ZAC2100 ニクシー撤退戦:前編




 最初の着弾は、自分自身も何とはなしに計時していたが、それよりも周囲の将兵達のあわただしい動きでその時間がわかった。
 着弾の衝撃は、むしろ予想していたのよりも小さかった。おそらく、この広大なニクシー基地の離れたところに着弾したのだろう。

 ニクシー基地は、そもそも西方大陸戦争が勃発する数年前までは小規模な帝國軍の駐屯地に過ぎなかった。
 90年代になって西方大陸の重要性が増してきた時に、帝國と西方大陸北方地方の各自治都市郡との間に結ばれた防衛協定によって新設されたのがニクシー基地だった。もともとは、北方大陸と西方大陸との貿易の拠点となっていた港町の名だったニクシーは、むしろ基地建設のころからはニクシーという町の名ではなく、数キロ離れたところに設けられた帝国軍基地を示す代名詞となった。
 当初は大隊規模の部隊が駐屯するに過ぎなかったニクシー基地は、やがて連隊規模、師団規模とその戦力を開戦時までに増大させ続けていた。
 西方大陸戦争開戦後は、ニクシー基地は西方大陸派遣軍の総司令部が置かれ、その規模をさらに拡大されていた。
 大規模な軍港に、ゾイドの修理施設、生産施設、そして将兵の娯楽施設などである。それだけに帝國軍がレッドラスト砂漠地帯を追われた今、ニクシー基地にはかなりの大部隊が戦力を集中させていた。
 だが、ウルトラザウルスの1200ミリ砲には対抗できるはずもなく、つい数時間前に西方大陸派遣軍の本国への撤退が指示されていた。

 マイヤー曹長は、撤退命令によって混乱の極値にあるニクシー基地中央部の司令部を歩いていた。
 途中で何度もあわてた様子の将兵とぶつかりそうになった。そこへ反対側からカミンスキー大尉が歩いてきた。
「やはり駄目だね、派遣軍本隊を輸送するのに手一杯で特設大隊はホエールカイザーしか使えないそうだよ」
 めずらしく暗い表情で、大尉は曹長に話しかけた。大尉は西方大陸派遣軍司令部に出頭し、特設実験大隊の本国への輸送について要請を行なおうとしていた。というのも、大隊預かりとなっている兵器の大半が技術部から供与されているものだからだ。それを輸送できないからといって放棄する事は出来なかった。
「しかたないでしょう。そっちはグライダーの確保でどうにかするとしましょう」
 肩をすくめながら曹長が言った。だが、大尉の顔はそれでも明るくならなかった
「うん、それはまだ良いとしてね、どうやら撤退は間に合わないらしいよ」
「間に合わない・・・ですか?それはすでにわかっている事でしょう、今砲撃されているんですから間に合わないも何もありませんよ」
 曹長は、周囲で右往左往する派遣軍司令部付の将兵達を皮肉な目で見ながら言った。

