ZAC2101 第307警備師団




第307警備師団は警備の名がつくことから分かるように二線級の師団である。
だが、その中核要員はヘリック共和国陸軍において最精鋭として知られる第7機甲師団の人員からなっていた。

第7機甲師団の戦歴は長く、その名は中央大陸戦争の頃から共和国陸軍の基幹打撃戦力の一つに数えられていたほどである。
今次大戦においても早くから西方大陸に出動し、開戦からの泥沼の撤退、奇跡のような反撃、そして暗黒大陸への侵攻作戦にも従事していた。

平時における最大戦力単位である師団は出動する際にその全ての人員を移動させることは無い。
通常は損耗を回復させる為の訓練部隊や事務処理部門の一部を駐屯地に残留させることになる。
第307警備師団はそれらの留守部隊を基幹として新編成された師団であった。
その任務は第7機甲師団が駐留していたクック湾周辺の警備である。

これは同時期に編制された3百桁のナンバーをもつ警備師団も同じであった。
警備師団は母体である常設各師団が出動した後の戦力の空白を埋める為に共和国のあちこちに編制されていった。
もっともこれは平時において師団編制の中にある訓練部隊を中央で一括して運用することにより効率を向上させる為でもあった。
そのため第307警備師団に限らず、多くの師団所属訓練部隊は最上級生のみを師団に配置させた後に中央軍管区直属の訓練部隊に配置換えされている。

このような事情から留守部隊から編成された警備師団は、師団の名にもかかわらずその戦力は低く、旅団どころか正規一個連隊にも満たない戦力の警備師団も多かった。
第307警備師団に所属する戦闘部隊はゾイド化機甲大隊一個、歩兵大隊二個に過ぎず、支援部隊や砲兵を欠いていた。
通常ゾイド化された師団はゾイド一千機、師団兵員二万人を保有するが、警備師団の戦力はその十分の一、いや大規模戦闘に欠かせない砲兵が存在しないことからそれ以下の戦力であると認定されていた。

当然これだけの戦力で常設師団が守備していた範囲をカバーできるはずも無く、穴だらけの警戒網を形成するので精一杯であった。
だが共和国軍参謀本部は当初から警備師団に治安の維持程度しか期待してはいなかった。
暗黒大陸から中央大陸にいたる最短侵攻ルートであるダラス海が強電磁波地帯トライアングルダラスとして突破不能な海域となっていたからだ。
これにより中央大陸への侵攻ルートは西方大陸を経由したものに限られる。
よって西方大陸に軍を全開出動させたとしても、西方大陸、そして北方大陸でガイロス帝国軍を押さえ込んでおけば中央大陸は安全であるはずであった。

だが安全であったはずのトライアングルダラスを越えたルートを渡ってきたネオゼネバス帝国によってこのような常識は打ち砕かれた。
参謀本部や警備師団の思惑とは異なり、第二線級の戦力でしかなかった警備師団は戦闘の矢面に立たされたのである。
時にZAC2101年11月、各地に分散配置された警備師団の多くは圧倒的不利な状況下で戦力をすり減らしていった。

第307警備師団はその中でももっとも不運な例であった。


 戦線はすでに崩壊していた。いや例え単線の貧弱なものだったとしても戦線を維持できていたのは戦闘開始直後の数時間でしかなかったはずだ。
 ファリントン軍曹は、キャノピーを押し上げたスナイプマスターの後部シートから周囲を見やった。
 そこには損傷した小型ゾイドやアタックゾイド、それに心や体に生涯消えないであろう傷を負った多くの男たちがいた。彼らは例外なく東へとゆっくりと歩いていた。その中には第307警備師団に配備された数少ない大型、中型ゾイドの姿は見えなかった。目ぼしい機体は全て上陸してきた敵部隊に撃破されてしまったからだ。
 軍曹たちが傷つきながらもクック湾から脱出ことが出来たのは、敵部隊が敗残部隊の追撃よりも橋頭堡の確保を重視したからに過ぎないだろう。
―何故こんなことになってしまったのだろうか
 ファリントン軍曹は周囲の陰鬱な光景から逃れるためにずっとそんなことを考えていた。

 大規模な敵軍が中央大陸に上陸する高い可能性がある。そう暗黒大陸に展開する共和国軍主力部隊から伝えられた時、参謀本部のなかでその情報を完全に信じるものはいなかった。
 ガイロス帝国軍主力は共和国軍暗黒大陸派遣軍と正面から対峙しているはずだからだった。
 いまのところ実戦に参加せず後方で待機している部隊も含めれば、確認されているガイロス帝国軍部隊は予想されていた敵戦力に対してやや少ない程度に過ぎない。予備兵力として温存されている未知の敵部隊があったとしてもそれほど大規模な部隊ではないはずだ。
 それに暗黒大陸や、西方大陸、その周辺海域に展開する共和国軍に察知されずに中央大陸に上陸することは大部隊では不可能だった。
 しかし後方の撹乱を目的とした少数の特殊部隊の上陸ならば十分に考えられた。そのような少数の部隊であっても現状の警備体制では共和国に大打撃を与えることも可能なのではないか。
 暗黒大陸派遣軍からの通信がトライアングルダラスからの強電磁波活性化の影響で一時敵に遮断されたこともあって参謀本部はそれ以上の可能性を考えられなかった。だから各師団にはゲリラ部隊の教習に備えての警戒配置を命じるにとどまった。
 それでも航空部隊による一段の哨戒体勢の強化を参謀本部は指示していた。その結果はすぐに現れた。それも参謀本部とって予期しない形であった。
 新型大型ゾイドを中核とした揚陸艦隊、その戦力は共和国軍の編制に当てはめれば最低でも一個軍団相当、そのような航空偵察部隊からの報告を当初は誰もが信じることが出来ないでいた。


