開戦 ZAC2099



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 マッケナ大尉が山岳部族に出した条件は、これ以上の共和国への協力を止める代わりに、帝國による軍事援助を行う用意があるというものだった。
 淡々とした口調で言い終えると、マッケナ大尉は腰を下ろして質問に備えた。しばらく長老たちは小声で話し合っていたが、しばらくして族長が口を開いた。
「ひとつ聞きたいのだが、それはおまえさんの私案なのかな、それとも帝國の上の方も納得している話なのかな」
「現在においては私の私論に過ぎない。しかし族長らがこの条件を受け入れるというのなら、情報部を通じて派遣軍司令部に話を通すことは十分に可能だと伝えておく」
 族長はそれに頷いた。正直なところ、族長もそれ以上は望んではいないようだった。先ほどの長老をはじめとして、何人かはマッケナ大尉に好意的な態度だった。もしかするとエウロペの作法のおかげなのかもしれない。
 マッケナ大尉は心の中で近所にいた老人に感謝していた。もっとも長老たちの大半は共和国軍が敗北しつつある現状を考えているのは確実だった。このまま共和国軍が敗退すれば彼らの後ろ盾が消滅してしまうからだ。
 族長はそんな周囲の雰囲気を感じ取って結論を出そうとしていた。だがその前に末席のマニが口を開いた。
「私もひとつ聞きたいことがある。帝國軍の軍事援助とは具体的になにを指すのだ」
「とくには何もない。もちろん部族がそれを望むのなら各種兵器の援助は可能だろう」
 族長が苦笑しながらマニに顔を向けた。正直なところ、帝國が望むのは局外中立以上のものではないだろう。共和国軍とは違って帝國軍の戦力は充実している。現地武装勢力の助力は必要ないということだろう。
 だが、この条件は山岳民族にとっても決して悪い話ではない。何故ならマッケナ大尉の私案通りなら山岳民族は共和国と帝國の双方に恩を売る形で戦闘を中止できるからだ。帝國も共和国も西方大陸の領土自体にはそれほどの価値を見出しているわけではないから、どちらが勝利するにせよ山岳民族の独立は保たれるだろう。
 正直なところ族長も共和国軍の勝利について悲観的な考えを持っていたから帝國軍との間にパイプを作っておくことに問題は無いように思えた。
 族長が承諾を示そうとしたときに、いきなり部屋の扉が空けられた。
 部屋に入ってきたまだ若い男は一瞬、帝國の軍装を着た二人にぎょっとしたようだが、すぐに族長に向かって叫んでいた。
「街道の方にいたカウマン達が帝國軍にやられた。帝国軍が急に襲ってきたといっている」
 全員が唖然としている中、族長がゆっくりといった。
「どうやらあんたの影響力はそれほど大きくないようだな。話があるのならまた後で来てほしい」
 マッケナ大尉は硬い表情でうなずいていた。

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 下山してきたマッケナ大尉を迎えに着たのは軍団司令部で情報収集を命じていたミュラー軍曹だった。
 律儀に敬礼をするミュラー軍曹に頷くとマッケナ大尉は説明を求めた。
「山岳民族との間に戦闘が起こったのは20時間ほど前のことです。場所はお伝えした通りに山脈を抜ける街道地点です。
 現在までに分かっている状況ですが、イグアン十機による哨戒中に対物ミサイルによる攻撃を受け、付近にいた山岳民族と思われる武装集団を掃討したそうです」
 マッケナ大尉は連隊本部の天幕に向かって歩きながら話を続けた。
「対物ミサイル?・・・では先制されたのはこちらなのだな」
 不機嫌そうな顔でマッケナ大尉は言った。山岳民族の方から手を出してきたというのがやや不自然に思えるからだ。非装甲の車両程度ならともかく、イグアン完全装備の一個小隊に対して対物ミサイル程度しか持たない山岳民族が対抗できるはずも無いからだ。
「最初の攻撃が対物ミサイルだというのは間違い無いようです。それと戦闘中にイグアン二機が被弾、搭乗員一人が戦死しています。それと・・・」
 そこから小声になると、ミュラー軍曹は周囲を見回してからマッケナ大尉の耳元でささやいた。
「第六軍団の情報参謀が動いています。それと派遣軍司令部の一部も」
 眉をしかめるとマッケナ大尉はミュラー軍曹を見つめた。
「情報参謀?ベガード中佐か、それに派遣軍司令部だと、こんな短時間でか?動きが速すぎるな」
 だがミュラー軍曹は首を大きく振るといった。
「勘違いをしないでください。派遣軍司令部と軍団参謀は戦闘の前から不自然な接触が見られました」
 しばし呆然としてマッケナ大尉は空を見つめた。結論はすぐに出ていた。だがそれを口にするのはあまりにも馬鹿馬鹿しかった。
「謀略なのか・・・これは、だがそれにしてはあまりにも稚拙である気もするがな」
 首をすくめるとミュラー軍曹も馬鹿馬鹿しそうにいった。
「結論はまだ出すことはできないでしょう。ですがそれが正しいとしても一概に稚拙であるとも言えないのではないですか。これで山岳民族を大義名分を得たうえで制圧することができるでしょうし・・・」
 マッケナ大尉は面倒くさそうにいった。
「馬鹿馬鹿しい。山岳民族をひとつ制圧するのにどれだけの戦力が食われるかな。そんな無駄をできるほど楽な戦いではないと思うがな、それにこのあたりの集落すべてを吹き飛ばすつもりなのか?
 それよりもは外交によって彼らを懐柔した方がはるかにましだ」
「そんな考えができるのは大尉くらいではないですか。今の軍では外交などは軟弱な手段だと考えられているようですから」
 マッケナ大尉は不機嫌さを隠そうともせずに続けた。
「今はそんな事はどうでも言い。それよりも戦闘を行った小隊員に聞きたいことがある」
「ベガード中佐が彼らの身柄を押さえていますが面会くらいなら問題無いと思います。こちらです」
 そう言うとミュラー軍曹は天幕のひとつを指差していた。

