ZAC2101 ムスペル山脈阻止戦5




 あんなにも激しかった戦闘が中断していた。特設大隊のレブラプターやイグアン、それに共和国軍のゴドス部隊も唖然としたようにゴジュラスとツヴァイの戦いに注目していた。ついさっきまで逃げ回るばかりで圧倒的に不利に見えていたツヴァイがいとも簡単にゴジュラスの腕を断ち切ったかのように見えたからだ。
 おそらくゴジュラスのパイロットも唖然としているのだろう。さっきまで感じられた思考が今は全く感じられなかった。今頃コクピットで茫然自失しているのではないのか。
 だがゴジュラスは腕をもがれたにもかかわらずまだ戦意が失せてはいないようだ。むしろパイロットの束縛を逃れて自由になったかに見える。だがそれは必ずしも戦力の向上にはつながらない。戦術的な判断を下すパイロットがいないのでは知性の無い獣と大して変わりは無いからだ。
 特に火器の管制などはゾイド自身ではうまく行えないはずだ。だから失った両腕の代わりとばかりに放たれる70ミリ砲弾をツヴァイは軽やかに避けることができた。ついでとばかりに落ちていたフリーラウンドシールドを、ゴジュラスの腕を切り落としたエクスブレイカーごと反対方向に投げ捨てた。

 さっき倒れこんだ場所が戦闘開始前に投棄した右側フリーランドシールドの近くだったのは偶然ではなかった。ゴジュラスの尻尾に弾き飛ばされそうになった瞬間にその方向に向けて跳躍していたのだ。
 パイロットは気がつかなかったようだが、流石に尻尾で吹き飛ばしたゴジュラス自身は感触があまりにも軽すぎたことに違和感のようなものを感じていたのだろう。だからとどめをさそうと近づいてきた。それがベルガー/ツヴァイがゴジュラスの動きを読む為の動きだとも気がつかなかった。
 冷静なパイロットならとりあえず何発か砲弾を撃ち込んで様子を見るのではないか。もしそうされればいまのツヴァイのように倒れこんだ振りなどすることはできなかったはずだ。しかし格下のはずのツヴァイに、いいようにしてやられそうになったことで本能が前面にだされたゴジュラスは、自身の四肢で相手を倒そうとしたのだろう。

 見当違いの方向に向けられているとはいえ70ミリ砲はそれなりに脅威だった。おそらくいまのベルガー/ツヴァイの復元力ならばコクピットに複数発が直撃されでもしない限り致命傷とはならないだろうが、それでも動きが疎外されることに変わりは無い。そしてその隙に尻尾の一撃を喰らえば一体化したベルガー/ツヴァイといえどもかなりの損害をくらうだろう。他の小口径の光学兵器など今のベルガー/ツヴァイの敵では無い。
 だからまずは70ミリ砲からつぶすことにした。慎重にしかし素早く右側面から近づくと無造作とも言える手つきで腹部に装備されている右側70ミリ砲をキラークローで掴むと、一気にねじ切った。そして勢いもそのままに復元されたばかりの頭部レーザチャージングブレードを、ゴジュラスの首に突き刺していた。

 レーザチャージングブレードを突き刺すのとほぼ同時にツヴァイの背中に装備されている荷電粒子コンバーターが光り輝き始めていた。荷電粒子砲を発射するためのエネルギーチャージングが行われている証拠なのだが、ゴジュラスのパイロットには地獄の業火にでも見えたのではないのだろうか。
 それまで当てずっぽうとも言えた70ミリ砲が急に正確さを増した。おそらくパイロットが直接制御しているのだろう。ただし砲弾は全てツヴァイに残された左側のフリーラウンドシールドによって弾かれていた。
 その間もゴジュラスはツヴァイを離そうともがいていたが、根元近くまで突き刺さったレーザチャージングブレードはゴジュラスとツヴァイを強固に連結していた。
 そしてチャージングが終了した。ベルガー/ツヴァイは溜め込んだ息を吐き出すかのように荷電粒子砲を発射した。


 ベルガー大尉は、再びレーザチャージングブレードを失ったツヴァイをゆっくりと立ち上がらせた。ツヴァイの足元には頭部が完全に消滅したゴジュラスが横たわっていた。おそらくパイロットは荷電粒子に焼かれて即死しただろう。
 腹部に存在するゴジュラスのゾイドコアは無事なのだろうが自己修復が始まる気配は無かった。パイロットの精神リンクが急に途切れたせいでゴジュラスも自発的に動けないのだろう。だからこの戦闘の推移さえうまくいけばゴジュラスを捕獲することも可能だった。
 だがベルガー大尉はもう別にゴジュラスがどうなろうが興味の範囲外にあった。それよりもゴジュラスに吹き飛ばされたシルヴィが気がかりだった。
 自己修復のおかげで完全に復活したモニターでベルガー大尉は周囲を見渡した。しかしそれよりも早くベルガー大尉に声がかけられた。
「何だ隊長、もう終わってしまったのかい」
 慌ててベルガー大尉が声のしたほうに振り返るといくつかの装甲を排除して素体を晒しているシルヴィのタイプゼロが平然と突っ立っていた。周囲に散乱している装甲に破損はあるが素体は全くの無傷だった。
 状況はよく分からないが、どうやらシルヴィは無事であったらしい。ベルガー大尉は思わず安堵のため息をついていた。その時になってようやくベルガー大尉はツヴァイとのシンクロが解除されていること、そして戦闘が終結していることに気がついていた。