 深々と降る雪が周囲の光景を嫌でも暗く見せていた。クック湾周辺は中央大陸の中でも北方に位置するが、周囲の海流の影響で年間降雪量はそれほどでもないはずだった。しかし今年は異常気象なのか11月初頭だというのに降雪が始まっていた。
 だが、周囲は寒々としているのにファリントン軍曹が乗り込むスナイプマスターの複座はひどく暑苦しく感じた。
 スナイパーズシートと呼ばれる複座はファリントン軍曹には理解できない設計思想だった。スナイプマスターは強襲戦闘隊に所属する量産機としては高機動であるのに、スナイパーズシートに乗り込む乗員は寝転んだ不自然な体勢で長時間の待機を強いられることになるからだ。しかも長距離精密射撃用の巨大な光学センサやレーザセンサがスナイパーズシートの頭上や側面に取り付けられている為自然とシートの設計は狭苦しいものとなった。スコープ状の光学センサや耳のようにも見えるレーザ対物センサからの情報を統括して表示できるモニター群は確かに高性能ではあった。
 しかしモニターや各種装置から発せられる熱によって上半身は暖められ、逆にいい加減な施工によって隙間だらけになってしまったハッチからは冷気が吹き込んでくる。その結果ファリントン軍曹は頭は暖められているのに、足は冷やされるというひどく消耗する事態におちいっていた。
 本来であれば実際に戦闘が開始されるまで狙撃要員だけでもハッチを開けて楽な姿勢を取らせるべきなのだ。スナイプマスターは幸いなことに狙撃仕様であるからセンサ類は充実している。それに航空偵察によって大体の敵位置も判明している。敵の奇襲を受ける可能性は低いものだろう。だからセンサからの情報にさえ気を配っていれば無理な姿勢で長時間の待機をする必要は無いはずだった。
―しかし待機命令を出してしまった以上はあの小隊長に命令を撤回させることは出来ないだろう。
 ファリントン軍曹は思わずため息をついていた。こんな後方もいいところの警備師団に配属されるくらいなのだから優秀な士官など回ってくるはずもなかった。

 小隊に与えられたスナイプマスターも新型ならば、配属されたばかりの小隊長も新品だった。一応は士官学校を卒業したことになっているが、こんな中途半端な時期に卒業するということは士官学校もかなりの速成教育になっているということだった。だから小隊長も20代に入ったか入らないか位の歳でしかない。
 最も年齢に関してはファリントン軍曹だって人のことは言えなかった。最近では下士官も速成教育に入っている。急速に軍を拡張させる為には中、下級の指揮官が大量に必要となるからだ。本来であればファリントン軍曹の経験と兵役年数では小隊副官兼分隊隊長などではなく、せいぜいが一個分隊の指揮をとる伍長くらいでしかなかったはずだ。
 そしてそれはスナイプマスターにもあてはまるはずだとファリントン軍曹は考えていた。いま自分が乗り込む機体も、もっと技術的な蓄積を終えてから配備されるべきなのだと。

 ファリントン軍曹はスナイプマスターがこれで完成形であるとはとても思えなかった。部隊配備の時の説明ではゴドスから急速に機種転換が進んでいるガンスナイパーの格闘戦能力を引き上げた後継機という話だったが、隊の中でその話を信じているものは殆どいなかった。
 機体構成を見る限りでは、スナイプマスターはガンスナイパーを簡易化した機体なのではないかと思われた。ガンスナイパーは低レベルのものとはいえオーガノイドシステムを搭載し、また短距離直射火器とミサイル兵装に加えて長距離砲という種別の違いすぎる火器を複数搭載したことで火器管制系が小型ゾイドとしては複雑化しすぎてしまっていたからだ。
 確かにガンスナイパーは非常に強力な砲兵装を有する量産小型ゾイドであるといえる。また機動性においても、初陣においてブレードライガーの随伴機を務めたことから分かるように多少の無理をすれば高速部隊に配置することも出来ほどの性能を持ち合わせていた。
 同時期に登場したガイロス帝国軍の小型量産ゾイドであるレブラプターが基本的に格闘兵器しか有さないこと、また実際の戦場で多数存在するのが量産小型ゾイドである事を考えれば、オーガノイドシステムを本格的に取り入れていたブレードライガーなどよりもよほど軍にとって重要な存在であるといえた。
 しかし機体骨格や装甲はともかく複雑化した火器管制系は生産性と整備性を多少悪化させていた。だから複雑化したガンスナイパーを簡略化した機体が望まれたということなのだろう。

