ZAC2099 ミューズ森林地帯浸透戦




 やはりこの作戦は無謀だったのではないか。
 ベルガー中尉は、周囲を歩く兵達がはく白い息を見ながらそう考えていた。

 ガイロス帝國軍とヘリック共和国軍との間で西方大陸戦争が勃発してすでに数ヶ月が過ぎていた。
 共和国軍は約三倍の数で攻め込む帝國軍に対し善戦していると言えたが、後退を続けている事実に変わりは無く、先のオリンポス山戦以来レッドラスト砂漠地帯の維持を放棄しミューズ森林地帯にまで戦線を後退させていた。
 その戦力はオリンポス山戦とそれに続く一連の後退戦で主役となった高速機動部隊は言うに及ばず、支援戦力も含め相当数を喪失していた。
 戦線を整理し無ければとても前線を維持しつづける事は出来なかっただろう。
 現在では前線と補給拠点との距離の短さと、前線における単位距離あたりの部隊数が戦線を短くしたおかげで増えた為に、どうにか戦線を維持しつづけていた。

 しかし共和国軍に対して勝利しているはずの帝國軍においても大きな問題があった。  それは数ヶ月前のベルガー中尉の危惧そのものと言えた。共和国軍とは逆に前線と補給拠点との間が広がりすぎた為に、前線に張り付いている部隊に補給物資が届く割合は減少しつつあった。
 広がった制圧地域を維持する為に軍政部が存在したが、悪化する一方の治安を維持する為に軍政部は西方大陸地方軍司令部に実戦部隊の後方での治安維持任務を要請してきた。西方大陸人達は大陸で戦争を始めた帝國軍にたいして良い感情を持っていなかったのが原因だった。このような問題に関する研究を怠っていた軍政部には専門の警察部隊を新設する事は無かったから、絶対的に信用できる戦力、つまりは帝國正規軍を動員するより他に無かった。
 前線の兵士達には軍政部の要請による後方への移送は、戦闘で消耗した部隊の再編成と訓練の為であると説明されたが、全戦力の三割という多大な戦力の後方移送と戦闘による消耗率によらず移送される部隊が有るという事実がその説明の妥当性を失わせていた。
 実際、兵卒クラスならまだしも下士官クラスの者であればその事実に気が付いている者も多くいた。
 ベルガー中尉はそんな帝國軍の軍政体制に懸念を持っていた。本来ならば治安維持には地方軍から引き抜くのではなく新設の警察部隊を構築すべきではないのかと考えていた。前線帰りの兵隊のモラルの問題もあるだろうし、治安維持に引き抜かれる部隊の分だけ前線に張り付いている部隊の責任は重くなるのだ。
 中尉に限らず前線の下級将校の幾人かは治安維持に回す部隊があるのならば支援部隊の拡大を主張する者もいた。
 帝國軍はこのような内外の不安を抱えていた。

 ベルガー中尉たち第五中隊の残存戦力は現在、前線に張り付く第六装甲師団第六連隊の直属戦力となっていた。言ってみれば消耗した第六連隊の穴埋め戦力として派遣されたのだった。第五中隊の面々は解隊され各部隊に補充として送られるのだと考えていた。しかし第六連隊の参謀達はそうせずに第五中隊を臨時編成の連隊直轄戦力として扱った。
 指揮下の部隊からは補充兵を送るよう再三要求されていた様だが連隊の参謀達はその要求を却下し、第五中隊を独立戦力として使った。
 その理由はすぐに分かった。第五中隊は火消し戦力として便利屋的な使用法をされた。この数ヶ月の戦闘により第五中隊はもともと中隊の定員を割っていた戦力が一個小隊級にまで激変させていた。その間後方から送られてきた補充兵は全て連隊の指揮下の部隊に配属された。ようするに第五中隊は戦力の再配備が終わるまでのつなぎとして使用されていた。
 その事自体には異論は無いが、一人、また一人と減って行く兵達を見ると中尉は釈然としないものを感じていた。

 中尉は、赤道近くとは言え冬の季節を迎え冷え込み始めたミューズ森林地帯の樹木の中を、兵達と歩きながら数日前に受けた命令を思い出していた。
 その命令は共和国軍がミューズ森林地帯に隠し持っている補給基地の破壊を示していた。
 補給基地の存在は以前から知られていた。異常に補給の早い共和国軍部隊がいるということから存在を暴露された補給基地だが、数度の偵察部隊の全滅をもってようやく場所が特定できたのだった。
 連隊本部は前々から予定されている攻撃の準備を行う為に指揮下の部隊を動かすのを嫌った。そこで臨編部隊にすぎない第五中隊に命令が下ったのだった。
 偵察部隊から送られていた曖昧な位置情報と命令書をもらうとすぐにベルガー中尉は出撃せざるを得なかった。

