開戦 ZAC2099



16


 タベ少尉はうさんくさそうな顔でマッケナ大尉を見ていた。
「恭順とは言われますが、一体どうやって山岳民族を大人しくさせるのですか。大尉殿はご存じないかもしれませんが、彼らは誇り高い部族として知られています。それに戦力も比較的豊富だから、鎮圧するにしても死に物狂いで抵抗してくるでしょう。
 あらかじめいっておきますが、彼らが襲撃に使用する軽機関銃程度が彼らの武装の全てだと判断しない事です。彼らがあの程度の武装しか持ち込まないのは行動を阻害されるのを嫌うからです。おそらく戦闘員全員にいきわたるだけの対物ミサイルランチャーや中型クラスのゾイドくらいなら保持しているでしょう。
 それだけの戦力と得意とする山岳地帯で交戦し鎮圧するにはどれだけ戦力があっても足りません。本格的な戦闘を覚悟するのなら連隊を本隊ごと投入する必要があるでしょう」
 そういうとタベ少尉は飲み干したコーヒーを継ぎ足した。その動作をマッケナ大尉はじっと見詰めていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「どうも根本的なところで少尉は勘違いをしているようだ。貴公は彼らをテロリストだとでも思っているのではないのか」
 それを聞くとタベ少尉は無言で鋭い視線を向けてきた。マッケナ大尉は苦笑いでその視線を受け止めた。
「実は私は戦前の一時期にこの大陸に滞在していた事がある。父親の仕事の関係上で少年時代の大半は本国ではなくて西方大陸のあちこちにいた。その経験から言うのだが、一般的に見て帝國の人間は西方大陸がまるで非文明圏でもあるかのように振舞っている。
 まぁそれは共和国もさほどの違いは無いのだがね。
 しかしそのことは西方大陸国家からみれば理由の無い蔑視政策としか思えないだろう。勿論国力が天と地ほどの差があるのだから彼らも帝國と対等に渡り合えるとは考えていないだろう。だが、もっと根本的な部分で帝國も彼らも変わらないという姿勢を見せるべきだと私は思う。たとえ小規模な山岳民族だとしても国家として扱うべきだということなのだがね。
 そうでなければ将来、帝國は彼らから手痛い仕返しを受けることになるかも知れんよ」
 タベ少尉はそれを聞いても無言でマッケナ大尉を見つめるだけだった。おそらくマッケナ大尉が理想主義者としか見えていないのだろう。マッケナ大尉は苦笑いをしながらその様子を見ていた。
 根っからの軍人であるタベ少尉にこんな話が理解されるとはあまり思っていなかった。おそらくたたき上げであろうタベ少尉は今までの人生の半分以上を軍で過ごしているのだ。だから政治上の問題であっても軍事力での解決法しか思いつかないのだろう。
 だがタベ少尉の返答はマッケナ大尉の意表をついたものだった。
「我々は彼らから信頼されていません。交渉は大尉殿がなさるべきでしょう。失礼ですが大尉殿は外交の経験はあるのですか。それと彼らとの交渉が口約束にならないという補償はありますか」
 呆気にとられながらマッケナ大尉は答えた。
「外交の経験はある。そもそも私以外は外交官というのがうちの家系だからな。だから外務関係に知り合いは多い。大抵のことなら外交部ルートで通す事が可能だと思う」
「わかりました。それでは憲兵隊から護衛を出します。大尉殿のものも含めて山岳地で必要な装備をそろえますので、準備が出来次第出発という事にしたいのですがよろしいですか」
 マッケナ大尉は、今度は多少出来た余裕から笑みを浮かべながら頷いていた。

