ZAC2100 レッドラスト砂漠地帯後方戦:後編




 その爆発音は、ゾイドから降りていたラティエフ少佐には届かなかったが、敏感なゾイドのセンサーはそれを感知していた。
 それまでずっと、ホエールキング墜落後から、シュツルムとの遭遇まで延々と少佐に説明していたクラウス伍長は、急に少佐が無言になったので、おどおどとした表情で少佐の顔を見た。
 なんと言ってもつい数分前には少佐の乗るシュツルムに銃口を合わせていたのだから始末が悪かった。

 あの時ラティエフ少佐は、シュツルムに乗ってホエールカイザーの損傷を調べていたらしい。
 よくみるとシュツルムは、あちこちに焼けたような跡があった。後から少佐に聞いた事だったが、爆発の瞬間に、シュツルムは新型の対光学兵器用の処理を施された盾を爆発方向に向けて構えたのだという。そして爆発による火炎流は上部に限定された。
 伍長がホエールカイザー内部を探索している間に見つけた不自然な穴も、シュツルムによって下部に流れる事を阻止された爆発の火炎流が開けた穴であったようだ。その後、少佐は二次爆発の可能性を考えて、シュツルムで生存者数人を離れた場所へと移送した。
 いわば命の恩人ともいえる少佐に銃を向けた事に気が付いた伍長は赤面する事になった。それに、正確な判断を欠いて、付近で行動するゾイドが敵軍のものだと勘違いするという新兵のような錯誤を犯していたのだから恥ずかしかった。

 その少佐は、無言のまま被っていた通信機のヘッドセットを押さえていた。その様子を見て伍長は首をかしげた。どこからか通信でも来ているのだろうか。そう思ったが、さっき少佐がシュツルムの通信機が故障したという話を聞いたばかりだったのを思い出した。
「少佐?・・・」
 少佐は、訝しげな顔をしている伍長を片手で制すると何かをしゃべりだした。伍長はその様子を見て少佐がのどにマイクを付けているのに気が付いた。そのタイプはのどに密着させて振動を拾うタイプのものだった。どうやらどこかと通信しているようだったが、伍長には少佐がどこと通信しているのか最初は見当もつかなかった。
 少佐は通信をしながら腰に取り付けておいた双眼鏡を取り出し、伍長に渡した。伍長が少佐の顔を見返すと、少佐は森林地帯のほうを指差した。
 伍長がその方向を見ると、わずかに白煙が上がっているのが見えた。驚いて少佐のほうを見ると、すでに通信を終えた少佐は、いつものような無表情で伍長を見ていた。
「生存者のうち戦闘行動が可能なのは、私と伍長だけだ。すぐに戦闘地域に進出、友軍を援護する。この位置から進出すれば、うまくすれば敵部隊に対して後方からの攻撃となるはずだ。」
 それだけを言うと、少佐は、伍長の手から双眼鏡を奪うように取るとシュツルムの方へと早足で歩き出した。
 よくわからないが、伍長には鹵獲したガンスナイパーに乗れという事だろう。伍長以外の生存者はどこかしら怪我をしていたから、実質上ガンスナイパーに搭乗できるのは伍長しかいなかったが。
 伍長は、ガンスナイパーに乗ると、少佐の乗るシュツルムへとレーザ通信を接続した。いくつか疑問があったからだ。何故少佐は敵と味方の配置がわかったのだろうか。それに少佐は誰と交信していたのだろうか。伍長も知らない戦力が隠匿されていたのだろうか。その事を少佐にただすと、呆気なく疑問は氷解した。
「そんな事はなんでもない。指揮を取っているのがベルガー中尉ならそうするはずだからだ。中尉ならば敵部隊の撃破そのものよりも、作戦目標である補給部隊の撃破を最優先に行動するはずだ。その上で敵部隊と接触したことを考えると、あの位置にいるのは我々を砲撃した部隊と考えて間違いない」
「ようするに敵と味方を区別したわけじゃなくて、位置関係から類推したという事ですか」
 伍長は次に通信相手の事を質問した。ひょっとすると、少佐はまだ秘密の機体でも隠しているのかと思ったからだ。よく考えればそんな事はないとわかるのだが、伍長は自分達の戦力に疑問を抱いていた。
 その事に気が付いたのか、少佐は自身ありげに言った。
「先ほど通信していたのはこのシュツルムとだ、敵機へのセンシングについて指示するためだ。それによれば、敵部隊の規模は数個中隊規模だという事だ。
 おそらく敵部隊の編成は高速ゾイドを中心とした編成だろう。高速部隊は一般に攻撃には強いが、守勢に入ると意外なほどのもろさを見せる。中尉たちが正面から敵部隊をひきつけてくれるのならば我々二機だけでもかなりの戦果が期待できるだろう」
 それを聞いていると、なぜだか、伍長には、行き当たりばったりとしか思えなかった作戦がどうにかなりそうな気がしていた。


