ZAC2100 レッドラスト砂漠地帯後方戦:中編




 墜落したホエールカイザーの回収は、最初から考えていなかった。回収に手間取っている間に空中から攻撃されるのは目に見えていた。この場は、巨木の生い茂る森林地帯に潜伏しながら移動するしかなかった。

 ベルガー中尉にとっては判断に迷う事態だった。指揮官であるラティエフ少佐の生死はまったく不明だった。だが、中尉には少佐が戦死したとは思えなかった。明確な根拠が存在するわけではない、まったくの勘だった。だが、あの少佐ならすぐ近くで爆発が起こっても平気な顔をするのではないか。中尉はそう思った。しかし、今現在は少佐が不在として中尉が指揮官代行を勤めるしかなかった。
 事前に討議されていた作戦内容では、補給ルートへの襲撃意図が露見した場合は、敵戦力しだいで出方を決める事になっていた。だが、敵戦力が不明な状況が判断を困難にさせていた。
 ホエールカイザーを撃破したのが高出力のビーム砲である事には気がついていたが、共和国軍機にあれだけ高出力のビーム砲を装備したゾイドは今まで確認されていなかった。ジェノザウラーの荷電粒子砲に準ずるクラスのビーム砲のように感じたが、共和国軍が、いきなりこれだけのビーム砲の運用ノウハウを手にしたとは考えにくかった。
 何らかの実験機である事も考えたが、実験機がこの地域に存在する可能性は薄いと言えた。実験に用いるのにはこの地域は中途半端な位置にあった、前線には近すぎるし、後方のロブ基地周辺波人口密集地だから間諜が容易に潜伏しているはずだ。
 そこまで考えて、ベルガー中尉は思考を停止した。仮定に仮定を重ねても意味が無い、現在の状況では情報が不足していた。いずれにせよ、砲撃してきた部隊は、輸送隊の護衛だと考えられた。そうであれば、目標である輸送隊のある程度の位置は推測できるはずだった。そこへちょうどクリューガー少尉からの通信が入った。
「少しこれを見てくれ」
 そう少尉は言うと画像ファイルを転送してきた。少尉が搭乗しているサイカーチが撮影したものらしいが、最大望遠らしく画像素子がいくつか飛んでいるため、一瞥しただけでは何の写真かはわからない。
「真ん中の青い奴だ。ここからビーム砲が来た」
「座標は?」
 少尉が言い終わる前に中尉が質問した。
「確認済み、転送する。これはライガー系なのかな」
 最後は少尉の感想の様だったので、中尉は何も言わずに推定位置への進軍を指示した。それから落ち着いて、画像の中央の青いしみのようなものを見た。
 確かによく見ればライガー形、というよりもは四速型の高速ゾイドに見える形をしていた。だがそれでは大型ビーム砲を搭載するのには矛盾しているように思えた。
 首を傾げているベルガー中尉に、同じような事を考えていたらしいクリューガー少尉が言った。
「あまり深く考える必要は無いんじゃないか。昔はサーベルタイガーに長距離砲を搭載した改造型もあった、高速ゾイドに長距離砲を搭載した例は他にもあるようだし…」
「しかし、ただの長距離砲ではなく、高出力のビーム砲を搭載したというのはどういう事だろう。システムに重量の大半を割かれてしまうのではないか」
 ベルガー中尉は、まだ不可解なものを感じていた。確かに、過去長距離砲を搭載した高速型の改造ゾイドは存在したが、それらはすべて長距離狙撃を移動しながら行なうタイプであり、先ほどのような高出力のビーム砲を搭載してしまえば、そのシステムの重量が過大になり、高速移動が不可能となってしまうだろう。だがクリューガー少尉は、それほど深くは考えてはいなかったようだった。
「それなら、俺達が有利になるだけじゃないか。共和国軍が馬鹿だったってことさ。こっちだって人のことは言えないがな。」
 笑いながらクリューガー少尉はいった。そんなものだろうか。中尉は、まだどこか引っかかるものを感じていた。

 何か、中尉たちも思いもつかない方法があるのではないだろうか。大火力のビーム砲を搭載しながら機動性を保持し続けるような方法が。
 最初に、ブースターで強引に機動性を保持する方法を考えたが、それでは稼働時間が短くなってしまう。高出力ビーム砲は、ゾイドコアの戦闘出力での稼働時間そのものも短くしてしまうから、戦闘可能時間は極端に短くなってしまう。
 技術革新による、高出力ビーム砲の大幅な軽量化なども考えたが、ビーム砲が軽量化しても、それに投入されるエネルギー量自体は変化する事は無いからそれほど意味があるとも思えなかった。
 やはりクリューガー少尉の言うとおりに、さほど考える必要性は無いのかもしれない。高出力ビーム砲とはいえ動きが鈍いのであれば、死角をぬうようにして隠密に接近すればいいだけの話だろう。
 あらかじめ光学迷彩装備のアームドスーツを先行させて、敵機の動きを把握しておけばそれほど困難ではないだろう。ベルガー中尉は、気持ちを切り替えるつもりでアームドスーツ隊に偵察を命じた。


