ZAC2097 十二話




 その二人に気が付いたのは基地内監視カメラからの映像を写しているモニターの前に座った一人の下士官だった。
 彼は首をかしげながら監視カメラからの映像をまじまじとみつめた。監視カメラとはいっても今までそれが役になったためしは無かった。
 この基地の警備システムとしては赤外線センサや画像認識専用の光学センサを組み合わせた複合システムが縦横に走っていた。時代のかかった監視カメラは補助としての役割しかなかった。むしろ基地建設当初のシステムがそのまま残されているだけだともいえる。
 辺境にあるとはいえ、危険なBC兵器を貯蔵している為守備隊自体の規模は小さくとも機器は最先端のものが設置されていたのだ。
 監視カメラは一応設営班と運用班の持ち回りによって監視されている事になっていたが、両班のどの人員もそれにさほどの価値があるとは思っていなかった。
 今モニターの前に座っている下士官も監視よりも奇妙な振る舞いを続けるシュラウダー中佐の方に注目していた。だから急にモニターの映像に現れた二人の人間のような姿に困惑していた。
「あの・・・侵入者らしき人物が二名監視カメラに映っています」
 自身がなさそうにいった下士官を周囲の兵たちは驚愕するというよりも困惑した表情で見た。
「それは何かの間違いなのではないか。他の監視システムは何も表示されていないが」
 監視システム全体を総括する運用班班長が他の者を代表するようにしていった。周りの運用班のほぼ全員が同意見のようだった。監視カメラをモニターする下士官も首をかしげた。
「しかしこれはゴーストにしては明確すぎると思うんだがな。確認の為モニターに回します」
 下士官がモニターに監視カメラからの映像を出した。何人かがそれを見て唸った。
「そんな馬鹿な・・・監視システムをすり抜けてここまで侵入するなど不可能だ・・・」
 ふと画面の中の男が驚いたように監視カメラの方を向いた。腕に抱えた端末らしきものを操作していた男は慌てて傍らの少女に何かを話しかけた。
 驚き慌てている男とは対照的に少女は手にしていた機関短銃を素早く監視カメラに向けた。運用班の全員が見守る中、少女の持つ機関短銃の銃口が僅かに光った。そして監視カメラの映像が途切れた。
 しばらくは誰も口を開こうとはしなかった。最初に運用班長が司令に慌てて報告をした。だが司令は数分前の運用班員のようにその話自体を疑っていた。
 だが下士官は班長のように時間を無駄にしなかった。直接、監視カメラが破壊される映像を司令の端末に送りつけていた。本来なら規則に反する行為だったが、司令なら問題視しないはずだ。ここは小規模な観測基地に過ぎなかったが、それゆえに基地要員の意思疎通は万全だった。
 司令は監視カメラからの映像を一瞥すると眉をしかめたまま守備隊の隊長を呼んだ。そして運用班の人員は監視システムのチェックを命じられていた。
 状況から考えて監視システムが正常に作動していないのは明らかだった。そのチェックを最優先でおこなわなければならなかった。だが監視カメラ担当の下士官だけは仕事が無かった。
 こちらは監視カメラを物理的に破壊されてしまったのだからチェックしようが無かった。どのみち監視カメラは疎らにしか設置されていないから侵入者の姿を再び捉えるのは難しいかもしれない。
 下士官は異常があれば検索するように端末に命令を打ち込むとふと気になって司令の方を振り返った。
 司令はまだ守備隊の隊長と話し込んでいるところだった。下士官は首をかしげながらそれを見ていた。警備の打ち合わせにしては時間がかかりすぎているような気がしていた。侵入者がいるのは明らかなのだから早急に基地中核部の守備を固めて侵入者の捜索をおこなわなければならないはずだ。
 幸いな事に破壊された監視カメラの位置から、侵入者の居場所はある程度推測する事が可能だった。だから守備隊の人員をその現場に向わせるように命じれば済む話のように思われた。
 しかしそんな単純な話ではないことは隊長の表情を見れば一目瞭然だった。司令は無理矢理作ったかのような感情の浮かんでいない表情をしていたが、隊長は正反対にひどく驚いているような表情をしていた。
