ZAC2101 アンダー海海戦1




 群青一色の海面にふと黒い影がさしていた。最初はごく小さいものだった影は次第に大きくなっていた。影がさすずっと前から反応があったレーダスコープの上でも反応が強くなっていくのがわかった。
 愛機であるブラキオスのコクピットで電探を確認していたウルティ・メイラム帝國海軍中尉は、ふと目を上げて影の正体、一隻のホエールキングを見上げた。
 ホエールキングの並外れた巨体は、いつの間にかウルティが指揮するブラキオス中隊が散開している上空に差し掛かっていた。ホエールキングは次第に高度を下げつつあった。
 外洋ではブラキオスがホエールキングとこうした形で邂逅を行うことはは珍しいものではないのだが、その度にウルティは降下して来るホエールキングにのしかかれる様な威圧感を感じていた。要港部付き士官から中隊を指揮する身になってもそれは変わらないようだった。ふとその事に気が付いて軽くため息をつくと、ウルティは手元のデータパットで要求すべき補給物資のリストに目を向けた。
 一応ホエールキングとの邂逅は補給の為とされてるが、むしろ主目的は乗員の休養であるといえた。もしかすると追加の情報もあるかもしれない。
 中隊が使用するブラキオスは装備するソーラージェネレーターなどによって長い航続距離を誇ってはいるのだが、いかんせん狭いコクピットに揺られての長時間航行は乗員に多大な疲労を蓄積させる事に繋がっていた。
 だから長期間の航行になるときはあらかじめ母艦としてホエールキングや水上型のグスタフを同行させるのが帝國海軍の水上用ゾイド運用法だった。
 だが本来なら、要港部所属の部隊がホエールキングの補給が必要なほど長距離に進出することは無いはずだった。今のようにアンダー海の中央付近にまで足を伸ばすことはめったに無いのだ。
 それは要港部の管轄は大陸周辺の警備と要地防衛に限られていたからだ。だから要港部所属のブラキオスには長距離航行用のデバイスは最小限しか搭載されていない。長距離の航行を行えば航路の誤差は無視できないほど高まるだろう。
 こんな状態で長距離進出を行えるはずも無かった。しかし共和国海軍がウルトラザウルス以下の主力艦隊を出港させたことによって状況は急変していた。共和国海軍に対抗するように帝國海軍もその主力艦隊をほぼ全力出撃させる事を決定した。
 それは海軍だけでなく空軍も参加する一大作戦だった。おそらくどちらが勝つにせよこの海戦で来るべき暗黒大陸戦争の緒戦の推移が決定されるだろう。
 帝國海軍が勝利すれば共和国軍は大幅に海軍戦力をすり減らしたまま暗黒大陸に上陸する事になり、その後の海上輸送も脅かされる事になるだろう。ひょっとすると上陸作戦そのものが行われない可能性もある。
 逆に共和国海軍が勝利すれば温存された大兵力は上陸作戦を容易にするだろう。そして主要な要港部を抑えられた帝國海軍は再起不能な損害を受けることになる。
 だから帝國海軍は主力艦隊を補佐する為に艦隊所属のみならず要港部に所属する戦力すら臨時の打撃戦隊として出撃させていた。
 要港部司令部に勤務していたウルティも、要港部根拠地隊に所属するゾイドで編成された臨時編成中隊の中隊長として出撃していた。
 そんな寄せ集めの部隊だから母艦がつくはずもなく空軍所属のゾイドと沖合いで合流する事になっていたのだ。
 要港部所属のゾイドには急遽長距離航行用のデバイスが据え付けられた。しかも数が足りないものだから中隊長機であるウルティ機以外には搭載されていない。それに要港部付きであるウルティはそれらの機器の操作に慣熟しているとはとても言えなかった。
 ここまでウルティはなれない動作で長距離航行用のデバイスをだましだまし操作してきたが、どうやらホエールキングと合流できたのだから成功しているといえた。
 だがこれは単に幸運だったにすぎない。これまでの経緯を考えれば航路の誤差を修正できずにホエールキングとの邂逅に失敗しても不思議ではないのだ。そうなれば補給を受けられなかったブラキオスは戦力を大きく低下させることになる。