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 マッケナ大尉が天幕の中に入ると、連隊本部中隊の将兵が数人いた。ほとんどの人員は何かの計器を監視していたり、地図を確認しているのだが、一人だけ居心地悪そうにしている将校がいた。
 襟章などから考えると、どうやらその将校が戦闘を行った小隊長らしかった。
 マッケナ大尉は本部中隊の兵に声をかけるとその将校の前に腰を下ろした。
 さりげない動作でミュラー軍曹は天幕の中にあるカーテンを引いていた。将校は下ろしていた目線を上げると、緩慢な動作で仕切られたカーテンを見て、マッケナ大尉の顔を見つめた。
「だいぶ疲れておるようだな。貴公がシュタイナー少尉だな。私は参謀本部情報部二課のマッケナ大尉だ」
 シュタイナー少尉は困惑した顔でマッケナ大尉を見た。
「今度は参謀本部ですか。いったい自分たちが何をしたというのですか。これで何度目です?」
 眉をひそめてマッケナ大尉とミュラー軍曹は顔を見合わせた。
「貴公は今まで説明をしているのかもしれんが、すまんのだがそれとは私は別口だ。だから戦闘についてもう一度最初から話してもらう」
 シュタイナー少尉は面倒くさそうな顔になっていった。
「それはかまいませんが、一体何が起こったのですか。我々は襲撃してきた山賊を撃退しただけです。この騒ぎは何なのですか」
 軽く頷くとマッケナ大尉はいった。
「貴公が戦ったのはとある山岳民族の偵察だと思われる。私はその山岳民族を宣撫するはずだった」
 それを聞いてシュタイナー少尉は呆気にとられた顔をしていた。そしてすぐに言った。
「しかし、自分らを最初に攻撃してきたのはあちらですよ。そんな連中を宣撫することなどできるとは思えません」
「それを判断するのは我々情報部か外務省の職務だ。それよりも貴公に聞きたいのだが本当に相手から攻撃してきたのか」
 シュタイナー少尉は嫌そうな顔をしていった。
「それは間違いありませんよ。最初に自分に向けてミサイルが発射されたのですが、慌ててそれをよけて、あとは戦闘詳細のとおりです」
 だがそれを聞いてもマッケナ大尉は食い下がらなかった。
「そのことについて聞きたいのだが、本当にミサイルは山岳民族達が撃ったのか」
「・・・それはどう言う意味ですか」
「どうもこうも無い、貴公は山岳民族達がミサイルを持っているところを確認しているのか」
 シュタイナー少尉は首をひねると考え込んだ。だが少尉が答える前にカーテンが勢いよく開けられていた。
 慌ててマッケナ大尉とミュラー軍曹が振り向くと、そこには怒気もあらわにしたベガード中佐が立っていた。

