ZAC2097 十五話




 荒れ果てた荒野が広がるニカイドス島のなかで不自然な窪地になっている場所があった。周囲の地形から考えるとあまりにもその窪地は異常だった。風雨によって大地が削られるのに多少の大小はあっても十メートル弱という深い窪地になるはずはなかった。
 さらにその窪地には特に乾期であるというわけでもないのに雨水がまったく張っていなかった。
 ニカイドス島はよく乾燥しているとは言いがたい土地だからこの窪地には目に見えないところに排水システムが設置されているのは間違いなかった。
 窪地をよく観察すれば不自然な岩石の配置にも気が付くかもしれなかった。その岩石は全て地下に接地されているミサイルサイロの偽装だった。
 大異変後の技術衰退から衛星軌道上が主な偵察の場でなくなってから久しかったが、その窪地は地球式の技術を活用して設計された偽装サイロだった。もっとも戦後になってから新たに建造されたのではなく、先の大戦のさなかにニカイドス島に施された要塞化の名残を再利用したというだけだった。
 ニカイドス島は中央大陸と北方大陸との間に位置する軍事上の要地であるため、大異変前まではかなりの資材と資金が投下され巨大ゾイドの攻撃にも耐えうるだけの強度を持たせた大要塞として工事が進められていた。
 その基礎となったのはヘリック共和国軍がニカイドス島を勢力圏とする前に基地化をはたしていたガイロス帝國軍の要塞だったのだが、ゾイド格納庫以外は不足する部分が多かったから相次ぐ拡張工事がおこなわれた。
 しかもガイロス帝國時代の工事は完全に把握されていなかった。大異変前の工事の資料も大部分が失われていたから戦後になって把握されて現在基地として使用されているのはほんの僅かなスペースでしかなかった。
 この偽装ミサイルサイロもその数少ない施設であるといえた。

 今その偽装サイロのある窪地の底には一体のゾイドがそびえ立っていた。十メートル弱ある窪地の底にいるにも関わらず右肩から突き出した見慣れない形状の砲を含めれば全長25メートルを越えるゴジュラスT1はその半身を窪地の上に突き出す形になっていた。
 下半身を窪地に伏せさせているとはいえ、ゴジュラスT1の頭部はコマンドウルフやゴドスのそれよりもずっと高い位置にあった。
 岩陰からコマンドウルフに増設されていた光学センサだけを突出させてその様子を見ていたブラウはため息をつきながらセンサマストを収容した。
 ゴジュラスT1の動きには隙がまるでなかった。短時間だけ見れば一方向だけを見ているように見えるのだが、その場合でも背後にはやはり増設されたと思しきセンサが見えていた。しかもゴジュラスT1の本来のセンサも油断なく周囲を見張っていた。
 これではこの岩陰から出た瞬間に察知されてしまうだろう。ここから先にもコマンドウルフが姿を隠せるだけの岩石がないわけでもなかったが、そこまで辿り着く間にゴジュラスT1の全火力で攻撃されるだろう。
 ブラウとコマンドウルフの組み合わせならそれを全て回避するのも無理ではないかもしれない。だがかなり分の悪い勝負なのは間違いなかった。
 もう一度ため息をつくとブラウは岩陰からいつでもコマンドウルフを飛び出せるように姿勢をとらせた。ゴジュラスT1が岩陰に背を向けた一瞬に飛び出すつもりだった。ブラウはそれでゴジュラスT1の反応速度が少しでも鈍る事を期待していたのだった。
「あんまりこの子に怪我させたくないのだけどな」
 そうつぶやいた後、ブラウはコマンドウルフを飛び出させた。
 だが次の瞬間ゴジュラスT1とブラウはほぼ同時に上空から爆音が鳴り響いている事に気が付いていた。
 ブラウはコマンドウルフを回避行動として蛇行して走らせながら電波源になるのを避けるために切っていた対空レーダーを上空に向けて一瞬だけ稼動させた。
 出てきた結果はブラウにもゴジュラスT1にも意外に思えるものだった。
 この窪地に向って機体構造の限界を無視した速度でタートルシップが降下しつつあった。

