ZAC2101 断章




 窓越しにうつる帝都ヴァルハラの光景は、何度見ても冬の陰鬱な様子を見せていた。南国の西方大陸から帰ってきたばかりだというのに、ラティエフ少佐はその雰囲気にすぐに慣れていた。
 ――やはり自分には南国のエウロペよりも、いくら寒くともニクスの方が合っている。
 ふとそんなとりとめもないことを考えて頭を振った。外の陰鬱な風景に自分も感化されていたようだ。この厳しい環境に育てば、大半のものはより住み易い地域を求めるのだろう。
 しかし、自分のようにこの大陸に愛着を感じているものも多いはずだ。そう思ってラティエフ少佐は課長室へと歩き出した。
 西方大陸から帰還後ラティエフ少佐は特設実験大隊や第五中隊の編成に関する手続きに追われていた。そしてようやく古巣である技術開発本部に帰ってきたラティエフ少佐を課長からの出頭命令が待っていた。呼び出される原因についてはいくつか考えられた。
 第一に、本来ラティエフ少佐が所属する技術二課は実戦部隊との接点は持たない。だから西方大陸戦役でラティエフ少佐が実戦部隊を指揮していたことも本来なら厳罰に処されるものだった。
 ラティエフ少佐が罪に問われなかったのは、少佐が持っている中央への強いコネクションによるものだった。
 だから課長もラティエフ少佐を強くは詰問できないはずだった。だが少佐が扱いづらい部下であるのは間違いない。部署移動くらいは覚悟しておいた方が良いかもしれなかった。もっとも特設実験大隊の存続は譲るつもりは無い。場合によっては強硬手段に訴えてでも部隊は存続させるつもりだった。
 おそらく共和国軍が帝國本土に来寇するのはほぼ間違い無いだろう。その時に自由に動かせる戦力がどうしても少佐には必要だった。
 特設実験大隊の編成は正規の部隊には組み込まれておらず、教導師団隷下の一部隊扱いとなっていた。だからラティエフ少佐のコネクションを利用すれば存続は決して難しくは無かった。

 課長室の前に立つと、ラティエフ少佐はすばやく来意を申告して部屋に入った。
 だがラティエフ少佐はすぐに眉をしかめることになった。課長室の雰囲気は前に来た時と一変していた。整然と資料が並べられていた本棚は撤去され、その裏にあった色あせた壁紙が見えていた。その代わりにあふれ返っている書類が、床に乱雑に置かれた箱の中に入っている。
 何処かで見たことのあるような雰囲気だと思いながらラティエフ少佐は窓際にいた課長に声をかけた。だが、課長はラティエフ少佐を一瞥するだけで、すぐに窓の外を見ていた。
 困惑したラティエフ少佐が何かを言おうとしたとき、唐突に課長室のドアが開いた。慌てて少佐が背後を振り返ると、見知った顔の男がいた。
 その男とは古い付き合いだった。所属も技術本部にいたラティエフ少佐と、技術本部隷下の第二研究所にいた男とではあまり接点が無かったし、その男とは性格的にも正反対のようなのだが、不思議と気が合うようだった。
 だが、フランク大佐というその男は開戦前から技術本部隷下の開発班に移動していたはずだった。何故彼がここにいるのか分からなかった。
 ラティエフ少佐が戸惑っていると、フランク大佐は課長に向かっていった。
「迎えの方がこられたようですよ。下のロビーで待っています」
 課長は振り向くと大きく頷いてから、ラティエフ少佐の方に向き直って言った。
「ご苦労だったラティエフ少佐。こちらは二課長に就任されたフランク大佐だ。ちなみに大佐の人事異動は今日付けとなっている。私はしばらくの間第二研究所に配属になる。この通知は課員に通達してあったが少佐は出張のため伝えることができなかった。
 それではフランク大佐、後を願います」
 淡々と事実だけを伝えると課長はフランク大佐に一礼して部屋を出ていった。気のせいか課長は不満そうな顔をしているように見えていた。
 部屋に取り残された形になったラティエフ少佐は怪訝そうな顔でフランク大佐を見た。大佐は首をすくめただけで、仕草で部屋の中で唯一散らかっていないソファーを進めた。
 一度だけため息をつくとラティエフ少佐はソファーに座り込んだ。フランク大佐はデスクに備え付けられた椅子に座っていた。
「どうにも妙な話だね。人事異動の季節でもないのに技術部で異動が行われるとはね」
「今は戦時ですからね。平時のように制度化された人事異動では効率が悪すぎますから」
 ラティエフ少佐は苦笑を隠せない様子で言った。
「よく言うよ。戦前に第二研究所でクーデター紛いを起こしてダークホーンを開発させた貴方のことだ、今度も何かたくらんでいるのだろう」
 フランク大佐は大げさに首をすくめるといった。
「直接の上司に対して酷い言い様ですね。まあ良いでしょう。貴方の能力と特設大隊には私も大いに期待している。今はそれだけ言っておきます」
 それを聞くとラティエフ少佐はにやりと笑みを見せた。どうやら特設大隊の存続に労をかける必要は無さそうだった。


