ZAC2097 三話




 取り残された二人の間に広がる沈黙を最初に破ったのはテムジンだった。
「最初に聞きたい事がある。君がアーチャーなのか?」
 状況から考えてそれ以外考えられなかった。どうしても国防省へ侵入したい素人のハッカーがそういるとは思えなかったし、考えてみればアーチャーの使用していた端末の反応は自分の端末の反応に似ていた。
 困ったような顔でテムジンは少女を見ていたが、少女の返答はテムジンが思いもよらぬものだった。
「ブラウ」
「ブラウ?何だそれ」
「何だじゃなくて私の名前です。「君」という名称の使用はやめてほしいです」
 テムジンは苦笑した。
「わかった、じゃこれから君の事はブラウと呼ぶよ」
 そういうと少女は満足そうにうなずいた。
「それであらためて聞くが・・ブラウ、君がアーチャーというネームを使うハッカーなんだな」
「肯定します。准将が優秀なハッカーに知り合いがいるというのでこのアパートに来たのですが誰もいなかったのでアパート内に放置されていた端末から国防省へ侵入しました」
「・・・無茶だとは思わなかったの?いくらなんでもあんなダミー数で成功するわけが無いだろう。一つ間違えば使用端末まで逆探知されるところだったんだぞ」
 冷静に答えるブラウに対してテムジンは仏頂面になっていった。
「准将が「どうせばれる時はばれるんだからこころおきなくやれ」と言いましたからその通りにしました。どのみち私たちがこのアパートに隠れている事は市内に展開する警務隊に察知されると思いましたし」
 テムジンはそれを聞いておどろいていた。警務隊が警察機構の介入を阻止してまで追う対象が目の前のブラウだとは思わなかったからだ。
 しかし、その事をただすとブラウは何でもないように淡々と事情を説明した。
「私は共和国軍で開発された第三世代型強化人間です。開発目的はゾイド操作を容易化する為の親和性の確保です。でも私を警務隊が追いかけるのは強化人間だからという理由ではないと思います。私が脱出の際に入手した情報を奪取するのが狙いと判断します」
 眉をしかめながらテムジンはそれを聞いていた。すでにテムジンが理解できるような話ではなかった。
「ちょっとまってくれ、強化人間って言ったよな。それってロボット化してるってことか?大体情報って何なんだ?」
 矢継ぎ早に質問するテムジンをブラウは困ったような表情で見つめた。
「質問が多いですね。では強化人間から説明しましょう。強化人間計画とはそもそも人間がゾイドを操作するときのタイムラグを極限まで短縮するための計画です。計画を推進させたのは地球人科学者達が中心であったと聞きます。
 地球人はゾイド星人に比べてゾイドとの親和性が低いことが知られています。ですからよりいっそう人とゾイドの同一化というテーマが彼らをこの研究に打ち込ませたのではないでしょうか。
 話がずれました。計画では第一世代が先の大戦終結直後に完成しています。むしろ大戦中の研究が戦後になってようやく出来たというべきなのでしょうね。外観的には第一世代はゾイドに直接脳とその周辺部を埋め込む形になっていたそうです。それによって脳から神経を通した命令がゾイドの操縦機器を操作する手足にいたるまでの時間を無くそうとしていたそうです。でも第一世代は完成と同時に放棄されました。私も詳しくは知りませんがゾイドと人間の脳との間に葛藤が出来て脳が破壊されたらしいです。
 第二世代は複数の脳がゾイド内にあった場合主導権争いが起こるという第一世代の教訓を受けて60年代に開発されました。第二世代はいわばサイボーグです。身体を機械化し、高速化を図ると共にゾイドとのダイレクトにコンタクトとすることが出来ます。身体的にはゾイドを軍用に改造する際に出来た余剰パーツを用いて改造してあるのが特徴です。第二世代はそれなりの成功をおさめたものの身体の大型化重量化を招いてしまったために量産化はされていません。
 で、ですね私は第三世代なんですが、これは徹底した遺伝子改造と軽量化された義体で構成されています。そのうえでゾイドとの直接交感が可能なコネクタを装備しています。これはネット端末などへのアクセスも可能です。
 どうかしましたか?」
 テムジンはしらけたような顔をしていた。専門的な話を続けられても理解する事が出来なかったからだ。それでも何とか理解した部分をまとめようとした。
「つまりは君は軍でゾイドパイロットとして開発された・・・その改造人間で端末に直接接続できるんだな・・・それで情報って何なんだ?」
 ブラウは首をややかしげながらいった。
「それを聞いたら後戻りは出来ませんよ。そうなると貴方も軍から追われることになってしまいますけど」
 それを聞いてテムジンは段々としらけた表情になっていった。勝手に部屋に侵入して人の端末で国防省に不法侵入までしてから心配されても全く説得力が無かった。もっとも大半がハイマン准将の指示なのだろうから目の前に座るブラウを責めることは出来ない。それがさらに業腹だった。
 その時ブラウの目が急に鋭くなった。扉が急に開けられ空き缶のような物が投げ込まれたのは一瞬後だった。
 テムジンはそれが爆発するまでそれが閃光弾であることに気が付かなかった。


