開戦前夜 七話




 暗がりの中を駆け抜ける影を見たような気がした。
 今日は分厚い雲によって月が隠されていた。そのせいで肉眼では監視を続けるのは難しかった。
 だからダワフリは支給されていたゴーグル状の赤外線監視装置を付けた。
 すると砂漠の冷えた空間を熱源が通過するのが確認できた。熱源は大きさや温度分布からみて人間である事は間違いなかった。
 ダワフリはのんびりとすぐ脇で通信機に取り付いていた情報局員にいった。
「奴ら出てきたぞ。マッケナの旦那が言ったとおりの方角に向かっているようだな」
 情報局員は緊張した顔で反応した。
「間違いないのか、その・・・行商人とか民間人である可能性はないのか」
「そうさな、可能性がないとは言わないが、こんな夜中に十人以上で出かける行商なんざ聞いたことがないね。
 そもそも俺達が判断をするんじゃないんだから、さっさと通信を送った方がいいと思うがね」
 ダワフリが言い終わる前に局員の視線が一点で止まった。ダワフリもその方向に向き直った。
「ありゃ爆弾かな」
 一団の中の何人かは随分と大きな荷物を抱えてきたようだった。
「そうかね?私には行商で売りさばくものにも見えないことはないんだがな」
 二人が見ていると、一団のリーダーらしき人物が合図をした。すると荷物を抱えていたものが立ち止まって荷物を地面に下ろした。
 一団もその大きな荷物に群がっていた。そして二人が見ている前で荷物が解かれていった。中から出てきたものを一団が分配している様子がうかがえた。
「どう見ても行商人の行動じゃないよな・・・」
 ダワフリが言い終わる前に局員が黙って一点を指差した。
「あれは小銃だな、向こうは大きさから考えて機関短銃か騎兵銃といったところか」
「間違いないな。これがテロリストの本隊だな。さて、さっさと旦那達に連絡を入れようや」
 ダワフリに答えて、局員は通信機を慎重に操作し始めた。だがダワフリは一団をじっと見つめていた。
 一団の中に一人だけ妙な人物がいた。その男だけは荷物に群がって武器を取ろうとはしていなかった。それどころか一団に見張られているような気配すら感じていた。
 ダワフリは首をかしげながら男を見ていた。どこかで男を見たような気がしたからだ。
 その時、雲の隙間から月光が一団を照らした。急に周囲が明るくなった一団は困惑したように周囲を見渡していた。
 だがダワフリが注目していた男だけは素早く地形の影に隠れていた。ダワフリは眉をひそめてそれを見ていた。
 一瞬だけだったが男の顔が月光に照らされていた。
 ダワフリはまだ連絡を続けている局員から通信機のレシーバーを引っ手繰った。驚いた局員がダワフリから取り返そうとしたが、ダワフリの真剣な表情に圧されて動きを止めていた。
「おい、そこにマッケナの旦那もいるんだろう」
 相手は混乱したような声を返した。
「誰だ、いきなり何なんだ。確かにマッケナ大尉はここにいるが・・・それよりも早く代わってくれ」
 ダワフリは相手を無視していった。
「旦那に伝えてくれ。テロリストの中にはラインハート准将がいる」
 相手はまだ何か言っていたが、ダワフリはレシーバーを局員に押し付けてラインハート准将を見つめていた。


 襲撃予定地点への部隊の進出は順調に進んでいた。もともと部隊主力のアーマードスーツはマッケナ大尉が予想していた地点に集中して配備されていたからだ。
 残りのアーマードスーツ隊の大半は敵テロリスト集団の退路を絶つ位置に移動していた。
 下手に主力と合流させるとテロリストに発見される恐れがあるのだ。だからあまり意味はないと思われる地点に投入するしかなかった。
 しかし攻撃地点に集合している主力だけでも姿を明らかにしたテロリストを殲滅するのは容易だった。
 相手は自動小銃や機関短銃で武装しているのに対して、こちらはテロリスト以上の数で軽機関銃で武装しているのだから正面から戦闘を行なえば一蹴できる戦力差だった。

 マッケナ大尉は予定攻撃地点へ急行するモルガの中で自分の火器を点検していた。
 懐の拳銃から弾倉を抜き出して装弾数を確かめた。弾倉は普段使用している15発装填の物ではなくロングモデルの20発装填の物を用意していた。
 さらに薬室内に装填済みであることを確認する。これで計21発の拳銃弾を装填した事になる。
 マッケナ大尉は安全装置を掛けてホルスターに収めた。同じ調子で一つだけ持った予備の弾倉も確認する。
 それを見て部隊司令が騎兵銃を大尉に手渡した。大尉は礼を言うと同じように確認してスリングを肩に掛けた。
「本当にあなたも攻撃に参加するのですか。この指揮車から指揮をとられたほうがいいのではないですか」
「それは貴公に任せる。私は確かめたい事があるから行くだけだ。積極的な攻撃には参加しない」
 それだけを言うと、マッケナ大尉は予定地点に到着して急停車したモルガから飛び降りて部隊主力に向けて駆け出していた。
 慌てたミュラー軍曹もそれに続いていた。