 だがファリントン軍曹はスナイプマスターはあまりにも簡略化を推し進めすぎたと考えていた。ガンスナイパーの特徴でもあった多彩な火器は無くなり、たった一つの火器である尾部の狙撃砲はひとつの砲としてみれば非常に優秀な性能を誇っていたが、機動戦闘で用いることは出来ないから大半の戦闘行為ではデットウェイトになってしまうだろう。
 装甲が薄くなっているのは機動力が増したことで敵弾を回避することが出来るためだというが、そんな神業的な機動はベテランの操縦手で無い限り不可能だろう。これでは第二線級の部隊に配備されるのも無理は無いと思えた。
 ファリントン軍曹達はしばらくそう考えていたのだが、しばらくして整備段列の兵が後方の技術本部に整備研修を受けたときにある噂を聞いてきた。スナイプマスターは実は簡易チェンジングアーマーシステム、CAS搭載機であるというのだ。
 ライガーゼロにおいて本格的に取り入れられたCASは、機体の外装部分を交換することで容易に多様な任務に対応することが可能となるシステムだった。しかし専用の外装パーツを開発生産するコストは膨大なものであり、今のところライガーゼロ以外に本格的に取り入れられた機体は無い。
 ただしCASの概念そのものはそれほど画期的というわけではない。任務によって武装を変更して対応するということはそう珍しいことでは無い。そしてどうやらスナイプマスターはその武装の変更を当初から考えられてるらしく、ハードポイントを多数装備することであらゆる武装の搭載を可能としているらしい。
 だが肝心の簡易CASとなる武装の開発は本体よりも遅れて始まったらしい。というよりも本来は格闘戦形ガンスナイパーというべき実験機の開発にCASの開発班が便乗したのだという。だからスナイプマスター本来の専用武装が存在しないのはそのためであるというのだ。
 おそらく武装の開発が終了する前に部隊配備が始まったのは、せっかく生産した機体を遊ばせておくのを惜しんだか、それとも本格的な生産が始まる前に二線級の部隊で問題点を洗い出すつもりでもあったのではないか。
 そう考えた時ファリントン軍曹は二線級の部隊で危険が無いというのも考え物だと考えていた。まさかそんな機体で実戦参加することになるとは考えていなかったのだ。

 ふとファリントン軍曹が顔を上げるとモニターに敵部隊らしい反応が現れていた。航空偵察部隊が発見した部隊に間違い無いだろう。
 だが敵が目前に迫っているというのにファリントン軍曹は、一体旧式のゴドスやガイサックで敵を迎え撃つのと未完成の新型で戦うのとどちらが生き残る確率が高いのだろうかと考えていた。


 敵部隊が近づくにつれて徐々にその詳細が判明し始めた。ファリントン軍曹は舌打ちをしながら情報を映し出しているモニターをにらんでいた。
 最初に視界に入ったのは見たことも無い数機の大型ザリガニ形ゾイドだった。どうやら水陸両用型らしいが、かなりこの時期には時化っているはずの海域を悠然と航行していることから考えて、かなりの外洋航行能力を有しているようだ。
 その後には大型の非ゾイド型通常動力貨物船らしき船影が航行していた。そこまで確認していたファリントン軍曹はふと違和感にとらわれた。しばらく考え込んでから貨物船の編成が奇妙であることに気がついた。おそらく敵部隊は中央大陸への上陸を目的としているのだろうが、その割には揚陸用艦艇が少ない気がする。少なくともビーチング可能な船型をもつ本格的な揚陸艦は含まれていないようだ。
 ガイロス帝国軍もヘリック共和国軍も、ゾイド戦力の拡充に予算がとられた結果、敵前上陸も可能である本格的な揚陸艦の整備は後回しにされているから揚陸艦が編成に含まれていないことは異常ではないのかもしれない。だがこれだけの規模の揚陸船団に一隻も存在していないというのは奇妙だった。
 それに揚陸艦が無ければホエールキング級を用いればいいだけの話だ。ホエールキングかホエールカイザーであれば空中移動が可能だから中途半端な揚陸艦よりも一気に大戦力を投入することが出来るはずだ。
 ファリントン軍曹はそう考えたが、違和感の正体はそれだけではなかった。ふと気になってモニターをにらみつけると疑問はすぐに氷解した。後方の船団との距離、それに貨物船の全長さえ分かれば話は単純だった。船団の前方を航行するザリガニ型ゾイドはかなりの巨体を持っているようだった。ホエールキング級ほどではないのだろうが、共和国軍のホバーカーゴぐらいの大きさはあるだろう。どうもあのザリガニ型の新型ゾイドは揚陸艦ゾイドでもあるらしい。
―つまりあのザリガニ型がゾイド部隊を上陸させて港湾を制圧してから貨物船を入港させるつもりなのだろうか
 ファリントン軍曹はふと首をかしげた。確かにこの周辺に展開する共和国軍の戦力は少ないが、それでも集中すればあのザリガニ型ゾイドに搭載できる程度の戦力に対抗することは出来るはずだ。
 それにこの周辺の港湾は荷役能力が限られているから効率はかなり悪いはずだ。もしかすると敵部隊が中央大陸の地勢情報を把握していないだけなのかもしれないが。

 そんなことをファリントン軍曹が考えているとはるか彼方に見えていた貨物船のうち数隻の甲板が急に火事を起こしたかのように燃え上がった、ように見えた。
 勿論そんなわけは無かった。瞬く間に警告を促すサインがモニターにいくつも現れた。ファリントン軍曹はちらりと映し出されたミサイル警報を見た。どうやらあの貨物船はミサイルを大量に搭載した火力支援艦に改装されているようだった。戦闘艦ではなく荷物を運ぶ為だけに特化した大型貨物船だからミサイルの誘導などは不可能だろう。だから命中率はそれほど高いものではないはずだ。しかし発射された数が数だから水際に築かれた陣地群はかなりの損害を受けるだろう。
 だが射程の長いスナイプマスターの狙撃砲をいかす為にファリントン軍曹達の隊は高台に陣取って隠蔽されているから不用意な機動をとらない限り目標とされることは無いだろう。
 ファリントン軍曹がのんびりと構えていられたのはここまでだった。さらに一隻の貨物船が甲板を再び白煙でつつませていた。ミサイルの第二波なのだろうか、そう考えるよりも早く弾丸のような勢いで何かが飛び出してきていた。

