開戦前夜 二話




 帝国と共和国との間で開かれていた予備交渉に大きな動きが現れたのは、マッケナ大尉が通信を受け取ってから二週間後の事だった。
 その日の会議は、いつものように会場に入った帝国側代表団を、共和国側代表団が一方的に糾弾する形で始まった。

 共和国は、帝国軍西方大陸駐留部隊への大規模な司令部スタッフの増員を問題視していた。
 それは、近い将来に西方大陸駐留部隊が派遣軍へと改編されることを見越した上での人事だった。
 すなわち、大幅に増員される部隊を統一指揮するために司令部機能を強化しようとしていたのだった。
 軍クラスを指揮できる司令部は、それだけで一つの兵器だといってもいい。だが、それだけに司令部スタッフが任地の状況を把握するのに時間をかけることが必要だった。
 だから帝国軍は、開戦予定を半年ほど前にして派遣軍司令部に着任予定の参謀を駐留部隊に派遣したのだった。
 共和国は、この人員異動を帝国側の明確な戦争準備であると非難した。
 たしかに、駐留部隊の司令部人員は、部隊規模に比べると不自然なほど大規模なものとなっていた。
 だが、外部に公表されている程度の情報から司令部人員の増派を断定するのには、かなりの分析が必要のはずだった。
 だから帝国軍では人員異動を偽装する事はしなかったのだが、共和国側はその人員異動を正確に把握しているようだった。
 しかも、共和国のいう戦争準備というのは、帝国の意図している事に違いは無かったから、これを単純に否定するのは難しかった。
 というよりもは、司令部の増員はこれが指揮すべき部隊の増員に他ならないから、司令部の増員がもれていた時点でこれを否定するのは不可能だった。

 結局、帝国代表団は司令部の増員を完全否定することはできずに、事実内容を本国に照会する形で共和国を納得させていた。
 そして代表団は会議の終了後、特設会場からすぐにホテルへと戻り、中核スタッフは今後の対策を協議することになった。
 対策会議が始まってすぐに、情報部に所属するマッケナ大尉への非難が始まった。
「情報部は情報の漏洩に責任を持つべきだ。何らかの形で司令部人員異動の情報が共和国に漏れていたのではないか」
 そういう団員の一人にマッケナ大尉は冷ややかな視線を向けながらいった。
「情報の漏洩は情報部の責任ではないのではないか。そもそも西方大陸駐留軍の司令部人員異動については情報は常に公開されているものであったと記憶していたが。
 責任をいうのならば、偽装も施さずに、杜撰な計画によって人員異動を行なった作戦部と実施部隊こそその責を負うべきではないのか」
 マッケナ大尉の反論に、参謀本部作戦部から派遣されていた団員が蒼白な顔をして立ち上がった。
 大尉にその団員が掴みかかろうとしたところで団長が制止した。
「そもそもこの協議は今後の方針を話し合うために設けられたはずだ。もちろん先程の交渉の内容は本国に転送している。
 この協議では本国への代表団としての意見をまとめるものとする。責任論を論ずるのはすべてが終わった後になるだろう」
 団長の仲裁に、その団員は渋々席に戻った。

 それからも、協議は遅々として進まなかった。全員が共和国のここに来ての強引な態度に戸惑っているのだった。何故共和国があれほどの自信を持っているのかがわからなかったといってもよかった。
 だが、マッケナ大尉は何となくその理由を推察していた。
 おそらく共和国側にも大尉に送られてきたのと同じような通信が届いたのだろう。そして、その情報の裏をとった共和国は確信をいだいたのではないだろうか。
 つまりは、間違いなく通信の送り主は帝国と共和国の間に不信感を抱かせたいのだ。
 そこまでを推察しながら、その後が大尉にもわからなかった。
 一体誰がその通信で得をするのだろうか。開戦を避けたい共和国や中立都市国家ではありえない。常識的に考えてしまうと一番得をするのは帝国という事になってしまう。
 それとも第三の組織が存在するのだろうか。
 マッケナ大尉はため息をつきながら窓の外を見た。この小さな都市国家のなかには陰謀の蜘蛛の糸が張り巡らされているような気がしていた。