 当時第二研究所の研究員だったフランク大佐が下克上とも言える方法で開発方針を改めさせたのは2092年のことだった。
 第二研究所はそもそもかつての大戦で使用されていた遺失技術の復元を目的とした機関だった。デスザウラーやギルベイダーといった現在では生産不可能なゾイドの再開発を主に研究していたのだ。
 だがフランク大佐は、研究所の中核スタッフに対して巨大ゾイドに関する研究の縮小と現実に生産が可能な機体の復元を優先するように訴えたのだ。
 そのころからすでに共和国との戦争の気配が漂い始めていた。だが第二研究所が主に研究していたデスザウラーやギルベイダーは開戦までに完成する可能性は低かった。当時の先進技術の塊であるそれらの巨大ゾイドはたとえ復元できたとしても運用するのは極端に難しかったはずだ。
 生産技術だけではなく、整備に関する技術も一から確立しなければならないからだ。フランク大佐はそれくらいなら現状のハード、ソフトウェアを流用することが可能なダークホーンやグレートサーベルといった大型から中型クラスのゾイドを復元しようとしていた。
 それらの方が数を数えやすいし、既存機に開発中に得られた技術をスピンオフさせることも容易だった。それに設計を慎重に行えば、現在のレッドホーンやセイバータイガーの生産ラインを転用することさえ出来た。
 第二研究所で起きた論争はフランク大佐を支持する参謀本部などの存在もあって大佐の主張が大部分認められる形になった。
 遺失技術の開発は第二研究所の専管事項に変わりは無かったが、研究所の規模は大きく縮小され、代わってフランク大佐を首班とする特別開発班が技術部隷下に編成された。
 後に開発されたダークホーンとグレートサーベルはラティエフ少佐達が開発したジェノザウラーにコンベンションで敗北したのだが、生産ラインの流用が可能であることから既存機の改修という形ではあったが多数が量産されていた。
 その実績を考えれば技術本部の二課長という地位もそう不相応なものではなかった。だが人事異動の季節ではないから不自然な感じがしていた。