 第五中隊は、所属する兵員に比べてゾイドは極端に少なかった。整備部隊の割り当てはいつも最後だったから戦闘によるものだけではなく、部品の劣化などによる故障も多かった為だ。その為中尉は残存するモルガ全てに強引に整備部隊から借用したキャノリーユニットを付け、他の機体も砲撃力を強化していた。
 改造を受けたゾイドはそれまでと比べ機動性が低下していたが、もとより中尉はゾイド部隊に格闘戦をさせるつもりは無かった。随伴する歩兵部隊の浸透戦術によって補給基地の位置を特定し、遠距離から徹底した砲撃を加えて破壊した上で、撤退しようと考えていた。その際邪魔になる物は全て捨てて行く様にパイロット達には厳命していた。弾薬は最後まで使いきらせるつもりだったし、いざという時はキャノリーユニットまで捨ててしまえとまで中尉は伝えていた。整備部隊からは文句を言ってくるだろうが知ったことではなかった。どうせこちらは臨編部隊なのだからという気持ちがあった。
 ゾイド部隊よりもむしろ歩兵部隊のほうが問題だった。長距離偵察を行う以上重火器は携帯できなかったから少数による浸透戦術以外に取りうる術はなかった。


 歩兵部隊は中尉が直卒するものの他に五チームが存在した。
 それぞれ五乃至六名からなる偵察チームは補給基地が有るとされている地点を中心に偵察線を構築していた。それは陸戦部隊の行動と言うよりも海軍の偵察機が取る行動の様にも見えて中尉は苦笑した。小火器しか持たない偵察チームは補給基地の位置を発見するとその座標データを後方で隠密接近しつつあるゾイド部隊に送り、その後は着弾観測をする事になっていた。
ゾイド部隊と遭遇した時は、小火器しか持っていない偵察チームは離脱することになっていた。もっとも中尉は偵察チームが発見された時点で一時撤退する事も考えていた。監視の強化されるであろう補給基地の襲撃など願い下げだった。

 定期連絡の時間になった。中尉は通信兵に近づくと、通信兵が背中に背負っていた無線機のマイクを取った。
「こちらマザーフォックス」
「こちらリトルフォックスワン、ダスターは足が濡れない」
 無線機からは各チームから補給基地が発見出来ない事を伝える符丁が次々に帰ってきた。
 しかしそれは有る意味で予想できた事だった。偵察線の間隔から考えると発見が数日後になってもおかしくは無い。それを予想して一週間分ほどの食料は携帯していたから問題は生じない筈だった。その間ゾイド部隊は隠れ続けなければならなかったが、窪地に迷彩ネットを張って隠匿されたゾイド達はよほど運が悪くない限り発見される事は無い筈だった。

 だが、中尉が偵察線の間隔について副長格の伍長と相談していた時に兵の一人が警戒を促す声をあげた。
 中尉はその声を上げた兵の位置に訝しいものを感じた。その兵は周囲を警戒するチームの中で後方を監視していたからだ。その方角に補給基地が存在するとは考えていなかった。偵察線の間隔は広がっていたが、それでも後方に補給基地が存在するとは考えづらかった。
 だが中尉はその兵が指差すものを見て驚愕した。その方向にはゾイド部隊が隠れている窪地があった。そしてそこから煙が吹き出していた。ゾイドに搭載させたスモークディスチャージャーの煙だった。
 すぐにゾイド部隊の指揮官から連絡が入った。
 いきなりスモークディスチャージャーが暴発した事を聞いた中尉は深く後悔した。イグアンの追加装備の一つにスモークディスチャージャーを選んだのは中尉自身だった。
 しかし中尉には後悔する時間も逡巡する時間も用意されていなかった。通信兵の持つマイクをひったくるようにして掴むと全部隊に通信を入れた。
「状況中止、全部隊撤退。」

 その短い通信を終える前に偵察チームの一つから通信が入った。
「こちらリトルフォックスツー、補給拠点らしきものを発見。ゾイド部隊を確認、ゴドス6、ガイサック6」
 有る意味で最悪のタイミングだった。中尉は素早くこちらのゾイド部隊の位置と射程、そして発見された補給基地の位置を頭の中でプロットした。結果は考えるまでも無かった。ソイド部隊の射程外に補給基地は存在した。
「了解、すぐに撤収しろ」

