ZAC2097 九話




 テムジンは今度の相手とも膨大な量の通信量をやり取りしていた。キングはいい加減面倒くさくなって通信元の解析を始めた。やはり今度も簡単にアクセス元が判明した。
 そこは中央大陸のちょうど中央のあたりにある中規模の都市だった。ヘリックシティ程ではないにせよここからは数千キロ離れている事実に代わりは無かった。
 やはりテムジンには支援者が、しかも複数いると考えるのが自然だった。キングは唸りながらモニターから眼を離した。ひょっとすると支援者がいる事を前提に作戦を練り直した方がいいのかもしれない。そうするといろいろと問題が出てくるとおもうが、支援者の手によって逃げられるような最悪の事態になるよりもは増しだった。
 その時、耳障りな警告音がキングの耳に入った。驚いてキングがモニターに向き直ると警告メッセージが表示されていた。首をかしげながらメッセージを読み取るとキングは落胆した。
 そこには逃走経路の監視を行わせていた人口知能からの反応が返ってきていた。人工知能は膨大な量のログを転送してきていた。こんなに短時間でこれだけの量を収集する事ができたということは、やはりテムジンは焦っているのかもしれない。
 だがキングは今すぐにログを解析するつもりは無かった。全ては作戦を練り直してからだ。そう考えるとキングはとりあえずログを研究所のメインシステムに格納した。
 研究所の端末が突如暴走したのはその時だった。
 いきなり操作を受け付けなくなった端末にキングが不信感を抱いた時には既に遅かった。部屋に設置されているモニターは全て狂った表示をしていた。あるモニターは意味のなさそうな文字列をただひたすらスクロールさせ、別のモニターは政治風刺漫画を延々と表示し続けた。
 呆然とモニターを見ていたキングは、ふと我に返って端末を猛烈な勢いで操作した。暴走状態を止めようとしたのだ。だがいくら操作しても暴走が止まる気配はまるで無かった。キングは敗北感に打ちひしがれながら席を立った。
 この部屋の端末はもう駄目かもしれないが、他の部屋の端末は使用できるかもしれない。僅かな期待に賭けてキングは部屋を出ようとした。だがキングが扉を開ける前に部屋に備え付けてあった電話機が受信を知らせた。
 キングは呆然としたまま受話器を取った。追跡の支援を行っていたオペレーターからだった。
「いま研究所の汎用機を暴走させたのは貴様だな、貴様が格納したファイルが汎用機を暴走させたのだな。
 やはり貴様も逃亡犯の一味だったのだ。だから貴様のようなハッカー崩れを使うのは嫌だったんだ。
 今警務隊が貴様を逮捕する為に向かっている。その場を動くな。逃亡すれば罪状が付加される事になるぞ」
 最後まで聞かずにキングは力なく受話器を下ろした。破滅的な事態にキングは茫然自失していた。警務隊員が扉を開ける音がしてもキングは反応する事は無かった。

 テムジンは疾走するコマンドウルフのコクピットの中で苦労しながら端末を操作していた。
<<<どうやら研究所の端末を全て暴走させる事に成功したようだ、影武者に感謝するよ>>>
///大いに感謝して欲しいね、君のまねは意外に難しかったよ。それと手伝ってくれた彼らにもね///
<<<勿論だ、悪いけれど君から感謝していたと伝えてくれないか。まだ自由に通信できる身ではないから>>>
///了解した、それじゃ今私が使っているシステムは消去していいんだな。///
 テムジンはイーグルに頼んで自分がさも偽装システムにアクセスしているかのように見せかけていた。イーグルは各地の仲間のハッカーとそれらしいタイトルのファイルを転送しあう事でそれらしい支援者がいるように見せかけていた。
 その間にテムジンは監視用の人工知能を手なずけて監視ログに見せかけたウイルスプログラムを転送する事に成功していた。
<<<その偽装システムはあくまでダミーに製作したものだから消去しても構わないよ。それじゃまた会おう>>>
 テムジンは通信を切ってもまだ笑みを抑えきることができなかった。やがて笑みを浮かべているだけだったテムジンは次第に声を上げて笑い出した。
 後席で笑い転げるテムジンを、不気味なものを見る目でブラウは見ていた。それに気が付くことなくテムジンは上機嫌で笑い続けていた。

