開戦前夜 六話




 ミュラー軍曹は、戸惑いながら目の前に立っている黒色のアーマードスーツ部隊を見ていた。
 アーマードスーツという兵器がこの惑星に流入してきたのはそう古い事ではない。もともとそれは地球人がもたらした技術だった。

 かつて彼らが地球から外惑星へとフロンティアラインを進出していく際に最も問題となったのは、宇宙空間での作業員の確保だった。
 それまでの職人芸を必要とされた技術者達の数は、火星以遠の宙域まで多数の航宙船を発進させるには到底足りないものだった。しかし技術者の数はむやみに増やせるようなものではない。
 十分な訓練無しに技術者を粗製濫造したところで意味は無かった。そんな技術者では現場で足手まといになるだけだろう。しかも宇宙空間とは生存するというだけで特別な技能を必要とされる場所だった。
 この問題を劇的に解決したのがアーマードスーツの前身とも言える動力宇宙服だった。
 それ以前の宇宙服が軟式をしていたのに対してその動力宇宙服は硬式を採用していた。つまりはただ一人のために製作されていた宇宙服が誰しもが扱えるようになったという事だった。
 硬式宇宙服はそれ以前にも構想は存在していたが、実用化することは無かった。硬式宇宙服は宇宙服内部と外部との極端な気圧差から着用者を防護する為にかなりの強度が必要とされていた。それはもう装甲といってもいい強度だった。
 こうした装甲は宇宙服の重量のかなりの部分を占めた。新たに開発された動力宇宙服は動力源と高出力でなおかつ小型のサーボモータを搭載してその重量を着用者に感じさせることは無かった。
 だから従来の硬式宇宙服の概念を打ち破る軽快さと作業効率を持ち合わせることができた。さらに硬式宇宙服は着用者を選ばず、また気閘での気圧調整期間を極端に短縮化することができた。
 この動力宇宙服の存在が無ければ地球人たちが外宇宙に進出する事は難しかっただろう。
 そして外宇宙に進出した地球人たちの使用する宇宙服は二極化を示していた。
 片方は硬式宇宙服の特徴を生かすべく小型、軽量化した軽作業用であり、そしてアーマードスーツへと繋がる重作業用の大型宇宙服だった。
 大型宇宙服は、すでに宇宙服というよりも小型の宇宙船ともいえる能力を保有していた。実際、ある程度の閉鎖空間を内部に提供するその宇宙服は短時間ではあるが航宙能力すら保有していたのだ。
 その大型宇宙服を兵器に転用したのはある意味当然の事だった。
 航宙能力をはじめとする不要部分を撤去し、開いたスペースに敵歩兵を圧倒するだけの武装と小火器から完全に着用者を防護する装甲を施されたアーマードスーツはコストを除けば最強の歩兵兵装であるといえた。

 しかしこの惑星Ziでは状況は少々異なっていた。わざわざ歩兵を強化するのにコストのかかるアーマードスーツを着せるよりもコストの少ない小型のゾイドを使用した方が効率が良いのだ。
 だからアーマードスーツはその独自に進化した閉鎖系を用いた極地等の劣悪環境下での随伴歩兵などごく限られた場所でしか使用される事はなかった。
 だが今マッケナ大尉とミュラー軍曹の前に整列しているアーマードスーツ部隊はそんな事のために作られたのではなかった。
 それはある意味において恐竜的な進化を遂げたアーマードスーツの突然変異種とでも言うべき存在だった。


 アーマードスーツが歩兵を圧倒しうるのはその重装甲と重武装があってこそだった。しかしミュラー軍曹が見る限りそのアーマードスーツに関してはさほど重装甲であるようには思えなかった。
 装甲よりも機動性に重みを置いて設計されたようだったが、それにしては高機動型のアーマードス−ツにしばし見られるような跳躍用のバーニアが装備されている気配はない。むしろそんな物を設置できるだけのスペースが存在しなかった。
 一見しただけでは目前のアーマードスーツは機動性を高めながらも軽量化によってそれを阻害されている中途半端な兵器としか思えなかった。
 ミュラー軍曹は首をかしげながらマッケナ大尉を見た。どうしてもミュラー軍曹にはこの部隊が有効な戦力になるとは思えなかった。
 ひょっとするとこの部隊は情報局の二線級部隊だからこんな中途半端な兵器を押し付けられたのかもしれない。
 軍隊でもないのにアーマードスーツを配備されているという点では優秀な部隊なのかもしれないが、情報収集を目的とする情報局の部隊としてはいかにも中途半端な印象があった。