 通信を終えた中尉に伍長が疑問を投げかけた。
「中尉、このまま撤収してよろしいのですか、補給基地を叩くチャンスなのではないですか。ゾイド部隊の位置は確認されたかもしれませんが射程内に侵入して斉射することはまだ可能ではないですか」
「いや、共和国軍がゾイド部隊を公然と出撃させたということはもう補給拠点の場所を察知されてもかまわないと言う事だ。おそらく共和国軍は更に戦線を縮小させるのではないのかな。」
「つまりあの補給拠点は不用になったということですか。それでは我々の行動は何だったのです。」
 悔しそうな表情で言う伍長を見ながら中尉は落ち着いて返答した。
「我々の攻撃が間接的に共和国軍の後退を早めたと考えればそれほど悔しくはないだろう。」
 意識して微笑みながら中尉は伍長だけでなく、周囲の兵全員に聞こえる様に言った。その中尉の一言で周囲の兵たちからあせりと緊張感が抜けてゆくのが分かった。
「よし、あとは共和国軍が接近する前に撤収するぞ」
 中尉の命令が出るまでも無く兵たちは装備を点検し行軍する姿勢を整えつつあった。

 そこに他の兵たちに交わらずに一時撤退を連隊本部に通信していた通信兵が怪訝そうな表情で中尉を呼んだ。連隊本部からという通信が来ているというその兵の言葉に中尉も引っ掛かるものを感じた。通信に出た中尉の耳朶に連隊付きの参謀の声が響いた。
「ベルガー中尉か。連隊司令部からの命令を伝える。現地に止まり別名あるまで共和国軍を引き付けろ。」
 中尉は一瞬その参謀の言葉が信じられなかった。
「不可能です。我々の戦力は整備のされていないゾイドが五機あまり、敵機の二分の一以下です。敵機がこれ以上いないと言う保証は何処にもありません。むしろ共和国軍の出撃が我々に気が付いてのものであれば出撃準備の整っていないゾイドも次々と増援として投入されると考えるべきでしょう。」
 声を荒げながら中尉はどこか冷静にこの状況を見ている自分に気が付いていた。この参謀は、いやこの連隊は自分達の点数稼ぎの為に我々を囮として使用したのではないか。スモークディスチャージャーに細工をしかけるのは整備部隊さえ動かせれば簡単な事だ。
 しかしその事を確信したとしても中尉のすべき事に変わりは無かった。この地に止まって共和国軍を足止めしなければならない。他の中隊の為に。


 ベルガー中尉は素早く彼我のゾイド部隊が接触する予想時間を計算した。やはり予想される時間を考えると取りうる作戦は不完全な待ち伏せ作戦になってしまった。
 共和国軍のゾイドと比べて自分達のゾイドは射程の長い火器を装備しているがその利点を生かす為には高地に陣取り見下ろす形で狙撃を続けるしかない。この森林地帯では射程の長い、大型の火器は極端に取り回しがしづらかったからだ。
 しかし高地に上るためには共和国軍に発見される危険があった。鈍重な砲兵部隊が発見されるのは避けたかった。
 だが、逆に共和国軍に発見されない様に大回りのルートで高地に上った場合は、共和国軍を射界に捉えてから近距離まで接近されるまでの時間が短くなり、接近戦では取り回りのしづらい大型砲を抱えながら格闘戦をせざるをえなくなるだろう。

 中尉は参謀役のいない自分の立場を呪いながら、ゾイド部隊と合流すべく森林地帯を駆けていった。その時、中尉の前を走っていた兵が足もとの蔦に足を絡ませて倒れ込んだ。その兵に手を貸して立ち上がらせた後、ベルガー中尉は気が付いた。
 要は共和国軍のゾイド部隊の進軍を遅滞できれば良いのだ。そしてそれはゾイドである必要は何も無い。中尉は周囲の地形を思い出しながら通信兵を呼び寄せていた。

