ZAC2097 十三話




 テムジンは混乱しながら、突然聞こえた銃声と怒号が流れる端末を見ていた。テムジンには事態を掴む事が出来なかった。
「なぁ、何が起こったのだと思う。シュラウダー中佐とか言うおっさんは何で計画にしがみつきたがるんだ」
 だがブラウの返事は無かった。怪訝に思ってテムジンがブラウに向き直ると、ブラウはおびえたように体を震わせていた。
 驚いてテムジンはブラウに尋ねた。
「ブラウ?どうかしたのか」
「・・・シュラウダー中佐は私達、強化人間の生みの親です。私達は彼に逆らえない。そう出来ているんです」
 しばらくはテムジンはブラウの言っている事がわからなかった。出来ているという部分が理解できないでいた。
「それはその中佐を指揮官として認識するように教育されているという事なのか。それでは他のものが指揮を執るとき困るのではないか」
「違う・・・そうではないわ。私達強化人間は擬似子宮内からすでに教育が開始されている。ありとあらゆる知識を詰め込み、戦闘忌避や逆に戦闘病を回避する為にやはりあらゆる暗示がおこなわれる。指揮官として決定された人間にはその暗示がかかっている限り絶対に逆らえない。
 そもそも暗示システムの採用は」
 ブラウはいきなり無表情になってぶつぶつとつぶやき始めた。
 薄ら寒いものを感じて、テムジンは思わずブラウの肩を掴んだ。そのまま自分に向きなおさせる。ブラウはされるがままに従っていた。体にも力が入っていないのがありありとわかった。
 そして、テムジンが覗き込んだ瞳からは生気が失われていた。その姿があまりにも脆く儚げだったのでテムジンはブラウを抱きしめていた。
「私たち強化人間は強力な暗示によってシュラウダー中佐に逆らえないようになっています。多分、銃口を向ける事さえ出来ない。
 父親よりも理不尽で巨大な存在として認識されるからです」
 テムジンに抱かれて、ようやく落ち着きを取り戻し始めたブラウがぼつぼつと話し始めた。
「おそらく彼は私を呼び出そうとするはずです。そして私は彼の言葉に逆らえない。テムジン、あなたを撃てと命じられればあなたに銃を向けるでしょう
 出来れば今のうちに」
 テムジンはブラウを抱いたまま、しばらく空をにらんでいた。
「いや、駄目だな。俺はこれでもあの爺さんの孫だからな、ここでわけもわからんおっさんに負けてたまるか。
 大丈夫だ。俺にだって出来る事があるさ」
 自身ありげに言うと、テムジンは機関短銃を掴んで部屋を出て行こうとした。
 ブラウを呼ぶ声が聞こえたのはそれと同時だった。唸り声を上げると、テムジンは一度だけブラウに向き直って頷くと駆け出していった。

 シュラウダー中佐は居住区の端にある休憩所のベンチに座っていた。ブラウが近づいていってもうつろな顔を上げるだけだった。
「ブラウ、何故すぐに出てこなかった。貴様にしては遅かったな」
 そういってブラウを見るとシュラウダー中佐は眉をしかめた。ブラウはシュラウダー中佐に拳銃の銃口を向けていた。だが銃口は小刻みに揺れ、引き金にかけた指も頼りなく掛けられているだけだった。
 しかしシュラウダー中佐にしてみれば随分と危ない状況だった。おそらく今のブラウには引き金を引く意思は無いだろう。だが銃口を向けるという行動自体がシュラウダー中佐が掛けた暗示が解けかかっているということを示していた。もしかすると何かの拍子に暗示は一気に解けてしまうかもしれなかった。
 眉をしかめたままシュラウダー中佐は立ち上がった。ブラウは慌てて銃口をそれに合わせて動かそうとしたが、その動きはぎこちなく、にぶいものだった。
「そんなものを向けてどうするつもりだ。貴様は撃てるとでも思っているのではないだろうな」
 そう言いながらゆっくりとシュラウダー中佐はブラウに向って歩き出した。
 ブラウは汗を浮かべながらその様子を見ているしかなかった。銃口は向けていても引き金を引ける自身はまるで無かった。だが、ふとブラウはシュラウダー中佐の背後に違和感を感じて眉をしかめた。
 ―――まるで誰かがこっそりと動いているような・・・
 そこまで考えてようやくブラウはその正体に気が付いた。だが同時にシュラウダー中佐もブラウの表情に何か気が付いたのか背後に振り返った。
