ZAC2097 十一話




 巧みに偽装された人孔を開けるとそこには漆黒の闇が広がっていた。周囲は月光によって明るく照らされているが、支道の中までは照らされていなかった。入り口から数メートル進んだだけで足元すら見えなくなってしまうだろう。
 その支道は長い間閉鎖されていた空間だった。乾燥した空気が埃の臭いと共に支道を眺めていたテムジンを襲った。テムジンは寒気を感じて身を振るわせた。一瞬感じた嫌な予感を振り切ると背後からの物音に気が付いて振り返った。
「なあ、本当にここから入るのか?何だか暗いし、嫌な気配もするんだが・・・」
 装備品を確認していたブラウはテムジンに背を向けたままいった。
「気のせいですよ。建設工事で多発した崩落事故で死んだ作業員の幽霊なんて出て来ませんよ、きっと」
 ぎょっとしてテムジンは支道を見た。まるでそこに幽霊をみたかのようで背筋が凍る思いがした。ブラウは背中にそんなテムジンの様子を感じて悪戯っ子のように笑う。
「おい、たちの悪い冗談はやめてくれよ。」
「怖いんですか」
 ブラウはようやくテムジンに向き直ると呆れたような顔をした。心なしかテムジンには冷ややかな目にうつった。テムジンはだんだんと自分が情けない人物のように思えてきた。あきらめるようにため息をつく。
「わかったよ。別の支道を探す時間も無い。早く入ろう」
 テムジンがそういうとブラウはにっこりと笑って機関短銃を差し出した。テムジンは黙って受け取ると素早く各部を点検する。その機関短銃とブラウが持つ突撃銃は銃身の下に小型の懐中電灯をテープで固定してあった。
 一応、懐中電灯もスイッチを入れて確認する。減光された懐中電灯は月光の元ではほんの僅かな光しか出さなかった。これでも閉鎖空間では十分な光源となるだろう。
 とっくに点検を終えたブラウはテムジンをうながすと先に支道に入っていった。

 支道は狭苦しいうえに曲がりくねっていた。暗い中をブラウが持っている突撃銃に付けられた懐中電灯だけがあたりを照らしている。減光されたとはいえ懐中電灯の光はかなり遠くからでもテムジンたちを発見できるだろう。だがテムジンにとっては足元さえ見えない程度の光に過ぎなかった。
 テムジンの機関短銃の懐中電灯は点灯されていなかった。見つかった時に目標になるからだ。だからテムジンはおっかなびっくりで歩いていくしかなかった。
 だがブラウはまるで昼間に街中を歩いているかのように躊躇い無く歩いていた。気になってテムジンがたずねると視覚が強化されているという答えが返ってきた。それでようやくブラウが強化人間だった事を思い出していた。
 ここまで来る間にいつの間にかブラウが強化人間であるという事実を忘れてしまっていたようだった。そのことが妙に可笑しくてテムジンは必死で笑いをこらえていた。ブラウはそんなテムジンを不思議そうに見たが、何故かうれしそうな表情になると前を向いて歩いていった。