 ――ようするにこいつらは事務仕事をやっていただけで、戦争をしているわけではなかったという事か

 その曹長の皮肉そうな目に気が付いているのかいないのか、大尉はいった。
「ニクシー基地の上層部を共和国軍が吹き飛ばすのにかかる時間は、撤退する準備でついやされるんだそうだが、次に、実際にホエールキングに積み込みを終わらせるか、輸送船団を出港させるまでに共和国軍が追いついてしまうんだ」
 ようやく状況に気が付いた曹長が顔をしかめた。つまりは、戦闘行動が実質上不可能な状態で共和国軍に攻撃されてしまうという事だった。
「砲撃中に足の遅い船団を出港させるとか・・・どうにかならないんですかね」
 しかめっ面の曹長に、諭すような口調で大尉がいった
「司令部ではね、この戦力をどれだけ本国に連れ帰るかに全力を尽くしているんだ。砲撃中にそんな作業をしたら上空で見張っているプテラスかストームソーダにばれてしまって砲撃されて終わりさ。砲撃が終わるまで待つしかないんだ」
 そこで、曹長はふと気が付いたような顔で大尉にいった。
「ひょっとして司令部は時間稼ぎをするつもりですか?」
「それは・・・間違いないと思う」
 再び暗い表情になった大尉がうわの空答えた。
「また我々が貧乏くじですか・・・いいかげん誰かに代わってもらいたいところですな」
 だが、そういう曹長に、大尉はかぶりをふっていった。
「特設大隊がミューズ森林地帯で敵を食い止められたのは、地の利がこちらにあったからだ。ニクシー周辺ではそれはむつかしいし、敵は最低でも数個師団を一気に投入してくるだろう。そもそも特設大隊はこういうときには戦力には組みいられてはいないんだ。」
 うつむきながら淡々と話す大尉を曹長は黙ってみていた。何かまずい事態におちいるような気がしていた。
「司令部は、旧ゼネバス帝國閥から決死隊を選抜する方向だという・・・」
 それを聞いて曹長は眉をしかめた。そして周囲の右往左往する将兵を見やる。
 彼らの現状認識を疑いながら


 ホエールカイザーがニクシー基地に降り立つと同時にラティエフ少佐は基地中枢部に駆け出していた。
 ベルガー中尉も要領の得ない顔ながらもそれについて行く。するとすぐにマイヤー曹長の乗る軍用車輌が走ってきた。二人ともそれに飛び乗る。
「状況は聞いている。で、決死隊の編成は終了しているのか」
 心配そうな顔で少佐は曹長に聞いた。
「だいたい終わってるみたいです。ただ、ガイロス人将兵の中にも志願者は結構いたみたいです」
「最悪の事態はまぬがれたか・・・」
 それまで要領の得ない顔をしていた中尉が少佐に尋ねた。
「なぜゼネバス人将兵だけが決死隊だとまずいんです?たしかに人道的に納得できないものはありますが・・・」
 その問いに、考え込んでいる少佐に代わって曹長が答えた。
「ようは民族問題なんですよ、これは。ここ五十年近くの間にゼネバス人は結構な勢力となっているんですが、それをガイロス人の方は気が付いちゃいないんです。だから、もしゼネバス人の犠牲のもとで西方大陸派遣軍がのうのうと帰還するような事になると、本国のゼネバス人に反ガイロス感情が起こる可能性が高いんですよ」
 ようやくことの重要性を理解した中尉は顔を青ざめさせた。二つの民族に国を二分させる。それはこの情勢下の中では最も避けなければならない事態だった。
 三人を乗せた軍用車輌が走る横でもホエールキングがひっきりなしに降下し、派遣軍のゾイドや将兵を積み込んでいた。どの将兵にも悲壮感が漂っていた。
「それは、今話してもしょうがないな、大隊の積み込みはどうなっている?」
 それまで押し黙って手元のデータパッドをいじっていた少佐がいった。
「まぁ自前の歩兵やらアームドスーツを荷役作業に使えますから他のゾイド部隊よりもは早く終わると思いますが・・・」
 最後のほうは口をにごすように曹長は答えた。少佐はそれに気が付いたようだが、何もいわない。
「何か問題でも?」
 黙っている少佐に代わって、中尉が曹長にたずねる。
「問題ってわけではないんですがね・・・ジェノザウラーが一機あるんです」
 中尉は不思議そうにいった。
「今まで実戦投入されなかったのか?いや、だとしても積み込めばいいだけだろう」
 そこへ少佐が口を出した。
「そのジェノザウラーにはベルガー中尉に搭乗してもらう。基本的な動作なら共通化されているから動かすだけなら何にも問題はないと思う。それに相性さえ合えば操作に問題はない」
 断言する少佐を、二人は黙って見つめた。二人ともこういうときは少佐に確信があるときだと理解していたから何を言うこともなかったが、中尉は内心では動揺していた。

 軍用車両が地下の基地内に入り込んでから、つぶやくように中尉がいった。
「自分にオーガノイドシステムを使いこなす事が出来るのでしょうか・・・」
 その問いに、曹長は黙って少佐の横顔を見た。

