ZAC2101 ムスペル山脈阻止戦3




 ベルガー大尉のツヴァイとシルヴィのタイプゼロが、敵陣をかき回しながら見えない新型機を一個小隊ほど擱坐させた頃になって、装置にまわすエネルギーが足りなくなったのか次々と新型機が光学迷彩を落とし始めていた。
 実験大隊の前に姿を現したのは漆黒に塗装されたキツネ型の中型ゾイドだった。全体的な印象としては、背部の備砲が光学式のガトリング砲を採用しているという点を除けばコマンドウルフと同様だった。
 おそらく共和国軍は、コマンドウルフの後継機としてこの新型機を開発したのだろう。しかしコマンドウルフと同等、あるいはそれ以上の戦闘力を保持したまま完全なステルス機能を発揮するのはこのクラスの機体には荷が重いようだった。
 むしろステルス機能はこの機体にとっては、戦闘時は補助装置にすぎないのだろう。偵察や移動時の隠密性の確保こそがステルス装置の目的なのだろう。
 その証拠にレブラプターを攻撃するまで、光学迷彩を起動させた新型機を実験大隊は発見することが出来なかったのだから。

 今までの攻撃を見れば光学式のガトリング砲と高機動で行われる格闘攻撃からなる新型機の攻撃法はコマンドウルフを大きく上回っていた。
 だがそれも中型ゾイドとしてはという話に過ぎなかった。コマンドウルフどころかワンランク以上サイズの違う大型級のツヴァイやタイプゼロを相手にするのはやや荷が重過ぎるようだった。
 それでも通常ならば中隊を組む新型機には数の優位があるはずだったが、新型機の様な高速ゾイドをも上回る速度で機動するツヴァイとそれを支援するタイプゼロに幻惑されて十分な打撃を与えることは出来なかった。
 すでに三分の一を無力化され、光学迷彩も停止してしまった新型機の群れは明らかに浮き足立っていた。もちろんベルガー大尉はこの隙を見逃さなかった。

 サイドモニターに映し出された実験大隊主力の戦況をベルガー大尉は一瞥して確認した。大隊主力は前衛二個中隊が突入している間に支援中隊が火力支援をおこなっている。
 前衛中隊は、新型機の参入によって一時的に混乱していたが、新型機の中隊をベルガー大尉とシルヴィが押さえ込むことに成功したことで、おおむね実験大隊は優位に戦闘を進めていた。

 メイル少尉がうまく指揮をとっている様子に安心するとベルガー大尉はシルヴィに合図してからツヴァイを新型機中隊の右翼側に向けてスラスター全開で突入させた。
 一気に接近するとベルガー大尉は、右往左往する新型機の黒い胴体を無造作にエクスブレイカーで挟み込んだ。
 他の新型機はうかつに発砲すると僚機に当たりかねない為に一瞬だけ発砲を躊躇っていた。ツヴァイはその一瞬で掴みこんだ新型機を敵集団の方向へとシールドごと射出した。
 誤射をも決心して発砲した新型機群の光束は全てエクスブレイカーに掴まれた味方機に命中した。そして新型機群の真ん中で、エクスブレイカーはぼろぼろになった機体をねじ切った。

 ねじ切られた機体に敵が注目してしまった隙に、ツヴァイは体を屈み込んでいた。脚部に設けられたアンカーを設置させ荷電粒子コンバーターを作動させる。そして口内から砲身が突き出し荷電粒子砲の発射体制に入った。
 それに気が付いた何機かがツヴァイに攻撃を仕掛けたが、シルヴィのタイプゼロがタイミングを合わせて牽制攻撃をしてくれたおかげで、命中弾は全て機体前面に展開させたフリーラウンドシールドで防ぐことが出来ていた。
 荷電粒子コンバーターのおかげで僅か数秒でエネルギーチャージは完了した。ベルガー大尉はフリーラウンドシールドを収納位置に固定して荷電粒子砲の発射体制を整えた。
 対する新型機は完全に浮き足立っていた。あるものは荷電粒子砲から逃げ出そうと後ろに振り返り、あるものは発射前にツヴァイを撃破しようと照準を定めている。
 しかしベルガー大尉は、新型機の様子を気にすることも無く荷電粒子砲のトリガーを引き絞った。同時にツヴァイの口内から突き出された砲口から荷電粒子の奔流が放たれた。
 周囲に、荷電粒子が大気中の元素と衝突して起こす凄まじい光が満ちた。
 荷電粒子砲の照射はほんの僅かな時間で終了していた。だがそれで十分でもあった。荷電粒子砲の光が消え去ったとき、ツヴァイの前には一個小隊分の新型機が残骸をさらしていた。
 すでに一個中隊から一個小隊にまで戦力をすり減らした新型機はおびえきった様子でツヴァイからの間合いを取ろうとしていた。
 ツヴァイは、さらに威嚇するかのように大きく咆哮して一歩前に踏み出した。巨大なストライククローが足元の残骸を踏み砕いた音がやけに周囲に大きく響いていた。
 新型機はその音に反応したかのように一斉に身をひるがえした。そのまま山脈を駆け下りるかのような勢いで再び光学迷彩を発動させると一機残らず後退していった。彼らを実験大隊は追撃することは無かった。