 敵部隊と遭遇した数分後には、すでにベルガー中尉は自分の戦術について後悔を始めていた。

 中尉は指揮下の部隊のうち、歩兵中隊をクリューガー少尉の指揮の下で、敵補給部隊の拿捕に向かわせていた。歩兵部隊の火力では、こちらに向かってくる敵ゾイド部隊との戦闘において足手まといになるだけだと思ったからだ。それに、この作戦においては、作戦目的は敵部隊の排除ではなく、補給物資の破壊にあったから、歩兵中隊が補給部隊を撃破することに成功すれば直ちに部隊を離脱させようと考えていたからだ。
 歩兵中隊が敵補給部隊を撃破するまでに、中尉が直率するゾイド中隊で敵ゾイド部隊を足止めするつもりだった。

 だが、歩兵中隊が補給部隊のグスタフの行動力を奪った時点で、ゾイド中隊は敵ゾイド部隊の足止めに半ば失敗していた。敵ゾイド部隊は、高速ゾイド中心で編成された二個中隊規模の部隊だった。コマンドウルフがほとんどだったが、シールドライガーを中核とした一個小隊がその部隊の主力であるようだった。
 その一個小隊に中尉の指揮するゾイド中隊は一方的に押されていた。すでにコマンドウルフの数機は、中尉達が敵補給部隊とゾイド部隊との間に築いた一応の防衛線を突破していた。
 もとより数の少ないベルガー中隊は、すでに防戦一方になっていた。レッドホーン多数を有する中尉たちの部隊がこうまで一方的に押されているのは、敵部隊の指揮官機と思われるブレードライガーの改造型が存在したからだ。

 そのブレードライガーは、機体中心を軸として、右側にビームガトリングと左側に大型のビームキャノンが装備されていた。ホエールカイザーを狙撃したのはそのブレードライガーに間違いなかった。そのブレードライガーは取り回しがし辛いのか、ベルガー中隊と会敵してからは、ビームキャノンを一度も発射していなかった。
 だが、ブレードライガーが装備するビームガトリングは、ダークホーン装備のものよりも数段強力なものだった。すでにイグアンが数機、戦闘不能状態になっていた。さらに、そのブレードライガーは、ノーマル型よりも強力なエネルギーシールドを装備していた。
 ベルガー中隊が、いまだに防衛戦闘を続ける事が出来たのは、防御に有利な地形をうまく利用し、敵の攻撃をうまく受け流すことが出来たからだ。先の第二次全面会戦の敗戦からの一連の遅滞戦から特設実験大隊は防衛戦闘に関してはかなりの戦訓を得ていた。それは、各級部隊単位で幾度となく繰り返された戦訓調査のための会議によって各隊同士で平均化され、また個人個人の記憶となって生かされていた。もっとも、ベルガー中尉にしてみれば、そのような防衛戦闘はいささか気に入らないものだった。

 ――そもそもゾイドとは、機動戦に用いてこそその真価を発揮する事が出来るのではないか?

 そう思いながらも中尉は、巧みに防衛線を次第に後退させながら敵にいくばくかの損害を与え続けていた。客観的に見て、中尉の指揮は卓越していたし、中隊は勇敢に戦っていたが、しかしいずれ戦線が崩壊するのは目に見えていた。
「クリューガーだ。こちらから部隊を出して防衛線を強化するか」
 クリューガー少尉からの通信を受けたベルガー中尉は我に帰ったような表情になった。
「そちらの状況は?」
 すでにベルガー中尉の意識は戦闘のみに注意を払われ、他のすべてを無視していた。だから自然と通信もぶっきらぼうなものになっていた。
「何機かコマンドウルフが出てきたが、コマンドゾイドで何とか撹乱している。狭い森林地帯だから小さなこちらの方が有利なんだ。この調子なら何機か食えるかもしれない」

