開戦 ZAC2099




 帝國軍が共和国軍と開戦したという事実をシュタイナー少尉に最初に教えたのは、愛機のモニターに表示させていた時計の表示ではなく、直上を飛び去っていく長距離ロケット砲弾だった。
 開戦の時刻にあわせていた時計の表示はいつのまにかカウントダウンではなくカウントアップに変化していた。それと間髪をいれずに中隊長からの通信が入った。
「我が中隊は第六軍団の最先鋒として戦う。ゾイド前へ(ゾイド、フォー)!」
 各小隊の指揮官からの復唱が聞こえた。シュタイナー少尉も緊張した声で返事をした。
 小隊長は勿論、中隊長も実戦に参加した事は無かった。それどころか現在の帝國軍において実戦経験のあるものはほんの一握りでしかなかった。
 暗黒大陸が内乱に明け暮れていた時代はシュタイナー少尉が生まれた頃には既に終わりかけていた。
 だが彼らは軍に入隊してからずっと続けられていた厳しい訓練の成果を信じていた。

 大陸内での内乱鎮圧を目的として再建された帝國軍ではあったが、80年代半ば頃から外征型の軍隊として組織改変が行われるようになっていた。
 それは先の大戦でかなわなかった中央大陸への進出を皇帝ガイロスが決定した為である。その第一段階として西方大陸に進出し、これを中央大陸への足がかりとすることが参謀本部によって企画された。
 そしてその目的のために帝國軍は組織構造を変化させ、装備を更新していった。
 80年代から始められていた計画は、90年代後半には急速に軍備を充実させていく事になった。
 ゾイドの量産態勢は勿論、帝國のほとんどの余剰人口は軍人となっていた。共和国との戦力差はまさに圧倒的であるはずだった。
 実戦を想定した訓練を何度も経てきた兵員の質も無視できる要因ではなかった。
 シュタイナー少尉が知る由も無かったが新型ゾイドの開発も着々と進行しつつあった。

 ゾイド部隊が前進する前に念入りに行われる予定だった準備砲撃は、いつの間にか長距離ロケット砲撃から間接砲による支援に切り替わっていた。
 間接砲は段々と射程を延ばして共和国の後方部隊を攻撃する手はずだった。
 長距離ロケット砲兵部隊は反撃を避けて撤収しているか、再装填しているかのどちらかだった。
 そんな中で共和国軍は開戦の衝撃から立ち直りつつあるようだった。シュタイナー少尉たちを飛び越えて砲弾が飛んできていた。
 共和国軍の砲兵部隊が反撃に出ているようだった。だが帝國軍の砲兵部隊はその反撃を対砲レーダーで正確に掴んで反撃を加えていた。
 そして共和国軍にさらに混乱をあたえるべく中距離ロケット砲兵部隊の近接支援砲撃が開始された。
 熱い砲火に支援されながらシュタイナー少尉達は急速に共和国軍部隊との距離を狭めていた。


 遥か彼方から殷々と聞こえてくる砲声にふとマッケナ大尉は顔を上げた。
 いつの間にか前線に近づいてはいるらしい。だが砲声の音量や発砲間隔はそれほど大ききものではない。おそらく前線支援の為に軍団砲兵の大型間接砲が発砲を続けているのだろう。
 まだ目的地の軍団司令部までは距離があった。
 こんな砂漠の真ん中で、わざわざ便乗した補給部隊のグスタフを止めてまでマッケナ大尉は調査をしていた。
 そこにあったのは撃破されたレッドホーンだった。
 そのレッドホーンは開戦と同時に行われた戦闘のさいに共和国軍の反撃によって脚部を破壊され撃破されたものだった。
 撃破されたとはいってもゾイドコアや機載コンピュータなどに大きな損害は無かった。
 師団補給所程度では完全な修理は困難かもしれなかったが、軍か方面軍レベルの修理工場ならば再び戦線に戻せるだけの整備能力はあるはずだった。
 だが撃破されたレッドホーンはそのまま放置されていた。周囲を見渡すと戦闘の跡はあちこちに見られる。
 おそらく撃破されたのはレッドホーンだけではなかったはずだ。
 レッドホーンは帝國軍のなかでは比較的重装甲の大型ゾイドだった。そのレッドホーンが撃破されるだけの激戦であれば随伴機の損害も大きかったはずだ。
 だがここに転がっているのは共和国のゴドスを除けばこのレッドホーンだけだった。
 マッケナ大尉はレッドホーンの周囲を回りながら考え事をしていた。

