ZAC2100 ミューズ森林地帯遅滞戦:後編




 ベルガー中尉は、昨日からの雨でまだぬかるんでいる塹壕に愛機のダークホーンを潜ませると操縦服が汚れるのにもかまわずに外に飛び出し、僚機と猟兵部隊の配置を確認した。だが長い訓練期間を過ごした兵士達は中尉の指示が無くとも完璧に周囲の地形に紛れこんでいた。
「よし地形を把握し、最大限に利用しろ」
 中尉は一応そう叫んでから、全機が地形にとけ込んでいるかを点検した。

 しばらく待機していると長距離砲を搭載したモルガからなる砲兵部隊が後退してきた。
 中尉はモルガ部隊と連絡をとろうとした。
「敵の様子はわかるか」
「いや、こちらではわからない。弾薬も尽きたし、後退命令が来たから後退している。我が軍は負けているのか」
 逆に質問された中尉は返答に困った。中尉も撤退命令を聞いてからすぐに出撃したから詳しい戦況は聞いていなかった。
「こちらもわからない。後続部隊は・・・」
「第五と第三擲弾兵師団、それに第一装甲師団が後退してくると思う…他の部隊はもう少し北の方にいたらしい」

 中尉はモルガ部隊の指揮官に礼を言うとラティエフ少佐を呼び出した。
「少佐、我々が布陣しているルートで後退してくるのは三個師団の様です。」
「それは確認している」
 中尉は相変わらず雑音のひどい無線の調子から、ラティエフ少佐が再びホエールキングで上空に上がった事に気が付いた。
「私は上から指揮をとる。そこでの指揮は中尉に任せる。現在の共和国軍と撤退している我が軍の部隊の位置を送る」
 操縦席のメインディスプレイに表示される共和国軍と帝國軍の状況を見ながら中尉は簡単に作戦を兵達に説明した。
 
 やがて被弾した跡が色濃く残るゾイドで形成された部隊が後退してきた。それらの機体の半数近くが後方へ砲塔を向けながら後退してきた。
 ベルガー中尉は指揮官機らしいアイアンコングに通信をいれた。
 マーキングから中尉は、今後退している部隊は第一装甲師団である事を知って愕然とした。第一装甲師団はガイロス帝國陸軍の機甲部隊の中でも最精鋭部隊であると知られていた。その第一装甲師団がここまで手酷くやられているのである。共和国軍は相当の戦力で迎え撃ったのだろうと中尉は考えた。
「こちらは特設実験大隊所属エルンスト=ベルガー中尉であります」
 通信用のサブモニターにアイアンコングのパイロットらしい男の顔が移った。
「第一装甲師団、第一連隊指揮官カール=リヒテン=シュバルツ中佐、連隊長は代理だがな」
 中尉はシュバルツの名が名門貴族のものであることを思い出した。
「小官も中隊長代理であります」
 生真面目な顔で言うベルガー中尉に、シュバルツ中佐が顔に笑みを浮かべた。
「お互いに大変だな」
「失礼ですが、共和国軍はすぐそこまで迫っているのですか」
「うむ、急いで後退してきたが、うまくまけたとは思えない。共和国軍はガンスナイパーの改造型やシールドライガーMKU、いやDCSと今ではいったか。そのような高機動で火力の有る機種を先頭に立てて来ている」
「相手が高機動機なら塹壕に潜む我々が先手を取れます。中佐殿はお早く後退下さい」
「頼む中尉、シールドライガーが白く塗られていたから、おそらく共和国部隊は本国防衛部隊だと思う」
 ベルガー中尉は、シュバルツ中佐と敬礼を交し合うと兵達に注意を促した。

 第一装甲師団が後退して三十分もしないうちに、共和国軍の先鋒部隊、約一個大隊が視認された。
 ベルガー中尉は落ち着いて兵達に最初にシールドライガー部隊に狙いを付ける様に命令した。シールドライガーのEシールドを警戒した為だ。
 接近する共和国部隊を目の辺りにしても兵達は落ち着いている様に見えた。中尉は訓練の成果を感じていた。
 数百メートルに共和国軍が接近して初めて、中尉は射撃を命令した。
 初弾は全て先鋒のシールドライガーに命中した。白く塗られたシールドライガーは突然の弾着に驚く隙も無く、脚部を集中して狙われて擱坐してしまった。擱坐して火力の低いシールドライガーは無視して、中尉とレッドホーンBGが次の目標として後方に控えていたシールドライガーDCSに狙いを付けている頃には、レッドホーン強行型から放たれたミサイルがガンスナイパーWW部隊の中に着弾し、ガンスナイパー部隊を混乱させていた。

