開戦 ZAC2099




 まるで暴風雨の時のような風を切る音が聞こえたような気がしていた。風は止まることなく、力強い音を響かせていた。
 だが、不意に風を切る音に混じって異音が響いた。
 マッケナ大尉はゆっくりと目を開けると異音を聞き分けた。
 それは殷々と響く砲声だった。砲声の大きさからしてさほど遠くない場所に砲撃陣地があるのは間違いなかった。
 独特の重々しい砲声から察すると師団砲兵の野砲ではなく、軍団直属の砲兵連隊が保有する野戦重砲のようだった。
 ゾイドに直に搭載するか、モルガなどで牽引する野砲とは違って、野戦重砲はグスタフが牽引するトレーラーを丸ごと使ってようやく運用できる巨大なものだった。
 重量は砲身と機関部の砲部分だけで並みの中型ゾイドに匹敵する重さがある。それに弾薬や人員も含めるとグスタフでなければ牽引できないのだ。
 さらに砲兵連隊は前進観測班からの通信を中継するゲーターや砲兵管制用に改造されたレッドホーンも所属する大所帯だった。
 だからその射程の長さもあって軍団砲兵はめったに移動をしないことで知られていた。
 移動する時はあらかじめルートの偵察をおこなって通行が可能かどうかを確認しなければならなかった。
 特別に改造されたトレーラーでさえ重砲と弾薬を満載した状態では接地圧が過大となる危険性があったのだ。

 すっかり目が覚めたマッケナ大尉は宿として案内された天幕を出ると砲声のする方向に向って歩いていった。
 周りを忙しそうに歩く兵たちの様子からすると軍団砲兵は随分長い間ここにいるようだった。兵たちは誰も砲声を気にしてはいなかったからだ。
 軍団砲兵の陣地まではやはりさほどの距離は無かった。
 少しばかり窪んだところに重砲を積んだトレーラーがとめてあった。牽引用のグスタフは見えなかった。
 少し意外な気がしてマッケナ大尉は周囲を見渡した。
 普通なら重砲が移動するケースはあまり無いが、それでもグスタフの姿が見えないのは異常だった。
 ひょっとすると整備中なのかもしれなかった。それ以上考えるのをやめてマッケナ大尉は窪地の重砲をみた。
 マッケナ大尉はふと眉をしかめた。周囲はぬかるんでいたからグスタフが移動すれば当然出来るはずの轍が確認できなかった。
 だとすればこの陣地に移動したあと長い間グスタフはどこにいるのか。マッケナ大尉は手直にいた兵を掴まえて話を聞こうとした。
 だが、砲兵陣地の周囲には兵はいなかった。陣地にわざわざ聞きに行くのも間が抜けているような気がした。
 マッケナ大尉はあきらめると事情を聞きに参謀部に向おうとした。
 だがそこでこちらに向ってにこやかに笑いながら近づいてくるチェンバレン大尉を発見してしまった。
 大きなため息をつきながらマッケナ大尉も近づいていった。