 急角度で降下を続けるタートルシップはすでに限界強度を越える応力を各部に発生させていた。そのため機体のあちらこちらから強引な降下による振動以外にも構造材がゆがんだ事によって異音が発生していた。
 限界強度はあらかじめ十分な安全係数を考慮して設計されているから、限界を超えたからといって即座に構造材の破断などの破滅的な現象が起こるわけではないが、乗員はみな青ざめた顔をしていた。
 だがいつの間にか降下が始まってしまった為、艦橋から出るタイミングを逸していた男はふとハイマン准将の顔を見た。
 ハイマン准将は周囲の雰囲気を感じていないのか、笑みさえ浮かべそうな顔をしていた。
 ふと視線を感じたのかハイマン准将は振り返ると男を見てにやりと正真正銘の笑みを見せた。
「総員対ショック姿勢。着地と同時にハッチ開け。ゴジュラス隊は発艦用意」
 船長の声が終わるか終わらないかのうちに浮き上がるかのような反動が起こり、すぐ後に今までで最大の衝撃が加わった。
 あわてて男が外部モニターをみると、すでにタートルシップは着地してハッチを開けようとしていた。
 そして開こうとしているハッチの向こうにゴジュラスT1が禍々しい姿を見せていた。


 タートルシップの強引な降下にゴジュラスT1が気をとられている隙に、コマンドウルフはかなり肉薄していた。このまま行けば無傷のまま懐に飛び込めるかもしれない。
 さすがにそこまで接近してしまえばゴジュラスといえども対処に苦労するはずだった。ブラウは一瞬まじめに飛び込んでしまおうかと考えていた。今の状況ならやれないことはないと思ったからだ。
 電子戦型コマンドウルフは強化人間専用機として改造された機体だった。電子戦の為に増設された各種のセンサも強化人間の速度を考えての事だった。
 そしてあまり考えられる事態ではなかったが強化人間同士の戦闘の為に強化された部分もあった。それは通常型を大きく上回る格闘戦能力だった。
 思考能力や反射速度を高速化した強化人間同士の戦闘だと砲撃よりも格闘戦のほうが効率がいい部分があったからだった。
 だからゴジュラスT1に対しても強化されたストライククローとバイトファングを搭載している電子戦型コマンドウルフなら痛手を負わせられるかもしれなかった。
 それにタートルシップのハッチからはゴジュラスガナーがその姿を見せようとしていた。
 このままコマンドウルフがゴジュラスT1の足を止められればゴジュラスガナーの砲撃によってけりをつけられるかもしれなかった。
 迷っていたのはほんの僅かな瞬間だった。
 ブラウは回避行動をやめるとタートルシップに注意を払っているゴジュラスT1の死角から最大速度で突っ込んでいった。
 しかしコマンドウルフのクローが届く前に、ゴジュラスT1はいきなり肩の砲を僅かに下げ、次の瞬間巨大な薬莢が排莢されていた。
 ――不発弾?
 そう思いながらもブラウはコマンドウルフを前進させた。だがふとタートルシップの様子を見て眉をしかめた。
 開きかけていたハッチが中途半端なままで停止して。中のゴジュラスガナーもぴくりとも動かなかった。
 その時向こうを向いていたゴジュラスT1がコマンドウルフの方に向き直った。その動きは意外なほど早かった。
 ブラウは慌ててコマンドウルフに回避行動をとらせた。ゴジュラスT1がその砲をコマンドウルフに向けたからだ。
 コマンドウルフが横っ飛びで回避したと同時に再び砲からは薬莢だけが飛び出してきた。しかし次の瞬間コマンドウルフの操縦のレスポンスが目に見えるほど遅くなっていた。
 ブラウは鈍い動きに苦労しながら回避行動を続けた。今のが電磁波攻撃に間違いはなかった。
 少なくともコアを停止させられていないという事は損害を受けながらも回避できたということなのだろう。
 だがコマンドウルフの機動性があったから紙一重で回避する事が出来たが、損害を受けた機体でどれだけ回避し続ける事が出来るかはわからなかった。

