ZAC2097 八話




 そこは恐ろしくメンテナンスの行き届いていない地区だった。道路の舗装に使われていたタイルは大半が剥がれて、その残骸をむき出しの地肌の上にさらしていた。一応、道路にへばり付いている街灯も夜半だというのに半数近くがついていなかった。
 それでいながら道路の幅は大型のゾイドが通行できるほどもあった。かつてはこの街のメインストリートだったから、輸送用の大型ゾイドが通行できるだけの路幅が確保されていたのだ。
 だが、この地区が再開発計画から取り残され、荒廃への道をたどるにつれてメインストリートとして優先的に整備を受けてきたこの通り自体も周囲にあわせるように退廃していった。そしてこの通りにとって立派な路幅は逆にみすぼらしさを強調する効果しかなくなっていった。

 その通りをコマンドウルフの改造型が二機歩いていた。歩いていくコマンドウルフは通常型とは違い二連装ビーム砲ではなく、同じ位置に砲塔式の大型ロケットランチャーを装備していた。他にも全身の装甲が強化されている。
 コマンドウルフは市街戦用という名称だった。しかし強化された装甲はともかく、大型のロケットランチャーは市街地で運用するには威力が高すぎてお世辞にも市街戦に向いているとは思えなかった。市街戦用のコマンドウルフは数機が試験用に改装され、その内の二機が研究所警備部隊に配属されていた。
 ノックス中尉はコマンドウルフのコクピットから寂れた市街を見ていた。結局、警備部隊の本隊はケイン少尉指揮の下に最初に発見されたレーダー群から、西方大陸に向かう船が出る港町を封鎖するように展開していた。
 だが、ノックス中尉はハッカーの男が言う事を完全には無視する事ができなかった。何となく話ができ過ぎているような気がしていたからだ。
 ハイマン准将は西方大陸で傭兵会社を運営していたから、ハイマン准将の孫と強化人間が最終的に逃走先を選ぶとすると一番可能性が高いのは西方大陸であろうと思われていた。
 それはいいのだが、彼らはいまだ犯罪者として追跡を受ける身だった。彼ら自身もその事を知っている可能性は高かった。しかし今西方大陸へ向かうとすると多くの場所でその痕跡を残す事になる。ハッキング技術に優れて、今まで移動の痕跡を消し続けてきた彼らが今になってそんなミスを犯すとはノックス中尉には思えなかったのだ。
 だがそう考えたのはノックス中尉だけだった。ハッカーの男が言う事を他の誰も真剣に取り扱おうとはしなかった。ノックス中尉もほかのものを説得できるほど確信があるわけではなかったから結局ノックス中尉とローテだけでハッカーの男があの後指摘した地点に向かっていた。
 封鎖に向かった本隊はケイン少尉の他にヘイウッド曹長もつけたから指揮の点で戸惑う事はないだろう。そしてローテを連れてきたのは、いまだ彼の存在が部隊の中で浮いているからだった。
 ノックス中尉はともかく、警備部隊の大半の兵が研究所の中枢を占めるスタッフに少なからず反感を抱いている部分があった。研究所の研究対象などがほとんど知らされていないのだから当然といえば当然だった。
 研究所の秘匿体制は警備部隊にまで及んでいた。警備部隊の隊長であるノックス中尉さえ研究されていた強化人間のスペックを知らされていないのはあまりにも異常だった。部隊は何となくお互いの顔色をうかがい、そして頻繁に行われる異動は兵達の間によそよそしさを植えつけていた。
 今は追跡対象がいる事で何とか部隊をまとめているのだが、この事件が終わったときに部隊をまとめられるかどうかノックス中尉にも自信が無かった。
 そして研究所中枢スタッフのシュラウダー中佐から警備部隊に預けられた強化人間のローテを良く思う兵がいないのは当然だった。無視するぐらいならまだしも、強化人間の捕縛に参加した兵のなかには露骨に恐怖を浮かべた視線をローテに向けるものまでいた。
 勿論このままではローテを部隊に同行させるわけには行かない。ただでさえ高いとはいえない士気がさらに低下するのは目に見えていた。しかしローテが高い戦闘能力を有しているのはノックス中尉も理解できた。だから員数外の戦力として自分に同行させたのだった。