 嫌な予感がしてファリントン軍曹は、貨物船から飛び出したものをスナイプマスターのセンサでサーチさせた。あれはミサイルの第二波などでは無い気がする。第一波に発射されたミサイルは高角度を持って発射されていたから、一度上空に打ち上げられて地上に弾頭部を向けてからシーカーを作動させるタイプだと思われた。しかし今打ち出されている物体は貨物船の甲板から水平に発射されたように見えた。
 着弾時間を合わせるために発射のタイミングを遅らせたシースキミングタイプのミサイルかとも思ったが、海面を這うように進むシースキミングタイプはセンサが増える分高価になるし、弾頭の炸薬量も減少する。そんな高級なミサイルがあるならもっと長距離で発射してもよさそうなものだった。だがファリントン軍曹の思考はそこで中断された。
 高速で移動する飛行物体を追尾していた高速度カメラが正体を掴んだからだ。それは脚部と背部のスラスターから激しく白煙を噴出しながら海上を機動する純白の大型ゾイドだった。
―ホバリングする…ジェノザウラー?
 そう思ったのは一瞬だった。確かに全体的な構成は、ガイロス帝国軍ゾイドの認識表にあったジェノザウラーの改造型であるジェノブレイカーと類似していた。ただし各部品に目を向けてみると随分と異なった印象を受けるゾイドだった。ジェノブレイカーでは背部のバックパックからアームを介して大型シールドを装備していたが、このゾイドはやや小ぶりで赤く塗装された鋭角的なシールドを装備している。鋭角的なのはシールドだけではなく機体全体のデザインに及んでおり、それがジェノザウラーとはまるで違ったゾイドに見せていた。

 その純白のゾイドは、あっという間に貨物船から先行していたザリガニ型ゾイドを追い抜いた。同時にザリガニ型のゾイドからは両腕の揚陸艇が一斉に切り離されていたのだが、誰もがそれには注目していなかった。
 まるで呆けていたかのように共和国軍将兵達が高機動するゾイドに注目していたのは、それほど長い時間では無かったはずだ。だがミサイルを迎撃する絶好のタイミングを逃すには十分な時間だった。対空砲を増設したカノントータスが、一斉に火線を急速に上空から接近するミサイルに向けて放ち始めた。
 警備師団に配備されているゴドスやガイサックもそれにつられたかのように対空レーザ砲だけではなく、さして対空目標に有効では無い通常火器までも気が狂ったかのような勢いで撃ちだしていた。
 その光景を見ても海岸に向けて接近する純白のゾイドは何の反応も示さなかった。どうやらジェノブレイカーと違ってこの距離で有効な火器は無いようだ。おそらく帝国のティラノ型ゾイドにとって標準となっている口内の荷電粒子砲は装備しているだろうが、海上でホバリング中に撃てるほど扱いの容易な火器ではないはずだ。
 純白のゾイドから反応が無いのに安心したのかさらに火線の密度が上昇した。そしてミサイルが沿岸陣地に立てこもるゾイド部隊に着弾した。


 ミサイルは短時間のうちに集中して海岸陣地に着弾した。やはり迎撃に対応する時間が短かった為かかなりの数の弾着があるようだった。
 しかし高台に陣取るファリントン軍曹から見る限りではミサイルの着弾点はかなり広範囲に広がっているような気がした。迎撃できなかったミサイルの中にも迷走したのか見当違いの場所に着弾するものも多かった。ひょっとするといまの攻撃はシーカーを有するミサイルではなく、あらかじめ計算された角度で発射された無誘導のロケット弾なのかもしれない。高価なシーカーを有するミサイルと比べれば無誘導のロケット弾はかなり安価に取得することが出来るだろう。
 ミサイルかロケットかはともかく着弾点が広がっているというファリントン軍曹の考えはあたっているようだった。あれだけの規模の攻撃だったにもかかわらず海岸陣地には今もかなりの動きが見えた。それに直撃による爆発や炎上によって生じる煙が上がっている様子も殆ど無い。
 この様子なら海岸陣地は大半が戦闘可能なのではないか、そう思っていた。それを裏付けるかのように再び海岸陣地から砲火が今度は純白のゾイドに向けて放たれていた。この距離になればスナイプマスターのセンサなら純白のゾイドも詳細が分かるほどの情報が集まるようになってきていた。
 やはりあの新型機はジェノザウラーと同クラスの機体のようだ。海上を高速で移動しているおかげで恐ろしいほどの高性能に見えてしまっていたが、落ち着いてみればジェノザウラーでもその程度のことは出来るはずだ。あの速度は脅威ではあるが、それも装備を変更すればジェノザウラーでも可能だろう。外装式のバックパックやスラスターなどはジェノブレイカーと同様の装備に見えなくも無い。だがファリントン軍曹は新型機の装備に首をひねっていた。というよりもあの機体の意味がよく分からないのだ。
 純白のゾイドは構成こそジェノザウラーと変わらないが、機体各部の構造はかなり異なっている。単なるジェノザウラーの改造機などではないはずだ。おそらく設計思想ぐらいしか共通する点は無いはずだ。つまりはジェノザウラーの生産施設や生産体制を転用することは出来ないということになる。
 しかしそうであるにもかかわらず使用されている技術に極端な差でも無い限りジェノザウラーと対して変わらない程度の戦力にしかならないはずだ。いくら戦争状態によって技術の進歩が日進月歩になっているとはいえ、一年程度で生産ラインを完全に変更するだけの意味があるほど強力なゾイドが出来上がるとは思えない。
 だとすれば一体あの機体の存在意義は何なのか。一瞬オーガノイドシステムを完全採用したおかげで扱いづらくなったジェノブレイカーを一般パイロットでも扱えるようにしたのかとも思った。見える範囲でも純白のゾイドは約一個小隊十機程度が存在していたからだ。だがその程度の為に生産ラインを完全に変更することは無いだろう。多少性能をは落ちるかもしれないが、ジェノザウラーやブレードライガーのようにオーガノイドシステムを限定的に設定したうえで機体バランスを整えてやればいいだけだ。外装をここまで変更する必要はどこにも無い。
 まるで他人事のようにファリントン軍曹は考えていた。この距離からでは高速移動するゾイドを狙い撃つのは難しい。それよりもは純白のゾイドに気を取られている海岸陣地の代わりに次第に接近してくるザリガニ型から分離した揚陸艇を攻撃した方が効率はいいはずだ。
 そう考えている間に純白のゾイドは上陸を果たしていた。