 ――違う・・・この男は状況を理解していない・・・この戦闘は敵を何機撃墜してもこちらの勝利とはならない。今の帝國軍には、戦略的な目標を戦術的な目標にすり替えようとする風潮が強いのではないか。

 ベルガー中尉は、そう考えながらちらりと通信モニターにうつるクリューガーを見て怒鳴り返した。
「そうじゃない。補給部隊の状況だ」
 そういうと、クリューガーが不安そうな表情で言った。
「プレッシャーをかけ続けているが・・・コマンドウルフに邪魔されて、致命的な損害を与えるところまではいっていない。
 だから戦線を強化してコマンドウルフを阻止した方が効率がいいはずだ。」
「必要はない、とにかく出来るだけ早くに補給部隊を撃破するんだ」
 それだけをいうと、中尉は通信を切った。
 最初から歩兵部隊で戦線を強化する事は考えていなかった。高速部隊に対して歩兵部隊が無力なのは、このミューズ森林地帯で中尉自身が数ヶ月前に体験済みだった。
 その時のことを思い出して、中尉はふと笑みを浮かべた。

 ――そういえば、あの時はラティエフ少佐に助けられたのだったな・・・

 なぜか、こんな状況でそんな事を考えている自分が滑稽だった。
「右前方、コマンドウルフ」
 そこに、同乗者の偵察員からの通信を受けた中尉は、半ば無意識のうちにビームガトリング砲を、新たに発見されたコマンドウルフに向けて、無造作に引き金を引いた。
 心地よさすら感じる反動の向こうに、ビームが直撃したコマンドウルフが、倒れこむのを見た。

 そして、さらに遠くにビームキャノンを向けているブレードライガーがいた。
 とっさに回避行動をおこなった中尉は、次の瞬間凄まじい衝撃に襲われた。ダメージ報告用のモニターを見ると、ダークホーンの背中の武装からの反応がすべて途絶えた事が映っていた
 中尉は同乗者にも声をかけたが、反応が戻ってくることは無かった。おそらく先程のビームキャノンの光束は、ダークホーンの上部をかすめていったのだろう。後方監視モニターには、森林地帯にビームキャノンによるものと思われる傷跡が残っていた。
 そこまで中尉が確認した時には、コマンドウルフが十機ほどゆっくりと接近してきた。中尉を捕虜にしようというのか、ビーム砲塔をこちらにむけて威嚇するように歩いてきていた。
 中尉は、むしろそれを冷静に見ていた。射撃兵装はすべて失われたが、ストレートクラッシャーホーンは使用可能だった。うまくやれば一機か二機くらいは撃破出来るかもしれない。
 その時、ダークホーンのレーダーに高速で接近する物体が映った。首をかしげながら、中尉がその光点の正体を考えた。それは共和国軍の部隊としてはあまりにも不自然な位置から出現していたからだ。
 次の瞬間、光点が停止したかと思うと、接近するコマンドウルフ隊の中心に図太いビームの光束が出現した。

 それは、紛れも無くジェノザウラーの荷電粒子砲のものだった。


 ラティエフ少佐は、シュツルムの自動操縦を、森林地帯対応にセットすると、暗号通信を後ろを随伴するクラウス伍長のガンスナイパーを通じて近くで空中退避しているはずのホエールカイザーに向けて送った。
 おそらく、少佐の勘が正しければ、補給部隊を破壊すればこの作戦は成功するはずだった。
 通信を終えると少佐はシュツルムの操縦系統を、半手動モードにセットする。これで、シュツルムは半ば自動で稼動する。
 当初はこのシュツルムは無人機として運用されるはずだった。ある特殊な制御系統を少佐が搭載したのが理由だったが、そのせいでシュツルムのコクピットは限定した能力しか持っていなかった。本来なら、少佐は下から大まかな行動を通信で指示するだけでシュツルムは運用できるはずだからだ。
 だが、この状況では、シュツルムを運用できる距離で少佐を移動させる機体は存在しない。ならばシュツルムに搭乗する以外方法は無かった。
 しかし、大まかな指示だけを出すつもりだった少佐だったが、コクピットに座っているうちにいつの間にか制御系をコクピットからの手動入力に切り替えていた。自分でも気が付かなかったが、士官学校時代の、自分でゾイドを操縦していた頃の癖が抜け切れなかったようだった。
 少佐は苦笑しながら、制御システム『タウ』を呼び出した。
「タウ、アイハブコントロール、ユーサポート」
 タウからの返答を確認しながら、少佐は自分でもどうしようもないように気が高ぶっているのに気がついていた。

