ZAC2097 十七話




 どうやら戦闘は終わったようだった。あのテムジンという青年くらいは殺せたのかもしれないが、あまり意味のある行為だとは思えなかった。
 すでにミサイルサイロにはタートルシップから降り立った情報局の部隊が展開していた。おそらく手動でミサイル発射を阻止するつもりだろう。
 そしてシュラウダー中佐にそれを阻止する手段は無かった。それどころか部隊の一部は基地に向っていたからこの観測基地は間もなく完全に制圧されるだろう。
 そうなれば傷の手当てもそこそこに居住区に隠れているシュラウダー中佐も間違いなく発見されてしまうだろう。
 そうやら今回はここまでのようだった。だがシュラウダー中佐にはまだやる事があった。
 今回の戦闘に投入したゴジュラスはそのパワーがパイロットとの意思疎通に大きく左右されるゾイドだった。
 だからテムジンに対して競争意識を持っていたキングというハッカーをパイロットに据えたのだが、結果はテムジンの操縦するゴジュラスT2に敗北していた。
 敗因はいくつか考えられる。まずはキングに戦術感が欠けていたという事があった。せっかくの電磁波兵器をゴドス部隊に乱用する事で最終局面で電磁波兵器を旨く活用できなかったという事だった。
 それに相手に対する怒りや復讐の感情が足りなかったのかもしれない。どちらにせよキングが死んだ今となっては確かめる事は出来ない。
 だが敗北の中からも学ぶ事は多いはずだ。むしろ完全に成功するよりもそちらの方が戦訓は得られるはずだった。
 問題はその戦訓を生かせるかどうかだった。だからシュラウダー中佐は自分の記憶をネットワークを通じて伝達する必要があった。
 別にリアルタイムで相手に伝達させる必要は無い。ネットワークの海に暗号化して流せばいつか誰かがその情報に気がつくはずだった。
 その作業は一瞬で終了した。あらかじめ今回の事件に関する記憶を必要な形に加工して脳外記憶に転送させてあったから、そのファイルを流すだけですんだ。
 作業が終わるとシュラウダー中佐は迷うことなく脳外記憶を体から引きずり出していた。
 元々取り外せるように設計されていない脳外記憶だったから、シュラウダー中佐は自分の体を切り裂いて取り出した。
 取り出した脳外記憶を部屋の端末の上に放り投げるとシュラウダー中佐は持っていたテルミット焼夷手榴弾を置いた。
 テルミットの炎が部屋を焼き尽くせるように手榴弾とは別に辺りの部屋から可燃物や爆発物をかき集めていた。
 体の傷によって出血死する前にシュラウダー中佐は爆発死するはずだった。別に迷いは無かった。生まれた時からこうなる事を予想していたといってもいい。
 ただ、それまでの人生経験が見えるという死の間際の走馬灯が見えることが無いのを不思議に思っていた。

 「彼」の乗っていた航宙船が触雷したのは「彼」がちょうど船外活動を行っていたときだった。
 航宙船はかつて大規模な戦闘が行われた宙域を慣性航行していた。船外に露出していたセンサが故障していたからだ。
 それほど大きな故障ではなかったが、だからといって放って置けるほどのものでもなかった。だからエンジニアである「彼」が修理を行っていた。
 最初に起こったのは発令所の混乱だった。発令所はすぐに爆雷の接近を「彼」に告げた。
 そして発令所は「彼」を収容する時間がないと言ってきた。それを聞いた「彼」の反応は素早かった。
 自ら修理していたセンサを蹴ると航宙船から離れていった。すぐに航宙船の方も補機を始動して「彼」から離れていった。
 「彼」は舌打ちしていた。おそらく「彼」を被爆させない為にそろそろと離れたのだろうがそれでは触雷する危険性を増すだけだった。そして母船が沈めば「彼」は収容される事無くこの辺りを漂うことになる。
 それくらいなら被爆覚悟で触雷を避けるべきなのだ。案の定それほど時間がたたないうちに航宙船が去っていった方向に光が見えた。
 おそらく航宙船は粉微塵になってしまっただろう。軍用の爆雷が衝突したのだから当然だった。しかし「彼」に爆雷の破片が衝突する可能性は低かった。つまりこれから長い死を迎える間「彼」は孤独な漂流を続けるのだ。
 だが、それまでの人生経験が見えるという死の間際の走馬灯が見えることは無かった。

 次に「彼」が死を迎えたのはグーロバリーIII号の墜落時だった。すでに「彼」に純粋な意味での体は無かった。ただ本体となる人格移植型コンピュータとそれに接続された端末があるだけだった。
 グローバリー号は墜落のショックによって「彼」の生存、というよりもは存在に必要な電力を供給する事が出来なくなっていた。「彼」をコンピュータに移植した冒険商人達が「彼」のバックアップをとっていたが「彼」自身の死はまじかに迫っていた。
 だが、それまでの人生経験が見えるという死の間際の走馬灯が見えることは無かった。

