ZAC2101 ムスペル山脈阻止戦2




 暗黒大陸の南部に布陣する帝國軍は、南部防衛方面軍によって統一指揮されていた。陸海空の三軍を統一指揮するための措置だが、今のところ統一指揮が役に立っている様子は無かった。

 陸軍は全師団が反撃作戦の為に攻撃発起点で待機していた。それに対して海軍は少数の独立海兵大隊を海岸沿いの進攻作戦に投入するだけのつもりだった。
 海軍の主力である艦隊戦力は、共和国軍輸送艦隊への襲撃にあたっていた。もっともその攻撃が成功を収めているとはラティエフ少佐には思えなかった。
 参謀本部の概算では、ビフロスト平原を埋め尽くす勢いの共和国軍に必要な補給物資の量は膨大なものだった。しかし、前線からは共和国軍の物資が不足している兆候はまるで見られないから、共和国軍は補給物資の輸送に多大な労力を払っているはずだった。

 共和国の高速輸送艦は、昨年の六月にデルダロス海で起こった海戦で相当数が喪失していた。つまりは共和国軍は輸送艦の数が不足しているはずだった。しかしビフロスト平原に上陸した共和国軍の規模を考えると、とても生き残った輸送艦だけでは輸送量がまかなえるはずは無かった。
 帝國海軍は、共和国軍が雑他な艦まで動員して輸送量を補っていると考えていた。その場合、輸送艦隊の航行速度はかなり低下しているはずだった。艦隊の航行速度をもっとも遅い艦に合わせなければならないからだ。軍用の高速輸送艦ならともかく、民間徴用の船ならば巡航速度はかなり遅いと考えて良かった。その速度の遅い輸送艦に、ウォディックやシンカーで編成された潜航艦隊で襲撃をかけるというのが帝國海軍のねらいだった。
 だが、襲撃が成功したという話はあまり聞かなかった。潜航艦隊の大半は、輸送艦に近寄る前に、警戒するハンマーヘッドや護衛艦のバリゲーターに阻止されていた。それに、輸送艦を撃沈した数少ない部隊の報告では、輸送艦は全て高速輸送艦で編成されていた。
 少なくとも主要な物資を輸送しているのは高速輸送艦なのではないのか。ラティエフ少佐はそう考えていた。共和国の工業力をもってすれば、高速輸送艦の急速造艦は十分に可能だった。むしろ中央大陸から西方大陸を伝って暗黒大陸に至る長い補給線を維持しなければならない共和国軍にすれば高速の輸送艦隊は必要不可欠なのだ。
 おそらく、雑他な輸送船が使用されているのは、中央大陸から西方大陸の間なのだろう。暗黒大陸への輸送は十重二十重の護衛がついた高速輸送艦が行っているのではないのか、そうラティエフ少佐は考えていた。
 だから、海軍が行っている襲撃作戦はあまり戦果を上げることは無いだろう。全くの無駄だとは思わなかったが、もっと反撃作戦に戦力を回してくれてもいいはずだった。それに、空軍もあまり反撃作戦を支援できる態勢とは言えなかった。

 空軍の飛行隊の大半は、ここ数日間で激増している共和国軍の偵察機を迎撃するのに手一杯の様子だった。
 大陸南部のほぼ全軍が参加する反撃作戦はかなり大掛かりなものだった。当然ながら作戦の準備に携わる人員は、軍民を問わず膨大な数になる。その何処かから、もしくは共和国が潜らせた間諜から作戦が漏れ伝わっているのは確実だった。
 というよりも、これだけ大規模な作戦を秘匿するのがそもそも無理なのだ。優れた技量を持つ間諜であれば、通過する補給隊の様子や轍の様子からでも作戦の規模を正確に推測することが出来た。
 だが、攻撃発起点の位置や進撃に使用する道路は秘匿されている。共和国軍にすれば、それはどうしても知りたい情報のはずだった。それさえわかれば対処は容易だからだ。だからなのか、偵察機の数は日を増すごとに増えていった。
 今はまだ共和国軍の偵察機を撃墜できているが、それももう限界に達しつつあった。共和国軍は新たな戦術を取りつつあったからだ。帝國制空権に進行した偵察機の内、早期に迎撃された場所に集中して地上攻撃隊を含む有力な航空隊を飛ばしてきたのだ。
 確かに、重点的に迎撃機が配備されていたのは、反撃作戦の主攻部隊の待機地点にほど近い場所だった。だから、この共和国航空隊の進攻を許した場合、こちらの作戦意図が察知される可能性があった。今朝行われた攻撃はかろうじて阻止することが出来たが、また攻撃があるということがビフロスト平原に放った偵察部隊からの情報で判明していた。
 そのおかげで帝國空軍航空隊の大半が阻止の為に移動していた。その戦力をそのまま近接航空支援に回すことは不可能ではないが、いくつか予定されている助攻部隊は、自力で敵制圧権内を進攻しなければならない。
 助攻部隊とはいっても軍団級の戦力だから、支援部隊に不足は無いが、航空兵力は地域防空を行うので精一杯になるだろう。