 その後の戦闘は、正面から来る部隊をレッドホーンBGの火力で寄せ付けず、側面から侵入しようとした部隊をレッドホーン強行型と猟兵部隊が撃破していった。
 最初の奇襲効果と、大型機のレッドホーンでゾイド部隊が構成してあった事もあって、戦闘開始から三十分頃に共和国軍部隊が一時撤退した時にも部隊に損害機は出ていなかった。
 中尉と中隊の兵達は同数の敵が再び来ても撃退できる自信が出てきていた。
 そこへラティエフ少佐からの状況報告を促す通信が入った。ベルガー中尉が報告を簡単に済ませると少佐は思いがけない事を指示してきた。
「わかった、すぐにそこから撤退しろ」
「しかし・・・もう一度くらいなら共和国部隊を撃退できます」
「中尉、相手とこちらの回復力を考えてみろ」
 少佐の言う事も最もだったが、中尉はあまりにもそれが弱気に過ぎるのではないかと考えた。
「次の目的地はここだ」
 中尉の考えを考慮しているのかいないのか、相変わらずの無表情さでラティエフ少佐は次に行くべき塹壕を指示した。
「中尉達が塹壕にたどり付くまで砲撃部隊が支援する」
 少佐は素早く指示をおえるとすぐに無線を切った。



 ベルガー中尉達、レッドホーンと対ゾイド猟兵の混成部隊は、その後数日間にわたって戦線を後退させながら確実に共和国軍の戦力を削いでいった。
 ラティエフ少佐の指示は徹底しており、塹壕の位置から、撤退する時間まで厳密に定められていた。
 中尉達は繰り返される撤退と守備命令、繰り返される戦闘に感覚が麻痺しつつあった。

 塹壕からの撤退時間になっても共和国軍が付近に存在し、撤退が困難である場合には、かならず後方からの支援砲撃が徹底して行なわれた。また一度使用した塹壕も、仕掛けられていた爆薬により破壊された。
 塹壕の位置や地形は、全て微妙に異なっており、しかし共和国軍の進撃ルートに火力が指向できない位置に掘削されていた事は無かった。
 中尉はラティエフ少佐の戦略センスに、非凡なものを感じていた。少佐のような人間を天才と言うのだろう。

 またベルガー中尉は自分達以外にも多くの部隊が特設実験大隊に編入されている事を感じていた。
 砲撃部隊もそうだが、しばしば砲撃禁止区域が少佐から命令される事があった。その場合は後に必ず、高速部隊が敵の後方に出現し、時間稼ぎを行なっていた。
 高速部隊は従来のセイバータイガーやヘルキャットで編成された部隊を、少佐が強引に編入させたものが大半である様だが、白いジェノザウラー、シュツルムの姿も確認できた。
 シュツルムは捕獲され試験されていたガンスナイパーと共に、ラティエフ少佐が直轄する予備隊として配置されていた。
 中尉が知るよしも無かったが、ラティエフ少佐は、西方大陸派遣軍総司令部から撤退する部隊の一部を、期限付きで、なおかつ遅滞戦術にしか用いない事を限定された上で、特設実験大隊に編入させる許可を得ていた。
 だが少佐が編入させた部隊の大半は築城工兵部隊と砲兵部隊だった。
 その他の兵種は、どれも最前線で戦い、それなりの損害を受けていたからだ。そんな部隊を再び戦線に投入しては更に損害が増える事は目に見えていた。
 結局、高速部隊のうち、損害の少ない一部部隊を編入させた後は、工兵と砲兵部隊を主力とするしかなかった。
 
 そのためベルガー中尉達のレッドホーン部隊は貴重な装甲部隊として重宝される事になった。
 もっとも膨大な戦力を誇る共和国軍に対して、一個中隊弱の戦力でいつまでも支えられる筈も無かったから、砲兵部隊の活用や、素早い後退でごまかしつづけるしかなかった。
 