 再びモニター上に現れた特設大隊の表示にラティエフ少佐は眉をしかめた。どうやら通信が不可能だった間に再び戦闘が起こったらしい。
 通信を阻害する強電磁波の発生は数時間前に前触れ無く始まっていた。
 実は大異変の影響からトライアングルダラスが活発化してから、しばしば強電磁波の発生が観測されるようにはなっていた。しかし強電磁波の発生は、地殻深くの活動が原因であるらしく通常は数秒から長くとも数分で収まっていた。正確なことは地質学者達もよく分かっていなかったが、どうも強電磁波を長時間発生させられるほどのエネルギーはそう簡単には起きないということらしい。
 そんなことが分かっているものだから、強電磁波の発生によって通信が阻害されていても南部防衛方面軍の司令部要員は特に対応をとることはしなかった。たしかに通信網は遮断されてしまっていたが、異常事態は短時間で終了することが経験から分かっているからだ。
 無駄に対応するだけの余力があるならばその分の時間を情報の分析にでも回した方がよかった。今のところ強電磁波の出力は司令部の電子機器にまで影響をおよぼすほどではなかったからだ。
 そう思っていたのはラティエフ少佐も同じだった。もっとも少佐には司令部要員と違って特にこの時間にこなすべき仕事を抱えているわけではなかった。機甲師団への連絡は終えているから、後は状況が変化しない限りは特に判断すべき問題は存在しなかった。
 だからラティエフ少佐は自席に座って鋭い視線をモニターに向け続けていた。少佐の作業は特設大隊からの状況報告を考慮してからでないと取り掛かれないからだった。だが十分もすると少佐も苛立ちを覚えていた。
 強電磁波の発生期間が長すぎるような気がしたからだ。今までの観測結果をみればこれくらいの期間強電磁波が発生し続けていたこともあるようだが、短ければ数秒で終了してしまうぐらいのものなのだ。平均値からすれば異様な値ともいえる。
 司令部要員も流石に不思議に思い始めていたらしく強電磁波の出力を再度確認したり、電子戦機器を立ち上げるものも出てきていた。

 しかし結果的にいえば司令部要員の作業は無駄に終わった。対電子戦対策はほとんど効果をあらわさなかった。通信が可能だったのは、いまだ防衛方面軍司令部の近隣で再編成を行っていた第二陣以降に編入される予定の師団司令部との間だけだった。司令部から距離がある前線に展開中の師団との連絡は全く取れなかった。
 これによって南部防衛方面軍司令部は戦力価値を失っていたといってもよかった。各師団は防衛方面軍司令部との連絡が途絶えたとしても戦闘を続行することは出来るだろうが、上級司令部の存在しない状態で長時間戦闘が可能だとは思えない。戦場全体を見て上位の判断を下すべき司令部が存在しなければ各師団間に空白や異常な戦力過密が起こってしまうからだ。
 おそらく今、共和国軍に全面攻勢を取られていれば、そして強電磁波の発生が司令部近辺に集中していれば大損害は必至だっただろう。

 だが通信が回復してから次々と更新されていく今現在の状況を見る限りでは、共和国軍にとっても強電磁波の発生と継続は予想外であったらしい。ここ数時間で発生した戦闘は殆どなかった。特設実験大隊はその数少ない例外の一つではあったが、おそらく強電磁波の発生前には実質上の交戦状態にあったのだろう。

 ラティエフ少佐は、ようやく更新された大隊の状況報告を手元の端末で丹念に確認していった。特設実験大隊はかなりの規模の敵部隊と連続して戦闘を行わざるをえなかった様だった。ツヴァイも損害を受けているらしく、状況報告は戦闘の指揮をとっていたベルガー大尉からではなく、大隊の野営地に残留していたクリューガー少尉からのものだった。
 一度野営地で情報を加工してから送ったのだろう。報告は短いながらも正確で要点をついていた。