 ラティエフ少佐は、南部防衛方面軍の司令部でそんな状況が映し出されているモニターを見つめていた。司令部のある地下壕は、噂ではウルトラザウルス主砲の直撃にも耐えられるという話だった。
 しかしラティエフ少佐が見つめているモニターの先では、僅か数ミリの装甲すらない状況で戦っている兵たちがあった。


 方面軍司令部では参謀たちが立てるざわめきが途絶えることは無かった。全軍を挙げた反撃作戦が開始されるまであと二日しかなかった。作戦参加部隊の九割は攻撃発起点に到着していたが、残りの部隊は待機地点に急行していた。
 それに補給部隊の出遅れも気になっていた。前線近くのデポには十分な物資が集積されていたが、それだけでは予想されている前線部隊での弾薬使用量を考えればすぐに尽きてしまうのは明らかだった。
 補給部隊は今も大車輪で輸送を続けているが、ここ数日来の長雨で道路状況が悪く、輸送量は一時的に落ち込んでいた。
 しかし、もっとも考慮すべき部隊は、攻勢開始までのあいだ山岳地帯で共和国軍を阻止しなければならない部隊群だった。
 大陸南部と中部を分断させているムスペル山脈は、険しい地形が連続していた。山脈は海岸線まで達していたから、山脈を越えなければビフロスト平原に兵を進めることはできなかった。それは、逆にビフロスト平原から南部に進軍するのも難しいということを意味していた。
 ムスペル山脈は、地形上から大軍を駐留させるのが難しいから、自然と阻止部隊は増強大隊から連隊程度の規模になっていた。それだけの戦力でも偵察隊を迎撃することで共和国軍の通過を阻止することが出来ていた。
 それももう限界にきていた。もともと反撃作戦の開始までと限定された期間だけの部隊配置だったが、すでに兵員や装備の損害は限界だった。だが、反撃作戦が間近に迫っているから部隊を交代させるのは難しかった。もうすこしばかり耐えてもらうしかい。

 ラティエフ少佐が睨みつけるようにしてモニターを見つめていると、司令部の扉が開いて誰かが入ってきた。稼働中のコンピュータを冷却する為に司令部は冷やされていたから、暖房のかかった廊下の暖気が入ってきて、司令部には束の間の空気の流れが出現した。
 面倒くさそうにラティエフ少佐が振りかえると、入ってきたマッケナ少佐がこちらに頷いてみせた。マッケナ少佐は、顔見知りらしい参謀に書類を渡すとラティエフ少佐の脇に腰を下ろした。
 司令部の中ではラティエフ少佐とマッケナ少佐は奇妙な立場にあった。ラティエフ少佐は、一応方面軍司令の技術顧問ということになっている。司令に対して技術的なアドバイスを提供することが仕事となっていたが、それよりも前線に投入されている特設大隊の世話の方が大きな仕事だった。マッケナ少佐にしても方面軍情報参謀としての職務が与えられてはいるものの、参謀本部情報部からの出向ということを見ても、実質上は情報部との連絡将校に近いものがあった。

