ZAC2100 ミューズ森林地帯遅滞戦:前編




 ベルガー中尉は周囲の危機的な状況に絶望感を感じていた。

 昨年の遅くにガイロス帝國軍がヘリック共和国軍から奪取した補給拠点は現在では帝國軍の補給基地となっていた。共和国軍が保有していた頃と比べて基地の規模は大きく拡張されていた。前線での小部隊の集合地点兼補給拠点としてだけ使用していた共和国軍と違って、帝國軍はいずれ拡張されるであろう帝國軍の前線全体に対する補給拠点として使用するつもりだったからだ。
 現在ではミューズ森林地帯でのゲリラ戦が続いていたが、今年の早い時期には共和国軍を森林地帯から追い出す事が可能であると参謀達は考えていた。そうして拡大された前線に補給物資を輸送する為には、ある程度後方で補給物資の仕分けをする場所が必要だった。その地点に取り敢えず補給物資をすべて運び込み、設けられた補給司令部が前線からの要求を考慮して補給物資を仕分けし前線へ輸送するのだ。

 西方大陸派遣軍の参謀部では補給を重要視した結論であると説明していたが、ベルガー中尉はそれを肯定的に考える事が出来なかった。
 補給司令部を前線近くに持ってくるのは悪い事ではなかった。中尉も輸送部隊の配置などにいくつか疑問点を感じていたからだ。しかしあまりに前線に近い所へ補給司令部が来ているのではないかと考えていた。
 今現在の流動的な戦線でのゲリラ戦では補給基地が襲撃される事も考えられた。今の共和国軍にこの補給基地を再占領する能力があるとも思えないが、自分達のように低視認性のゾイドと特殊歩兵部隊の組み合わせなら、両軍の戦線をすり抜け、基地に致命的な一撃を加える事も不可能ではなかった。
 だがそのような中尉の思惑を無視する様に、実際に大陸の西部の都市に存在した補給司令部の一部はすでに補給基地へと移動を開始していた。

 そのころ中尉たち第五中隊は正式にゾイド部隊から歩兵部隊を主力とした対ゾイド猟兵部隊に再編成されていた。それにあわせて第五中隊の所属も第六師団から補給基地の守備隊に変更された。
 猟兵部隊への再編成は中尉がこの補給基地への襲撃作戦が終了した頃から上官たちを説得していた事だった。

 だがこの再編成は事実上の左遷に近かった。猟兵部隊への再編成に対して上級司令部が用意した対ゾイド火器は、中尉が要求した数の半分にようやく手がとどく程度だった。
 この左遷の理由は明確だった。上級司令部はこの対ゾイド猟兵部隊を森林地帯での専用部隊と考えていたからだった。たしかに中尉も森林地帯のような歩兵が隠れやすい地域以外ではこの猟兵部隊がゾイドと正面から戦闘を行う事は出来ないと考えていた。
 だが中尉は通常の歩兵部隊と違う特殊部隊は対ゾイド戦だけではなく浸透戦術を行う為には必要不可欠な戦力だと考えていた。
 しかしゾイド対ゾイドの正規戦での決着を望む今の帝國軍では中尉が唱えるような特殊編成が実行される可能性は少なかった。
 上級司令部はすぐに森林地帯から共和国軍を追い出す事が出来ると考えていたから、対ゾイド猟兵部隊としての第五中隊を補給司令部の防衛という彼らにしてみればそれほど重要ではない任務につけたのだった。

 中尉はそんなゾイド猟兵部隊の軽視に反感を覚えていた。だから付近に侵入してきた共和国軍部隊の迎撃を命じられた時は絶好の機会だと考えていた。ゾイド部隊に対して猟兵部隊が有効な対抗手段である事を上層部に示せると考えていたからだ。
 共和国軍の部隊規模が不明であるのが不安材料であったが、中尉は敵戦力を自分達と同じがそれ以下の規模だと考えていた。それ以上大きな戦力であると前線を帝國軍に察知されずに突破する事は不可能だったからだ。
 しかし第五中隊の前に姿をあらわした共和国軍部隊はシールドライガー一機を基幹とする高機動部隊だった。中尉の焦りが浸透作戦をする部隊なのだから隠密部隊なのだと勘違いさせていたのだった。
 共和国軍の高機動部隊に対して第五中隊は部隊規模こそ同等であるが戦力と言う点では大きな差があった。
 大型のシールドライガーは勿論中型に属するコマンドウルフに対しても中隊に所属する兵員輸送用モルガと少数のイグアンでは対抗するのは難しかった。歩兵の対ゾイドミサイルは高機動部隊に対しては極端に命中率が低下するし、基本的に待ち伏せ兵器と考えられていたから戦力に数える事は出来なかった。