 ――これがゾイド乗りの醍醐味というやつなのだろうか

 その時、一瞬そんな事を考えた少佐の目に、ビーム砲の図太い光束が見えた。少佐が目を細めると、そこに青いゾイドが確認できた。それにビーム砲をくらったと思われる中破したダークホーンが見えた
 そこまで確認すると、少佐はジェノザウラーの頭部に搭載されている荷電粒子ビーム砲のエネルギーチャージスイッチを入れた。同時に僚機のガンスナイパーに警報を流す。
 クラウス伍長からの返答を受ける前に、チャージングが終了したサインを横目で見ながら、シュツルムの姿勢を荷電粒子発射モードに移行させた。

 少佐には、敵ゾイド部隊からはまだ発見されていない自信があった。高速部隊は、一般にセンシング技術は短距離のものをメインとしている。あくまでも有視界による直接視認がメインであると言いかえてもよい。
 速度を生かした格闘戦が、高速ゾイドの主な戦闘法であるからだ。通常は、センシング能力に特化した改造機を数機随伴するのが主な高速部隊の編成であったが、高速部隊のセンシング改造機程度では、そもそも広範囲の索敵を行なうには状況が整っていなければならない。
 コマンドウルフなどは、センサ能力も優れていると一般に広まっているが、それもあくまで追撃戦を主眼とした装備である。
 もっとも索敵機能に特化したゲーターやゴルドス級の電子戦ゾイドでもなければ、この磁気があふれる惑星Ziで広域索敵を行なうことは出来なかったのだが。
 シュツルムがいち早く敵部隊を発見できたのは、試験機として、技術部が開発しているセンサを大量に装備しているからだった。大型機のゾイドコアから供給される膨大な電力を背景としたセンサ能力は、一部の索敵専用機にも匹敵した。証拠として、伍長のガンスナイパーは戸惑うような動きを見せていた。ガンスナイパーのセンサーでは敵の正確な位置は捕らえていなかったからだ。それに、敵としては最も予測し得ない方向から接近しているという事もある。

 少佐は、第一撃の狙撃は奇襲になる事を確信していた。
 シュツルムの荷電粒子砲は、ノーマルのジェノザウラーに比べて収束率を向上させている。長距離での拡散率が低いという事である。
 荷電粒子砲での狙撃を行なうという例は今まであまり無い。荷電粒子砲が面攻撃兵器として捉えられているきらいがあるからだ。それは、大口径の荷電粒子砲で周囲をなぎ倒すデスザウラーのイメージでジェノザウラーの荷電粒子砲を捉えているからなのだが、シュツルムの収束率ならば十分に長距離狙撃が可能であるはずだった。
 あとは、位置関係から見て、味方を誤射する心配があったが、それほど少佐は心配はしていなかった。ダークホーンを駆るベルガー中尉の性格から考えて、彼が殿をつとめているのだろう。だとすればベルガー中尉のダークホーンさえ巻き込まなければ味方を誤射する心配はずっと少なくなるだろう。
 だが、荷電粒子砲を発射する寸前になって、少佐は目標が増えたのに気が付いた。ブレードライガー改の他に、数機のコマンドウルフがダークホーンに接近しようとしていた。この場合、コマンドウルフのほうが剣呑な存在となるはずだった。大柄で小回りのきかなそうなブレードライガーの方が攻撃力は大きいものの、より小回りのきくコマンドウルフのほうが、むしろ身動きの取れないダークホーンにとって脅威であるはずだからだ。
 しかし、少佐は、ブレードライガーの改造型にどこかただならぬものを感じていた。
 迷っていたのは、ほんの一瞬だった。少佐は荷電粒子砲のトリガーを軽く引き、シュツルムから放たれた荷電粒子砲は、コマンドウルフ数機をなぎ払った。
 少佐は、次の一撃を加えるべく荷電粒子砲をチャージする。
 だが、次の一射の前にブレードライガーがこちらに向かっていた。それにかまわず荷電粒子砲を発射するが、それは完全にブレードライガーのEシールドに遮られていた。
 少佐の勘は当たっていた。そのブレードライガーのEシールドはどう見てもノーマル形よりも強化されているものだった。