 何度も死を迎えるうちに「彼」から生への欲求は失われ、死への曖昧な興味だけが残っていた。


 瞼に段々と強くなる光を感じてテムジンは呻いた。まぶしいくらいに強くなる光だったが、手を当てて遮るのも面倒くさいような気がしていた。
 何となくまだ起きる気がしなかった。だがテムジンは自分を強く呼ぶ声に促されるようにして、ゆっくりと目を開けた。
 だが目を開けるとまぶしかった光は消えうせていた。かわりに柔らかい光がテムジンが見上げている天井を照らしていた。
 どうにも状況がつかめなかった。ゴジュラスガナーの主砲を遠隔操作して発砲させたことまでは覚えているのだが、その後の記憶が無かった。ここが病院らしいという事は全体の感じから何となく想像がついたがそれ以上はわからなかった。
 だが少なくとも病院にいる以上は、久々にのんびりと出来そうだった。体の節々が鈍い痛みを放っていたが、それでも気楽に考えるとテムジンはもう一度、目をつむろうとした。だがその前にテムジンの顔の前を影が遮った。
 慌てて目を見開くとそこには心配そうな顔をしたブラウの姿があった。
「大丈夫ですかテムジン。どこか痛いところは無いですか、もう心配したんですよ。どうしてあんなことしたんですか」
 珍しく動転した様子のブラウは、テムジンにしがみ付いていた。ブラウにしがみ付かれた辺りから鋭い痛みが伝わってきてテムジンはうめき声を上げかけた。
 ――痛いのはブラウが組み付いているところだ。
 そういいかけたが、どうやら本気で心配されているようなので無下にも出来なかった。テムジンは黙って頷くと空いている方の手で、そっとブラウの髪を撫でてやった。
「感動の再開かもしれないが、状況を説明させてもらうぞ」
 無遠慮な男の声がいきなりテムジンにかけられた。慌てて声のした方を見ると、陸軍の軍服を着た男が険しい顔をしながら、背を壁にもたれかけさせていた。どうやら階級章を見ると中尉のようだった。
 男は手早く研究所守備隊のノックス中尉と名乗った。その時にはテムジンも研究所に潜入した時にぶつかった男の顔を思い出していた。だが、何故クーデター派であるはずの彼がここにいるのかは理解できなかった。
「最初に貴様が気絶した時の状況を伝えておこう。ゴジュラスガナー二機が放った四発の砲弾のうちゴジュラスT1に命中したのは二発。頭部と腹部に被弾したゴジュラスT1は全壊だそうだ。それでパイロットの遺体は未だに肉片一つ見つかっていない。最初からいなかった可能性も否定できんがな。
 貴様はそのときの爆風で気絶した。覚えてはいないようだな」
「いや・・・何となくは覚えている。ただ目の前に何かが滑り込んできたような気がしたが」
 するとブラウが満面の笑みを浮かべて自分を指さした。
「それはそこにいる強化人間、いやブラウ嬢のコマンドウルフだ。それで貴様は爆風を直接は受けなかった。ただし内臓にかなりの負担がかかったようだし、吹き飛ばされてあちらこちらをひどくぶつけているようだな。しばらくは激しい運動はしないことだな」
 テムジンはそれを聞くとため息をついた。
「パイロットはいたと思う。ゴジュラスのものではない殺意を確かに感じたから・・・そうだ。俺の乗っていた方のゴジュラスT2はどうなった」
「電磁波兵器の直撃を受けた上に、ゴジュラスキャノンの至近弾を受けたからな。完全修理は無理だったらしい。
 それでかなり珍しい例なのだが、民間に払い下げられる事になったと聞いている。それとミサイルはもちろん発射されなかった。観測基地は情報局に占拠されて一件落着だ」
「ちょっと待ってくれ、観測基地の兵員で間抜けそうな顔をした下士官がいなかったか。一応礼を言っておきたいからな、それに彼らの大半は最後は投降しようとしてたのだから減刑したほうが良いんじゃないか」
 その時唐突にテムジンは矛盾に気がついた。
「そういえば観測基地は占拠された。つまりクーデターは阻止されたんだろう。何であんたはここにいるんだ」
 不思議そうな顔をしているテムジンに、ノックス中尉は鋭い視線を向けた。だがテムジンの目にはノックス中尉がどこと無く疲れているように見えていた。
「クーデターなるものは最初から存在しなかった。よってクーデター派の将兵など存在しない。何人かの高級士官が病気療養などで予備役編入するという話はあるがな」
 そう言うとノックス中尉はそっぽを向いた。これ以上説明する気はないらしい。困惑するテムジンに横からブラウがいった。
「准将が言うには政治的決着だそうです。クーデター派の言い分をいくつか聞く代わりに、首領の人達は引退するとか言ってました。何でもこの時期に軍と政府の仲が悪くなるのは避けたいそうです」
 ようやく納得するとテムジンはノックス中尉に笑みを見せた。
「何だ、良かったじゃないか。つまりあんたみたいなのは無罪放免ってことだろう」
 ノックス中尉は無言でテムジンを見た。顔から表情が消えうせていた。要するにお前は下っ端だといったようなものだがテムジンはまるで自覚が無かった。それに事件以来、ノックス中尉のような立場の士官には必ず監視役らしい男がつくようになっていた。いまも病室の外に情報局員が待機していた。
 だがノックス中尉はある事を思い出すとにやりと笑った。
「そうだ、貴様に関する事を教えてやろう。クーデター派なるものが存在しなくなった為に貴様にかけられた罪状は一部が消失した。具体的に言えば、研究所と観測基地への不法侵入が無かった事にされた」
 テムジンは妙な顔をしていた、何かが不自然な気がした。
「それと軍から装備を強奪した罪は減刑されたぞ、よかったな」
「軍の装備・・・何の事だ?」
 呆気にとられているテムジンにノックス中尉は笑みを見せるといった。
「強化人間は貴重な存在だからな、貴様は国外追放になる。西方大陸辺りでほとぼりがさめるまでせいぜい楽しんでくるんだな」
 そういってノックス中尉はベットの上に二枚のチケットを放り投げて病室から去っていった。呆然とそれを見ていたテムジンは慌てて船便のものらしいチケットを手にした。
「おい、これの日付三日後だぞ。俺は病人なんじゃなかったのか。大学の講義はどうなるんだ」
 次にブラウがすまなそうな表情で二枚の紙をテムジンに差し出した。一枚目は病院からの退院日程が書き込んであった。日付は二日後になっていた。どうみてもそれまでに傷が完治することは無さそうだった。
 震える手で二枚目の紙を見たときテムジンは絶句した。それは大学からの退学通知だった。
 大きく肩を落としたテムジンを慰めるように、しかしどこかうれしそうにブラウはテムジンの手を握った。空いている手には二枚分の船便のチケットをしっかりと握り締めていた。