 マッケナ大尉は目の前に立っている男の顔をみつめていた。
 男は不動のまま大尉の前に立ち続けている。おそらく大尉が何か言うまでずっとその姿勢をとり続けるのだろう。
 軽い頭痛を覚えながら大尉はいった。
「ミュラー軍曹、では君は部長の依頼で派遣されたと解していいのだな?」
 その男、ミュラー軍曹が答えた。
「はい大尉、自分は情報部部長の命により本日付けで大尉殿の護衛任務に当たります」

 ミュラー軍曹が大尉のもとに来たのは昨日のことだった。昨日、大尉が部屋に戻るとすでに室内には軍曹が待機していた。
 軍曹は一応は無礼を詫びていたが、彼の態度はそれと正反対だった。
 大尉は、軍曹の任務は自分の監視であると思っていた。
 参謀本部に属しながら、外務部との交流も深い。そんな立場にいる大尉がこの微妙な状況下でどちらに付くのかがわからない。
 だから、まだ外交部門と全面的に反目した状況下にあるわけではない今のうちから監視を強めていこうというのだろう。
 そう大尉は軍曹の立場を考えていた。

「では君は私の指揮下に入ると解釈してよいのかな」
 意地悪そうな顔で大尉はいった。
 いずれ共和国との交渉方針の食い違いから参謀本部と外務部は対立姿勢を強めるはずだった。
 外務部としては、中立国家の説得につかうための開戦にいたるまでの確固たる理由を求めていたし、参謀本部は、今までの戦時体制への移行を破綻させるような譲渡には応じられないはずだからだ。
 だから、参謀本部は外務部と接触し情報を流しかねない大尉の存在を気にしているのだろう。
 そう考えると、軍曹が大尉のいうことを素直に聞くとは思えなかった。
「自分に命令できるのは、情報部部長だけということになります。大尉の命令は要請というかたちで自分が判断します」
 杓子定規ともいえる軍曹の回答に大尉は呆れながらいった。
「なるほど、参謀本部の部員以外との接触は禁止かな。君達は国が滅んでも任務に忠実なのだろうな」
 さすがに、軍曹は顔を赤くしていった。
「大尉の身の安全を考えていっております。確かに監視という意味もあるでしょうが、部長から大尉の護衛を命令されたのは事実です」
 それに、素直にうなずきながら大尉はいった。
「君の立場は理解している。その上で君に頼みたい事がある。座りたまえ」
 軍曹を椅子に座らせると続けた。

「参謀本部内部でも私を疎んじている勢力があるのは承知している。正直に言うが、私自身も立場を決めかねている」
 驚いたような顔で軍曹が大尉をみつめた。この男は監視役だと認識している筈の自分に何を言っているのだろうか。
「そこでだ、しばらくの間私は任務を離れてこの都市の状況を探りたい」
 軍曹は絶句した。いくらなんでもこれは任務の拡大解釈だ。
「それは・・・無茶です。そもそもこの都市の状況を調べてどうなさるのですか」
「すでに報告はいっていると思うが、私宛の通信はこの都市内から来ていた。
 さらに先の会議で共和国がわが軍の状況を急に知った直前には、特に本国からの通信量は増大していないと報告が来ている。
 つまりは共和国も私と同じルートで情報を得た可能性が高い」
 軍曹は大尉の護衛任務よりも自分の好奇心を抑えきれずに、首を傾げながらいった。
「しかしそんな事をして得をする集団があるとは思えませんが」
「そのとおりだ、だからこそ調べなければならないんだ。両国に開戦を迫る事でその組織、もしくは個人はどんな利益を得るのか。
 それこそが情報部の仕事だ」
 大尉の話を聞いた軍曹は明らかに迷っていた。おそらく彼の内面では任務と好奇心が戦っているのだろう。
 だが、いずれ軍曹は大尉に従うはずだ。ミュラー軍曹も大尉と同じ性質を持っているからだ。
 好奇心が強く、最終的な目的のためには手段を選ばず、何かを犠牲にすることもいとわない。
 大尉は覚めた目で軍曹をみつめていた。


