ZAC2100 ミューズ森林地帯遅滞戦:中編




 ラティエフ少佐の言う通りに、ベルガー中尉とラティエフ少佐の面談から一週間後には第五中隊に新型機が配備される事になった。
 その間に、中尉達の元には新しい識別表が届けられた。識別表にはヘリック共和国空軍に新しく配備されたゾイドが載っていた。共和国の軍広報によりその新型機はストームソーダと呼ばれている事が分かっていた。また数度の交戦により、その性能もある程度解析されていた。それによるとストームソーダはレドラーを圧倒する性能を持ち合わせていた。
 これに対し、ガイロス帝國空軍では前々から技術部で開発が進められていたレドラーに装備する後付けブースターのロールアウトを急がせていた。だがそのブースターを装備したレドラーでは遠距離砲撃戦はともかく、旋回性能などが低下することから格闘戦ではストームソーダに対抗するのは難しいと考えられていた。

 また識別表には帝國軍の最新鋭機、ジェノザウラーも載せられていた。ラティエフ少佐が持ち込んだ白いジェノザウラーは試作機の一機らしく記載はされていなかった。
 あの後中尉はマイヤー曹長に白いジェノザウラーやそのパイロットの事を聞いたが、曹長はあのジェノザウラーは開発に携わったラティエフ少佐が高機動戦闘のテスト機として運用権限を与えられていることと、「シュツルム」の仮名称を与えられている事を教えてくれただけだった。曹長はパイロットの事には触れようとしなかった。
 
 中尉達が識別表を確認している頃ラティエフ少佐とシュツルムはホエールカイザーに搭乗して後方のニクシー基地へと移動していた。
 実戦に出したシュツルムのデータの解析と技術部の会議の為だった。
 補給基地にはマイヤー曹長が残り、ベルガー中尉との連絡役についた。

 そして2週間後、第五中隊に配備されるゾイドがラティエフ少佐とシュツルムと共に到着した。
 配備されたゾイドはベルガー中尉の意表をつくものだった。レッドホーンの改造型が十四機に補充のモルガが数機ホエールカイザーで輸送されてきたのだ。
 レッドホーンの改造形は指揮機仕様とおぼしき機体がダークホーンである以外は、ビームガトリング砲装備のレッドホーンと増加装甲、大型のクラッシャーホーンを装備したレッドホーンが大体半数ずつあった。
 中尉は試作機らしいレッドホーン部隊を見て唖然としながらラティエフ少佐に質問した。
「いつの間にダークホーンの復元がなされていたのですか。」
「旧大戦に就役した先のダークホーンとは思わない事だ。これはあくまでビームガトリング砲装備のレッドホーンBGのカスタム機にすぎない。」
「しかしこれだけのレッドホーン改造機をよく集められましたね。」
「家のコネだ。私の力ではない…」
 中尉はいつもの無感情なラティエフ少佐の態度に疑問をいだいた。コネがあると公言する人間ならば大抵が家柄などを自慢するものだからだ。だがラティエフ少佐はそんな中尉の疑問に気がついた様子も無く、他のレッドホーン改造機の説明に移った。
「あれはレッドホーンにビームガトリング砲を装備したレッドホーンBGだ。すべての火器が一つの砲塔に集中して搭載されているから火力の指向は容易になっている。火力支援に使うといい。
 向こうのはとりあえずレッドホーン強行型と呼ばれている。ストレートクラッシャーホーンによって突撃時の攻撃力を飛躍的に高めると共に、増加装甲によって生存性の向上を図っている。
 ただし装備している火器は四連装のミサイルランチャーの他は自衛火器しかないから気をつけろ。各機のデータは中尉の端末に送っておいた。」
「はぁ…補充兵はこないのですか。現在の人数ではパイロットが足りませんが。」
「ああそうか…補充のパイロットは明日にはつく。それと中尉の第五中隊に所属する歩兵は全員アーマードスーツを装備してもらう。」
「アーマードスーツですか。あんな骨董品よく手に入りましたね。」
 五十年前の中央大陸戦争で使用されたアーマードスーツは今ではすでに時代遅れの装備になっていた。だがラティエフ少佐は中尉にあいかわらずの無感情な目を向けて言った。
「勘違いするな。配備されるアーマードスーツは技術部で開発された新型の物だ。可変電圧色素式の光学迷彩や新型の対ゾイドミサイルを装備している。」
「…少佐、一体我々に何をさせようというのですか。」
 ベルガー中尉はマイヤー曹長が最近工兵部隊と接触しているのを聞いて不思議に感じていた。その築城工兵部隊もラティエフ少佐の指揮下に配属される事が決定されたと聞いたからだ。ラティエフ少佐が対ゾイド猟兵部隊とレッドホーン改造機、築城工兵部隊で何をさせようというのか中尉にはさっぱり分からなかった。
「この前言わなかったか。」
 少し感情を害された中尉は答えた。
「ストームソーダによって破られた補給線の後始末としか聞いていませんが。」
「うん…現在共和国軍では本国防衛軍の一部を西方大陸へ移送する計画が存在する様だ。海軍ではそれを阻止する構えらしいが…どうなるかは分からない。だがこの移送計画が成功すれば西方大陸派遣軍司令部は共和国軍の再配備が終了する前に攻勢をかけようとするだろう。我々の…特設実験大隊と呼称される筈だが…出番はその時になると思う。私もそれが数ヶ月後なのか数週間後なのかは分からない。それまで訓練を続けてくれ。」
 それだけ言うとラティエフ少佐はホエールカイザーの方へ歩いて行ってしまい。ベルガー中尉は一人取り残された。



