ZAC2101 アンダー海海戦3
1
自分が率いているこの寄せ集めの戦隊では、ウルトラザウルスを基幹戦力とする敵艦隊の戦力と相対すれば一瞬で蹴散らされてしまうだろう。ウルティはブラキオスの操縦席で頭を抱えながらそう考えていた。
別にウルティが特に悲観的だというわけではなかった。敵艦隊は、おそらく主力となる部隊を集中して配備していた。旗艦であるウルトラザウルスを中心として、その外周をバリゲーター多数で幾重にもわたる輪陣形を組んでいるのだ。直援の航空戦力も十二分に配置されているだろう。
それに対して、戦隊は接敵前にかなりの戦力を失っているから、ようやく二個中隊程度の戦力しかないのだ。これでは壊滅的な損害をこうむる前に敵艦隊に一矢報いる事ができるかどうかわからなかった。下手をすると接近する前に、ウルトラザウルスの狙い澄ました艦砲射撃だけで戦隊は壊滅するのではないか。
いつのまにか周囲を航行するブラキオスも精彩を欠いているようにみえていた。この距離ではウルティ達はいつ敵艦隊の攻撃を受けてもおかしくないのだ。それに対してブラキオスの兵装では反撃を行うには距離が遠すぎていた。
これでは意気が上がらないのも無理は無かった。おそらく、戦隊の誰もが帝國の為に死ぬ覚悟はできているだろう。だが武運つたなく激戦の中で戦死するならばまだしも、敵の姿を見ることも無く無様に死ぬのは嫌だった。
――せめて帝国軍人として後ろ指をさされるような行動だけはすまい。
そう考えるとウルティは敵艦隊の方向をにらんだ。
しかし、いつまでたっても敵艦隊からの砲撃はこなかった。それを喜ぶというよりもウルティは不審に思っていた。その気になればこの戦隊などただの一斉射で壊滅させられるというのに、砲撃の気配すら無かった。ウルティは首をかしげながら戦隊を敵艦隊へと近づいていった。
敵艦隊に接近するにつれて次第に状況がわかってきた。最初は大気と海面とで幾重にも反射して、奇妙に変調された発砲音が鳴り響いてきた。音からでは大まかな事しかわからないが、主力級の艦隊が全力砲撃を行っているようだった。だがそれがウルティたちに向けられる気配は無かった。
更に接近すると、高空で炸裂する高角砲弾が見えてきた。次第にその下の平射する砲の砲煙まで見えるようになってくるとだいぶ状況もつかめるようになっていた。
そこでは帝國海軍のブラキオスを始めとする戦力が、敵艦隊の輪陣形に何とかしてもぐりこもうとしていた。敵艦隊に対して、帝國艦隊は秩序だった攻撃が出来ているとはとても言えなかった。中隊から大隊規模の幾つもの小戦隊にわかれて突撃を繰り返しているだけなのだ。
だが逆に整然と航行する敵艦隊は、ばらばらに攻撃してくる帝國艦隊に対して火力の集中もならずに陣形を乱されようとしていた。
ウルティは突撃の指示を出しながら冷静に戦況を判断していた。
どうみても先行していた戦隊だけではこれほどの戦力になるはずは無かった。おそらくこれは後方にいた艦隊主力も混じっているのだろう。ウルティ達が、被害を受けた艦を分離し、後方に送る処置をするあいだに、いつのまにか主力の一部に追い抜かれていたらしい。
その艦隊が、ウルティ達よりも更に先行していた帝國海軍の小戦隊の相継ぐ来襲の処理に忙殺していた敵艦隊に襲い掛かった。だが帝國艦隊の主力が、それまでの陣形を保ったまま高速でここまで来れるとは思えない。戦隊ごとにばらばらに最大戦速で航行してきたのではないか。
おそらく共和国航空隊の戦力を分散させる為に、主力艦隊から幾ばくかの戦力を囮として分離したのではないか。
一つ間違えば戦力の逐次投入となって、帝國海軍は大きな被害を受けるところだが、ここほどまで多くの数が襲来する事で共和国軍の防衛体制も崩れつつあった。
しかし、ウルティにはそれがただの僥倖である事も理解していた。今は敵艦隊は困惑されて的確な反撃を行えない状況だったが、いずれ混乱から立ち直れば総合的な戦力で劣る帝國軍は大打撃を受けるだろう。
だから敵艦隊の陣形が崩れている今、打撃を加えるしか無かった。
