ZAC2101 ムスペル山脈阻止戦4




 モニターの閲覧を容易にする為に薄暗くされた南部方面軍司令部の室内で、ラティエフ少佐は戦況が映し出されたモニターをずっと見つめていた。
 司令部の主モニターとして活用されている大型モニターには、方面軍戦区に展開中の帝国三軍の全部隊と、判明している限りの共和国軍部隊の位置が出来うる限り最新の情報で表示されていた。
 そのモニターを見る限りでは、今朝から開始された共和国軍の上陸部隊に対する総反撃作戦は成功しているかのように見えていた。
 だが手元のデータパッドで要点を再確認しながらモニターを見つめるラティエフ少佐には総反撃作戦が最終的に成功するとは思えなかった。

 共和国軍が橋頭堡としているエントランス湾を最終目的地として開始された総反撃作戦は、帝国総軍参謀本部が企画した作戦だった。この作戦は暗黒大陸の各防衛方面軍が一部の防衛部隊を除く全戦力を投入する大作戦となっていた。
 主戦力となっているのは陸軍の装甲師団とそれを補佐する擲弾兵師団だったが、制空、直協任務に就く空軍航空師団はもちろん、海軍も主に独立海兵大隊による艦砲射撃という形で反撃作戦を支援していた。

 共和国軍の上陸から一ヶ月がたった今ではエントランス湾からトリム高地、ビフロスト平原を守備範囲としていた中部方面軍はほぼ壊滅状態にあるとされていた。
 もともと帝国軍は、共和国軍の上陸作戦が行われるのは暗黒大陸の南部、具体的にはユミール市からカオスケイプ市にかけての海岸線であると考えていた。
 だから帝都防衛軍を除けば有力な戦力は大半が南部方面軍に編入されていた。トライアングルダラスに守られている形となった中部方面軍には充足率の低い二線級師団しか配備されていなかったのだ。
 参謀本部が開戦前に企画していた防衛作戦は、南部方面軍によって共和国軍を拘束する間に帝都防衛軍を中核とした機動部隊を編成して共和国軍橋頭堡を撃破することとなっていた。
 裏をかいて大陸北部からの上陸ぐらいは考えられたこともあったが、大陸中部からの上陸など誰も考えてこなかったのだ。
 中部方面軍が壊滅したのもこれでは無理の無いことだった。今回反撃に出た各方面軍には中部方面軍に所属していた部隊も多く含まれているが、それらの部隊は恐ろしく充足率が低く、師団編成を取りながらも実際には連隊以下の戦力しか持たない部隊も多かった。

 総反撃にでる部隊からこういった寄せ集め部隊という印象を拭い去ることは難しかった。実際に先方に配備された部隊には中部方面軍の残存が多かった。
 これは総反撃作戦の準備段階が短かったことによる影響も大きかった。各方面軍の主力部隊は海岸線近くに配備されていた為に中央の山脈部に再展開させる時間が無かったのだ。
 よって中部方面軍の一部部隊は補充部隊を受け取った上で再び大陸中部へ向きを変えていた。

 だが、そこまでしても総反撃作戦の開始までに戦線正面に展開された戦力は足りなかった。各方面軍の主力部隊はまだ再展開が終了していない部隊も多かった。総反撃作戦が予定を繰り上げて開始されてしまったからだ。
 それに各方面軍の足取りも一致しているとはいいがたかった。たとえば帝都防衛軍は精鋭装甲師団を中核として確実な進撃を続けていたが、ヴァーヌ平野に陣取る東部方面軍などは、擲弾兵師団を中核とした防衛戦力に過ぎなかった。
 東部方面軍の反撃はすでに頓挫しようとしていた。なけなしの予備兵力まで無理をして投入された反撃作戦ではあったが、東部方面軍はすでに進撃を中止し防衛体制をとりつつあった。
 比較的戦力に余裕のあった南部方面軍も、一刻も早く再展開中の主力部隊を戦線に投入する必要があった。

 このような状況では前線での僅かな進撃に参謀達が一喜一憂しないのも当然だった。南部方面軍司令部につめているスタッフは全員が主力部隊の再展開に関する作業を行っていたからだ。
 再展開された主力部隊の大半はビフロスト平原の北方に進攻することになっていた。ウルド湖に展開する予定の海軍独立海兵大隊の支援が得られる予定だったからだ。
 南部方面軍主力はビフロスト平原北方に一度出てから、ウルド湖からエントランス湾に流れる大河沿いに南下して共和国軍の橋頭堡を突くことになっていた。
 方面軍単独では橋頭堡にたどり着くのは難しいだろうが、各方面軍と歩調を合わせることができれば橋頭堡に存在するであろう共和国軍の司令部を撃破できる可能性はあった。

