ZAC2101 ムスペル山脈阻止戦1




 ゾイドの分厚い装甲を通してさえ強烈さがわかるほどの突風を感じて、暖房を効かせたコクピットの中にいるにもかかわらず、ベルガー大尉は身震いをした。
 ベルガー大尉の周囲には活火山と休火山が連続して出現するムスペル山脈に特有の風景が広がっていた。大陸中部と南部を分断するこの山脈には、他では見られないほどの強い風が吹くことでも知られていた。
 強風が周囲の地形を抉り取って出来た天然の通路と、山地が重ね合うように続いている地形は、強風と合間って共和国軍の将兵にはまさに地獄の風景に見えるようだった。
 そして、この複雑な地形がベルガー大尉たち特設実験大隊が、共和国の大軍が山脈を縦断するのを阻止できている一因でもあった。錯綜する渓谷の地形に熟知していれば、のこのこと進軍を続ける共和国部隊の背後を突くのもそれほど難しくは無い。
 それに地形上、一箇所に大軍を指向できないのも少数でのゲリラ戦を挑む特設大隊に有利に働いていた。
 すでに特設実験大隊が山脈のビフロスト平原とニフル湿原の間に広がる地域の防衛に投入されてから、大隊が守備する範囲だけでも共和国軍の一個連隊近くを撃退していた。
 戦力を小出しにせざるを得ない共和国軍に対して、特設大隊はおおむね有利に戦闘を進めることが出来ていた。

 エントランス湾に共和国軍が上陸してからすでに一ヶ月近くがたっていた。新型強襲揚陸艇のホバーカーゴをもって、一気に一個師団もの戦力を上陸させた共和国軍は、上陸からわずか数日の戦闘で確固たる橋頭堡を確保していた。
 そしてどうやったのかは知らないが、共和国軍はいままで航路として使用するのは不可能だと考えられていたトライアングルダラスを通過するルートを使って、大型輸送艦で補給と増援を送りつづけていた。
 そのおかげで、アンダー海西部の西方大陸と暗黒大陸を結ぶ航路上を警備していたウォディック艦隊は遊兵化してしまっていた。最近になってようやくウォディック艦隊による輸送艦隊への攻撃が開始されていたが、すでに対潜防備を固めていた共和国海軍の堅陣に阻まれて戦果をあげるのは難しいようだった。
 上陸から一ヶ月たった現在では、すでに共和国軍の大半、百個師団を超える戦力が暗黒大陸に上陸しているとされていた。
 しかし対する帝國軍の動きは精彩を欠くものだった。大陸南部のユミールからカオスケイプにかけての沿岸を共和国軍の上陸地点と判断していた帝國軍は、その戦力の大半をニフル湿原とミッド平野に集中させていたからだ。
 残った師団は、ほとんど帝都周辺にあり、その他の地域は無防備に等しかった。もちろんエントランス湾も例外ではなく、一応は三軍から分派された沿岸警備隊が監視を兼ねて展開していたのだが、共和国軍の上陸と合わせて消息を絶っていた。
 共和国軍は、上陸前に旗艦であるウルトラザウルスを中核とする艦隊を沿岸に展開させていたから、その艦砲射撃で壊滅的な損害を受けた可能性が高かった。エントランス湾周辺に展開していた他の部隊は沿岸警備隊からの通信を受け取っていなかったらしいから、沿岸警備隊は一瞬で蹴散らされたと考えられていた。
 そのせいで周辺に布陣していた師団は、共和国軍の上陸に関する情報が乏しいまま戦闘になってしまったのだ。空軍の偵察隊がエントランス湾周辺に展開していなかったことも災いして、ビフロスト平原に布陣していた師団は、共和国軍最精鋭の閃光師団によって各個に撃破されてしまっていた。
 その後も帝國軍の動きは鈍かった。本来なら、南部に布陣していた師団をムスペル山脈方向に転回させて、ビフロスト平原に向けて攻撃を開始すべきだった。そうすれば共和国軍が上陸直後で戦闘態勢がまだ整っていないうちに戦えるからだ。
 だが、参謀本部は大転回をして、がら空きになった南部へ共和国軍別働隊が上陸する可能性を恐れた為に思いきった判断を下すことが出来なかった。この一ヶ月の間は、ビフロスト平原での戦闘で壊滅的な損害を受けて後退する部隊を収容した以外は、少しばかりの戦力を展開させたに過ぎなかった。
 しかし、エントランス湾に上陸する共和国軍の規模が判明するにつれて、参謀本部もようやく重い腰を上げていた。共和国軍がすでに上陸させた部隊の規模は、西方大陸に展開していたほぼ全軍だといえた。共和国軍が保有する残存戦力では、南部に上陸しても第二戦線を構築するのは難しいだろう。
 だから今になって南部を防衛していた部隊の大転回が開始されていた。問題は共和国軍の動きだった。展開中に共和国軍の攻撃を受ければ、帝國軍は反撃を行う前に大損害を受けてしまうだろう。
 このために参謀本部は、緊急に展開できるいくつかの部隊に、ビフロスト平原を囲むように広がる山脈地帯の死守を命じていた。共和国軍をその部隊で阻止している間に、攻勢をかける師団を攻撃発起点に布陣させるつもりなのだ。
 特設実験大隊を始めとする防衛部隊は、参謀本部の失策の付けを払わせられているとも考えられたが、ベルガー大尉にはそんな事を考える余裕はどこにも無かった。もし共和国軍の通過を許せば、ビフロスト平原を包囲する大攻勢が崩壊する可能性もあったからだった。
 ベルガー大尉はため息をつくと、本隊が待機している野営地へと足を向けていた。