 チェンバレン大尉が何か言う前に先手を打つようにしてマッケナ大尉が尋ねた。
「砲兵隊のグスタフが見えんようだが、修理中ででもあるのか」
 砲撃を続行している砲兵隊を一瞥してからチェンバレン大尉は手招きをした。周囲は轟音で覆われているから話しやすい場所に行こうというのだろう。
 別に反対する理由も無いのでマッケナ大尉はチェンバレン大尉についていった。
「で何ですって?砲兵隊のグスタフ?」
「そうだ、たしか正規の砲兵隊マニュアルでは砲撃中でも牽引のグスタフは五分以内に牽引できるように準備をしておくものだと思ったのだが」
 マッケナ大尉がそういうのを鼻で笑うと、チェンバレン大尉は困ったような顔でいった。
「何から話せばいいものやら・・・ま、とりあえずそんなマニュアルなんて誰も守っちゃいないわね
 前線で砲撃中ならグスタフはそのまま付けておくし・・・
 ただここの砲兵隊のグスタフはねぇ、あたしらが借りてるのよね」
「軍団支援連隊がか、確か貴様の部隊のグスタフは定数に達しているはずだが」
「それじゃぜんぜん足りないのよ、後方にコマンドウルフとかの撹乱部隊が出没し始めたってのもあるんだけど、やっぱり問題は数ね」
「何だそれは、定数に足りているのにまだ補給が足りんのか」
 チェンバレン大尉は苦笑しながらいった。
「こっちの北部戦線は今はグラム山脈で進撃を停止しているのは知っているでしょ?
 でも南部の戦線はメルクリウス湖のあたりで共和国軍の抵抗にあっていてね。
 だから派遣軍直轄の輸送部隊が全部そっちにまわされてるの」
 そういいながらチェンバレン大尉は周囲を見渡した。どうやら話はこれで終わりというわけでは無さそうだった。
 しかもあまりマッケナ大尉に聞かせたいというわけでもないらしい。
 それに気が付いたマッケナ大尉は先手を打つようにいった。
「何か問題があるのならば聞かせてみろ。別に知らぬ仲というわけでもないのだからな」
 言外に参謀本部の人間として聞いているのではないという事を伝えていた。
 チェンバレン大尉もそれに気が付いたらしく、まっすぐにマッケナ大尉の顔を見つめるといった。
「はっきりいうけど派遣軍司令部の参謀部は馬鹿?」
「・・・要約しすぎだ。わかるように言え」
 頭を抱えながらマッケナ大尉は近くにあった弾薬ケースに座り込んだ。
「そうね、軍団の輸送隊が今どこまで物資を引き取りに行っているのか知っている?」
「いや、知らないな。距離から言えばレッドラスト砂漠のどこかが適当なのだろうが・・・」
「はずれね、いまあたしらはニクシー基地まで物資を取りに行ってるわ。だからいくらグスタフがあっても足りないのよ」
 マッケナ大尉は唖然としてチェンバレン大尉を見返した。どうみても軍団級の支援部隊が移動する距離ではなかった。
「ニクシー基地から補給部隊は前進していないのか?」
「向こうにもそんな余裕が無いのよ。数が足りない派遣軍所属のグスタフは全部南部戦線の支援に回されてるわ。
 だからあたしらは砲兵部隊に師団段列まで動員してどうにか補給物資を運んでるのよ。
 うちの軍団はまだマシね。補給物資の数自体はそれほど不足していないからね。
 ただ、前線まで輸送する暇が無くて、前線部隊に直接後方のデポまで弾や飯を取りに来てもらってるんだけどね」
 予想以上に深刻な問題にマッケナ大尉は眉をしかめた。そしてゆっくりといった。
「輸送部隊の不足はあらかじめ予想されていた。現行の師団数から考えれば今の1.5倍程度はグスタフが必要だった」
 独白じみた事を言い出したマッケナ大尉をチェンバレン大尉は感情のこもっていない顔で見つめた。
「だが後方での輸送に関してはそれほど問題が生じるとは考えられていなかった。
 現地の輸送業者を積極的に使用する方針だったからだ。しかし派遣軍司令部による輸送業者の徴募は成功しているとは言いがたい」
「後方に出没するゲリラね。それで治安が悪化して輸送業者が帝國の荷を運ぶのを嫌がっている」
「そうだ。輸送業者に強制するのは簡単だ。だがそれでサボタージュがあるようでは困る。もっと根本的なところで解決しなければならない」
 チェンバレン大尉は先をうながした。
「後方のゲリラの大多数は現地の部族だ。彼らは共和国に雇われているか説得されたと考えられる。
 俺が派遣された本当の理由は彼らへの宣撫工作だ」


 移動する軍用車輌の窓枠に肘をのせてマッケナ大尉はずっと荒々しい風景を見ていた。
 レッドラスト砂漠地帯とミューズ森林地帯を隔てるグラム山脈は、標高よりもその険しさで知られていた。
 砂漠地帯の暑い風と森林地帯を越えた海側から吹いてくる風とに両側から削られてそうなったのだといわれていた。
 その山頂近くは大きな温度差をもった2方向からの風によって複雑な気流が渦を巻いていた。
 その気流はグラム山脈を越える航路を取る航空ゾイドにとっての難所となっていた。