 研究所の一室で、シュラウダー中佐はネットワーク上で起こった一部始終を監視していた。テムジンがネットワークから接続を切ったのを確認してから、ゆっくりとシュラウダー中佐はその身を預けていたシートから半身を起こした。
 それから慎重な手つきで首の後ろのコネクターから端末に接続していた結線を引き抜いた。それによって中佐の感覚は生身の体に戻っていた。シュラウダー中佐は生身の体の感触を試すかのように端末を操作して部屋に客が来なかったかどうかを確認した。
 シュラウダー中佐の体に関する事実を知っているものはいなかったから、もし偶然にせよ秘密を知ったものは殺さなければならない。誰も来なかったのを確認してからシュラウダー中佐はキングを収監している独房の監視映像をモニターに表示した。
 そしてキングの利用価値について考え始めていた。


 鬱蒼とした森林地帯を、月明りを唯一の光源として二機の市街戦用コマンドウルフが駆け抜けていた。ノックス中尉は揺れるコクピットの中で襲撃が可能である地点を探していた。
 最初はただの偶然だった。長時間の発信を続ける電波源を見つけたのだ。電波自体の強度はそれほど強いものではなかったから、コマンドウルフのセンサが反応したのは本当に偶然だったのだろう。
 電波源は移動を続けながらも発信を止める事は無かった。ノックス中尉たちは二機に別れるとセンシングを続けながら交差測量によって電波源の正確な位置をつかんでいった。今では電波源が奪取されたコマンドウルフの改造型である事は明白だった。
 だがそれがわかっても直ちに攻撃を加えることはできなかった。
 強化人間が乗り込んでいるコマンドウルフは電子戦型として特に強化されたコマンドウルフだった。むしろ強化人間専用として特化した機体であるといってもいい。
 装備されたセンサは通常のものより大幅に性能を高めた大型のものだし、強化人間に直接センシングされた情報を転送するシステムを搭載していたから、センサが情報を入手してから反応するまでのタイムラグは極端に短くなっていた。
 しかも生産されたコマンドウルフの中から特に性能の優れたものを選抜しているから機動性もかなり高いものだった。武装こそ単装の狙撃砲一門と貧弱なものの市街戦用コマンドウルフを相手にするとすれば戦闘法しだいでは有効な火器だった。
 だから電子戦型コマンドウルフに対して容易に攻撃を加えることはできないのだ。ノックス中尉たちが接近すればセンサを強化した電子戦型コマンドウルフは容易にそれを察知する事ができる。今は何故か発信している電波でどうにか捉える事ができているが、電波の発信をやめて潜伏すればセンサの性能から言ってもノックス中尉たちが再び強化人間を捕らえることは難しいだろう。
 だからノックス中尉は彼らが通過しそうな地点に潜伏して待ち伏せするつもりだった。長時間の交差測量を行うことによって電子戦型コマンドウルフの移動ルートはかなり正確に判明していた。やはりできうる限り隠匿しやすいルートをたどっているのだが、その分移動速度はあまり速いとはいえない。だから最高速度がやや遅い市街戦用コマンドウルフでも十分先回りをすることは可能だった。
 この森林地帯でもかなりの距離まで視界が開ける地点がいくつか存在していた。武装の射程自体は市街戦用コマンドウルフが装備する大型ロケット砲の方が長いから、直接レーザ照準さえ可能なら電子戦型コマンドウルフに対しても十分に先制攻撃をかけることが可能だった。
 あとはロケット砲を廃棄してでも接近すればよかった。接近戦なら二連装ビーム砲を有する市街戦用コマンドウルフの方が有利だった。近接戦でも取り回しのしやすい二連装ビーム砲に加えて市街戦用コマンドウルフは装甲も強化されているからだ。
 問題は襲撃をかける地点だった。ノックス中尉は何度も地形図を確認して襲撃地点を選定したのだが、その地点に急行している今でも一抹の不安を感じていた。