 ベルガー大尉は大きくため息をつくとシートにもたれかかっていた。正直なところ今のツヴァイに逃亡した新型機を追撃できるだけの余裕は無かった。
 致命傷となる損害こそ無いものの、ツヴァイはあちらこちらに傷を負っていた。それに新型機の火線から逃れる為にほとんどスラスター全開で戦闘を行ったものだからベルガー大尉の疲労も大きかった。
 ツヴァイはまだ戦い足りないようで、ベルガー大尉の気を引こうとさかんにモニターに新型機が消えた方向を点滅させていた。
 だが、ベルガー大尉はだらしなくシートにもたれかかるだけだった。実験大隊主力の戦闘も共和国軍が浮き足立ったことで追撃にかかろうとしているところだった。ベルガー大尉にはこれ以上積極的に戦闘を行う意思はなかった。
 重要なのは共和国軍を突破させないことであって撃破することでは無いからだ。
 ふとベルガー大尉は眉をしかめた。サイドモニターに野営地からの通信を示すシグナルが点滅していた。


 いま大隊野営地のことはクリューガー少尉に任せてあった。そしてクリューガー少尉には、戦闘中の通信は可能な限り禁止してあった。
 つまり野営地からの通信があったということは何らかの異常事態に陥ったと考えるべきだった。だがそれがなんなのかは分からなかった。
 大隊野営地はかなり入り組んだ地形を選択して設営されていた。地上からの捜索で発見するのは相当難しいだろう。それに対空レーダーにも反応がなかたから偵察機に発見されたとも思えない。
 新たな敵影が発見されたとも考えられるが、それで通信をしてきたとは思えなかった。

 何はともあれ話を聞かなくてはならないような事態に陥ったことは間違いないだろう。ベルガー大尉は通信機を受信に切り替えた。
 通信機の切り替えたとたんにクリューガー少尉の大声が飛び込んできた。ベルガー大尉はうんざりしながらいった。
「そんなに怒鳴らなくとも聞こえている。それで、一体何が起こったのだ」
「おう、至急電だ。ついさっき方面軍司令部から入ったばかりの通信だ」
 ベルガー大尉は僅かに眉をしかめた。特設実験大隊の所属は、参謀本部隷下の教導師団となっていたからだ。
 多部隊への教練任務を行う教導師団には、新兵装の試験運用などを行う部隊があり、特設実験大隊もその一部隊という事に書類上ではなっていた。
 実験大隊の展開地域が方面軍の作戦戦域であるとはいえ、方面軍司令部からの直接通信があったということは何か作戦計画段階では検討されていなかった異常事態が起こったのかもしれない。
 ベルガー大尉はクリューガー少尉に先を促した。

「何でも総反撃が開始されるらしい。メイズマーシの方面軍だけじゃない。帝国軍全軍での総反撃だ」
 一瞬ベルガー大尉は呆気にとられていた。予定では南西方面軍による反抗作戦はもう少し後になってから開始されるはずだった。
 共和国軍上陸以前の予想戦域であった沿岸線に向けられていた防衛線を今度は内陸部に向けて再展開 させるのに時間が必要だったからだ。
 作戦開始が早まってしまえば、予定されている攻撃発起点に到達出来なくなる部隊も存在するはずだった。だからこのタイミングでの総反撃開始というのは少々不自然だった。
 そのことをクリューガー少尉に確認したが、要領の得ない答えが返ってくるだけだった。どうやら方面軍からの通信では詳しいことは伝えられなかったようだ。
 ベルガー大尉はちらりと戦況をモニターにだした。すでに共和国軍は退却を始めていた。それを見てベルガー大尉は野営地に一旦帰還することを決断した。
 何はともあれ情報を収集し状況を確認しなければならない。その上でこれからの行動を決定する必要があるだろう。