 マッケナ大尉とミュラー軍曹は二人で街中を歩いていた。
 独立都市国家のなかでもそこは中心街から離れ、中流階級が住むところだった。
 それだけに夕方の今は活気があふれている。一日の仕事を終え帰宅する人々が夕食の買出しをしている露店市場の中で、大尉たち二人は完全に浮かび上がっていた。
 何が楽しいのか笑みを浮かべながらあちらこちらの露店を覗き込みながら歩いているマッケナ大尉はともかく、周囲に厳しい目線を投げかけて警戒を怠らないミュラー軍曹は逆に周囲から警戒される存在になっていた。
 この場ではマッケナ大尉は護衛するのには難しい存在だった。
 露店で立ち止まって店主と話し込んでいたかと思えば、次の瞬間は素早く通りを横切っていく。ミュラー軍曹は当惑しながら大尉を追いかけるしかなかった。

 都市国家の調査をマッケナ大尉が宣言してからすでに二週間が過ぎていた。
 最初の一週間は自室で端末をいじって何かを調べていた。その間部屋から一度も出る事は無く、食事も最低限しかとらなかった。
 一週間がたち軍曹がいいかげん大尉の身体を心配し始めた頃にようやく部屋から出てきた大尉は、軍曹をつれてここと似たような市場へと繰り出した。
 最初はミュラー軍曹も食事にでも来たのだろうと思ったのだが、それから一週間ものあいだ二人は市場を歩き通していた。
 ミュラー軍曹は困惑したまま大尉についていく事になった。
 マッケナ大尉は何をするでもなく食事をとり、露店の店主と話し込むだけなのだ。
 その姿からは何かを探している雰囲気があったが、軍曹にはあまりまじめに取り組んでいるようには見えなかった。

 ふとミュラー軍曹が気が付くと、マッケナ大尉はありふれた飯屋の前で軍曹の方を見ていた。
「今日はここで晩飯を食うとしよう」
 ミュラー軍曹の返事を待つ前に、マッケナ大尉は一人でさっさと飯屋の中に入っていた。ミュラー軍曹の意向を聞くまでも無く店の親父に二人分の注文をしている。
「すまないがダワフリという男を知らないか?」
 注文を終えたマッケナ大尉はそういった。すでに調理済みの料理を差し出しながら店の親父は首を振って答えた。
「さあねぇ、そんな名前この辺じゃありふれてるから特定するのはできないな。そういえばたしかあの露店の親父の名前もダワフリだったよ」
 愛想のいい店主に礼を言うと、マッケナ大尉は素早く飯を食った。
 ミュラー軍曹が食べ終わるのを待ってマッケナ大尉は店を出たが、飯屋の親父に教えてもらった露店へは行かずに通りを歩いていった。
 さすがに疑問を覚えてミュラー軍曹はマッケナ大尉に質問した。
「大尉はダワフリという男を捜しているのではないのですか?」
「そうだが、それがどうかしたのか」
 大尉は人気の少ない裏通りに入って、軍曹に向き直った。そして今までの愛想のいい表情を消した。
「なぜ店の親父が教えてくれた露店へ行かないのですか。人違いだったとしても、少なくとも話を聞いてみるだけの事はあると思いますが」
「勘違いするな軍曹。私が探しているのはダワフリという存在であって、特定の人物である可能性すら疑問だ」
 ミュラー軍曹は混乱しながらいった。
「私には意味がつかめませんが・・・」
 マッケナ大尉は話はこれまでというかのようにまた愛想のいい表情になって表通りを歩き出した。
「今にわかる」

 もう日も暮れた頃になって、二人は広場のベンチに座っていた。周囲では、市場からあふれた露店が立ち並んでいたが、さすがにこの時間になると露店をたたんで店じまいをする店主が多かった。
 行商人の格好をした男が二人に近づいてきたのはちょうど最後の露店がたたまれた頃だった。
 その男は笑顔を見せながら二人に話しかけてきた。外から見れば、売れ残りを最後の客に売り込もうとしているように見えただろう。
「ダワフリを探しているのは旦那達か」
 男は満面の笑みを顔に浮かべていたが、目だけは冷たい光を放っていた。


