第三話:硫黄島沖海戦






    1945年 2月22日 硫黄島沖西方

 遊撃部隊第二部隊の旗艦である長門の艦橋には重苦しい空気が充満していた。艦橋につめている司令部要員の中には何度も見張りの方を見ているものもいた。艦橋の雰囲気を重苦しくしている原因は上空にあった。
 艦隊の上空には米軍の偵察機が飛行していた。30分ほど前からその偵察機は艦隊に張り付いていた。偵察機は艦隊が保有する高角砲の射程外を悠々と飛行していた。まるで攻撃されないと言うことが分かっているかのようだった。
 本来なら友軍機による上空援護こそ無いものの、艦隊が搭載する水上偵察機を投入すれば、敵偵察機を撃退するのは必ずしも不可能ではなかった。だが、硫黄島に急行しなければならない第二部隊には水偵を射出する余裕は無かった。
 少なくとも司令長官である伊藤中将はそう判断していた。いま偵察機を撃墜したところで第二部隊の位置を特定されていることに変わりは無かった。どのみち米軍の艦載機はすぐに襲来するだろう。
 だが第二部隊は敵艦載機をかわしつつ硫黄島に接近しなければならない。それならば偵察機を撃墜して位置情報を曖昧にさせるよりも、水偵を射出する時間ですこしでも硫黄島に接近していた方が効率は良かったのだ。
 ふいに伊藤司令長官が見張りに声をかけた。
「米軍の偵察機はまだ上空にいるな?」
 律儀に偵察機の動きを知らせてくる見張りに軽く頷くと伊藤司令長官がいった。
「我が艦隊がこの時間に発見されたと言うことは、第一部隊はまだ発見されていないということかな」
 参謀たちも顔を見合わせながら代表して参謀長が言った。
「それはまだわかりせんね、ただ艦載機が現れればその可能性は強くなります。いくら米軍が強力とはいっても発見された二方向に対して同時に艦載機群を展開させる余裕はないと思われますので」
「うん、そうだね。艦載機がこちらにくれば第一部隊は無抵抗のまま硫黄島に近づけるかもしれない。その場合、米軍機の攻撃をかいくぐって我が艦隊が硫黄島に行くことは可能かな」
 後半は長門の艦長に向けられた言葉だった。艦長は少しばかり海図をのぞいてから言った。
「抵抗が艦載機だけであれば可能でしょう。十分な回避行動が可能でさえあれば、硫黄島までこの長門をもっていける自信が有ります」
 艦橋の後方でそれを聞いていた長嶺主計大尉は艦長の微妙な言いまわしに首をかしげた。その様子に近くにいた通信参謀が小声で教えてくれた。
「艦長はレイテ沖のことを言いたいのさ。フィリピン近海の狭い海峡では十分な回避行動が取れなかった。そのせいでこの長門もかなりの損害を受けてしまったからな」
 長嶺大尉もそれで納得することが出来た。レイテ沖海戦ではこの長門だけでは無く海軍が保有する戦艦のほとんどが大きな被害を受けていた。長嶺大尉の前任主計士官もレイテ沖で戦死していた。それで重巡青葉に勤務していた長嶺大尉が転任することになったのだ。
 本来レイテ湾に突入する筈だった戦艦部隊はあまりの損害に引き換えざるを得なかった。そして当時部隊を率いていた栗田中将は更迭されていた。だが誰が指揮官でもあの状況では何をすることも出来なかっただろう。
 レイテ沖でそんなに大きな被害を受けるはめになったのは通信参謀の言う通りに回避行動が満足に取れなかったことが原因だった。米軍の攻撃は囮の小沢艦隊に集中していたから、戦艦部隊を襲撃したのはむしろ少ないくらいだった。
 だがこの見渡すばかりの大海原が続く硫黄島沖では回避運動を狭める障害は心配はない。空母を守る輪陣形をとる必要もないからかなりの回避行動が可能だった。
 ただしそれ以上にレイテ沖とでは状況が変わっている部分があった。それは今度はこの艦隊こそが囮艦隊となるということだった。主力となる第一部隊は最新鋭の大和、武蔵の両艦を戦力の中核としている。おそらく大和級の二隻だけでも硫黄島にたどり着けばかなりの戦力になるだろう。