 ノックス中尉が襲撃地点に選定したのは僅かながら高台になっている部分だった。中尉たちが陣取っている高台の後ろは崖だから背後から現れる心配は無かった。そして高台の下は森林地帯が開けていた。
 強化人間達が移動ルートをそのまま進むのならば地形の関係上どうしてもこの場所を通過する必要があった。
 ノックス中尉とローテは攻撃姿勢をとると照準用のレーザを一瞬照射して動作確認をすると市街戦用コマンドウルフを座り込ませた。
 そして手早く予想敵位置から機体を隠蔽できるように迷彩シートを被せた。後はセンサだけを露出させてひたすら待機が続くだけだった。
 ノックス中尉は砲門を森林地帯の境目に向けたまま操縦桿を強く握り締めていた。中尉は気がついていなかったが操縦桿を握る手は力を入れすぎて真っ白になっていた。
 いつのまにか強い緊張感がノックス中尉を襲っていた。落ち着かない様子で何度も時計をみていた。そしてその度にあまりたっていない時間に愕然とすることになった。
 緊張しているものだから僅か一分間が一時間にも感じられるようになっていた。
 だから電子戦型の反応があったのは待機を始めてから数分か長くとも十数分のことだったが、ノックス中尉はまるで何日も待機を続けているかのように感じていた。
 ノックス中尉は反応があった瞬間体を起こして照準レーザを励起させた。ただしまだ照射はしないつもりだった。センサの範囲圏ぎりぎりで電子戦型は停止していた。
 ――やはり気が付かれたのか・・・
 ノックス中尉はそう考えながらも強化人間は危険場所の通過をためらっているだけだと信じようとしていた。
 そして電子戦型が再び歩き出した。その動きからは警戒感がまるで感じられなかった。ノックス中尉は安心して引き金に指をかけた。
 電子戦型は森林地帯から抜け出て、遮るものの無い大地をまっすぐ歩き出した。ノックス中尉はそれを見て一呼吸おいてから照準用レーザを照射した。僅かなタイムラグをおいて四発装備されている大型ロケット弾を全門発射していた。ローテの機体もすぐにそれに続いた。
 計八発のロケット弾の軌道を確認することなく、ノックス中尉はロケット砲の機構を排除した。照準用レーザは二連装ビーム砲に接続されていたから、実質上ロケットが格納されていた筒だけが機体周辺に転がり落ちる事になる。
 ノックス中尉はローテに無線を入れて攻撃を指示しようとした。強烈なジャミングが開始されたのはその時だった。無線機からながれる雑音にノックス中尉は一瞬だが呆然としてしまった。
 次の瞬間に動きの止まったノックス中尉の市街戦用コマンドウルフの右脚部がビーム砲に撃ち抜かれていた。
 そして八発のロケット弾は全て外れた。