 だがベルガー大尉が野営地への帰還を命令する前に、クリューガー少尉からの通信を通して野営地があわただしくなった気配を感じた。
 ベルガー大尉は嫌な予感を感じてクリューガー少尉を呼び出した。だがクリューガー少尉はしばらく通信機の外に向かって何かを叫んでいた。
 結局クリューガー少尉を呼び出すのに時間がかかってしまっていた。クリューガー少尉が再び通信に出るまでに通信機には雑音が入り始めていた。最初は小さかったノイズはだんだんと大きくなっていた。
 ベルガー大尉がいくら通信機をいじってみても雑音を消去することは出来なかった。

 再び通信に出たクリューガー少尉の声からは雑音混じりながらも焦りが感じられた。
「今偵察に出ていた分隊から連絡があった。そっちに共和国軍の増援部隊が接近しつつある」
 ベルガー大尉はひどく眉をしかめると大隊主力を呼び出そうとした。共和国軍の増援部隊と接敵する前に態勢を整えなければならない。だが同行している大隊主力との通信でさえ雑音がひどくなってきていた。
 通信機の故障かとも思ったが、不安そうに周囲をうかがう様子からすると他の機体もノイズが発生しているようだった。クリューガー少尉からの通信はまだ続いていたが、すでに雑音で聞き取ることは難しくなっていた。
「機種が判明した。共和国軍はゴジュラスを」
 クリューガー少尉が最後まで言い終わる前に通信機はノイズを残して沈黙した。あまりの雑音に通信波の解析を行うシステムがダウンしたようだった。だがベルガー大尉はクリューガー少尉の最後の声に戦慄していた。
 ――まさか・・・この局面でゴジュラスを出してきただと・・・これは威力偵察ではないというのか
 しばらく考えたが結論は一つだった。共和国軍は高速部隊や軽ゾイド部隊による威力偵察などではなく機甲師団主力を投入した総攻撃に出ようとしているとしか思えなかった。
 そうでもなければ貴重なゴジュラスをこのような視界の利かない狭隘な地形に投入することはありえそうもなかった。

 このことを早急に方面軍司令部に伝達しなければならない。下手をすれば帝国軍はばらばらで連携がとれない状態になってしまう。そして総反撃中に山脈を突破した共和国軍にわき腹を突かれることにもなりかねなかった。
 だが通信機に走る激しい雑音は方面軍司令部どころか野営地への連絡手段すら奪おうとしていた。


 電波雑音は近距離専用の隊内通信すら不備をきたすほど大きくなっていた。ベルガー大尉はツヴァイの隊内通信系統を電波通信からレーザ通信に切り替えた。これで隊内通信にはノイズは聞こえなくなった。
 しかし電波雑音を無効化できるという利点はあるものの、レーザ通信には問題点がいくつもあった。まずレーザの直進性から発信機と受信機の間はクリアーな空間で無ければならないということ、またレーザ発信機の機動性はあまり高く無いから、高機動戦闘を行った場合、簡単に通信相手をロストすることがあった。

 レーザ通信に切り替えた直後にメイル少尉から大隊指揮用コードが帰ってきた。ベルガー大尉はツヴァイに大きく手を上げさせると大隊に集合を命令した。
 地形の関係上ツヴァイから直接レーザ通信を送ることの出来ない機体もあったが、他の機体を中継することで大隊全機に通信は伝わっていた。
 次第に三々五々といった様子で大隊は集合してきた。ベルガー大尉は大隊に野営地への帰還を命令しようとしていた。
 しかしベルガー大尉が命令を発する前に、ツヴァイに衝撃がはしった。

 連続した発砲された大口径砲弾が、ツヴァイの側面に装備されているフリーラウンドシールドに弾着していた。側面で固定されていたはずのフリーラウンドシールドはいつの間にか正面側に回り込んでいた。
 攻撃の意思を感知したツヴァイによって勝手にシールドが操作されていたようだった。慌ててベルガー大尉は散開命令を出すとその位置からスラスター全開で飛び上がった。
 そして展開されたままのシールドの向こう側に、わき腹に装備された70ミリ砲から砲煙をたなびかせているゴジュラスの姿が見えていた。