 そのまま支道を歩いていくと不意にブラウが立ち止まった。テムジンが顔を上げると、懐中電灯の光でぼんやりと巨大な壁が浮かび上がっていた。良く見るとテムジン達が来た支道以外にもう一本大きな支道がそこから伸びていた。その支道は全高が20メートル以上はあった。間違いなく大型ゾイドの搬入を目的とした通路だった。
 現在の共和国で運用されているゾイドで最も巨大なものは全高21メートルのゴジュラスだから、この通路はゴジュラスを含む全てのゾイドの通過が可能ということだった。しかもゴジュラスは現在では桁外れに大きいゾイドであると言えた。ということはこの先にはゴジュラスが存在する可能性が高かった。
「この先は格納庫ですね、これくらい大きな扉ならゴジュラスでも楽に入れるでしょうね」
 ブラウにそういわれてテムジンは視線を壁に移した。一見しただけではわからなかったが、壁には大きな扉があった。当初から大型ゾイドの運用を前提に設計されたものらしく支道の高さとほぼ同じ大きさがあった。
「そうみたいだな。この支道はゾイドの搬入目的で作られたんだろうな。でもあの扉から入るわけにはいかないよな」
「いえ、人員用の小型の扉もあるみたいです。そこから入りましょう」
 テムジンは頷くとブラウが指差した扉を見た。その扉はブラウがいうとおりに人間サイズのものだった。さび付いた錠が取り付けてあったが、ブラウが油を差して少しばかりいじくると呆気なく開いてしまった。おそらくここの警備システムのメインはこの通路の入り口側で行われているのだろう。
 扉が開けられるようになると二人がかりで少しずつ開けていった。数センチばかり開けたところで隙間から鏡を出して格納庫の中を確認する。
 だが格納庫には誰一人としていなかった。ブラウとテムジンは顔を見合わせた後に意を決して扉を開けた。
 格納庫には守備隊のものと思われる八機のゴドスが鎮座していた。どの機体もコクピットハッチを開けて整備終了を示すタグを全身に貼り付けられている。通常ゾイド一個小隊は十機編成だから後二機のゾイドが存在するはずだった。この格納庫には確かに残り二機分のスペースがあった。
「ここにいないゾイドは哨戒中かな?」
 テムジンは返事をしないブラウを不審に思って振り返った。ブラウは黙ったまま格納庫の先を指差した。
 そこには共和国最強のゾイド、ゴジュラスが二機そびえ立っていた。


 テムジンは呆然として二機のゴジュラスを見上げた。どちらの機体もかなりの改造が施されているようだった。
 一機は標準機に増加装甲を取り付けた重装型のようだった。両腕にガナー型と同じ四連装のガトリング砲を装備し、また椀部にはシールドライガー用に開発されたビームキャノンも装備している。
 その代わり背中の長距離砲は装備されていなかった。ようするに中、近接距離での戦闘力向上を狙っているのだろう。
 だがもう一機はそういった改造目的がさっぱりわからなかった。外見はもう一機ほど標準機との違いはないように見えた。しかし頭部から伸びた幾つものアンテナや背部に増設された何らかの装置は明らかに標準機との違いを物語っていた。
 しかし外見よりもテムジンはそのゴジュラスから禍々しい気配を感じていた。このゴジュラスは生命体であるゾイドの根幹に関わるような機構が備え付けてあるのではないのか。ふとテムジンがブラウを見ると彼女も同じような事を考えていたのか険しい視線でそのゴジュラスを見ていた。
 いつまでもこのゴジュラスに関わっているわけには行かない。だが二人とも何故かそこから離れる気になれなかった。まるで目を放した隙にそのゴジュラスに襲い掛かられてしまうのではないか。そう考えてしまっていた。

 二人がそこに立ちすくんでいたのはほんの数分だった。ふとテムジンは奇妙なことに気が付いた。
「なぁ、ブラウ。いくらなんでも格納庫に誰もいないというのは変じゃないのか」
 そういわれてブラウも周囲を見渡した。確かに格納庫には誰一人としていない。そのことはここに侵入する時に確認したことだ。だが今更ながらにブラウもそれが奇妙な出来事である事に気が付いた。テムジンはブラウを見ると確認するようにいった。
「研究所みたいな所ならともかく、ここは観測が主任務とはいえ正規軍の基地である事は間違いない。それにここの様子を見る限り格納庫にいないゾイドもある。普通なら整備兵が帰還を待っていてもいいんじゃないのか?」
 ブラウも首をかしげながらいった。
「別にそういう規則があるわけではないらしいです。でも、そうですね整備兵が出撃した機があるのに誰もいなくなるなんてことは考えられないと思います」
「考えられる可能性は・・・飯の時間とか」
 馬鹿なことをつぶやいたテムジンにブラウは冷たい視線を向けた。
「まさか本気で言っているのではないですよね?」
「いや・・・冗談だよ、もちろん。でもあと考えられる可能性としては何があるかな」
「何にせよ想像していなかった事態になっていると考えるべきです」
「待ち伏せというのは考えられないのか?俺達がここに来る事は相手だって予想できるんじゃないのか?」
 首をかしげながらブラウがいった。
「どうでしょうね。少なくとも私の感覚では敵を捉える事が出来ませんけど。それに待ち伏せをかけるのならもう攻撃されているでしょう。」
 テムジンはしばらく考えてみたが一度ため息をつくといった。
「ようするに何もわからないのと同意義だな。どのみち進むしかないんだからな」
 ブラウは首をすくめながら頷いた。
「そういうことです。とりあえず先に進みましょう」
 気楽な顔でそういうとブラウはさっさと基地の中央部にむけて歩いていった。