 タートルシップの艦橋では全ての電子機器が停止していた。情報局員達が右往左往するなか、ハイマン准将は仏頂面をして何も映し出さないサイドモニターを殴り飛ばした。そこへ後ろから頭から血を流しながら男がいった。
「それも情報局の備品なのだという事は理解されていますか。後で損害賠償を請求しますよ」
 ハイマン准将は振り返ると凄まじい目つきで男をにらんだ。
「おい、貴様。この船は対電磁波防御があるという話ではなかったか。なんでこうもあっさりと沈黙しとるのだ。
 それにゴジュラスガナーはもうやられたのか。さっきから見とるが例の実験機は一度しか攻撃しとらんようだったぞ」
 男は困惑しながら落ちていた書類を掴んだ。
「どうやらあの電磁波兵器は収束モードとは別にある程度拡散させるモードも存在していたようです。
 ああ、この船が停止した理由は簡単ですよ。ハッチが開いていたからです」
「開いたハッチから拡散させた電磁波を放射させたか・・・なるほど、それなら外壁の電磁波防御も無駄になるということか」
 不機嫌そうな顔でハイマン准将は頷いた。
「しかも格納庫の中を直撃です。放射された電磁波は半ば閉鎖された格納庫の中を乱反射されていった。この船の電気系統を破壊しながらです」
 男は艦橋から半開きのハッチを見ながら続けた。
「ゴジュラスガナーが動かなくなったのも当然でしょう。いわば巨大な電子レンジのなかにおかれたようなものですから」
「いやゴジュラスガナーはどうにかなるだろう。ゾイドコアは無事なのだから操縦に使う電気系統さえどうにかなれば動かすことが出来る。
 複数のバイパスが操縦系統では組まれているから修理は不可能ではないだろう。それにいざとなれば精神リンクだけでもうごかせる」
 険しい表情のままハイマン准将はいった。だが男は准将の本音に気が付いていた。
「問題はゴジュラスガナーの再起動までコマンドウルフが逃げ続けられるかですな。まぁ強化人間のブラウ嬢なら何とかしてくれるでしょう」
「今となってはそれを願うしかないな」
 ため息をつくとハイマン准将は艦橋要員を叱咤激励しはじめていた。男の目にはそれは邪魔をしているようにしか見えなかったが。

 テムジンはその一部始終を基地の格納庫に設置されていたモニターで見ていた。ミサイルサイロに設けられている監視モニターからの映像をハッキングしてもってきていたのだ。
 うなりながらモニターを見つめるテムジンの脇では下士官がおろおろとしていた。
「なぁ本当にあの子だけで大丈夫なのか。さっきからあの船はうんともすんともしていないぞ」
「おい、あのゴジュラスは通信システムは強化されているのか」
 テムジンは下士官の言う事を無視すると、唸るのをやめて格納庫に一機だけ残されている肩にT2とマーキングされたゴジュラスを指差した。
「ええと・・・そうだ、たしかゴジュラスT2は近接戦闘を強化されているタイプだが指揮官機としても使えるようにセンサや通信機器は充実しているはずだが」
 最後まで聞かずにテムジンはハンガーに固定されているゴジュラスT2にむけて走り出していた。
「おい、まさかゴジュラスに乗るつもりか。あんたは怪我をしているのだぞ」
 背後から心配そうな声がかかったが、テムジンは振り返ることなく叫び返した。
「大丈夫だ。俺に作戦がある」
 それだけをいうとテムジンはもうゴジュラスT2に乗り込んでいた。