 しばらく誰もしゃべらないまま、三人を乗せた軍用車輌は特設大隊に割り当てられた格納庫まで走っていった。
 少佐が唐突に喋りだしたのは、車輌が格納庫に入って停車しかけた頃だった。
「中尉はオーガノイドシステムについて誤解をしているのではないか」
 あまりに唐突過ぎて、他の二人は思わず少佐の顔を覗き込んだ。少佐が何を言っているのか一瞬理解できなかったからだ。
 少佐は、そんな二人にかまうことなくいつものように淡々とした調子でいう。
「オーガノイドシステムは、ゾイドをパイロットもろとも狂わすといわれている。オーガノイドシステム搭載機の異常なまでの自己修復機能などはその裏返しに過ぎないなのかもしれない。
 だが、オーガノイドシステムは、所詮後付けの付加システムに過ぎない。操縦者とゾイドとの相性が合えばゾイドの心の奥底に触れる事が出来るだろう」
 そこまでいうと、少佐は自嘲気味に笑った。
「私に・・・いやオーガノイドシステム搭載を止められなかった技術者全員にそんな事を言う資格なんてないんだ」
 寂しげにいう少佐を、他の二人は黙って見つめるしかなかった。


 そのジェノザウラーは、ベルガー中尉の想像もしていなかった形をしていた。
 背部に搭載されていたロングレンジパルスレーザライフルは二門とも排除され、かわりに大型のブースターが搭載されている。
 背部のブースターは、レーザライフルの基部を大型化したような本体にブースター部が独立して稼動するように据え付けられている。ブースターの機動性はかなり高そうだった。
 だが、通常機とこの改造型がもっとも大きく違う点は、両肩から独立して稼動するアームが伸びている事である。
 ブースター以上に機動性の高そうなアームには、右肩部にブレード状のものが、左肩部にダークホーンと同じビームガトリング砲が搭載されている。
 中尉の怪訝そうな視線に気が付いた少佐が、面倒くさそうに解説する。
「背部のブースターは、ジェノザウラーの改造機であるジェノブレイカー開発の過程で派生したものだ。ジェノブレイカーに搭載されたものと違って、荷電粒子コンバーター部が無い変わりにブースター自体の機動性を重視している」
「もともとシュツルムもこれも技術部で開発された兵装デバイスのテストベットとして使用されていましたから、ジェノザウラー本来の装備以外のものが多いんですよ」
 マイヤー曹長がそういうと、中尉は少し納得することが出来た。ようするにこの機体は実験機として運用されていたのだろう。
「両肩にマウントされているアームは、ジェノザウラーに代わる次期主力機に採用される予定のものらしい。私はまわってきた物をジェノザウラーに据え付けただけだが・・・右肩のはレーザブレードデバイス、左肩のはダークホーン搭載のものと同じガトリング砲だ」
 説明を聞き終わった中尉はげんなりとした顔をしていた。ただでさえ操縦の難しいジェノザウラーに、さらに操作の難しそうな兵装が大量に搭載されているのだ。設計者は、これに乗る操縦者の事など考えていなかったのだろう。
 アームとブースターの操作は高度に自動化されているという少佐の説明もどれだけ信用できるか怪しいものだった。
 実際に乗り込んで見なければわからないか。中尉は、そう考え直すとジェノザウラーのコクピットへのタラップを上りかけた。
「こいつの名称は、シュツルム・ジェノザウラー・ツヴァイという。略称はツヴァイだ。そう呼んでやってくれ」
 少佐は、最後にそれだけを言うと一段高い場所にある管制室へと向かっていった。