17


 シュタイナー少尉にはいつもの山岳地帯の風景が何か幻想のように見えていた。
 一度頭を振るともう一度モニターを見返した。疲れているのはわかっていたがどうする事も出来なかった。
 シュタイナー少尉が指揮する小隊は定時のパトロールの途中だった。
 連隊が陣取る野営地は陣地構築がしっかりなされているとはとても言えなかったから定期的な哨戒は必要だった。だが連隊の士官の充足率はあまり高いとはいえなかった。それは山岳地帯に入ってからは特にそうだった。共和国軍は劣勢をカバーする苦肉の策として指揮官を集中的に狙う攻撃を行うことが多かったからだ。
 事実、この小隊を指揮していた前の小隊長もゴドス部隊と遭遇した時に集中砲撃を食らって戦死していた。小隊長補佐として配備されていたシュタイナー少尉はそれで小隊長に任命されていた。しかも今日まで小隊が受けた損害は補充されないままだった。
 ――しかし補充が来るのも良し悪しだな
 シュタイナー少尉は内心で毒づいていた。
 補充が得られた事で小隊は定数を満たす優良部隊になっていた。中隊長はだからシュタイナー少尉の小隊を重点的に哨戒に出すようになっていた。他の小隊は完全に定数を満たしてはいなかったからだ。
 もし襲撃にあっても耐えられるだけの戦力を哨戒に投入するのは当たり前の事だったが、小隊員は不満そうだった。
 そのおかげで他の小隊よりも休息や整備に取れる時間が少なくなってしまったのだから当たり前だった。それはシュタイナー少尉も同じ事だった。何故一番経験の少ない自分がこんな重責を負わされるのか、いささか理不尽なものを感じていた。
 すさんだ気持ちでシュタイナー少尉はもう一度モニターを見た。ふと眉をしかめた。一瞬崖の上に反射するものがあったような気がしていた。
 シュタイナー少尉はその正体を考える前に操縦桿を傾けた。何となく嫌な予感がしたからだ。
 そして発射されたミサイルはシュタイナー少尉が乗るイグアンのすぐ脇を掠めるように飛んでいった。
 慌ててシュタイナー少尉は後方を進む小隊員に警告した。疲労が見えてもさすがに訓練された将兵達だった。補充兵を含めて全員がシュタイナー少尉が細かな指示を出す前に遮蔽物に隠れていた。
「右側の崖の上、歩兵だ。奇数機は崖に跳躍、偶数番機は援護」
 シュタイナー少尉もそう言うと同時に背中のスラスターバインダーを全開にすると崖の上に跳躍していた。
 いきなり浮かび上がった五機のイグアンに右往左往するゲリラ達に向けてシュタイナー少尉たちはインパクトガンやレーザ砲を速射していた。
 すでに緒戦で感じた高揚感は薄れていた。

18


 グラム湖からの冷たい風は山岳地帯に入っていくにつれて更にその強さを増していくようだった。実際には風はグラム湖からではなく、あちらこちらから吹いてきていた。どうやらこの辺りの風向きは複雑な地形によって左右されているようだった。
 軍用の分厚い外套を着ているのにまるで直接風が皮膚に当たっているかのような気がしていた。アタックコングの背に増設されたシートにしがみ付きながらマッケナ大尉は思わず身震いをしていた。
 やはり温暖な西方大陸とはいっても山岳地帯に入れば気温はかなり低下するようだ。しかしメルクリウス湖の辺りの南方戦線では逆に暑さに悩まされているというから面倒な話だった。
 帝國本土は大半が寒冷地だから、そういう点ではあらゆる地形があるといってもいい中央大陸のヘリック共和国の兵の方が有利なのかもしれない。
 マッケナ大尉は大きく頭を振った。周囲の殺風景な様子に感傷的になっていたようだった。唐突にアタックコングの背が揺れ動いた。
 マッケナ大尉は不審そうな目を周囲に向けた。するとコクピットの下士官がマッケナ大尉の方を向いていった。
「このあたりで一度休憩しませんか、慣れない登山行軍で兵が疲れておるようですので」
 マッケナ大尉は曖昧な表情で頷いた。内心では休息を待ち望んでいた。
 増設されたシートは太いパイプを組み合わせただけの代物だったから長時間の行軍で体がまいっていた。
 だが初見の将兵にそんな姿を見せるわけにもいかないから、マッケナ大尉はかなりきつい思いをしていた。
 適当な窪地のあたりで停止したアタックコングから精一杯の威厳を保ってマッケナ大尉は飛び降りた。その場で倒れこんで体を横にしたい気分だったが、無理矢理窪地に向って歩き出した。
 周囲では兵たちが駐機させたコマンドゾイドに偽装を施していたが、さすがにそれを手伝う余裕は無かった。