 マッケナ大尉が、部隊主力と同行していた通信兵の隣に駆け込んだ時、すでに全員が攻撃準備を整えていた。
 アーマードスーツを横たわらせて予想敵位置からの曝露面積を最小にするとあとは敵が現れるまで装備している軽機関銃を敵が現れるであろう地点に指向するだけだった。
 テロリスト集団の追跡はダワフリがしていたから敵を見逃す恐れは少なかった。
 後は敵が現れて攻撃を命じるだけだった。待機は短時間ですむはずだったからアーマードスーツは臨戦態勢のまま断熱シートを被っていた。
 もっとも部隊が使用しているアーマードスーツは発熱量と使用電力を抑えた人口筋肉を使用しているから長時間の待機でもそれほど問題が出るとは思われなかった。
 むしろ最小限の防寒具だけで砂漠地帯にいるマッケナ大尉達の方が危なかった。
 帝國軍に砂漠地帯での夜間戦闘の戦訓は皆無だったからこの攻撃が成功すれば貴重な戦訓となる可能性は高かった。

 ぼんやりとした月明かりに照らされて最初の男がマッケナ大尉達の視界に入ったのは待機を始めてから十分後の事だった。
 残りのテロリストもすぐに一団となって現れた。彼らは周囲を警戒している様子を見せているが、何故か密集して歩いていた。
「何故あいつらはわざわざ密集してるんです」
 ミュラー軍曹が怪訝そうな表情でマッケナ大尉に聞いた。通常、歩兵部隊では敵からの一撃での全滅を避けるためにある程度分散して移動するのが普通だった。
 それは地球人達がもたらした戦術だったが、惑星Ziの戦場でも一般に使用されていた。むしろ機動性と火力の高いゾイドが主戦力である惑星Ziの方が歩兵部隊の配置に対して慎重であるともいえた。
「勘違いをしてはいかんな。彼らは正規の教育を受けた軍人ではない。彼らは自分達が得意とする非正規戦から引きずり出された時点で敗北しているんだ」
 マッケナ大尉がそういうのと同時に通信兵が肩を叩いた。
「一分後に攻撃開始です」
 大尉は頷くとテロリスト達を見つめた。集団は全て攻撃範囲に入っていた。
 その時集団から遅れて二人ほど歩いてくるのが見えた。しかも彼らは巧みに暗がりを縫うようにして歩いていた。
 マッケナ大尉は愕然としてその二人を見ていた。その二人が歩いているのはちょうどアーマードスーツ隊から死角になるところだった。
 だがマッケナ大尉がその事を告げる前に軽機関銃の連射が始まっていた。
 テロリスト集団は反撃もできないまま次々と掃射されていったが、マッケナ大尉の見る限り二人は弾の当たらないところにいた。
 その事に気が付いた時マッケナ大尉は立ち上がってその方向に向けて走っていた。


 テロリスト集団を完全に殲滅するには、小さな砂丘を部隊主力からの遮蔽物としようとしている二人のテロリストを制圧する必要があった。
 マッケナ大尉は彼らから死角になる位置を素早く移動していた。勿論マッケナ大尉からも一定時間は相手が見えなくなるから敵位置を正確に予想する必要があった。
 走りこみながら大尉は素早く敵の予想移動ルートを考えていた。周辺の地形は既に把握しているから咄嗟の時でも敵位置を予想するのは決して難しくはなかった。
 後ろを走るミュラー軍曹に素早く指示を出すと、マッケナ大尉は砂丘の後ろ側を狙撃できる地点に向かった。
 このあたりは砂丘がある程度連続しているから、砂丘の裏側に陣取られた場合でも別の砂丘から見下ろせば銃撃は十分可能だった。
 問題は火力が相手よりも勝っているかどうかだが、マッケナ大尉の騎兵銃とミュラー軍曹の狙撃銃を加えれば、奇襲攻撃によって十分に敵を制圧できるはずだった。

 だが、移動中にマッケナ大尉は妙な感覚を感じてテロリストが遮蔽物に利用しようとしている砂丘を見た。
 そしてマッケナ大尉は呆気にとられて思わず足を止めてしまった。
 いつのまにか丘の上にはテロリストらしい人影がいた。
 マッケナ大尉達を狙った銃撃が始まったのはその直後だった。