 閃光弾の爆発は凄まじい爆音と閃光を部屋の中に撒き散らした。閃光弾の方を見ていたテムジンはその影響をまともに受け、数瞬で閃光と爆音が消え去ったにもかかわらず目と耳が不自由な状態になっていた。
 テムジンは床に転がって呻きこんでいた。そして閃光弾の閃光が消えると同時に部屋の扉が蹴破られ黒尽くめの特殊迷彩服を着て室内戦の装備をつけた男達が入ってきた。
 数秒遅れて窓からも同様の装備をつけた男が入ってきた。その後方にもサポートの男が居たが、彼は部屋が狭いので内部に入る事は出来なかった。
 男達は、まだ床で呻き続けているテムジンを脅威だとはみなさなかった。すでにテムジンは無力化された目標だった。
 だがテムジンは体格から強化人間である可能性は無かった。室内には強化人間の少女が居なくてはならなかった。
 男達が狭い部屋を探そうとした時、窓の外に待機していたサポートの男が不意に叫んだ。
 慌てて男達が窓の方に向き直ると、そこには喉元をナイフで切り裂かれて倒れこもうとするサポートの男と、端末が占拠していた棚の背後から窓の外に出ようとしているブラウの姿があった。
 何人かがとっさに手にしている機関短銃を窓の方に向けたが、ブラウは彼らが引き金を引くよりも早くサポートの男の背後に回っていた。そして男達が躊躇している隙にサポートの男の腰から素早く拳銃を抜いて彼らの方に向けた。
 男達はそれで決心のついたように機関短銃の引き金を引こうとした。しかしブラウの行動は男達の誰よりも素早かった。
 ブラウは最初から室内専用の防弾服を着込んでいる男達が唯一素肌をさらしている首元を狙っていた。彼らは一撃で射殺されていった。
 それでも数人はブラウに反撃してきたが、機関短銃が使用する拳銃弾の威力ではブラウが盾にしているサポートの男が着込んでいる防弾服を貫く事は出来なかった。
 結局男達全員が無力化されるまで数秒しかかからなかった