 シュラウダー中佐が振り返るのとほぼ同時に通路から機関短銃を構えたテムジンが躍り出た。テムジンはそのままの速度で床に伏せると機関短銃シュラウダー中佐に向けて発砲した。
 軽く乾いた音が二度続けてなると同時にシュラウダー中佐は倒れこんでいた。中佐の肩から赤い血が流れていた。それを確認するとテムジンは立ち上がりながらブラウにぎこちない笑みを見せた。
 だが次の瞬間もう一度乾いた音がした。ブラウは呆気にとられてテムジンが後ろに弾き飛ばされるのを見ていた。
 視界の隅には倒れたままのシュラウダー中佐が持っている拳銃から硝煙があがっていた。


 廊下にテムジンは叩きつけられていた。すぐに腹部から血が流れて赤い海を作り始めた。血が流れ始めてようやくブラウは呆然としながらテムジンに近寄ろうとした。
 だが、シュラウダー中佐の声がブラウを止めた。
「まてブラウ、貴様は格納庫に行ってゴジュラスの二号機に乗り込め。一号機は既に起動している。
 作戦目的は弾道弾発射までのミサイルサイロの防衛、二号機は一号機を支援しろ」
 シュラウダー中佐は言いながら立ち上がっていた。肩から流れ出た血は腕を伝って床にこぼれ落ちていた。銃弾を受けた方の腕はすでに使えないようだった。だが反対側の腕に拳銃を持って銃口をテムジンに向けていた。
 ブラウはシュラウダー中佐が持っている拳銃とテムジンを交互に見ながら首を振り続けた。
「一号機のパイロットは素人だ。それに一号機のシステムは特殊なものだ。パイロットの消耗を前提として設計されたシステムだから、下手をすればすぐに戦闘不能になる可能性もある。  よって一号機の支援はすぐにでも必要なのだ。ゴジュラス二号機をこの場で操縦が可能であるのは貴様しかおらん。だから貴様はすぐに格納庫に行け」
 そう言いながらシュラウダー中佐はテムジンに向って歩き続けた。そして首をふり続けるブラウの前でテムジンの頭部に銃口を当てた。
「貴様が命令に従わないのはこの男が原因なのだろう。今それを排除する」
 ブラウが声にならない悲鳴を上げた。そのままシュラウダー中佐に銃口を向ける。
 今度は銃口は安定して向けられていた。しかし引き金に掛けた指だけはまだ震えている。
 シュラウダー中佐は無言で考え続けていた。
 このまま自分が目の前の男を射殺すれば、おそらくブラウはそのまま引き金を引いて自分を射殺するだろう。強化人間にこの態勢から抵抗して勝てる見込みはまるで無かった。それに自分は既に怪我をしている。
 だが、この男が死ねばブラウはショックから暗示が解けるか、それとも暗示に従って行動するかどちらかだった。
 そのどちらになるかはシュラウダー中佐にも分らなかったが、このままブラウが戦力外の位置にいるよりもは良い結果になるような気がしていた。
 すでにシュラウダー中佐は出血多量で冷静に判断する能力がなくなりかけてきていたのだが、本人はそれに気が付く事は無かった。
 シュラウダー中佐は引き金に掛けた指に力を入れた。ブラウも反射的にそれに習う。
 だが、シュラウダー中佐が引き金を引く事は無かった。
 そこに自動小銃の銃声が響いていた。
 ブラウが慌てて振り返ると一人の下士官が戸惑ったような表情を浮かべて自動小銃を構えていた。
「まさかあんたが情報局のスパイなのか?シュラウダー中佐は死んでるのか?」
 その下士官は混乱しているらしく矢継ぎ早にブラウに質問を投げかけた。
 ブラウはそれよりも早くテムジンに駆け寄っていた。すばやく上半身を抱き起こして顔を覗き込んだ。
 下士官もそれをみてテムジンの腕を取って脈を診た。
「大丈夫だ、弾は抜けているみたいだからたいした怪我じゃない」
「そりゃ良かった」
 抱きかかえたテムジンがいきなり喋ったので、ブラウは驚いて抱えた体を取り落としそうになった。
「ブラウ、一応俺は怪我人らしいからさ、あんまり手荒にしないでくれる」
 のんびりとした口調でテムジンはいった。ブラウは涙を流しながら何度も頷いた。下士官はその様子を呆れた様子で見ながらいった。
「随分と余裕があるんだな。情報局ってのはそんなに妙な人種の集まりなのか?」
「情報局?何だそりゃ?」