 休息とはいっても、ただ飲料を温めて飲むだけだ。煙が出ないように工夫されたコンロを使って器用に憲兵達は湯を作っていた。マッケナ大尉は少し離れた場所から呆然とそれを見ていた。
 するといきなり横から缶に入れられたコーヒーが突き出された。慌てて横を見るとアタックコングの下士官が笑みを浮かべながら缶を手にしていた。
「だいぶお疲れのようですな」
 マッケナ大尉は首をすくめると強がっていった。
「そうかな。本国に帰ればこの程度の山はいくらでもあるだろう」
 だが下士官は眉をしかめるといった。
「そうではありません。自分らが、いえ帝國がこれからどうなるかはいってみれば大尉の肩にかかっておるのです。それなのに疲労が溜まっておるのを隠しておるように見えます。別に大尉殿がどう見えようが自分らは気にしません。本番で困らんようにしてくださればそれでかまいはせんのですからな。
 まぁ気を楽にしてくださいということです」
 本音のこもった下士官にマッケナ大尉は薄く笑みを見せると缶に入っていた熱いコーヒーに口をつけた。
「わかったよ曹長。それでは残りの行程では少し寝かせてもらう事にするよ」
「それがよろしいでしょう」
 再び笑みを見せると下士官は下がっていった。だがマッケナ大尉は、下士官のいったことがいつまでも脳裏から消えなかった。
 考えようによってはこの大陸での帝國の基幹方針を左右する立場にマッケナ大尉はさらされているのだった。

19


 目的地である山岳民族の集落に到着したのは、もう日も暮れようとしている頃だった。出発したのは、その日の朝早くだったから、半日以上行軍しつづけたことになる。
 集落はグラム山脈の中腹にあった。あたりは険しい山岳地帯が延々と続く場所なのだが、集落の周りにはわずかだが耕作地も存在していた。
 だが耕作地と集落の規模から考えると、とても農作だけで人口を維持できるとは思えなかった。
 おそらく酪農や山岳地帯での狩猟などを組み合わせて生活しているのだろう。このあたりの山岳部族は大半がそういう生活をおくっていた。
 グラム山脈の人口密度はあまり高いものではないが、大規模な水源であるグラム湖へと流れる河川も近くにあるから、そうそう暮らしづらいということは無さそうだった。
 半分が狩猟民族という事情からか、山岳民族は勇敢で誇り高い部族として知られていた。砂漠の部族と比べると団結力という点ではいささか劣るかもしれないが、全体の戦闘力は帝國軍でも無視できるものではなかった。

 マッケナ大尉と憲兵隊は集落の正面から堂々と近づいていった。普段から山岳地帯で暮らす彼らの視力はずば抜けているものがあった。下手にこそこそと近づいていくと、いつのまにか発見されて警戒される恐れがあった。
 そのくらいなら正面から近づいていったほうが攻撃の意思を見せることも無くなるだろう。憲兵の中には過剰に警戒しているものもいたが、マッケナ大尉は落ち着いていた。いつのまにかついさっきまで感じていた不安は何処かへと去っていった。
 すでにマッケナ大尉はアタックコングから降りると、徒歩で集落に近づいていた。
 耕作地に入った頃からマッケナ大尉は周囲からの無遠慮な視線を感じていた。やはり早いうちから部族のもの達は大尉の存在に気がついていたようだった。
 ただし、憲兵隊のコマンドゾイドを先導するように歩くマッケナ大尉が戦闘の意思を示さないから手を出さなかっただけだった。
 おそらく武装した男たちが物陰に潜んでいるはずだった。そして集落に入る前に、マッケナ大尉の前に人影が立った。その人物は分厚そうなフードをつけたマントをみにつけるこのあたりの旅装をまとっていた。
 マッケナ大尉はわずかに首を傾げると、この地域で昔から伝わっている挨拶をした。その挨拶は、言葉だけではなく、仕草を含む複雑なものだった。動作や言葉の抑揚だけでそのものの意思を伝えることができた。そんな挨拶が作られたのはあちらこちらの部族が偶発的な戦闘を行うのを避けるためだ。
 住み分けのできている小規模な部族が戦闘を行えば、人口が維持できなくなるほどの損害を受けることもあった。
 しかも、そんな戦闘は未知の部族同士が出会えば頻繁に発生した頃もあった。だからその挨拶で戦闘の意思が無いことを伝え、お互いの居住地を伝え合うのだ。
 マッケナ大尉がその古い挨拶を聞いたのは、少年時代に近所に住んでいた山岳民族の老人からだった。最初に聞いてからかなりの年月が経ってしまったために、かなり我流が入っていたが、それでも意思を伝えることはできたはずだった。
 だが、目の前の人物は返事をすることなく突っ立っていた。
 もしかすると帝國軍の軍装をしたマッケナ大尉が西方大陸にしか伝わらない挨拶をしてきたのが意外だったのかもしれない。

