ZAC2101 ジオレイ平野奇襲戦




 ベルガー大尉は、不安定な足場でツヴァイを走らせるのに苦労しながら、前方をひた走るシルヴィのサーベルタイガーの背を見つめ続けていた。
 シルヴィが案内した場所は地下水脈の通り道だった。現在では地形が変わってしまったため大規模な水の流れがあるわけではないが、春先になって雪解けになればここも雪解け水であふれることになるのだろう。
 しかし、小規模ながらも入り組んだ迷路のような渓谷をたどってみても共和国軍の基地に辿り着く事はできなかった。そのことはあらかじめ方面軍からの情報にあったから当初から大尉はこの渓谷のことを軽視していた。大尉だけではなく帝国も共和国もこの渓谷を重要視はしていなかった。
 だが、シルヴィによれば共和国軍基地の近くまで通じる地下通路が存在するという事だった。その通路は古代ゾイド人たちが建設したもので、先代の村落の長老が周囲の地形の研究を行なっている時に偶然発見したものだという。
 地下通路は脱出ルートか連絡路として建設されたものだというのが村落の一致した見解だった。その通路は共和国軍が急設した基地のほぼ真下まで通じているらしかった。というよりもは、共和国軍が地下通路の出入り口の一つである古代ゾイド人の遺跡を利用して基地を建設したといいかえてもよかった。
 その遺跡も最低鞍部を封鎖する目的で建設されたのかもしれなかった。遺跡の上部施設の大半は破壊されていたが、共和国軍は残った施設を利用する事により最低限の労力で堅牢な基地を建造していた。
 だから基地を外部から陥落させるのは見た目よりも困難だった。大尉たちが立てた作戦では高速部隊は基地に突入する事もできなかっただろう。それを聞いた大尉たちは赤面する事になった。
 だがその基地も内部から侵入するのは容易であるはずだった。それに地下通路から上部の遺跡への通路は失われているようだった。だから共和国軍が地下通路の存在に気が付いていない可能性は高かった。

 シルヴィは立ち止まって入り組んだ渓谷の道順を把握する時以外はひたすら走り続けていた。大尉たちはそれについていくので精一杯だった。
 すると急にシルヴィが立ち止まった。サーベルタイガーにぶつかるようにしてツヴァイも急停止をした。大尉はサーベルタイガーの脇に横穴が開いているのを見た。その穴が地下通路の入り口らしかった。
 二個小隊が欠けることなく集合したのを確認するとシルヴィはおもむろに横穴の中にサーベルタイガーを進ませた。
 その地下通路は大尉が思っていたよりも大きかった。縦幅は勿論横幅も大型のゾイドが通過できるほどもあった。
 通路は視界が続く限りまっすぐに伸びていた。シルヴィによれば数キロメートルの間、直線が続いているはずだった。一行はそれまでの遅れを取り戻すかのように高速で地下通路を駆け抜けた。
 中隊の残りの二個小隊は当初の作戦の通りに地上を進軍していた。重装甲であるその部隊ではかなりの距離を迂回して進まざるを得ないコースを通るだけに機動性がかけていると思ったからだ。彼らは大尉たちが地上に出現した時の混乱を利用して基地へ侵入する手はずになっていた。だが長時間基地の近くで待機すればその存在を感知されてしまうだろう。だから大尉たちが地上へ出るタイミングはある程度限定されていた。
 それはわかっているのだが、足場も悪く入り組んでいる渓谷を通過するのに予想以上の時間を費やしてしまっていた。

 シルヴィがまた立ち止まった。今度は大尉も余裕を持ってツヴァイを静止させる事ができた。地下通路が行き止まりになっているのがわかったからだ。
 そこは地上へと上昇するエレベータになっているようだった。傾斜して上部へと続くレールが数本見えた。だが、エレベータを管理する施設は周囲には見当たらなかった。長い時間の間にエレベータを起動する方法が失われてしまったのだろう。
 だがここから上部に直接上がるのは不可能だった。傾斜はどうにか登る事ができそうだったが、すぐ上には頑丈そうな扉が見えていた。
 大尉はその様子を確認してシルヴィに話しかけた。
「シルヴィ、これからどうするんだ?上部に上るにはあの扉を開けなければならないようだが・・・開放する方法でも知っているのか」
 シルヴィはそれに不思議そうな声で答えた
「何を言っているんだ隊長。そんなに簡単に開放できるのなら共和国軍だってこの通路のことを知っているだろうが。あの扉は隊長がそのゾイドで破壊するんだと思っていたぞ」
 それを聞いて大尉はため息をついた。あの扉を破壊できなかった時はこの閉鎖空間に膨大な熱がこもる事になるのではないか。そう思ったが、シルヴィのいうことももっともだった。どのみちここで立ち往生している時間は無かった。
 大尉は覚悟を決めるとシルヴィを出口から安全範囲まで遠ざけた。荷電粒子砲のエネルギーをチャージしながら大尉は西方大陸南部のガリル遺跡をめぐる戦闘のレポートを思い出していた。
 レポートでは戦闘の最後になってリッツ=ルンシュテッド中尉がジェノザウラーの荷電粒子砲で遺跡の上部を吹き飛ばして脱出したことが書いてあった。
 大尉はその状況と今の自分が置かれている状況が似ているような気がした。何とはなしにそんな事を考えながら大尉はチャージングの終了した荷電粒子砲のトリガーを引いた。


