開戦前夜 四話




 男はがっしりとした体格で頬に銃創があった。銃創は古いもので何十年も前につけられたもののようだった。
 マッケナ大尉がその傷を見ていると、男は恥ずかしそうにいった。
「もう何年も前に受けた傷だ。人は歴戦の勇者だとかなんだとかいって持ち上げるが、私に言わせれば傷を受けるとは自分の失敗の証に他ならない」
 そしてまじめな顔に戻って淡々とした口調になっていった。
「私はさっきもいったとおりにゼネバス人救済組織の一員だ。一応戦闘部門の幹部であると考えてもらいたい」
「救済組織なのに戦闘部門があるのか?」
 大尉が口をはさんだ。
「救済とはいっても時には武力に訴えなければならない時もある。この西方大陸は中央大陸や北方大陸と比べれば治安が悪いからな
 それにもともとは組織は戦闘意欲の強い地底族が中核だったゼネバス帝国臣民の末裔だからな」
「なるほどな、そこまでは理解した。その上でたずねるが貴公はどのような立場で私と話しているのかな?
 犯罪組織の幹部としてか、それとも一個人としてか、それと貴公の発言は組織の意思であると考えてもいいのかな」
 それを聞くと男は苦々しい顔になっていった。
「まずは順を追って話そう。私は組織のなかで「大佐」と呼ばれている。戦闘部門のなかではいわば実施部隊の長にあると考えてもらいたい。
 戦闘部門の長は別に存在するが、その人物と私とは考えを同じにしている。組織のさらに上層部とも細かなところで食い違いはあるかもしれないが、私に全権を任すとしている。
 つまりは私の発言は組織上層部の意思であると考えてもらっても差し支えない。
 その上で言うのだが、組織全体の意思は決して一枚岩ではない。伝えたい事とはその事でもある」
 マッケナ大尉は首をかしげた。わざわざ組織の内部情報を暴露する男の意思が見えなかったからだ。
「それは最近の騒動と関係があるのかな。それとも・・・」
 男は大尉を遮っていった。
「誤解を恐れずにいえばこの騒動を起こしたのは組織だと言える」
 呆気にとられて大尉は男を見つめた。あまりにも出来すぎた話のように思えたし、男がここにきてその事を伝えるメリットがわからなかったからだ。
「それで・・・損害賠償の示談にでもするのか」
 マッケナ大尉が驚いた顔のままそう言うと、男は苦笑しながらいった。
「一枚岩ではないといったはずだ。現在我々の組織は二つの派閥が組織の主導権を争っている。
 我々高年齢の指導者層を中核とする穏健派と若手達の過激派だ。
 過激派の連中はゼネバス系住民の自治権獲得・・・というよりもはゼネバス帝国の再興をねらっていると考えてもらいたい」
「穏健派、つまりは貴公達はゼネバス人の自治権獲得が目的なのではないのか?」
「いささか誤解があるようだ。我々穏健派は自治権のような表向きの権利ではなく、実利的な権利を求めている。いわばゼネバス系住民がエウロペ人と変わらぬ市民権を持てればよいのだ。
 しかし過激派の行動はそのための組織の今までの努力を壊そうとするものだ。そこで外部者である大尉達に過激派の排除を依頼したい」
 マッケナ大尉は困惑した表情でいった。
「急に言われても困るな・・・正直なところを言えば代表団は武力など保持していないから意味は無いと思うのだが・・・
 それと過激派とはどのような組織で誰がリーダーなのかな?」
 男は沈んだ顔でいった。
「過激派の指導者は大尉も知っている人物だ。そしてその人物が過激派だからこそ大尉に依頼しているのだ。
 ・・・過激派の指導者は防衛軍戦略情報局局長のラインハート准将だ」
 マッケナ大尉は三度困惑して男の顔を黙って見つめていた。