 テムジンは呻きながら首の辺りに何か熱いものがぶつかるのを感じていた。それと同時に拳銃の発射音のような物を聞いていた。
 慌てて動こうとしたが、すぐに発射音は消えていた。そして、その頃にはぼんやりと目も見えるようになっていた。最初は薄く目を開けると、テムジンはすぐ脇にこちらに背を向けて倒れこんだ男が居るのに気が付いた。
 テムジンは身動き一つしない男を不自然に感じていた。男は黒尽くめの迷彩服を着ている。ゆっくりとテムジンが起き上がって男の体を揺すってみた。その反動でこちらを向いた男の姿を見てテムジンは思わず吐きそうになっていた。男がすでに死んでいるのは一目で確認できた。
 その時、テムジンはブラウの姿が見当たらないことに気が付いた。彼女を探すために首を回すテムジンの背後に誰かが立った気配があった。
 すぐに振り返って確認したいとテムジンは思ったが、それが目の前の男を殺したものかと思うと恐ろしくて振り返ることが出来なかった。そして、テムジンの緊張は背後からの一声であっけなく瓦解した。
「彼らは警務隊の室内戦用装備をつけていますけど、おそらく私が脱出して来た軍の研究所の警備部隊です。装備は新品なのに練度が釣り合いませんから。もうこの部屋の事は察知されています。どうしても必要な物だけもって来てください」
 急いでテムジンが振り返ると、そこには返り血をわずかに浴びたブラウが機関短銃を手に立っていた。どうやら目の前の男だけではなく、部屋中で倒れている男達は全てブラウが倒したもののようだった。
 ブラウは倒れている男達が手にしていた機関短銃の弾倉を回収していた。その様子を見る限りブラウはそのての銃器の取り扱いに慣れているようだった。
 ふと、何かの拍子にその様子を呆然と眺めていたテムジンにブラウの目が見えた。その目はこれだけ多くの人を殺したというのに全く動揺した雰囲気は無かった。
 テムジンはふと寒気を感じて体を振るわせた。ブラウが強化人間であるという事をつい先程までは半信半疑で聞いていたが、今は完全に信じることが出来た。
「早く」
 それだけをいうブラウに、テムジンは慌てて立ち上がると狭い部屋の左右を見渡した。別に重要な物など何も無い部屋だった。とりあえず愛用の携帯端末だけを専用のバックに詰め込むともう持ち出す物は何も無かった。
 他に重要な物としては部屋の一角を占拠する据え置き型の端末があったが、いくらなんでもこれは持ち出せるような物ではないだろう。
 テムジンが荷造りを終えたのを確認するとブラウは機関短銃を差し出した。使い方を短く説明すると予備の弾倉を一本だけ渡した。テムジンは機関短銃など扱ったことは無かったが、人間工学に基づいて開発されたその機関拳銃は素人が用いてもすぐに動作に完熟できるように設計されていた。
 何度か遊底を動作して、機関短銃が使用できることを確認するとテムジンはブラウに頷いた。それを合図にブラウは素早く窓から飛び出た。
 呆気にとられてテムジンがそれを見ていると、窓の外のブラウがテムジンを急かした。それで慌ててテムジンも窓から外に出ていた。
 ブラウはテムジンが危なっかしく着地した時も何も言わずに路地の先を見ていた。警務隊の後続どころか無関係の通行者が来る気配もないようだったが、それでも不気味な静けさのようにテムジンは感じた。
 だがそのことをブラウに告げると、面白くもなさそうな顔でブラウは説明した。
「おそらくこの周辺の通行は警備部隊によって遮断されているのだと思います。それに警備部隊にとって室内戦に従事できる人員はそれほど多くないのでしょう。だから、あそこで襲撃してきた全員を射殺した以上かなりの時間を稼げたはずです。
 警備部隊は私たちよりもむしろ准将の方にかかりっきりなのではないのかしら。准将は囮になったようですから」
 だが、テムジンはブラウのいうことをあまり信用は出来なかった。何よりもハイマン准将が誰か他人のための囮になる事など考えられなかった。
「どうせ考えなしに出て行ったのが偶然で囮みたいになっただけだ」
 それだけをぶっきらぼうにいうとテムジンは仏頂面になって先を行くブラウを追い抜かして足を速めた。
 ブラウはしばらく急に機嫌が悪くなったテムジンの背中を見て首をかしげていたが、納得したかのように一度頷くとすぐにテムジンを追いかけ始めた。


 ハイマン准将が出てきたアパートの一室に強襲をかけた突入班が全滅したとヘイウッド曹長から告げられた時、ノックス中尉は最初はヘイウッド曹長の冗談だと考えてしまった。
 突入班は警備部隊の中から数少ない陸戦経験者を割り振って編成した虎の子の部隊だった。その練度にはばらつきがあるとはいえ強化人間の少女と少数の支援者程度なら作戦にまったく支障は無いと考えていた。
 ノックス中尉には、むしろ退役軍人であり今でも現役で傭兵組織を率いているハイマン准将の拘束をおこなう部隊の方が作戦の難易度が高いとすら考えていた。だから突入班の支援にはろくに人員を割かなかった。もともと少ない人員をこれ以上分割したくなかったからだ。
 だが、難航すると思われたハイマン准将の拘束は呆気なく成功した。ハイマン准将に抵抗する意思が無かったからだ。
 ノックス中尉はこれ見よがしに軽機関銃を搭載した側車を配置し、万が一に逃走に備えてコマンドゾイドまで用意しておいたのだが、ハイマン准将はノックス中尉達が拘束の意思を伝えると別段抵抗する事も無く警備部隊が所有する指揮車輌まで連行されてきた。
 だが、抵抗する事こそなかったものの、ハイマン准将の態度には辟易させられることになった。
 ハイマン准将はノックス中尉たちを若造呼ばわりし、拘束の法的根拠についてしつこく突っ込んできた。
 今も席を離れたノックス中尉に代わってハイマン准将の尋問に当たっているケイン少尉に文句を言い続けているはずだ。准将への尋問はまだ始まったばかりにもかかわらず有用な情報が得られる可能性は薄かった。
 ハイマン准将が寡黙だというわけでは決して無く、こちら側の質問には必ず返答の意思をみせた。ただ、全ての質問にはいい加減に答えており、こちらが少しでも矛盾したことを言うとそこをしつこく指摘し続けた。そして最後には必ず法的根拠や中尉たちの態度を声高に批判した。
 その態度は、尋問者と被尋問者がどちらなのかしばし見失わせるほどだった。ハイマン准将はむしろこの状況を楽しむためにわざと拘束されたのではないか。ノックス中尉がそう思い始めた時にヘイウッド曹長に呼ばれたのだった。