 ベルガー中尉が、いつもの様にレッドホーン部隊を後退させていると、帝国軍部隊が、一個大隊ほどの数で、集結している地点を視認した。
 中尉は、この意味の無い地点に集まっている部隊を不思議に思ったが、理由はすぐにわかった。そこではPK師団が正規軍を足止めし、査問を行なっていた。
 ベルガー中尉がそこに到着する頃、一機の連絡機仕様のシンカーが降下し、ラティエフ少佐が降り立った。少佐もこの集結地を疑問に思ったのだった。
 少佐と中尉は連れ立って、中央のPK師団の士官が査問を行なっている所へ近づいて行った。そこでは、ちょうど軽ゾイド中隊の士官が裁かれようとしている所だった。

「少尉殿、装備はどうしたのですかな」
「あんたの部下はどこにいるんだ」
「何故最後まで帝国の為に戦わないのだ」
「私の中隊は壊滅した。中隊長と私以外の小隊長は全員戦死した。中隊の生き残りは私の後にいる10人だけだ」
 そういって被告である少尉は、後ろに立っていた10人ほどの、くたびれた様子の男達を指差した。
「そんな言い訳は敗北主義者に相応しいものだな。貴様は死ぬのが怖くて逃げ出したのだ」
 その時ベルガー中尉は被告人の少尉が、同期入隊のクリューガーである事に気が付いた。
「クリューガー。こんな所で何をしているんだ」
 見かねてベルガー中尉はクリューガー少尉に声をかけた。
「ベルガーか。この分からず屋どもに何か言ってくれよ」
「貴公は」
「特設実験大隊所属、エルンスト=ベルガー中尉。これは軍事裁判でありますか、憲兵大尉どの」
 訊ねられたPK師団の大尉は、その黒い色ゆえに憲兵隊士官としばしば間違われるPK師団の制服を完璧に着こなしており、周囲のくたびれた兵達と比べると浮いて見えた。
「これは敗北主義者を糾弾する場だ。命令無き撤退は帝国への背信とみなす」
「私にはそうは見えないんだがな」
そこへ今まで黙って見ていたラティエフ少佐が、PK師団の大尉に話しかけた。
「少佐殿、これは軍規による略式戦時法廷であります」
「兵達の命よりも、軍規の方が重要か」
「しかし軍規の崩壊した軍隊は敗北します」
 ベルガー中尉は、周囲の将兵が二人の争いに注目を始めたのを感じた。
「今は軍規について議論している時間ではない。共和国軍がすぐそこにまで迫っている。直ちにこの法廷を閉じ、兵達を後退させたまえ大尉」
「お断りします。我々PK師団の指揮系統は正規軍から独立しております。我々に命令できるのはプロイツェン摂政閣下の他は、皇帝陛下だけです」
 その時、中尉は少佐の手が震えている事に気がついた。
 次の瞬間、ラティエフ少佐はPK師団の大尉を殴っていた。
「何時まで寝ぼけているんだ貴様は。貴様らが軍事法廷で遊んでいる間に、共和国軍が帝都までついてしまうぞ。遊んでいる暇があったら、その血でもって、少しでも多くの戦友を救え」
 珍しく激昂した様子の少佐を、PK師団の兵達が取り囲んだ。
「貴様の行動は報告させてもらうからな。PK、この少佐を…」
 そう大尉が叫んだが、その時周囲の将兵からのあからさまな敵意を感じ取った大尉は口をつぐんだ。兵達の中には、手元の銃に手をかけている者も多くいた。
 大尉達は自分らが危険な立場にいることを悟ると、捨て台詞を残してさっていった。
 残された将兵達は大声を上げてラティエフ少佐を賞賛した。
「全員聞け、ここから数キロ西の補給基地に、いくらか武器弾薬がある。ここにいる全員は我が特設実験大隊に編入する。補給基地を守り、撤退する戦友を救え。
無駄死にはさせん」
 少佐の敬礼に、残った将兵全員が敬礼を返した。



