第六話:硫黄島沖海戦






    1945年 2月22日 硫黄島東岸

 硫黄島東岸の米軍上陸エリアは激しい混雑が起こっていた。昨日揚陸されたばかりの歩兵大隊や戦車隊、それに補給部隊などが慌しく移動しようとしているが、あまり地面状態のよくない硫黄島のことだからあちこちで混乱が巻き起こっていた。
 海兵第三師団の師団長であるアースキン少将は目の前で部下たちが起こしている混乱を苦々しい顔で見ていた。日本軍の砲台跡の上に仁王立ちしている少将の後ろには数人の部下がつき従うだけだった。
 予備兵力として温存されていた第三師団が硫黄島に上陸したのは昨日のことだった。上陸後の打ち合わせのために師団司令部の大半は各部隊との調整で出払っていた。そのおかげで師団長であるアースキン少将の周りにはごく少数の部下しかいなかった。
「憲兵は頑張っているようだが、スムーズにはいかないな」
 アースキン少将がそういうと周囲の参謀がいった。
「おそらく昨日上陸させた物資はほとんど置いていくしかないと思われます」
「みすみす三個師団分の補給物資をくれてやるとはな。海軍の奴らは何を見ていたのだ。それで例のモンスターはどれくらいで来るらしいんだ」
「もういつ砲撃が始まるかもしれません。我々も退避しなければ危険です」
 心配そうな顔で参謀は言ったが、アースキン少将は振り返ると不思議そうな顔で言った。
「何だって?退避と君は言ったのか。いったいこのちっぽけな島のどこに逃げろというのかね。この島は一周してもマラソンにもならんほどだぞ。それに対してジャップの戦艦は数十キロの射程があるだろうな。どこに逃げても無駄だ」
「しかしいくらジャップがクレイジーだといっても味方の近くに砲弾を撃ち込むようなことはしないでしょう。我々も第四と第五師団の後に続いて日本軍の陣地に接近するべきです」
「もう遅い。すぐにも砲撃が始まるかもしれないといったのは君だぞ。それに第四師団も第五師団もあわてて進撃したところで大損害を受けるのは間違いないだろうな。ジャップめこの島では例のバンザイアタックを避けて慎重に戦っているからな」
 ―――それにクレイジーなジャップなら仲間ごと砲撃するかもしれない。いや、どうせ劣勢で勝ち目などないのだから敵をたたけるチャンスなら俺もそうするかもしれないな
 ぼんやりとアースキン少将は考えていた。周囲の参謀たちは顔を引きつらせていたが、少将は諦めがついているのか砲台の縁に座り込んだ。
 今からではジープで移動しても間に合わないだろう。それにジープはすでに連絡用に使い切っている。せめて師団の兵たちだけでも逃げられればいいが、下の混乱を見るとどれだけの部隊が移動できるかはわからなかった。
 そしてアースキン少将が見守る中で座礁した揚陸艦が爆発した。その揚陸艦は昨日の揚陸で海岸に乗り上げてしまった艦だった。本来なら他の艦で引き出すべきなのだろうが、戦艦部隊が接近しているという報告を受けて他の揚陸艦は今朝引き上げてしまった。
 それで放置されていた揚陸艦は一瞬のうちにスクラップとなった。周辺にいた戦車部隊が爆発のあおりを食らって倒れていった。
 アースキン少将はそれから一瞬遅れて奇妙な音を聞いていた。まるでトンネルの中を駆け抜ける列車のような音だった。それは少将にとっても聞きなれた音だった。上陸部隊を支援するために幾度も打ち込まれた戦艦の主砲の音だった。
 ただ今までと異なるのはその砲が援護するのは海兵隊ではなく硫黄島に陣取る日本軍で、砲弾は海兵隊に降り注がれるということだ。
 それから数秒後に打ち込まれた僚艦のものであろう砲弾の爆発を見てからアースキン少将はわずかに考え直していた。
 ―――少なくとも今までと違うことはもうひとつあるな。ジャップの戦艦は俺たちの戦艦よりも威力のある主砲を持っている。
 それを認めるのは癪だったが、M4シャーマンの一個戦車大隊が吹き飛ばされるのを見た後では信じるしかなかった。
 そしてそれがアースキン少将が考えた最後の思考だった。いつの間にか海岸に近づいていた大和と武蔵の砲撃を確認した少将は続いて砲撃を行った榛名の35.6センチ砲弾によってその体を打ち砕かれていた。