 その程度ならまだ良いが、うろうろと制海権の無い所をうろついていれば各個撃破されることも考えられた。
 どうにもウルティにはこの作戦が行き当たりばったりに見えていた。要港部所属の部隊を出撃させるのは良いが、これらを集中して運用する為の艦隊司令部が存在しないのだ。要地近海での迎撃ならともかく、長距離を進出させるのだから専任の航行参謀や艦隊内通信機器を揃えた司令部は絶対に必要だった。
 ウルティは軽くため息をつくとデータパッドの確認を終えて影を落とされている海面を見た。その時ウルティの乗るブラキオスのすぐ脇に凄まじい波飛沫を上げながらホエールキングがその巨体を海面に横たえた。
 乗員乗り込み用のハッチを開けながらゆっくりと航行するホエールキングにブラキオスを近づけながらウルティはデータパッドを持って立ち上がっていた。


「メイラム・・・中尉?」
 ウルティがホエールキングの補給担当者との打ち合わせを終えて、中隊が休養しているガンルームに向かって歩いていると、いきなり声をかけられた。
 慌てて声の主を探して振り返ると、こちらに向かって小走りで近づいてくる空軍の若手士官がいた。搭乗員服を着たその男はウルティの前で止まると息を整えながら敬礼をして話しかけてきた。
「やはりメイラム先輩でしたか、お久しぶりです」
 ウルティはそう言われて少し戸惑いながら答礼した。任官からずっと要港部に勤務していたウルティには空軍に知り合いはいないはずだった。だが何となく男の顔には見覚えがあった。
 男はウルティが困惑しているのを見ると、大げさに顔をしかめて悲しそうにいった。
「やだなぁ俺の事を忘れました?士官学校でお世話になったラミウスです」
 そこまで言われてようやくウルティはこの男のことを思い出していた。海軍兵学校時代に学生班長を勤めていたウルティは、空軍士官学校の二年下で、当時兵学校に母艦運用の研修に来ていた青年を世話した事があった。
 空軍士官学校から、慣れない海軍兵学校に来て周囲の慣習の違いに戸惑っていたうぶな青年がこうして空軍士官の搭乗服で現れたからそのギャップから気がつかなかったのだろう。
「ああ・・・あのラミウス君ね。早いわね、もう任官していたのね」
「ええ、まぁ・・・一応そう言うことになります」
 ウルティは口をにごしたラミウスを不思議そうな目で見つめた。その視線に負けたようにラミウスはため息をついていった。
「内地じゃ任官が早まっているんですよ。自分はどうにか正規の課程で教育を受けましたが、次の年次は卒業を早めて任官をしたそうなんです。空軍だけではありません。海軍さんや陸軍さんも同じ傾向が見られるそうです」
 ウルティはそれを聞いて眉をしかめた。6月の時点で士官候補生を任官させたということはほぼ一年分の教育がなされていない事になる。そんな士官が役に立つとは思えなかった。
 しかし頭のどこかではそれを認めざるを得ない状況を認識していた。帝國軍は西方大陸戦争において大部分の戦力を撤退する事に成功したものの、喪失した戦力は決して少ないものではありえなかった。部隊の充足率自体はそれほどの被害が出ていない場合でも士気の低下などによる間接的な戦力の低下は否めなかった。
 だから帝國軍は西方大陸からの撤退以後、全力をもって部隊の再編成に乗り出していた。士官候補生の卒業を早めてまで士官を必要としているのは新規部隊の基幹将校団を作る為だろう。
 もっとも新規部隊とはいっても実質上今まであった部隊を再配置したに過ぎない。損害を受けた部隊を解散し、それによって生じた兵員を一箇所にまとめて一つの部隊とするのだ。
 通常であれば新規に編成された部隊には下士官や古参兵を中心に新兵で編成するものだが、現在の帝國では新たに兵員を補充するのは難しかった。
 戦前から軍事力を突出させていた帝國では、余剰人員の大半が既に兵員となっているのだ。これ以上の兵員の徴募は第一次、二次産業で本来使用されるべき労働力を損ねることになり、逆に国力を低下させる事になってしまうだろう。