 レッドホーンの周囲を回り終えたところでマッケナ大尉の思考は急にやぶられた。
 便乗しているグスタフの指揮官が声をかけてきたのだ。
 まだ若い軍曹は不思議そうな目でマッケナ大尉を見ていた。
 こんな撃破されたゾイドなど珍しいものではない。そんなものを一々調査しようとしているマッケナ大尉の行動が不思議でならないようだった。
 マッケナ大尉は首をすくめると先を急ぐグスタフに戻った。グスタフは大尉が席に付くか着かないかのうちに発進した。
 大尉が便乗しているグスタフは軍団段列所属のものだった。後方の軍物資集積所から軍団補給所に物資を輸送するというので、軍団司令部に用があったマッケナ大尉が頼み込んで便乗させてもらったのだ。
 最初のうちは軽い気持ちで引き受けた段列の軍曹も、あちらこちらで調査の為に停車させるのであきれ果てていた。
 だがマッケナ大尉には暗い予感があった。
 ――このままではこの方面の帝國軍は甚大な被害を受けるのではないか


 目的地である軍団司令部にグスタフが到着したのは、もう日が暮れようとしている頃だった。
 予定よりも数時間遅れていた。だからグスタフは司令部にマッケナ大尉を下ろすとさっさと補給所に向っていった。
 軍団司令部は通信隊の一部などを除くと、全て小さな窪地の底に設営されていた。それは直接監視を逃れる為だった。
 長距離通信のクオリティを確保する為に野戦通信隊の送受信機だけは窪地からやや離れた丘の上に設置されていた。
 周囲には他に軍団補給所と野戦修理工場、それに軍団の予備戦力として後方に置かれた一個旅団が布陣しているはずだった。
 だが窪地を降りつつあるマッケナ大尉にはそのどれもが見当たらなかった。

 さすがに軍団司令部の警備は厳重だった。マッケナ大尉は司令部の幕僚部天幕に辿り着くまでに数度の誰何を受けていた。
 参謀飾緒(縄)を付けた大尉でも、警務司令の曹長が付けてくれた案内の兵がいなければ司令部に近づくにつれてさらに誰何を受けていたかも知れなかった。
 それほどマッケナ大尉の格好は奇妙だった。まず大尉という階級の士官が単独でうろついているという事が奇妙だった。普通なら副官の下士官などを連れているはずだった。
 それに大尉の軍装自体がさらに奇妙なものだった。陸軍参謀本部の所属を示す参謀飾緒を付けているにもかかわらず、士官用の野戦服を着用して護身用の拳銃を腰に吊っていた。
 腰の拳銃嚢には大型の拳銃が入っていた。将校以上は護身用の拳銃を官給品ではなく自費で購入する場合が多かった。
 特に貴族出身の士官が多い帝國ではその傾向は強かった。
 その分、軍用の官給品とは違って貴族達が買い揃える拳銃は各部に瀟洒な彫刻などが彫られたものが多かった。
 それらは実用品とは言いがたいものだったが、どのみち士官が拳銃を発砲するケースは少なかったからそれでも問題視はされていなかった。
 だがマッケナ大尉が所持しているのはそれらとは全く異質なものだった。
 官給品の拳銃があくまでも護身用として小口径で反動の少ないものであるのに対して、マッケナ大尉の持っているものは特殊部隊用に開発されたものだった。
 その拳銃は室内での戦闘に用いられる事を前提として開発されていた。
 要するに狭い室内では取り回しのし辛い小銃や機関短銃の代替として開発されていたのだ。
 代替火器として十分な威力を求められたその拳銃は反動も大きくなり、なれないものが発砲すれば怪我を起こす事もあった。
 だが、何故かマッケナ大尉がその拳銃を吊るしているとまるで体の一部のように見えていた。
 何にせよ、そんな拳銃を吊るしているマッケナ大尉は周囲の風景から浮いて見えていた。


 マッケナ大尉と案内の兵は司令部天幕の方に歩いていた。
 だが天幕が視界に入ったところでマッケナ大尉に声がかかった。
「貴様が参謀本部から来た情報参謀だな。何をしにここまで来た」
 いきなり怒鳴られるような声で話しかけられたので、マッケナ大尉は困惑して声をかけた男を見返した。
 男はマッケナ大尉と同じように参謀飾緒をつっていたがそのデザインは微妙に異なっていた。それは参謀本部ではなく軍団司令部付き参謀の印だった。
 参謀飾緒や階級章などから判断すると男はどうやら軍団参謀部の情報部長のようだった。
 とりあえずマッケナ大尉は男に敬礼しながらいった。
「帝国陸軍参謀本部二部二課所属、ユリウス・マッケナ大尉であります」
「第六軍団参謀部情報部長、ベガード中佐だ」
 憮然とした顔のままその男、ベガード中佐は答礼した。
「それで、貴様は何をしに来たのかと聞いておるのだ。どうせ下らぬ督戦にでも来たのではないか?
 あらかじめ貴様に言っておくが、我が軍団の兵達はみな練度も高く、士気も旺盛だ。
 我々参謀部も作戦計画に忠実に従っており、一週間もすれば山脈を超える事も出来るだろう」
 そこでようやく立ち直ったマッケナ大尉が口を挟んだ。
「どうやら中佐は誤解しておられるようだが、小官は別に督戦に来たわけではありません。
 今回の出張は西方大陸派遣軍司令部が近々予定している前線視察の打ち合わせに来ただけです」
 ベガード中佐はそれを聞くと眉を吊り上げていった。
「嘘をつけ。そんな子供でも出来るような事を何故情報参謀の、しかも参謀本部付きの士官がやらなければならないのだ?
 本当のことを言えばどうなのだ。貴様は参謀本部が送ってよこしたスパイなのだろう。
 いつから参謀本部は前線部隊の足を引っ張るどころか、番犬まで送ってよこすようになったのだ」
 そういってベガード中佐は、敵意をむき出しにした視線をマッケナ大尉に向けた。
 マッケナ大尉は対照的に感情を表に出さないようにして突っ立っていた。だが内心ではかなり焦っていた。
 ベガード中佐の様子から見て軍団には無視する事が出来ないほどの上級司令部不信があるようだった。
 こんな状態では参謀本部付きのマッケナ大尉が何を言ってもベガード中佐は納得する事は無いだろう。
 しかしマッケナ大尉の計画を実行する為には軍団情報参謀の協力が必要不可欠だった。
 眉をしかめてマッケナ大尉はベガード中佐を見返した。
 二人は唖然としている案内の兵を脇に置いたまましばらくにらみ合っていた。
 その均衡を破ったのはマッケナ大尉にかけられた女性の声だった。
「ユリウス・マッケナ?アンタこんなところで何をしているの」
 マッケナ大尉とベガード中佐が振り返ると、そこに輸送科大尉の階級章を付けた女性が不思議そうな目をこちらに向けて立っていた。


