ZAC2106 情報局執行部隊




 やはり今日もまったく同じ場所に、同じ様な姿勢でロードゲイルは街道を見渡す監視哨に陣取っていた。また監視哨よりも一段低い街道脇には無人のキメラブロックス達が配置されていたが、キメラ群の配置場所も変化した様子は無かった。
 荷車を引いたディノチェイスに乗った男は、街道をゆっくりとギナム市に向かっていた。周囲には同じ様な商人や、野良仕事に向かう農夫達が小型ゾイドや乗り合いゾイドで大勢行き交いしていた。
 ギナム市は500年の伝統を誇る古都だった。かつての第一次中央大陸戦争で一度市街地の全てを焼き尽くされたが、大災害後の復興にあわせて、戦前を上回る規模で拡大を続けていた。ゼネバスとへリックの最前線になったことからもわかるように、ギナム市は中央大陸を統一したへリック共和国にとって旧両国を結ぶ結節点となりえたからだ。戦後の復興期にはかなりの資本や資材、人員が旧共和国領から旧帝国領へ、あるいはその逆へと移動した。ギナム市はそのルートの結節点のひとつとして発展を続けていたのだ。
 そしてその重要度はネオゼネバス帝国が中央大陸を電撃占領してからも変わることは無かった。いや、ますます高まったともいえた。ネオゼネバス帝国が乏しい兵員を割いて、指揮用有人機ロードゲイル数機とキメラブロックスで編制された一個中隊を街道の監視に配置しているのがそのひとつの証拠だった。
 だが男に言わせればそれは穴だらけの監視体制だった。戦力や探知能力が劣っているというわけではない。むしろ無人のキメラブロックスは有人機と遜色ない性能のセンサを有していたし、指揮官機であるロードゲイルはそれらの情報や無人機の操作を一元的に管理制御できるだけの性能を持っている。
 しかしあらゆるシステムは運用する人間次第である事を、へリック共和国情報局執行部隊に所属する男は知っていた。

 男はディノチェイスの行き先を街道から外れさせた。周囲の人間達は誰もその姿を不審に思わなかったようだ。
 このあたりも最近では治安が悪化している。ヘリック共和国が崩壊して以来、新たな税制や警察組織が有効に機能していないからだ。これまでヘリック共和国の高級官僚として国家体制を形作ってきたのは風族や海族出身者が多かった。
 彼ら高級官僚の多くをネオゼネバス帝国は断罪してしまったのである。そして風族や海族が占めていた地位に暗黒大陸から従ってきたものや旧ゼネバス領の地底族や火族をすえたのだった。
 しかし新たに高級官僚となったものたちの多くがその職責をこなすことが出来なかった。
 それも当然だった。官僚組織をスムーズに機能させるには、経験と能力を併せ持つ存在が必要不可欠だからだ。いきなり高級官僚の首を挿げ替えてもうまく機能するはずが無い。ネオゼネバス帝国首脳陣はどうやら風族や海族たちが不正な権力でその地位を占めていると判断したらしい。だがそれは早計だった。確かに官僚組織の中で出世していくにはコネも必要だが、それ以上に難関試験を突破しなければ幹部候補となることは出来ないからだ。
 風族と海族が高級官僚の多くを占めたのは、彼らがかつての王制時代からのレベルの高い教育機関で学んだからだった。実際、大災害からの復興が一段落し、高級教育機関が各地に建設されネットワーク化されてきたここ十年ほどは風族や海族以外の中からも各官僚機関の幹部候補試験を合格するものも増えてきていた。
 だがネオゼネバス帝国はヘリック共和国政府のそれらの努力を無視して自分達を支持するかどうかだけを基準として官僚を挿げ替えたのだ。勿論、首を挿げ替えられたのは高級官僚のみで、実働部隊となる中、下級の官吏達は特にネオゼネバス帝国への非難を口にしない限りは従来どおりとしてはいた。だが彼らの多くも口にしないだけで、急にトップだけを挿げ替えるという安易な方法をとるネオゼネバスに対する反感を覚えていた。それ以上に無能な上役が官僚組織を停滞させていた。