 ラティエフ少佐は、おそらく意にそぐわぬ形で二課長の地位を追われた課長に少しばかりの同情をしながらも、フランク大佐にたずねた。
「特設大隊の存続は間違い無いようだが、大佐は彼らを使わざるを得ない事態におちいると考えているのか。何か不自然な動きでもあるのかな」
 フランク大佐は怪訝そうに眉をひそめるといった。
「ひょっとするとラティエフ少佐は義勇兵師団というのを聞いていないのかな」
 ラティエフ少佐は首をかしげて聞いていないと告げた。北方大陸に帰ってきてからはずっと書類仕事に追われていたから最近の世情には疎くなっていた。フランク大佐は眉をしかめたままいった。
「義勇兵師団というのは一応の正式名称なのですが、少なくとも軍でその名を使うものはいません。今ではもっぱらPK所属師団と呼称されているようですね」
「PK所属師団?PK師団とは違うのかな」
 よくわからないという顔でラティエフ少佐がいった。
「PK所属師団が編成されたのはここ一ヶ月のうちです。今まで軍役についていなかったものを中核戦力としているようですから戦闘力という点では大きく現役師団に劣ります。実質上は予備役師団と言っても良いでしょう。
 ですがこの一ヶ月のうちに召集されていなかった予備役や徴兵年齢を引き下げ、または引き上げるなりして強引に兵士がかき集められているのは知っているでしょう。それらの大多数をPK所属師団が吸収しているのです。
 現在では三個師団と予備部隊として一個旅団が編成されています。しかもそれらの部隊は参謀本部の指揮下から離れていて皇帝親衛隊、つまりはPK師団の指揮下に入っているのです」
 ラティエフ少佐は呆気にとられていた。あまりにも無茶な話だった。挙国一致態勢を作り上げなければならないこの時期に二系統の部隊がいれ混じるのだから前線で発生するであろう混乱は容易に予想することが出来た。
「そんな馬鹿げた事を誰が認めたんです。誰も止めなかったのですか」
「参謀本部辺りは止めましたよ必死で。しかし摂政閣下自らの采配ともなれば覆すのは容易ではなかったようです。それに正当化する理由はあるようです。何でも帝都周辺の防衛を予備役師団に負わせることによって今までその任務についていた精鋭部隊を前線に送ることができ、それだけ戦力を有効化することができるというものです。
 実際、帝都防衛の任務についていた機甲師団三個が守備地域をPK所属師団と交代して南部防衛方面軍に転属しています」
 ラティエフ少佐は唸り声を上げると目をつぶった。PK所属師団の存在は少佐にとって納得するのは難しかった。だが腹立たしいことに一応の正当化の理由は成り立っている。
「ひとつ聞きたいんですが、PK所属師団に所属する兵達というのはどういう立場の人間なんです」
「一言で言うのは難しいですね。雑多な立場の人間が所属しています。むしろ集合といった方が良いかな。一応指揮をとる幕僚連中にはPK師団の将兵がついているようですが、兵卒クラスともなるとかなりばらばらですよ。
 今まで兵役の年齢に達していなかったような少年兵や逆に年限を越えているものもいます。将校は予備役だし、軍刑務所で服役していた軽犯罪者も含まれているという話もあります」
「そんな部隊に帝都の防衛を任せて良いものかね。プロイツェン元帥は何を考えているのかな」
 ラティエフ少佐が不満げにいうとフランク大佐は周囲をはばかるようにしていった。
「これはあくまで噂にすぎませんが、プロイツェン元帥は国防軍によるクーデターを警戒しているという話があります。その為に帝都防衛を子飼いの部隊に任せようとしているとうのです。
 この噂が嘘であれ本当であれ、国防軍の真価がいま問われていることに間違いは無いようです」
 まっすぐラティエフ少佐を見つめる目に、少佐はしっかりと頷いていた。


 深々と降る雪がメイズマーシ市の風景を灰一色にと染め上げていた。大陸自体が北方に位置するとはいえ、大陸南部のニフル湿原のあたりではこの季節に雪が降ることは珍しいことだった。
 ふと立ち止まって降雪を見ていたベルガー大尉は、季節外れの天候に不吉なものを感じて慌てて首を振っていた。西方大陸から帰ってきてから少々弱気になっているようだった。
 帝國軍は西方大陸では敗北したが、いまではその傷は癒えつつある。被害の大きかった師団の再建と補充も順調に進んでいたし、予備役や徴兵ばかりで数も少ないとはいえ新設の師団も編成されていた。
 数の上から言えば、帝國軍は西方大陸戦役開戦時よりも大きな戦力を揃えていた。それに地の利ということもある。ベルガー大尉は自分に言い聞かせるように帝国の優位を確認すると気を改めて歩き始めた