 下士官は慌てた顔で尋ねた。
「あんたたちは情報局から派遣されたんじゃないのか?てっきりそうだとばかり・・・じゃああんたたちは何者なんだ」
 テムジンはわき腹を押さえながら半身を起こした。そのまま壁に背中をつくとため息をつきながら話し始めた。
「多分、俺達を雇ったのは情報局だとおもう。ただし確信は無い。まぁ情報局でもなければ国内であれだけの規模の支援を極秘におこなえる部署は無いだろうな。
 それであんたは俺達に何か用なのか?白旗上げにでも来たのか」
 テムジンに付き添うようにしたブラウは、テムジンの指が機関短銃の引き金にかかっているのに気が付いた。どうやら完全に目の前の下士官を信用したわけではないようだった。
 だが、ブラウは今までそんな事に気が付く事も無かった。突然現れた下士官に不信感を抱く事も無いくらいに気が動転していたのだった。テムジンのことがそれほど気になっていたのだと今になってようやくブラウは気が付いていた。
 何故か顔を赤らめたブラウに気が付く事も無く、テムジンは無造作に機関短銃を下士官に向けた。
「殺されそうになったところを助けてくれた恩人にこんな事をするのもなんだと思うが、何をしに来たのかしゃべってくれないか」
 下士官はいきなり突きつけられた銃口とテムジンの顔を交互に見てから、慌てて手を上げた。あまりに慌てていたので、スリングできちんと保持していなかった自動小銃を床に落としていた。
「さっきの放送でもあったと思うが、基地司令は降伏するつもりだった。基地要員で降伏を嫌がっていた奴も班長達が説得に当たっているから全員が降伏するということになると思う。
 それに反対したのはそこに転がっているシュラウダー中佐だけだ。司令は中佐を止めようとして逆に撃たれてしまった。
 それで中佐がどっかに行ってしまったから、俺が捜索を命じられていたんだ。あとはあんたが見たとおりだ」
 それを聞くとテムジンは機関短銃を下ろしながらゆっくりと頷いた。
「それなら話は早いな、さっさと近くの司令部にでも降伏するって言えばいいんだ。それで一件落着だ。俺も部屋に帰れるんだ」
 だが、下士官は慌てていった。
「それどころじゃないんだ。シュラウダー中佐め置き土産に実験機のゴジュラスを起動させていきやがったんだ。そのゴジュラスはミサイルサイロを守るようにプログラミングされているらしい」
「ミサイルサイロ?」
 嫌な予感がしてテムジンは下士官の顔をまじまじと見つめた。
「まさかそのミサイルサイロは励起されてるんじゃないだろうな」
「間違いないと思う。さっきまでシュラウダー中佐が操作していた端末を調べたらサイロへの励起指令コマンドが残っていた。
 このまま放置しておけば本土に向けてBC兵器を満載したミサイルが発射されてしまうんだ」
 状況は最悪だった。テムジンは何かの呪詛を吐きながら天を見上げていた。神にでも祈りたい気分だった。


 下士官は期待している目でテムジンを見ていた。おそらく情報局の大部隊が近くにいるとでも思っているのだろう。
 テムジンはここにいるのが自分達だけだということを伝えるかどうか迷ったが、結局下士官の存在を無視した。そしてテムジンのシャツを引き裂いて腹部の怪我の手当てをするブラウにいった。
「ブラウはコマンドウルフの所まで戻って糞爺に連絡を入れてくれ」
 ブラウは首をかしげながら立ち上がった。いつのまにか手当ては終わっていた。
「糞爺?准将に連絡するのね、じゃそれからゴジュラスを叩くわ」
 戸惑ったような表情をしながらテムジンがいった。
「出来るのか。コマンドウルフの火力では相当難しいとおもうが」
 ブラウは自信の無さそうな顔をしていった。
「足止めくらいなら簡単だと思いますよ。ようは当たらないようにして当てればいいのだから。
 でも回避しながらの射撃ではゴジュラスの装甲は到底破れませんね・・・」
 そこに困惑していた様子の下士官が口をはさんだ。
「ちょっと待ってくれ。ひょっとして情報局から派遣されてきたのはあんたたち二人だけなのか」
 テムジンとブラウは顔を見合わせてから気まずそうな表情で頷いた。
