ZAC2101 アンダー海海戦2




 搭乗員待機所は緊張した雰囲気がただよっていた。
 ラミウスは自機の整備が完了して遅れて部屋にはいったのだが、扉を開けた瞬間に部屋にいた全員が鋭い視線をラミウスに向けてきた。
 その殺気さえこもっている様な視線に、ラミウスは戸惑って立ちすくんでしまった。だが部屋の奥から編隊を組む軍曹が声をかけてきた。
 緊張感の無いその声に、ラミウスに向けられた視線もようやくそらされていった。ラミウスは首をすくめながら軍曹の所へ寄っていった。周りを見渡すとその一角は母艦搭乗員ではなく飛行教導隊の隊員達が座っていた。
「この様子では母艦搭乗員は随分緊張しているようだな、何かあったのか」
 編隊員達のすきまにラミウスが座り込むと、声をかけた軍曹は苦笑いを見せながらラミウスに煙草入れをさしだした。
 礼を言うとラミウスは机に置いてあったマッチで煙草に火をつける。ラミウスが煙草の煙を吐き出したのを見てから軍曹はおもむろにいった。
「つい先程ですが海軍の主力艦隊から連絡がありましてね。第二次索敵線には何も見つからなかったそうです」
 ラミウスは煙草を吸いながら、予想しうる戦場と第二次索敵線で捜索されるエリアを重ねていった。だがその索敵線は決して索敵の主力というわけではなかった。むしろ主力が索敵に失敗した時の予備でしかなかった。
 第二次索敵線は西方大陸からトライアングルダラスに直接向うルートを重点的に捜索しているのだからそれも当たり前だった。
 こんなに早く索敵の結果がわかったのも、要するに敵が発見される可能性が低いから進出距離が短いということだった。あまり期待されていない索敵だから航続距離の短い二線級の索敵機が割り当てられていたからだ。
 第二次索敵線よりも時間的には早く出撃した第一次索敵線の偵察機は、いまだ進出を続けていた。
「第二次索敵線はあくまでも予備だ、敵主力の位置がわかるとしてもあと数時間はかかるのではないかな」
 軍曹は困ったような顔で視線を下ろした。どうやら話はそれで終わりというわけでは無さそうだった。
「それだけじゃないんですよ、艦隊がいってきたのは」
 ラミウスは怪訝そうな顔で振り向いた。普段は物事をはっきりという軍曹にしては珍しい態度だった。
「上空に偵察機あり。ま、要するに索敵機が発見されたんですな」
 それでようやくラミウスも事態が飲み込めた。納得した顔になってラミウスはいった。
「なるほどな、それで本艦は迎撃態勢に入っているのか」
「いいえ、艦隊ではその必要なしといってきました。艦隊の直衛は基地航空隊に行わせる腹積もりのようです。むしろ偵察機の存在は敵艦隊が周囲にいるしるしであるという事です。ですから敵航空隊が発見されてからそれを迎撃という形になるようですよ」
「しかし・・・それは無茶な気がするがな、未だ敵艦隊を発見できない以上は飛来する敵編隊を先に叩いた方が効率はいいのではないかな」
 他人事のようにラミウスが言うと、軍曹は首をすくめた。
「いや・・・おそらく敵編隊が飛来する頃には艦隊は戦闘に入っているかもしれませんよ」
 ラミウスはゆっくりと視線を軍曹に向けた。いつの間にか煙草の灰が床にこぼれ落ちていたが、ラミウスは気が付いていなかった。
「現在、艦隊は本艦の後方数キロにまで接近しています。このままの速度ならすぐに追い抜かれるでしょう。基地航空隊も今頃発進して集合しているはずです」
「・・・そこまで戦力を集中するという事は、やはりシンカー隊はここにはこないのか」
 ラミウスは嘆息してすっかり短くなっている煙草を消した。
「そうらしいです。やはり母艦航空隊は制空と艦爆、艦攻が半々で編成するそうです」
「いかにも中途半端だな。シンカー隊が抜けるとやはり攻撃力がかなり下がってしまうな」
 そこで軍曹は周囲を見回してから小声でいった。
「例の噂は本当かもしれませんね」
「シンカー隊の囮をやらされるという奴か?いくらなんでも考えすぎだろう。囮にされるほど少ない戦力でもあるまい。シンカー隊抜きでも十分に戦力があると判断されているのではないか?
 シンカー隊の足の長さから考えればヘリック海軍の後方にいるであろう輸送船団でも叩かせるのではないか。プテラス隊だけならまだしもレイノスやストームソーダーで編成された敵直衛隊はシンカーには荷が重いだろうしな」
「ま、それもそうですな。基地航空隊も母艦で燃料補給を行えば十分に敵艦隊に足が届くでしょうから攻撃力が足りないといっても致命的ではないでしょうしな」
 軍曹が言い終わる前に部屋の扉が勢いよく開かれた。通信兵が飛び込んでくると息を切らせたまま叫んだ。
「海軍の主力艦隊より入電。
 現在、我が艦隊は敵艦隊より砲撃を受けつつあり。なお対砲レーダーから敵艦隊の位置が判明。母艦航空隊及び一部基地航空隊はこれを攻撃されたし」
 搭乗員の誰一人として最後まで聞いてはいなかった。全員が我先にと部屋を飛び出していった。
 ラミウスと軍曹もそれに遅れまいと走り出していた。現金なもので敵の位置を具体的に知らされたことでさっきまで感じていた不安は消えうせていた。