 マッケナ大尉を乗せた軍用車輌はグラム山脈のなかで、この辺りでは最低鞍部となる場所を通過するところだった。
 全体的に険しい地形が続くグラム山脈だが、まれに天然の回廊となる鞍部が存在していた。
 その様な場所はたいてい地元の交易商人たちの手によって街道に整備されていた。
 勿論、街道といっても舗装されているわけではない。ただ幾度も商人達が通過するうちに踏み跡が出来て道路となっているだけだ。
 だが道そのものがどこにあるのかしばしばわからなくなるようなグラム山脈では街道は貴重な存在だった。
 軍用車輌は前線に張り付いている連隊の連絡車輌だった。
 マッケナ大尉は補給についての打ち合わせに軍団司令部に来ていた車輌が帰還するのに同乗していたのだった。
 その連隊は山脈の中ほどの場所に展開していた。いまだ山脈の麓に展開している共和国軍に圧力を加え続けるためだ。
 軍団のなかでも突出した位置に連隊は布陣していた。他の連隊は地形の関係上それ以上の前進には相当の被害が予想されるからだった。
 もちろん連隊は軍団予備などで十分に増強されていたから戦力的にはそれほど問題は無いはずだった。
 だがそれも正規軍同士の戦闘であればだった。
 突出部である連隊の陣地には連日のようにゲリラ攻勢が仕掛けられているらしかった。
 攻勢は共和国軍の特殊部隊が主力となっているようだが、小数だが山岳民族系ゲリラも混じっているという情報があった。
 マッケナ大尉はその調査のために前線に向うところだった。
 軍団参謀部にはそのことは伝えずに、単に前線視察であるとだけ伝えておいてあった。だからそれほど派手に動けるわけではなかった。

 いきなり車輌が止まったのでマッケナ大尉は窓枠に頭を打ち付けるところだった。
 あわてて運転手の特技兵を見ると、マッケナ大尉に軽口をついて軽い感じを受けた特技兵が別人のように鋭い目つきですぐ先をにらんでいた。
 後席に座っていた補給担当の先任曹長がいった。
「いつでも発進できるようにしておけ」
 曹長が言い終わらないうちに最初の発砲があった。それはすぐに弾幕となって軍用車輌を包み込んでいった。


 銃撃が始まると同時に軍用車輌は出力最大で後進していた。
 襲撃者が張る弾幕はついさっきまで軍用車輌がいた空間を薙いだだけで終わっていた。
 百メートルほど軍用車輌が後退して停止した時には既に弾幕は止んでいた。
「車輌に被害はあるか」
 後席に座る曹長の質問に運転手の特技兵は手早く状況を確かめながらいった。
「前部数箇所に弾痕あり、装甲を貫通してるのもありますな。機関には異常なし、帰ったら修理が面倒ですね」
 後半は気楽な口調になっていった。後席の曹長からも急速に緊張感が薄れていくのが感じられた。マッケナ大尉は衝撃に備えて丸くなっていた体をゆっくりと元に戻した。
「このような襲撃はよくあることなのか」
「よくあると考えて間違いないと思います。三回に一度くらいはあるんですよ」
「襲撃犯の正体はわかっているのか、この程度の車輌に命中弾があって破壊できないという事は軽機程度の火力のようだが」
 曹長が忌々しそうな顔で答えた。
「山賊ども、あのクソッタレな山岳民族どもに間違いありませんよ、あいつら共和国から雇われていやがるんですよ」
 汚い口調にマッケナ大尉が面白くも無さそうな顔をしているのに気が付いて、曹長はそっぽを向いた。
 どのみち情報部の参謀に親切にする義理もなかった。
 二人とも気難しい表情になってしまったので、困った特技兵は明るい口調でいった。
「大丈夫ですよ大尉殿。あいつら弾薬がないのか一度襲撃に失敗すれば退散しますから」
「積極的で無いのは共和国には雇われているだけということかな」
 前方を監視しながらマッケナ大尉が言うと、曹長が難しい顔をしたままいった。
「だからといって奴らが敵であることに間違いはありませんよ」
 マッケナ大尉は何も言わなかった。前方の道に何人かの武装した男達が現れたからだ。
「どうにも私にはやる気満々に見えるのだがな」
 どこかうれしそうな口調でマッケナ大尉はいったが、二人は驚愕した目を男達に向けていた。
 男達は道路上に三脚を接地して軽機関銃をこちらに向けていたからだ。