 テロリストが戦場からの退避ではなく積極的な攻撃を掛けようとしているのは明白だった。
 マッケナ大尉は銃撃が開始される直前にテロリストの一人が歩兵用のミサイルを準備しているのを見ていた。
 その旧型のミサイルはシーカーの冷却に時間がかかるから後しばらくは攻撃の心配は薄いと思われた。
 だが旧型とはいっても破壊力の点では遜色がないからアーマードスーツくらいなら簡単に破壊する事ができた。
 部隊主力が彼らに気が付いている様子はないからテロリストがミサイルを複数発保有していればそれだけで部隊は混乱する恐れがあった。
 その混乱に乗じればテロリストの本隊はともかく、テロリストの二人ぐらいならば逃走に成功されるかもしれない。
 だから早いうちに砂丘の頂上に陣取る二人に対して効果的な反撃を加えなければならなかった。

 しかしマッケナ大尉とミュラー軍曹は敵の制圧射撃にそれ以上前進する事ができなかった。
 敵は少なくとも自動小銃以上の火器を装備していた。アームドスーツが装備している軽機関銃ほどではないが射程や威力はかなりのものである様だった。
 弾丸も豊富らしくマッケナ大尉達が僅かでも動くとためらいなく銃弾が飛んできた。
 ――いかん、このままでは・・・
 マッケナ大尉はあせってミュラー軍曹を見た。ミュラー軍曹は狙撃銃を持っていたからこの位置からでも銃撃してくるテロリストを狙撃できるかもしれないからだ。
 だがミュラー軍曹は暗然たる表情で自分が持っている銃を見ていて、それを構える様子はなかった。
 大尉は焦って狙撃銃を引っ手繰って構えたが、その時になって狙撃銃のボルトが破壊されているのに気が付いた。
 唖然としてマッケナ大尉がミュラー軍曹に振り向くと、軍曹は情けない表情で大尉を見返してきた。
 マッケナ大尉も泣きたい気分になってきた。大尉の持つ騎兵銃だけでは勝負にならないのは明白だった。
 すでにシーカーの冷却も終わったらしくテロリストの一人がミサイルランチャーを構えだした。
 ぼんやりとマッケナ大尉は起き上がってミサイルを銃撃すれば、制圧射撃に倒れる前にミサイルを叩けるかどうかを考えていた。
 だがミサイルは発射される前にいきなり爆発した。
 マッケナ大尉の目には爆発の直前に砂丘の後方から銃弾が放たれていたのが映っていた。


 ミサイルが爆発した後、今まで制圧射撃を繰り返していた男が後方に振り向いた。
 男は上半身を起こして、手に持っていた短銃身型の軽機関銃を発砲した。
 マッケナ大尉がその隙を見逃すはずもなかった。
 素早く膝立ちになると、騎兵銃を掴んで肘と膝で固定した。セレクターを連射にして男に狙いをつけるとトリガーを引き絞った。
 最初から近寄るつもりは無かった。騎兵銃で狙うにはかなり距離があったが、下手に近寄って時間を失うよりも、弾着のずれを発射弾数で補った方が良いと思ったからだ。
 マッケナ大尉は引き金を引き絞ると、弾幕を張るように僅かずつ銃口をずらした。
 熱い薬莢が続けざまに排出されていた。それが止まると、大尉は素早く予備の弾倉に交換して丘に向けて走っていた。
 すぐにミュラー軍曹も使えない狙撃銃を捨てて予備の拳銃を抜いてマッケナ大尉を追いかけた。
 まだ軽機関銃を持った敵がどうなったかはわからないが、まだ攻撃能力を保有していたとしても少なくとも何らかの傷は受けていると見て間違いなかった。
 だから次に制圧射撃を受ける前に今度はこちらが先に攻撃できるはずだった。