 デム軍曹は小高い丘の上に腹ばいになって数キロメートル先の共和国軍基地を双眼鏡で見ていた。双眼鏡に付属しているレーザ距離計で正確な距離も把握していた。
 ベルガー大尉たちが出てきても不思議ではない時間だったが、いまだに基地に不自然な動きは無かった。
 メイル少尉に指揮された二個小隊がこの場所に進出を終えたのは今から一時間ほど前の事だ。地下を進む大尉たちと比べれば最短距離を通る事ができたから所要時間も最短ですんだ。ただ、共和国軍に察知されないために細心の注意を払って進軍してはいた。
 意外だったが、共和国軍による哨戒は行なわれていないようだった。今も偽装した二個小隊は、基地から見て丘の向こう側に配置されていたが共和国軍がこれを察知した気配は無かった。だがこれ以上進む事はできなかった。
 丘のすぐ先にはこれ見よがしにセンサが配置されていた。配置されていたセンサは熱源と光学による複合センサのようだった。露骨に配置されたそれは、実際に襲撃してくる敵を感知するというよりもは抑止の意味が強そうだった。
 その意味がわからずに軍曹はしばし首をかしげたが、すぐに納得する事になった。
 共和国軍は周辺の民族による侵入を警戒しているのだろう。すでにシルヴィの村落への襲撃は伝わっているようだったからこれに対して悪感情を抱いている周辺の民族への警戒も必要なのだろう。
 ただし、正規軍である共和国軍に正面切った戦闘を仕掛けてくるような民族はいないから警戒している事を示すだけでいい。だから露骨にセンサをさらしているのだろう。
 センサ以外にも基地内部の警戒ランクがかなり高い事はここからでもうかがい知れた。基地の外周部を回る歩哨の間隔はごく短いものだったし、歩哨の表情からも緊張感が感じられた。
 一時間近い観察によってカノントータス隊の位置は完全に特定されていた。カノントータスは一個中隊三十機が横一列となって配置されているのが見てとれた。それが二列で合計二個中隊が事前の情報通りに配置されている。
 それはそれぞれの中隊の射線を妨害しないように配置されており、全機が最低鞍部へ射線を集中して射撃する事ができるようになっている。
 それにカノントータスに連続して長距離射撃を行なわせるためにそれぞれの掩体には外接式の冷却器と発電機が装備されていた。おまけに掩体の強度自体もかなりのものだった。長距離からあの掩体に隠れて砲身だけ突き出したカノントータスを撃破するのは相当困難だった。
 だが、裏を返せば外接式のユニットを接続されたカノントータスの動きは極端に遅くなっているから接近すれば撃破は容易だ。動かない的のようなものだからだ。

 軍曹は段々に不安になってきた。後数分で方面軍の最初の撤退部隊が最低鞍部を通過するはずだ。そろそろ行動を開始しなければ危険だ。
 そこまで考えて急に軍曹は監視が面倒くさくなった。どうせ大尉たちが出現すれば大騒ぎになるのだから一々監視する必要も無いのではないか。
 そう考えると軍曹は一時間同じ姿勢でいたので凝っている全身をほぐしながら立ち上がった。
 だが、軍曹が愛機に向かって歩き出すと同時に背後で凄まじい爆発音がした。慌てて軍曹が振り返ると後列のカノントータス隊の真ん中ほどに荷電粒子砲の光束が見えた。光束が消えると同時に周囲のカノントータスが誘爆を繰り返した。
 そして、爆発の照り返しで赤く染まる中に、荷電粒子砲で開けられた穴からツヴァイが飛び出してくるのが見えた。
 ――よくわからんがあの大尉殿にしては派手な登場だな。
 のんびりとそう考えると軍曹は愛機のエレファンダーの方に駆け出していった。