 だから兵員数を飛躍的に増加させる事は難しかったのだ。来るべき本土防衛戦はそうして再編成された師団と西方大陸戦役の間は本土防衛の為に残留していた師団で戦うことになるだろう。
 このアンダー海に海軍が全力出撃をかけたのは再編成の時間稼ぎのためでもあった。
 ウルティはそんな帝國の現状に危機感を抱いていたが、だからといって自分に何も出来ることはないのもわかっていた。自分を含む軍人が出来ることといえば、出来るだけ帝國の戦力を減らさぬまま勝利を収めることしかない。
「嫌な話ね。そんな即席士官なんて私は預かりたくは無いわね」
「しかたがありませんよ、戦局が戦局ですからね。それにいくら士官に任官されたからといっていきなり新米を前線に出すほど上層部も間抜けではありませんよ。
 彼らは経験が不足しているから、今度の出撃では基地で待機しているか、それとも母艦で待機しているかですよ」
「そう・・・それならいいのだけれど。できれば彼らが戦わないうちに戦争を終わらせたいものね。ああ、そう言えばあなたは母艦搭乗員なのでしょう?今は何に乗っているのかしら」
 ラミウスはにやりと笑うとうれしそうにいった。
「自分は現在教導飛行隊第三飛行小隊に所属しておりまして、我が小隊は教導飛行隊からこのホエールキング固有の飛行隊に分派されております」
 それを聞いてウルティは目を丸くしていた。教導飛行隊といえば他隊に飛行技術を教育する事を目的として編成されたエリート部隊だったからだ。
 教導飛行隊のパイロットは空軍から選りすぐられた精鋭ぞろいだった。
「驚いたわね、まさかあなたが教導飛行隊なんてね」
「失礼ですな、そんなに意外ですか」
「意外というよりも、あなたが飛んでいるところは私は見たこと無いのよ?」
 けたけたと笑いながらウルティが言うと、つられてラミウスも笑みを見せた。
「自分が教導飛行隊に配属になったのは偶然でしょう。一応士官学校時代は訓練飛行の成績だけは良かったですがね。ひょっとすると機体操作に妙な色がついていないからテスト機向けに配属されたのかもしれません
 そうだ、中尉はもう少し時間があるのでしょう。どうです、これから我が隊の機体を見学していきませんか?」
「え?機体ってレドラーではないのかしら、やはり教導飛行隊なのだから強化型のブラックレドラー?」
 ラミウスは軽く首を振った。
「まぁ見ればわかりますよ。どうぞこちらへ」
「そうね・・・まだ時間はあるようだから見学させてもらいましょう」
 二人は連れ立って通路を抜けて格納庫へと歩いていった。


 格納庫の中にはいったウルティは目の前で翼を休めているゾイドに目を奪われていた。それはまったく新しい機構を持った飛行ゾイドだった。
 彼女たちの周囲では艦固有の飛行隊に所属するレドラーの整備が行われており、喧騒にあふれているのだが、ウルティにはその喧騒も耳に入らなかった。
「どうです、これが我が小隊に三機だけ納入された新型飛行ゾイドです。開発名はシューティングスター、現在の帝國空軍では最高の性能を誇る飛行ゾイドですよ」
「三機だけ?じゃあこれは先行量産型なの?」
 目を奪われたままウルティは声を返した。無意識のうちに周囲の喧騒に対抗して声が大きくなっていた。
 それはレドラーをベースに再設計されたような流線型の形状を持つそのゾイドだった。外見は共和国空軍のストームソーダーによく似ているのだが、それよりも鋭角的な印象を与えていた。本体には武装らしきものはないが、自由度の高そうなアームが伸びており、そこには大口径の機関砲が装備されていた。
「残念ながら先行量産どころか、これは試作機に過ぎません。それどころか私の機体は、実験機を急遽実戦に耐えられるように改造した機体です。もっともこれが次期主力機に内定する事は無いと思われますがね」
 怪訝そうな顔をしてウルティが振り向いた。苦笑いをしたラミウスはウルティをうながすと格納庫の脇に配置されている搭乗員待機室に入室した。そこなら整備の喧騒も大部分を防ぐ事が出来た。
「あれは主力機として生産できるほど安い機体ではないんです。和が軍が主力とするレドラーはただでさえ生産効率が良いとはいえませんが、シューティングスターはそれをはるかに超えています。