 ラティエフ少佐はガイロス帝國軍、西方大陸派遣軍総司令部が置かれているニクシー基地に来ていた。

 一週間前にヘリック共和国軍は中央大陸守備軍の大部分を共和国軍の西方大陸派遣軍に譲渡し、二十個師団もの戦力が西方大陸に輸送された。
 ガイロス帝國海軍軍令部はこれを阻止すべくシンカーによって編成された潜航艦隊を、共和国海軍の輸送艦隊撃破に向かわせたが、それを半ば察知していた共和国軍の増援部隊に大部分のシンカーが撃墜された。
 だがこの作戦の際、膨大な補給物資を輸送していた洋上艦をシンカーが撃沈しており、共和国軍は今すぐには大きな作戦を行なう余裕は無いと判断された。
 相変わらず続いているプテラスボマーによる補給路襲撃により帝國軍も補給物資が不足気味ではあったが、今現在の状況に限って言えば帝國軍は補給物資の面で決して共和国軍に対して不利な立場にいるものではなかった。
 そのような状況の中、西方大陸派遣軍では首脳陣を集めての会議が行なわれていた。  そこでは共和国軍に対しての奇襲作戦の是非が議案となっていた。
 
「以上が現在までのヘリック共和国軍の増援体制の報告であります。」
 派遣軍総司令部の情報参謀が報告を終えると、会議では共和国の増援を許した海軍に非難が集中し、海軍は充分な戦力を派遣せずに傍観に徹した空軍を非難し、空軍は早く共和国軍を撃破しなかった陸軍を責めた。
 ラティエフ少佐は技術部派遣のオブザーバーとして参加していたから、一足下がった傍観者の立場で会議の進行状況を見て、ため息をついた。
 いまの三軍での責任の擦り合いはいつになったら終わるものか…少佐はもう一度ため息をつくと、発表すべき資料の再点検に入った。
 数分後、派遣軍総司令の説得によりようやく言い争いを止めた三軍の参謀達は口々に奇襲作戦の実施を司令に求めた。
 先ほど共和国軍の増援体制について発表した情報参謀が、発言を求めるラティエフ少佐に気が付いたのは、司令が奇襲作戦の実施に傾きかけた頃だった。
「ラティエフ少佐か。何か発言があるのか。」
「はい閣下。この奇襲作戦では海軍の混成海兵部隊約10個師団がロブ平原の後方から上陸するとありますが、小官にはそれが容易であるとは思えません。」
 少佐の発言に、海軍の参謀が気分を害された表情で言った。
「少佐、技術部の君にそこまで言われる筋合いは我が海軍には無いな。」
 大声で少佐を非難するその参謀をさえぎって、少佐と同じく会議に飽きてきていた空軍の師団司令の一人が少佐に先を促した。
「まぁ待ちたまえ、少佐の言い分をすべて聞いた後でも判断は下せるのではないか。」
「有難う御座います。…プロジェクターの使用許可を願えますか。」
 ラティエフ少佐は持参した資料をプロジェクターで映し出すと説明を始めた。
「さきの共和国軍輸送艦隊襲撃作戦に参加し撃破されたと思われるシンカーの推定撃破位置です。ここに主力部隊と離れた位置で行方不明になった一個小隊が存在するのが確認できるでしょうか。」
「これは…対潜水艦仕様のバリゲーターに撃沈されたのではないのか。」
「いえ…そうだとすると奇襲に気が付いたバリゲーターによって輸送艦隊に連絡が行く筈ですがそのような様子はありませんでした。また空軍のレドラーがこの地点を偵察していますがバリゲーターは確認できていません。小官はこれが共和国海軍の新型潜航ゾイドによるものだと考えています。」