 しかしネオゼネバス帝国はこのような現状に対して積極的に是正しようとする姿勢を見せなかった。もしかすると彼らは官僚組織に期待などしていないのではないのか、強力な軍隊の存在を前提とした武断統治しか知らないのかもしれない。
 そう考える根拠はいくつかあった。ネオゼネバス帝国の極上層部を除く構成員のほとんどはガイロス帝国の下級将兵出身者だった。ゼネバス系を蔑視するガイロス帝国では高級軍人となる道は閉ざされているが、かといって民間でコネも無く成功することはさらに難しかったからだ。
 だから彼らの多くは高級教育を受けておらず、軍隊という狭い視界からしか物事を考えることが出来なかった。これが官僚組織への軽視に現れているのかもしれなかった。
 そして軽視された官僚組織の中には警察組織も含まれていた。警邏用の小型ゾイドを没収され、上層部を挿げ替えられた警察組織は急速に無力化、腐敗化していった。中央大陸にネオゼネバス帝国によって誕生した大量の失業者達を構成員とする山賊たちが出現するのも自然なことだったかもしれない。
 山賊といっても旧共和国軍の遺棄されたゾイドを使用する本格的な武装集団も多かったから弱体化した警察組織では相手にならなかった。ネオゼネバス帝国は山賊たちを無視するつもりは無かったが、彼らの多くはネオゼネバス が脅威に思うほどの勢力ではなかったし、それ以上に地下に潜った旧共和国軍の探索に数少ない主力部隊を割いていることもあって、山賊の討伐は遅々として進まなかった。

 こうして悪化した治安体制下で旅する商人たちの多くはネオゼネバスの監視哨や基地の周辺で休息や野営をすることが多くなっていた。少なくとも軍隊の近くで襲撃を行なう山賊はいないからだった。
 だから男が街道を少しばかり離れてディノチェイスをとめても気にとめるものは居なかった。男の目的が休息ではないことにネオゼネバスのパイロットも含めて誰も気がつかなかったのだ。


 小さな窪地の一つにもぐりこむ様にして停車すると、男はディノチェイスから荷車を外した。荷車には何本かの鉄パイプと何らかの部品に見える鉄塊が積まれていたが、男は迷うことなく細長い鉄パイプと鉄塊をいくつか取り出した。
 まず男は鉄塊を組み立て始めた。窪地の底で作業していたから人目につくことは無かったが、その動作はごく自然なものだった。男の表情はリラックスしたもので、緊張したところは無かった。誰が見ても売り物の金属加工品の出来を確認する商人か職人にしか見えなかったはずだ。
 しかし、いくつかの鉄塊をくみ上げた時点で男の雰囲気ががらりと変化した。周囲に目線を向けると、監視者が居ないことを確認してから最後の部品を取り付けた。それは巧妙に偽装されていた小銃の部品だった。そして鉄パイプは一見そうは見えないが、高級素材を一級品の技術を用いて加工された最高級の銃身だった。ライフリングは銃口部分に詰め物をすることで偽装していた。
 男は組みあがった物を満足げな目で見た。それは情報局執行部隊が暗殺、潜入部隊用に戦前から開発していた偽装、分解式の狙撃銃だった。

 それは歩兵師団などで使用される汎用性を高めた長射程で高威力の自動小銃でもなければ、後方警備や補給部隊の自衛用火器として使用される有効射程を犠牲にしても貫通力を保持させた機関短銃でも無かった。
 軍の特殊歩兵部隊や警察組織などで使用される極限まで精度を高めた狙撃銃とも違っていた。精度よりも分解時の偽装性を最優先に設計されているからだ。
 分解している状態では、単純な機械部品であるように偽装するために、わざわざ何の機能も持たない配線やボルトを取り付けるためのネジ穴まであけられているほどだった。だから擬装用の付属品をつけたそれぞれのパーツだけを見ても狙撃銃の一部であると判断するのは難しいはずだ。
 だからといって精度を犠牲にしているというわけでもなかった。各パーツの偽装性を最優先にしながらも組み立てた完成品状態でのバランスも考慮して設計されている。外装こそ酷く安っぽく見えるが、中身の部品精度は軍用狙撃銃よりも警察用の狙撃銃に近い精度を持っている。また、一見して鉄塊に見える機関部やストックとなる部品は実際には軽量かつ強度の高い樹脂素材を多用して軽量化につとめていた。
 また銃身も構成素材や部品精度を高めているだけではなく、外部の熱や圧力の影響を避けるために機関部以外と接触しないフリーフローティング方式を採用している。
 男は自分が手にする狙撃銃と、自身の狙撃スキルに自信を持っていた。おそらく標的への狙撃は成功するはずだった。