 特設実験大隊は、入り組んだ渓谷の奥に野営地を設営していた。その渓谷は内部に比べて、恐ろしいほど入り口が狭くなっていた。今も、ツヴァイのフリーラウンドシールドと片側の斜面が接触しているほどだった。
 それなのに、中に進入すると意外に広大な空間が広がっていた。それに野営地の後ろ側には急な斜面があったから、後方から攻撃される心配は無かった。周囲の偵察が困難なことが唯一の弱点だったが、それも監視機材と歩哨を谷の上におくことで十分に補うことが出来た。
 こんな地形を野営地に選んだのは、特設大隊が基本的に他の部隊の援護が受けられないとわかっているからだ。帝國軍の他の部隊は、大部分が攻勢作戦の準備をしていた。攻撃発起点にまだ達していない部隊もあるから攻勢をかけるのはもう少し先になる。
 大陸南部に布陣する帝國軍部隊はその作戦に全力をかけるつもりでいるから、山脈での阻止戦に従事する部隊に支援する余裕が無いのだ。一応は空軍のエアカバーは約束されていたのだが、狭隘な地形を考えれば上空支援がどれだけ役に立つのかはわからなかった。
 だから特設大隊は大兵力に包囲されても長期持久態勢をとれる場所に布陣しているのだ。万が一、共和国軍に包囲され、突破されたとしても特設大隊がこの場にとどまって防衛戦を行っていれば少なからぬ数の共和国軍を拘束することも可能だからだ。