 ベルガー中尉は、コマンドウルフがなぎ払われた時、何が起こったのか理解できないでいた。相次ぐ戦闘で、すでに感覚は麻痺していたし、なによりも絶体絶命の位置から救われた事が、逆に中尉の判断を狂わせていた。
 呆気にとられている中尉の前で、ブレードライガーが後方に向き直った。その行動はすでに、ダークホーンを敵としてみなしていない事を示している。
 それを見た中尉は、なぜか再びおのれの闘志が燃やされているのを感じた。ようするに自分がまだ負けていないという虚勢、もしくは負けん気からそんな事を思っているのだが、中尉自身はそれに気が付いていなかった。
 冷静に考えれば、中尉のダークホーンは戦闘不能とみなされるはずだった。頭部に搭載されたストレートクラッシャーホーン以外は各部の武装は全て使用不能だったし、各部駆動系の出力もどれだけ出せるかわからなかったからだ。
 ダークホーンは、ブレードライガーによる一撃で、かなりの損害を受けていた。まだ動けるのは、偶然以外のないものでもなかった。

 シュツルムとブレードライガーとの戦闘は、長距離砲戦から始まった。
 ブレードライガーはその大口径ビームキャノンで、シュツルムは荷電粒子砲で、お互いの火器管制系の限界を試すような砲戦が繰り広げられた。だが、この長距離砲戦がお互いにダメージを与える事は無かった。
 ブレードライガーの大口径ビームキャノンはシュツルムの高機動に幻惑され、有効打を与えられないでいた。対するシュツルムの荷電粒子砲も、ブレードライガーのEシールドにその威力の大半を遮られていた。
 自然と二機は接近していった。ブレードライガーはEシールドの性能を信じているのか正直に前進し、シュツルムは、通常のジェノザウラーから大幅に増設されているブースターを左右に振り回すようにして強引に蛇行機動をしながら前進していった。
 その隙に、ベルガー中尉のダークホーンが、ゆっくりと動いていくことに二機とも気が付いていなかった。お互いの事しか見ていなかったからだ。ラティエフ少佐も、ブレードライガーの搭乗員も、一瞬気を抜けば、相手に致命的な損害を与えられてしまう事をよく理解していた。

 その戦局は、不意の闖入者によってみだされた。それは、ブレードライガーの遼機であるシールドライガーだった。ベルガー中隊のレッドホーン部隊を牽制していたはずのシールドライガーが、シュツルム対策に出てきたという事は、ベルガー中隊の救出を目的としていたラティエフ少佐にとっては喜ばしいことかもしれなかったが、この局面でシールドライガーが出てきたのはまずかった。
 ブレードライガーと連携を図るシールドライガーは、あきらかにシュツルムに隙を作らせようとがむしゃらに接近してきた。シュツルムは、接近してくるシールドライガーをロングレンジパルスレーザライフルで牽制し、ブースター出力全開でシールドライガー部隊の懐へと踏みこんだ。
 戸惑いながらもストライククローで格闘戦を挑んで来るシールドライガーを、シュツルムはハイパーキラークローで頭部を押さえ込んだ。シュツルムが静止した隙にミサイルを放つシールドライガー部隊に対して、シュツルムは押さえ込んだままのシールドライガーを、盾にするような位置に向けて放り投げる。そのシールドライガーは味方のミサイルをあびて、一瞬で大破した。
 ミサイルの爆煙から、不意にシュツルムがハイパーキラークローを伸ばし、二番目のシールドライガーのコクピットをつぶす。と同時に、ブースターと脚力を使って大きく飛び跳ねる。
 それまで動きの止まっていたシュツルムの位置に、ブレードライガーがビームキャノンを放つ。
 シュツルムの不意の機動で直撃は避けたが、シールドライガー部隊を相手にしているのなら、いずれ有効打を受けるのは目に見えていた。
 それに気が付いてはいたが、ラティエフ少佐にはどうする事も出来なかった。シールドライガーを放っておきブレードライガーに専念したとしても、今度はシールドライガーにいたぶられるだけだろう。共和国軍の錬度はかなり高く、片手間に倒せるほどシールドライガーは甘くなかった。
 すでに、二機の遼機を失ったシールドライガー隊は、遠巻きにシュツルムを牽制しながら追尾してくる。
 その時、シュツルムのコクピット内で加速度に耐える少佐は勿論、そのシュツルムを必死で追尾するシールドライガーの搭乗員も気が付かないまま、ベルガー中尉のダークホーンが、全速でブレードライガーに突撃していた。