10


 三脚の上に据え付けられてからすぐに軽機関銃の射撃が始まった。
 だがすぐにマッケナ大尉は射手の技量が稚拙である事を見抜いていた。というよりも戦闘に慣れていない様子だった。
 さっきまで谷の上から下方に向って射撃していたから、照準を平地向けに合わせる事が出来なかったのだ。
 マッケナ大尉はほくそえむとドアに備え付けられていた自動小銃を掴むと軍用車輌から降りた。
 そのまま最大に開いたドアを足で固定すると盾にして自動小銃を乱射を続けるゲリラ達に向けた。
 ゲリラの様に無駄弾を撃つつもりはなかった。百メートル少々の距離なら少なくとも近弾にはなるだろう。
 そのとき盾にしていたドアに軽機関銃の弾が命中した。貫通はしなかったが、着弾の衝撃がマッケナ大尉の足にかかってきた。
 それを見て後席から曹長が身を乗り出してきた。
「大尉殿、さっさと後退しましょう。ここは危険です」
 着弾の衝撃を支えた足がしびれていたが、マッケナ大尉はそれを無視して目を細めて照準を付けてすぐに発砲した。
 初弾はゲリラ達の足元に着弾したようだった。目に見えてゲリラ達が浮き足立つのが見えた。
 反撃にあうとは考えていなかったのだろう。マッケナ大尉が続けて発砲するとゲリラの一人が立ち上がった。
 その男が指揮官らしく一声を発するとゲリラ達は素早く荷物を掴むと谷を駆け上がっていった。
 随分と長い間戦闘していたような気がしたがマッケナ大尉が時計を見ると数分しか経っていなかった。
 恐る恐る曹長が後席から出てきた。
「凄いものですな、大尉殿は特殊部隊出身でもあるのですか」
 明らかに先程までとは違う視線で曹長は大尉を見た。マッケナ大尉は面白くも無さそうに答えた。
「ゲリラは明らかに浮き足立っていたからな、それよりも普段とは違うゲリラの行動の方が気になるところだな」
 自動小銃のグリップを離して肩に掛けながらゆっくりとマッケナ大尉は軍用車輌のエンジンブロックに腰掛けた。
 懐から煙草を出すと曹長が手馴れた様子でマッチを摺って火をつけた。
 だがマッケナ大尉が煙草を口に咥える前に重機関銃の重い発射音が鳴り響いて近くの岩がはじけとんだ。
 慌てて振り返ると山岳迷彩を施されたバトルローバーが後方から迫ってくるところだった。
 ようやくマッケナ大尉も共和国とゲリラのとった作戦がわかっていた。
 おそらくゲリラたちが足止めをして後方へとマッケナ大尉達を追いやる。そのうえで後方で待機していた本隊が襲撃すのだろう。
 しかしマッケナ大尉が戦いなれていないゲリラを撃退したことでその作戦は実行できなくなってしまった。それで慌てて本隊が出てきたのだ。
 マッケナ大尉はそこまで理解したところで曹長の軍服を掴むと軍用車輌に押し込んだ。軍用車輌に残っていた特技兵に助手席の窓から首を突っ込んで叫んだ。
「早く出せ、それと連隊に連絡をするんだ」
 だが言い終わる前にバトルローバーが発砲を再開した。今度は軍用車輌に命中した。
 続いて爆発が起こった。マッケナ大尉は爆風に吹き飛ばされた。
 岩場に背中から叩きつけられたマッケナ大尉は気を失いかけたが、大きな足音に目を開けた。
 いつの間にかバトルローバーが三機そこに立っていた。もう一機が同じようにして吹き飛ばされている曹長に銃を突きつけていた。
 バトルロ−バーにのる三人は短く相談すると、先頭機にいた一人が持っていた機関短銃をマッケナ大尉に向けた。
 マッケナ大尉は精一杯共和国兵をにらみつけながらも、力なく両手を上げた。
 その時、バトルローバーの後方にきらりと光るものが見えた。
 怪訝そうな顔になってマッケナ大尉は目を細めた。その表情に気が付いて共和国兵も後ろを振り返った。
 次の瞬間バトルローバーのパイロットは四散していた。
 マッケナ大尉が驚いているとると岩場の影から黒く塗られたゾイドが現れた。
 それは憲兵隊仕様に塗装されたコマンドゾイドだった。



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