 しばらくすると、目の前の人物はフードを取り去ると同じように挨拶を返した。  マッケナ隊は意外な思いでフードをとって顔を見せた人物を見た。その人物は30歳前後の女だった。女はわずかに手を上げた。
 その直後に周囲からの視線が弱まったのを感じた。物陰から狙っていた戦闘員が警戒態勢を解いたのだろう。
 だがまだ油断はできない。マッケナ大尉は手短に族長との会見を申し入れた。女は一瞬眉をひそめたが、わずかにうなずくと、よく通る低い声で言った。
「あなたが連れてきたゾイドはここにおいて行くように、それと集落に入れるのはあなたのほかに一人だけとする」
 マッケナ大尉は満足そうにうなずくと軍曹にここを任せて、集落に入っていった。

20


 族長との会見に使われた建物は、部族の男たちがあつまる集会所をかねた住居だった。おそらくこの建物には族長が住まうことになっているのだろう。
 だが集会所のような大きな部屋を設けられた家の居住性は相当悪いはずだった。このあたりの冬場の冷え込みを考えれば、集会所は暖房によっても容易には温度が上がらないはずだ。
 山岳民族の中には、長老達が自分たちの中から族長を選出する部族もあったから、ひょっとするとこの住居には誰も住んでいないのかもしれない。
 マッケナ大尉は寒々しさを感じる集会所を見回しながらそう考えていた。ここまで案内してくれた女はマニという名を名乗ると、マッケナ大尉たちをこの部屋において長老たちを呼びに言っていた。
 いままで所在無さげに突っ立っていた軍曹がマッケナ大尉に声をかけた。
「この村の長老たちは我々の話にのってくるでしょうか」
 不安そうな顔の軍曹に、マッケナ大尉はわざと気楽そうな表情で言った。
「帝國との国力差を考えれば、彼らも完全に無視するというわけにもいかないだろう。それに現在の戦況を考えれば、後ろ盾の無くなる彼らも容易に共和国に協力するというわけには行かなくなるのではないかな」
 マッケナ大尉が言い終わる前に扉の開く音がした。二人が後ろを振り返ると五人ほどの老人が部屋に入ってくるところだった。
 最後にマニが入ると、彼女は扉を閉めた。その間にマッケナ大尉は老人たちに頭を下げていた。
 だが頭を上げたマッケナ大尉はわずかに眉をひそめた。マニが長老たちの末席に腰を下ろしたからだ。マッケナ大尉の視線に気がついたのか、族長らしき老人がいった。
「マニはまだ若いが優秀な長老格じゃて。それで帝國のお若いの、どこでこのあたりのしきたりを知ったのかな」
「私は若い頃は西方大陸で生活しておりましたのでね。その頃に近所に住んでいた老人にこのあたりの作法を教わりました」
 そういってマッケナ大尉は老人の名前と彼がいた部族の名を告げた。すると長老の一人が声をあげた。
「その男なら知っておるぞ。あの部族では長老格だったが、族長が代変わりしたときにそりが合わずに部族を去った男じゃ」
 その長老は笑みを浮かべるとマッケナ大尉をみた。
「あの男に仕込まれたのならこの若者が作法を知っておるのも当然だろうて。族長、わしはこの若者が気に入ったぞ」
 マッケナ大尉はまるで祖父のような年齢の長老を呆気にとられて見ているしかなかった。族長は、その長老を苦笑しながら一瞥するとマッケナ大尉に顔を向けた。
「それでお若いの、今ごろになって帝國がこの部族に何のようなのかな」
 その時には族長の目から笑みは消え失せていた。そこには部族の存亡を決する責任を一身に担う男の目があった。
 マッケナ大尉は威儀を正すと淡々と話し始めていた。



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