 「大佐」は困惑しているマッケナ大尉を見つめながらいった。
「その顔は信じられないといっているようだな・・・だがこの話は本当だ。ラインハートはそもそも我々の組織がバックアップすることで今の地位を手にしたのだ。
 彼には組織の情報収集細胞として防衛軍の内部情報と戦略情報局が入手した情報を組織にもたらす事が期待されていた。
 だが数年前から彼は組織上層部の管理下から離れて独自の行動をとり始めている。それもゼネバス人による祖国復興運動という思想を掲げてだ・・・
 悪い事にその思想になびく者も多い」
「ラインハート准将が貴公の組織の細胞であった事はわかった。しかし理解できないところがあるのだが」
 首をかしげるマッケナ大尉を大佐がうながした。
「貴公らの目的は何なのだ。少なくともガイロス帝國はゼネバス人の組織化を喜ぶ事はしない。それを承知の上でなぜ私に接触する。
 失礼だが祖国復興運動とやらに従事するラインハート准将の方がよほど理にかなった行動をしているように思えるのだが」
 大佐はそれを聞きながら次第に表情を硬化させていった。ほとんどにらみつけているのと変わりが無い。
 しかしマッケナ大尉はその視線を正面から受けたまま表情を変えなかった。
 しばらく二人の間にしらけた雰囲気があったが、大佐が沈黙に飽きたように話し出した。
「大尉は何か勘違いをしているようだ、我々の組織はあくまでもゼネバス人の地位をエウロペ人と同等、つまりは市民権の付与を目的としているのであり、ゼネバス帝国を再興させることではない。
 むしろゼネバス帝国復興を公然化する行為は危険でしかない。大尉が言うようにガイロス、ヘリック両国共にゼネバス帝国の復活を望まないからだ。
 いずれこの大陸をめぐってガイロスとヘリックとの間に戦争が起こるだろう。その時、組織が両国に対して敵対することは避けなければならない。
 それが今現在私が説明できる最大限のところだ。これで納得できたかな」
「了解した。・・・いずれにせよこれは出先の尉官ごときが把握できる範囲を超えているに思えるな。
 課長の判断を仰ぎたいので貴公の組織への協力は少々時間がかかるかもしれない。
 だが、個人的な意見を言わせてもらえばゼネバス人組織への協力は認められると思うがね」
 大佐は不振そうな表情で、自身ありげに言うマッケナ大尉をみた。その表情に気が付いたマッケナ大尉はあっさりと自分の考えをいった。
「帝國もゼネバス人との衝突は望んではいない。何故なら帝國の内部にもゼネバス人が多く存在するからだ。
 彼らのうち何割かは軍人であり、帝國とゼネバス人組織が衝突すれば彼らが離反する可能性も出てきてしまうだろう。
 それが私が貴公に協力するであろう理由だ」
 大佐は憮然としてそれを聞いていた。
「それならば何故さっき我々の目的などを聞いたのだ?」
「決まっている、私が知りたいからだ」
 それだけをいうとマッケナ大尉は、もう端末に向き直って本国へ送る通信の草稿を打ち出し始めていた。


 マッケナ大尉は憮然とした表情を浮かべて、目前で繰り広げられている騒ぎを見つめていた。隣に突っ立っているミュラー軍曹は呆然としていた。

 マッケナ大尉と「大佐」が知り合ってからわずか一週間でこの都市国家における反ガイロス運動は今までの合法的なデモ活動から非公然かつ非合法な活動へと姿を変えていた。
 いつのまにか反ガイロス活動家達が組織されていたという事もあるが、警察による急速な取締りが逆に組織の地下化を招いたともいえた。
 反ガイロス組織の組織理念も、地下化するころから単純な戦争への反対から帝国主義への反発へとすりかわっていた。地下化することで先鋭化した組織を保つ為に、知識者階級を取り込むためだろうとマッケナ大尉は考えていた。
 実際、周辺の都市国家の中からも知識者階級の活動家が組織に合流したらしいという噂もあった。

 先鋭化した組織は、しかし民衆の強固な支援を受けていた。反帝国主義の実行が、民衆の目には不況へと追い込まれていく自分達の味方と認識されたからだ。
 だがマッケナ大尉にはこの反ガイロス組織が近い将来には民衆の支持を失う事がわかっていた。必ずしも組織の理念が民意と同じ物ではないからだ。
 いまのうちは反帝国主義が理念であっても、反ガイロス感情に流されている民衆の指示を受ける事は出来るだろう。しかし先鋭化した組織の行動はいつか非合法で無差別なテロへと繋がるだろう。
 そしてこの都市にガイロス帝國の機関は小規模な領事館を除いては存在しない。自然とテロの矛先はガイロス帝國と結びついているとされる都市国家そのものになるだろう。
 だがテロが頻発するようになれば貿易で成り立っている都市国家の経済は破綻するだろう。貿易活動で最も重要視される信用がなくなるからだ。そして貿易活動の停止は開戦を待つことなく不況をこの国家にもたらし、多くの労働者を路頭に迷わせる事になるだろう。
 そうなった場合、失業者が先鋭化する組織に合流する恐れもあるが、組織のテロ活動と信用の低下について民衆に宣伝すればいいだけの話だった。それだけで組織の孤立化がおこり、それが更にテロの無差別化をおこすだろう。後は孤立化が更に進んでいくだけだ。