 ベルガー大尉は、野営地の奥に設けられた整備所でツヴァイをかがませた。ハッチを開くと、ちょうどグスタフに設置された梯子の前になった。
 整備班が保有するグスタフの後部トレーラーは整備用のハンガーが増設されていた。小型のゾイドならばハンガーに載せたまま小型のクレーンとキャットウォークによって各部の整備が可能だった。
 ツヴァイの巨体は流石にトレーラーに乗せたまま整備を行うわけにはいかないが、装備されたクレーンはトレーラーの周辺に駐機した機体なら届くから、トレーラーの回りは整備所となっていた。
 ベルガー大尉が梯子で下に下りると、整備兵に消費した弾薬を補充するように命じた。整備班と打ち合わせを行っていたメイル少尉が近づいてきた。
「お疲れ様です、大尉。それで共和国軍の様子はどうでした」
 メイル少尉はあまり心配していない様子でいった。ベルガー大尉は、ついさっきまで共和国軍と交戦していた。敵もこちらも大兵力を投入することが出来ないから、どうしても戦闘は小隊程度の戦力で行われていた。
 その戦闘も双方とも一個小隊を投入していた。だが、大型ゾイドのツヴァイがいた特設大隊のほうが戦力的には充実していた。結局、短時間の戦闘の後に小型機で編成されていた共和国軍の小隊は後退していった。共和国軍の鮮やかな引き際を考えれば後方で待ち伏せている部隊がいてもおかしくは無かった。だからベルガー大尉も小隊を後退させていた。
 そのことを告げるとメイル少尉は頷いていった。
「まだ共和国軍は偵察を続けるつもりですね。こちらとしてはこの後はどうするのですか」
「勿論戦闘を継続する。共和国軍は大軍で山脈を安全に通過できるルートを知らないのだから、どうしても地形を把握する為に偵察隊を送る必要があるのだろう。我が軍はこれを叩いて、地形の把握を妨害するしかないな」
 間髪をいれずにそういうと、メイル少尉はため息をついた。
「何にしても攻勢準備が整うまでは共和国軍を突破させるわけにはいけませんからね。司令部もこの作戦を重要視しているようです。大尉が留守の間に補給部隊が来ていきました」
 メイル少尉はそういって補給品のリストを手渡した。ベルガー大尉はリストを受け取ると一瞥した。補給品の量を考えると、特設大隊がまだ後一ヶ月程度は戦える計算だった。もっとも攻勢作戦の時期を考えればそれまで長引くことは無いだろう。
 ベルガー大尉は笑みを見せると、メイル少尉にリストを返した。
「これだけあれば十分だ。攻勢作戦はまもなく開始されるはずだ。あと少しだけここを守りきるぞ」
 メイル少尉がそれに頷く前に、ベルガー大尉はいきなり大声で呼ばれていた。慌てて二人が振り向くと、怒ったような顔のシルヴィが立っていた。シルヴィは早足で大尉の前にくると勢いよくまくし立てた。
「何でわたしはいつまでも訓練を続けなければならないんだ。もういいだろう、早く前線に出してくれよ」
 呆気にとられて聞いていたベルガー大尉だったが、慌てて反論する。
「駄目だ、帝國軍の機種転換訓練期間を満たさない以上は戦闘への参加は原則認められない」
 シルヴィは一瞬考え込むように口篭もったが、すぐに嬉々としていった。
「大丈夫だ、あの子の操縦系統や基本特性はサーベルタイガーと酷似しているし、それに原則ということは独立部隊の長である隊長が判断すれば問題無くなるんだろう。わたしなら今すぐにでも隊長といっしょに戦えるんだがな」
 一ついうと、それに数倍する反論を返してくるシルヴィに、ベルガー大尉は藁にもすがる思いでメイル少尉を見た。腹立たしいことにメイル少尉は、面白そうに二人のやり取りを見ているだけだった。
 さすがにベルガー大尉の仏頂面を見ると、顔を引き締めたが、その目を見るまでもなく二人のやり取りを楽しんでいることは明白だった。
 段々と面倒くさくなったベルガー大尉は、シルヴィに自分の補佐をするようにいおうとした。だが、その前に大尉が腰に付けていた通信機が反応した。ベルガー大尉はすばやく通信機を手にとっていた。通信は監視班からのもののようだった。
「監視班から本部へ、接近中の共和国軍を発見、敵は大隊規模」
 ベルガー大尉はそれを聞いて驚いていた。狭い渓谷が続くこの場所に一気に大隊規模の戦力を投入してくるとは思えなかったからだ。ひょっとすると本格的な偵察に移行したのかもしれない。それとも特設大隊との交戦を目的としているかだ。どちらにせよここは迎撃にあたらなければならなかった。
 ベルガー大尉はメイル少尉に出撃準備を命じた。しばらく迷ってから、シルヴィにも出撃を許可する。やはりそれを聞くと、シルヴィはうれしそうに笑みを見せていた。


 接近してくる共和国軍の動向は、監視を続けているサイカーチからの通信である程度把握することが出来ていた。
 ベルガー大尉は、山岳戦では運用が難しい歩兵部隊を全て野営地の防衛に振り向けていた。そして、本来なら歩兵部隊を支援するコマンドゾイドのサイカーチやウォンバムは偵察班を編成していた。そのおかげで野営地周辺だけではなく、山脈を縦断可能な鞍部を全て監視することが出来ていた。
 共和国軍を発見したサイカーチには、定点監視を中止して共和国軍と接触し続けるように命じていた。勿論、サイカーチ一機では戦闘はしかけられないから、本隊の到着を待つようにも命じている。
 しかし、ベルガー大尉はこの共和国軍にしかけていいものかどうか迷っていた。この部隊は囮部隊なのではないかと考えていたからだ。