 さらに、聞き耳を立てていた下士官に隊長の焦った口調の声が聞こえてきた。
「しかし、本当に全員なのですか?侵入者は無視しても宜しいのですか・・・」
「そうだ、ここの警備を除いて動かせる全員は格納庫で待機だ。特に中佐のシステムを積んだゴジュラスの監視を重点的におこなえ」
 その時下士官からの視線を感じたのか司令が振り返った。下士官は慌てて自分の端末に向き直った。だが端末の脇の置かれていた鏡ごしに二人の様子をうかがうのはやめなかった。
 司令はしばらく下士官の方をにらみつけていたが、隊長のほうに向き直って頷いていた。
 それで隊長も納得したのか部屋を出て行った。だが下士官が様子をうかがえたのもそこまでだった。
 運用班長が手の開いている下士官を見つけると仕事を押し付けてきたからだった。処理すべき膨大なデータと格闘しながらも下士官の脳裏からは司令の不自然な態度が忘れられないでいた。


 格納庫からのクラッキングで基地の防衛システムは無力化出来ていた。その事が油断となっていたのかもしれない。
 テムジンは他の監視システムから独立していたアナクロな監視カメラの存在に気が付いていなかった。だから監視カメラが作動しているのに気が付いて焦ってしまっていた。
 慌てているテムジンを無視してブラウは機関短銃で監視カメラを撃ち抜いていた。
「これで侵入が気が付かれてしまいましたね。さて・・・中枢を制圧すべきか、それともコンピュータ本体が設置されている部屋を制圧すべきか迷いますね」
 本当に首をかしげながらブラウがいった。テムジンは呆れたような顔をしていった。
「そんなことよりもどうやってここから逃げ出すかを考えた方がいい気がするんだがな。すぐに警備兵に十重二十重と包囲されるんじゃないのか?
 それよりもは監視システムがダウンしているうちに安全な場所に退避すべきではないかな。監視システムにアクセスできる場所ならば逆に相手を監視することも可能だ」
 ブラウは不満そうな顔でテムジンを見つめたが、しばらくして頷いた。
「そうですね・・・でも嫌な予感もするんだけどな」
 そう言われてテムジンは驚いてブラウを見た。ブラウが始めて弱気な事をいったからだ。
 ふとテムジンの背に悪寒が走った。
 ――ひょっとするとブラウの言うとおりに何か予想もつかないことが起きるのかもしれない
 一瞬そんなことを考えたが、テムジンは慌てて頭を振ると暗い予想を追い払おうとした。今はそんな事よりも安全な隠れ家を見つけるほうが先だった。
 だが端末を操作して基地の見取り図を参照しながらもテムジンの暗い予感は消えそうには無かった。

 基地司令は端末の操作を続けているシュラウダー中佐の背中をにらみ付けていた。
 侵入してきている二人が政府筋のエージェントであることは間違いないだろう。
 この基地に設置されている監視システムは最新のものだから基地内のものに知られずにクラッキングを成功させるのはかなり難しかった。
 だがあらかじめ監視システムの構造を理解してきているのならば話は別だった。監視システムを運用しているのは基地の隊員だが、実際にシステムを施工したのは民間企業だった。それに上級司令部には運用に関するデータが揃っていた。
 そのようなデータさえ揃っていればあらかじめ監視システムをダウンさせることも可能だった。
 逆に言えばそれが可能だという事は、今侵入しているもの達の背後にあるのは、軍事に関わる限りセキュリティレベルの高い企業や上級司令部にデータの提出を命じる事の出来る機関であるということだった。
 軍の機関だけならば統合参謀本部か方面軍レベルでも命令を下すことは出来るだろう。だが民間企業ともなれば話は別だ。命令系統に属さない企業に対して命令を下す事は建前上は出来ないし、通常の軍人ならば思いつく事も無いだろう。
 ということは大統領府直属の情報機関がこの件の処理を任されたと考えるのが自然だった。
「大統領府の共和国情報部か、それとも軍情報局か・・・参謀本部も一枚噛んでいるだろうな・・・」
 最後の方はため息混じりにつぶやいていた。
 まだシュラウダー中佐は端末を操作していた。基地司令はゆっくりと基地中枢の司令室を見回した。守備隊をふくむ全員がそれぞれの端末に取り付いて作業をおこなっていた。
