事実があった。長距離通信機は遠方からの微弱な通信波を受け取る為にシステムがタートルシップから独立していた。それは情報局が独自に施した改造だったからタートルシップ固有の船員達の大半が知らないか、忘れている事実だった。
 男もインジケーターの表示に不審なものを感じたが、今の状況ではあまり意味が無いことだと考えて放置していた。
 だが状況が変わったのはゴジュラスガナーのパイロット達から慌てた声で報告が入ってからだった。
 パイロット達はタートルシップからゴジュラスガナーにハッキングが仕掛けられたと報告していた。
 その時、ハイマン准将の命令でタートルシップの復旧はあきらめて、タートルシップの電子戦要員は全員ゴジュラスガナーのシステムの復旧サポートにまわっていた。
 その作業のためにゴジュラスガナーとタートルシップを繋いだケーブルから何者かがハッキングを行っているのだった。
「准将、支援の為のケーブルを切りますか」
 男は不安そうな顔でいった。今タートルシップからの支援を打ち切ればゴジュラスガナーの再起動が大きく遅れるのは間違いなかった。
 今でこそ対等に戦えているが、ほとんど素人のテムジンが操るゴジュラスT2の援護に早く回らなければならないのは明白だった。
 だが切迫した事態であるはずなのにハイマン准将はのんびりとした声で答えた。
「確か長距離通信のアンテナはサイロの方に向いていたよな。それに長距離通信機はまだ生きている」
 男は一瞬眉をしかめた。
「まさか・・・テムジンさんがハッキングしているというのですか、この戦闘中に」
「ふん、あんな動きがあ奴に出来るはずもなかろう。あれはゴジュラス自身の動きだよ。それにゴジュラスT2とやらはさっきから一度も大きく動いていない。それはアンテナをこちらに向けている必要があるからだとは思わないか」
 呆気にとられて男はゴジュラスT2の方を振り向いていた。一体テムジンが何をするのかさっぱりわからなかった。
 ハイマン准将だけがにやにやと笑いながらゴジュラスT2を見つめていた。テムジンが失敗すればこの船も破壊されるという事に気が付いているふしはまるで無かった。

 大体の作業は終わっていた。テムジンは最後の防壁を突破していた。この頃にはもうテムジンを妨害しようとする動きは無かった。
 おそらくハイマン准将の命令だろう。テムジンは作業を終えると複雑な笑みを見せた。今まで気がつかなかったが、激しく流れていた汗が目にまできていた。
 汗をぬぐうとふと腹部に目がいった。銃傷に巻かれた包帯代わりの白布を一度なぞるとテムジンはゴジュラスT2に声をかけた。
「いくぞ、ここからが本番だからな」
 まるでその声に答えたかのようにゴジュラスT2が吼えた。テムジンがハッキングをしている間にゴジュラスT2は満身創痍になっていた。ゴジュラスT1にも同じ程度の傷を与えたかもしれないが、こちらが重装型である事を考えると、こちらの方が不利な戦いを続けていたようだった。
 だがテムジンのいるコクピットには致命的な損害は無かった。ゴジュラスT2が自分を守っていたのだとテムジンは自然と考えていた。
 後はテムジンがそれに答えるだけだった。テムジンは操縦桿を握ると躊躇い無く大きく動かした。ゴジュラスT2は逆らうことなくそれに従った。
 いきなり大きく動いたゴジュラスT2に相手は戸惑っているようだった。素早く後ろに回りこむとテムジンはゴジュラスT1を殴りつけた。おもわずT1はよろよろと前に進んだが、すぐに立ち止まると素早く振り向いた。
 振り向いてすぐに、ゴジュラスT1は殴りかかってきた。テムジンは無理な姿勢から放たれた拳をやすやすとかわしたが、その拳は囮だった。
 次の攻撃に備えようとしたが、ゴジュラスT2はすでに停止していた。慌ててテムジンが周囲の機器を操作する。
 あきらかに電磁波兵器の仕業だった。頼みの綱の通信機も停止していた。無念そうにゴジュラスT2が吼えたが、その四肢はゆっくりとした動かなかった。
 その様子をゴジュラスT1が満足そうに見ていた。テムジンはゆっくりと立ち上がった。コクピットハッチを開けると半身を乗り出した。
 ゴジュラスT1はその様子を見ているだけだった。人間一人くらいいつでもひねりつぶせる。そう思ってでもいるのだろう。
 テムジンは手早く手元の端末を操作した。その端末には都市間ネットワークに繋ぐ為のアンテナが装備されていた。
 その時、唐突にゴジュラスT1が動いた。何故かゴジュラスT1は殺意を剥き出しにしてテムジンを掴まえようとした。
 思わず舌打ちをしながらテムジンは端末のキーを叩いた。
 次の瞬間にゴジュラスガナーの砲が突然唸った。
 テムジンを掴まえようと屈んでいたゴジュラスT1は背中からの爆風に押されてゴジュラスT2のすぐ脇に倒れこんでいた。
 だがゴジュラスT1に致命的な損害を与えた様子は無かった。背中のアンテナや電磁波兵器は全損したようだが、ゴジュラスT1は早くも立ちあがろうともがいていた。
 その時動かなかったはずのゴジュラスT2の腕が伸びていた。そのまま腕はゴジュラスT1を掴む。
 慌ててテムジンが振り向くと、ゴジュラスT2は一度だけ大きく咆哮した。まるで躊躇っているテムジンを励ますかのようだった。
 テムジンは大きく頷くともう一度ハッキングしていたゴジュラスガナーの砲撃システムを操作した。
 外部からの操作ではほんの僅かしか砲を動かせなかった。それでも操作が可能だったのはゴジュラスガナーの砲撃システムが本体とは独立していたからだった。
 迷うことなくテムジンは照準をつけた。もちろん外部からの接続ではあいまいなものになってしまう。
 下手をすればテムジンの体はばらばらに引き裂かれてしまうだろう。
 だがテムジンは躊躇わずに発砲を命じるキーを押し込んだ。
 間髪をおかずに凄まじい閃光と打撃音がテムジンを包み込んでいた。
 何かがテムジンの前に滑り込んでいたような気がしたが、テムジンの意識はそれを確認する前に途切れていた。




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