 長嶺大尉は硫黄島守備隊にいる友人のことを考えた。その友人も自分と同じように大学にいたのだが、やはり同じように大学を卒業して二年現役海軍士官制度によって任官されていた。ただ、大尉は主計士官として任官していたが友人の伊原は法務士官として任官していた。
 ――今ごろ奴は何をしているのだろうか。まだ生き残っていればいいのだが
 長嶺大尉はそう考えていた。この作戦が成功すれば伊原法務大尉が生き残る可能性は格段に高くなる。大尉は友人の為にも作戦の成功を祈るしかなかった。
 だが長嶺大尉の思考はそこで強制的に停止させられた。電探を操作していた兵から報告が入ってきたのだ。艦載機はどうやらこちらに向かってきた様だった。艦長が回避行動を指揮するために上部の防空指揮所に上がっていった。それとほぼ同時に見張りからも敵機を発見したという報告が入った。
 どうやら余計なことを考えている余裕は無さそうだ。そう結論付けると長嶺大尉も持ち場の防空指揮所にあがっていった。


    1945年 2月22日 硫黄島南方

 遊撃部隊第一部隊の旗艦は当然の事ながら戦艦大和があてられていた。だが長門とは違ってその艦橋には重苦しい雰囲気はなかった。その代わりに当惑した顔が司令部と艦橋要員の顔に浮かんでいた。
 大石中佐も首を傾げていた。そのなかで西園寺だけが平然とした顔でいった。
「逆探にかかったのは、確かに米海軍の駆逐艦で一般的に使用されている形式の電探のものです。おそらくピケット艦として艦隊の周囲に配置されているものだと思いますが」
 一人の参謀が眉をしかめていった。
「しかし硫黄島に展開する艦隊の探索艦としては少しばかり離れすぎている気がする。いくら米海軍の駆逐艦の数が多くともこんな遠くに配置していては探索網に孔が生じることになると思うが・・・」
「硫黄島周辺を警戒していると言うよりも艦隊を警戒しているんとは考えられませんか」
 しばらく考えていた大石中佐が言うと間髪をいれずに山口中将がたずねた。
「要するに探索艦を配置するほどの、裏を返せば無視できない規模の艦隊がこの先にいるというのだな」
「そうだと思います」
 艦橋は近くのものと話し合うざわめきで一杯になった。本来なら遊撃部隊は敵艦隊を無視するのが一番の上策だった。遊撃部隊の主目標は敵艦隊ではなく硫黄島の敵上陸軍だからである。
「逆探にかかった反応が米駆逐艦のものであると想定すると、敵駆逐艦の電探に本艦隊は探知されているのかな」
 とまどったような参謀のつぶやきを聞き取った西園寺が自身ありげに答えた。
「敵電探の性能が従来と変わらなければもう少しばかり余裕があると思います。ただし逡巡するほどの時間は有りません」
 参謀たちは西園寺の最後の一言を越権行為だとでもいいたげな目でみた。だが山口中将は黙って敵駆逐艦がいるであろう方向を見つめていた。再び艦橋がざわめきかけた時に山口中将の声が響いた。
「空母部隊が退避しているとは考えられないかな」
 大石中佐は虚を衝かれて押し黙った。だが西園寺は納得した顔で厚かましい雰囲気で言った。
「その仮定ならば納得できます。現在の時間から言って第二部隊が発見された可能性があります。戦艦が接近していることを知れば脆弱な空母を一時退避させようと思っても不思議では有りませんな」
 参謀のうち何人かは今にも殴りつけようという顔で西園寺を睨みつけていた。本来なら艦橋に入ることも出来ない軍属がよりによってこんな重要な局面で司令長官にものを言っているのだから当然だった。
 だが大多数の参謀はそれよりも目の前にいるかもしれない空母のことを考えていた。
「今なら敵艦隊を回避することは可能です。我々の主目標は敵艦隊ではなく硫黄島の敵であるはずです」
「いや、ここで敵空母を撃沈することが出来るのなら、硫黄島の上陸軍など放っておいても構わんのではないか。元々硫黄島のような小島にそれほどの価値はないのだし」
「そうではない、硫黄島に敵上陸軍を拘束することで」
「我が艦隊はこのまま前進する」
 参謀たちの口論を山口中将の一言が止めた。山口中将はさらに続けた。