 呆然として周囲を見回すと、残骸とかしたホエールカイザーが数百メートル程向こうに見えた。まだ周囲を認識できない頭で、爆発の衝撃でここまで飛ばされたのかと思ったが、すぐにその考えを捨てた。同時に、ようやく落ち着いたクラウス伍長は、自分が怪我をしていない事に気がついた。擦り傷はあちこちにあるようだが、少なくとも骨は折れていないようだ。
 伍長は立ち上がるともう一度周囲を見渡した。一メートル以上高いところから見ると周囲が変わって見えた。ホエールカイザーの残骸の程度から考えて、自分がここまで飛ばされたとは考えづらかった。そもそも、数百メートルも吹き飛ばされたのならば、いくら周囲が砂漠だといっても骨を折る程度の怪我ではすまないはずだった。
 伍長が乗っていたホエールカイザーは完全に破壊されいるわけではなく、フレームや装甲版の大半は残っていた。フレームに装甲版がしがみついている様な姿が、どこと無くユーモラスに見えてクラウス伍長は微笑した。だが、その直後に伍長は、ホエールカイザーの背後に動く物体を発見した。

 ホエールカイザーは、後部にビーム砲を被弾したらしく、大穴が開いていた。その向こう側にちらりと動く物体を発見したのはただの偶然だった。だが、気をつけて周囲を見ると、その穴の向こうに動く影が見えた。どうやらさっきもその影を見たようだった。
 クラウス伍長は、素早く伏せると、身を隠せるような遮蔽物を探したが、すぐにここが砂漠地帯であることを思い出した。影は大きさからしてゾイドのようだったが、大きな動きはせずに、腕だけを微小に動かしていた。
 どうやらホエールカイザーを調べているらしい事に気がついたクラウス伍長は、ホエールカイザーまで戻る事を決意した。ホエールカイザーは、意外に外形を保っていたから、内部にはまだ乗員が生き残っているかもしれない。ただし、自分よりも怪我をしている可能性が高い。
 だから近づいているゾイドに反撃しないのではないか。乗員が全員戦死していたとしても、ホエールカイザーの内部に爆薬などが残っていれば、十分に反撃は可能だ。
 ゆっくりと匍匐前進でホエールカイザーへと向かうクラウス伍長は、自分が支離滅裂な考えをしている事に気が付いてはいなかった。影を敵だと断定する事は出来ないし、そもそも自分をここまで運んできたものについて考える事もしなかった。墜落のショックで、正常な考えが出来なくなっていたのだが自分でそれに気が付く事はなかった。

 伍長は数分かかって、ホエールカイザーの残骸が散らばっているところへとたどり着いた。爆発の大きさをものがたるように残骸は広い範囲に広がっていた。これでは乗員の生存などありえないのではないかとクラウス伍長は暗い気持ちになった。
 だが、伍長はホエールカイザーの向こう側から聞こえてくる音に気が付いた。どうやら影のゾイドが動いているらしい。
 クラウス伍長はしばらく影を観察していたが、ホエールカイザーの外壁に手ごろな穴が開いているのを発見した。墜落のショックで開口されたらしい穴から、伍長はホエールカイザーの中へ入った。
 ホエールカイザーの内部は、物が散乱していることを除けば、意外なほどにきれいな状態を保っていた。クラウス伍長は、操縦席のある上部へと向かう階段がまだ付いているのを見て、強度を確認しながら登っていった。
 窓から外を見ると、外壁が飛ばされているのが見えた。だが、伍長の入った下部にはほとんどの外壁が残っていた。そして上の方に向かうほど爆風で吹き飛ばされた外壁が多くなっているのを感じた。首をかしげながら伍長は階段を上っていたが、途中で階段が千切れているのをみた。
 だが、階段はただ千切れているのではなく外部から破壊されているように見えた。それに、上部は、下部と違って焼け焦げた後があった。まるで爆発を誰かが上部に限定させたようだった。そういえば、この穴も爆発を外に逃がすためにあけた穴かもしれない、そう思いながら、伍長は今度は下へ降りていった。