「ローテ、そっちのセンサは何か捉えているか」
「特段報告すべき対象は発見出来無い」
 いつもどおりのローテの返事に、ノックス中尉はため息ともつかないものをついた。ローテがみなとなじめない理由のもう一つは極端に無愛想だからかもしれない。そもそも強化人間は表情など必要ないのかもしれない。
 ぼんやりと考えていると、もう一つの頭痛の種から通信が入ってきた。
「最新情報だ、おたく達が出遅れているうちにテムジンはもうその町から逃げ出したようだ。さっきその辺に住んでる奴がコマンドウルフが一機、街の近くから離れていったって書き込みをしたようだ」
 何を言っているのかさっぱり分からなかったが、ノックス中尉は質問するのをあきらめていた。どうせまともな会話が成立するわけも無い。向こうからの話を一方的に聞いて何となく状況を推理するしかない。
 これで本当に追跡が成り立っているのか、ノックス中尉は天を見上げて己の不幸に呪詛をつぶやいていた。


 テムジンは違和感を感じたままずっとモニターを見つめていた。ブラウは前席から首を曲げてそんなテムジンの様子を不思議そうに見ていた。
 ふとブラウの視線を感じてテムジンは顔を赤らめた。ブラウはテムジンの様子に気がついていないのかテムジンの顔を見据えたまま聞いた。
「何か気になる事でもあるの」
 何故か面白そうな顔をしてブラウが聞いてきた。テムジンはしかめっ面をしたまま答えた。
「どうも追跡してくる部隊の動きが早すぎるような気がするんだよ・・・いくつかダミーはばら撒いてきていたのにな」
「それはしょうがないんじゃない。大体今まで追跡を受けてこなかったという方が不自然だったのだし」
 テムジンは少々不機嫌な表情になっていった。
「そもそも、この間偽装したレーダ群の方角にほとんどの部隊は移動した形跡があるのに、この部隊、というか二機だけなんだが、とりあえずこの部隊だけ俺達を追っかけてきてるんだよ。
 二機だけというのも不自然なんだけど他にも不自然な点があるんだ」
 テムジンは、ブラウにも良く見えるように操縦席側面のモニターに周辺の地図を表示した。テムジンが素早くキーインすると地図の上にいくつかの点が表示された。
「これは今まで俺が偽装の為に放ったダミーとか・・・ま、追跡部隊が興味を示しそうな地点だと思えば問題ないと思う。
 それでだ。この上に追跡部隊の移動軌跡をオーバー表示させる。まぁこれは軍の通信データから大体を類推したものだけどそれほど間違ったものではないと思う」
 さらにテムジンが操作すると地図の上に線がさらに書き込まれた。
「えっと、迷っているようで迷っていませんね」
 意味があるのか無いのかよくわからない事を答えるブラウに苦笑しながらテムジンはいった。
「ま、概ね間違っちゃいないと思うよ。ほら、この警察署からの情報を偽装した時だけど一度はこの二機は警察署に向かっているんだ。でも五分もしないうちに元のルートに戻っているんだ」
 そこまで聞くとようやくブラウの顔にまじめなものが加わった。
「問題は偽装を見破られた事じゃない。なんで偽装に途中まで引っかかりながらそれに気が付いたのかということなんだ。
 偽装が不自然だったなら行く前に気がつくだろうし」
 首をひねって考え出したテムジンだったが、すぐに思考を止める呼び出し音が響いた。テムジンはぎょっとして鳴り響いている端末を見た。その端末はテムジンが部屋から持ってきた物だった。だからその端末に通信が届いたという事は誰かテムジンの知り合いが送ってきたという事になる。
 しかし自分が指名手配を受ける身となった事を知ってすぐに端末への通信は無条件にブロックするように設定してあった。その障壁を潜り抜けてくるという事は、それだけでかなりの腕のハッカーだということが言えた。
 迷っていたのは数秒も無かった。テムジンは端末を開けると通信を受けた。通信はハッカー同士では良くあるリアルタイム文字通信の様だった。
<<<テムジンだ>>>
///ああ、ようやく繋がった。えっとイーグルだ///
 知り合いのハッカーの名前にふとテムジンは眉をひそめた。
<<<わざわざ障壁を突破してまで何か用なのか>>>
///あの障壁は見事だったね。さすがはテムジンだよ。そういえばテムジンというのは本名だったんだね、君の名前は犯罪者として随分有名になったようだよ。///
 ため息をつきながらテムジンはキーインした。
<<<もうそんな所まで知れ渡っているのか。言っておくが俺は濡れ衣を着せられて逃亡中の身だぞ。長話なら後にしてくれ>>>
///君が濡れ衣だということは知っているよ。みんな君の無実を信じているよ。それと変なんだけれども君は指名手配はされているけどその情報は公開されていない。このデータもある公共組織にハッキングをかけてようやく見つけたものだからね///
<<<じゃあ何のようなんだ>>>
///それが・・・言いづらい事なんだがハッカーが一人、軍の方に付いちゃったんだよ///
<<<俺の探索にか、なるほどそれで警備部隊が急に動きが良くなるはずだな。しかしその割にはやはり鈍いかな。まあいいや、貴重な情報に感謝するよ>>>
 テムジンはため息をつくとブラウに通信文を見せた。ブラウも首をややかしげながらも納得したようだった。テムジンはこれからハッカー対策を考えようとしていたが、まだイーグルはアクセスを続けていた。
///話はこれで終わりじゃないんだ///
<<<何だ、まだ何かあるのか。これ以上悪いニュースなら聞きたくないぞ>>>
///軍に協力しているハッカーはキングなんだ///
 シートをリクライニングさせてのんびりと構えていたテムジンはそれを見ると姿勢を正して凄まじい勢いでキーインした。
<<<キングとはあのキングなのか。あの犯罪者の下衆野郎の蛆虫なのか>>>
///私達が知っているキングなんて一人しかいないと思うけどね。いや私も君も彼、かどうかは分からないが、キングの顔なんて知らないが///
 テムジンはキングの名をつぶやいた。それはテムジンが一度だまされたネットワーク犯罪者の名前だった。そしてテムジンはキングを徹底的に叩いたはずだった。
<<<あいつまだネットワークにいたのか。もうとっくに足を洗っていたのだと思ったが>>>
///私達が知らないコミュニティに潜んでいたようだ。ところでテムジン。君の事だからやられっぱなしではないのだろう。一応君にはいくつか借りがあるから手伝ってもいいのだが。声をかければ後何人かは集まる///
<<<頼む>>>
 即座に返すとテムジンは自嘲的な笑みを浮かべた。
 ――いいだろう、再戦だ。今度は立ち上がれないまで叩いてやる
 だが、ブラウは後席で不気味に笑うテムジンを呆れたような目で見ていた。