「ここで敵空母を沈黙させるが出来れば硫黄島への圧力も低下することになるのではないかな。ただし敵空母への攻撃に拘泥して主目的を失うわけにも行かない。敵空母への攻撃は短時間で打ち切る」
 大石中佐は首をかしげた。敵空母を攻撃するのは良いのだが、短時間で打ち切るのなら効果はそれほどないのではないのか。何人かの参謀も同じことを考えていたらしく山口中将に言った。
 大石中佐は僅かに眉をしかめていた。本来ならここまで参謀が司令長官に対して疑問を呈すると言うことは無い筈だった。それ以外にもこの司令部はいまいちまとまりが無いような気がしていた。そうなった理由はこの司令部がこの作戦の為に設立されて間も無いからだ。
 艦隊司令部は艦艇や航空機などと同じく固有の兵器であるといえる。何故ならば司令部の能力次第で指揮する艦隊戦力の増減が激しいからだ。だが山口中将もそんな事は承知しているのか自身ありげな態度でいった。
「勘違いしてはいかんな。我が艦隊の目的が硫黄島の救援であるということに間違いはない。それは敵上陸軍を硫黄島に拘束するか、それとも敵部隊を撤退させることに成功すれば米軍の戦略を遅滞させることが可能だからだ。
 だが、ここで空母を叩けば硫黄島への圧力が低下することになる。米海軍の戦力の根幹となっているのが我に対して優勢な航空戦力にあるからだ。しかし重要なのは空母を沈めることではなくて硫黄島への圧力を低下させることだ。
 必ずしも敵空母を撃沈させる必要はない。ようは敵空母から艦載機が発艦出来ないようにすれば良いのだから。それならば短時間の砲撃でも可能だと思う。
 西園寺君、新型の電探で敵艦隊の布陣を探ることは可能か」
 急に話を向けられたにもかかわらず西園寺はあらかじめ用意されていた答えを読むかのように迅速に答えた。
「もちろん可能です。最大射程での電探砲撃に必要な数値を提供して御覧に見せます」
 自身たっぷりに言う西園寺の雰囲気に山口中将が力強く頷いた。
「艦隊は最大戦速、手始めに探索艦を叩くぞ」
 山口中将の命令にしたがって参謀達が艦隊に向けて命令を発信した。大石中佐も大和を増速させる。この日の為に整備を重ねてきた主機は迅速に反応を返してきた。大和はたちまち航続速度の16Ktから最大戦速となる30Ktにまで速度を上げた。
 大石中佐は、最高速度に僅かに振動する大和の艦体が戦いに歓喜の振るいを示している様に感じられていた。



    1945年 2月22日 硫黄島沖西方

 第二部隊に対する米軍の空襲は五月雨式に行われていた。米軍編隊は一個中隊程度の戦力で断続的に襲来していた。おそらく空母から飛び立った飛行隊を空中集合させる間も惜しいのだろう。
 その程度の攻撃であれば旧式艦の多い第二部隊であっても対処することは難しくなかった。実際に空襲開始から今まで長嶺大尉が見る限りでは沈んだ艦は無かった。長門は勿論、伊勢、日向にも目立った損傷は見られなかった。日向だけは僅かに火災の煙を引きずっているが、消火活動は順調らしく次第に煙は小さくなっていった。
 だが大きな損害こそ免れたものの、断続的な空襲は第二部隊に絶え間無い回避行動をも要求していた。おかげで回避行動の連続によって、第二部隊は一時的に硫黄島に向かう航路から外れた方向に向かっていた。硫黄島に到着する時間で言えば一時間は遅らされたはずだった。
 長嶺大尉はふと違和感を感じて周囲を見渡した。気がつけば左右への傾斜が無くなっていた。空襲の開始から相継ぐ回避行動によって長嶺大尉のいる防空指揮所は左右舷に揺られていた。それが急に無くなったものだから逆に違和感を感じていたのだ。それにあれだけ唸りを上げていた高角砲や機銃の発砲音も消え去っていた。
 上空を仰ぎ見ると、あれだけ乱舞していた米軍機の姿も消え去っていた。はるか上空に接触機らしき影があるものの積極的な行動を起こそうとしている様には見えなかった。
「逃げきったのか」
 放心したような顔で長嶺大尉は誰にいうとも無くつぶやいた。別に返答を期待していたわけではなかったが、その声が聞こえたのか艦長が不意に振り返っていった。