 輸送用のモルガが大破させられた後は中尉達はただひたすら隠れつづける事しか出来なかった。共和国軍の高機動部隊は優秀だったが、それでも歩兵を一人一人殺傷する事は困難であるはずだった。これだけ距離が近づくとこれだけ大きな相対速度で目標を定めるのは困難だからだ。
 だが中尉の予想に反して共和国軍の高機動部隊はしらみつぶしに中尉達が隠れていそうな場所を探索しつづけた。
 中尉が周囲の兵たちを見まわすと何人かがパニック症状に陥りかけているのが見て取れた。今はまだベテランの下士官達によって士気が保たれているが、すぐに崩壊するのは目に見えていた。
 その時コマンドウルフの一機が兵が潜む壕を探し当てようとしていた。中尉は必死にハンドシグナルでその壕に潜んでいる兵達に危険を知らせたが、兵達はそれに気がつくことなく恐怖のあまり小銃射撃を開始してしまった。
 小銃と対ゾイドミサイルの発射による轟音の中で、中尉は冷静に敵ゾイドの動きを観察していた。敵ゾイドは一時的に損害を嫌い下がったが、反撃が恐慌によるものであることを悟ると、壕を潰すつもりなのか狙いを定め始めた。位置の露見した歩兵部隊にそれを回避する術はなかった。
 ―こんなはずではなかった……
 中尉の脳裏にはただ後悔の念だけがあった。

 その時コマンドウルフの一機が爆発した。



 各部の形状や部品構成などは帝國軍のゾイド固有のものだったが、コマンドウルフを撃破したのは中尉が見たことも無いゾイドだった。
 前傾姿勢をする、その白色のティラノ形ゾイドは、その前足の大きな爪で別のコマンドウルフの首筋を掴んでいた。
 状況から考えて、目前の白いゾイドは帝國軍の所属だろう、マーキングもそれを物語っていた。ただ所属部隊を表わすものは何一つなかった。
 それに白一色のカラーリングも帝國らしからぬものだった。

 中尉がそんな事を考えていたのは数瞬の事だった。次の瞬間その白いゾイドはコマンドウルフの首筋を握りつぶした。
 そのコマンドウルフの頭部が中尉の目前に転がってきた事で、ようやく中尉は呪縛から逃れた様に動き出した。まずは周囲の兵たちを把握しなければならない。
 その間に帝國軍らしい白いゾイドは素早い動きでコマンドウルフを撃破していった。
 中尉が周囲の兵たちを全員把握した頃には、その白いゾイドはコマンドウルフをすべて撃破し、逃走したシールドライガーの追撃にかかろうとしていた。
 そこへ軍用の小型車輛が走りこんできた。
 その車輛には運転手と助手席にもう一人男が乗り込んでいた。助手席の男は無線機を取り上げた所だった。
「タウ、深追いをする必要は無い。ここから追いやるだけで良い」
 その男が言うと同時に白いゾイドは脚部から噴射炎を出しホバリング飛行で駆け出して行った。
 噴射炎によってあがった土煙が静まった時には、中尉の目前に男が立っていた。
  
 その男は相当に奇妙な格好だった。
 佐官らしい男は少佐の階級章をつけていた。だが森林迷彩の野戦服はまるで特務兵の様にも見えた。その野戦服は相当長期間着ているものらしく、各所に改造の跡が見て取れた。それに素材も今までの物とは違う様に思えた。
 その野戦服には階級章の他に技術科所属を示すプレートも縫い付けられていた。中尉はそれを見て新素材のテストなのかと半ば納得したが、男が腰に吊り下げている拳銃を見てそんな考えも吹き飛んだ。
 その大型拳銃は帝國軍の士官に支給される物ではなかった。通常の軍用拳銃よりも大きなそれは、まさに特殊部隊などに支給される威力の高いものだった。使用弾薬も一回りほど大きかった。むしろ使用されうる状況が違うと言うべきだろう。
 士官の護身用の軍用拳銃と違って、その大型拳銃は小銃や短機関銃の様な大型の携帯火器を使用できない室内で用いられる物だった。当然大型の携帯火器に準ずる威力を持っていた。
 素人が撃てば反動でひっくり返るようなその拳銃は、使いこまれ鈍く光っていた。それに加えて専用の減音器に予備弾倉まで持ち歩くような男がただの技術科の佐官である筈が無かった。