 戦闘は早くも膠着状態に入っていた。
 ブラウのコマンドウルフは電磁波の影響を受けてかなり動きが鈍っていたが、それでもとぼしい遮蔽物をうまく利用することで攻撃を避け続けていた。だが動作の鈍い機体では避け続けるのが精一杯で反撃をおこなう余裕はなかった。
 ゴジュラスT1はその場に止まったままでコマンドウルフを攻撃し続けていた。電磁波兵器は照準が難しいのか攻撃は腹部の70ミリ砲や腕のレーザ砲が主体だった。
 しかしタートルシップに使われた電磁波兵器の広域照射は行われなかった。さすがにブラウとコマンドウルフでも広域照射までは回避するすべは無かったから幸運といえば幸運だった。
 だがそれは逆を言えばゴジュラスT1にとって電磁波兵器の広域照射は切り札になりうるということだった。
 開けた地形では広域に照射することによって弱められた電磁波では致命的な損害を与える事は出来ないが、ある程度動きが阻害されてしまうのは間違いないだろう。
 そうなれば今は機動性によって回避し続けているコマンドウルフも直撃弾を受けて撃破されてしまうはずだった。
 ブラウにはゴジュラスT1が電磁波兵器の照射を躊躇う理由がよくわからないでいた。ひょっとすると何らかのアクシデントが起こったのかもしれなかった。
 ゴジュラスT1が装備している電磁波兵器はまだ実用レベルではない試作兵器だから何が起こるのかは予想できなかった。またはもっと単純に弾切れという可能性もある。
 先程の戦闘を見るとあの電磁波兵器はなんらかの化学物質の爆発によって大電力を発生させているようだった。おそらく排夾された薬莢は電磁波兵器の電源部分となっているのだろう。
 薬莢は巨大なものだったからマガジンと思われる部分の大きさから大体の装弾数を推測する事は可能だった。
 ゴジュラスT1はすでにゴドス部隊と交戦している。その時に何度か電磁波兵器を使用している事は状況から間違いなかった。だから格納庫で倒れていたゴドスの数から大体の使用回数を推し量る事は可能だった。
 そしてついさっきの戦闘でタートルシップとコマンドウルフに対してそれぞれ一回ずつ照射している。そこからブラウは大体の使用回数と装弾数の関係を考えた。
 結論はすぐにでた。ゴジュラスT1の電磁波兵器はすでに弾切れになっていてもおかしくは無かった。
 よく考えれば今照射すればすぐにでもコマンドウルフを撃破出来るのだから、そうしないということは何らかのトラブルで射撃できないと断定しても問題がないような気がしていた。
 ゴジュラスT1の兵装は電磁波兵器を除けば通常型と対して差は無い。それどころか巨大な電磁波兵器を抱えている分、反射速度はともかく速度そのものは通常型よりも劣っているといえた。
 だとすればこのまま回避し続けるよりも相打ち覚悟で接近戦を挑んだ方が良いかもしれなかった。
 さすがにブラウでもこのまま回避し続けられる余裕はどこにも無かった。また後退すれば、その隙に背後から致命的な攻撃を食らうだろう。
 現状のままでも逃げる事も出来ないとすれば、前に進んだ方がよほどいい気がしてきていた。
 だがついさっきも同じような事を考えて、損害をこうむったばかりだった。
 悩んでいたのは僅かな時間だった。ブラウは一度だけタートルシップの状況を見た。ハッチから見えるゴジュラスガナーに動きはまるで無かった。まだ電磁波の影響を受け続けているのに間違いなかった。
 タートルシップ自体も乗員が右往左往しているだけで動きはまるで無かった。
 この場所で今戦闘が可能なのはやはりコマンドウルフしかなかった。しかもこのままゴジュラスT1を放置するわけにはいかない。
 ブラウは覚悟を決めると短いコマンドを打ち込んだ。背後から軽い爆発音がなるとコマンドウルフの背に装備されていた狙撃砲が脱落した。
 狙撃砲は電子戦型コマンドウルフが装備する唯一の火器だった。増設されたセンサからの情報によって長距離狙撃が可能である高性能な砲だったが、今から突撃を掛けるブラウには必要が無いものだった。
 それどころか通常のコマンドウルフが装備する二連ビーム砲塔と比べて重量がある狙撃砲はこの局面ではデットウェイトでしかなかった。
 だからブラウは狙撃砲を捨てて身軽になろうとした。どうせなら無駄に多く、また電磁波で大部分が損傷しているセンサも捨てたかったが、さすがにそちらには切り離し用の爆薬はセットされていなかった。
 それでも狙撃砲を切り離した事でだいぶ動きが軽快になっていた。それに呼応するようにブラウから迷いが消えていた。
 狙撃砲の切り離しを見たゴジュラスT1が再び射撃を開始した。ブラウがコマンドウルフを横に回避させるとついさっきまでコマンドウルフがいた空間を70ミリ砲弾が薙いでいった。
 それを確認する間もなくブラウはコマンドウルフを走らせた。ゴジュラスT1はコマンドウルフが始めて見せる積極的な行動に戸惑いを見せながらも再び照準をつけようとした。
 ブラウはそれよりも早くコマンドウルフを肉薄させた。だが、その時ゴジュラスT1とまともに目が合った。
 いくら闘争本能が強いとはいえゴジュラスの表情がわかるわけはなかった。だがその時ブラウはゴジュラスT1が自分をあざ笑ったように思えていた。
 そして次の瞬間コマンドウルフのゾイドコアが停止した。




戻る 次へ
inserted by FC2 system