ふとウルティは敵艦隊の最外縁を遊弋する対空型バリゲーター戦隊の隙間を見つけた。その戦隊は海中からのウオディックの攻撃を受けて次第に元の航路をずらされていた。
今はまだそれほど進路が捻じ曲がっているわけではないが、時間と共にその後ろにいた戦隊との隙間は広がっていくようだった。
後続する戦隊は元の航路を進んでいるから、そのバリゲーター戦隊がずらされている分だけ隙間が開いてしまっているのだ。
輪陣形の中に入り込むには絶好の機会だった。ウルティは僅かに迷うとその隙間からの突入を決断していた。
2
今交戦しているこの共和国航空隊は囮ではないのか。ラミウスは戦闘に入ってからすぐにそう思い始めていた。シューティングスターの性能もあるのだろうが、敵航空隊の攻撃はどことなく精彩を欠いていたし、数も少ないように感じられていた。
おそらく、この航空隊は敵艦隊の位置を欺瞞する為の囮だろう。攻撃隊総司令もそう考えていたらしく、全部隊に戦闘空域からの離脱を命じていた。
戦闘には参加せずに上空から哨戒していたレドラーホークアイが、敵主力艦隊らしき電波源を発見していたのだ。電波源の位置は交戦域から更に先にあった。
だが、すでに混戦となっている近接戦闘の中から無傷で抜け出るのは難しかった。敵航空隊は、戦闘空域からの脱出を図るレドラーを狙っていた。ラミウスたち教導飛行隊のシューティングスター隊は、レドラー隊の負担を和らげるべくその場でレドラーよりも性能が勝るレイノスやストームソーダーを撃墜していたが、たった三機の編隊の戦果では焼け石に水だった。
攻撃隊に参加しているレドラーのうち、制空任務部隊の身軽な装備のレドラーはともかく、爆装した攻撃機型のレドラーでは追加兵装の重量がありすぎて、敵の追撃を振り切れないのだ。しかたなく制空任務部隊の何割かは戦闘空域に残留して敵航空隊を足止めするしかなかった。
もちろん、敵艦隊の上空で待機しているであろう直援機を制圧する制空任務部隊を欠いたままの攻撃隊では、十分な戦果を挙げることは難しいだろう。攻撃機だけの編成では、敵の直衛機を排除することが出来ないからだ。
直援機が残留していれば、攻撃機が投弾中で無防備にならざるを得ない時に迎撃される可能性が高い。彼我の戦力差にもよるが、可能であれば攻撃隊の半数は制空隊で編成したいところだった。
帝國攻撃隊は、その点でいささか不利であるのは否めなかった。共和国は重爆撃機であるサラマンダーと軽爆撃機として運用できるプテラス、それに制空隊としてはストームソーダーにレイノスが使用できる。
それに対して帝國はこの海戦にはレドラーしか投入できなかった。通常であれば、母艦航空隊は敵艦隊のうち対空任務にあたっている艦を排除するだけの攻撃機を準備するだけでよかった。本格的な対艦攻撃は、レドラーよりもはるかに爆弾搭載量の大きいシンカーに任せればよかったからだ。
だが、シンカー隊は今回の攻撃には参加していなかった。本来ならシンカーもこの作戦に参加するはずだったのだが、シンカー隊の動向は現在も不明のままだった。
そして期待の新型爆撃機であるザバットは、航続距離が心もとないし、まだ空中給油装置や長距離飛行用の増槽も完成していなかった。だから長距離攻撃の場合は、目標の近くで専用母艦から発艦するのだが、数ヶ月前に行われたニクシー基地爆撃作戦によってザバット運用の専用母艦の大半が喪失していた。つまりザバットによる長距離進出は実質上不可能だったのだ。
つまりは帝國軍は、この攻撃隊には母艦航空隊に所属するレドラーしか投入する事が出来なかったのだ。しかも攻撃隊の決して数が多いわけではないレドラーの中から、多数の爆装させた対艦攻撃機まで準備せざるを得なかった。だから攻撃隊の攻撃力はかなり低下していると考えざるを得なかった。
その低下した攻撃力を最大限にいかす為には、爆装した攻撃機が障害なく対艦攻撃を行えるように、敵の直衛機を制空任務部隊で出来る限り排除しなければならない。
だが数の少ない制空任務部隊のレドラーだけではその任はいささか重過ぎるのではないのか。ラミウスは、目の前で必死で回避しようとして旋回するレイノスをガトリング砲で撃ち抜きながら、頭の底ではそう考えていた。
