ZAC2097 十四話




 支道を走り抜けたブラウがコマンドウルフに辿り着いた時、すでに夜は明けていた。ニカイドス島は上がったばかりの太陽に照らされて岩肌がむき出しになっている不気味な姿をさらしていた。
 ブラウはコマンドウルフのコンバットシステムを素早く立ち上げながら、さっき通過してきた格納庫の様子を思い出していた。
 格納庫ではゴドスの残骸がいくつか転がっていた。どうやらブラウたちが基地内に潜入してから出撃したものらしかった。おそらくゴジュラスの起動直後に交戦したのだろう。
 だが、そのゴドスたちのやられ方は普通ではなかった。
 通常ならゴドスの戦闘法は集団戦を基本としている。密集した上で火力を集中させるのだ。それは高機動ゾイドの様にあちらこちらと動き回りながら翻弄する戦い方はしないということでもあるのだが、ゴドスの残骸の散らばり方を見るとどうしても集団戦闘を行なったようには見えなかった。
 小型の歩兵ゾイドでしかないゴドスがばらばらに戦って各個撃破されたように見えたのだ。いくら辺境に配属されている部隊であるとはいえあまりにも戦闘が稚拙だった。
 しかしブラウにはゴドス部隊の練度が劣っているとは思えなかった。すくなくとも整備部隊の腕は悪くないはずだった。
 辺境のそれほど余裕の無いはずの部隊であるにもかかわらず十機全てを稼動状態に保たせていたからだ。だとすればそれを運用する部隊も水準以上の部隊であると考えるのが自然だった。
 ゴドス部隊が決して劣ったものではないとすると、問題はその対戦相手であるゴジュラスにあると考えるべきだった。
 普通に考えてもゴドス一個小隊ではゴジュラスに対して有効な戦力にあるとは考えられなかった。せいぜい足止めをおこなえる程度だろう。だがその足止めが成功したとは思えない。
 そうであればブラウが格納庫に辿り着いた時、戦闘が繰り広げられていても不思議ではないからだ。
 ブラウはゴジュラスに撃破されたらしいゴドスの残骸の様子を思い浮かべて眉をしかめた。撃破されていたゴドスは全てコクピットと制御システムが集中した頭部を粉砕されていた。
 意外なことに他の装甲はまるで無傷だった。まるで静止したゴドスの頭部だけを砕いたかのようだった。
 だが残骸の様子を見ると、すくなくともゴドスが稼動状態にあったことは間違いなかった。だとするとゴジュラスは何らかの方法で無傷でゴドスの足を止めて頭部だけを破壊できるという事になる。
 首をかしげながらブラウは必死でその方法は何なのかを考えようとしていた。しかしその思考はコクピットに響く警報音に遮られた。
 慌ててサブモニターを確認すると守備隊の残余らしいゴドスが三機こちらに向ってきているのがわかった。
 しばらく迷っていたがブラウは彼らと接触してみる事にした。彼らならばゴジュラスの正体について情報を持っているかもしれなかったからだ。

 ハイマン准将はタートルシップの艦橋で普段はほこりを被っている司令用の椅子にふんぞり返りながら指揮を執っていた。
 本来なら傭兵に過ぎないハイマン准将には情報局に所属する部隊の指揮を執る権限はない。それどころか現役の軍人であっても指揮権が与えられる事は考えられなかった。
 情報局が共和国情報省の隷下にあるのに対して、共和国軍は形式上は国防省の監督下にあるものとされていた。真っ当な軍人ならば情報局と係わり合いになるほうが異常なのだ。
 だが現在はハイマン准将が指揮を執らざるを得ない状況だった。
 今はこの地方の司令部に便宜を図ってもらって陸軍の部隊を借りている状態だが、情報局もいくらかの実戦部隊を保有していた。しかしその部隊の目的はあくまでも諜報活動の支援であり、言ってしまえば暗殺や長距離偵察を任務としているのだ。
 このタートルシップもそれらの部隊の支援の為に存在している船であり、長距離航行能力や電子兵装を強化されていた。
 それは情報局の部隊は正面切った戦闘を考えられているわけではなく、それは指揮官に対する教育も同じ事ということだった。
 ようするに正規軍同士の戦闘を経験した事があるものがこの場所にはハイマン准将しかいなかったということなのだった。もっとも今の共和国軍に小規模な紛争以外の実戦経験を持っている軍人は数える程度しかいなかった。