 突然話しかけられたマッケナ大尉とベガード中佐は気まずそうな顔で声をかけた女を見た。女は不思議そうな表情を二人に向けていた。
「何?私の顔に何か付いてるんですか中佐」
「いや・・・彼女、チェンバレン大尉とは知り合いか」
 ベガード中佐が気まずそうな顔をしたままマッケナ大尉に向き直った。マッケナ大尉は頷くといった。
「士官学校の同期です。軍団勤務とは聞いていませんでしたが。ところで中佐。小官は任務がありますので失礼させてもらいますが宜しいか」
 話が飲み込めない様子のチェンバレン大尉の視線を感じたのか、ベガード中佐はわざとらしくせきをすると頷いた。
「よろしい。呼び止めてすまなかったな。後で軍団長には挨拶しておくように」
 マッケナ大尉にだけ見えるように睨み付けるとベガード中佐は天幕の一つに入っていった。

「貸し一つね」
 ベガード中佐が十分離れたのを確認してから輸送科の女性士官、チェンバレン大尉がいった。
 彼女はマッケナ大尉と士官学校が同期だった。その頃から彼女はトラブルメーカーとして知られていた。
 すでに不思議そうな表情は消えうせ、それに変わって何が面白いのか満面の笑みを浮かべていた。
 それも可愛らしげに微笑んでいるのではない、まるで肉食獣が獲物を見つけたときのような笑みだった。
 それとは対照的にマッケナ大尉はこれ以上ないというくらいに苦々しい顔になっていた。
「馬鹿なことを言うな。貴様は士官学校で俺とラルフにどれだけ迷惑をかけたか忘れたのではないだろうな。
 そんな借りは貴様の迷惑で帳消しだ」
「馬鹿ねぇ、そんな昔の事なんて時効に決まっているでしょう。だいたいあの頃だって別に後始末をあんた達に頼んだ記憶はないわよ」
 平然と答えるチェンバレン大尉を呆れた目で見ながらどうにかマッケナ大尉は反論しようとした。
「ほう、それは年をとったと認めるのだな。そうだな、俺も貴様も士官学校時代が昔の事になったのだな」
 漠然と反論を予感していたマッケナ大尉はあらかじめ身構えていた。だがチェンバレン大尉は押し黙っていた。
「そうね、私やあんた達の士官教育は昔の事かもしれないわね」
 マッケナ大尉は怪訝そうな顔で先をうながした。
「今の士官学校の話は聞いている?随分カリキュラムが変化してるわ。より実戦向き・・・とは口ばかりね
 正確にはこの戦争向けなんじゃないかしら。戦術、戦略共にそうね」
「それは当たり前だろう。仮想敵との戦争を考えた教育になるのは当然だ。俺達だってそれに変わりはあるまい」
「問題はそれだけではないわ。この圧倒的な戦力での包囲戦。ほとんどそれだけなのよ今の士官が習っている戦術なんて
 勝っている今は無類の強さを誇るでしょうね。幾度も机上演習をおこなっているのだから。
 でももし後退するようになったらろくな後退戦の戦術を出せる少尉はいないでしょうね。それに今の士官学校生はかなりの促成栽培で戦場に出てくる事になるわね
 教育機関の著しい短縮。もう現実のものになろうとしてるのよ」
 マッケナ大尉は黙って聞いていた。参謀本部に勤務するものとしてはチェンバレン大尉とは違った見解があったが口にはしなかった。
 広範囲な戦術の研究の必要性は誰もが感じていた。だがそれに時間を費やしていたのならば現在おこなわれているような快進撃は不可能だっただろう。
 全てをおこなうには時間が足りていなかった。



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