その時、教導飛行隊の隊長機から通信が入った。攻撃隊の総司令は爆装した攻撃機型のレドラーに座上していたから、すでに先行して敵艦隊に向かっている。
この場は、残留する部隊の中では再先任の士官だった教導飛行隊の隊長が指揮をとっていた。
「だいぶ共和国軍機の数が減ってきたようだ。現在戦闘中の中からラミウス少尉指揮の小隊を分派する。シューティングスターの性能を持ってすれば、まだ速度を出せば十分に攻撃隊に追いつくはずだ。行け」
それだけをいうと通信は終わった。一瞬だけ眉をしかめると、交戦空域から逃れる為、ラミウスは一度機体を上昇させた。その上で小隊員達を呼び出した。
その時に周囲を見渡すと、確かに敵航空隊の数はだいぶ減っていた。だがレドラーの最高速度では、今からこの空域を抜け出しても敵艦隊に辿り着くまでに先行した攻撃隊に追いつくのはかなり難しいだろう。
ラミウスは、編隊が揃ったのを確認すると、一気にシューティングスターを加速させた。僅か三機の編成だったが、戦闘に巻き込まれた他の制空任務部隊の分まで戦わなければならない。そうラミウスは覚悟していた。
ラミウスたちは、敵艦隊の上空に辿り着く前に何とか先行する攻撃隊の姿を確認する事が出来た。だがラミウスは速度を維持したまま攻撃隊を追い抜いた。そして、そのまま攻撃隊の盾になるように位置すると高角砲の砲煙が渦巻く中へ突入していった。
シューティングスターならば高角砲弾の炸裂にもある程度は耐える事が出来ると思われるが、後続のレドラー隊はそうではない。
しばらくの間は、シュ−ティングスター隊が盾となることでレドラー隊が受ける攻撃を支えるしかない。だが、いつまでもシューティングスターが耐えられるわけでもない。敵艦隊の防空網の隙をついて主力艦に攻撃を加えるしか無かった。
後続のレドラー隊が致命的な損害を食らう前に、ラミウスは必死で敵艦隊の輪陣形の隙間を探そうとしていた。
その時、ふと視界にブラキオスの一群が見えた。そのブラキオス戦隊は、航路を捻じ曲げられたバリゲーター隊の隙間に強引に潜り込もうとしていた。
その上空を航過できるように進路をとればブラキオス隊の支援も得られるかもしれない。
後続のレドラー隊にブラキオス隊の位置を知らせると、その隙間からラミウスたちは一気に敵艦隊が組んでいる輪陣形の中に突入していった。
3
苦労して敵主力艦隊がつくる輪陣形の中に入っても、今どのあたりにいるのかはウルティにはさっぱりわからなかった。周囲は全て護衛のバリゲーター部隊がひしめき合っていた。その中をウルティ達のブラキオスは逃げ惑うように高速で航行していた。
不思議とバリゲーターからの攻撃は激しくは無かった。おそらく敵味方の距離が近すぎて同士討ちが起こるのを恐れているのだろう。バリゲーターからの単発的な攻撃をくらうこともあったが、その攻撃もすぐに止んでいた。
しかし、それは裏を返せばこちらから攻撃する事も出来ないということだった。そうなれば同士討ちなど言っていられなくなったバリゲーター隊からの致命的な反撃を呼び起こすだろうからだ。
輪陣形の外側ではまだ激しい戦闘が続いているのに、ウルティ達の周囲は台風の目のように静まり返っていた。
もちろん輪陣形の中に入ったのだから、このまま攻撃を加えずに黙っているわけには行かない。どうせ道連れにするならバリゲーターのような小物よりも大きな目標が良かった。幸いにもこの艦隊には特別に大きな標的が存在しているのを確認している。共和国軍の切り札でもあるウルトラザウルスだった。
数ヶ月前に行われたニクシー基地爆撃作戦では、新型爆撃機であるザバットの実戦への初投入の標的となって大きな損害を受けたウルトラザウルスだったが、修理が完了し、艦隊旗艦として運用されているという情報が入っていた。
むしろ艦隊旗艦となるウルトラザウルスの修理が終わったからこそ共和国軍はこの時期に攻勢をかけてきたというべきかも知れない。