 ツヴァイをはじめとする高速部隊の出現によって基地内部は混乱していた。すでにカノント-タスの大半は撃破されていた。
 ベルガー大尉は落ち着いてツヴァイのエクスブレイカーを目前のカノントータスの背中に突き刺した。重装甲を誇るカノントータスではあったが、身動きが取れないところで装甲の隙間からエクスブレイカーを突き刺されればどうしようもなかった。
 誘爆に巻き込まれないために高速でツヴァイは離脱した。すると立ち上る爆炎で遼機を見失ったらしいゴドスがよたよたと前を横切った。
 大尉は再びエクスブレイカーをすれ違いざまにゴドスに対してなぎ払うように振るった。最後の瞬間までゴドスはツヴァイを確認する事はできなかった。
 周囲を見てみると、大尉ほど圧倒的ではないにせよ帝国軍が共和国軍を押しているのが確認できた。
 カノントータスは数機が最低鞍部を通過する方面軍に対して射撃を敢行していたが、すぐに中隊のゾイドによって撃破された。いまでは最低鞍部への攻撃は完全にやんでいた。
 作戦の成功は疑いようも無かった。ツヴァイが地上への通り道を開けてからまだ十分ほどしかたっていなかったが、すでに戦闘は下火になりつつあった。
 だが、大尉は何故か先行きに不安なものを感じていた。カノントータス隊を護衛しているはずの部隊の数が事前の情報よりも少なかったのだ。今までに確認できたのは一個中隊程度でしかなかった。何となくどこかから残りの部隊がいきなり出現しそうで不気味だった。

 気が付くと戦闘は終了しているようだった。中隊は大尉の周りに集結しつつあった。ふとその時大尉は気が付いた。これからどうするか決めていなかった。
 馬鹿馬鹿しい話だが、ここまで見事に作戦が成功するとは思わなかったのだ。作戦ではカノントータス隊を撃破した後はばらばらに逃げ出す事になっていた。だがもう逃げ出す必要は無かった。基地はすでに中隊によって占拠されていた。
 とりあえずメイル少尉とデム軍曹と話し合うつもりで回線を開こうとしたが、その時デム軍曹がいないことに気が付いた。首をかしげながら大尉はデム軍曹を呼び出そうとした。
 だが、大尉が呼び出す前に軍曹は中隊全機の無線に大声で話しかけていた。
「斜面の下の方から共和国軍が来る。糞ったれ!敵は一個大隊規模で接近中」
 呆気にとられて大尉は聞き返した。
「どこからそれだけの部隊が出て来たんだ」
「何を言ってるんですかい。あれはここの守備隊ですよ。たぶん周辺の村落を威嚇しに出かけてたんだ。畜生!だから不安になった奴がセンサを下手糞に増設したんだ!」
 話をまとめすぎた軍曹の言葉はよくわからなかったが、大尉にもこれだけはわかった。
 どのみちここから逃げ出さなければならない。大尉はため息をつきながら殿部隊の選抜に入った。


 ベルガー大尉は渋い顔をしながら接近する共和国軍部隊をみつめた。

 すでに基地を放棄し脱出してから三日が過ぎていた。中隊はジオレイ山脈を降りてくる共和国軍一個大隊に対して全面的な後退をしていた。
 基地の襲撃を終えた時点で中隊のゾイドに蓄積したダメージは相当のものだったからだ。地形の把握もおぼつかない基地に立てこもって反撃したところで数時間と持たなかっただろう。
 だが中隊は方面軍本隊と合流する事はできなかった。中隊と方面軍本隊との間には深い渓谷が存在していた。しかも山脈を降りるにしたがって両者の間は渓谷の支流によって広がっていった。
 再接近時で数キロメートルだった両者の間隔はすでに約百キロメートルにまで広がっていた。
 いつのまにか渓谷は河川と呼べるまでに規模を縮小していたが、大規模な渡河を強いられる事に変わりは無い。共和国軍との距離が接近している今は渡河を強行する事は危険だった。
 しかも中隊は共和国軍に対して囮の役割もはたしつつあった。作戦によってそうなったわけではなく、基地を短時間で撃破した戦績を共和国軍が過大評価したのだ。
 その結果、中隊を追撃する部隊の規模は次第に増大しつつあった。すでに撤退した方面軍を追撃する部隊よりも中隊を追撃する部隊の方が多いかもしれなかった。
 現在中隊に迫りつつある部隊も新たに追撃に加わった部隊だった。その部隊はごく小規模で一個中隊に満たない戦力だった。
 だが、新鋭の高速ゾイドで編成されたその部隊は中隊の進路を何度も妨害しており、厄介な動きを見せていた。
 ここでその部隊を撃破しなければこれからも付きまとわれて進路を妨害されるのは目に見えていた。大尉は危険を承知でツヴァイとセイバータイガーを中核とした一個小隊でその部隊を襲撃しようとしていた。
 中隊本隊と離れると大尉はその部隊の視線を逃れるように一度後方に逃れると慎重に方向を変えて接近していった。敵部隊を再び視野に入れるのにすでに丸一日を費やしていた。
 大尉はすぐそばを疾駆しているサーベルタイガーを見た。シルヴィは反対する大尉たちを強引に説き伏せて同行していた。すでにサーベルタイガーは勿論、中隊の全機がどこかしら傷を受けていた。
 一瞬シルヴィの同行に再び反対しようとしたが、時間も無いので大尉は首を一振りするだけで雑念を押し払うと指揮下の部隊に突撃を命じた。運がよければ中隊本体とで挟み撃ちにできるはずだった。

