開戦 ZAC2099



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 マッケナ大尉にとっては腹立たしいことに、ベガード中佐は車内でも自説を強弁に唱えていた。帝國の威信だの腹背の敵だのといってはいるものの、要するにベガード中佐の論説は暗黒大陸の帝政を前提にしていた。
 地底族が多くを占める暗黒大陸の民族であればベガード中佐が唱える武断政治であってもそれほど問題は無かった。
 彼らのメンタリティに強者に従うという部分があるからだ。そうでなければ暗黒大陸の厳しい自然を生きぬく為の強力な統治体制が取れないのだ。
 しかしこの西方大陸でそのような武断政治が通じるとは思えなかった。西方大陸には風族や地底族といった主要民族やそこから分派したらしい民族がモザイクのように点在していた。
 だから地底族のように強者に従うものばかりではない。というよりも西方大陸全体に通じるメンタリティの部分が存在しなかった。各民族ごとに主観すらもが違うのだ。
 それにあわせて警備にあたっても暗黒大陸とは違った警備方法があるはずだった。
 なのに帝國軍にそのことを認識しているものは少なかった。
 ベガード中佐は極端であるが、武力を持って警備活動とする姿勢は多かれ少なかれ帝國軍に存在していた。
 共和国軍に対して勝利している今はまだ良いが、西方大陸から中央大陸へと軍を進めれば、武断政治を行えば自然と警備の部隊は肥大化するだろう。
 武断政治とは圧倒的な戦力を有して初めて有効となる方法だからだ。
 そんなことに戦力を割いていれば前線で兵力不足に陥るのは間違い無かった。これを解決するのは簡単だった。現在の武力で各部族を制圧するように恭順させるのではなく、宣撫活動を行って帝國と結びつくことの優位を知らしめるのだ。
 ようは相互防衛や物資の支援などの条約を部族との間に結ぶのだ。もちろんそれは公正なもので無ければならない。
 それによって自然と西方大陸の民心は帝國になびくはずだった。

 マッケナ大尉はため息をつくと窓の外を眺めた。
 いずれにせよこれは帝國にとって大きな方針転換になるだろう。一介の参謀将校ごときが論じても意味は無かった。
 己の無力さをかみ締めながらも、マッケナ大尉はまだあきらめてはいなかった。まだ最悪の状態ではなかった。これからでも帝國を正しい方向へと導くことは不可能ではないはずだった。
 まずは目の前のベガード中佐を説得して山岳民族への攻撃を中止させなければならない。その困難さにマッケナ大尉が頭を痛めていると、突然軍用車両の車体を衝撃が貫いた。
 どうやら大口径のライフル弾による攻撃を食らったようだった。軍用車輛は車体を傾けて、近くの露岩に乗りかかっていた。
 このままでは横転する。そう思ってマッケナ大尉が慌てて運転席のミュラー軍曹を見ると、わずかに赤い筋が飛翔するのが見えた。
 ――負傷しているのか
 そこまで考えたところで露岩に乗り上げて車輛は横転した。それと同時に別の衝撃が車体を襲った。  予期しない方向からの衝撃にマッケナ大尉は気を失っていた。

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 谷底の街道を通りすぎる風が体に寒かった。その寒気でマッケナ大尉はゆっくりと目を開けていた。気を失う前にライフルを構えた山岳民族の男達を見たような気がしていた。
 それに集落で見たマニの姿もあったような気がする。どちらにせよ彼らはマッケナ大尉に止めを刺さずに去っていったことになる。
 まだ痛みの残る体をどうにかして起こすと、すぐ先にベガード中佐とミュラー軍曹が同じようにして倒れていた。
 不思議なことに二人とも怪我の手当てが簡単にしてあった。その時になって気がついたが、マッケナ大尉にも包帯が巻かれていた。
 ――これで痛み分けだとでも言うつもりなのか
 何故かマッケナ大尉は笑みを浮かべると立ち上がった。山岳民族ならではの律儀さとでもいうものが好ましかったからだ。
 恐らく彼らは報復のつもりで軍用車輛を攻撃した。だがマッケナ大尉が乗っていたことで手当てをして去っていったのだろう。
 マッケナ大尉が彼らのしきたりを守る男だったからだ。
 しかし彼らの示した律儀さも帝國や共和国にかかれば幼稚さの表れとしか見えないのかもしれない。ため息をつくとマッケナ大尉は二人に近づいていった。
 ベガード中佐もミュラー軍曹も気絶しているだけだった。決して浅い傷ではないが、命に支障は無いはずだ。
 マッケナ大尉は二人の傍らに座ると、山岳民族や他の部族の宣撫工作について考え出した。どうすれば彼らを恭順させることができるのか。
 結論はすぐに出た。というよりも現状ではそれしかとりうる方法は無かった。
 やり方さえ間違わなければ帝國軍と山岳民族の衝突は避けられるだろう。
 気がつけば簡単だった。別に山岳民族と接触することなど必要無かった。
 計算高い所もある彼らならこのまま帝國が共和国軍を押し切ればわざわざ帝國と先端を開くようなことはしないだろう。
 こちらから攻撃を仕掛けない限りは。
 攻撃を中止させる手段はあった。だがそれはマッケナ大尉にとって苦汁の選択だった。
 ゆっくりと立ちあがるとマッケナ大尉は拳銃を引き抜いていた。
 スライドを引いて初弾を装填する。操作には慣れ親しんでいたはずだったが、まるで新兵の訓練のようにぎこちない動作だった。
 マッケナ大尉は銃口をベガード中佐に向けると目をつぶって引き金を引いた。
 至近距離での発砲にもかかわらずミュラー軍曹が覚醒する様子は無かった。まるで動きの見えないミュラー軍曹を背負うとマッケナ大尉は負傷した足を引きずるようにして歩き出した。
 最後までベガード中佐の死体は見ないようにしていた。