 そのミュラー軍曹の不振な視線に気が付いたわけでもないのだろうが、情報局の部隊司令と談笑していたマッケナ大尉がふと振り返った。
「どうだ軍曹、素晴らしいアーマードスーツだろう。これは私の友人が設計したものなのだがな」
 珍しく笑みを浮かべるマッケナ大尉にミュラー軍曹は曖昧な笑みを返した。いかにもたたき上げの印象を与える中年の部隊司令に遠慮して言わなかったが、軍曹にはとても優秀な兵器とは思えなかった。
「一見しただけではこのアーマードスーツの真価は分かりませんよ」
 いかにも苦労人らしい笑みを浮かべながら部隊司令が困っているミュラー軍曹に助け舟をだした。
「おそらく軍曹さんはこれが中途半端なものにみえるのではないですかな。機動性を狙いながらもバーニアすらなく、しかも武装は弱だときている。
 ああ、いいんですよ。それ自体は真実ですからな。我々もこれを最初に支給された時は途方にくれましたよ。使い勝手は悪そうなのにいきなり部隊全員分送ってよこしたんですからね。
 だから我々も、陸軍が身分不相応な物を要求した情報局に嫌がらせの為に渡したんじゃないかと思いましてね。
 しかしこれを使い出したらもうそんな考えは吹き飛びましたがね。これは実戦を考えて作られたいい兵器です。いやアーマードスーツとしては最高級の域にあるといってもいい」
 ミュラー軍曹は改めてそのアーマードスーツを見たが、どうみてもその司令がいうほど優秀な兵器とは思えなかった。
「装着しなければこれの良さはわからんでしょうがね。これは実戦的な兵器ですよ。装甲は薄いように見えて人体の重要部は漏れなく覆っていますから以外に頑丈です。
 それに稼動部の安定性も十分に図られているからいくら無理に動かしても故障の心配はありません。
 肝心の機動性だって室内戦が主となる我々の任務を考えれば十分な物なのです。むしろ室内ではバーニアなど無用の長物となりかねませんからね」
 それを聞きながらミュラー軍曹は、本人達が納得しているのだから別にかまわないことにした。
 問題なのはアーマードスーツ自体ではなく部隊としての戦闘力と捜査力なのだから。


 吹きすさぶ風の冷たさにマッケナ大尉は思わず身震いして、おもむろにコートの襟を立てた。
 市街地を僅か数キロ離れただけで寒気がだいぶ増しているように感じられた。ただ突っ立っているだけのマッケナ大尉はまだしも、万が一の事態の為に近くで待機しているミュラー軍曹は身動きもできないからかなり寒い思いをしているだろう。
 このまま長時間待機させれば体がどうにかなってしまいそうだった。マッケナ大尉はこれ以上待っているくらいなら予定されていた大佐との会談をあきらめようとしていた。
 この地点を指定したのは大佐だった。大佐はここ数週間は安全の為に地下にもぐっていた。
 そして市街地では治安維持勢力に拘束される恐れがあるために数キロはなれたこの地点を指定してきたのだった。
 すでにゼネバス系勢力の幹部というだけでそれだけの配慮が必要なほど事態は悪化していたのだ。