 マッケナ大尉と本国の情報部ではそれを見越して、都市国家に対して輸送業者との大規模な取引を持ちかけていた。大陸西部のニクシー基地の拡張工事のための建築用物資と備蓄用食料の輸送をこの都市国家周辺の輸送業者に優先して契約する計画だった。
 この計画がうまくいけば組織の孤立化を推し進めると同時に都市国家の宣撫活動にもなるはずだった。
 輸送計画は開戦となった後でも継続されるはずだった。それはすなわち戦争になっても失業者の発生は最小に抑えられるということだった。戦争がすぐさま経済の崩壊へと繋がらないのであれば民衆の間に広がりつつある反ガイロス感情を確実に抑えることが出来る。
 その間に都市国家の指導部は、国家の経済をより変動の少ない戦時型の経済に切り替えることが出来るはずだった。
 そして反帝国主義を掲げる組織としてはこの輸送計画を襲撃しない手は無かった。その行動は民衆の支持を失わせる事になるとしてもだった。
 計画はすでに実行へと移されつつあったが、計画の当初は極秘に信頼できる業者を選抜しておこなわれていた。計画が当初からテロによってつぶされてしまっては元も子もないからだ。
 輸送中のテロ活動はあくまでも順調に開始され民衆にその事実が知られわたった後でなければ意味がないということだった。

 だが、今マッケナ大尉たちの前で燃え盛っている倉庫は間違いなく極秘に選抜された輸送業者と契約している倉庫だった。その中には物資の集積地であるこの都市に一時的に保管されていたニクシー基地向けの物資だった。
 間違いなく反帝国主義組織のテロ活動だった。そして、あきらかに組織に極秘の情報が流出していた。


 目の前で繰り広がられている不毛な会議を、マッケナ大尉は黙って見つめていた。

 すでにヘリック共和国との通商交渉はうむやむのまま中断され再開される予定は無かったが、都市国家にある領事館の支援要員として大部分の使節団員が残留していた。
 彼らの本国機関での席次は領事館員たちのそれよりもはるかに高かったから、これは実質上の領事館の大使館への格上げといってもよかった。
 軍参謀本部の人員の多数が本国に帰還しているのもそれを裏付けていた。彼らは残留していても実質上仕事は出来ないからだ。
 今必要なのは微妙な外交関係の情報収集と分析を行なう事の出来る人員だった。
 そして、すでに参謀である彼らは本国の参謀本部で西方大陸への侵攻作戦を立案しているのかもしれなかった。
 すでに事態はそこまで進んでいた。

 だが、マッケナ大尉とミュラー軍曹はこの都市国家に残留していた。
 参謀本部の作戦部作戦課などは西方大陸の専門家であるマッケナ大尉をアドバイザーとして迎え入れたいという方針を示していたが、それは情報部長の判断で拒否されていた。
 それに代わって、マッケナ大尉には都市国家に残って反帝国主義組織に対抗する事が任務として与えられていた。
 情報部では、それほどこの反帝国主義組織を気にかけているようだった。今はさほどどの組織でもないが、帝國軍が西方大陸に侵攻した際の混乱に乗じて本格的な武力行使が出来るだけの集団になる可能性は決して低くは無かった。
 実際に、確かなものではないが反帝国主義組織が共和国軍と接触を持とうとしているという噂もあった。そんな事になれば、もう反帝国主義が拡大するのを阻止するのは難しかった。
 だから今のうちに徹底的に叩いておかなければならなかったのだ。
 しかし、現状を理解しているものの数は少なかった。組織の規模が大きくは無いから気にしてもいないものが多いのだろう。
 マッケナ大尉とミュラー軍曹は使節団員達のなかで孤立していった。

 残留した使節団員を中心として開かれた会議は、マッケナ大尉が想像したように都市国家への支援を続いて行なう事で合意に達した。
 ようするに現状維持ということなのだが、マッケナ大尉には別に指示が与えられる事は無かった。
 会議が終わった後も談笑を続ける使節団員達を尻目にマッケナ大尉は席を立った。居心地が悪そうにしていたミュラー軍曹もそれに従う。
 会議に使用した部屋を出ると、マッケナ大尉は前を向いて歩いたまま、後に従うミュラー軍曹にいった。
「ダワフリと接触して例の反帝国組織の内偵を進めてくれ。それと「大佐」にも連絡をつけろ。使節団員の中のスパイを捕まえたい」
 ミュラー軍曹は疲れた様子で首を振りながら考えていた。どうにもこの二人だけの戦争は旗色が悪かった。