 研究所の中にある暗い部屋の中で、モニターの照り返しによってキングの顔が照らされていた。モニターから情報を凄まじい速さで読み取っているキングは気がついてはいなかったが、その様子は第三者が見ると凄まじく不気味なものだった。
 キングは一日中この部屋の端末を使ってノックス中尉たちを誘導していた。テムジンが研究所に送ってくる情報を選別し、幾つもの障壁を突破して正確な情報を収集しては加工してからノックス中尉に伝えていた。
 それはまるで複雑なパズルを解くような作業だった。大抵の者は根を上げるであろう複雑な作業をキングはむしろ楽しんでいた。
 彼にとってテムジンは仇敵だった。かつてキングはテムジンとコンビを組んでとある企業体に対してネットワーク犯罪を行ったことがあった。
 犯罪行為自体は成功したのだが、その後テムジンがおこなった警告をうけて、その企業体がおこなったセキュリティの強化によってキングの目論見は完全に失敗してしまっていた。
 しかもテムジンはその前にキングを徹底的にネットワーク上から抹殺してのだ。多くの接続業者やネットワーク関連企業にキングのデータを転送したのである。その後しばらくはキングはネットワークに接続する事すらできなかったのだ。そして、今になってようやく復讐のチャンスが訪れたのだった。

 キングは舌なめずりをしながら端末を操作していた。これは勝って当然の勝負だった。テムジンは所詮はゾイドに搭載されている端末を使用しうるに過ぎないのに対して、キングは研究所が保有する最新型の大型汎用機を使用する事ができた。
 テムジンが乗っているゾイドはコンピュータや通信機器を強化した電子戦型だとはいうが、勿論機載型と施設に固定されたものでは信頼性も最終的な性能も大きく違っているはずだった。
 さらに言えば、キング自身はそれほど期待しているわけではなかったが、研究所のオペレーターも通常任務を解かれて追跡の支援任務についていた。ほとんど孤軍奮闘であるテムジンに比べればこれだけでも雲泥の差があるはずだった。