 いぶかしげな表情をしていた中尉に、その男が一切の感情を表に出さないような表情で話しかけた。
「君がベルガー中尉かな」
 中尉が頷くと、男は命令調で言った。
「私は技術部技術二課のラティエフ少佐だ。すぐにあのジェノザウラーが戻ってくるだろう、その前に共和国軍の搭乗員を確保したまえ」
 その命令調にいささか中尉は感情を害されたものの兵達に作業に取りかからせた。
 そこで中尉は敬礼も済ませていなかったことに気が付いて、慌てて少佐に向き直って敬礼をした。
 だが少佐はすぐに中隊のモルガの方に歩き出していた。
「このモルガはまだ動けるようだな。あの機体は動けない様だから牽引させよう。」
 当然の様に少佐は周囲の兵達に指示を出していった。最初は当惑していた兵達も次第に少佐の命令のとおりに動き始めた。少佐の無感情な声はそんな力があるようだった。
 中尉はそれを呆然と見ていた。ついさっきの何も出来なかった自分と比べて嫌気がさしていた。そんな中尉の表情を感じたのか兵達もなかなか近寄ってこなかった。
 そこへ軍用車輛の運転手が近づいてきた。
「気にしない方がいいですよ、ベルガー中尉。あのラティエフ少佐は魔法使いのようなものです。なぁに、中尉だって年期を積めばあんな魔法が使えるようになるものですよ。」
 曹長らしき運転手に中尉は向き直った。
「その…曹長はあの少佐と長いのか」
「長いなんてものじゃありませんよ。少佐がまだ士官学校の研修期間に入った頃からです。」
 中尉は、懐かしそうに話す温厚そうな曹長と少佐を見比べた。
「そんなに長いのか…」
「ええ、あの少佐だって最初はただの生意気な准尉だったんですよ。それが今じゃあの調子だ。
…ああ、申し送れました、私はハインリッヒ・マイヤー曹長。少佐の副官というか雑務というか…まぁそんな事をしています。」
 曹長の敬礼に返礼すると、中尉は必死な表情で曹長に訊ねた。
「教えてくれマイヤー曹長、どうすればあんな風に…少佐のように兵達を把握出来るようになるんだ」
 曹長は今までの好々爺のような表情を消し真面目な顔で答えた。
「中尉…一日二日で出来る事ではありません。あの少佐は地獄を潜り抜けてそうなったんです。」
 そこで再び明るい表情になると、中尉の肩を叩きながら曹長は言った。
「取り敢えず、その余裕のない表情をやめる事です。」
 調子を合わせたように白いゾイドが帰ってきた。
 兵達に指示を出し終えた少佐が中尉達の方に歩いてきた。
「中尉は私と一緒に来てくれ、聞きたい事がある」
 中尉は返答しながら真っ直ぐに歩き出した。
 マイヤー曹長は中尉のその表情を微笑みながら見ていた。



 補給基地へと走る軍用車両の中では誰も口を開かなかった。
 マイヤー曹長は運転に専念していたし、ラティエフ少佐はずっと手元のデーダパッドをいじっていた。ベルガー中尉もラティエフ少佐が聞きたいことがあるといった以上、自分への質問を予想していたので最初に話し出す訳には行かなかった。
 結局ラティエフ少佐がベルガー中尉に話しかけたのは軍用車輛が補給基地へとたどり付く寸前だった。
「中尉、すまないが急用が出来た。君への聴き取り調査は明日以降にしたい。」
 平然と言うラティエフ少佐にベルガー中尉は困惑した。
「しかし……自分の所属は補給基地の防衛司令部にありますので、明日時間が取れるかどうかは分かりかねます。」
 それにラティエフ少佐に話すまでの事でもないだろうが、中尉は帰還後、司令部に戦力の半減を報告し、補充の要請を行わなければならない筈だった。
 ラティエフ少佐はそんな中尉の困惑をよそに曖昧に頷くと、さっさと車輛から降りて白いゾイドと共に補給基地の仮設格納庫の一つへ行ってしまった。
 中尉は一人残されたが、すぐに追い付いた部下達に格納庫へのゾイドの格納と出来る限りの修理を行う事を指示すると、暗い表情で補給基地守備隊の司令部に向かった。