 モニターを見つめていたラティエフ少佐の目線が一点で止まった。特設実験大隊を含む一部の部隊の情報が数時間前から更新されなくなっていた。データパッドで確認しても通信が途絶している以上のことは分からなかった。
 ラティエフ少佐には不思議と特設実験大隊が撃破されたのではないかという疑問はおきなかった。ベルガー大尉と彼の部下達ならばどのような状況であっても生き残るだろう。
 だが必要な手は打っておくべきだろう。ラティエフ少佐は、同じようにモニターをみていたマッケナ少佐を促すと司令部の部屋を出た。
 主モニター上では進撃を開始した装甲師団の先遣隊が特設実験大隊と接触しようとしていた。


 元から難しい戦いだった。ゴジュラスとの戦闘に入ってからベルガー大尉はすぐにそのことを思い知らされていた。

 ロールアウトから何十年も過ぎているにも関わらず、ゴジュラスはいまだに共和国軍の旗機としての地位を保っていた。地球系の技術が暴走というレベルにまで乱用された第一次大陸間戦争時代でさえゴジュラスMK−IIは決して無視できない砲戦戦力の一つに数えられていた。
 第一次大陸間戦争時に設計生産されたゾイドの大半が、使用された地球系技術を維持できずに次々と戦力外となっていくなかでも、比較的低レベルの惑星Ziでも十分に維持できる技術しか使用されていなかったゴジュラスは戦力として維持され続けた。
 それだけではない、共和国軍は激変してしまった戦力を少しでも維持する為に数の減ったゴジュラスに対して徹底的に近代化改装を施した。その結果ゴジュラスはさらに強力になって戦場に復帰することになった。
 もっともライバル機であるアイアンコングはゴジュラス以上の生産数を誇っており、その差が共和国軍と帝国軍の戦力差へと繋がっていたのだが。

 前大戦時の主力機とはいえ近代化改装されたゴジュラスに対して、ツヴァイとタイプゼロは最新鋭機ではあるものの、すでに損傷をおっている上にゾイドの格というハンデがあった。
 まるでさっきまでのステルス新型機とツヴァイとの間の関係がそのまま攻守をかえて移行したかのようだった。
 ただ違うのはツヴァイとタイプゼロはゾイドもパイロットも一騎当千のつわものでお互いをよく知っているということだった。
 だからこそ今でも何とかゴジュラスに対抗し続けることが出来ていた。しかしこのままではゴジュラスに有効打を与えるのは難しかった。

 もう何度目になるのかも数えていなかった。ゴジュラスが振るった尻尾の一撃をとっさに飛び上がってツヴァイはかわしていた。
 その隙にゴジュラスの向こう側に回りこんでいたタイプゼロが牽制の衝撃砲を放った。だが直後にタイプゼロも跳躍していた。わずかにおくれてタイプゼロが存在していた空間にゴジュラスが放った70ミリ砲弾が降り注いだ。
 ツヴァイはその間に荷電粒子砲のチャージングを開始していたが、今度は伸ばされたゴジュラスの右腕によってチャージングを阻止されていた。パワータイプのゴジュラスに一度つかまれば大損害を受けるのは間違いなかった。
 結局ツヴァイとタイプゼロは逃げ回るばかりで、牽制程度ならともかく、ゴジュラスの重装甲を貫通させられるほどの有効打を与えることは出来なかった。

 ベルガー大尉は回避する合間に周囲の状況を確認した。やはり特設実験大隊は共和国軍と乱戦になっていた。あちらこちらで大隊所属機は共和国軍のゴドスと至近距離での戦闘を行っていた。
 問題なのは火力支援に指定されている一個中隊の存在だった。両軍が交じり合っている至近距離での乱戦の為に強力な火力を持て余しているのだ。適切な指示さえ与えておけば接敵前に相当な戦力を削ることの出来たはずの大火力だった。
 ベルガー大尉は思わずののしり声を上げていた。支援中隊がやむにまれず大火力を生かせない分だけ特設実験大隊は不利な状況に置かれていたからだ。
 このままでは特設実験大隊と比べると近距離での戦闘に特化しているゴジュラス、ゴドス部隊に押し切られてしまう可能性が高かった。
 状況を一変させる可能性は一つしかなかった。それには目の前のゴジュラスを撃破してしまえばいいのだ。
 敵部隊は大隊長機であろうゴジュラスを除けばゴドスだけで編成されている。実質上ゴジュラスとその護衛機であるといえた。
 そうであれば敵戦力の中核であるゴジュラスさえ撃破することが出来れば、あとは烏合の衆がのこるだけだった。
 しかし、どうすればゴジュラスを傷を負ったツヴァイとタイプゼロで撃破することができるのか、ベルガー大尉の内心に焦りが生まれようとしていた。