 最高速度から比べると情けなくなるほど鈍足だったが、確実にダークホーンはブレードライガーの後方から突撃していた。
 ここまで理想的な角度から突撃が可能だったのは、敵味方共にシュツルムの機動に幻惑されていたからだ。ブレードライガーも前進する以外に位置を変えずに、姿勢変更だけで照準を合わせていた。
 だが、ベルガー中尉はブレードライガーが位置をほとんど変えていないのは他に理由があることに気が付いていた。
 高機動ゾイドのブレードライガーに大口径ビームキャノンとビームガトリングという大型火器を装備し、さらに高出力のEシールドまで搭載するのには相当な無理があったはずだ。機動性はかなり低下しているのではないか、むしろ低下した機動性を補うためにEシールドを装備したのではないだろうか。
 中尉は、ブレードライガーがろくに回避行動をとらないのを見てそれを確認した。すでに必中圏内に入られているにもかかわらず、ブレードライガーは機体を回頭させて、格闘戦には効果が薄いとされているEシールドを展開させただけだった。
 すでに、満身創痍のダークホーンには、しかしブレードライガーのEシールドを突き破るだけの力は残っていなかった。ビーム砲をほぼ遮るEシールドは同時に実体弾対策にもなる。通常出力の半分程度の出力しか出ないストレートクラッシャーホーンは、Eシールドに遮られて、ブレードライガーの機体には直接届くことなく空しく放電するだけだった。
 放電がとまった時、ダークホーンはすべての機能を停止した。そこへ、ブレードライガーの大口径ビームキャノンが向けられた。
 すでに、ダークホーンを限界まで酷使させていたベルガー中尉は、ダークホーンのゾイドコアの停止寸前の精神リンクを通してのキックバックにより気絶する寸前だった。
 気絶する瞬間に、ベルガー中尉はひたすらダークホーンに謝り続けていた。

 ダークホーンに砲身を向けるブレードライガーを見た瞬間に、ラティエフ少佐はシュツルムのブースターを全開にして、ブレードライガーに突進していた。周囲からシールドライガーからの砲撃が飛んだが、シールドライガーの砲撃兵器では、ジェノザウラーの装甲には痛手を負わせるのは難しかった。また格闘戦を挑もうにも両者の速度はすでにかなりの差がついていた。
 シュツルムの突進にブレードライガーは対抗できなかった。向き直る前に、ハイパーキラークローが胴体をつかんでいた。シュツルムは、ブレードライガーをそのままねじり切るように、両手でちぎっていた。ブレードライガーはそのまま、シュツルムの運動エネルギーによって倒されていた。シールドライガーは、ようやく追いついたクラウス伍長のガンスナイパーによって牽制されていた。
 その時には、すでにブレードライガーは格闘戦により大破していた。シュツルムの白い塗装は、ブレードライガーのオイルによって赤く染め上げられているかのようだった。

 それから数分もしないうちに、シュツルムとガンスナイパーの二機によって形勢を逆転させられた共和国軍は補給部隊のグスタフを残して撤退した。


 グスタフのコンテナには時限式の爆薬がセットされ、特設実験大隊は、ホエールカイザーによって回収されていた。
 やがて凄まじい爆風が飛び上がったホエールカイザーを襲った。
「あの補給物資は何だったのでしょうか?」
 後方監視用の窓から外をなんとはなしに眺めていたラティエフ少佐に、後ろからベルガー中尉が声をかけた。
「おそらくは、あの大砲用の予備弾丸だろう。ウルトラザウルスには大規模な補給団が付いていなかったらしいから、携帯する弾丸が全てだったんだろう。もしくは工場で急遽生産したのをまわしたのかもしれない」
 後ろを振り向くことなく答える少佐の隣に中尉は立った。
「では我々の作戦は成功したのでしょうか?」
「あれが重要な物資であったのは間違いないだろう、それにしては浮かない顔だな」
 不審そうな顔で少佐が尋ねた。
「ダークホーンを失いました。短い間でしたけど、良い奴でしたよ」
 ラティエフ少佐は、そういって悲しい顔をしているベルガー中尉の横顔を見つめていた。


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