「いや、くるな」
 何が来ると言うのか、それを不審に思った長嶺大尉は艦長に聞き返そうとした。見張りの声が上がったのはその時だった。
「十一時の方向に敵艦、単縦陣で接近しつつあり」
 長嶺大尉は慌ててその方向を見た。確かに水平線の向こうから戦艦らしき影が接近しつつあった。ほとんど正面からなので、大尉には艦種までは分からなかった。
「あれは新型のアイオワ級だな」
 艦長がそう言うのを長嶺大尉は呆然とした表情で聞いた。アイオワ級といえば去年の一月に確認されたばかりの米海軍の新型戦艦だった。とてもではないが長門級が戦える相手ではない。
 見張りは更に絶望的な報告を続けた。長嶺大尉が艦長と共に昼戦艦橋に下りる頃には敵艦隊の陣容も判明していた。
「アイオワ級二隻にサウスダコタ級が三・・・それに形式不明の新型戦艦が一隻か」
「新型戦艦と言うのはどういう形をしているのかな」
 参謀達が言い合うなかに伊藤中将が敵艦を見ながらたずねた。すでに敵先頭艦との距離は40000mあたりに近づいていた。すでに敵艦の射程内に入っているが、まだ敵艦隊が発砲することはないと考えられていた。
 40000mと言う距離は射程内というだけであって命中弾を得たいならばもっと接近する筈だった。
「新型艦は戦艦群の最後尾についております。その後ろはクリーブランド級ですからおそらく巡洋戦艦のような艦種と思われます」
「敵艦、転舵しました。敵艦は取り舵、我の前方を横切るつもりです。続いて巡洋艦以下を分派」
 見張りの声に伊藤長官がほうと声を上げた。
「どうやらアメさんは我が方の行く手を遮るつもりのようだな。新型の戦艦を六隻も抱えながら三隻の旧型戦艦が怖いらしい。
 こちらも水雷戦隊を分派するとしよう。うまくすれば及び腰の戦艦の一隻や二隻は討ち取ってくれるかもしれないぞ」
 伊藤長官の楽しげな声に参謀達の間に笑いが起こった。絶望的な戦力差のなかで自棄になっている感が無いわけでもなかったが、長嶺大尉は少しばかりの安堵を感じていた。だが笑いが収まる前に見張りからの追加報告が入った。
「先ほどの報告を訂正。敵巡洋艦の先頭に新型戦艦がついています」
 その報告に参謀達が怪訝な表情になった。戦艦を水雷戦隊の護衛につけるつもりなのだろうか。敵戦艦からの発砲が始まったのはその時だった。
「敵艦発砲、距離約35000」
「艦長、射程外か」
「本艦はどうにか届くかも知れませんが伊勢と日向は駄目です。もう少し近づかないと」
 悔しそうに言う艦長に参謀の誰かが呟いた。なら近づいてくる水雷戦隊にいる方を叩けば良いのではないか
 全員の視線がその参謀に集中した。意外な反応に参謀はうろたえたような顔をした。やがて伊藤長官がいった。
「通信長。後続の水雷戦隊に連絡、敵戦艦に突撃せよ。続いて伊勢と日向に連絡、敵水雷戦隊の先頭にいる戦艦から叩く」
 こうして米軍側から遅れること五分後に日本海軍の戦艦部隊の砲撃が開始された。

 米海軍の戦艦部隊を指揮しているのは、第58任務部隊第4戦隊司令のラドフォード少将だった。彼は先頭を行くアイオワ級戦艦ミズーリに将旗を掲げていた。58任務部隊指揮下の四個戦隊から臨時に編成された戦艦部隊はアイオワ級ミズーリ、ウィスコンシンとサウスダコタ級サウスダコタ、インディアナ、マサチューセッツで編成されていた。
 勿論戦艦だけで部隊を編成するわけには行かないからその護衛として軽巡洋艦パサデナ、アストリアと重巡アラスカ、それに第54と第106の計十隻の駆逐艦戦隊を引きつれていた。
 その強大な打撃力を誇る臨時部隊を指揮するラドフォード少将はミズーリのCICで困惑にかられていた。
 日本海軍戦艦部隊の砲撃が全て前衛の水雷部隊に向かっているからだ。というよりもは駆逐艦戦隊の先頭を行くアラスカに砲火が集中していた。ラドフォード少将は意見を求める様に第四戦隊から引き連れてきた参謀達をみた。
「ひょっとするとジャップはアラスカを戦艦と間違えているのかもしれませんね。アラスカは全長だけみればサウスダコタよりも大きいですから」