 いつの間にか司令部の端末が据え付けられている部屋に人が集まってきていた。規模の小さい基地だからひょっとすると手隙の隊員が全員集まっているのかもしれない。シュラウダー中佐はふと振り返った。
 別に意識するつもりは無かったのだが他人から見ればにらみつけた様に見えたらしい。何人かの兵が恐れているような顔をした。だがシュラウダー中佐はそれを見ても別に気にすることは無かった。大勢が見守る中で、無表情な顔をしたまま端末を操作し続けた。
 シュラウダー中佐は数時間前に一人の青年を連れてこの基地に降り立ってからずっと端末の捜査を続けていた。いまやクーデター派の中で最高級士官となっていたシュラウダー中佐だが別に何かの指示を与えるわけでもなく、誰にも話しかけずに作業を続けていた。その作業が何なのかは誰にもわからなかった。
 そのまま見ていても埒が明かないと気が付いた基地司令がようやくシュラウダー中佐に声をかけた。
「これからどうするつもりなのですか、シュラウダー中佐?先程入ってきた連絡では我々の一派は高級将官多数が情報局の部隊によって逮捕、拘束されたということでしたが・・・
 小官は司令として当基地の施設と人員を預かる身としては情報局もしくは方面軍司令部に対して投降の意思を示すべきだと考えます。
 我々が企画していた作戦を成功させるためには作戦意図と攻撃発起点の秘匿が必要不可欠でありましたが計画が情報局に察知されたという事はそのどちらもが暴露されていると判断すべきです。ここは大人しく投降して施設と人員を防護することが共和国軍人の義務であると思うのですが」
 司令は話し終えるとシュラウダー中佐の返答を待った。だがシュラウダー中佐がそれに反応する気配は無かった。まるで司令の話が聞こえなかったかのように平然と端末の操作を続けている。
 その時、不意に司令は人間やゾイドとは違うまるで別の生き物を相手にしているような感覚に襲われた。あわてて頭をふって司令はその感覚を追い出そうとした。
 司令が向き直るとシュラウダー中佐がこちらを見つめていた。その生気の無い瞳に司令は恐怖を覚えていた。
「計画は中止しない。このまま続行する」
 それだけを言うとシュラウダー中佐は再び端末の操作を始めた。司令は呆気にとられてそれを見つめる以外に無かった。