 大部分の隊員は監視システムのデバッグをおこなっているが、万が一情報局の捜査が入ったときの事を考えて重要書類の抹消をおこなっているものもいた。
「まるで敗軍だな」
「司令、何か言いましたか?」
 近づいていた設営班班長が尋ねた。基地司令は一瞬迷った様子を見せたがすぐに首を振った。
「いやなんでもない。それよりも今から基地内全域に放送を流す。準備してくれ」
「放送ですか・・・それなら監視システムとは分離されているシステムがありますからすぐにでも可能です。ですが全域放送では侵入者にも聞かれてしまいますが・・・」
 怪訝そうな顔をしながらも班長は室内に備え付けられているマイクを取り出して司令に手渡した。司令は無言で頷いた。
「放送準備します」
 納得したわけではないだろうが、そう言うと班長は手近な端末を操作した。それを待つ間、司令は目を閉じて考え事をしているようだった。班長が準備完了を告げたときには司令は迷いの無い顔をしていた。マイクを掴むと一度深呼吸してから話し始めた。
「こちらは基地司令である。作業中の全隊員に命令する。現在の作業を全て破棄。繰り返す現作業を全て破棄。基地隊員は別命あるまでその場で待機せよ。
 続いて招かれざる客人に告げる。小官は投降する用意がある。当基地でおこなわれたあらゆる行為は小官に責任がある。よって小官の投降により部下に危害を加えないよう要請する。
 なお投降に関する具体的な要件を話し合いたい。司令室まで連絡を願う。
 もう一度伝える。小官は投降する。基地隊員の諸君はこれまでご苦労だった」
 一気に言うと司令は目を閉じてシートに深くもたれかかった。
 司令室にいた全員が驚いたような、それでいて納得したような顔を司令に向けていた。
「聞こえなかったのか。私は投降する。とりあえず設営班長を司令代行に任命する。代行、指揮を取れ。俺は疲れた」
 面倒くさそうにそう言うと司令は立ち上がった。その騒ぎの中でもシュラウダー中佐は端末の操作を続けていた。それを見ているうちに段々と腹が立ってきていた。
 ――ようするに我々はこんな男に振り回されただけではないのか
 そう思うと司令は懐から拳銃を抜いていた。そのままシュラウダー中佐の操作している端末を撃ち抜いた。
「中佐、聞こえなかったのか。俺は投降する。こんな馬鹿げた計画は終わりにするんだ」
 基地司令はようやく向き直ったシュラウダー中佐をにらみ付けていた。


 隠れ家にしている居住区の一室にいきなり流れた放送を聞いてテムジンとブラウは戸惑った顔でお互いに見返した。
「何かの罠かな。こんなに都合よくいくものかな」
 テムジンはあまり自信の無さそうな顔でいった。ブラウは目をつぶって考え事をしているのか押し黙っていた。
 手持ち無沙汰になってしまったテムジンは部屋に備え付けてある端末を弄りだしていた。別に目的があったわけではないが、自然と司令室周辺を調べにかかっていた。
 監視システムはこの基地の全域に張り巡らされていた。居住区にはその数が少なかったが、勿論司令室にも設置されていた。
 それを利用すれば司令室の様子を探る事も可能だった。だが司令部には今大勢のオペレーターがつめているはずだ。一つ間違えばこの場所を逆探知されるかもしれない。
 迷っていたのはほんの数瞬だった。テムジンは素早くLAN回線から監視システムにもぐりこんだ。間髪をおかずに司令室の様子をモニタリングできる機器を見つけ出す。後はその機器からの情報を端末に流すだけだった。
 別に何かを期待しているわけではなかった。司令室というくらいだからさっきの基地司令がいるかもしれない。そう思って繋いだだけだった。だが接続した瞬間に端末のスピーカーからは男が怒鳴る声が聞こえていた。
 テムジンは慌てて音量を下げるとブラウと顔を見合わせていた。

 運用班員の下士官は基地司令の怒鳴り声に慌てて司令室の中心に振り返った。基地司令は普段は温厚な性格で知られていたから怒鳴り声を聞くのは珍しかったからだ。
 そこではシュラウダー中佐と司令がにらみ合っていた。司令の視線は今まで見たことが無いほど鋭くなっていたが、シュラウダー中佐は相変わらず生気の無い目をしていた。だからにらみ合うとはいっても一方的に司令がにらんでいるだけにしか見えなかった。