 純白のゾイド一個小隊は機動しながら次々と警備師団のゾイド部隊を攻撃していた。それは旧式化したゴドスやガイサックには追いつけない速度で展開していた。
 だがそれだけだった。
 ファリントン軍曹は、純白のゾイドが派手に戦っている見た目ほどには脅威となっていないと思っていた。おそらくあのゾイドはジェノザウラーの進化系であることは間違いないだろう。だとすれば仮想敵は大型機であるはずだ。ジェノザウラーや共和国軍のブレードライガーなどの大型に分類される両軍の新型機は何れも対大型機戦に特化しているところがあった。レッドホーンなどが全身に小火器を満載して、小型ゾイドに対して要塞のように振舞うのとは正反対に、ジェノザウラーは口内の荷電粒子砲や背部の大型レーザ砲のような大型火器で敵大型機を駆逐することを主目的としているのだ。
 ジェノザウラーの場合は、おそらく西方大陸戦争初期に帝国軍後方に出現して大損害を与えた共和国軍機動部隊に対抗するのが目的だったのだろう。この機動部隊は当初シールドライガーにコマンドウルフ、後に近接戦闘に特化したブレードライガーや砲撃戦闘が可能となったシールドライガーDCSなど比較的大型のゾイドのみで編成されていた。その機動性もさることながら、軽ゾイドが主力の主力部隊が対抗するのは難しかったのだ。
 だがジェノザウラーは高機動性と、大型機相手に有効な強力な火器を装備している。これは足を止めての戦闘となってしまえば、装甲の薄さから意外なほどの脆さを示してしまう高速部隊にとってかなり戦いづらい相手だといえた。つまりジェノザウラーとは高速部隊や敵主力となる大型ゾイドを狩る駆逐ゾイドなのだ。

 しかしジェノザウラーは確かに強力なゾイドではあるのだが、その火器は多数の小型機を相手にするにはやや不利なものがあった。小型機の群に対しては大型機には有効ではなくとも小型機に対しては十分有効な小火器を多数搭載する従来どおりの設計機の方が有利となることも多いだろう。そして純白のゾイドはジェノザウラーの駆逐ゾイドとしての性質をさらに特化した機体のように見えた。一対一の近接戦闘ともなればその真価を発揮することも出来るだろうが、今の状況では牛刀を以て鶏を割くようなものだ。だからその派手な機動にくれべれば警備師団の被害は少なかった。
 おそらく敵の目的は、純白のゾイドで撹乱する間に、ザリガニ型ゾイドから発進した揚陸艇を無事に海岸に上陸させることにあるのだろう。そしてこのままでは敵軍はその意図を成功させるだろう。大した脅威とはなっていないとしても海岸陣地は純白のゾイドに対処するので手一杯だからだ。
 しかしこれまで隠匿され続けていたファリントン軍曹達のスナイプマスターはまだ敵に気付かれていない。いまはスナイプマスターの狙撃砲の存在がありがたかった。これで海岸陣地の主力部隊の代わりに揚陸艇を攻撃することが出来る。ファリントン軍曹はそう考えていた。


 すでに揚陸艇はスナイプマスターが装備する狙撃砲の射程に入っていた。だが小隊長からの射撃命令はまだ下されていなかった。
 ファリントン軍曹は焦りを感じながら小隊長機を見やった。まだ海岸から離れて深度があるうちに揚陸艇は撃破しなければならなかった。揚陸艇が搭載しているゾイドが大型機であれば、浅瀬でも容易に突破されてしまうからだ。主力となる小型歩兵ゾイドであっても十分な時間さえかければ海岸にたどり着くこと自体は可能かもしれない。
 しかし小隊長機の狙撃砲はぶれることなく一点を狙い続けていた。その様子を見る限り小隊長は照準を移動する揚陸艇に追随させるのではなく、揚陸艇の移動コースを予想して一点を狙っているようだ。おそらく射程距離ぎりぎりで狙っても命中率が低下することを恐れているのだろう。