 最初はヘイウッド曹長も混乱していたが、続報を下士官の一人がノックス中尉に伝えに来た事でようやく状況がわかるようになった。
 突入班は全員がアパートの室内で射殺されていた。しかも全員が防弾服や強化ヘルメットによる防弾効果が薄く、素肌をさらしている首のあたりを撃たれていた。
 さらに死体にあった弾痕が一名を除き一つしかなかったという事実はノックス中尉の意思を萎えさせるに十分だった。
 どうやら強化人間というのはノックス中尉の想像をはるかに超える完成度を持っていると考えるべきであるようだった。
 だが、ノックス中尉はすぐにこのことを准将に伝えるべきではないと思った。そして、ケイン少尉とハイマン准将の居る指揮車輌のコンパートメントに入った。

 ノックス中尉は部屋に入るなり准将にいった。
「ハイマン准将、あなたの出てきたアパートへ突入した部隊から連絡が入りました。例の少女を含め全員が投降しましたよ」
 ケイン少尉は驚いてノックス中尉を見つめた。ノックス中尉は無理をしてうれしそうな顔を作ってケイン少尉に頷いてみせた。
 だが、ノックス中尉はハイマン准将の表情を見て落胆した。ハイマン准将はノックス中尉が密かに期待したように驚くわけでもなく、つまらなそうな顔でノックス中尉を見つめているだけだった。
 そして、ハイマン准将はすぐに気を取り直したかのように目を輝かせながらうれしそうな声でいった。
「おい新品中尉君、君は私のようなあわれな退役軍人だけでなくてわしの最愛の孫とそのガールフレンドまでふんじばろうというのかね?警務隊というのはいつから市民の自由恋愛まで規制するようになったんだ。
 そうそう、わしはもう西方大陸へいく船便のチケットを購入していたんだがもう乗船には間に合いそうに無いな。まさかこのチケットの代金は警務隊で完全に弁償してくれるんだろうな。
 ついでに慰謝料も後日請求させてもらうからな。こう見えても忙しい体なんでな」
 すき放題にいうと、ハイマン准将はノックス中尉の反応を楽しむように顔を覗き込んできた。
「基本的に准将は現在の状況を理解していないようですな。我々は軍からの脱走犯を追跡中であり、脱走犯の支援者としてあなたを拘束しているのです。軍がらみの犯罪にかかわっている以上、基本的にあなたの身柄は警務隊が拘束するのに何の法的問題も生じません」
 精一杯の顔をしかめながらノックス中尉はいった。だが、ハイマン准将はそれにうれしそうな顔をして反論を始めた。
「見解の相違だな。軍人および軍属以外の容疑者を警務隊が拘束した場合は、戒厳令施行時などの特例を除いて一般警察機構に速やかに引き渡す事になっている。その後は尋問への立会い程度しか警務隊には認められない。
 もちろん退役軍人とはいえ、わしは法的には完全に民間人だ。そもそも脱走犯とは誰の事なのだ?
 わしはもちろん孫は軍役についていた事は無いし、孫のガールフレンドはまだ軍への最低志願年齢にすら達しとらんぞ」
 ノックス中尉は嘆息するとハイマン准将の尋問をあきらめた。これ以上続けてもこちらが混乱するだけだった。だが、ハイマン准将を解放すると何をしでかすかわからない。ここは多少強引にでも拘束を続けるべきだった。後々抗議をされるかもしれないが、それはノックス中尉の知った事ではなかった。
 そう結論を出して強化人間捜索の指揮を取るべく指揮車輌から出ると、再びヘイウッド曹長が沈痛な表情でノックス中尉にいった。
「やられました、側車付きの単車が強奪されました。目撃者によると犯人は強化人間の少女と准将の孫に間違いありません」
 ノックス中尉はそれを聞いて目の前が暗くなったような気分になった。




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