 不意にマッケナ大尉の視界に光量を絞った前照灯の光束が飛び込んできた。
 夜目が利かなくなるのを恐れて、マッケナ大尉は光束から目をそむけた。その間に砂漠用のバギーカーが一台、マッケナ大尉のそばに停車した。
 意外にも大佐自身が運転していた。大佐は助手席に座っていたただ一人の同乗者に声をかけると、一人でマッケナ大尉に歩み寄ってきた。
「久しぶりだな、大尉は相変わらずのようだな」
「貴公はやつれたな。やはりゼネバス人組織が反政府組織として弾圧されつつあるというのは本当なのか」
 大佐は顔を曇らせていった。
「本当だ、最近では組織の末端構成員も検挙対象となっているようだ。だから組織から離れる構成員も多い。・・・誰も表立っては口にはしないが幹部の大部分も構成員が組織から離れる事に反対はしない。
 彼らもまたゼネバスの民なのだから、彼らの身の安全が護られるのならば組織の弱体化も致し方あるまい」
「帝国正規軍があの都市に進駐するのはほぼ間違いないだろう」
 大佐を遮ってマッケナ大尉がそういうと、大佐はゆっくりと視線を都市のある方向へと向けた。
「時期はいつなのだ・・・その、それと帝国軍はどんな大義名分で独立国家に進駐するつもりなのだ」
「正確な時期は軍機だ、教えられぬ。それと、おそらく近日中に国家主席の名で西方大陸駐留軍に対して治安維持への協力要請が出されるだろう。それが大儀となるかな」
 大佐はマッケナ大尉を鋭い視線でにらみつけた。だが、マッケナ大尉はその視線にたじろく事も無しに無感情な視線を返した。
「大尉は・・・いや、帝国は我々ゼネバス人組織を切り捨てるのだな。それにちっぽけな都市国家とはいえあの国はれっきとした独立国家だ。
 しかも国家主席は皇帝ではないのだ。国家を私物化し帝国に国を売る権利などない」
「どうも根本的なところで意見が食い違うようだな。貴公らの組織はいまだ帝国、というよりもは軍情報部のなかでは重要な組織と認識されている。だが組織の戦力、捜査力は既に期待されていない。
 だから帝国に協力する組織とはみなされていない。これは組織の弱体化を座視している貴公らの責任だと思うが
 それと国家主席は国を私物化などしていないよ。すでに国家警察では治安の維持が困難なのだ。だから暴徒鎮圧等のノウハウが豊富な帝国軍に協力を要請するのは当然のことだ」
 それだけを言うと、マッケナ大尉は話は終わりだとでも言うかのように大佐に背を向けて歩き出した。大佐はそれを見守っていたが、耐え切れなくなったように一言だけつぶやいた。
「それこそがラインハートの思惑なのではないのか」


 マッケナ大尉は相変わらずの無表情で、不毛な会議を続ける使節団の団員達を見つめていた。
 使節団は帝國正規軍の派遣に伴う都市国家在住のガイロス人保護について話し合っていた。帝國軍が都市国家に到着すれば相変わらず続いている反帝国デモの矛先がガイロス人に及ぶのかもしれないのだ。
 だが、いまだ都市国家に残留しているガイロス人はほとんどが政府機関の人員だった。すでに商取引は中止されていた。
 意外なことに商取引の中止が都市国家の住民の多くに冷静さを呼び戻していた。
 マッケナ大尉の見る限りでは、帝國軍の進駐には多くの住民は無関心か、ある種の安堵感を抱くだろう。
 帝國によるものであれなんであれ、都市国家の政情安定が行われるということは喜ばしいという事なのだろう。
 そしてその事を最も恐れるのは反帝国組織に他ならなかった。それは自身の存在価値を否定されるということに他ならないからだ。
 組織はおそらく到着した帝國軍に対して大規模なテロを起こすだろう。その行為が支持層の更なる離反を生むとしてもやらざるを得ないのだ。
 もはや存在理念を失いつつある組織はゆっくりと壊死へと向かっているのにほかならなかった。

 そんなことを考えて皮肉な笑みを浮かべていたマッケナ大尉を会議の議長を務める領事が呼んだ。
「陸軍参謀本部代表として出席しているマッケナ大尉に次の二点をお聞きしたい。
 まず派遣される部隊はテロリストを完全に掃討する事が可能なのかどうか
 それが可能だったとして掃討にはどれぐらいの時間を予定しているのか
 大尉の私見で構わないので答えて欲しい」
 大儀そうに立ち上がるとマッケナ大尉はまず周囲に座る使節団員を見回した。そしてゆっくりとした口調でいった。
「まず最初に申し上げるが、テロリストを完全に鎮圧する事など不可能だ」
「それは軍がテロリストに対して無力だということですか」
 即座に一人の外交官がマッケナ大尉に揶揄するように言った。マッケナ大尉はその外交官に冷たい目を向けていった。
「貴公は勘違いをしているのではないか、テロリストに対して有効な正規軍など存在しない。不正規戦を仕掛けてくるテロリストに有効な手段は不正規戦でもって対応するしかない。
 相手はゲリラの様に姿を見せる必要すらない。だから我々は奴らの位置を探り、これを殲滅するしかない。
 これは正規軍では不可能だ」
 相手は表情を変えて反論しようとした。外交官にしてみれば不正規戦そのものが許しがたい物なのではないか。
 マッケナ大尉はそれを遮って続けた。
「現在、参謀本部二部三課及び情報省情報局の合同部隊が本都市国家周辺に展開中であります。
 早ければ明朝0830時にも現在判明しているテロリストの拠点に対して攻撃を加えこれを殲滅します」
 大尉が議長に向き直ると、議長はあっけにとっれて大尉を見ていた。そして先程の外交官が強い口調で反論した。
「それは軍の越権行為だ。そもそも他国民を殲滅するとは何事か。これがこの都市国家政府に知れでもしたら外交問題となるぞ」
「だから殲滅するのだが。目撃者は残さない。捕虜もとらない。それに万が一の為に都市国家警察の仕事に見せかける容易はできている。
 なお本作戦を中止する権限を有するのは小官と情報部長、及び情報局担当者だけという事はお伝えしておきます」
 後半は議長に向き直っていった。
「それでは小官は作戦の準備がありますのでこれで失礼させていただきます」
 淡々とした口調で言うとマッケナ大尉は会議室を出た。最後に大尉は代表団団員達による怒号とざわめきを聞いたが、別に気にする様子も無く去っていった。