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 ベガード中佐が入ってきたことで天幕の温度が急に上がったような気がしていた。もちろんそれはマッケナ大尉の錯覚なのだが、不機嫌そうな顔で怒気を隠そうともしていないベガード中佐の気迫はそう思わせる何かがあった。
 しかし、だからといってマッケナ大尉が気後れすることにはならなかった。マッケナ大尉の予想通りならベガード中佐が何故怒っているのかも予想できるから、すぐに現れることは予想していたからだ。
「貴様は何をしておるのだ」
 ベガード中佐はマッケナ大尉とミュラー軍曹をにらみつけながらいった。慌ててミュラー軍曹が前に出ようとしたが、マッケナ大尉の手がそれを遮った。
「情報部の権限において連隊戦区で発生した戦闘についての聞き取りを行っている最中です」
「何だと・・・戦闘詳細ならどうせ参謀本部にも提出するのだから後からでもすむのではないか」
 マッケナ大尉は首をすくめた。どうやらベガード中佐にとっては情報部、というよりもはマッケナ大尉がシュタイナー少尉と話すのはまずいらしい。
 それは逆にいえば、シュタイナー少尉への聞き取りによって謀略を暴露できるということでもある。ここで引き下がるわけには行かなかった。
「ですがこの戦闘は外交問題に発展する可能性があります。その場合、参謀本部、もしくは軍政部が取り扱うべき問題であると考えますが」
 冷淡ともいえるマッケナ大尉の態度に、ベガード中佐は眉をしかめるといった。
「大尉、頭を冷やせ。いいか、山岳民族のひとつくらいが外交問題にまでなるものか。それよりもこれを期に奴らを一掃してしまうのだ。このまま奴らを放置したまま進軍を続けてはいずれは腹背を突かれることにもなりかねない」
 マッケナ大尉は一度ため息をつくと、冷ややかな目をしながら言った。
「自分はそうは思いません。現在、山岳や砂漠地帯の民族が帝國に抗しているのはただ単にこの地方での影響力を示したいがために過ぎません。このまま帝國が戦線を押し切れば共和国の後ろ盾を失った彼らは戦闘力を大きく減じるでしょう。情報参謀は腹背をつかれるとおっしゃられるが、その時点ではそんな余力は彼らに無くなっているでしょう。
 それよりも今から山岳民族とは関係を結んでいた方が良いでしょう。いずれ帝國がこの大陸を統治する時に備えて、いくつかの民族を味方にしておくのです。そうすれば統治もやりやすくなるでしょうから」
 ベガード中佐はそれでも引くつもりは無さそうだった。マッケナ大尉と中佐は睨み合ったまま動かなかった。
 その緊張を突然シュタイナー少尉が破った。
「そういえば・・・彼らはランチャーを持っていなかったような気がします」
 ベガード中佐が慌てて振り返っていった。
「何を言っておるのだ少尉。先に攻撃をしてきたのは奴らなのだろう」
「そのときの状況を詳しく聞かせてほしい」
 対照的に淡々とマッケナ大尉が言った。
 だが大尉が言い終わる前に当番兵が天幕の中に倒れこむようにして入ってきた。その兵が敵襲と叫ぶのとほぼ同時に爆発音が間近から聞こえてきていた。
 マッケナ大尉とミュラー軍曹は思わず顔を見合わせていた。戦力の劣勢な共和国軍が何故今になって攻勢に出てきたのかよく分からなかった。

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 間近から聞こえた爆発音は、本格的な突撃を支援するための迫撃砲弾のようだった。つまりはすぐに共和国軍の突撃が始まるということになる。
 阻止砲撃の割には砲撃が長時間続いたためだ。本格的な防御陣地を築いていなかった帝國軍は右往左往することになった。
 もともと攻勢拠点でしかない野営地だから砲撃から逃れる為の壕は簡易なものだった。ただし撃ちこまれているのは簡易な迫撃砲弾だけのようだ。少なくとも師団砲兵などが装備する重砲が撃ちこまれた形跡は無かった。
 だから帝國軍は混乱こそしているものの、実質的な被害は小さかった。やはり共和国軍の前線では物資や支援火器が不足しているようだ。
「これは撤退を支援する為の一時的な攻勢だと考えるべきでしょうか」
 天幕から出て近くの壕に入ったマッケナ大尉に、同じように壕に入っていたミュラー軍曹がたずねた。マッケナ大尉はわずかに首を傾げるといった。
「どうだろうな。最近は帝國軍は攻勢をかけていない。情報が正しければこのあたりに布陣している共和国軍の戦力は連隊規模ではないかな。ようするにこのあたりに限って言えば帝國軍と共和国軍の戦力は拮抗している。
 だから十分に共和国軍は帝國軍を押さえられるだろう。これは帝國軍にとっても同じことだ。撤退支援というのが考えられないことは無いが、不自然であることに間違いは無いな。むしろ陽動と考えるべきなのではないかな」
 そこまで言ったところで砲撃が止んだ気配があった。マッケナ大尉とミュラー軍曹が壕から顔を出して周囲をうかがうと、早くも連隊の兵たちが持ち場についていた。
 対ゾイド砲や支援の重砲は勿論、ゾイド戦力も定数以上が確保されているから、このあたりの共和国がすべて押し寄せてきても撃退するのはそう難しくは無いはずだった。
 二人は連隊の兵たちに邪魔にならないように後方に下がろうとした。
 そこに声がかけられた。二人が振り返ると、仁王立ちになったベガード中佐がいた。
「貴様らは何をしておる。早く軍団司令部に帰るぞ。こんな所に参謀がいては迷惑なだけだ。それよりも早く軍団から支援の戦力を出すように命じるのだ。ここで攻勢が途切れた共和国軍を追撃すれば一掃できるだろう」
 敵から逃げるようで情けなくはあったが、いずれにせよここで大尉ができることは無い。だから後退するのが正解かもしれない。
 マッケナ大尉も頷くとミュラー軍曹に運転を命じて軍用車両に飛び乗った。
 ベガード中佐は別に車を用意していたようだが、マッケナ大尉が見たところその車両は迫撃砲弾の破片で破壊されていた。
 要するにベガード中佐は後方へ戻る足がほしくて声をかけたらしい。マッケナ大尉は苦笑しながら、急発進する軍用車両のシートに背を預けていた。



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