「そうだ。すくなくとも俺が知るうる限りでは俺達二人だけしかいない。ただ爺さんが何の考えも無しに俺達だけ送るとも思えんのだがな」
「その爺さんってのは何者なんだ。話を聞く限りではえらそうな人のようだが」
 テムジンはえらそうという言葉を聞いて複雑な表情を浮かべた。
 立場がえらいというよりも態度がでかいだけではないのか、そう考えたからだ。テムジンは段々と馬鹿馬鹿しくなってきた。
「爺さんってのは退役軍人のハイマン准将だ。先に言っておくが爺さんは別に政府の要人でもなんでもないぞ。ただ単に態度のでかい老人というだけだ」
 それだけを言うとテムジンはそっぽを向いて歩き出した。
「テムジンはハイマン准将の仲の悪い孫ですから」
 困惑している下士官につげるとブラウもテムジンを追って歩き始めた。
「ブラウ、俺はいいから早くゴジュラスをとめてくれ。どうにもさっきから嫌な予感がしてならないんだよな」
「了解、テムジンはどうするの」
「どうにかする」
 まるで答えになっていなかったが、ブラウは笑みを見せると常人離れした速度で走り去っていった。
 下士官がその様子を目を丸くしてみていた。
「いったいあの娘は何者なんだ、常人ではないのは間違いないだろうがな」
 とたんにテムジンは不機嫌そうな顔になって下士官に振り返った。
「違う。あの子はただの女の子なんだ」
 自分に言い聞かせるように言うと、テムジンは不機嫌なのを隠そうともせずに格納庫に向って歩いていった。
 下士官はしばらく呆然としていたが、テムジンの姿が廊下の向こうに消えてから、慌ててテムジンを追って駆け出していた。

 タートルシップの艦橋でハイマン准将はこれ以上無いというくらいの仏頂面であたりを見渡していた。情報局員達は不機嫌さを隠そうともしないハイマン准将と係わり合いになるのを恐れて露骨に目をそらしていた。
 ハイマン准将はそんな局員達の態度が気に入らなくて更に不機嫌になっていった。ぶつぶつと何かをつぶやきながら、汎用端末を手直にいた局員に操作させていた。
「最大船速で突っ走って最大射程の地点で投下するとして、この船に搭載しているゴジュラスガナーが戦闘可能になるのは何分後だ」
 運悪くハイマン准将につかまってこき使われている局員は、端末を操作しながらも恐る恐る准将に反論した。
「最大射程ならあと十分しないうちに戦闘可能ですが・・・それですと使用できるのは背部の長距離砲だけです。二機で計四門になるますが、足場の悪さや弾着観測の困難を考えるとこれでは有効打を与えるのは相当難しいと思われます。
 それよりもある程度接近してから降下させた方が命中率は高まるのではないですか」
 周囲の局員はハイマン准将の反論に備えて頭を低くしていたが、准将は唸りながら端末をにらみつけているだけだった。
 萎縮した周囲の雰囲気を和ませる為か情報局の男がハイマン准将にいった。
「准将、彼の言うとおりだと思いますがね。この船の速度ならゴジュラスガナーの射程距離くらいならほんの僅かで移動できるのですから、数分を惜しむよりもはより安全な方をとったほうがいい気がします」
 男は相変わらずの笑みを浮かべたままいったのだが、ハイマン准将は押し黙ったままだった。准将の態度に違和感を感じて男が声をかけようとしたとき、急に准将が振り返った。
「この施設は何だ。ここだけ余計な説明も何も無いようだが」
「これは・・・ミサイルサイロですね。本来は基地内部から入るようになっているのですが、この地図は基地の外面図ですから載せられていなかったようですね。ですがそれがどうかしたのですか」
 首をかしげる男にハイマン准将は珍しく沈痛な表情を浮かべた。
「ここだ、最後に立てこもるとしたらここしかない。ミサイルサイロを背に布陣すれば長距離砲は防げる。もし撃てばニカイドス島は立ち入り禁止の無人島になってしまうからな。
 俺がシュラウダー中佐なら間違いなくそうする。こうなったら近接戦闘しかないな。例のゴジュラスを殴りつけてここから排除するんだ」
 段々と沈痛な表情から壮絶な笑みになっていくハイマン准将を艦橋要員全員が恐怖の面持ちで見つめていた。




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