 中尉は、ツヴァイのコクピットに座った瞬間から奇妙な感覚にとらわれていた。まるで暗所で、誰かと二人きりになったかのようだった。他人がそこにいることは気配でわかっているのに、それを指し示す明確な視覚、聴覚情報は入ってこない。
 実際は、感情のようなものを感じていたのだが、それがどのような思いをいだいているのかまでは気が付かなかった。
 中尉には、今までゾイドに乗ってこんな体験をした事は無かった。
 何か嫌な予感がしながらも、中尉は意を決してツヴァイのコクピット閉鎖スイッチを入れた。
 コクピット前面のハッチが閉鎖されると、一瞬の間をおいてハッチ内面のモニターに外部の映像が投影される。そこには、マイヤー曹長がこちらを見上げているのが見えた。
 中尉は、ツヴァイがサスペンド状態から稼動状態に回復した瞬間に、それまではっきりとは感じられなかった感情を明確に感じる事が出来た。
 それは、強い闘争本能であり、果てしないほどの憎悪だった。中尉には、その憎悪が闘争本能から来ているのか、それとも、まったく違うものから来ているのか、それすらもわからなかった。
 そして、ツヴァイが格納庫の整備搭を崩すようにして一歩を踏み出した。同時に、咆哮を上げる。その咆哮に、曹長が驚いた顔をしているのを見て、何故か中尉は満足そうな笑みを見せた。
 すでに中尉は、ツヴァイと一体になったかのような感覚を得ていた。というよりも、ツヴァイの闘争本能が、搭乗者の中尉がいだく感情に影響するほど強力なものだったのだが、中尉がそれに気が付く事は無かった。
 ツヴァイは、誰かを探すように視覚センサを稼動させていく。やがて、管制室の窓に探していた人物を見つけ出す。その人物、ラティエフ少佐を見つけたとき、中尉は少佐に殺意をいだいていた。
 その時には、中尉にも、その殺意をいだかせるにいたった感情の流れはツヴァイからのものであることを理解していたが、それを制止するは出来なかった。中尉に出来たのは、必死で殺意をとどめようとするだけだった。
 だが、ツヴァイの感情に流されて、管制室を破壊してしまうのは時間の問題だった。

 次第に高まっていくツヴァイの殺意に負けて、中尉が管制室を直視した瞬間、中尉は少佐と目を合わせていた。
 少佐は、寂しそうな、それでいて決然とした複雑な表情をしていた。
 その顔を見ているううちに、不思議と中尉から殺意が失せていた。また、中尉にはツヴァイもまた殺意を、感情の奥底へ深く沈み込ませているのを感じていた。すでに機体の操作は、搭乗員である中尉の元へ返っていた。
 我に返った中尉の注意を促すかのように、サイドモニターの一つにニクシー基地周辺の状況が映し出された。
 その情報が、基地内の有線回線からのものであることを確認して、ようやく中尉は、ツヴァイが格納庫内の情報有線回線を切っていない事に気が付いていた。

 サイドモニターには、共和国軍の五個師団が基地内に侵入しようとしている状況を映していた。
 それに対して、帝國軍は、決死隊ともいえるゼネバス人を中心とした二個連隊程度の戦力で、これを阻止しようとしていた。彼我の戦力差は十倍にもなるのだが、司令部は、基地の防衛施設を無人稼動させて、足りない分の戦力を補わせようとしているようだった。
 これは相当に無茶な作戦だった。防衛線は、重装甲のゾイドばかりで編成されているとはいえ、極めて薄い単線にしかならない。これでは防衛に成功し、派遣軍の主力が撤退できたとしても、決死隊が撤退する余裕は出来ないだろう。
 それを見ながら、中尉は防衛戦に参加する事を考えていた。重装甲で低機動であるゾイドが中心の決死隊を、機動性の高いツヴァイが援護すれば、ある程度の戦力は撤退する事が出来るのではないかと考えていたからだ。
 それに何よりも、ここに止まれば、いつか少佐をこの手で殺してしまいそうな気がした。

 ツヴァイは一声咆えると、脚部のブースターでホバリングしながら、高速で連絡地下通路を前線へと向かっていった。
 ツヴァイのブースターで一瞬輝いた連絡通路を、少佐はいつまでも見つめていた。


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