 その焦りがツヴァイの回避を鈍らせてしまっていた。ゴジュラスが伸ばした腕は辛うじて逃れたものの、追い討ちとばかりに放たれた70ミリ砲弾をまともにツヴァイは被弾してしまった。
 とっさに残されていた左側のフリーラウンドシールドを構えようとしたが、それよりも早く70ミリ砲弾が弾着した。ツヴァイの前面にほとんど均等に70ミリ砲弾が命中していた。
 頭部のレーザチャージングブレードは吹き飛ばされ、胸部のコクピット前面にも着弾したようだった。コクピット前面の装甲によって砲弾は嫌な音を立ててはじかれた様だが、前面モニターのいくつかが意味の無いノイズを映し出すだけで用をなさなくなっていた。
 その切りかけのあるモニターにゆっくりと近づいてくるゴジュラスの姿が見えた。どうやら被弾して動きの鈍ったツヴァイに止めをさすつもりのようだった。
 対するツヴァイには操縦桿をいじっても反応の鈍い箇所がいくつかあった。コアと機体とのリンクがいくつか断線してしまったようだった。

 思わずベルガー大尉は舌打ちした。ツヴァイの状況に苛立ったからではなかった。モニターにゴジュラスに対して果敢に接触を続けるタイプゼロの姿が映っていたからだ。
 だがタイプゼロ一機でゴジュラスの相手をするのは相当難しかった。高速ゾイドがその利点である速度を出せない至近距離で重装甲ゾイドの相手をすること自体が間違っているのだ。このままではゴジュラスにつかまって撃破されてしまう。
 シルヴィはベルガー大尉の窮地を救おうとしているのだろうが、これはベルガー大尉自身の焦りが招いた結果なのだ。だからシルヴィは気にすることは無い、放っておいていいのだ。被弾の衝撃で朦朧とする頭でベルガー大尉はそう考えていた。
 あまり正当性の無い考えであるようだったが、その時のベルガー大尉はコクピットから這い出て、シルヴィに逃げるように言おうと真剣に思った。それをしなかったのはコクピットハッチが歪んで開放できなかったからだ。

 そして最悪の事態は訪れた。邪魔だとばかりの振られた尻尾の一撃をタイプゼロはかわすことが出来なかった。普段なら避け切れないほどの攻撃ではなかったはずだが、ベルガー大尉のことを気にかけていたのか、それともそれまでの損害が大きかったのか、タイプゼロは直撃を食らって吹き飛ばされていた。
 吹き飛ばされて横たわったタイプゼロは動きを止めていた。胴体中央部と頭部の装甲が剥離していた。タイプゼロは微動もしなくなっていた。
 ベルガー大尉はなぜかその光景から目線をそらすことが出来なかった。そしてツヴァイはゆっくりと立ち上がっていた。


 ツヴァイの内部では急速に変化が起こっていた。まずはじまったのはベルガー大尉とツヴァイの人格統合だった。
 ベルガー大尉とツヴァイの精神的な結合が急速に強まっていき、やがてベルガー大尉の意識がツヴァイの深層意識にまで達した。
 ツヴァイは拒否反応を示すことは無かった。ただ、ベルガー大尉の深い怒りに共感を覚えて同調の意思を示した。ふたつの闘争心はすぐに流れる方向を一致させた。そしてツヴァイの意識とベルガー大尉の意識が融合した。
 それは川の流れが合流して一つになるような感覚だった。あるいはよく磨き上げられた金属同士が研磨面を合わせることで強固に結合するかのようだった。