 スナイプマスターが装備するロングレンジスナイパーライフルは、機長兼狙撃手を配置したことでガンスナイパーが装備する同様の狙撃砲と比べて運用性が向上している。そのせいで小型ゾイドであるにもかかわらず二人乗りになってしまい、量産が見送られているのは皮肉としか言いようが無いが、ファリントン軍曹達に配備された先行量産型以降のロットは操縦席からの狙撃砲の管制を前提としたアーキテクチャーが構築されているらしい。
 狙撃砲のハードウェアとしての性能も優れているといえた。従来は歩行時のカウンターウェイトや砲撃時の補助脚としての価値しか持たされていなかった小型ゾイドの尾部を下記の搭載スペースとして転用するというアイディアそのものはガンスナイパーと変わらないが、ガンスナイパーでは歩行時の柔軟性を維持する為に伸縮、分離式だった砲身が、スナイプマスターでは完全に固定されている。
 これは移動の容易さよりも砲の安定性を重視した為だった。理想では砲身はフローティング状態であった方が狙撃精度は向上する。支持架によって砲身に余計な荷重がかかってしまうからだ。しかし狙撃砲ほど大口径になってくると巨大な反動を制御するのが難しくなるし、長砲身による砲口近くでの重力によるダレ量も無視できない。
 さらに狙撃砲が打ち出すのは実体弾であるから、長距離狙撃を行うと発砲から着弾までのタイムラグも大きくなる。現在の距離でも着弾まで五秒程度かかるから、発砲と同時に高機動を取れば容易に回避されてしまうだろう。揚陸艇程度の機動なら無視できるかもしれないが、高速で機動しながらの対ゾイド戦闘において狙撃砲が主力となれないのはこの辺りにも原因があった。
 これにくわえて、144ミリ砲弾の重量はAPFSDS弾の弾芯だけでも9kg近くあるから、海岸地帯に特有の風向きを読みづらい強風によってどれだけ弾が流されるのか把握するのは難しかった。だから長距離での狙撃はスナイプマスターの狙撃砲といえども慎重に行なう必要があるだろう。

 おそらく小隊長は奇襲となる初弾の命中率を重視しているのだろう。それならばそれでかまわない。そうファリントン軍曹は思った。少なくとも小隊長の方針が間違っているとは思えない。いつの間にか小隊長に習うかのように、それまで愚直に照準を揚陸艇の動きに追随させていた小隊員たちも、照準点を固定するようになっていた。
 だが揚陸艇が照準に捉えられるまでの数秒がファリントン軍曹には永遠にも等しく思えていた
 そして照準に揚陸艇が捉えられた。それとほぼ同時に小隊長からの簡潔な命令が下った。ファリントン軍曹も僚機とともにスナイプマスターの狙撃砲の引き金を引いた。数秒後に一斉に揚陸艇の周囲に着弾を示す水柱が立った。
 海面に沸き立った水柱の数は思ったよりも少なかった。おそらく一個小隊十機から一斉に発射された砲弾のかなりの数が、海面に落下することなく揚陸艇に命中したのだろう。それに水柱が上がったタイミングは殆どラグが無かった。つまり発砲はほぼ同時に行われたということでもある。
 ファリントン軍曹はにやりを笑みを浮かべた。被弾した揚陸艇ががくりと速度を落としていたからだ。機関部に被弾したか、それとも装甲外板が被弾の衝撃でめくれあがって障害となっているのかもしれない。いずれにしてもその艇は脱落したも同然だった。次の射弾は速度の低下した揚陸艇に集中させるだろう。そうファリントン軍曹は考えていた。
 しかし小隊長は、揚陸艇群から遅れてよたよたと航行する被弾した揚陸艇を無視していた。小隊長機から次の攻撃目標が指示されたが、今度は違う揚陸艇を攻撃するつもりらしい。ファリントン軍曹は首をかしげた。確かにあの揚陸艇は大きな被害を受けているように見えた。だが致命傷ではない。航行速度は低下しているものの、操舵の自由はまだ確保しているようだ。だから時間さえかければ海岸までたどり着くのは不可能ではない。
 むしろここで確実に一隻一隻と沈めてしまう方が、対峙する敵戦力が少なくなることに繋がるのだから最終的には防衛部隊が有利になるはずだ。次弾を発射しながらもファリントン軍曹はそう考えていた。
 だがファリントン軍曹は間違っていた。


 そのことに気がついたのは、ファリントン軍曹よりもそれまで手持ち無沙汰に周囲の監視を続けていた操縦手の方が早かった。ファリントン軍曹は操縦手のあげた声で異常に気がついた。
「何だ…これは」
 ファリントン軍曹は嫌な予感がして操縦手に何か言う前に、彼が見ていたモニターの映像をスナイパーズシートのサブモニターにオーバーライド表示させていた。そしてファリントン軍曹も異常事態に気がつくと絶句することになった。
「減速…しないだと、故障か」
 彼方に見えていた貨物船がいつの間にか海岸に近づいていた。どうやら外洋航行速力のまま減速することなく近づいていたらしい。ミサイルや純白のゾイドを投入した後は誰も貨物船に注目していなかったからここまで気が付かれなかったらしい。だが揚陸艇を切り離したザリガニ型ゾイドはともかく通常動力型の大型貨物船が海岸にここまで近づくのは危険だった。精密な海図が無い限り、海岸線近くでは海面下に隠れた岩礁によって座礁する危険性は無視できない。そして港湾部近辺でもない限り岩礁まで記載された詳細海図が発行されることは無かった。
 大異変以後は沿岸付近の海底もかなり形状が変化してしまったらしく、今の共和国では貿易港の周辺を重点的に測量するのが精一杯だった。それに沿岸地帯の海運は、大抵の場合水陸両用能力を備えた輸送型ゾイドが行なうことが多かったから測量の必要性も薄かったのだ。
 敵の貨物船は大型の外洋航行型であるにもかかわらずそのような危険な海域に突入していた。運が悪ければ今でも座礁して航行不能になってもおかしくなかった。
 「敵は片道特攻のつもりなのか…」
 慄然としながらファリントン軍曹はそうつぶやいていた。もしそうであれば第307警備師団の思惑は大きく外れることになる。橋頭堡を確保するために敵主隊から先行する敵部隊に対して、水際で阻止戦闘を行うというのが307師団司令部の作戦だったからだ。その作戦には敵先行部隊の規模が307師団で阻止戦闘を行えることの出来る戦力であるという前提があった。そうでなければ水際での戦闘で師団は一蹴されてしまうだろう。
 もしも海岸に向けて接近を続ける貨物船の中身がゾイド部隊であるとすれば、とてもではないが第307警備師団だけで阻止できる戦力ではなかった。それどころか周囲の戦力全てをかき集めても対抗するのは不可能であるかもしれない。すでに共和国軍が立てた作戦の前提は崩壊しようとしていた。