 だが攻撃の必要はもう無かった。
 マッケナ大尉達が砂丘の頂上に走りこんだ時、軽機関銃を吹き飛ばされて負傷したラインハート准将を見つけた。
 腹部に複数の弾丸が命中したらしく、生存の見込みは無かった。ミサイルを操作していた方のテロリストは即死だったらしく焼け焦げた肉片があるだけだった。
 マッケナ大尉が目の前に立つとラインハート准将は僅かに目を開けた。
「おめでとう、君達の勝利のようだ。やはりテロリストは所詮テロリストだな、市街地から出れば簡単に壊滅される。
 一応止めたのだが、やはり無駄だったようだ」
 准将は砂丘の下側で行なわれていた戦闘を横目で見ながらいった。マッケナ大尉も殺気立った目でその方向を見ると、アーマードスーツ部隊が残存するテロリストを排除しているところが見えた。
 既に戦闘は残敵掃討に移っていた。
「都市国家にいたテロリストはあれで全部か」
「さてね、君に教える義理は無いな」
「・・・何故最初に私に声をかけた。貴様は最初からテロリストだったというのに」
 ラインハート准将は一瞬考え込んでからいった。
「君は私の敵だからだ。戦う前に白手袋をなげるのさ」
 ふざけた調子でいうラインハート准将を見やるとマッケナ大尉はため息をついてからいった。
「貴様を始めとするゼネバス人組織の一部が反ガイロス組織を編成した事は帝國もわかっている。
 だから帝國軍の進出にともない憲兵隊か警察師団の手によってゼネバス人の有力者の何人かは拘束されるのではないかな
 貴様のやっている事は自分達で自らの首を絞めようとしているようにしか見えないな。
 何がしたいのだ貴様達は」
「いずれ分かるのではないかな、最後に勝つのは我らゼネバス・・・」

 砂丘の頂上に、ダワフリがまだ銃身が熱い自動小銃とラインハート准将の反撃で負傷した情報局員を抱えながら苦労してあがった時、マッケナ大尉は無言でラインハート准将の躯の前に立ち尽くしていた。


 塹壕から見ている双眼鏡の狭い視界には、砂塵を通して僅かに共和国軍の姿が見えていた。
 マッケナ大尉は双眼鏡から目を離すと周囲を見回した。小高い丘になっているこのあたりには軍団付き砲兵の観測部隊が布陣していた。
 むしろ観測部隊の陣地にマッケナ大尉とミュラー軍曹が入り込んでいるというのに近い。
 今日の開戦に備えて陣地は強固な構造をとってはいたが、共和国軍の激しい反撃にあうのは必死だった。
 共和国軍は帝國軍の開戦の意図を正確に読み取っている節があった。
 ――ひょっとするとラインハート准将のような人物が他にもいるのかも知れんな
 マッケナ大尉はミュラー軍曹をうながして塹壕から出ると丘を下り出した。二人が陣地を歩いている間もひっきりなしに観測部隊の将兵が移動していた。
 この辺りでは高地が珍しい存在だから師団砲兵も陣地を置いているようだった。
「我々がこの大陸に来てからほんの数ヶ月しか過ぎていないんですね・・・それが自分には信じられませんね」
 マッケナ大尉は無言で歩き続けた。ミュラー軍曹も答えは期待していなかった。この上官にはよくある話だからだ。

 都市国家の治安維持を目的として派遣された部隊はいつの間にか増大していった。帝國軍の派遣に対抗して共和国軍も軍を派遣してきたのが呼び水となったのだ。
 両国共に予備役の復帰も行われていたし、今では新兵募集も大々的に行われていた。
 なし崩し的に帝國軍は西方大陸派遣部隊を正式に西方大陸派遣軍とし、司令部人事を行った。当初は一個軍団級の戦力だった派遣軍だったが、今ではいくつかの方面軍を抱えるほどになっていた。
 西方大陸派遣軍は編成表の上では九十個師団もの戦力を抱えていた。そのうちいくつかの師団はいまだ輸送途中でアンダー海の海上にあった。
 だが西方大陸派遣軍、というよりもは参謀本部は共和国軍の戦力が整う前に電撃的な奇襲作戦を行うことを決定していた。その作戦の開始日が今日だった。

「九十個師団の奇襲攻撃といえば威勢はいいですが、実際に投入できるのはせいぜいその半数でしょう。それに共和国軍には察知されていますが・・・本当にうまくいくのでしょうか」
「さぁな、戦力的には帝國が勝っているのだから緒戦はごり押しでも圧勝できるのではないかな。その後のことまでは知らんがな」
「共和国軍に奇襲作戦を察知されたのはやはり准将の組織が残存しているという事なのでしょうか?」
「そうかもしれないな・・・だがそれは我々のあずかり知らぬことだな」
 他人事のように言うマッケナ大尉の後姿をミュラー軍曹は一瞬立ち止まって呆れたような顔で見ていた。
「何をしている軍曹」
 いつの間にかマッケナ大尉は振り返っていた。慌てて大尉を追いかけたミュラー軍曹に僅かに微笑みながら大尉は続けた。
「行くぞ軍曹、次の戦場が待っている」
 唖然としてミュラー軍曹はマッケナ大尉を見つめた。大尉は無言で空を見上げた。
 砲声が鳴り響いていた。二人が歩く上空にも長距離ロケット砲弾が飛び交っていた。
 それが開戦の合図だった。



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