 報告によれば特設大隊はほぼ二倍にもなる敵と遭遇戦闘を行っていた。敵部隊はムスペル山脈突破を強引に図ろうとしたのではなく特設大隊を封じ込めようとしていたのだろう。
 偵察機からの情報では数個師団もの戦力が動いている様子が送られていた。それらの部隊の多くは特設大隊などが防衛する拠点を避けるように移動していた。
 それまでの偵察で共和国軍もかなりの情報を入手していたのだろう。そして阻止部隊を殲滅するよりも、防衛に値しないと帝国軍が考えていたような比較的困難なルートを通過した方が短時間で山脈地帯を突破できると考えたのだろう。
 勿論ゾイド化された戦闘部隊ならともかく歩兵部隊や支援部隊などはそのような通行困難なルートを通過するのは実質上不可能だったし効率も悪い。おそらく一度山脈を越えた部隊の一部をもって阻止部隊を包囲殲滅するつもりだったのだろう。そうなれば山脈の東側と西側を押さえられた阻止部隊は殲滅されるのを待つだけでしかなかったはずだ。

 しかし共和国軍のそのような戦略は無駄に終わった。ラティエフ少佐の見ているモニター上ではようやく攻勢発起点への集結が完了した機甲師団が続々とムスペル山脈を横断しつつある状況が投影されていた。特設実験大隊ら阻止部隊はその任務をすでに果たしていたのだ。
 すでに各阻止部隊への撤収命令は下されていた。もっとも特設実験大隊以上に大損害を受けている部隊がほとんどだったから、撤収が完了した後も阻止作戦に従事していた部隊はかなりの長期間再編成と補充に専念させるしか無いだろう。さもなくば貴重な緊急展開部隊が消失してしまうことにもなりかねなかった。
 特設実験大隊はツヴァイやタイプゼロのような大型機が多く配備されていたこともあって比較的損害は少なかったようだが、それでも入念な整備や再編成を行わなければ再び戦線に投入させることは出来ないだろう。
 ラティエフ少佐はその手当てを考えるとため息をついた。またあちこちと折衝を行わなくてはならないからだ。

 別室で通信業務を行っていたはずのマッケナ少佐が司令部のある部屋に戻ってきたのはラティエフ少佐が特設実験大隊への再編成を実行する為に必要な作業を始めた直後だった。
 マッケナ少佐はわき目も振らずにラティエフ少佐に一枚のメモを手渡した。どうやら通信文を切り取ってきたらしい。端の方には受信番号と日時が記載されている。
 その本文はかなり短かったがラティエフ少佐の関心を引くには十分だった。
「第一装甲師団のシュバルツ中佐が行方不明だと・・・」
 しかしラティエフ少佐にはこの情報がどんな意味を持っているのかまだよく分かってはいなかった。



 ムスペル山脈を横断する強風に晒されてベルガー大尉は思わず搭乗員服の上から羽織った軍用コートの襟をかき合わせた。
 大隊の野営地近くでベルガー大尉はこの強風の中を突っ立っていた。その目は山脈の西側に向けられていた。
 やがてベルガー大尉の耳に聴きなれた音が入ってきた。そしてすぐにその音を立てているものが視界に入ってきた。それは装甲師団の先鋒を務めるアイアンコングだった。周囲にはモルガが付き従っていた。
 さらにその後にはレッドホーンに率いられたブラックライモスの群が見えていた。他にも砲兵隊らしきゾイドもあるようだから、どうやら突撃大隊に支援部隊を合流させた戦闘団のようだった。

 どうやら街道脇に突っ立っていたベルガー大尉に気がついたらしく、アイアンコングの頭部コクピットが開いていた。指揮官らしき人間がコクピットハッチから身を乗り出してベルガー大尉に向けて敬礼した。ベルガー大尉も強風のせいでしかめっ面になりながらも答礼した。
 二人が敬礼を交し合う間もアイアンコングは足を止めることはなかった。アイアンコングは複座だからもう一人のパイロットが操縦を続けているのだろう。
 もう戦闘団はベルガー大尉の目の前を通過する所だった。ただし戦闘団のゾイド部隊が狭い回廊を通過しようとしているのだから自然と隊列は長くなっている。大尉の目の前を最後のゾイドが通過するまでまだまだ時間はかかるだろう。