 ベルガー中尉達が補給基地へと到着すると、そこでは整備部隊が鹵獲機や、後方へ送られていた故障機を整備している所だった。
「これは何の騒ぎだ、非戦闘部隊に対しては退避命令が与えられている筈だが」
 憮然とした表情で、中尉が整備部隊の下士官に聞いた。
「いえ、士官は大体が後ろに下がっちまいましたが、自分らはここで少しでも多くのゾイドを戦闘可能状態までもっていくように、ラティエフ少佐に命令されたもんでして…」
「何を言っている…敵がすぐそこまで来ているのにそんな事が可能な訳が無いだろう」
 何気ない調子で言った中尉だったが、整備部隊の下士官の厳しい視線に目を背けた。
「中尉、自分らはプロです。やれるところまでやります。途中で諦めるわけにはいけません」
 そう言うと下士官は再び整備に戻った。呆然とそれを見ている中尉に一人の下士官が声をかけた。
「中尉殿、この基地周辺の防護体制をまとめた地図です」
 ベルガー中尉はその下士官が野戦使役大隊を指揮していたクラウス伍長である事に気が付いた。
「伍長、鹵獲兵器をどこまで使えるんだ」
「ガンスナイパーが一機、ガイサックが二機、ゴドスが四機です。ただガイサックはスリーパー仕様でしたのでソフトに書き換えに時間がかかります。おとりとして使用しますがよろしいでしょうか」
「うん…この騒ぎはいつからだ、そもそもここに鹵獲兵器なんてあったのか」
 ベルガー中尉は、疑問に思ってクラウス伍長に質問した。
「中尉殿が出撃してからすぐにラティエフ少佐が臨時の回収部隊を編成しまして。森の中から部品を拾ってきたんです。それと三日前に鹵獲兵器が大量に運び込まれたのです」
 そこへマイヤー曹長が近づいてきた。
「あの鹵獲兵器は、書類の上ではない事になっている様ですよ」
 ベルガー中尉とクラウス伍長は顔を見合わせた。
「書類に無い鹵獲兵器を何で少佐が見つけたんです」
「素晴らしき友情だとか少佐は言ってましたよ。そもそも鹵獲兵器の出所などどうでもいい事なのではありませんか。我々は戦友のために戦うだけです」
「そうだな・・」
 納得できた訳ではなかったが、それを気にしていられる時間はあまり無かった。
 ベルガー中尉は、クリューガー少尉とマイヤー曹長にそれぞれ歩兵二個中隊相当の兵力を与え、何でも良いから武装するように伝えた。マイヤー曹長によれば、ラティエフ少佐が運んできた対ゾイドミサイルが相当数残っているはずだった。
 次に鹵獲兵器からなる特設小隊は、クラウス伍長に指揮させ、あらかじめ共和国軍の進撃ルートに対して後方になる位置に秘匿させた。クラウス伍長が、かつて特殊部隊に所属していたと聞いたからだ。
 三人に命令を与えると、ベルガー中尉も指揮下のレッドホーン中隊を塹壕に入らせた。その塹壕は周囲よりも一回り高い地点に掘られており、周辺の壕に潜む部隊に対して援護射撃が可能な様になっていた。
 レッドホーン中隊のうち強行型のレッドホーンは、基地正面の中隊を指揮するクリューガー少尉に指揮を任せた。
 ベルガー中尉はレッドホーン中隊を指揮して火力支援を行なうと同時に、全体の指揮もとる事になった。
 この間にも整備部隊は、鹵獲兵器の整備を行なっており、整備の終了した機体からクラウス伍長の特設小隊に配属された。

 共和国軍の部隊が補給基地に襲撃をかけたのは、それから半日後の事だった。
 最初の襲撃は、特設小隊を使う事無く、レッドホーン中隊の支援砲撃とクリューガー隊の対ゾイドミサイル、対ゾイドライフルの一斉射撃を受け、後退した。
 ベルガー中尉は、整備部隊の一部を割いて共和国軍が放棄していったゾイドを回収させると、クリューガー少尉、マイヤー曹長、クラウス伍長の三人を集めて簡単な作戦会議を行なった。

「今の攻撃は何だったんだろうな」
 まるで他人事のように明るい表情でクリューガー少尉が言った。
 クリューガー少尉にしてみれば、雑他な歩兵戦力でゾイドを撃退したのだから、大金星だとでも考えているのだろう。だがベルガー中尉にはそうは思えなかった。
「威力偵察だろうな…今ので位置を露見した。クリューガー、君の部隊は適当に壕の位置を変えておいてくれ。それと今の位置から馬鹿正直に敵が来るとも思えない。マイヤー曹長は基地後方を警戒してくれ」
 簡単な打ち合わせを終えると、各員は自分の持ち場へ戻った。

 共和国軍の大部隊が、基地を包囲する様に出現したのはそれから一時間もしないうちだった。
 指揮官であるベルガー中尉のもとには、ヘリック共和国陸軍第101空挺師団団長の名で降伏勧告が出された。期限である3時間まで回答を引き延ばしたベルガー中尉は共和国軍師団司令部に対し「馬鹿」とだけ回答した。
 共和国軍部隊はすぐに進撃を開始した。
 