 マッケナ少佐は、しばらく黙ってモニターを見ていたが、ふいにラティエフ少佐に向き直るといった。
「やはり貴様の予想した通りだったよ。今日になって西エウロペの東部に残存していた特務機関がおくってよこしたものだ」
 ラティエフ少佐は、マッケナ少佐が渡した一枚の写真を見て思わず眉をしかめた。写真に写っているのは、西方大陸戦役において共和国軍の一大拠点だったロブ基地周辺の港だった。そこには大小さまざまな貨物船が荷を下ろしているのが写っている。
「特務機関からの情報によれば、ある程度の規模の船団でロブ基地に届けられた物資は陸路でニクシーまで運んでいるそうだ。まぁ西方大陸での失業者対策にもなって一挙両得というところなのだろうな。共和国はまるでエウロペは自分の庭とでもいうように振舞っているらしいな」
「それでニクシー基地から出港しているという輸送船団の情報はどうしたのだ。海軍はやはりその船団の攻撃を続行するつもりなのか」
 マッケナ少佐の言うのを遮ってラティエフ少佐が話を進めた。マッケナ少佐は苦笑しながらもう一枚の書類を渡した。そこにはニクシー基地から出港する艦船のリストがあった。
 リストを読み進めていたラティエフ少佐はふと眉をひそめた。リストの最後にはかなりの数の護衛艦艇、対潜仕様のバリゲーターも出港したことが記されていた。
 それに開戦後に設計された高速輸送艦の中には、対潜自衛戦闘を行う為に爆雷投射機を備えたものも少なくないという話だったから、護衛艦の数以上に輸送艦隊は襲撃部隊にとっては剣呑な相手だといえた。
「駄目だな、これだけ護衛を厚くされたのでは損害を与えるのは難しいだろう」
 ラティエフ少佐がいうと、マッケナ少佐もため息をついていった。
「それではロブ基地に入港する輸送艦を攻撃するのはどうかな。そちらの船にはあまり護衛もついていないようだし、輸送艦自体も鈍足のものを使っているようだが」
 書類から目を離すとラティエフ少佐は一瞬考え込んだ。だが、海軍の装備を考えればすぐに結論は出た。
「論外だな。ブラキオスなら母艦無しでもそれだけの長距離進出が可能だが、それは可能だというだけであって携行する兵装は極端に限られてしまう。労力を有する割りにはあまり戦果は上げられないな。本来ならゲリラ戦闘を行えるだけの汎用性と航洋能力をもった仮装巡洋艦でもあれば良いんだがな。
 別にその艦はゾイドである必要は無い。通常動力型の輸送艦に非武装船を撃破できるだけの兵装さえあればいいのだ。何なら兵装は無くてもかまわない。そういった艦を補給艦とするだけでも潜航艦隊の戦力は倍増する。どうせ西方大陸との往復に従事していた輸送艦は仕事も無く港で腐らせているほどなのだから・・・
 どちらにせよ、それは海軍の仕事だから私に口の挟める問題ではないが」
 あまり興味が無さそうに言うと、ラティエフ少佐は再び書類を睨みつけるようにしてみていた。重要なのは共和国軍の補給物資を消滅させることだった。決して海上で輸送艦を叩かなければならないということではない。
 やはり作戦は一つしかなかった。海中からの奇襲で、部隊を内陸部に移動させた共和国軍の上陸地点を叩くしかない。
 だがそれを実行するには特設実験大隊が不可欠だった。ラティエフ少佐は押し黙ったまま特設大隊の位置が映し出されているモニターを見つめていた。


 レブラプターを撃破した敵部隊は姿を見せないまま発砲していた。ベルガー大尉は眉をしかめながらも無意識の内に赤外線センサの感度を上げた。
 敵機の正体はすぐに分かった。共和国軍の新型機だった。海岸線での戦闘で始めて確認された最新型の機体だった。
 新型機は高度なステルス性を持っていた。効果時間の長い光学迷彩と赤外線抑止装置の組み合わせはオーソドックスなものだったが、ヘルキャットやライトニングサイクス以上の隠密性を発揮しているように見えた。
 ツヴァイが敵機を発見できているのは性能の良い赤外線センサ群を搭載しているからだった。標準的なセンサを装備しただけの機体で追尾するのは難しかった。
 特設大隊の他の機体ではどうやら新型機を発見するのは無理のようだった。開けたままの無線からは敵機が発見できないという怒号と悲鳴が聞こえていた。
 予想しなかった場所からの攻撃に特設大隊は混乱していた。そのおかげで見えていた敵部隊からの反撃に対抗することがうまくできていなかった。
 しかし隠れていた新型機の数はそれほど多くはないはずだった。おそらく一個小隊から一個中隊といったところだろう。ベルガー大尉はすぐに決断すると通信機にむかっていった。
「新型機は高度なステルス性能を持っている。新型機には俺が当たる。大隊は既知の敵部隊を攻撃」
 そういうと最初にメイル少尉が反応した。メイル少尉はいつのまにか大隊指揮用の無線に割り込んでいた。ベルガー大尉はそのまま大隊指揮用のコードをメイル少尉に渡した。大隊の指揮権は代理としてメイル少尉に預けるしかない。
 メイル少尉はまだ軍歴は短いが、西方大陸からの戦闘で戦術理論に優れていることは分かっていた。あとは経験さえ積めばベルガー大尉よりも優れた指揮官になるかもしれない。メイル少尉は大隊無線で指揮を執ることを明らかにすると命令を下した。
 ベルガー大尉はそれを聞くと安心して新型機の方向に跳躍しようとした。だがその前にタイプゼロが飛び出していた。
「隊長、先に行くよ。この子のセンサもステルス機を発見している」
 元気の良いシルヴィの声に背中を押されるようにしてベルガー大尉もツヴァイを突っ込ませていた。
 どうにもシルヴィを相手にする時にはいつも後手にまわっているような気がしたが、意識して考えないようにしていた。