 敵艦隊からの砲撃が主力艦隊に着弾した時、ウルティ達の中隊はちょうど主力艦隊と敵艦隊の中心あたりを航行しているところだった。

 付近には帝國海軍の主力を成す艦隊とは別に、中隊から大隊編成の小艦隊が存在していた。それらの多くは索敵線を形成し、航空偵察を強化していた。なかには艦隊編成をとらずに単艦で行動する艦もあった。
 敵偵察機の主力艦隊上空への侵入はそれらの索敵線の構成に大きな影響を与えていた。ある程度まで絞られた敵艦隊の位置を重点的に索敵するために、いくつかの艦隊が集合をしていた。
 それらの艦隊は敵艦隊の位置を正確につかみ、それを主力艦隊に伝えることが期待されていた。そして主力艦隊同士の決戦時には、主力に先んじて敵艦隊に突入し、露払いを行う事になっていた。
 危険極まりない役割だったが、帝國海軍はそこまでして主力艦隊を決戦時まで温存しようとしていたのだ。その為に、打撃力や練度に問題のある要港部所属艦などで構成された臨時編成艦隊を囮にしようというのだ。
 だがウルティは艦隊本部の作戦に疑問を抱いていた。そのような囮が有効になるのは帝國海軍の編成や陣形を共和国が正確に把握していない時だけだ。だが現在の状況のように航空偵察によって正確に動向を確認されれば囮の意味は無くなり、中途半端な規模で集合した艦隊など各個撃破の対象となるだけなのだ。
 臨時編成された艦隊の多くが敵航空攻撃に対して有効な火器が少ないこともウルティには危険に思えていた。それならばいっそ主力艦隊に臨時編成部隊などの戦力も全て集中させて敵航空戦力に対して火力を集中させ、艦隊上空に近寄らせなければ良いのではないだろうか。そうウルティは考えていた。
 だが、現実には一介の中尉が何を考えていても艦隊の戦略に影響があるはずも無く、ウルティ達も周辺の中隊と合流し敵艦隊方向に向うしか無かった。
 ウルティは合流先の戦隊司令と通信を開いていた。既に合流予定の戦隊まで五分ほどの距離まで来ていた。
 戦隊にまだ合流していない隊は、ウルティが指揮する中隊だけだった。その戦隊は地方の警備にあたっていた中隊規模の艦隊を戦力の中核として、他の雑多な小艦隊を吸収し、最終的に大隊級を僅かに越える戦力となる臨時編成の戦隊だった。
「それでは我々の合流と同時に敵艦隊に進撃するのですね」
 ウルティが確認するように戦隊司令にいった。戦隊司令はしかめっ面をしながら答えた。
「そうだ、敵艦隊の砲撃によってある程度の位置は判明している。わが戦隊がその地点まで接近する頃には我の航空偵察も行われているはずだから、敵艦隊の正確な位置も判明すると思う。わが戦隊は主力の到着を待つことなくこれに攻撃を敢行する事になる」
「しかし彼我の戦力差はかなりのものです。我々だけで大丈夫なのでしょうか」
 眉をしかめながらウルティがいうと、戦隊司令は諦観したような表情になっていった。
「いや敵艦隊に接近する頃には、わが戦隊と同じような先遣艦隊と合流する事になると思う。この海域で行動する艦隊はかなりの数があるから戦力的にはそれほど問題になる事は無いのではないかな。むしろ問題は合流の・・・ん?」
 戦隊司令の声が急に途切れたのでウルティは不振に思って問いただそうとした。だが、合流先の戦隊との通信はすでに途絶していた。通信機からは空電音だけがむなしく聞こえていた。
 突然切れた通信機に唖然としてウルティ見ていると電探に反応があった。慌てて電探の操作画面を確認すると戦隊の方から飛行物体の反応が高速で向ってくるところだった。作戦前に急遽増設された対空電探はさほどの性能ではないから、これだけの距離で発見された目標はかなり顕著な電波反射をもっていることになる。
 思わずウルティが空を見上げると爆装したサラマンダーを中核とした共和国の航空隊が凄まじい速度でこちらに向って飛んでくるのが見えた。
 ウルティは慌てて対空戦闘用意を中隊に命じたが、共和国航空隊はウルティ達の中隊には目もくれずに主力艦隊が存在する海域にむかって一直線に飛び去っていった。
 大洋からの反射光で翼を光らせた飛行ゾイドは美しいものだったが、あのゾイドが主力艦隊に到着した時には確実に艦隊にとって無視することができない損害を与えるだろう。
 もうウルティ達に出来ることはなかった。主力艦隊に敵航空隊の接近を警告するとウルティは中隊を合流先の戦隊へと急がせていた。