 中尉の採った作戦は歩兵が足止めをする間にキャノリーモルガの120mm砲で砲撃する事だった。そのためイグアンは歩兵部隊の直協支援をさせるものとモルガの護衛をさせるものに二分させた。歩兵部隊の直協をさせるものは入念に迷彩ネットを被せられ隠匿された。モルガ部隊に随伴するものは逆にモルガの半身を埋める為の穴を掘らせていた。イグアンのクラッシャーバイスに手頃な鉄板を握らせれば簡易的ではあるがバックホウ変わりになったからだ。
 ゾイド部隊はそうして構築された陣地に篭もり、歩兵部隊は陣地からの最適射撃地点に共和国軍をおびき寄せた。
 歩兵部隊は不足しがちな対ゾイドミサイルを分配すると一人用の塹壕に入った。中尉はそれを確認すると周囲よりも一回り高い丘に通信兵と陣取り指揮用の塹壕に入った。

 共和国軍のゾイドが視認出来る距離にまで近づいたのはそれから数分後だった。中尉は歩兵部隊にミサイル攻撃を指示した。
 ガイサックが一機ミサイルの集中攻撃を受けた。対ゾイドミサイルは全てHEAT弾頭なのでガイサックの装甲は焼け爛れ、直径数センチもの穴がいくつもあいた。その集中攻撃を受けたガイサックは機動不能状態になったらしくパイロットが脱出するのが見えた。しかし、そのガイサック以外のゾイドは対ゾイドミサイルによる攻撃を感じないのかしきりにセンサを回転させ攻撃地点を探っていた。
 中尉はあらためてゾイドの頑丈さを悟り舌打ちすると歩兵部隊に作戦どおりに後退するように命令した。

 歩兵部隊はその命令を待っていたかのように後退を開始した。塹壕から出てきた歩兵を視認した共和国軍のゾイドは戸惑った様子だったが深い森林に見え隠れする歩兵を追いかけ始めた。彼らにはあきらかに侮っている様子が見て取れた。たしかに奇襲攻撃ならともかく歩兵部隊にゾイド部隊と正面から戦闘する能力は無かった。対ゾイドミサイルを使い果たした今では自衛戦闘すら不可能だろう。個人個人で持っている小銃ではゾイドに損害を与える事はまったく出来ないからだ。
 共和国ゾイド部隊は明らかに歩兵部隊の捕獲を考えていた。中尉は作戦の成功を半ば確信しながらイグアン部隊に通信を入れた。
「敵が行くぞ・・・今」
 通信機から了解の声が上がると共和国部隊の真下からイグアンがクラッシャーバイスを突き上げる形で出現した。その攻撃でガイサックが更にニ機動かなくなった。共和国部隊は一時的に狼狽していたが、イグアンがたったニ機である事に気がつくと激しく攻撃を掛けてきた。イグアン部隊はその攻撃を受け流しながら所定の地点へと離脱して行った。その隙に歩兵部隊は散開していた。
 やがてイグアンは背中のスラスターを使いジャンプし大きく後退した。共和国ゾイド部隊は逃亡を阻止する為に激しく射撃を行いながら突撃してきた。その攻撃と後退戦の蓄積した損害でイグアンが一機大破した。そこへ共和国ゾイド部隊が迫った。それを確認した中尉は爆薬の点火スイッチを押した。
 次の瞬間共和国ゾイド部隊の足元が陥没しゾイド部隊は丸ごと中に呑みこまれて行った。中尉はあらかじめモルガ部隊の一部を使って地中にトンネルを掘らせていた。
 そのトンネルに共和国ゾイド部隊がはまっているのを確認した中尉は一機だけ残存したイグアンを後退させた。
 共和国ゾイド部隊はようやくトンネルから這い上がってきた所をキャノリーモルガからの集中砲撃を受け大損害を受け後退した。



 大勝利とも言える戦果をもって基地に帰還した中尉達だったが、彼らはそこで補給拠点の制圧に向かった味方部隊が大損害を受けたことを知らされた。
 中尉の考えていたとおり連隊本部は第五中隊を囮として使用した。しかし正面攻撃部隊として投入された部隊は逆に共和国軍の罠にはまり大損害を受けた。補給拠点も共和国軍によって爆破された。これも中尉の考えていたとおりに共和国軍は以前から補給拠点の放棄を決定していたようだった。
 中尉達の戦果は大きかったがそれを評価される事は無かった。参謀たちは中尉の採った作戦を帝國軍の作戦要綱から大きく外れると非難し、落とし穴などはゾイド乗りの作戦として相応しくないとまで言った。
 中尉はそれを聞きながら白けた気分になっていた。ようするにこの参謀たちは囮部隊として使われた第五中隊の方が戦果が大きい事が不満だったのだろう。
 しかし中尉にとってそんな事は些細な事だった。ようは生き残れば良いのだ。それこそが勝利なのだと思いながら。


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