 メイル少尉は再び合流できたベルガー大尉のツヴァイをみつめた。
 敵の高速部隊は何とかエレファンダーを中核とした中隊本隊の支援砲撃と大尉が直率した小隊の格闘戦で撃破することができた。
 だが、敵の精鋭部隊が中隊におよぼした損害も大きかった。ツヴァイはすでに左肩のフリーラウンドシールドを失っていたし、レブラプター数機が失われていた。
 ふと少尉は目線をシルヴィのサーベルタイガーに向けた。同時に少尉は眉をひそめた。サーベルタイガーは左後ろ足をもぎ取られていた。
 サーベルタイガーは何とか三本の足で立っていたが、すでに走行することは不可能だった。今は何とか足を引きずりながら動いている。だが、そのままでは中隊の足手まといになることは確実だった。
 すでに乗機を失ったレブラプターの操縦員はエレファンダーに同乗していた。まだベルガー大尉は迷っているようだったが、シルヴィにもサーベルタイガーを捨てさせてエレファンダーに同乗させるべきだろう。
 だが、それに先んじるようにしてシルヴィがいった。
「隊長、わたしはここに残るよ。この子を置いてはいけないからね。隊長たちには世話になったな、ありがとう」
 意表をつかれながらも少尉はある部分で納得していた。ここに残るという事はそのまま共和国軍に撃破されるのは目に見えていた。自殺行為であるといいかえてもいい。
 だが、むしろシルヴィならそうするだろうと心の奥底で思っていたのかもしれない。
 ベルガー大尉はどうするのだろうか。そう思って少尉はツヴァイを見た。そうすると困り果てている大尉の顔が目に浮かぶようだった。だが、大尉の一言も意表をつかれるものだった。
「俺もここに残る。中隊の指揮はメイル少尉に任せる」
 いつもと違った口調の大尉に慌てて少尉とシルヴィが反論しようとしたが、大尉は面倒くさそうに残った右側のフリーラウンドシールドを払った。
 まるでそれは中隊に対して手を払ったように見えた。それで少尉は何となく落ち着いてしまった。大尉のことだからここで囮になるつもりだろう。もう大尉を止めることは出来ないような気がした。
 結局メイル少尉は敬礼をすると後を振り返らずに中隊を率いて海側へと去っていった。

 のろのろと歩くサーベルタイガーを護衛するように油断無くツヴァイは警戒しながら進んでいた。
「何のつもりだ」
 二人きりになるとシルヴィは厳しい声音で大尉を責めた。だが、大尉は飄々とした表情で柳に風とそれを聞き流しているようだった。
「別に深い理由があるわけじゃないさ。ただシルヴィと一緒にいたかっただけさ」
 シルヴィは顔を赤くして怒鳴った。
「隊長は馬鹿か!共和国軍が来ればわたしたち二人だけなんてすぐにやられてしまうんだぞ」
「ま、そうだろうな。別に良いさ、これまでにも死を覚悟した事なら何度もある」
 そう言うと大尉はふと気配を感じて後ろを振り返った。すると彼方からシールドライガーを中核とした一個小隊が接近してくるのが見えた。二機だけが離脱したのを見て確固撃破を狙ったのだろう。
 大尉は凄惨な笑みを浮かべながらいった。
「たったの一個小隊か、なめられたものだな」
「こちらが二機だけだということを忘れないで欲しいな」
 シルヴィはあきらめたような声でいった。たしかにこの男と一緒なら悪くないかもしれない。そう思っていた。

