ZAC2097 十話




 姿を消していたローテはいつの間にか電子戦型と格闘戦に入っていた。
 ノックス中尉はそれを横目で見ながら、脚部の復旧をあきらめて破損した装甲を剥離させた。
 打ち抜かれた脚部は既に使いものにならなかった。前部の右脚部が全壊し、後部にも多少の被害が出ていた。三脚でも一応立ち上がって歩行する事は可能だったが機動性がおそろしく低下するのは否めなかった。
 高機動型のゾイドにおいて機動性の低下は著しい戦力の低下を招いていた。その貧弱な装甲は高い機動性によって敵弾を回避することでカバーされ、また決して高くは無い火力は自在な機動を行うことで予想外の方向から攻撃して初めて意味があるからだ。
 だから脚部を破損したコマンドウルフには砲台程度の意味しかなかった。だが、二連装ビーム砲の火力ならば少なくとも敵機を牽制する事くらいはできるはずだった。
 しかしノックス中尉はローテと強化人間との戦闘を見て愕然とした。そこでは中尉が考えもしなかった戦闘が繰り広げられていた。

 戦闘の推移を確認できたのは最初の数秒間だけだった。すぐにテムジンは歯を食いしばって断続的に発生する高加速度に備える事しかできなくなっていた。
 ブラウはすでに電子戦型のシステムと一体化していた。頚部に設けられたジャックにコクピット内部に備え付けてあった大容量データ通信用ケーブルを繋いで電子戦型のセンサからの情報を外部記憶を通す事によって直接脳内に入力し、逆に機体の制御もケーブルを通して行われていたから、筋肉と神経を経由する通常の操作法にくらべて極端に反応速度が早くなる。
 だから戦闘は高速で機動しながら凄まじい速度で回避と攻撃を続けていた。
 どちらも火器は使用していなかった。砲身を敵に指向するよりも早く相手は回避するのだから火器攻撃よりも近接しての格闘戦を挑んだ方がどちらにしても効率が良かった。自然と戦闘は原始的なドッグファイトになっていった。
 どちらも激しく攻撃を仕掛け合いながら相手の隙をうかがっていた。技量や反応速度はお互いに拮抗しているといえたから先に隙を見せたほうが圧倒的に不利になるのは目に見えていた。
 いつの間にかその場に掠め取られた装甲の破片や漏れ出した潤滑油が散乱していた。どちらか、あるいは両方が少なからぬ損害を受けているのは間違いなかった。テムジンの目にも糸を引いて落ちてゆく油が見えていた。
 永遠に続くかのように見えた戦闘だったが、どちらからとも無く相手から離れていた。
 そのまま二機は睨み合っていた。どちらの機体も損害を受けていた。それ以上にいくら強化人間とはいえこれ以上の高速戦闘は身体機能がついていかなかった。
 自然と二機は次の一撃にかけるべく集中していた。ローテとブラウがぶつけあう気迫は周囲の人間にも感じられるようだった。
 ノックス中尉は電子戦型の動きが止まっている格好のチャンスであったが、銃撃をすること自体を忘れて二機の動きを見守っていた。

 両者の間に広がる緊迫感を不意に破ったのは電子戦型の強烈なジャミングだった。テムジンがスイッチを急に入れたものだった。
 テムジンも何かを考えてそう行動したわけではなかった。ただその均衡を崩そうとしただけだった。
 だがローテは一瞬そのジャミングによって隙を見せていた。ほぼ同時にお互いに飛び掛った二機だったが市街戦用の動きが一瞬遅れていた。そしてブラウの電子戦型はその僅かな隙を見逃さなかった。
 ブラウは電子戦型を二機がぶつかり合う直前に飛び上がらせていた。そして戸惑ったままそのまま突き進んだ市街戦用の背中に飛び乗ると、二連装ビーム砲を蹴り倒し更に向こう側に跳躍していた。
 脚部のサスペンションをフルに働かせて滑らかに飛び降りると、同時にスモークディスチャージャーを稼動させ煙幕を張っていた。
 ノックス中尉も我に帰って電子戦型が存在するであろう方向に向けてビーム砲撃を開始していた。
 だが、煙幕が晴れたとき、電子戦型の姿形も見えなくなっていた。