 合流先の戦隊が受けた被害は甚大だった。ウルティが見た共和国航空隊にいたサラマンダーの爆撃によってブラキオス二隻が爆沈し、他にも数隻が無視できない損害を受けていた。
 だがもっとも大きな損害は人員の面で起こっていた。戦隊の指揮を執るべき司令が戦死していた。爆沈したブラキオスに座乗していた司令は脱出するまもなく即死したようだった。そのせいで最上級士官となってしまったウルティは戦隊の把握につとめなければならなかった。
 損害を受けた艦のうち、戦闘に絶えられないであろうものを帝國本土の方角に退避させると、ウルティは暗然とした表情になった。戦隊の戦力はすでに二割近くが削がれていた。おそらく敵航空隊は主力艦隊と前方を航行していた戦隊とを誤認して爆撃したのだろう。
 サラマンダー隊はすぐに誤認であることに気がついたらしく、短い爆撃のあと高空へと戻っていったらしい。だが短時間の誤爆でさえ戦隊に無視できない損害を与えたのだ。本格的な攻撃を受ける主力艦隊が受けるであろう損害は無視できないものになるだろう。
 しかしもう後戻りはできなかった。ウルティは暗い予感を抱きながらも敵艦隊への進撃を命じていた。


 アンダー海はその海域によって色彩を大きく変える場所として知られていた。赤道直下の西方大陸北部から大陸の中でも北方に位置する暗黒大陸まで広がっているからだ。
 暗黒大陸の周辺では黒に近い青となり、西方大陸に近づくにつれて青みが増しそれに合わせるようにして色彩自体が淡いものになっていく。
 ホエールキングから発艦したシューティングスターのコクピットで、ラミウスはその事を思い出しながらサブモニターに海面の様子を映した。
 キャノピー式を一部採用していたレドラーと違って、シューティングスターのコクピットは完全に装甲に覆われる方式になっていた。
 直接外部の景色を見ることは出来なかったが、慣れてしまえば機体の下部に広がる風景まで映し出してくれる全天式のモニターは便利なものだった。
 モニターはシートの下にも広がっており、その気になれば足元の景色も見ることができた。パイロットはまるで空中にシートだけで飛ばされている気分になった。
 さすがに飛行中に下を覗き込むわけにはいかないから、下の風景は機体の状況などを映すサブモニターを使用していた。
 現在下に見える海面は、ラミウスが見る限り青とも黒とも付かない色をしていた。それはちょうどこの辺りがアンダー海の暗黒大陸と西方大陸の中間地点であるということを示していた。
 数分後には戦闘になるかもしれないというのに、何故かラミウスは落ち着いた気分で飛んでいた。レドラーよりも数段戦闘力が勝るシューティングスターに搭乗しているせいなのか、それとも教導飛行隊の古株搭乗員である遼機に対する信頼のおかげなのかもしれなかった。
 今もシューティングスターは巡航速度をレドラーに合わせるのに苦労するほどだった。機体重量はシューティングスターの方があるのだが、これが重量出力比になると、改良型のマグネッサーシステムと高効率のジェットエンジンを兼ね備えたシューティングスターはレドラーを凌駕するものをもっていた。