 ベルガー大尉が帰るに帰れずに立ち続けているとふいに後ろに気配を感じた。大尉が鋭い視線を後に向けると、シルヴィが大尉の険しい表情におびえたかのか岩陰に隠れようとしている所だった。
「一体何をしているんだシルヴィ」
 シルヴィは今にも逃げ出しそうな格好だったが、ベルガー大尉が声をかけるとばつが悪そうな表情で岩陰から出てきた。
「いや、ちょっと散歩に・・・」
 ベルガー大尉は首をかしげた。いくらなんでもこんな所で散歩をすることも無いだろう。なにより隠れる必要も無い。
 だがシルヴィはベルガー大尉の疑問に気がつかないのか、ちらちらと大尉の顔をうかがうばかりだった。
 流石にベルガー大尉も普段とあまりにも違うシルヴィの態度に気がついていた。あのゴジュラス戦後から様子がおかしくなっていたのだ。
 しばらく考えてから、ベルガー大尉は無言でシルヴィの額に手を当てた。
「うひゃ?」
 シルヴィは奇妙な声を上げて身をよじったが、逃げるようなことはしなかった。ベルガー大尉に不思議そうな視線を向けただけだ。
「どうやら熱があるわけではなさそうだな」
 だが神妙な顔でベルガー大尉が言うと一度あっけにとられたような顔になった。そしてすぐに真っ赤になる。どうやら怒っているらしいが、なぜシルヴィが怒っているのか大尉には全く理由が分からなかった。やはりゴジュラス戦で何かあったのだろうか。
「何だよ、隊長の様子がおかしいから、ちょっと気になって見にきただけじゃないか」
 ベルガー大尉は首をかしげた。別に自分がおかしいという自覚は無かった。
「ひょっとしたら・・・わたしが死んだふりしてゴジュラスをやり過ごそうとしていたことを怒っているのかと思ったんだけど」
 すまなさそうな顔でシルヴィがいうものだから、ベルガー大尉は思わず苦笑していた。

 ベルガー大尉がシルヴィとタイプゼロがやられたと思ってしまったあの時、実はシルヴィは大尉と同じことを考えていたらしい。つまりはとっさにやられたふりをしてその場をしのごうとしたのだ。
 しかも同時に外装となる装甲パーツをいくつかパージすることで大破を装うという凝った演技まで見せていた。ゴジュラスのパイロットもそうだったのだろうが、ベルガー大尉もタイプゼロは大破したと思い込んでいた。
 シルヴィはひたすらタイプゼロを伏せさせながらゴジュラスに隙が生まれる瞬間を狙っていたらしい。だがそれは無駄に終わった。ゴジュラスが隙を見せる前にツヴァイが撃破してしまったからだ。

 ベルガー大尉は苦笑したままシルヴィの頭に手をのせた。
「別にそんなことで怒りはしないさ。ただ戦闘の余韻が抜けないんだ・・・たぶんツヴァイと俺が精神的に繋がったせいだと思う」
 それを聞くなりシルヴィはぎょっとしてベルガー大尉を心配そうな目で見た。シルヴィもオーガノイドシステム搭載機が暴走したり、パイロットがゾイドからの憎悪の波動にあてられて狂人化してしまったという例を聞いているからだ。
 二期ロット以降のジェノザウラーやレブラプターのように量産されたものは性能の低下がしても暴走の危険性を排除した限定したオーガノイドシステムを搭載しているが、ツヴァイは極初期に生産された実験機だからオーガノイドシステムは限定されていない。
 だがベルガー大尉は少しばかり首をかしげるといった。
「多分シルヴィが心配するようなことではないよ。うまくはいえないが、あの時は必死だった。まるで自分の体がツヴァイと一体化したような気がした・・・あまりよくは思い出せないんだが」
「そのまま一体化してしまうという危険性は無いのか・・・あるいはツヴァイに飲み込まれてしまうとか」
「それはないな、あの時ツヴァイは完全に俺に従ってくれていた。むしろツヴァイを飲み込んでしまったのは俺のほうだ。あの時主導権を握っていたのは俺だったんだ・・・ツヴァイにはすこし無茶をさせてしまったかな」
 ベルガー大尉は即答した。シルヴィはようやく納得したようにうなずいた。
「成る程な、わたしもよくは知らないが、最高ランクのゾイド乗りの中にはゾイドと一体化するような感覚を覚えるものもいるらしい。
 そういえば整備班の連中はツヴァイが休眠してるみたいだといってたけど」
 戦闘が終了した直後からツヴァイは動きを止めていた。自己修復も戦闘中とはうってかわって最低限しか行っていないし、普段はしばしば低い声で咆哮して整備班を驚かせていたのが、全く無声のままらしい。
 だがベルガー大尉はそれを聞いても表情を変えなかった。ツヴァイのことはパイロットの自分が一番よく分かっているからだ。
「別に問題は無い。自己修復の連続でゾイドコアに負担がかかったから休んでいるだけだろう。整備なら自己修復に頼る必要性も今は無いはずだ。それに・・・」
 シルヴィが先を促した。もっともシルヴィにも答えは分かっているような気がしていた。
「それに、戦闘の気配を感じたらすぐに起きるさ。あいつはそんな奴なのさ」
 ベルガー大尉は不敵な笑みを浮かべながらそういった。シルヴィはあきれたふりをして首をすくめたが、内心ではにやりと笑みを浮かべていた。自分も全く同じ意見だったからだ。
 



戻る
inserted by FC2 system