 男は周辺の植生に合わせた偽装網を、最後に隠していた荷車の下から取り出すとそっとかぶってからくぼ地の稜線までじりじりと匍匐した。稜線にはあらかじめ選定してある狙撃ポイントがあった。狙撃ポイントは稜線上でわずかに鞍部となっているのだが、標的の位置から見ると丘の背後面と重なって、偽装網を被った男の姿を識別するのは困難なはずだ。
 だが、男はおそらく偽装の必要性は無いだろうと考えていた。少なくとも対人の必要は無いだろうと。監視哨につめるネオゼネバス帝国軍将兵の錬度、士気はひどく低かった。おそらく直接的な戦闘行為となる可能性の低い街道の監視任務を軽視しているのではないのだろうか、それに将兵の数も少ないから単純に考えても監視網には穴があることになる。ネオゼネバス帝国軍はまだ人手不足だから監視任務に多くの兵を貼り付けるわけにはいかないのだろう。
 その少ない人員数をカバーするために無人のキメラブロックスを多数導入しているのだが、どんなにキメラ機が高度なセンサーを持っていたとしても結局、収集した情報を分析、判断するのは最終的には人間の役割となる。
 それにキメラブロックスの制御AIは戦闘行為以外の容量は極端に少ないはずだ。ロードゲイルが指揮するキメラブロックスは一個小隊から一個中隊程度が基本だった。ロードゲイルのパイロットは自機を操作しながら、三十機もの機体に命令を与えなければならないことになる。経験をつんだ士官の少ないネオゼネバス軍将兵にとってはこれはかなり難しい作業であるはずだ。
 だからキメラブロックスにはある程度の判断基準を与えた上で後は自動で戦闘が可能であるようにプログラミングされていると考えられていた。この場合、戦闘行為や戦術判断に容量が食われて、監視業務のように高度な判断が求められる行動のプログラミングは軽視されているはずだ。そこまで求めていくと戦術AIの開発、維持だけで膨大な予算が必要となるからだ。
 男はだから安心して狙撃銃の照準をロードゲイルのコクピット、正確にはコクピットカバーのやや上、パイロットが立ち上がったときに胴体が来るであろう場所に合わせた。
 ロードゲイルのパイロットはまもなくコクピットをあけて立ち上がるはずだった。

 待機していたのはそれほど長い時間ではなかった。狙撃銃に取り付けたスコープの視界でロードゲイルのコクピットカバーがあけられた。そしてのんびりとした表情でシートから立ち上がったパイロットの姿がスコープのクロスラインにおさまった。
 スコープをのぞいていない目にはもう一機のロードゲイルが近づいてくる様子が見えていた。


 街道の監視にあたるロードゲイルの交代はいつも決まった時間だった。男や情報局員達が調べる限りその時間のずれは誤差範囲といえるほど小さかった。そしてこの時間につめるロードゲイルのパイロットはコクピットカバーをあけて交代するパイロットと談笑する習慣があった。
 交代したパイロットも付き合ってコクピットを空けるが、次の交代時間にはそのような事はしていないから、今の時間まで当直についていたパイロットだけの習慣なのだろう。男はその習慣を利用してパイロット達の狙撃を試みようとしていた。

 そして交代するロードゲイル同士が数メートルほどの距離で停止すると、コクピットカバーを開けた。男はスコープを覗き込んだまま監視哨のポールに掲げられたネオゼネバス帝国国旗を確認した。本来精密狙撃に必要な観測手を男は欠いていたが、その代わりとして綿密な事前調査によって地物を最大限利用することが出来た。ネオゼネバス帝国の国旗も周囲の風速と旗のはためき具合を事前に観測しておくことで風速と風向きを確認する指標とすることが出来た。
 勿論、狙撃ポイントとロードゲイルとの距離も確認済みだった。男はほんの少し風による影響を考慮して照準を修正すると、特に気負った様子も見せずにトリガーを引いた。