 ノックス中尉は呆然とした表情で電子戦型の消えていった方向を見ていた。随分長い時間戦っていたような気がしていたが、襲撃の為の待機時間を入れても十分ほどしか経過していなかった。
「ローテ無事か?」
 ようやくノックス中尉は我に返ってローテにたずねた。ローテの市街戦用コマンドウルフは背中の二連装ビーム砲が基部からもがれて全身の装甲が綻びていたが機体中枢に大きな損害は見えなかった。
「ゾイドコア及び重要機関に損害は無い。だが伝達系の一部を破壊された模様だ。自力での帰還は可能だが戦闘は自衛戦闘を含め不可能」
 ノックス中尉はいつもの通りに淡々と状況だけを報告するローテの様子とついさっきまで激しい戦闘を繰り広げてていた様子とのギャップに戸惑いを覚えていた。


 テムジンはニカイドス島へと向うチャーターされたと思われる輸送船の船内で島の地図をにらみつけていた。
 ニカイドス島は、強電磁波が吹き荒れるトライアングルダラスに極めて近い位置にあった。
 トライアングルダラスは、先の大戦集結直前に衛星軌道に侵入した彗星による月の破壊とその破片の落着によって発生したといわれている。その海域は元々強烈な電磁波が吹き荒れる航行が困難な海域だったのだが、大異変によって更に電磁波の強度が増していた。
 おそらく現在では接近しただけでもゾイドに限らずあらゆる電子機器が破損するであろうことは間違いなかった。そしてニカイドス島はそのトライアングルダラスに最も近い場所にあった。
 通常に活動しているだけならばゾイドの動きなどに制約はかからないはずだったが、トライアングルダラスの電磁波強度が万が一にも強まるような事があれば作戦上の大きな問題点となるはずだった。
 テムジンの傍らには地図の他にここ数年の電磁波強度を測定したデータを記したデータパッドが置いてあった。そのデータパッドと地図はこの輸送船に乗り込む時に船員の一人から渡されたものだった。
 この輸送船はテムジン達が予定されていた会合地点に到着した時には既に沖合いで待機していた。陸地との往復に用いた小型の内火艇を操作した船員達の様子から判断すると待機時間はかなり長かったようだった。
 そして船員達は手馴れた様子で電子戦型を船内に誘導すると機体を固定した。電子戦型にはすぐに別に待機していた整備員達が取り付いて入念な整備が始まっていた。
 その時には既に輸送船は航行を開始していた。それは素人目に見てもかなり強引な機動だった。沖合いとはいえ海岸線にかなり近かったから、このように整備されていない海域では大型の非ゾイド型船舶であれば座礁の可能性は常に存在する。
 だから既知の海域であっても周囲海域の確認を行うのはある意味常識だった。だが輸送船は座礁の事など無頓着に航行を開始していた。輸送船は機関をかなり酷使しているらしく通常航行時にはありえないほどの振動を起こしていた。
 それだけでも異常だったが、それ以上に不可思議な事もあった。船員達や整備員達は誰もテムジンたちと会話をしようとはしなかったのだ。
 船員達の大部分は雇われたものたちであるらしく必ず監視員らしい男が近くに立っていた。その目もあってかテムジン達とは事務的な会話を短くしただけだった。船員達はこの奇妙な出来事に対する好奇心を押し殺しているように見えていた。
 結局テムジンとブラウは監視員らしき男達の一人からデータパッドと地図を渡されると船室に閉じ込められるように移動していた。
 それから数時間ものあいだテムジンはずっと地図とデータパッドを元に状況を検討していたのだった。