 だが出頭したベルガー中尉に向けられたのは叱責の言葉ではなく、不自然な無関心だった。中尉は戦力が半減した事を司令官に伝えたが、その司令官は眉一つ動かす事無く言った。
「ご苦労だった中尉。下がって良い」
 再び困惑した中尉が補充を求めると、今度は拒否された。その理由を求めようとした中尉だったが、司令官はその問いに答える事無く中尉の退席をうながした。

 中尉はその後、顔なじみの司令部勤務の下士官をつかまえ、話を聞いてみたが、掴み所の無い答えが返ってきただけだった。
 その下士官が言うには、ベルガー中尉達が出撃してすぐに、ラティエフ少佐達が補給基地に到着し司令官と何事かを話し合ったらしかった。
 先ほどの司令官の態度とその事が何らかの関わりがあるのかは分からないが、司令官はラティエフ少佐のことを前から知っているような感じだったという。
 中尉は首をひねりながら、その下士官にラティエフ少佐の正体を聞いてみた。額面どおりに技術士官だとは思えないものだったからだ。
 だが下士官は中尉にこう言った。
「ねぇ中尉……何て言うんですかね、我が帝國の軍隊にゃ触れちゃいけない人ってのは結構いるんですよ。王族とか貴族とかね…」
「ラティエフ少佐が貴族出身だと言うのか。だが士官で貴族出身など珍しくも無いのではないか。」
「違いますよ中尉。私が言いたいのはそう言う人達にゃあんまり触れちゃいけないって事です。特に中尉みたいな人はね」
 話を終わらせたかったのか、その下士官はそう言うと元の作業に戻った。
 それ以上は下士官から話を聞けそうに無かったので中尉は第五中隊に割り与えられている格納庫へと向かった。

 格納庫では更に驚く事態が中尉を待ちうけていた。
 普段は第五中隊に見向きもしなかった整備班が、中隊のゾイドを念入りに修理していた。すでに中破していたモルガは分解され、破損部品の取替えも始まっていた。
 中尉は指揮を任せていた先任軍曹に事の次第を聞いてみたが、軍曹も訳が分からない目で中尉を見返してきた。
「到着してすぐに修理が始まったんです。何か有ったのですか」
 その答えは自分が聞きたいと思いながら、中尉は司令官の態度と補充が得られそうに無い事を伝えた。
 結局その日は中尉達第五中隊の面々に事情が説明されることはなかった。

 次の日、ベルガー中尉はラティエフ少佐に呼び出された。中尉は念の為に守備隊司令部に少佐との会談の許可を求めようとしたが、帰ってきたのは昨日と同じ奇妙な無関心だけだった。
 時間ちょうどに指定された会議室に入室したベルガー中尉を、ラティエフ少佐とマイヤー曹長が出迎えた。
「ご苦労中尉。そこに座ってくれ。」
 自分が座っている椅子の反対側に中尉を座らせると少佐は矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
 少佐の質問は、中尉のこれまでの戦闘の事ばかりだった。質問は中尉の戦闘時の所感や敵の編成などから対ゾイド戦術についてや個々の携帯火器の使い勝手にまでおよんだ。しかも同じような質問を繰り返すものだから、ベルガー中尉はしばし混乱した。だがラティエフ少佐はベルガー中尉が混乱し曖昧な答えを返すと、すぐにその点をついて質問してきた。次第にベルガー中尉の意識は薄れ、無意識の内に返答するようになっていた。
 中尉が我にかえるとすでにラティエフ少佐の質問は終了し、少佐は手元のデータパッドに何かを書きこんでいた。
 マイヤー曹長が入れたコーヒーを飲んでいると、ラティエフ少佐がいきなり頭を上げてベルガー中尉に向き直った。
「ベルガー中尉、君が指揮する第五中隊は本日付けで私の指揮下に入る事になる。」
 困惑する中尉に追い討ちをかける様にラティエフ少佐は言った。
「守備隊司令部には私から話をつけておく。すぐに新しい装備の手配をするから暫くの間は装備再転換訓練を行っていてくれ。」
「あの…我々の任務は何ですか、やはり新装備の実験なのでしょうか」
 自分で言いながら中尉は自信が無かった。新装備の実験なら参謀本部直属の教導師団がその任を行う筈だったからだ。
 だがラティエフ少佐の回答は中尉の想像を超えていた。
「一週間前に共和国空軍にレドラーを性能面で凌駕する空戦ゾイドが配備された。その空戦ゾイドの…ストームソーダと言うらしいが、そのゾイドのお蔭で補給線が破られようとしている。我々の任務はその後始末だ。」
 呆然としているベルガー中尉を振りかえる事無くラティエフ少佐は会議室を出ていった。

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