「新型…確かに共和国海軍が新型機を開発しているという情報はあったが…しかしそれが決め手になるとは思わない。」
 海軍の参謀は一時ショックになったがすぐに今までの調子を取り戻した。
「いきなり10個師団もの戦力を阻止できるだけの新型機を量産する能力は、いくら共和国の生産性が優れているとはいえ不可能だろう。たとえ新型機の性能がシンカーやブラキオスを上回るものだとしても数で突破できる。」
「しかし新型機で撹乱し、そこに従来形の・・例えばバリゲーターに対艦ミサイルでも満載して攻撃すればどうなりますか。いくら10個師団もの大戦力とは言え奇襲上陸の時期を見逃すほどの損害を受けるのでは。」
 ラティエフ少佐の淡々としながらも説得力のある反論に、摂政プロイツェン元帥指揮下のPK師団(親衛隊)から派遣された参謀が突然立ちあがり少佐を糾弾した。
「貴様のような技術屋には分からんだろうが我が偉大なるガイロス帝國軍の兵士には死をも恐れずに困難に立ち向かう力がある。例え新型機が配備されようとも我が精強なる兵士がその差を必ずや埋めてくれるだろう。」
 その感情論のような発言に辟易した者もいたが正面からPK師団に逆らう者もいなかった。その中でラティエフ少佐だけが平然とPK師団の参謀を見つめた。
「敗北主義者はルドルフ皇帝陛下とプロイツェン摂政閣下の名のもとに我がPK師団が粛清の刃を下ろすと思いたまえ。また奇襲作戦では我がPK師団のカスタムアイアンコングが先頭に立つことをお約束しよう。」
 悠然と笑みを浮かべながら席についたPK師団の参謀は、ラティエフ少佐の無感情な目を見て笑みを凍らせた。
 だが会議全体の趨勢は動かしがたく、ラティエフ少佐の思惑とは違い共和国軍総司令部のあるロブ基地への六十個師団という戦力での奇襲作戦が決定された。



 ベルガー中尉はラティエフ少佐の真意を疑い始めていた。

 現在では少佐の指揮する特設実験大隊は、新型機の試験を目的として正式に編成されていた。だが試験と言う目的が偽りのものであることは誰の目にも明白だった。
 ベルガー中尉指揮下の改造レッドホーン中隊や第五中隊を母体として編成されたアーマードスーツ配備の猟兵部隊はまだしも、後から編入された築城工兵部隊はただひたすらラティエフ少佐の指示した場所に塹壕を掘りつづけていた。一応工兵部隊のモルガにも新型の塹壕掘り機が装備されていた為に新型装備の試験と強弁できないこともなかったが、それにしては塹壕の位置は徹底して指示され、強固な物が作られていた。
 実施が決定されたロブ基地への奇襲作戦にも特設実験大隊の参加は認められなかった。一部の若手将校の中には、ラティエフ少佐の塹壕掘りの指示を敗北主義の表れとし、特設実験大隊を非難するものもいた。その度にベルガー中尉は肩身の狭い思いをした。
 ロブ基地へ大多数の部隊が出撃した後も特設実験大隊は訓練を続けていた。
 だが下士官や兵の中にはこうした気楽な訓練生活を気に入ったものもいるらしく、ベルガー中尉も特にそれをとがめる暇も無かったので改造レッドホーン中隊と猟兵部隊のなかには訓練を通しての何とは無しの連帯感が生まれていた。