 数十年も前に終結した先の大戦を戦ったものはとっくの昔に退役しているし、それ以後は大規模な紛争に対して共和国が介入した例は皆無だったからだ。
 だから前例のないことであったが、情報局の男は貴重な戦闘経験を持つハイマン准将に情報局部隊の指揮権をゆだねたのだった。
 だが肝心のハイマン准将は珍しく機嫌を良さそうにしていた。


 ハイマン准将は笑みを浮かべたまま椅子のサイドモニターに実験機のゴジュラスに関する情報を映し出した。モニターを見ながら後ろに立つ男に声をかけた。
「それで、このゴジュラスはどこがまずいのだ。見慣れんシステムがいくつか搭載されておるようだが」
 首をすくめながら男は説明を始めた。
「正式名称はまだ存在しないようですが指向性の強電磁波を放射するシステムらしいですな」
 ハイマン准将は首をかしげながらいった。
「よくわからんな、要するにECMではないのか。情報局はECCMは充実しとるんだろう」
 怪訝そうな顔でハイマン准将はいったが、確かに情報局はその性質上電子戦をおこなう事が多いから電子妨害用のECM機材や対電子妨害用のECCM機材は充実していた。それはこのタートルシップにおいても例外ではない。
 タートルシップのずんぐりとした胴体にはあちらこちらからECMやESMの為のアンテナやセンサーが突き出していた。それに船内にはECCM用の機材が十分に搭載されている。少なくとも共和国正規軍相手であれば電子戦において敗北する事はほぼありえなかった。
 だが、男は眉をしかめながら首を振った。
「ああ、実は詳しい事は情報局でも掴んでいません。どうやらクーデター派が自派の切り札となる兵器として開発していたようですからね。
 ニカイドス島で開発していたのも僻地であるから極秘のまま開発をおこなえる為だったようです。それにここには電磁波強度測定には世界でも最高の機材が揃っている場所ですからね。
 ですが詳細こそ分かっていませんがこれだけは言えます。その機材の電磁波の強度は電子妨害などといえるようなものではないようです。下手をすれば開放空間においてさえ人間の丸焼きが出来るぐらいですよ」
 ハイマン准将が呆気に取られたような顔になった。
「なんだそれは・・・随分と物騒な話だな。しかし、昔聞いたことがあったのだが電磁波というのは拡散して弱まるのではなかったかな。あまり効率のいい兵器とも思えん」
「シュラウダー中佐のグループは何らかの方法でそれらの問題を解決したようですな。おそらく強い指向性を与える事で遠距離での電磁波強度を確保しているのでしょう。しかし問題はこれがゾイドコアに向けられた場合です」
「・・・ゾイド殺しになるということか」
 天井を見上げてハイマン准将は嘆くようにしていった。
「なるほど、それは最強兵器になりうるな。ゾイドコアに命中すればいくら強固な装甲があっても電磁波でゾイドは狂っちまうだろうな・・・
 よし、そんな面倒なものはここで破壊してしまおう」
 一転して軽やかな表情になったハイマン准将はサイドモニターを弄り始めた。
 男は呆然としてそれを見ていたが、准将の動きが一段落したところで慌てて反論を始めた。
「破壊するとはいわれますが、私の話を聞いていなかったのですか。この船も大型ゾイドであるという事を忘れているのではないですか。電磁波攻撃を食らえばこの船だって落ちますよ。
 それに艦載機だってそうです。ゴジュラスといえどもコアに強電磁波を食らえば致命的な損害を受けてしまうんですよ。
 冷たいようですが、ここはニカイドス島が無人島になったとしてもゴジュラスガナー二機での長距離砲撃をおこなうべきです」
 だが、ハイマン准将は男を一瞥しただけで前方のモニターをみつめた。
「正直に言えよ。貴様が無人にしたいのはこの島ではなくてあの観測基地だろう。ここでシュラウダー中佐やクーデター派の人員を消し去ればクーデターの証拠は消えうせるからな。
 あとは本土で逮捕したクーデター派将校を病気療養か何かで不名誉除隊か予備役にでもすれば良いだけだというのだろう。