 こうして融合された意識は深層から瞬時に表層まで浮かび上がった。ベルガー/ツヴァイの意識には急速に外部からの情報が流入した。ツヴァイの各部のセンサや内部モニターが情報源だった。だがコクピットに座るベルガー大尉の目で見ている間隔は無かった。すでに視界はツヴァイの光学カメラと同調していた。その上でその他のセンサや内部モニターからの情報も意識の中に自然と入ってくるのだ。
 その感覚はコアと機体のどの部分が断線しているのかの状況まで瞬時につかめた。自己診断装置が破損している箇所の情報さえなぜか把握することができていた。
 ベルガー/ツヴァイは破損箇所に僅かに力をこめるようにした。それで断線していた回路が吹き飛ばされてそのかわりにバイパス回路が構築されていた。構築されたバイパス網は断線回路が完全に消滅したと同時に正規の回線と同様に繋がっていた。そして破棄された回路は他の回路の部品へと再構成されていた。
 修復は内部の回路だけに及んでいるわけではなかった。70ミリ砲弾で傷ついていた装甲も通常の光景を早送りするかのように高速で自己修復が進んでいた。改造が進んでいたフリーラウンドシールドは完全に消滅したままだったが、頭部のレーザチャージングブレードは急速に生え変わるようにして再生されていた。
 急速な自己修復が進んで、四肢に力がみなぎるように感じたベルガー/ツヴァイは、ゆっくりと立ち上がった。倒すべき敵は目の前に立っていた。

 共和国軍のゴジュラスは、目の前で無造作に立ち上がったツヴァイに戸惑っているかのように見えた。ツヴァイの様子は明らかに今までと違っていた。それに損害も急速に回復している様子さえ見せている。
 今までのツヴァイは回避に専念する様子を見せていたが、いまはただ棒立ちになっているようにも見えていた。しかし決して無防備な姿勢をとっているわけではなかった。今までとは比較にならないほどの気迫と緊張感が感じられた。まるで抜き身の刀のようだった。不用意に近づけば素早い反撃が飛んでくるだろう。
 その緊張感に押されてゴジュラスは動くことが出来なかった。この均衡を破ったのはベルガー/ツヴァイのほうだった。
 ふいに前傾姿勢を取ると次の瞬間にはゴジュラスパイロットの視界からツヴァイが消えうせていた。あわてて後退しようとパイロットは機体を引かせようとしたが、それを拒むかのようにゴジュラスは一度大きく咆哮すると腕を振り下ろした。
 いつのまにかツヴァイはゴジュラスの懐にもぐりこんでいた。パイロットはそれに気がつかなかったが、ゴジュラスは十分に反応していた。だがツヴァイはゴジュラスの振り下ろした腕を信じられないような速度で回避するとゴジュラスの後方に回り込もうとした。
 ゴジュラスのパイロットは反射的に機体を振り向かせた。いや、しようとした。それよりも早くゴジュラスが勝手に尻尾を大きなストロークで振っていた。いつの間にかゴジュラスは完全にパイロットの操作を無視していた。いまはパイロットはゴジュラスを起動させる精神リンク先としての意味しか残っていなかった。
 だがパイロットはゴジュラスの尻尾の一振りで大きく吹き飛ばされたツヴァイを見て安堵していた。最後の最後でオーガノイドシステムによる同調や超回復を見せて驚かせてくれたが、結局はクラスの違うゴジュラスの敵ではなかった。そう考えて安心しきっていた。
 そんなパイロットのことをすでにゴジュラスは無視していた。一見倒れこんでいるようにしか見えないツヴァイを警戒するように低い唸り声をとどろかせながら見つめている。周囲のゴドスやレブラプター達の戦闘など意識の外にあった。

 そしてベルガー/ツヴァイはその様子をほくそ笑みながら感じ取っていた。何故か周囲のゾイドの動きだけではなく感情さえもが何となくではあったが把握することが出来た。ゴジュラスのパイロットは腕も良いし、経験も少なくは無いのだろうが、ゾイドとの相性はあまりよくは無いようだ。ゴジュラスのパイロットだからといって全員が相性で配属されるわけではないのかもしれない。
 だがパイロットとゾイドがばらばらな思考をする固体など今のツヴァイの敵ではなかった。

 今度は先に動いたのはゴジュラスだった。倒れこんだふりをしているツヴァイに向けて勢いよく踏み込んでくる。おそらく腕で掴んで機動を封じてから力でねじ伏せるつもりだろう。しかし今度もパイロットは急に動き出したゴジュラスに動転するばかりだった。その隙をベルガー/ツヴァイが見逃すはずも無かった。ツヴァイは素早く立ち上がると、クラッシャークローを伸ばしてくるゴジュラスに腕を一閃させていた。
 そして自然に一歩引いてゴジュラスの突進をツヴァイは避けた。一瞬送れてゴジュラスのクラッシャークローが腕から切り離されて鈍い音を立てて地面に突き刺さった。ツヴァイの手にはいつの間にかフリーラウンドシールドに装着されていたはずのエクスブレイカーが握られていた。
 



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