あの大異変から一機だけ生き延びたそのウルトラザウルスは、先の西方大陸戦役を終結させた共和国の象徴でもあった。その時にはウルトラザウルスとそれが装備する1200mm砲を運用する為だけに、多数の護衛機を配備したデストロイヤー兵団を編成したほどだった。
特例としてデストロイヤー兵団は、陸軍や海軍といった従来の枠組みに入るのではなく、最精鋭の大統領護衛隊を中核とする独立部隊として位置付けられていた。つまりはそれだけ共和国軍はウルトラザウルスに期待しているとも言える。
だが逆に言えば、帝國軍が共和国の象徴であるウルトラザウルスを撃破する事に成功すれば、共和国軍の攻勢を頓挫させる事も不可能ではないのだ。
実質上、バリゲーターだけでは制海権を握るのはかなり難しいからウルトラザウルスさえ撃破できれば共和国軍の戦略は頓挫すると考えて良い。
だからウルティは必死で艦隊の中央、つまりはウルトラザウルスがいるであろう地点に近づこうとしていた。
通常は輪陣形をとるということは、十分な数の護衛艦がいて、なおかつ重点的に防衛する対象がいる時にとられるということに他ならなかった。バリゲーターだけの編成なら別に輪陣形を取る必要はあまりないだろう。そしてこの場合は、防衛対象となるのはウルトラザウルス以外にありえなかった。
だが共和国軍も帝國軍にウルトラザウルスの位置を察知される危険性を理解しているらしく、輪陣形の中心に押し入ろうとするウルティたちは、何度もバリゲーター隊の妨害を受けていた。攻撃してこそ来ないが数メートルの地点まで近寄ってくることもある。
――暴発を招きたいのか?
ウルティはコクピットから、近くを通過するバリゲーターをにらみ付けた。透明度の低いキャノピー越しに見えるはずも無いのだが、敵のパイロットもこちらをにらんでいるような気がしていた。
ふとその時、ウルティは西方大陸での開戦以来、始めて実際に戦争をしているという実感がわいてきていた。この直接の戦闘もない奇妙な静寂のなかにもかかわらず、敵兵士と装甲を通してとはいえ向き合うということでようやく戦争というものが理解できた気がしていた。
ならば今までの自分はどうだったのだろう。これが始めての実戦というわけではない。今までにも何度か敵兵士と相対しているはずだった。しかし戦争を実感したのは今が初めてだった。
その時は、ただ部隊の歯車となってゾイドを操作していたにすぎない。モニターの向こうに見える敵という存在を深く考えるひまなど無かったのかもしれなかった。
そう考えると、ウルティはゆっくりと視線をサブモニターにうつした。そこには今まで戦隊がとった航路と、敵艦隊の大まかな航路が映し出されている。
敵艦隊のうち、バリゲーター護衛部隊はめまぐるしく位置を変えてウルティ達を巧みに中央に近づけさせないようにしている。しかし相手も人間である以上ミスをするはずだ。
何故かひどく落ち着いた気分で、ウルティは操縦桿を倒した。ブラキオスは、素直にその動作に従いバリゲーター部隊の中に突っ込もうとした。
一般には渡河作戦用として運用されるバリゲーターは、本来なら荒れる外海上ではおそろしく安定性が悪くなった。ブラキオスは、その安定性の悪いバリゲーターとニアミスするようにすれ違った。
転舵と同時に増速したブラキオスの後方には、針路の急変更によってたちまち艦尾波が大きく盛り上がった。ウルティの意図に気が付いた遼艦もそれに習う。それによってさらにバリゲーター隊の安定が悪くなった。そしてとうとう後続の遼艦と衝突を始めた。
ウルティは、それを認めると素早くブラキオスを回頭させた。混乱するバリゲーターの隙間を潜り抜けるとそこはもう輪陣形の中心だった。
その時、ふと視線を感じてウルティは見上げるようにキャノピーを見た。ブラキオスに大きな影がかかっていた。これだけ大きなゾイドは帝國、共和国を通じてもただの一機しか現存していない。
そこにはブラキオスを見下ろすようにそびえるウルトラザウルスがいた。
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