 実際情報局も大変だろうな、本当は今にも戦争が始まりそうだというのに守るべき国内がこうまでがたがたなんだからな。だが本当に大変なのはこのことが一般将兵にばれた時だ。
 実際に国を守っているのは誰なのか、守るべき国とは何なのか。そんなことをハイスクルールの小僧みたいに考えられては話にならないからな。
 ああ、返事はいらんぞ。どうせ貴様に答えられるような事でもないしな」
 言い終わるとハイマン准将は男に向き直った。男は鋭い視線で准将を見ていたが、准将がどこか子供のような笑みを浮かべているのを見て、何かぶつぶつとひとり言を言ってから大きくため息をついた。
「准将のお考えはよくわかりました。それで、具体的にはどうなさるおつもりなのですかな」
「決まっている。このまま突っ込むのだ
 このタートルシップは全体の体積からして大きいからゾイドコアもそれなりの大きさだ。さらに電子戦のために電磁波防御もある程度はなされとるはずだ」
 そういってハイマン准将はタートルシップの船長に顔を向けた。いきなり話を振られた船長は目を丸くしながらも首肯した。
 満足そうな顔でハイマン准将も頷くと再び男に向き直った。
「そういうわけだからこのタートルシップならある程度はその電磁波攻撃に耐えられるというわけだ。
 よってこの船である程度まで近づいてからゴジュラスを下ろして近接距離からの砲撃でこいつをサイロの上から吹き飛ばす」
 そういってサイドモニターに映し出されていた実験機を指ではじいた。
「その他の小型ゾイドはどうします。早目に投下して浸透させた方がよろしいのでは」
「必要ない、相手はゴジュラスだぞ。小型ゾイドがどれだけ群れてもゴジュラスの相手にはならんよ。ゴジュラスを効率よく撃破するには同数かより多い数のゴジュラスかコングでも当てるのが正攻法だ」
「ではゴジュラスではなく基地の方に向わせてはどうですか。基地の方の戦力割り当てが今のところありませんから」
 一瞬考えるそぶりを見せたが、ハイマン准将はすぐに首を振った。
「いや、頭のいい指揮官なら切り札のゴジュラスが敗退した時点で降伏するだろう。それよりも予備戦力として取っておきたいところだな」
 ふと気が付いて、ハイマン准将は困惑した表情の船長に向き直った。
「そんなわけだからこの船の損害はあきらめてくれ、艦長。両舷全速でたのむ」
 船長はそれを聞いて首をすくめるとあきらめた顔で艦橋要員にうなずいた。
「本船はこれより全速でミサイルサイロに向う。乗組員は総員戦闘配置につけ」
 ハイマン准将は、まるで軍艦の艦長のような船長の口調に面白そうな顔で頷いていた。


 ゴドス部隊は周囲を警戒しながらコマンドウルフの方に歩いてきていた。その様子は警戒しているというよりも何かに恐れているようにも見えていた。
 ブラウは首をかしげながらゆっくりと彼らから遮っていた岩場からコマンドウルフを進ませた。先頭を歩行していたゴドスが慌てて腰のビーム砲をコマンドウルフに向けた。それよりも早くブラウは通信をゴドスに向けて発信していた。
「このコマンドウルフは情報局によって雇われたものが運用しています。みなさんが共和国に対して反逆の意思がないのなら攻撃しないでください」
 それを聞いてゴドス部隊は明らかに戸惑っている様子を見せた。だがその動きは情報局の話というよりも通信をおこなったのが十代半ばにしか見えない少女であるという事に驚いているようだった。しばらくして恐る恐るという様子で部隊の中では最先任と思われる若い少尉が通信を入れてきた。
「ニカイドス島守備隊、ハタ少尉。貴官は本当に情報局の局員なのか。失礼だが貴官はまだ子供のように見えるのだが」
 そう言われてブラウはなんというべきか戸惑ってしまった。その様子を敏感に感じ取ったコマンドウルフは主の行動にそのまましたがって首をひねる動作をした。
 ゴドス部隊も状況がつかめないままあたりを見渡していたから傍目から見れば相当奇妙な光景だった。
「ええと、私は情報局の局員ではなくて、雇われただけです。それで一応ミサイルサイロに陣取っているゴジュラスを排除しなければならないと思うので、それに関する情報があれば聞きたいんです」