 性能でいうなら共和国軍のストームソーダーすら凌駕する性能を秘めているんですが、数の上から言えばいくら帝國がシューティングスターを生産してもストームソーダーの大群にはかなわないという事です。
 参謀本部はそれならレドラーの量産態勢を維持して増産したほうがよほどましだという結論に達したようでしてね。あの三機のシューティングスターもプランを放棄されて教導飛行隊でアグレッサー(仮想敵機)として使用するために回された機体ですから」
 ラミウスは残念そうに言ったが、それでもその口調からは己の愛機に寄せる愛情が伝わってきた。できの悪い子ほど可愛いとは言うが、ラミウスにとっては採用される見込みの無いシューティングスターがそう見えるのかもしれない。
 それがわかるからウルティは微笑みながらいった。
「なるほどね、でもアグレッサー役に抜擢されるなんて、あなた本当はものすごいパイロットだったのね。アグレッサーといえば基本操作をこなしながら、敵機らしく振舞わなければならないのでしょう」
「まさか・・・本当のところは新人に回す機体が無かったというのが真相らしいですよ。実際、シュティングスター三機に乗り組むのは自分を含め新たに教導飛行隊に配属されたものばかりですから。
 ところで、中尉は先程到着したブラキオス隊の隊長なのですよね?」
 いきなりラミウスは周囲を気にしながら小声になってウルティにたずねた。ウルティも怪訝そうになりながらも小声で返答する。
「え?そうだけれど、それがどうかしたの?」
「海軍さんにシンカー隊の動向をお聞きしたかったのです。実は爆撃機として使用されるはずのシンカー隊の行方をこの艦は聞かされておらんのです」
「シンカー隊?それなら上級司令部に聞いてみればいいんじゃないの」
 ウルティは首を傾げていったが、ラミウスは眉をしかめただけだった。
「それが可能ならやっていますよ。空軍の司令部もどうやら掴んでいないようなのです。普通なら母艦飛行隊のレドラーが敵航空戦力を削いでから、爆装したシンカーが続行するか、それとも制空隊に同行するはずなのですが、今回の作戦では肝心のシンカー隊からの連絡が全く無いのです」
 ウルティも怪訝そうな顔になって首をかしげていた。
「私もシンカー隊については聞いていないわね・・・そういえば根拠地隊にも哨戒機にシンカーがいたけど、中隊が編成された時に戦力統合の必要があるから艦隊配備になっていたわね」
「そうですか・・・シンカー隊の動向がわからないのでは数少ない母艦飛行隊のレドラーを何割か爆装する必要が出てきましたね」
 ラミウスは肩を落としていった。ウルティは気の毒そうにそれを見ていた。
「ごめんなさいね、私も急に臨時編成部隊の長になったものだから忙しくて他の隊まで見ている余裕が無くてね・・・」
「いえ、これは自分が中尉にお聞きしただけですから、海軍さんの機密をしゃべらせようとして中尉を困らせたのであればこの通り謝ります」
 そう言うとラミウスはわざとらしく深々と頭を下げた。ウルティはラミウスの様子に一瞬戸惑うと、すぐに吹き出していた。
「ふう・・・あなたのそういう所は変わらないのね。まったくとてもエリートパイロットには見えないわ」
「たまに自分でもわからなくなる時がありますよ」
 そうラミウスが深刻そうな顔でいうと、二人はどちらからともなく声を上げて笑い出していた。
 二人が待機室で笑い転げているとウルティを呼び寄せる艦内放送が流れ出した。
「あら、もう時間か。それじゃ、また会いましょう」
「呼び止めてこんなに話し込んでしまって申し訳なかったですね。このお礼は戦場で上空支援の形でお返ししますよ」
 ラミウスは笑みを見せたまま威儀を正すと、見事な敬礼をした。
「そう願うわ。エリートパイロットの戦いぶりを見せてもらう事にしましょう」
 ウルティも軽く答礼すると、自分のブラキオスが牽引されているハッチに向かって歩き出していた。




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