 港町の、それも場末の方にある酒場にしては、その店は落ち着いた雰囲気を持っていた。この辺りは大異変の前は旧ゼネバス帝国の領土だったから、地底族特有の石材を用いた建築物が多かった。この酒場もその例外ではない。
 大異変の後は移民が多く行われたから、かつてほどは地底族が多いわけではないのだが、それでも昔ながらの石材建築が市街には多かった。
 国力の回復が順調に行われ始めた頃に、この街は西方大陸との貿易の為の港町として整備されていった。今でも西方大陸へと向う船便のほとんどがこの港町から出港していた。
 その大規模な港を一望できる酒場のカウンターにハイマン准将と情報局の男が座っていた。別に昼間から酒を飲んでいるわけではない。そもそも酒場の入り口には準備中の札が立てかけられ、カウンターの中にも店員らしき人影はいなかった。ハイマン准将と男が口にしているのもただのコーヒーだった。
 ハイマン准将は気難しい顔をしながら男と話し込んでいた。もっとも男はハイマン准将の表情がただのポーズであることに気がついていた。
「前々からの契約通りに大破したゴジュラスT2はハイマン・マーセナリィー・コーポレーション向けの船便に混ぜておきました。
 ただしコンテナの大きさが大きさですから本体と各種のオプション兵装は別々に遅らせていただく事になります。さしあたって本体はあの貨客船に積み込み済みですので後でお確かめください。
 ああ、勿論ですが発送主はダミー会社を通しておきましたのでご安心を」
 手渡された書類をハイマン准将はざっと眺めた。それはゴジュラスT2の軍からの廃棄申告書とスクラップの売り渡し申請書だった。
 もちろんゴジュラスT2はまだスクラップといえるほどには破壊されていない。すべてはあらかじめ情報局との間に結ばれていた契約内容の一つだった。
「それは構わんのだがな、こっちは修理する手間が加算されとるんだ。何かもう一つ誠意を見せてもいいのではないか」
 口ではやかましいことを言いながらも、ゴジュラスが手に入るうれしさから、ハイマン准将の表情はどうしても緩みがちだった。
 男も納得しているようで、首をすくめながらいった。
「ですからオプション兵装も付けるといったのですがね。どうせゾイドコアに損傷は無かったのですから、今はもう自己再生が始まっていると思いますよ」
 ハイマン准将も満足そうに頷いた。
 その時、準備中の札がかかっているはずのドアが開く音がした。ハイマン准将と男は同時に振り返っていた。
 ハイマン准将の手がさりげなく懐に入っているのに気がついた男は感心していたが、入ってきた人物を見て、慌てて腰を曲げていた。
「お久しぶりです、伯爵夫人」
 かしこまる男と、対照的に不敵な表情になったハイマン准将を交互に見やりながら、車椅子に座った老婦人がこんな酒場には似合わない上品な微笑みを見せていた。
 しかしハイマン准将は伯爵夫人と呼ばれた老婦人が、見かけ通りの人間ではない事を知っていた。
 老婦人は、ヘリック大統領を生み出した風族の中でも有力氏族の出身だった。彼女自身も中央大陸戦争のころから政府の要職についており、中でも情報関係で優れた能力を発揮していた。
 現在でも情報局や軍情報部に深い人脈を有しており、伯爵夫人の名で呼ばれる実力者だった。
 ハイマン准将は、彼女の現役時代を知る今となっては数少ない知人だった。
「あんた、まだ情報局を牛耳っていたのかい。とっくに引退していたのかと思っていたぜ」
 思わず軽口を叩いたハイマン准将だったが、扉を閉めて伯爵夫人の乗る車椅子を押している少女の顔を見て表情が凍り付いていた。呆気にとられて脇の男を見たが、男も凍りついたように微動だにしなかった。
 少女は感情が浮かんでいない事を除けばブラウと同じ顔をしていた。