 低姿勢なその態度にハタ少尉は情報局のイメージが重ならずに苦労していた。ハタ少尉のような軍人にとっては情報局というのは理解しがたい組織だった。軍の組織が保有する諜報機関である情報部にもなんとなく不信感を抱いていた。少なくとも自分がそういった連中と知り合う事はないと思っていた。
 しかし実際に目の前にあらわれた情報局の人間は華奢な感じさえうける少女なのだからハタ少尉が混乱するのも無理はなかった。ハタ少尉は苦労しながら自分を落ち着かせるとブラウに向き直った。
「要請は理解した。しかしあのゴジュラスへの攻撃には反対せざるを得ない。我々は起動直後のゴジュラスと交戦したが数機が瞬時に破壊された」
 ブラウは一度頷くと興味深そうに話を聞いた。
「自分も詳しい話を知っているわけではないがあのゴジュラスT1には試作された電磁波兵器が搭載されている。それをゾイドコアにくらうと一撃で行動不能になってしまう。
 小隊長はそれでやられた。しかもゴドスが行動不能になったあとゴジュラスT1はパイロットごと頭部を粉砕した。それで我々は闇雲に反撃を始めてしまって・・・あとはばらばらに逃げ出すしかなかった。
 ここにいるもの以外にも後退に成功したものもいるはずだが、彼らがどうなったのかはわからないな」
 ハタ少尉が話を終えると、ブラウはじっと考え込んでいた。自機の性能と自分の能力の限界を考えていた。
「一つ聞きたいのですが、そのゴジュラスT1というのは全体的な動きはどうでしたか。間接部の強化などで動作が速いのかどうかということ意味ですけれど」
「動作か・・・いや通常型からT1に改装される時に増設されたのはその新兵器の部分だけだと聞いている。実際動作そのものは通常型と対して違いはなかったのではないかな。
 だがゴジュラスの動きは素人が考えているほど遅くはない。むしろゴドスのような小型ゾイドと対して違いは無いと考えても良いだろう。機体重量の増加以上にパワーが大きいからだ」
 だがブラウはハタ少尉の言っている事を最後まで聞いていなかった。ハタ少尉の答えはただ自分の考えを強化しただけに過ぎなかった。結論はもうでていた。
「わかりました。動作速度そのものが強化されているのでなければ私とコマンドウルフでも対処は可能です。みなさんは危険ですからここから離れていてくださいね。場合によってはミサイルサイロを爆破する可能性もありますから」
 まだ説明を続けていたハタ少尉は呆気に取られてブラウを見つめた。通信モニターの向こうでブラウは軽く敬礼すると通信を切った。
 ハタ少尉の目には何の表示もされていない通信用モニターと素早く去っていくコマンドウルフの姿が映っていた。

 戸惑っているハタ少尉を納得させる為に断定的な言い方をしたが、ブラウには勝算はなかった。ただ単にやり方さえ間違えなければ致命的な損害を受けることは無いというだけだ。
 高機動型に改装されたコマンドウルフの機動性と強化人間であるブラウの反射速度をもってすればゴジュラスの攻撃を避け続けるのは不可能ではなかった。だが全くの無傷ですむとは考えられなかった。
 いくら高機動だとはいっても一撃も受けずに回避を続けるのは難しいだろう。しかも逆にコマンドウルフの火力ではゴジュラスに徹底的な一撃を加えることは不可能だった。
 それどころか中途半端な攻撃はゴジュラスの本能を刺激して激しい攻撃を招くだけかもしれなかった。
 要するにブラウに出来るのは時間稼ぎでしかなかった。それで稼いだ時間で、本当に援軍か何かの状況を打開できるだけの存在が現れる確証はどこにもなかった。だが少なくともここで手をこまねいていれば本土の都市に向けてBC兵器を満載したミサイルが発射されることだけは間違いなかった。
 それだけはどうしても避けなければならなかった。単に人道的な問題というだけではない。その一撃によって共和国の政治方針が変化してしまう可能性すらあるのだ。
 そこまで深く考えたわけではないが、ブラウにも重要性だけはわかっていた。
 だから今ブラウは考えうる限り最大の速度でゴジュラスT1が陣取るミサイルサイロに向けて疾走していた。




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