 現在共和国軍が進攻しているルートは、強風が押し広げた鞍部の一つだった。エントランス湾側から見れば、傾斜も緩やかで、激しい地形の変化もないから容易に通過出来ると判断できるかもしれない。
 しかし、このルートは稜線を越えると状況が激変する。傾斜はほとんど垂直になるし、山脈の横方向へ退避移動しようとしても、渓谷が深くえぐり込まれたような地形だから容易には移動できない。おそらく山岳戦用に特化したゾイドでもない限り戦闘力を維持したまま通過することは不可能だろう。
 より安全に稜線越えを行うのならば、今のルートを少しばかり戻って、隣に位置する鞍部を通過する方がよかった。そのルートは鞍部の高度が少しばかり高くなるから傾斜という点では面倒だが、一度稜線を越えてしまうと天然の街道となっているなだらかな傾斜の渓谷をつたって安全に平地に降りることが出来た。
 この状況を一瞥した限りでは、共和国軍が地形を把握する為に強行偵察を繰り返しているように見える。しかし数日前の遭遇戦によって共和国軍もこのルート先の地形はある程度把握しているはずだ。
 ルートの通過が不可能だという事実を知っているのかどうかはわからないが、少なくとも稜線を越えてからの行軍が困難であることぐらいは気がついているはずだった。そうだとすると共和国軍の意図がまるで見えなかった。
 通過の可否を確認するだけならば、小規模の部隊でもいいはずだった。むしろ、すくなくとも通過が困難であることがわかっているのだから、大軍を投入することはそもそも不可能なのだ。せいぜい撹乱の為の助攻部隊を移動させるくらいしか出来ないルートであることはわかっているはずだ。

 しかし、この部隊が特設大隊との本格的な交戦を主目的としていると仮定すると、容易に納得することが出来た。少なくとも稜線を越えるまではこのルートは割合開けた地形が連続する。そこならば索敵も容易だし、地形に慣れていないという弱点を最小限に抑えることが出来る。
 実際、接触を続けるサイカーチもあまり接近することが出来ずに、送られてくる画像は望遠を引き伸ばした画質の荒いものばかりだった。それでも共和国軍が十分に警戒しているのはわかった。
 ベルガー大尉はツヴァイのコクピットで一人うなっていた。特設大隊には参謀がいないから、判断はすべてベルガー大尉が下すしかない。  今のところ、大隊の戦力ほとんどを共和国軍を襲撃できる位置に配置していた。完全な奇襲というわけにはいかないが、地形を利用すれば有利に戦闘を行うことは出来る。そんな状況にいらだったのか突然シルヴィからの通信が入った。
「隊長、仕掛けるのか、それとも仕掛けないのか早く決めた方がいいんじゃないのか。この場で突っ立っていては結露する機体も出てくるぞ」
 確かにシルヴィの言うとおりに、余裕のある大型機ならともかく、重量のない小型機では山岳専用の装備が完全であるとはいえなかった。長時間の待機は、何もしなくても戦力をすり減らす可能性もあった。
 他の部隊からの援護が期待できない状況では、大隊単独での攻撃は避けるべきだった。だが、このままこの部隊を放置しておけば山脈の地形を把握されてしまう。厄介なことに、うまくいけば共和国軍を壊滅させるのは難しくない。
 返答しないベルガー大尉にいらだって、さらにシルヴィがいってきた。
「隊長、わたしは攻撃すべきだと思う。山岳戦ならこちらに有利になるし、見たところ敵には大型機が少ないようだから、戦力的に見てもこっちの方が有利なんじゃないのか」
 シルヴィが話し終えると同時に、メイル少尉も通信に参加した。メイル少尉はエレファンダーに乗って本隊より後方に布陣する中隊を指揮していた。
「自分も同意見です。この部隊を見逃すと、共和国軍にルートを開設されてしまいます。今まで同様に阻止すべきだと思います。たしかに敵部隊の規模は今までにないほどですが、何とかできないほどの数ではないでしょう。それにここで下がっては兵の士気が下がります」
 ベルガー大尉は他に聞こえないようにため息をつくと頷いた。どのみち攻撃しなければならないことには間違い無かった。ベルガー大尉が攻撃準備を命じると、あきらかに周囲の兵たちの緊張感が高まっていくのを感じた。

 しかしそのような高揚感とは別に、ベルガー大尉は違和感を感じていた。ベルガー大尉は首をひねったが、迷っている時間はそれほど無かった。このままの速度で共和国軍が移動を続けるとすぐに攻撃できなくなってしまうからだ。
 ベルガー大尉は攻撃命令を下した。それとほぼ同時にツヴァイを大きく跳躍させる。大隊の前衛中隊二個も隠れ場所から一斉に飛び出していた。それを支援するべくメイル少尉が指揮する後衛中隊の支援砲火が飛んだ。
 今のところ、共和国軍は状況を把握できずに右往左往していた。ツヴァイは共和国軍の間近に着地すると、勢いもそのままに近くにいたゴドスの首をエクスブレイカーで掴んだ。何時の間にかツヴァイの右には、シルヴィのタイプゼロがいた。シルヴィも勢いを消さずに共和国軍に突っ込んでいく。掴んだゴドスの首をねじ切りながらベルガー大尉は攻撃の成功を確信した。
 だが、ベルガー大尉が更に指示を出す前に、左翼に展開していたレブラプターが突然爆発していた。




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