 しばし呆けていたファリントン軍曹達に小隊長からの命令がレーザ通信で飛び込んできた。
「何を呆けている。小隊は現在位置で射撃を続行。友軍の脱出を援護する」
 ファリントン軍曹は首をかしげながらいった。
「友軍の…脱出ですか」
「そうだ、おそらく接近しつつある輸送船の敵部隊はあと数十分もすれば全て上陸してしまうだろう。そうなってからはもはや撤収は困難だ。もともと我々は敵先行上陸部隊程度を阻止するために布陣しているからだ。敵部隊が軍団規模で一気に上陸するのなら戦力規模の違いからして一蹴されてしまうのではないのか。われわれに出来るのはその破局を出来るだけ遅らせる以外には無い」
 どうやら小隊長はファリントン軍曹が考えていたよりもずっと腹の据わった人物だったらしい。だがそれでもひとつの疑問が残った。小隊長の考える味方部隊撤退のタイミングが早すぎるような気がする。まるで敵部隊が全て上陸してから撤退を決定するかのように考えている。だが師団司令部の判断がよほど遅くない限りもっと早いタイミングで撤収を決断するのではないか。あるいは海岸地帯で全滅覚悟まで戦闘を継続するか。
 勿論海岸地帯からの撤収は戦闘行動の終結を意味するものではない。常識的に考えれば中央大陸に残存する戦力が敵部隊と同程度まで集中するまで、周辺の戦力を集合しながら遅滞戦闘を行なうことになるだろう。それがいつまで続くのかはわからない。もしかすると暗黒大陸に派遣されている戦力が帰還するまでかかるかもしれない。
 だからここで中途半端なタイミングで撤退することになればこれからの戦闘で必要な貴重な戦力を無駄にすり減らすことになるだけだった。正面切った正規軍同士の戦闘では何よりも数がものを言うからだ。下手に包囲でもされれば無為に戦力すり減らされるだけで、ろくに被害を与えることも出来なくなるだろう。
 しかし小隊長はファリントン軍曹がそんな疑問を口にしてもなんでもないかのように答えた。
「おそらく師団司令部は状況を正しく把握していない。司令部は砲爆撃を恐れて陣地後方の低地に配置しているし、航空優勢とは程遠い。まともな情報は入ってきていないだろう」
 ファリントン軍曹はそれを聞いてさらに首をかしげた。確かに司令部からは直接敵船団の行動は視認出来ないかもしれない。しかし前線部隊からの情報は無線で入ってきているはずだ。何ならスナイプマスター小隊からこの映像を送ってもいいはずだ。だが軍曹も状況を正しく理解していなかった。それに気がついた小隊長は続けた。
「もしかすると軍曹はまだ気がついていないのか。ついさっきからここ周辺に強電磁波が発生している。おそらく敵のECMだろう。恐ろしく強度が強いからよほど近距離でもないと無線は使えないはずだ」
 軍曹は慌ててサブモニターにESM関連の情報を映し出して、思わず眉をしかめていた。確かに電磁波強度はかなり高い。周波数帯もかなり広く取られたバレッタジャミングだった。この強度と周波数帯では電波源の周囲では人間などあっという間に全身の血液が沸騰してしまうのではないか。そう考えるほどの強度だった。
―これほどの強度であればESMアンテナが受信した時点で自動で警告が出てもよさそうなものだが…
 ファリントン軍曹は射撃を続行しながら、サブモニターにログを呼び出した。ひょっとすると知らずのうちに戦闘で熱くなっていた軍曹が警告を無視していたのかもしれないと考えたからだ。だがログのどこにも警告は無かった。ふと軍曹は眉をしかめた。気のせいかもしれないが、OSの反応が鈍っているような気がする。データの参照速度が遅く感じていたのだ。これも戦闘による緊張が原因なのか。
 首をかしげていたファリントン軍曹は突然至近距離で聞こえた打撃音に慌てて周囲を見渡して、一瞬で顔を蒼白にさせた。軍曹の目にはあの純白のゾイドに首をねじ切られた小隊長機の姿が映っていた。


 襲撃は短時間で終了した。だが小隊は戦力を一気に半減させていた。むしろ所期の目的を達成したからこそ襲撃が短時間で終了したと考えるべきだろう。たった一機の大型ゾイドによって小隊は戦力を半減させていたからだ。
 おそらく敵は高台で砲撃を続けるスナイプマスター小隊を脅威と考えたのではないのか。わざわざ距離のあるスナイプマスター小隊を時間をかけ死角を縫う様にしてまで襲撃してきたということは小隊の脅威度を相当高く見積もっていたと考えてよいだろう。
 最初に撃破された小隊長のスナイプマスターのほかにも何機かが擱座していた。敵機はもしかするとESMアンテナで通信波を拾いながら接近していたのかもしれない。そして最も通信波を放っていた機体を指揮官機と判断して襲撃したのではないのか。そこまで考えてファリントン軍曹は思わずぞっとするものを感じていた。あのとき小隊長と通信を行なっていた自分が無事だったのは単なる偶然に過ぎないのではないか。