 ハイマン准将と男が呆然としたまま少女の顔を見ているのを笑いながら伯爵夫人がとがめた。
「あなた達、いい年をしてそんなにうら若いお嬢さんを見つめるものではありませんよ」
 冗談めかしていう伯爵夫人に、ようやく落ち着き始めたハイマン准将がいった。
「二人いたとは聞いていないぞ、その娘も強化人間なんだな」
「そうですよ。この子の名はホワイト、あなたのお孫さんのガールフレンドとは双子とでも言う関係にあるわ。
 ホワイト挨拶しなさい」
 そういわれてホワイトと言われた少女は、まさに貴族的な教育を受けたものとしての完璧な動作で二人にお辞儀をした。
 男は慌ててお辞儀をし返したが、ハイマン准将はふてぶてしい顔をしたまま伯爵夫人をみていた。
「あんた、わしに隠している事があるだろう。その娘はいわば量産型だな。研究所からつれてきたのか」
 無作法極まりない調子の准将にも、伯爵夫人は僅かに眉をしかめただけで頷いた。
「そうともいえるわね、でもこの子は最初の試作品だったらしくて、実際に量産される事は無かったようね。
 あのまま研究所に放置しておけばこの子も処分されていたでしょうから、私が後見人になったのよ」
 自分に関する物騒な話がされているのに、ホワイトは眉一つ動かすことなく伯爵夫人の後ろに立っていた。ハイマン准将は、ホワイトが護身用にしては大きすぎる拳銃を忍ばせている事に気がついていた。
 だがハイマン准将はそれを無視すると伯爵夫人を軽くにらみつけた。
「強化人間計画を推奨していたのはあんただったんだな。その計画を新参者のシュラウダー中佐に分捕られそうになったんで慌てて出てきたというわけか」
「それについては否定も肯定もしないわ。私はただあなたのお孫さんに忠告しておきたいことがあったからここに来たのよ」
 今度は怪訝そうな表情になってハイマン准将が先をうながした。
「伝えておきたいのは強化人間の精神面に関することよ。彼女、あるいは彼らは一見大人びた印象を受けるわ。第二世代との中間層は特にそう。でもね、それは外見だけの事なのよ。
 彼女達は精神面ではまだ子供よ。ただ知識だけを与えられて、その知識に引きずられているに過ぎない。
 まぁ要するに彼女を支えてあげて欲しいという事ね。娘のように、妹のように扱う事ね」
 だが、伯爵夫人は最後まで言い終わる事は無かった。ハイマン准将と男は窓の外を見ていた。
 伯爵夫人も後ろを振り返る。するとホワイトが車椅子を反転させた。車椅子を押す手を伯爵夫人が礼を言うように軽く叩くと、ホワイトは他の二人には見えないほどの僅かな笑みを見せた。それはまるで祖母にほめられた孫娘のような笑みだった。
 伯爵夫人は満足そうに頷くと、窓の外を見た。そして再び笑みを見せることになった。どうやら伯爵夫人の警告は無駄に終わりそうだった。
 窓の外には、満面の笑みを浮かべるブラウに手を引っ張られながら、たどたどしい足取りで港の方に歩いていくテムジンの姿があった。
 二人は仲のよい兄弟のようにも、または恋人同士のようにも見えていた。




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