 ふと画面をスクロールさせていたキングの手が止まった。
「ようやくアクセスしてきたか・・・テムジンめ、今度はお前がやられる番だ」
 キングはテムジンが研究所への偽装に使用していたシステムに網を張って待ち構えていた。当初はテムジンが送る偽情報から逆に本来テムジン達がいるであろう地点を推測していたのだが、その方法では正確な予想は難しいし、時間もかかる。
 次第に面倒くさくなったキングは偽情報の監視と平行してテムジンが使用しているシステムを逆探知してそのシステムに監視プログラムを仕込んでいた。
 そして今になってようやくシステムにアクセスしてきたものがあったのだ。経過時間から考えるとそのシステムはメインの物ではないのかもしれなかった。むしろ常時複数のシステムを使用する事で逆探知を避けていると考えるべきだった。
 いずれにせよこれが大きなチャンスである事に間違いは無い。アクセス元の探知さえできればテムジン達の現在地を知る事ができるからだ。キングはにたにたと笑いながら作業を続けた。待機時間は長かったが、この調子ならすぐにもテムジンをやり込めることができそうだった。
 アクセス元の解析自体はそれほど難しい作業ではなかった。単純といえるほどのものでもないが、多少年季のはいったハッカーなら簡単な作業だ。
 逃走経路の偽装を行っていれば多少時間がかかるかもしれないが、むしろアクセス元が本当なのかどうかのほうが問題だった。
 アクセスしているのが巧妙に偽装されたダミーである可能性も捨て切れなかったのだ。
 キングはしばらく考えてから、まずはテムジンらしき存在を監視することにした。ダミーであればいくら巧妙に偽装されていてもしばらく監視を続ければそれがわかるだろうと思ったからだ。
 念のためにそれが本物であった時のために、逃走経路を捜索して監視するようにオペレーター補助用の人工知能に命令した。人工知能は簡易なものとはいえ設定次第では下手な人間のオペレーター以上の役割をはたす事ができた。
 キングは他人のオペレーターよりもむしろ自作した追跡用の人工知能を多用していた。

 監視を続けているとテムジンらしき反応はどこか外部と通信を繰り返している事がわかった。これは今までに無い行為だった。キングは首をかしげながらその反応を見ていた。
 これはテムジンに外部の支援者、もしくは共犯が存在するという事になる。情報ではテムジンは多くとも二人で行動しており、また移動に使用できるゾイドは一体だけということになっているから、テムジンが共犯者とこれだけ多くの通信を行う必要性はあまり無いと思われた。
 しかしダミーとも言いきれなかった。ダミーにしてはファイルの着信から返信までのタイムラグがばらばらでどこか人間臭い所があった。
 ――とりあえずは通信先の方からアクセス解析してみるか・・・
 キングはそう決断すると必要な操作を行った。おそらくこちらの通信先も解析には時間がかかるだろう。幾重にも逃走経路を偽装し、ダミーをばら撒いていると思ったからだ。だが予想に反してアクセス元はあっさりと判明した。しかしその場所はあまりにも不自然だった。
 ――ヘリックシティ・・・山脈の向こう側だと?・・・
 いくらなんでもテムジンやその共犯者がそこにいるとは思えなかった。現場からヘリックシティまでは数千キロも離れているのだ。物理的にこんな短時間で移動できる可能性は無かった。
 しかもこれがダミーである可能性は低かった。少なくともヘリックシティにあるどこかの端末が最終的なアクセス元であることは疑いようが無かった。  やはりこれはテムジンに支援者がいるとということか。そう考えながらも、これでテムジンを追い詰めているのを感じていた。おそらくテムジンはこの危機的な状況に支援者と高速で通信せざるを得なくなったのだろう。そして余裕の無いまま監視されているシステムを使用した。
 キングは余裕を持ったまま残ったアクセス先、おそらくはテムジンに監視を集中した。
 だがキングは唖然とする事になった。テムジンは再び誰か別の相手と通信を行っていた。




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