 伊原大尉は誇らしげな顔で双眼鏡をのぞいていた。まず祖国がこれだけの戦艦を保有できることに誇りを抱いていたし、それ以上にその戦艦を運用する組織にいるということも誇りだった。周りでは水野軍曹たちが呆気に取られた顔で米軍が吹き飛ばされていく様子を見ていた。
「大尉殿、あれは・・・あの戦艦は何でありますか」
「あれは第一艦隊の第一戦隊・・・大和と武蔵だよ。だが変だな、なぜ榛名までいるのかな。護衛についているのはどうやら第二水雷戦隊らしいな」
 伊原大尉は戦艦の砲撃力は師団に相当すると水野軍曹たちに得意そうに説明した。
「それに大和と武蔵は世界で一番強力な戦艦だ。米軍が壕の中に入れないということを考えればあの二隻だけで米軍は全滅してしまうかもしれないぞ」
 そういって伊原大尉は双眼鏡を守備隊主力が陣取るあたりに向けた。そこに日本軍の陣地に我武者羅に突っ込んでいく米軍戦車隊の姿が見えた。
 よくみると戦車は上陸に使われる水陸両用車のようだ。周囲を海兵らしい兵隊が進んでいた。大尉はふと眉をしかめた。今まさに反撃しようとする皇軍の戦車隊が見えたからだ。
 次の瞬間前線から突出していたLVT部隊は、側面から第26戦車連隊の三式中戦車と一式砲戦車の75ミリ砲で打ち抜かれていた。たったの一斉射で部隊の半数以上が大破したようだった。
 伊原大尉はにやりと笑うと水野軍曹に振り返った。
「軍曹、攻撃の準備を始めたほうがいい。どうやら反撃を開始するようだぞ」