 だが二人の間には近寄りがたい雰囲気がただよっていた。
「もう一度だけ言いますよ。あんたの作り上げた計画はもう終わりだ。政府はすでに計画を知っているのだから作戦の成功はありえない。
 第一、すでに基地内部に侵入者を抱えている時点で立てこもっても意味は無い。更に言えば計画にあった発射すべきミサイルに搭載されているコンピュータには帝國に向うプログラムが書き込まれている。そのまま本土に向けて発射しても地形情報の不足で目標まで到達する事はありえない」
 激しい口調で司令はいったが、シュラウダー中佐はしばらく押し黙ったままだった。まるでフリーズしたコンピュータのようだ。下士官がそう思ったところでようやくシュラウダー中佐がいった。
「計画は中止しない。侵入者のことは考える必要は無い。彼らは無力化できる」
 司令は間髪をいれずにいった。
「馬鹿馬鹿しい、無力化できるというが根拠は無いだろう。それに例え侵入者を撃退できたとしても正規軍が投入されるだけだ」
「問題は無い、ミサイル発射までの時間が稼げればよい。ゴジュラスT1を起動させればよいだろう」
 それを聞いて下士官は驚いて脇に立っていた整備班員に訪ねた。
「あの実験機のゴジュラスは動けるようになっているのか。たしか新設計のシステムを組み込んだ無人機だと聞いていたんだが」
 格納庫で鎮座しているはずのゴジュラスを思い出しながら考えていた。運用班の下士官は実際にゴジュラスT1の起動した姿を見たことが無い。だが格納された状態のどこか禍々しい雰囲気を周囲に発散している姿は一度見れば忘れる事が出来なかった。
「いや動かせるはずが無い。あれは元々中央の技本で試作された機材のテストヘッドだから実戦を想定していない。
 それに無人機とはいってもさすがにゴジュラスだから暴走を避ける為にコクピットで誰かが安全装置を解除し続けていないと攻撃できないんだ。
 安全装置はゴジュラスとは独立したシステムになっているから、いくらゴジュラスでも安全装置を含めて暴走することはありえない
 つまりはパイロット志願が誰もいない今ゴジュラスは動かせんということだな」
 それを聞いてふと疑問に思って下士官は尋ねた。何か腑に落ちないところがあった。少なくともこの基地にパイロットを志願するものがいないというのはうなずけた。
 シュラウダー中佐自身がパイロットになるというのも考えづらかった。そこまで考えて唐突に下士官は矛盾点に気が付いた。
「ちょっとまってくれ、安全装置は独立しているというが、ならば安全装置が働いている時はどこを制御しているんだ?」
「出力系だよ。より正確に言えば安全装置と接続されているのは出力系と各部機関とを結ぶ回路なのだが、安全装置がかかるとこの回路が作動して各機関に伝達されるエネルギーゲインを極端に低下させる事になる。
 まぁ動かなくなると考えれば問題は無いな」
 それを聞いてようやく下士官はほっとしてため息をついた。
 だが司令室には重苦しい空気がただよったままだった。司令は何か思う事があったのか押し黙ったままシュラウダー中佐を見つめている。
 緊張した雰囲気で誰も動こうとはしなかった。少しでも動けば司令とシュラウダー中佐との間の危うい均衡は破られてしまう。全員がそう考えているようだった。
 その均衡を破ったのは基地全体に響きわたるほどの大型ゾイドと思われる咆哮だった
 音量が大きすぎて全員が耳をふさいでいた。だが下士官の耳には甲高い咆哮に混じって低く響く異音がはいっていた。咆哮が収まると、下士官は顔を上げた。すると司令室の扉が開いているのが見えた。
 シュラウダー中佐らしき人影が一瞬閉まる扉の向こうに見えたような気がした。慌てて扉を開けて確認しようとしたが、それよりも早く誰かの悲鳴が上がっていた。
 下士官は慌てて悲鳴の上がった方向を見た。
 そこには立ちすくんだ設営班長とその脇に腹部の銃創から血を流して倒れている基地司令がいた。




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