 ファリントン軍曹が呆然と考えていられたのはそこまでだった。生き残った小隊員の一人がおずおずと軍曹に声をかけてきたからだ。 「軍曹殿…これからどうしましょうか」
 最初は何を言っているのかよくわからなかった。間抜けな一瞬が過ぎてから唐突にファリントン軍曹は小隊長が戦死したときは先任下士官である自分が指揮をとらなければならないことを思い出した。だが軍曹は唐突な事態の推移に対応できていなかった。頭の中ではぐるぐるととりとめも無い思考が漂うばかりで具体的な考えが思い浮かばなかった。小隊長の声が聞こえたのはそんなときだった。
「動けるものはここから退避。ただし戦闘は続行しろ。機動しながら狙撃を繰り返せ」
 まるで死者がよみがえったような気がしてぎょっとしながらファリントン軍曹は小隊長機に振り返った。小隊長のスナイプマスターはやはり操縦席のある頭部をねじ切られている。破口の位置からして操縦手は即死だったのではないのか。しかし、そのスナイプマスターはぎこちない動作ながらも起き上がろうとしていた。
 まるで地球人の伝説にあったゾンビのようだ。そう考えてからファリントン軍曹は唐突に気がついていた。何のことは無いスナイプマスターは操縦席のある頭部こそ破壊されているが、スナイパーズシートには見たところ損傷はなさそうだった。敵機はスナイプマスターが小型機でありながら複座であることに気がつかなかったのではないか。だからスナイパーズシートに座る狙撃手の存在を放置したのだろう。
 そしてスナイパーズシートからでも一応機体を動かすことは出来る。もっとも操縦席と比べると操作は限定されたものしか出来ないようになっている。実質上スナイパーズシートからの機体操作は、狙撃姿勢の変更や砲の照準のためにあるようなものだった。
「撃破された機体のうち、狙撃が可能なものはこの場に私とともに残れ。狙撃を再開する」
 ファリントン軍曹は呆然として完全に狙撃姿勢に復帰した小隊長のスナイプマスターを見つめた。機動出来ないまま砲撃を続けるなど自殺行為だった。このまま砲撃を再開すれば、敵部隊に目をつけられて再び襲撃されるのは必死だった。

 呆然としていたのはわずかな瞬間だった。あるいはファリントン軍曹も心のどこかでは小隊長の言うことを聞いた最初からそれが最も効率のいい作戦であると判断していたのかもしれない。スナイパーズシートからの操作では機動しながらの砲撃戦など望むべくも無い。だが撤退も困難だった。機体を放棄するのでもなければおとりぐらいしか出来ないのではないのか。それに敵部隊はスナイプマスター小隊を無力化したと判断しているだろうから、奇襲効果も望めるかもしれない。
 機体の破棄、あるいは小隊単独での撤退はこの場合論外だった。大口径の火砲を欠く307師団にとってスナイプマスターの狙撃砲は貴重な重火器だったからだ。だからファリントン軍曹は大きく首肯した。
「機動可能なものは自分に続け。伍長、セカンドトレンチに移動」
 操縦手に次の発砲地点を支持しながらファリントン軍曹は小隊長機を見た。小隊長のスナイプマスターの周りには同じように操縦主を失った機体が集まっていた。最終的に四機が砲撃可能のようだった。二機は完全に反応が無かった。狙撃手も戦死したのだろう。軍曹が見ていたのはそこまでだった。次の瞬間には残り四機となった機動可能なスナイプマスターは移動を開始していた。
 だが、小隊長達の姿が見えなくなっても、その方向から聞こえてきた砲声が爆音とともに聞こえなくなっても、ファリントン軍曹は小隊長の姿がまだ見えるかのようだった。おそらく一生忘れられないのだろう。撤退を開始した師団主力と合流してからファリントン軍曹はそう思い始めていた


 第307警備師団はその戦力を損耗しながらも二ヶ月に及ぶ地帯戦闘を遂行し共和国首都防衛戦に参加した。だが中央大陸に残留していた共和国軍は、首都防衛戦にいたってようやくその残存勢力をかき集め、旧ゼネバス勢力と判明した敵軍に対し数上の優位を作り上げたもののその結果は惨敗だった。
 それは巨大揚陸用ザリガニ型ゾイドドラグーンネストによって輸送されたゾイド、そのなかでもダークスパイナーがネオゼネバス帝国軍に圧倒的な優位を与えていたのだ。ダークスパイナーの強力なECM機能によって共和国軍ゾイドは次々とコンバットシステムをダウンさせていった。そしてパイロットとゾイドとの意思疎通能力を欠いて行動不能、あるいは著しく操縦性を悪化させた共和国軍ゾイドにバーサークフューラーをはじめとする新型ゾイドたちが群がっていった。
 共和国軍はネオゼネバス軍に大きな損害を与えながらも共和国首都を放棄し撤退。かくして共和国首都はゼネバスに二度目の占領を許したのだった。

 だが、共和国首都の陥落は戦闘の終了を意味しなかった。
 かつての第一次中央大陸戦争時に共和国首都がゼネバスの軍門に下ったときとやはり状況はまったく変わらなかった。つまりは共和国正規軍のゲリラ化である。共和国軍は主力となるゾイド部隊こそ大きな損害をこうむったものの、兵員の被害は限定されていた。彼らの多くは地下に潜りゲリラ兵として母国奪還のために雌伏の時を過ごす事になった。
 その中には母体である第7機甲師団に吸収され、対ゾイド歩兵部隊として再編成を受けた第7307歩兵連隊、かつての第307警備師団の姿があった。彼らの戦いは終わる兆しを見せなかった。
 



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