    1945年 2月22日 硫黄島北方

 二式大艇の右翼に搭載されていた電波妨害装置が唐突に故障したのは、国枝中尉が操縦を有賀曹長に代わった直後のことだった。電探の操作を行っていた長谷川のあげた声に全員が注目した。
「あの・・・電探の反応が急に鮮やかになりました」
 それにやや遅れて逆探を操作していた松本一飛曹もいった。
「逆探から電波妨害装置の反応が消えました。電波の発信が途絶えた模様です」
 国枝中尉はおもわず村松少佐を振り返った。この空域に来てから電波妨害がこの機の主任務だと聞かされていたからだ。
 63号電探ほどではないが電波妨害装置も実験段階にある機器だった。電探と機体のバランスをとるように両翼に取り付けられた電波妨害装置は運用法やマニュアルがまだ確立した兵器とはいえなかった。
「どうにか機内から修理することはできないのか」
 眉をしかめながら村松少佐が言った。松本一飛曹は長谷川と顔を見合わせてからあまり自信がなさそうに言った。
「一応修理を試みてはみますが機内からできることは限られていますので修理は難しいかと思われます」
 松本一飛曹は暗に電波妨害装置は無いものとして扱えといっていた。脇の長谷川もうなずきながら付け加えた。
「あの妨害装置はまだ試作段階の機器ですから予想以上のアクシデントが起きたのかもしれません」
 だが村松少佐はまだ納得した様子は無かった。
「だがこの作戦に本機は不可欠なのだ。ひょっとすると電源に問題があったのではないか」
 そういって少佐は機内におかれた発電装置を見た。発電装置は機内スペースの多くを占めていた。これも試作品という話で、制式配備されたものではなかった。二式大艇は決して電気系統が劣った機体ではないが、大電力を使用する試作電探と電波妨害装置を満足に稼動させるためには専用の発電装置が必要だったのだ。
 だが試作品とはいえ発電装置や電波妨害装置は整備兵や大艇の乗員が念入りに整備していた。試作兵器とはいえ決して整備や運用が間違っていたとは思えない。搭乗員たちは自分の技量に文句を言われたと感じていたのか不機嫌そうな顔をしていた。松本一飛曹などはそっぽをむいて黙々と機器を操作して露骨に嫌悪感を示していた。
 国枝中尉はため息をつきながら険悪な雰囲気を押し流すようにわざと明るい口調で言った。
「とにかく松本飛曹と長谷川操作員は妨害装置の修理を試みてくれ。他の者は周囲を警戒、ただし手隙のものは二人を手伝ってやれ。それと妨害装置の修理が無理だとわかったらさっさと電源を切ってしまえ。確かいざというときは電探でも電波妨害は可能という話だったな」
 最後の部分は長谷川に向けた言葉だった。急に話を向けられた長谷川はつっかえながらも説明した。
「確かに効率は落ちますが63号電探でも電波妨害は可能なはずです」
「わかった。そういうわけだから松本飛曹はあまり根を詰めるなよ」
 国枝中尉は険悪な雰囲気を和らげるためにわざわざ長谷川に説明させたのだった。有賀曹長はさすがにそれを感じたらしく操縦桿を握って前を見たまま大きな声で言った。
「ほら貴様等、機長の命令が出たんだ。給与分の仕事はして見せろよ」
 茶目っ気たっぷりに有賀曹長が言うと機内に押さえられた笑い声が上がった。国枝中尉も有賀曹長に笑みを浮かべながらわずかに頷いて見せた。だが機内に起こった笑いは村松少佐の声で凍りついたように止まった。
「修理は不可能なのだな」
 感情の浮かんでいない顔になった村松少佐の雰囲気にのまれながらも松本一飛曹が答えた。
「・・・不可能です。おそらく内部の電気回路が負荷で焼ききれていると思われますので」
「貴公には原因の究明まで要求しているわけではない。・・・よろしい、それではこれから先は妨害装置は無いものとして扱う。それから電探を電波妨害に使用することはこれを禁ずる」
 機内にはそれを聞いてしらけた空気がただよった。国枝中尉も馬鹿馬鹿しそうな声になってたずねた。
「失礼ですが参謀。たしかこの作戦には電波妨害が不可欠だったのではないですかな。現状で専門の妨害装置が使えない以上電探を使うのもやむをえないと考えるべきなのでないですか」
 村松少佐は国枝中尉に向き直るとわずかに眉をしかめた。
「勘違いをしてもらっては困る。本作戦においてこの機に求められている役割は米軍機を押さえ込むことだ。電波妨害はその手段に過ぎない。その手段が使えないとわかったのならば別の方法を試すほうが効率がいい」
 国枝中尉は首をかしげた。
「だからこそ電探をつかって電波妨害を行えばいいのではないですか」
「いや、電探では妨害に使える電波波長域が狭いから優秀な電波兵器を使用する米軍を完全に撹乱することは難しい。なによりも電波妨害に使っている間は電探の運用が極端に難しくなる。それよりもは優秀な63号電探の能力を生かした戦法を試すべきだ」
「電探を使った戦法ですか。具体的にはどうするのです。一応説明しておきますが本機は図体は大きいですがろくな武装があるわけでもありません。米軍機を押さえ込むことはできませんよ」
「何を言っているのだ。誰が二式大艇で攻撃をかけろといったのだ。攻撃力ならそこにあるではないか」
 村松少佐は窓の外を指差した。国枝中尉がその指先を追うと二式大艇を護衛する零式艦戦の姿が見えた。
「現在、海上では硫黄島をめぐって第一遊撃部隊が米海軍と死闘を演じている。我々の任務は第一遊撃部隊に対する航空攻撃を可能な限り阻止することにある。幸いなことに本機には護衛部隊がついている。この護衛部隊を電探からの情報を用いて空中指揮を実行し、米軍機に対する航空殲滅戦を行う」
 国枝中尉はあっけにとられて村松少佐を見ていた。中尉だけではない。操縦に専念している有賀曹長以外の全員が村松少佐に注目していた。
「しかし・・・電探による空中指揮といわれても前例がありませんが」
 それを聞くと村松少佐はにやりと笑った。
「以外に中尉は古臭い考えをするのだな。迎撃戦闘の場合は電探から得た情報で迎撃機が動くのは常識だ。こんどはその電探が空中に移動してきただけの話だ。だが、そうだな手駒の数が少ないか・・・無線を借りるぞ」
 意外なほど俊敏な動作で村松少佐は無線機に取り付いていた。国枝中尉は一度大きくため息をつくと松本一飛曹にうなずいて見せた。
 どうやら村松少佐は国枝中尉が考えていたのよりも積極的な佐官のようだった。