 その時、赤く塗られたガンスナイパーが伍長の目に留まった。今までは死界になっていて気が付かなかったのだが、それは確かに爆発の寸前まで伍長が近くにいたガンスナイパーだった。
 そのガンスナイパーは鹵獲した機体を特設実験大隊で運用しているもので、第二次全面会戦の撤退戦で脚部を損傷した物をレブラプターの部品を用いて再生したものだった。クラウス伍長はそのガンスナイパーに呼ばれているような気がした。
 そのガンスナイパーは実戦に初投入されたところを鹵獲され、テストを行なうまもなく撤退戦に駆り出されたらしいから、一番付き合いの長い操縦者はクラウス伍長だった。だからこの周囲の知れない状況で不安になり、本当に操縦者である伍長を呼んだのかもしれなかった。
 実際は、伍長はそのガンスナイパーの割り当ての搭乗員ではなかったが、この状態では正規の搭乗員の状態など不明なのだから、乗り込んでしまっても問題は無いだろう。そう結論付けると伍長は、ガンスナイパーに近づいていった。

 ガンスナイパーの乗り込むのには少しばかり時間がかかった。コクピットまで上昇するのに普段使用しているエレベータが壊れていたからだ。
 ガンスナイパーの脚部にしがみついてコクピットまでどうにか取り付いた頃には、すでに目が覚めてから数十分は過ぎているはずだった。クラウス伍長はホエールカイザーに開いている穴から外を見て、まだ影が先ほどとあまり変わらない位置にいるのを確認すると、ガンスナイパーのコンバットシステムを起動させた。
 伍長は、外壁が薄くなっているところに適等に照準をつけるとビームマシンガンを一連射し、壁を蹴り去って外へ飛び出した。
ビームマシンガンを影になっていたゾイドに向け、両肩のミサイルベイを開けてその両方の照準をつけたところで、ようやくクラウス伍長は、そのゾイドが白いジェノザウラー−シュツルムであることに気が付いていた。


 ベルガー中尉は決断を迫られていた。共和国軍の護衛らしき部隊は発見したものの、肝心の補給部隊らしき部隊は発見できなかった。アームドスーツ隊は、ゆっくりと西方へと移動する部隊を発見したが、そこには補給部隊に所属するはずのグスタフなどは含まれなかった。中尉は、違和感を覚えながらその報告を聞いた。てっきりホエールカイザーを攻撃してきた部隊は護衛部隊だと思っていたのだが。
 中尉は違和感にとらわれたままクリューガー少尉に相談した。
「どう思う?」
 クリューガー少尉は、中尉がたずねている事に気が付かないのかモニターを凝視しているようだった。数度声をかけると、少尉は中尉に向き直っていった。
「これは例のライガータイプなのかな」
 驚いて中尉がモニターを見ると、確かにライガー系らしきゾイドが歩行していた。
「これがライガーなのか?」
 呆気にとられた声で中尉はいった。そのゾイドは大口径のビーム砲やガトリング砲を背負い、さらに得体の知れない装備をしていた。確かにベースとなっているゾイドはライガー系、ブレードライガーであるようだが、これだけ装備を背負っていては機動性がかなり制限されるのではないか。そう考えると妙な気分になった。どうして共和国軍がこんなものを作ったのかがわからなかった。
「動きが鈍いな」
 クリューガー少尉のいうとおりに、そのライガーの動きは鈍かった。ライガー以外の構成ゾイドは、ガンスナイパーにゴドスという変哲の無い部隊編成であることが逆に違和感を強めていた。
「深く考える必要は無いんじゃないのか?」
 揶揄するようにベルガー中尉がクリューガー少尉に言うと、意外にまじめな声で少尉はいった。
「叩けるうちに叩く方がいい気がするな、どう嫌な予感がする」
 驚いてベルガー中尉はクリューガー少尉の顔を覗き込んだ。
「俺の顔に何か付いているのか」
 不機嫌そうな顔を見せるクリューガー少尉からようやく視線をはずして、ベルガー中尉がうなずいた。
「俺もそう思う」
 怪訝そうな表情をするクリューガー少尉にいった。
「だが・・・逆に放っておくべきだ。あれは危険な匂いがする」
 ベルガー中尉はモニターに映っているライガーを指差した。
「だからこそ、あれは放っておくべきだ。我々の目標は補給部隊であってその護衛は対象外だ」
 落ち着いて言い放つベルガー中尉を見ていたクリューガー少尉の顔が微妙に変化した。納得した様子ではなかったが、一応は理解したようだった。
「そうだな・・・じゃぁこの道を逆向きに行ってみよう」
 クリューガー少尉が地図上を指差すのをベルガー中尉がうなずく前に、偵察に出ていたアームドスーツ隊の方向から爆発音が聞こえてきた。
 状況を確かめようとしたベルガー中尉は、偵察中のアームドスーツ隊が道路を通行していたグスタフに発見され、自然と戦端が開かれているのを理解した。

 そして例のライガーがこちらに接近しつつあった。爆発音に気が付いているのは間違いなかった。状況は最悪の方向へと向かっていった。


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