 目的地にはそれからすぐに着いていた。市街地の外れにあるその雑居ビルはどこにでもありそうな建物だった。高さも周囲の同じような建物と同じようにそれほど高くは無い。
 このあたりは住居をかねている建物が多い。というよりも個人経営の店が住居を兼ねているのだ。目的のビルは住居を含まない雑居ビルだった。おそらく小規模なオフィスが並んでいるのだろう。
 メイズマーシ市は海岸線に接しており、湾状になった港は帝國にしては珍しく通年で不凍港である良港だった。その土地を生かしてメイズマーシには船団を編成できるような大規模なものから、個人経営のごく小規模なものまで貿易業者が数多く存在していた。このビルに入っているオフィスも貿易業者やそれに関係する業者が多いのだろう。
 だが開戦直後こそ増大した貿易産業は、帝國軍の西方大陸からの撤退によって壊滅的な損害をこうむっていた。
 貿易業に使用されていた輸送船の多くも軍に徴用され、沈められた船も少なくなかった。今では出港することもなく多くの船が桟橋に繋ぎ止められたままだった。
 ベルガー大尉が入ろうとするビルにも入居者を募集する真新しい張り紙が張られていた。今まで使っていた業者が倒産するなりして空家が出ているのだろう。ラティエフ少佐がベルガー大尉を呼び出したのはそういった空家の一つだった。
 ベルガー大尉は首をひねりながら空き部屋のドアをノックした。この時期に何故少佐に呼び出されたのかよく分からなかったからだ。しかも軍の基地内ではなく、こんなスパイ紛いのことをしてまで目立たない場所で会合する必要性がよく分からなかった。
 空き部屋の中からはノックに反応は無かった。室内からは人の気配がまるでしなかった。ベルガー大尉が首をかしげていると急にドアが開けられた。大尉は呆気に取られるまもなく、手を取られると部屋に引きずり込まれていた。
 引きずり込まれた勢いのままベルガー大尉は壁に叩き付けられていた。大尉をつかんだ手の持ち主はすばやくドアを閉めると小さなのぞき窓から外の様子をうかがっていた。
 朦朧としていたベルガー大尉は様子をうかがっている人物に気がつくと困惑した口調で言った。
「シルヴィ・・・なのか?いきなり何をするんだ」
 険しい表情でドアの外を見ていたシルヴィは振りかえるとばつの悪そうな顔をして曖昧に笑った。
「すまなかったね隊長。でもあんなにのん気に歩いていた隊長も悪いと思うんだけどね」
「のん気にといわれてもな・・・それよりも一体何をしていたんだ、訓練課程はどうした」
 憮然とした顔でベルガー大尉はいった。シルヴィは北方大陸に渡ってからずっと正規兵の訓練課程を受けているはずだった。
 現在の扱いは西方大陸出身の傭兵になっているはずだが、それでも軍属扱いはされるはずだった。こんなところにいるのはあまりにも不自然だった。だがシルヴィはそれを聞くと満面の笑みを浮かべていった。
「ああそうだったね、すっかり忘れるところだったよ。一応は下士官課程とかいうのを受けていたんだけれど、しつこく言い寄ってくる男を殴り倒したら追い出されてしまってね。それで途方にくれていたら隊長の上司、何と言ったかな、あの少佐に隊長の護衛を頼まれたんだ」
 ベルガー大尉は呆気に取られていった。
「少佐というとラティエフ少佐だな。それにしても俺の護衛だって・・・一体それはどういう意味なんだ」
 シルヴィはそれを聞くと面白そうに笑い出した。ベルガー大尉は憮然とした顔になるとようやく笑うのを止めていった。
「いや、すまない隊長。少佐が護衛のことをいったら隊長がこういうだろうって聞いたのと今隊長が言ったのがそのままだったからさ。意外に隊長は読まれやすい性格をしているのだな」
 からかわれていると感じてベルガー大尉はそっぽを向いた。
「それで、何で俺なんかに護衛が必要なのかは聞いていないのか。何でこんなに人に読まれやすいような男に護衛が必要なほどの価値があるんだ」
「何だよ隊長、いきなり拗ねちゃって。分かったよ。いっておくけど少佐の言っていたことしか知らないよ。でもね、わたしでも分かるんだが、隊長がそういう人だから護衛が必要なのだと思うよ」
 ベルガー大尉は事情が飲み込めないままシルヴィの方に向き直った。すると真剣な顔になったシルヴィと見詰め合う形になってしまって、思わず顔を赤らめると視線をそらした。
 シルヴィはそんなベルガー大尉の様子に気がつく様子もなく続けた。
「少佐が言うには、エウロペで多くの将校を救って、しかもそのほとんどがゼネバス人という隊長の存在はそれだけで大きな意味を持つんだそうだよ。それに隊長自身は生粋のガイロス人でもある。
 さらにいえば隊長は帝國全体を見渡しても生産数が少ないジェノブレイカーを乗りこなせる極少ないパイロットの一人でもある。
 これだけそろえば隊長の重要さが分かっただろう。政治的なプロパガンダに使うには隊長は持ってこいの存在だというわけだね」
 そういわれてもベルガー大尉は怪訝そうな顔をしていた。自分がそれほどの重要人物とはとても思えなかった。
「やっぱり隊長についていれば退屈しないですみそうだね。わたしが惚れ込んだ意味もあるというものだ」
 小声でそうつぶやくと、笑みを浮かべながらシルヴィは困惑するベルガー大尉を見ていた。




戻る 次へ
inserted by FC2 system