 ふとラミウスは小隊長用の周波数帯にあわせてある通信がなっているのに気が付いた。無線は同高度を逆行する航空隊の存在を短く伝えてきた。
 これが共和国の攻撃部隊である事は間違いなかった。ゾイドの数そのものはは帝國軍の方が勝っているが、共和国は重爆撃機としてサラマンダーを使用できるから、航空戦力の攻撃力は同等か共和国の方が高いといえた。
 この航空隊の侵入を許せば主力艦隊は大きな損害を受けてしまうだろう。だがラミウス達はこれを阻止する事はできなかった。
 帝國軍の攻撃隊は対艦ミサイルと、大型の艦攻用爆弾で爆装した攻撃機仕様のレドラーの他に制空任務に就くレドラーによって編成されていた。シューティングスターも制空隊の一員として数えられていた。
 元々制空任務部隊の機数が多いわけではないから、数の少ないシューティングスター部隊も大きく戦力として数えられていた。
 だから勝手に攻撃隊を離れるわけには行かなかった。ここで制空任務部隊の戦力が低下してしまえば今度は攻撃隊全体の防御がおろそかになり、損害は増してしまうだろう。
 共和国もその事情は同じらしく、帝國と共和国の二つの攻撃隊はお互いを肉眼で確認できる距離を高度と速度を維持したまますれ違った。
 ラミウスは装甲コクピットの中で共和国軍機を睨み付けていた。でき得ることならここで飛び出していって一機でも共和国軍機を撃墜したかった。だが共和国軍航空隊の姿が見えたのはほんの数十秒だった。音速の数倍の速さで飛ぶ二つの攻撃隊が高速ですれ違うのだから当たり前だといえば当たり前だった。
 飛び去る共和国の航空隊を見て、軽くため息をつくとラミウスは主力艦隊が防空火力でもって敵機の攻撃を跳ね除けることを信じた。
 それよりも自分達の攻撃に集中しなければ、自分自身が生き残れるかどうかもわからなかった。
「敵航空隊を確認」
 高出力の電探を装備したレドラーホークアイからの通信が再び入ってきた。レドラーホークアイは攻撃隊よりも早めに発艦し、攻撃隊の上空から周囲の警戒を行っていた。
 敵の航空隊を早期に発見し、その詳細な動きを本隊に伝達する為だ。だが今度の航空隊は動く気配が見えなかった。
 反応の大きさや高度から考えて、それが共和国海軍主力艦隊の防空任務にあたっている航空隊である事は間違いが無かった。
 そうであればその下に敵艦隊は存在するのだろう。ひょっとするとこちらの航空隊を電探で探知して迎撃部隊だけが艦隊前方に進出してきたのかもしれないが、それでも近くにいる事は間違いない。
 すぐに航空隊司令から増槽を切り落とす命令が来た。重量のある増槽を付けたままでは戦闘中に動きが鈍くなるからだ。
 周囲を飛ぶレドラーが次々と増槽を落としていった。ラミウスもスイッチを捻って胴体の左右に取り付けられていた増槽を切り離した。
 ジェット燃料はあらかた消費していたとはいえ、それでも重い増槽が切り離された事で、軽くなった機体が浮かび上がろうとしていた。ラミウスは翼の角度を微調整して高度を保った。
 レドラーの増槽は、その大半が長距離飛行によって疲労するゾイドコアにエネルギーを供給させる、いわば補食方式であるのに対して、シューティングスターの増槽は、ストームソーダーと同じように装備されているジェットエンジンの燃料をも含んでいるから重量はレドラーのものに比べて数段大きかった。
 本来の質量に戻ったシューティングスターはその優れた格闘性能を早く生かしたいのか、ラミウスの意思以上に加速しようとしていた。
 ラミウスもそれを止める気はなかった。シューティングスター隊がするすると航空隊から突出していった。シューティングスターを矛先として、帝國軍航空隊は共和国艦隊に向けて突進していった。




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