 いきなりブラウが声をかけてきたときテムジンは端末を操作していた。
 サラリ−マン風の男からの依頼ではニカイドス島にある研究所に向う様に指示されていた。もちろんコマンドウルフで海を渡れるはずも無いから、ニカイドス島へ渡る手段は男が用意しているはずだった。
 だから最初は指定された輸送手段が待機している地点に向わなければならなかった。目的地までは出来得る限り短時間で行かなければならないが、街道など人通りの激しい場所は避けなければならなかった。
 テムジンは端末に周辺の地図を表示して慎重にこれからの移動ルートを選定していた。それにかかりきりだったから、ブラウから声をかけられた時もすぐには気が付かなかった。
「センサに反応があります。おそらくコマンドウルフ・・・バックアップお願いします」
 テムジンはゆっくりと顔を上げた。
「コマンドウルフ・・・研究所からの追跡部隊か?」
 慌てて後席のメインモニターにセンサからの情報を表示すると確かに中型ゾイドクラスの熱源反応が移動しているのが見えた。
 熱源反応はセンサの有効範囲ぎりぎりのところを移動しているらしく数秒ごとに消えては現れていた。
「随分遠いな・・・偶然近くを通過しているだけじゃないのかな。用心するに越した事は無いだろうが」
「いえ・・・おそらくこの反応は追跡部隊のものだと思います。それにこちらの事を掴んでいる・・・」
「何故そう思うんだ。向こうがノーマル機だとするとこっちのセンサ有効距離の方がはるかに長いんだ。普通に考えればこれだけ高速で移動しているゾイドがこちらを発見できるとは思えないんだが」
 ブラウは小首を傾げるとモニターに周辺の地形図を映し出した。
「相手が既にこちらを発見していたとしたらどうでしょう。つい先程まで私達は電波源となっていたのですから発見は不可能ではないでしょう」
 あっけなく答えが出たようでテムジンは拍子抜けした。
「なるほどな、それなら納得できるね。でも何でこちらに発見される危険をおかしてまで高速移動しているんだ?」
 ブラウは地形図の一点を指差した。
「おそらく敵はこの地点に向っているでしょう。この地形ならこちらが気が付かないうちに奇襲をかけることが可能です」
 腕組みをして眉をしかめながらテムジンは地形図を見た。
「ならこの渓谷を抜けていこうか。ここを通過すれば発見される事もなく逃げられるんじゃないのかな」
 ブラウは一瞥して首を振った。
「いえ、ここで追跡部隊を叩きます。ここで追跡部隊から逃げてもずっと追いかけられます。それに奇襲をかけようとしているということは裏を返せば私達の移動ルートを掴んでいるという事になります。それではわざわざ今まで移動ルートを隠してきた意味がなくなります。ここで追跡部隊を叩けばしばらくは安全でしょう。
 それにこの渓谷は周辺住民に街道として使用されている可能性があります。この辺りはともかく下流になると安全に通行できるルートが限られますから」
 そういいながらブラウは地形図の縮尺を変化させて下流の地形を指差した。
 それはテムジンと相談するというよりも既定の方針を説明しているような感じがした。
 テムジンは軽くため息をつくとあきらめ顔でいった。
「わかった。じゃ俺は何をすればいいんだ」
「狙撃砲で敵を狙ってください。この地点にセンサを集中させますから敵が攻撃してきたと同時に反撃です。
 私は操縦に専念しますから」
「センサを狙撃砲の照準にまわす」
 テムジンは素早くコンソールを操作して狙撃砲のコントロールを行った。
 襲撃が予想される地点まで数分しかなかった。

 敵が使用しているのは市街戦用コマンドウルフだった。レーザ誘導の大型ロケット弾を装備しているが、センサを欺瞞するのは可能だった。ロケット弾の弾着が遅い分、通常のビーム砲より組みやすい相手だとも言えた。
 テムジンは集中して向けられたセンサからの情報を見つめながら、横目でジャミング装置のスイッチに手をかけた。市街戦用が発砲したと同時に狙撃とジャミングを開始するつもりだった。
 最大の問題は市街戦用が二機存在するという事だった。狙撃砲は旋回速度が比較的遅いから二機同時に攻撃することはできない。
 深く考えずにテムジンは前方の機体に照準を合わせていた。
「来る」
 ブラウが叫んだと同時に隠れていた市街戦用が立ち上がってロケット弾を発射した。
 それを予想していたテムジンは慌てることなくジャミングをかけると狙撃砲の引き金を引いていた。
 照準が行われないロケット弾が命中するはずも無かった。ロケット弾は全てブラウの操縦のおかげで回避できるはずだった。
 テムジンはバレッタジャミングの操作をしながらちらりと狙撃砲を放った方の市街戦用を見た。
 倒れこんだ市街戦用はもう動こうとはしなかった。その機体は既に戦力外と考えても良かった。
 だがふと違和感にとらわれてテムジンはモニターを見つめた。いつの間にかもう一機いたはずの市街戦用の姿が見えなくなっていた。
「ブラウ、残り一機の姿が見えない。逃げたのか」
 最後まで言い終わる前にブラウが叫んだ。
「黙って、舌を噛みます」
 直後にコマンドウルフは横に機動していた。
 テムジンはその機動に対応できずにサイドモニターに頭をぶつけていた。慌てて横を見るとエレクトロンバイトファングを光らせた市街戦用が通過していくところだった。
 去っていこうとする市街戦用にテムジンは狙撃砲を指向した。
 照準も曖昧なまま発砲していた。この場合威嚇して足を止めたほうが良かったからだ。だが市街戦用は狙撃砲の弾道を軽やかに回避していった。
「何だあの動き、コマンドウルフでできる機動性じゃないだろう!」
 叫んだテムジンに達観したような表情でブラウがいった。
「あの反応速度はおそらく強化人間・・・私以前のプロトタイプです」
 テムジンは呆気にとられてブラウの顔を見つめていた。




戻る 次へ
inserted by FC2 system