 冷ややかな視線を二人に投げかける男にただならぬものを感じて、ミュラー軍曹はマッケナ大尉の前に立とうとした。
 それを手で制すると、マッケナ大尉は男にいった。
「君がダワフリかな?」
「質問に答えてほしい。旦那がダワフリを探しているのか」
 マッケナ大尉がうなずくと、男は目を細くして大尉を見た。
「ダワフリに何の用があるんだ?」
「君こそ質問に答えて欲しいな、君がダワフリなのか」
 男はため息をついて周囲を見渡した。広場からは次第に人が少なくなっていった。
「そうだ俺がダワフリだ。ああ、あんたは自己紹介しなくていいぜ。旦那がマッケナ大尉でそっちがミュラー軍曹だろ」
 ミュラー軍曹は驚いて男をみつめた。いったいこの男は何者なのだろうか。
「そっちの旦那がどっからみても軍人さんだから旦那達の正体はすぐにわかったぜ。けど、逆に目立ちすぎて話しかけるタイミングを見つけるのに手間取ったよ」
「それはすまなかったね。さてと、仕事を頼みたい。勿論、時間外手当ぐらいは出す」
 まるで旧知の友人かのように親しく話し合うマッケナ大尉と男に疑問を抱いて、ミュラー軍曹は二人に割ってはいった。
「ちょっと待ってください大尉。この男は何者なのですか」
 男をミュラー軍曹がにらみつけていると、男は逆に不思議そうな顔で二人を見た。
「なんだ、大尉の旦那は俺の事を言わずにそっちの旦那を連れまわしていたのかい。やっぱりそっちのはただの目印だったんだな」
 ミュラー軍曹は一瞬何を言われたのかわからなかったが、目印というのがどうやら自分の事らしい事に気が付いて顔を赤くした。
 そのまま止めないと男を殴りかねない雰囲気だったが、男は平然とした顔をしていた。
 マッケナ大尉はそれを見ながら、困惑したような顔をしていた。
「そういえば言わなかったか・・・ダワフリというのはこの都市国家内から帝国に情報を流している部外協力者だ」
「意外に共和国よりも帝国の方が情報料は高いんでな・・・おいおい、そんな顔をするなよ。別に俺は二重スパイじゃないんだぜ」
 部外協力者と聞いた瞬間ミュラー軍曹の目に浮かんだ不信感を感じて男がいった。

「ところで旦那、もしこの都市国家の軍警察に俺の立場がばれたらかくまってもらえるんだろうね。その覚悟もなしに俺を探したわけじゃないよな」
「それは安心していい。いざとなれば帝国使節団のローカルスタッフとして採用するから最低でも身の安全は保障できる」
 そうマッケナ大尉が言うと、男は満足そうにうなずいた。
「ついでに聞きたいんだが、なんで俺がこの辺りに住んでいるとわかったんだ」
「ああ、そのことか、半年前に君が送ってきたこの都市で起こった事故の報告がきっかけでね。君の報告は正しすぎたんだ」
「あの軍施設で起こった連絡機の墜落事故の報告か」
「そうだ、報告の詳細さから考えると、連絡機のペガサロスの墜落から少なくとも五分後には君は現場に到着して野次馬の仲にいなくてはならない。なのに、君は墜落の瞬間この場所にいたはずだ」
 男は目を丸くしてマッケナ大尉を見つめた。
「なんでその事を知っているんだ」
「墜落地点と周囲の施設を考えると、墜落直前を確認できる場所はここしかない。ここは周囲から一回り高くなっているから建物の間に墜落したペガサロスを確認できる」
「なるほどな、旦那はずいぶん下調べをしたらしいな、たしかにこの辺に住んでるものでなきゃ五分くらいじゃあそこまでいけないからな」
「一週間も部屋に閉じこもって地図と格闘したよ」
 大尉が大袈裟に困ったような顔をすると、男は笑みを見せた。
「旦那はよくわからんが面白そうな人だな。で、何を聞きたいんだ」
「この都市国家の現在の政情について詳しく知りたい。どんな派閥がどんな考えを持っているのか・・・」
 男は顔をしかめながらいった。
「難しいな・・・一ヶ月はみておいてくれ。とりあえず情報を入手したら旦那に連絡するよ」
 それだけいうともう男は二人から離れていった。その姿はもうスパイの印象は消えうせ、どこからみても売れ残りを抱えて困っている行商人にしか見えなかった。
 話から取り残されていたミュラー軍曹は、男が通りから姿を消すまで厳しい目でみつめていた。