「何かわかりました?」
 部屋の隅に置かれていた椅子で暇そうにしていたブラウがふいに待ちくたびれたような声で聞いてきた。
「そうだな、少なくともここ数週間の間に電磁波強度が急変する可能性は低いと思うな。このデータを見る限りでは電磁波強度は周期的に変化するようだからその変位を予測するのはたやすいな」
 ブラウは椅子から立ち上がるとテムジンのすぐ脇に立った。
「このデータ、目的の基地で観測されたものなんですね。この数値は本当に信頼できるんですか」
 ちらりとテムジンはブラウの様子をうかがった。ブラウが何か気が付いているのかと思ったからだ。だがブラウはただ暇だったから思い付きを言っているに過ぎないようだった。
 テムジンは軽く息をすると部屋に備え付けてあったモニターにニカイドス島の地図を映し出した。
「ニカイドス島の軍事基地はそもそもトライアングルダラスの監視を目的に設置されたものなんだ。トライアングルダラスの存在は裏を返せばガイロス本土から中央大陸への直接侵攻が不可能になったという事を示している。つまり突き詰めていえばニカイドス島には防衛戦力は必要ないということになる。
 これは国防省の意見らしくてその証拠に70年代に入るまでニカイドス島には実戦部隊は配置されていない。最初にニカイドス島に配置された部隊は陸軍の野戦観測大隊なんだ」
 テムジンはデータパッドに記されたデータをブラウに見せながら説明を続けた。
「さてこの野戦観測大隊は終戦から十年経ってニカイドス島からのトライアングルダラスの監視を目的に66年に新設されたんだ。観測機材も揃っていなかったし、基地はガイロス軍が建設してその後の大陸間戦争で共和国軍が使用した地下基地をそのまま使用している。
 何年か前にこの観測基地の通信網に潜り込んだ事があるんだけど、その時感じたんだがこの地下基地はどうやら観測大隊の人員も把握していない通路が数多くあるみたいなんだ。
 まあそんな状況だからクーデターの発生を見越してデータの改竄が行われている可能性は低いな」
 ブラウは首を傾げていった。
「把握していない通路ですか?でも大陸間戦争中は共和国軍がその基地を使用していたのでしょう」
「一応はね。でも建設したガイロス軍しかわからないような支道や試行坑道が数多く残されていたらしいんだ。それに大戦直後の混乱で記録が失われた部分もあるんじゃないかな。観測大隊が必要だったのはその一部だったから大規模な調査は実施していない。例のミサイル基地もその一部を使用しているだけだ。
 それと目的の研究所だが、何を研究しているのか、それがさっぱりわからないんだよな・・・」
 テムジンは途方にくれた表情でブラウを見た。だがブラウは地図上の一点をじっと見つめていた。
 気になってブラウが見つめている点をみると地下基地へ侵入する支道を見ていた。
「この地下の支道の事を研究所は把握しているのでしょうか?」
「それは・・・わからないな。把握しているのかもしれないし、全く触れられていないのかもしれない。ただこのデータは情報局かどこかが戦前のデータを引っ張ってきたものらしいから一番詳しいものだとは思う」
 ふと嫌な予感がしてテムジンは振り返った。するとブラウはいつか見せたような悪戯を思いついたような表情をしていた。
「この支道って使えると思いませんか?」
 テムジンは天を仰ぎながらも侵入計画を考え始めていた。