    1945年 2月22日 硫黄島西方

 ラドフォード少将は苦々しい表情で再び電力の回復したCICの司令席に座っていた。少将の目線の先にはなかなか沈まない長門を示すシンボルマークがうつっていた。
 すでに砲撃戦が開始されてから1時間も経過している。すでに長門以外の戦艦は沈没し、その長門もいたるところから煙を吐き、稼動する主砲も一基しかなかった。生き残った砲塔も当初と比べるとあきらかに砲撃の間隔が長くなっていた。すでに攻撃能力は無きに等しかったのだ。
 だがそれにもかかわらず長門が沈没する気配はまるで無かった。だいぶ落ちているはずの航行能力を駆使して長門は巧みな機動を繰り返していた。おかげでラドフォード艦隊は未だに長門一隻に翻弄されていた。
 戦艦を除く前衛艦隊も第三水雷戦隊との交戦で手一杯の様子だった。第三水雷戦隊は寡兵であるにもかかわらず前衛部隊と互角に戦っていた。ラドフォード少将としては長門など放っておいて早く第58任務部隊の援護に向かいたいのだが、ここで戦艦を放置しておくわけには行かないのも事実だった。
 ラドフォード少将が険しい顔をしているので自然とCICの雰囲気も緊張していた。
「流石に一隻目のようなラッキーヒットは難しいか」
「ナガトクラスは旧式とはいえ40センチ砲搭載艦です。こちらの主砲が長砲身であっても装甲を貫くのは難しいのかもしれません」
 参謀がラドフォード少将のつぶやきに答える間に通信士がCICに駆け込んで通信参謀に電文を渡した。通信参謀は一読すると笑みを見せながら言った。
「司令、第58任務部隊主隊より通信です。イオージマ南方で58任務部隊は再編を行い攻撃隊を発艦させたそうです。攻撃隊はとりあえずこちらに回って来ます。我々は最大戦速でジャップの新型戦艦を撃破しろとのことです」
 ラドフォード少将は通信参謀から電文を受け取ると大きくうなずいた。
「よろしい、我が隊はこの海域を離れイオージマに向かう」
「ウィスコンシンは24Ktしか発揮出来ませんが・・・置いていきますか。それともウィスコンシンに合わせますか」
 航海参謀の指摘にラドフォード少将はうなりを上げていた。ラドフォード艦隊は二隻のアイオワ級と三隻のサウスダコタ級を主力としていた。ミズーリは損害を受けたとはいえ未だに27Ktで航行できる。これはサウスダコタ級と同じ速力だった。これに対してウィスコンシンは浸水を停止させた後でも24Ktしか出せないのだ。
 戦力の低下を覚悟でウィスコンシンを除く全艦で最大戦速で向かうか、それとも速力の低下をあきらめてウィスコンシンを連れて行くか。ラドフォード少将はしばらく迷ってからいった。
「戦力が低下するのはまずいだろう。ウィスコンシンも連れて行くことにする。航空隊の到着までどれだけある」
「約10分ほどかと」
「よし、前衛を除いてイオージマに向かう。サウスダコタに通信。「我指揮を回復、本艦に続け」だ。状況も送ってやれ」
 慌しく動き始めた参謀たちを見てふとラドフォード少将は電文に目を向けてふと首をかしげた。
「58任務部隊の救助ではなくて戦艦の撃破か・・・」
 命令そのものに疑問の余地は無いが、少しばかり違和感があるのも確かだった。他の部隊は何をしていたのだろう。