 事態が急変したのはマッケナ大尉がダワフリという男と会ってから二週間後の事だった。

 その間、帝國と共和国の間の交渉は全く進んでいなかった。共和国側が問題視していた帝國軍西方大陸駐留部隊司令部の増員は、人員派遣の中止と一部人員の帰還によって表向きは解決していた。
 だが、司令部機能の強化は人員の極秘派遣や将来的に出向が予定されている人員の短期出向などによって偽装されながらも続けられていた。
 共和国側はその証拠を掴むまでは交渉を進めるのは不利と判断していたようだった。
 そして帝國側では本国との連絡がうまくいっていないためにそれ以上の判断が難しくなっていた。
 むしろ本国における外交部と軍部との軋轢が西方大陸の使節団にまで波及してきたのだとも言える。
 帝国内部における発言力は軍部の方が圧倒的に強いのだが、少なくとも諸外国との交渉に関しては外交部の政治力は無視できないものだった。
 だから外交部所属の使節団団長の意見に軍から派遣されている副団長が逆らうのはいつもの事であり、使節団全体の意見調整には長い時間が必要だった。

 その日も使節団はホテルの会議室で意見調整を行なっていた。すでに開始から数時間が経過しているものの会議は遅々として進んでいなかった。
 マッケナ大尉はわざとらしく欠伸をしながら、できるだけ楽な姿勢で椅子に座りなおした。
 周囲の士官達は一瞬大尉に視線を向けたものの、すぐに会議に夢中になっていた。
 この会議の中では大尉の存在は浮いていた。参謀本部とも外交部ともとれる大尉の立場が逆に両者から味方ではないと認識されてしまったからだ。
 だから大尉は迂闊な発言を避けて会議では誰かから意見を求められるまで押し黙っている事が多かった。
 次第にそんな大尉の存在を誰もが無視するようになっていった。
 どのみちダワフリに依頼した情報収集が終わるまで大尉は自分から動くつもりはなかったからこれは好都合でもあった。

 だが、のんびりと構えていた大尉の耳に会議室のドアを慌てて開けたような音が聞こえてきた。
 大尉は嫌な予感がしながら音のした方に振り向いた。大尉だけではなく会議室にいた全員が振り返っていた。
 その音は使節団に随行していた護衛の一人が部屋に入ってきた音だった。
 護衛の下士官は使節団団長と副団長の方に近づくと二人に小声で何かを伝えた。
 二人は驚いて顔を見合わせていた。会議室の全員がその二人を凝視していた。しばらく呆然としていた副団長が全員に向き直ると立ち上がりながら説明を始めた。
「この都市の住民に共和国との会議の内容が不法に公開されてしまったらしい」
 団員の誰かが副団長に問いかけた。
「そもそも共和国との通商交渉の内容は両国による検閲を経た上で大まかな経緯は公開される事になっていたはずですが。それとも検閲前の議事録が流れたという事ですか」
 外交部に所属するその団員を副団長は冷ややかな目線で見ながらいった。
「どうも貴公は状況を正しく理解していないようだな。私がいった会議とは通商交渉ではなく、非公式に行なわれている予備交渉のことだ」
 副団長がそういうと一気に会議室の中がざわめいた。基本的に本会議である通商交渉は公開式となっており、この都市国家の大臣級もオブザーバーとして参加している。
 だが、予備交渉は存在そのものが極秘裏になっており、存在がリークされたとしても軍人同士の非公式な会談として処理されるはずだった。
「これは共和国による意図的な情報漏洩ではないのか」
 参謀本部の士官の一人がそういうと同調する声があちこちから聞こえてきた。たしかに状況から考えて共和国による意図的な情報公開と考えるのが一番自然であるように思えた。
 だが連絡が入ってからすぐに通信端末を使用していた団長が立ち上がっていった。
「諸君、共和国代表は共和国による情報漏洩を否定している。向こうの団長自らが発言している」
 そう団長が言ったにもかかわらず、団員達は共和国への不信感を拭い去る事ができないようだった。
 しかし、マッケナ大尉は共和国の関与を信じてはいなかった。共和国がここで情報を漏洩すれば国家としての威信そのものが低下するのは否めない。国家間同士の約束を反故にしたのだから。
 それにマッケナ大尉には自分のところに送られてきた通信のことを思い出していた。ひょっとするとあの通信が誰かの元にまた送信されたのかもしれなかった。
 だとすると、この情報漏洩は戦争を招こうとしているのかもしれなかった。



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