 久しぶりに数十年前のことを夢に見たようだった。ハイマン准将は冷や汗をかきながらタートルシップのブリッジの片隅に置かれた軍用簡易ベッドから体を起こした。
 ブリッジ内ではタートルシップ固有の船員の他に情報局の人員が忙しそうに連絡や作戦の立案に当たっていた。他に船室はあるのだが、どうしても大規模な端末や通信機が備え付けてあるブリッジで作戦を立てるしかないようだった。
 仮眠から起きたハイマン准将に気が付いて情報局の男がふりかえった。
「おはようございます。准将」
「うむ、状況に変化はあったか?」
「今のところ変化はありません。やはりシュラウダー中佐はニカイドス島の基地にいったのは間違いないようです。基地の人員はその多数がクーデター派のようですからな」
 ハイマン准将は不機嫌そうな顔になった。
「ふん、どうせ最後のあがきだろう。このタートルシップには十分な数の兵隊がおるんだろうな」
「はい、国防省に無理を言って一個中隊のゴドスを借り受けてあります。それに方面軍からはシールドライガー完全装備の機動小隊が我々とほぼ同時に到着する予定です」
「基地防衛隊はゴドス一個小隊か・・・勝負にもならんな。それだけ戦力差があれば奴らもさっさと降伏するだろうさ。べつに大事なBC兵器を後生大事に抱えたまま戦死しようが俺は構わんがな」
 だが男は首をかしげた。
「それが多少気になる事がありまして」
 ハイマン准将も何か気が付いたのか男に向き直った。
「シュラウダー中佐の事か?」
 男は首をかしげたまま複雑な表情をした。
「まぁそういえないこともありませんな。シュラウダー中佐に関する調査の結果とあの基地に関する情報の二つです。どちらからお教えいたしましょうか?」
「悪い方から聞かせろ」
 即答したハイマン准将に苦笑しながら男が続けようとした。だが通信兵の一人が男に一枚の紙を渡してきた。男は一瞥すると通信兵に頷く。通信内容が記された紙はそのままハイマン准将に手渡された。
「シュラウダー中佐が、何?ダッドレイ=キンズバーグを連れ出しただと?おい、このダッドレイというのは何だ。まさか中佐のあれじゃあるまいな」
「ダッドレイ=キンズバーグはかつてテムジンさんと組んで裏切ったネットワーク犯罪者です。現在ではフリーのクラッカーとして細々と企業に対してのゆすりなどを行っている人物です」
「そんな奴を何で中佐は連れ出したんだ。わけがわからんな」
「確か彼は今回の事件で研究所に雇われていたはずです。なにか基地で仕事でもやらせるのではないですか」
「まあそれはいい。で情報とやらをさっさと話せ」
「そうですな、ではシュラウダー中佐の事からお話しましょう。
 結論から言えばやはり彼の情報は全てダミーでした。生年月日から出身地、はては軍歴の一部までが捏造されたものでした。信頼できる最初の軍歴は技術部隷下のとある研究所勤務からです」
「まぁそんなところだろうな。混乱期なら組織力さえあればその程度の事は出来たからな」
「ちょうど准将が除隊されたころですな。シュラウダー中佐に関する報告は今のところそれだけです。引き続き背後関係等についての調査をおこなわせております。
 それではもう一つの情報です。あの基地には危険物がありましたよ」
「危険物?それならばBC兵器が腐るほどあるんだろう」
「どうもそれだけでは無いようでして。あの基地では辺境で人目につかないことから実験機の運用がおこなわれていたそうです。実験機は二機のゴジュラス」
 それを聞いてハイマン准将は慌てていった。
「おいおい、ゴジュラスが二機だと。そんなものどれだけ戦力があっても足らんではないか。貴様ふざけておるのか」
「まぁ一応は方面軍にゴジュラスを出すように要請は出しましたがね・・・間に合うかどうかは微妙な線ですな」
「ふざけるなよ。わしの名前で方面軍に督促させろ。いや貴様ら情報部では埒が明かん。わしが直接話をつける」
 そういうとハイマン准将は通信機を操作していた兵のところに駆け出した。その通信兵は慌てているハイマン准将を見ると呆気に取られて立ち尽くした。ハイマン准将は通信兵から奪うようにして通信機を取った。
 どうみても喧嘩腰で通信を始めたハイマン准将を男は首をすくめながら見ていた。
 ――やはり准将をけしかけたのは正解だった。
 男はのんびりと考えながら准将を見ていた。ああいう風に切り出せば准将が方面軍につっかかるを予想していたのだ。自分達情報部と違って軍内に深いパイプを持つ准将が方面軍を説得すればゴジュラスは確実に間に合う事だろう。
 何しろあの爺さんがやかましい事はどこの誰でも知っているのだから、もしも遅れればこのまま方面軍司令部まで乗り込みかねなかった。
 目論見どおりになって満足した男は満面の笑みを浮かべながら作戦立案作業に戻ろうとした。
 だがそこに慌てた顔の通信兵が駆け寄ってきた。
「本部からの緊急電です」
 男は眉をしかめた。情報局本部からの通信など早々あることではないからだ。
「で、本部はなんと言ってきている」
 通信兵は黙ってデータパッドを男に渡した。男は一瞥してから一瞬まだ話しこんでいるハイマン准将の後姿を見た。
 実験機のゴジュラスに搭載されているシステムは物騒なものだった。
 このことをどうやって准将に話せばよいのだろうか。男は頭を抱えそうになっていた。




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