 砂漠地帯特有の冷え込んだ夜の寒気が、マッケナ大尉が乗り込んでいる指揮車仕様のモルガを包んでいた。
 この位置に停止して間もないから、装甲が冷却されるにつれて伸縮して激しいきしみを上げていた。
 マッケナ大尉の耳にはそのきしみと、モニターやコンピュータ等の機材を冷却するファンの音が聞こえていた。
 暗い室内の中で、本来のモルガの乗員である情報局の人員とミュラー軍曹の顔がモニターからの照り返しで薄ぼんやりと光っていた。
「反応、入りました」
 モニターの前に座っていた情報局員が部隊司令に告げた。部隊司令は自分のモニターに情報を回して一瞬確認すると、マッケナ大尉の方に向き直って頷いた。
 マッケナ大尉も自分のモニターにその情報を表示させた。そこには都市国家の市街地内で極端に電波やネットワークへの発信などによって情報量を増大させた地域が表示されていた。
「ここで間違いないでしょうな」
 いつの間にかマッケナ大尉の後ろに立っていた部隊司令が声をかけた。
「私もそう思う。例の代表団員が電話を掛けてから何分経ったかな」
「五分です。テロリストどもの司令部が判断を下して連絡を入れる・・・まぁ微妙なところでしょう」
「一応この地点にも捜査員を配置してください。ただし誰が出てきても銃撃しないことは徹底して欲しい」
「了解しています。では市街地から出て来たところを一掃するという事で・・・」
 妙な気配を感じてマッケナ大尉が振り向くと、部隊司令は困惑したような顔で大尉を見つめていた。
「まだ何かあるのかな」
「いえ、本当に奴らは市街地から出てくるのでしょうか」
 ゆっくりとマッケナ大尉は部隊司令に向き直った。この事は作戦開始前に何度も説明していたのだが部隊司令が納得していなければ何の意味も無かった。
 この部隊を掌握しているのはマッケナ大尉ではなく部隊司令だからだ。逆を言えば部隊司令さえ説得できれば部隊の全員を掌握しているのと同じ事だった。
「テロリスト、いや反帝国組織が抱える一番の弱点は広範な支持基盤を持たない事だ。つまりは市街地にいる限り密告や治安維持組織による取締りを恐れなければならない。
 これは絶対的に信頼できる隠れ場所を確保できないという事だ。それと彼らは我々の情報収集能力を過大評価している。
 まあこれはダワフリが何週間も前から情報局の事を過大に吹聴して回ったからなのだが」
 部隊司令が完全に納得した様子は無かったが、指揮車に乗る全員が彼を注目していた。その事に気が付くと、部隊司令は一度大きく頷いた。
「それもそうですな。さて、それでは部隊の配置をもう一度確認する事に」
 部隊司令が言い終わるよりも早く、先程と同じ局員がいった。
「市街地出入り口の監視員から連絡が入りました。テロリストの主力部隊らしき集団が移動中」
「ラインハート准将はいるか、照会を頼む」
 即座にマッケナ大尉はいった。通信機を操作していた局員がしばらく待ってからこちらに向き直った。
「現地情報員が直接確認したそうです。ラインハート准将も同行しているそうです」
 マッケナ大尉は最後まで聞いていなかった。部隊司令の方を向いてこういった。
「出撃だ。奴らを殲滅する」



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