 あまり自信が無さそうな若い参謀の一言にラドフォード少将はため息をつくといった。
「まぁそんなところだろうな。しかしこの段階で前衛部隊を失うのは大きいぞ」
「アラスカを下げますか?」
「いやそれよりも主隊をもっと敵艦隊に近づけましょう。現在の砲戦距離では命中弾を与えるのが難しいですから、我々が敵戦艦を屠る前に敵艦隊の砲撃が前衛部隊を壊滅させてしまいます」
 参謀の意見にラドフォード少将も苦々しい顔になりながらも頷いた。当初の作戦とは大きく異なってしまうが、今は硫黄島に戦艦部隊を接近させないことが主目的だった。
 本来ならこの距離からの長距離砲戦を挑むことで敵戦艦部隊の足を止めるのが目的だった。その為に実用射程の外からの砲撃に踏み切ったのであり、相手の前を遮る回頭だった。
 だがその目論見も日本海軍の予想外の射撃目標で脆くも消え去りそうになっていた。米海軍の戦艦部隊は本来ならば戦艦を護衛すべき前衛部隊を逆に守る為に前進せざるを得なかった。
 ラドフォード少将は砲撃を一時的に中断して敵艦隊へと舳先を向けるミズーリ艦首を眺めながら参謀に尋ねた。
「敵艦隊はナガトクラスにイセクラスだったな」
「はい、他に敵の前衛部隊は軽巡洋艦を旗艦とする駆逐艦が九隻です。戦艦にしても前衛部隊にしても我が方が有利です」
「日本海軍のヤマトクラスは何処へ行ったのかな、たしか空襲で沈んだと言う報告はなかった筈だが」
 たずねられた情報参謀は首をかしげながらも答えを出した。
「年末のレイテでクリタ艦隊にいたヤマトクラスの二隻は酷い損害を受けていますからまだ修理中なのではありませんか。日本海軍の修理艦はすでに撃沈されていますから戦艦の修理は困難なのではないですか」
「アラスカに命中弾」
 ラドフォード少将と情報参謀の会話は見張りの報告で中断された。ラドフォード少将は眉をしかめるといった。
「アラスカの被害状況はどうだ」
「命中弾は少なくとも2発・・・アラスカに火災発生、違う爆発だ」
 後半はほとんど叫ぶような報告だった。それでラドフォード少将は海上の様子が手に取るようにわかった。
 アラスカ級は建造された当初から中途半端な艦と言う声が大きかった。艦種としては重巡洋艦と言うことになるのだが、全体的なサイズはサウスダコタ級戦艦よりも大きかった。速力は細身の艦影もあってアイオワ級と同じほどだったが、30センチ砲三連装三基という火力は戦艦と比べるとやや下回っていた。
 要するにアラスカ級は火力も全体的なサイズも、そして勿論施された装甲も戦艦と巡洋艦の中間という曖昧な艦だった。アラスカ級は日本海軍が建造を予定していた超巡と呼ばれる巡洋艦に対抗する為に建造された艦だった。だがその対抗相手の超巡は一向に姿を現す気配がなかった。実はその予算は大和級と松型の大量建艦にもっていかれたのだが、それは米海軍の知るよしではなかった。
 アラスカを指揮下の部隊に拝領されたラドフォード少将としてもアラスカ級は扱いづらい艦だった。一隻の戦闘艦として見るだけならばアラスカ級は優れた設計の艦だったが、戦艦として扱えば良いものか、巡洋艦として扱えば良いものか、最後までラドフォード少将を悩ませていた。
 結局第四戦隊にはミズーリとウィスコンシンが配属されていたから、アラスカを戦艦ではなく不足していた巡洋艦として今まで扱っていたのだが、今の局面になって最悪の形で結果が現れていた。
 だがアラスカを主隊に配属していても結局は装甲の薄い戦艦として使わざるを得なかっただろう。そう、結局最後は今のように格の違う戦艦からの砲火を浴びて装甲を打ち抜かれていたことだろう。ならば一時とは言え敵戦艦の砲火を誘引してくれた今の状況はそう悪いものでもないのかもしれない。ラドフォード少将はそう納得させるとまだ続きそうな日本海軍の戦艦部隊との戦いに意識を振り向けていた。



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