 最初に戦端を開いたのは、後方を警戒していたマイヤー隊だった。それに呼応して後方から接近していたガンスナイパー部隊に対してレッドホーン部隊が砲撃をくわえようとしたその時に、上空にダブルソーダが出現した。
 レッドホーン部隊は、逃げ回るダブルソーダに対する対空砲として使用するしかなかった。ダブルソーダを無視しては、歩兵部隊が大損害を受ける事は間違いなかったからだ。
 ダブルソーダ部隊の次には、シールドライガーを中核とした部隊が正面から突撃してきた。クリューガー隊は奮闘したものの、これを抑える力は無かった。戦線が崩壊する寸前になって参戦したクラウス伍長の特設小隊により、シールドライガー部隊は後退した。

 一時的に静かになった補給基地では再び作戦会議が開かれた。だが今度は何時敵が来るかもわからない為に有線回線を使用していた。クラウス伍長の特設小隊はガイサック全てを失い、ガンスナイパーとゴドスが二機づつしか残っていなかった。しかもクラウス伍長の機体は脚部に深刻な損害を受けており、狙撃モードでの支援砲撃をする以外に使い道は無かった。
「降伏しないか。」
 最初に言い出したのはクリューガー少尉だった。
 つい数時間まえの明るい表情をクリューガー少尉は失っていた。
「今度敵が来たら抑えられる自信が無い、特設小隊も下がった今、最後のカードなんてどこにもない。手持ちのカードはくず札ばかりときている…」
「降伏は出来ない…少佐の命令だからだ、少佐が全滅するような命令を下すとは思えない」
 ベルガー中尉は自分で何を言っているのか信じられなかった。いつのまに自分はラティエフ少佐をここまで信頼するようになったのか…
「自分はもう負けたくありません、自分の仲間もそう思っています」
 クラウス伍長の一言で会議の空気が決まった、特設実験大隊は最後まで抗戦する。それがベルガー中尉達の下した結論だった。
「来たぞ…」
 会議の終了を悟っていたかのように共和国軍が進撃してきた。今度はシールドライガーを最初から前面に配置し、力攻めで来るようだった。
 ベルガー中尉達は誰もが死を覚悟した。
 中尉のダークホーンに通信が入ったのは共和国軍に対して砲撃が開始された瞬間だった。

「ベルガー中尉、聞こえるか。今から共和国軍の先鋒に荷電粒子砲を発射する。対EMP防御」
 通信がラティエフ少佐のものであることを確認する前に、通信で全部隊に対EMP防御をとる様に命令した。
 それが終わるか終わらないかのうちに、上空から荷電粒子砲の光束が、柱の様に立った。
 シールドライガー隊が予期しない上空からの砲撃に壊滅した事を知った共和国軍は恐慌状態に陥った。
 それと同時に上空にホエールキングが出現した。荷電粒子砲の影響でクリアにならない通信を通してラティエフ少佐の声が聞こえた。
「いまシュツルムを降ろす。その間にホエールキングに全戦力を乗せろ」
 ラティエフ少佐の通信が終わると、ホエールキングは強引に補給基地の滑走路に着陸した。ベルガー中尉は、歩兵部隊から乗艦させると、自分の部隊でもって共和国軍部隊に対して牽制攻撃を行なった。
 その前にホエールキングから降下したシュツルムはガンスナイパー部隊の中に降り立つと、強引に追加されたブースターによって加速しながら、右手にマウントされたブレードでガンスナイパーを切り裂いて行った。
 ダークホーンがビームガトリングを撃ち続けながらホエールキングにたどり付くと同時に、撹乱を終えたシュツルムがホバリングでホエールキングに乗艦した。

 ホエールキングがハッチを開けたまま上昇すると、ベルガー中尉は上空に、まるで天使の輪のような粒子加速器をマグネッサーウイングの上に装備した改造レドラーが三機待機していることに気が付いた。
 そのレドラーが先ほどの荷電粒子砲を発射したものらしいかった。ホエールキングの安全圏への上昇を確認したそのレドラーは、再び荷電粒子砲を補給基地に向けて放ち、補給基地を破壊した。
 そこまでを確認すると、ベルガー中尉はそれまでの疲れが急に出たのか、深い眠りに入ってしまった。



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