 修正値は適正だった。男はスコープ越しに、胴体に銃弾を受けたロードゲイルのパイロットが衝撃でコクピットから倒れこむように落ちるのを見た。今の射撃でパイロットが絶命したのかどうかは分からなかったが、命中したのは確かだった。それにロードゲイルのコクピット位置高さは10m以上あるから、そこから落ちたのなら、銃傷とあわせれば行動不能は免れないのではないだろう。
 男は一射目で最初のパイロットを無力化したと判断するとボルトを引いて次弾を装填しながら銃身を僅かにずらして照準を変えた。ボルトハンドルを上下運動させる必要のないストレートアクション方式だから、銃は跳ね上がることなく水平を保ったまま、素早く再装填された。
 次の標的はもちろん交代先のロードゲイルパイロットだった。パイロットたちの談笑する時間はロードゲイル同士の位置関係もほぼいつも変わらなかった。だから男は素早く照準を合わせることが出来た。
 スコープ越しの光景に男は思わず苦笑を漏らした。交代パイロットは、突然血飛沫を上げながらコクピットから落下した同僚の姿が信じられないのかおろおろとしているだけに見えた。目の前の状況に拘泥するあまり、どこかに連絡をしたり、自機や指揮下のキメラブロックスのセンサで周囲を走査しようとするそぶりも見せなかった。
 男が完全に照準を合わせる前に、唐突に交代パイロットもようやく狙撃の事実に気が付いたのか周囲を見渡し始めた。だがコクピットカバーを開けたまま自分の目で見渡すだけで、連絡する様子やセンサを活用する様子はやはり見られなかった。
 ふとその視線が男が陣取る丘の稜線に向けられた。男は引き金を引く直前に交代パイロットと目が合ったような気がした。

 男は狙撃を終えるとスコープ越しに二機のロードゲイルを観察した。パイロットを共に失ったロードゲイルは微動だにせずにさっきと同じ姿勢のまま突っ立っていた。それは指揮官を失った周囲のキメラブロックスたちも同じだった。数百メートル越しでだいぶ減音しているとはいえゾイドの敏感なセンサには銃声も捕らえられたはずだが、指揮官によって最後まで索敵・攻撃モードにされなかった無人機は、新たな命令が与えられるまで自立稼動しようとはしなかった。おそらく軍用の小型ゾイド程度の脅威でも現れない限り待機モードは自動解除されないのだろう。
 それとは対照的に突然二人のパイロットが落ちてきた街道では民間人たちが右往左往していた。彼らはみな係わり合いを避けるためにそこから逃げようとしていた。誰も二人のパイロットの生死を確認しようとしたり、介抱しようとはしないようだった。その様子に男は思わず苦笑いをしていた。今の光景がネオゼネバス帝国と中央大陸の住民達との距離感を示しているような気がしたからだ。
 ようするに彼らの多くは、ネオゼネバス帝国を共和国軍に代わる武力組織としか見ていない正確には国家としては認識していないのだ。他の大陸からの侵攻勢力に対する用心棒くらいにしか考えていないのだ。少なくとも旧共和国領の民心はまだヘリック共和国に向いているといえるのではないのか。
 なんにせよ逃亡を図る男にはこの状況は有利に働くはずだった。男は偽装網と狙撃銃を荷車の上に捨て去ると資材類の中に隠して設置されている自爆装置のスイッチを入れた。自爆装置は振動爆弾になっており、ネオゼネバス軍の捜索部隊が不振な荷車を探索したときに爆発するように意図していた。
 次に男はディノチェイスに乗り込むと逃げ出す民間人達でごった返す街道に走らせた。やはり誰もあせったような顔で逃げ出す男に不信感を抱くことは無かった。

 ヘリック共和国情報局執行部隊は、同情報局が有する戦闘部隊であるが、その実態は闇に包まれている。何よりも情報局は国内外の情報の収集、分析を業務とするのであって、公式には実戦部隊は存在していないことになっている。だが彼らが存在するのは確実である。いくつかの公にならない作戦に彼らは従事し、戦果を上げているといわれている。
 彼らの多くはヘリック共和国軍の情報旅団や特殊歩兵部隊の出身者であり、両者と情報局執行部隊は密接な関係にあるといわれている。
 実際のところ情報旅団はともかく、特殊歩兵部隊や執行部隊はその編制には不明な点が多い。いずれも軽ゾイド程度に支援された精鋭軽歩兵部隊であることは間違いない。
 ZAC2106年初頭、情報局執行部隊を含む非対称戦に特化した特殊部隊や彼らに訓練を受けた地下抵抗組織が中央大陸全土で一斉に蜂起、ゲリラ戦が開始された。
 ネオゼネバス帝国軍はこれに対応して各都市部の守りを固めた。ゲリラ部隊に呼応して中央山脈に潜んでいるヘリック共和国正規軍が旧共和国領の奪還を決行すると考えたからだ。
 しかしこの蜂起は陽動にすぎなかった。共和国正規軍はこの後一年をかけて中央大陸から西方大陸や東方大陸に脱出し、大型ゾイドの生産配備、再編制を行なう余裕と聖地を得た。
 これをもって中央大陸の戦闘はネオゼネバス帝国軍による正規軍の残党に対する掃討戦から軍民共同の地下抵抗組織によるゲリラ戦へと推移していった。
 



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