 ベルガー大尉は、今までツヴァイに追加されたスラスターを無意識の内に制限して使っていた。今まででさえ加速力は十分以上なものだったからだ。それが倍増しているのだから推力は殺人的なものになる。
 しかし今はそんな事をいっていられる場合ではなかった。敵機の数は突入すると一個中隊程度だった。これを二機で相手にしなければならないから、一人当たり一個小隊半を相手にしなければならない。
 いくらなんでもこれは無茶苦茶な数だった。しかしベルガー大尉は決して無理だとは考えていなかった。強化されたツヴァイの能力なら十分に対抗できる数だと考えていた。それ以上にシルヴィの援護もあてにしていた。
 ベルガー大尉は最初にさっきと同じように跳躍して敵部隊に接近した。さすがに弾道コースをとるツヴァイの軌道は見きられていた。たちまちに軌道上に発射速度の高い光学兵器の弾幕が集中した。
 しかしベルガー大尉とツヴァイはその攻撃を予想していた。弾道軌道の頂点で強引にスラスターを横方向に点火するとツヴァイは飛び跳ねるように軌道を変更した。
 敵機はそれを追撃するように火線を横滑りさせていったが、今度はツヴァイはランダム加速をかけていた。
 コクピットのベルガー大尉はまるでジューサーの中身かなにかのように揺さぶられていたが、オーガノイドシステムによって機体と結び付けられた状況ではそれすらも快感ですらあった。

 着地する瞬間にツヴァイは脚部のミサイルポッドから煙幕弾を発射した。たちまち周囲は白煙に包まれる。
 ミサイルポッドを切り離すとベルガー大尉は手近な赤外線反応に突撃していた。100tを軽く越えるツヴァイの重量をもろに食らったその敵機はたまらずに吹き飛ばされていた。
 その一瞬に出来た隙を狙って吹き飛ばされた機体の僚機がすかさずにレーザークローの一撃をツヴァイに向けた。だがそれが本体に到達する前に、すばやく跳ね上げられたフリーラウンドシールドが脚部ごとレーザークローを弾き飛ばしていた。そして姿勢の崩された機体にお返しとばかりにエクスブレイカーが叩きこまれる。
 ねじり切るのではなく、レイピアの用に突き刺されたエクスブレイカーはコア近くにまで達する傷を与えていた。
 その二機を無力化したことを確認するとベルガー大尉は殺気を感じてツヴァイを振りかえらせた。そこに近距離からのレーザ照射をこころみる敵機の姿があった。しかし、ベルガー大尉は慌てずに無視するように次の敵に向かった。
 ツヴァイの様子にいぶかしみながらも敵機のパイロットは命中を確信してトリガーを引いた。しかしレーザが照射されることは無かった。横方向からの予測しなかった衝撃に慌ててパイロットが振りかえると、レーザ砲に衝撃砲を命中させたタイプゼロが高速を保ったまま突進してきた。
 シルヴィが駆るタイプゼロのレーザークローによって次の瞬間その機は首を飛ばされていた。
 ベルガー大尉はツヴァイによって強化された知覚でそれを感じていた。しかしそれに気をとられることはなかった。まだ敵機は数多く残っていた。すでに撃破した敵機に構っている時間は無かった。
 今度はシールドを射出する。シールドが命中した瞬間に仕舞い込まれていたエクスブレイカーを閉めた。敵機は反撃するまもなく胴体をねじ切られて転がった。
 ・・・あと二十数機か、この様子ならなんとかなるかもしれないな
 壮絶な笑みを浮かべるとベルガー大尉はツヴァイを次の敵に向けて走らせた。背後の守りは心配していなかった。見るまでも無く死角になる場所にシルヴィがついていることは分かっていた。
 



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