 ツヴァイのコクピット内を異常を知らせる警告音が鳴響いた。ベルガー大尉は舌打ちをしながらサイドモニターをにらみ付けた。今の攻撃でツヴァイのあちらこちらに損害が出ていた。大多数の砲弾はシールドで受け止められたはずだが、何発かは中に飛び込んだらしい。
 サイドモニターに故障箇所を示すレッドランプが点灯していた。今の衝撃で右側のフリーラウンドシールド稼動部が作動しなくなっていた。ベルガー大尉は着地すると後方監視用のモニタで右側フリーラウンドシールド基部を確認した。
 フリーラウンドシールドの稼動部自体に損傷は見当たらなかったが、シールドシューターとケーブルドラムが衝撃であらぬ方向に湾曲していた。どうやらシールドシューターと稼動部が干渉して動作が不可能になっているようだった。
 それを確認するとベルガー大尉は躊躇うことなく右側のフリーラウンドシールドを射出した。湾曲していたシューターによってあさっての方向に射出されたシールドは無視すると、ツヴァイは超硬ケーブルをくわえ込んでドラムごと荷電粒子コンバーターの本体から引き剥がした。
 その間にベルガー大尉は周囲の状況を確認した。ゴジュラスは街道の屈折部から出現していた。その背後にはゴドスの群れが見えた。おそらく一個大隊ほどの戦力だろう。
 また、特設実験大隊は最初の一撃で大きな損害を受けていた。無線が封じられていることから効果的な警告を発することが出来なかったからだ。いまも大隊所属の各機はばらばらに反撃を行っているだけだった。
 だが連携が取れていないのは共和国軍も同様のようだった。ゴジュラスは随伴機のゴドスが勝手に突撃を開始したことによって戸惑うようにその場で立ちすくんでいた。
 このまま乱戦に持ち込めばゴジュラスの怪力を封じることが出来るかもしれない。そう考えてからすぐにベルガー大尉は頭を振って打ち消した。
 こちらも乱戦になれば火力を封じられることに変わりは無かったからだ。下手をすれば支援火力の為に一個中隊を割いている実験大隊の方が不利になるかもしれない。

 やはりゴジュラスはツヴァイで抑えるしかなかった。他のイグアンやレブラプターといった大隊所属機ではゴジュラスを押さえ込むことは難しいだろう。エレファンダーならまだ戦えるかもしれないが、メイル少尉の技量では任せる気にはなれなかった。
 しかしツヴァイでもゴジュラスに対抗するのは相当難しかった。オーガノイドシステム搭載機に勝るとも劣らない闘争本能に加えて、戦闘ゾイドとしては最大クラスの巨体からなるかなりの耐久性をゴジュラスは兼ね備えていた。
 それに対して、ツヴァイは満身創痍といってもいい状態だった。右側のフリーラウンドシールドは投棄され、脚部搭載のミサイルポッドは両方とも脱落している。他にもあちらこちらに損傷をおっていた。
 荷電粒子砲は背中のコンバーターを含め完全稼動状態だったが、この乱戦状態では使えるものではなかった。スラスターも全て無事であるのは不幸中の幸いのようなものだった。

 その時、不意にツヴァイの横にシルヴィのタイプゼロが並ぶように着地した。ベルガー大尉がタイプゼロを横目で見ると、タイプゼロは一瞬だけツヴァイを見ると正面に向き直りゴジュラスに向けて咆哮した。
 それにあわせるようにツヴァイも大きく咆哮を上げた。ベルガー大尉はツヴァイの戦闘意欲が高まっていくの感じていた。
 やる気が高まっていったのはツヴァイだけではなかった。ベルガー大尉自身もシルヴィが近くにいることで安心感が生まれていた。
 自分とシルヴィ。ツヴァイとタイプゼロならゴジュラスでさえも押さえ込むことが出来るような気がしていた。

 ツヴァイとタイプゼロが横並びになり対するゴジュラスとの間に一瞬の静寂が生まれた。
 まるで次に動いたものが敗者となるのだと感じているかのようだった。この三者の間にだけは周囲の喧騒が伝わってこないようだった。
 しかし、そんな静寂は長くは続かなかった。
 ツヴァイとタイプゼロに対峙するゴジュラスが大きく咆哮したのをきっかけに三機は一斉に動き出していた。ゴジュラスは真正面から、ツヴァイは右に、タイプゼロは左に動いていた。
 この中の誰もが意図していなかったはずの乱戦が始まろうとしていた。
 



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