 長嶺大尉は呆気に取られて砲撃を中止して長門から離れていく敵艦隊をみていた。司令部要員のほとんども顔を見合わせていた。何故米海軍は長門にとどめをささなかったのか。誰にも説明することは出来そうに無かった。
「何はともあれ今のうちに損害をまとめておいてくれ。三水戦にも被害報告をさせてくれ」
 伊藤長官がそういうとようやく司令部要員が動き出した。長嶺大尉も戦闘の間に記録しておいた詳報を確認しておこうとノートを手に取った。だがノートを空ける前に大尉は艦長に呼ばれた。
「主計、すまんが後檣までいって破損した様子を見てきてくれんかな。どうやら高所電話が壊れとるらしい」
 そういうと艦長は通話機を手にとって見せた。長嶺大尉は首をかしげながらいった。
「後檣ですか・・・破損して要員は退避させたのでは?」
「そうなのだが、それ以後伝令を除いては連絡が取れんのだ。あの辺りの区画全体で故障しとるのかも知れん。とりあえず副長を捜して状況を聞いてきてくれ」
「了解、長嶺大尉は後檣に向かい副長との連絡を図ります」
 長嶺大尉は艦長の返礼を待たずに艦橋から出て行った。艦内はすでに機密扉が閉められている。後檣に向かうのならば艦内の通路を使うよりも遠回りにはなるが一度甲板に出たほうが早かった。
 だが長嶺大尉は甲板の光景を見て後悔することになった。そこには長門がこの戦闘で受けた損害のうち人員に関するものが嫌というほどころがっていた。米艦隊の40センチ砲は確実に長門に損害を与え続けていたようだ。幸いなことに艦橋では人的な損害は受けなかったが、艦橋から後檣の間の甲板はそうではなかった。
 この作戦に備えて増設された機銃座の殆どが40センチ砲弾の爆風で損害を受けていた。ある機銃座は直撃を受けて粉々に吹き飛ばされ、その脇の機銃座からは赤く染まった四肢が垂れ下がっていた。
 ふと長嶺大尉は何かを蹴った感触を覚えて思わず足元を見た。足元では下半身を吹き飛ばされた水兵の死体が恨めしげな目で長嶺大尉を睨みつけていた。
 長嶺大尉は思わず腰を抜かしかけた。頭を振ってからもう一度死体をみるが、今度は死体は長嶺大尉を見はしなかった。落ち着いてみると水兵の死体は死んでも任務を果たそうとするのか機銃の部品らしきものを握り締めていた。長嶺大尉は思わず腰をかがめると死体の目を閉じてやった。
 おちついて周囲を見渡すとどこかがかけた死体は珍しくも無かった。あとは放心したように空を眺める兵隊たちとそれを叱咤する下士官がいるだけだった。
 長嶺大尉は気を取り直すと後檣に向かって駆け出していた。だが同時に一生この後継を忘れることは出来ないだろうとも考えていた。

 後檣は近づくまでも無く破損していることが分かった。むしろ煙突の破損に巻き込まれたという印象が強かった。煙突が損傷して後方にもたれかかっているのだ。そのせいで後檣は熱気と煙に巻かれていた。
 ため息をつくと長嶺大尉はこれ以上接近することを断念した。これでは副長が無事でも後檣にいるわけが無い。おそらく近くに退避しているのだろう。そう考えると大尉は誰か周囲の人間に話を聞こうとした。
 対空警戒を促す警報がなったのはその時だった。長嶺大尉はあわてて上空を見た。すると驚くほど近くに米軍機の姿があるのが見えた。おそらく敵味方の連続した砲撃によって上げられた砲煙が周囲の視界を遮っていたのだろう。長門に搭載されていた電探はすでに吹き飛ばされているから用をなさなかった。
 どうにも接近する敵機に実感がわかずに長嶺大尉が呆けていると誰かに機銃座に引き込まれた。
「長嶺主計か、貴様は持ち場を離れて何をしておるのだ。死にたいわけでもあるまい」
 あわてて長嶺大尉が振り返ると不機嫌そうな顔をした副長がいた。大尉が事情を説明しても副長は不機嫌なままだった。
「艦長の話は分かった。だが貴様は艦橋へは戻らんほうがいい。空襲が終わるまではじっとしておれ」
 長嶺大尉は黙ってうなずくと接近してくる敵機を見つめた。満身創痍の長門がこの攻撃に耐え切れるのかどうか、大尉には自信が無かった。



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