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 結局、山岳民族への攻撃が実施されることは無かった。
 強引に攻撃を主張していたベガード中佐が行方不明になったということもあったが、それよりも共和国軍の追撃を急遽命じられたためだった。
 共和国軍は不自然な攻勢に出てから、潮を引くようにして後退していった。
 詳しい情勢は不明だったが、あの攻勢はオリンパス山に建設されていた帝国の研究所を襲撃した高速部隊の陽動だったという情報もあった。
 何故オリンパス山に研究所があったのか、不自然な点は多数見られたが、少なくとも無理な攻勢に出た共和国軍がこれ以上の防衛に無理が出ていると考えるのは難しくなかった。
 これを気に帝國軍は一気に戦線を動かすつもりらしかった。前線への攻撃命令は方面軍から出ていたが、実際には西方大陸に派遣された部隊を束ねる総司令部からの命令らしかった。

   あれから一日以上かけて軍団司令部にたどり着いたマッケナ大尉にチェンバレン大尉がこれまでの経緯を説明してくれていた。
 淡々と状況だけを説明したチェンバレン大尉は、すぐに野戦応急所で手当てされていたマッケナ大尉に別れの挨拶をした。
「どうやら私達の輸送隊も忙しくなりそうね。早くも軍団司令部を前進させようという動きもあるそうよ。前線では追撃がもう始まっている。すくなくとも二日の間にミューズ森林地帯まで共和国軍を押し込むらしいわね。
 もちろんそれには迅速な補給が欠かせないから輸送体制の補強が開始されるという噂もあるわ。具体的には補給物資を積んだホエールキングをここまで持ってくるらしいけど、後方も混乱ているらしいから詳細は不明。
 そんなわけだから後方へ向かう便に便乗するなら早いうちにね」
 そう言うとチェンバレン大尉はデータパッドをマッケナ大尉に手渡した。戸惑った顔でマッケナ大尉が受け取ると、チェンバレン大尉はいった。
「連隊に随行していた野戦憲兵隊からの報告、一応貴方にも見せるように先方が言っていたから渡しておく」
 それだけいうとチェンバレン大尉はさっさと帰っていった。マッケナ大尉はデータパッドにタベ特務少尉から送られた報告を表示した。

 タベ少尉達憲兵隊は山岳民族の逮捕を命じられて集落に向かっていた。もちろん憲兵隊だけの戦力では集落を制圧することはできない。
 逮捕といっても形だけなのではないか。要するに帝國の面子を立てようとしただけだ。
 だがたどり着いたタベ少尉らは無人の集落を見ることになった。攻撃を予期して何処かへと去っていたようだった。
 報告はそこで終わっていたが、最後にタベ少尉の所感が添えられていた。
 山岳民族は集落を一時的に捨てただけであり、先頭が下火になれば集落へと戻ってくる。それに集落を離れた現在でも戦闘力は維持しているだろう。
 帝國軍としてはこれを刺激することなく、不干渉の態度をとるべきである。
 マッケナ大尉はしばらく呆気に取られてそれを見ていた。あの無感情に見えるタベ少尉がこんな文章を書くとはしばらくの間信じられなかった。
 それから堰を切ったようにして笑い出していた。周囲の兵たちが怪訝そうに見るのも気にすることは無かった。
 しかめっ面をして無感情に見せているタベ少尉と山岳民族の集落で見たマニや長老たちの姿が何故か重なり合って感じられるからだった。
 案外、この大陸を帝國が完全に制圧することに成功しても、山岳民族は巧みに生き残ってその存在を示すのかもしれない。

 マッケナ大尉の考えは半分あたっていて、そして半分は外れていた。





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