 ダワフリは都市国家の郊外にある貧民街の一角に潜んでいた。
 そこにはマッケナ大尉の命令で反帝国テロ組織を調査する過程で浮かび上がってきた場所だった。
 この都市国家の貧民街は周辺の国家と比べて大きなものだった。それはこの都市が周辺の輸送業者にとって中継地点としての性格が強かったからだ。
 多くの品物がここで荷降ろしされ新たに区分けされていく。そのなかで多くの貧民が職を求めてこの都市に流入するのだった。
 そうした貧民層は輸送業者から真っ先に解雇される存在だったからテロ組織には好意的な感情を持っていた。
 それがテロ組織が貧民街に巣くう温床となっていた。

 貧民街はダワフリにとっても危険な場所だった。雑多な民族が混じり合う貧民層のなかでは生粋の砂漠民族であるダワフリの格好は逆に目立っていた。
 しかたなくダワフリは目星をつけた家を監視できる廃屋にずっと潜んでいた。人の出入りを監視していたのだが、人通りのあまり無い区画ということもあるのか、あからさまな出入りはなかった。
 だが、テロ組織の出入り以上にダワフリはここ数日間で気になる事を見つけていた。
 ダワフリ以外にもその家を見張っている組織があった。

 その男を見つけられたのは最初はただの偶然だった。夜になって僅かに近くの廃屋から明かり漏れたのだ。不審に思ったダワフリがその廃屋を見つめていると、男が二人その廃屋の前で短く話し合ったかと思うと、一人が立ち去っていった。
 残された男は用心深く周囲を確認して、誰もいない事を確認してから廃屋に入っていった。
 その物腰は十分に訓練されたものだった。
 ダワフリはその男達の正体を探りかねていた。
 都市国家軍の情報局かとも思ったが、それにしては男たちの格好は貧民層に溶け込んでいた。軍人ならばどこか制服の感じがするものだ。
 ガイロス帝國が送り込んだスパイかとも思ったが、それにしては周囲に溶け込むのが早すぎるような気がする。
 それからも何度か男達が廃屋からの監視を交代するのを目撃した。
 いつのまにかダワフリはテロ組織の家よりも廃屋の男達の方を気にしていた。
 だからダワフリは男達の方を追いかけ始めていた。

 交代のタイミングを見計らってダワフリは廃屋から幹線道路に向かう路地に潜んでいた。
 しばらくそうしていると疲れた表情の男が歩いてきた。見た様子は周囲の貧民達と大差は無かったが、男の眼だけは鋭く周囲を警戒していた。
 ダワフリは自然な様子でその男の後ろを歩き始めた。
 男は幹線道路を都市の中心方向に向けて歩いていた。だが、男が都市中心まで行くことは無いだろうとダワフリは思っていた。
 使節団が宿泊しているホテルや官庁街の辺りでは男の貧乏臭い格好は目立ちすぎるからだ。
 案の定、男はある程度までいったところで倉庫街へと向きを変えた。そして倉庫街の中に立ち並ぶ大小の倉庫の一つで周囲を見回してから入っていった。
 ダワフリも周囲を警戒しながら、その倉庫の僅かに開けられた扉の隙間から中を覗き込んだ。
 なかでは先程の男が誰かに報告をしているようだった。
 ダワフリはその光景に注目していたから後からそっと近づいてくる男には気がつかなかった。
「手を上げて中に入れ」
 いきなり後からかけられた声に慌ててダワフリが振り向こうとすると、頭に硬い物が押し当てられ、数瞬後に背中をけられて倉庫の中に押し込まれた。
 素早く背後にいた男が倉庫の扉の鍵を閉める。
 ダワフリが呆然としていると、背後の男が報告をされていた上司らしい誰かにいった。
「大佐、ネズミが一匹いました。始末しますか」
 「大佐」と呼ばれた男が返事をする前に横の方から聞きなれた声が聞こえた。
「ダワフリか?こんなところで何をしているのだ」
 ダワフリだけでなく周囲の男たちの大半が振り返った。
 そこには困惑した表情のミュラー軍曹と、落ち着き払った顔のマッケナ大尉がいた。



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