 研究所の一室でハイマン准将はのんびりと寝転んで天井を見上げていた。最初は話相手もいないので暇でしょうがなかったのだが、骨休みだと思えばだいぶ楽だった。どうせ監禁状態が長く続かないという事もわかっていたからだ。
 大きな欠伸をするとハイマン准将はうとうとと昼寝を始めようとしていた。だが准将の耳にごくかすかな異音が聞こえてきた。
 その異音はすぐに消え去ったが、数秒してから立て続けに聞こえてきた。准将はそれを聞くと面倒くさそうに立ち上がった。
 准将は扉の前に立つと思い切り扉を蹴り飛ばした。扉に鍵がかかっていないのは承知の上だった。どうせ廊下には監視の兵が立っているのだから鍵をかける意味など無いし、独房でもない限り外から鍵がかけられるようになっている部屋など研究所には無かったのだ。
 廊下に飛び出ると監視の兵が驚いた顔で振り向いた。彼も異音に気が付いていたのか音のした廊下の先を見ていた。ハイマン准将は意表をつかれて呆然としている兵を思い切り殴りつけていた。
 年の割には強烈な拳を食らって兵は倒れこんだが、すぐに立ち上がって准将に向き直った。だがそのほんの一瞬の間に准将は監視兵が手放していた小銃を構えていた。
「おとなしくしていろ、命まではとらん」
 自分に向けられた銃口に監視兵がびくついている隙に准将は止めとばかりに銃床で殴りつけていた。
 さすがに監視兵もそれで意識を失って廊下に倒れこんだ。そのすぐ後に足音を低減するブーツを履いた黒の野戦服を着た一団が姿を見せた。
 一団の後ろから緊張感のない態度で背広を着込んだ男が現れた。
「おや、准将ご無事でしたか」
 そこで男は気絶した監視兵をみつけてわざとらしく眉をしかめた。
「これはまぁ派手にやったものですな。現役兵を暴行したとなれば年金を減らされるかもしれませんよ。そもそも年寄りの冷や水という言葉をご存知ですかな」
 准将は不機嫌そうな顔になるといった。
「ふん、わしは年金なんぞに頼ってはおらん。それにこの拘束自体が法に触れる事態なのだからいまさらわしが暴力を働いたところで問題にはなるまい」
 強引に結論付けると准将は男をにらみつけた。
「それよりも貴様達は来るのが遅すぎだ。そのせいでこの若者はわしに殴られなければならなかったのだがな。責任は貴様がとるんだな」
 男は首をすくめるとその事には触れずに研究所の中枢がある方向へと歩き出した。しょうがないので准将も一緒に歩き出した。まだ歩いていく方向からは減音された機関短銃の発砲音が聞こえてくる。
「テムジンさん達に会いましたよ。おかげさまで楽をさせていただきました。彼らの所在はクーデター派でも掴み始めているようですから、この研究所をはじめとするクーデター派の拠点は警備がかなり薄くなっていましたよ」
「他の拠点はどうした?確か同時に強襲をかける手はずだったな」
「重要と思われる六ヶ所に同時に攻撃を加えています。どこの場所でも制圧は時間の問題です。その分ニカイドス島の警備は厳重になっている模様ですが。首謀者達を捕らえられれば彼らも投降せざるを得ないでしょう。
 それよりも良かったのですか、実の孫を囮になど仕立て上げて」
「ふん、あれでもわしの孫だぞ。この程度で死ぬようなわけはあるまい。強化人間の娘も付いておることだしな。研究所にまで来た時は困ったがな」
 ハイマン准将は無責任極まりない口調でいった。男も首をすくめただけで終わった。
「そんなことよりもこの研究所の制圧は問題ないのだろうな?」
「現在情報局の一個中隊が制圧に当たっています。研究所の警備部隊は大半がテムジンさん達の追跡に回っていますから実質的な抵抗は無いと考えてもいいでしょう」
 そこまでいって男は言いよどんだ。准将は不審そうな顔で男を見返した。
「いや、准将が言っていたシュラウダー中佐のことなのですが・・・」
 珍しく戸惑っている表情の男に准将が無言で先をうながした。だが実際に先を知りたいのかどうか准将自身もわかっていなかった。
「どうやらこのクーデター計画を立案したのはシュラウダー中佐らしいのです。彼個人があらかじめ計画の素案を作成し軍上層部の一部に持ちかけたという噂がありました。ですがシュラウダー中佐は強化人間計画に携わっていた研究者に過ぎません。何故彼がそんな計画を作りえたのか・・・彼の背後には若手将校による会があるという話もあるそうですが、かなり眉唾物といわざるを得ないでしょう。
 不信なことは他にもあります。シュラウダー中佐の生年月日、出身地、軍歴。どのデータもありきたりすぎるのです」
 准将は首をかしげた。
「どういうことだ?不審でも何でも無いではないか」
「彼の年齢を思い出してください。ちょうど大災害の頃です。戸籍なんていい加減だった時代です。現に私のデータにも不備が多少存在します。そうでなければおかしい時代では無かったですか?
 それに彼の出身地も調べましたがあの時代にあんなところに住んでいれば戸籍に不備が出てくるはずなんです。
 しかし彼の戸籍は完璧すぎる。まるで必要だから存在するとでもいわんばかりです」
「誰かが成りすましているとでもいうのか?軍の管理体制の隙を付いてか・・・人間業ではないな。まだ軍部が作り上げたといわれた方がすっきり来る」
「その可能性も排除できません。とりあえずデータだけを見ると彼のパーソナルな部分は存在しないも同然です。信用性が無さ過ぎる」
 准将はふと立ち止まって足元を見た。
「だがわしは確かにその男を見た。現にその男は存在していた。ならばそのシュラウダー中佐という男は何者だ・・・」
 男は首をすくめるといった。
「何にせよ彼を捕らえればすむ話ですよ。彼の部屋はすぐ先です。研究所から抜け出た様子も無いから逮捕できるでしょう」
 そういって武装兵が突入しようとしている部屋を指差した。そのうち一人がこちらを見た。男は無言で首肯した。
 それを合図にして扉に仕掛けられた火薬が点火し、鈍い音と共に扉が倒れこんだ。
 すかさず武装兵たちが部屋になだれ込む。だが准将が部屋を覗き込んだ時、部屋には所在無げに銃身を振る武装兵の姿しかなかった。
 ハイマン准将はこれ以上無いという渋い顔をして男と顔を見合わせていた。




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