 ―しかし極端に横の繋がりの無い大隊だな。
 ベルガー中尉はそう思っていた。改造レッドホーン中隊と猟兵部隊は母体が同じだからまだましだが、築城工兵部隊とは指揮官同士の面識さえ無かったからだ。それにマイヤー曹長は今も奇襲作戦に出撃しない部隊との折衝に出かけていた。
「只今戻りました。」
 中尉が大隊に割り当てられたオフィスでデスクワークをこなしていると、重砲部隊に出かけていたマイヤー曹長がちょうど帰ってきたところに出くわした。
「どうでした向こうの様子は」
「そうですねぇ…一言で言えばふてくされていると言う所ですな。ロブ基地へはさすがに射程が短いし、かといって迅速な移動も不可能ですからな。」
 今日マイヤー曹長が訪問した重砲部隊は、グスタフで牽引する大型砲の部隊だった。長大な射程を誇る重砲だったが、機動力の無さが指摘され奇襲作戦への参加は見送られていた。
「いざと言う時は我々に協力してくれるでしょう。」
「いざと言う時ね…そんな時が本当に来るのかな…」
「少佐のことが信用できませんかな。ま、今に分かりますよ。」
 マイヤー曹長は自分で入れたコーヒーを美味そうに飲みながら言った。
「奇襲部隊に参加する下士官から聞いたんですが、早ければ今日中にもロブ基地を制圧するとか言ってましたよ。」
 マイヤー曹長のいつもの微笑を恨めしそうに見ながらベルガー中尉が言った。
「なぜ我々には出撃命令が出ないのかな。これだけの戦力なら前線では重宝されると思うんですがね。」
「どうでしょう…五十個師団の中の一個大隊ではたいした活躍はできんでしょう。むしろ我々の出番はこれからです。出番が無い事を祈りましょう。」
 ため息をつくと中尉は自分の立場をのろった。今、同期で訓練を受けた連中は小隊長クラスとして大半が奇襲作戦に参加しているのだろう。
 華々しい戦場で戦う同期生と惨めに訓練にあけくれる自分を比較して中尉は暗澹とした気分になるのを抑えられなかった。

 その時オフィスの扉を叩く音が聞こえた。中尉と曹長はお互いに顔を見合わせるとどちらとも無く扉を開けに行った。
 開けられた扉の向こうにはぼろぼろの野戦服をびしょぬれにした男が震えながら立っていた。
「第65野戦使役大隊、クラウス伍長であります。第65野戦使役大隊123名全員出頭しました。」
 野戦使役大隊といったら、軍規違反を起こした兵隊達が送られる部隊だ。中尉と曹長が困惑にかられているとクラウス伍長が中尉に言った。
「中尉殿、自分の仲間達を格納庫の中に入れてもよろしいでありましょうか。」
 中尉が気が付くとオフィスのある格納庫の外に、伍長と同じくぼろぼろになった野戦服を着た男達が嵐の中で惨めな表情を浮かべて立っていた。
「うん…全員中に入れさせろ。伍長これは誰の命令だ。」
中尉の疑問にクラウス伍長は、野戦使役大隊に来た少佐が命令を伝えたと言った。
とりあえず曹長に伍長たちの世話をまかせると中尉は無線機でラティエフ少佐に連絡を入れた。
「少佐、野戦使役大隊の兵達が到着しましたが。」
「そっちへ着いたんだな。」
 少佐からの無線は雑音がかなり混じっており、中尉は気をつけて聞いていなければ意思の疎通が不可能になるのではないかと思った。どうやらこの嵐はかなり強烈なものであるようだ。
「今補給基地に向っている。彼らの被服はそちらに昨日届いたコンテナに入っているから準備させろ。武器弾薬は今私が輸送している。」
 困惑しながらも中尉はコンテナの事を曹長に伝えた。
「彼らに何をさせるんですか。」
「共和国軍に対して遅滞戦術を行なう。中尉はレッドホーン中隊と猟兵部隊を率いて塹壕に入れ」
 一方的に話すと少佐は無線を閉じたらしく空電音だけが響いた。
 中尉が立ちすくんでいると無線機に反応が出た。少佐からの追伸だと思った中尉はすぐに無線機に注目した。だが無線機からは中尉が予想していなかった声が聞こえてきた。
「全軍撤退、繰り返す全軍撤退せよ。」
 オフィスの狭い窓から、ようやく夜が明け晴れ間の見え始めた空を見ながら、中尉はようやく自分の戦争が始まったことを理解した。


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