 シールドライガーの最後の一撃でサーベルタイガーは撃破されていた。だが、それまでにシルヴィはコマンドウルフ三機を撃破していた。そして最後まで残ったシールドライガーも次の瞬間に怒り狂ったツヴァイのエクスブレイカーによってコアを貫かれていた。
 すでに日が落ちようとしていた。大尉はサーベルタイガーからシルヴィを引きずり出した。
「怪我は無いよ隊長。この子はもう駄目かな?」
 淡々とした口調だったが、大尉にも言葉の端から悲しみが伝わってきた。
「シルヴィもツヴァイに乗ろう。行けるところまで行こう」
 シルヴィは力なく首を振るとツヴァイに乗り込もうとした。そこでふと困惑してコクピットに座る大尉を見た。
「隊長、私はどこに乗ればいいんだ」
 大尉はしばらく困惑してシルヴィの顔を見つめた。ツヴァイのコクピットには余計な空間など存在しなかった。だからといって高速で移動するツヴァイの手にシルヴィを掴ませるわけにもいかない。
 シルヴィは大尉が悩んでいるのをしばらく見ていたが、笑みを見せて大尉のひざの上に乗った。
 大尉が驚いてシルヴィを見た。だがシルヴィはそっぽを向いたままいった。
「わたしはここでいいんだ。・・・行こう」
 その時、センサからの情報が強制的にサブモニタに表示された。
 大尉にもシルヴィにもそれが接近する共和国軍の大部隊である事がわかった。敵部隊は優に一個大隊にもなる戦力を投入してきていた。
「ここが年貢の納め時かな。悪い人生じゃ無かったから良いけどな」
 大尉はシルヴィの後から操縦桿に手を伸ばした。何となく自分が何でもできるような気がしていた。後悔はしていなかったが、シルヴィを巻き込んでしまったのが心残りだった。
 だが、大尉の悲壮感は上空からの荷電粒子砲の光束で吹き飛ばされてしまった。ひざの上のシルヴィが驚いているを感じた。だが何となく上空にいるものを想像していた大尉はゆっくりと上を見上げた。
 大尉の想像通りにそこにはミューズ森林地帯で見た輪付きのレドラーがゆっくりと旋回していた。それにホエールカイザーが一機近づいてきていた。
 ホエールカイザーの部隊旗を見るまでも無く、それはラティエフ少佐の率いる部隊だった。
 悠然と飛行していたホエールカイザーの口が開くと、そこに無理やりに増設したロケットランチャーが見えた。すぐに点火したらしく無数のロケット弾が目前の共和国軍に降り注いでいた。
 呆気にとられている二人が乗るツヴァイのすぐそばにホエールカイザーは降り立っていた。
 大きく開けられた口からコマンドゾイドが強引にランチャーを引き剥がして投棄しているのが見えた。
「あまり時間が無いから早く乗機しろ」
 懐かしさすら感じるラティエフ少佐の声を聞きながら、慌てて大尉はツヴァイをホエールカイザーに乗せた。
 ホエールカイザーがその場に止まっていたのはわずか数分でしかなかった。


 ホエールカイザーは洋上に出ると、数機の遼機と合流した。下方の海面には最大速度で航行する通常型輸送船の姿も見えた。
 どうやら方面軍と中隊本隊も無事に脱出する事ができたようだった。ベルガー大尉はため息を付くと、ふとひざに乗ったままこちらを見つめるシルヴィの目線に気が付いた。
「ところで隊長。この責任はどう取ってくれるんだ」
 困惑した顔で大尉はシルヴィの顔を見つめ返した。
「だから、わたしを西方大陸から連れ出した責任だよ。これからわたしをどうするつもりなのかな」
 大尉は慌てて目線をそらした。そこまでは全く考えてはいなかった。大尉は苦しい口調でいった。
「その・・・俺ができる限り西方大陸へ帰る便宜を図る。いやシルヴィが望むような状況にできるまで同行する」
 生真面目な口調でいう大尉にシルヴィはふと笑みを見せると堰を切ったように笑い出した。
 シルヴィはコクピットを開放するとキャットウォークに降り立って大尉を見上げた。
「冗談だよ隊長、別に西方大陸に未練は無い。だから、わたしは隊長の側にいるよ。おもしろそうだからね」
 笑みを見せるシルヴィに何となく安心して大尉も笑みを返した。
「それじゃ、これからもよろしく頼むよ」
 大尉の差し出した手をシルヴィが力強く握り返した。

 その光景をブリッジからサブモニタで見ながらラティエフ少佐は思った。
 西方大陸ではこの方面軍の撤退をもって帝国軍による組織的な反抗は終わるだろう。
 だが、暗黒大陸では西方大陸で受けた損害を回復しつつある師団があり、今現在も訓練と補充が行なわれているはずだ。その戦力はいまだに共和国軍を上回っているのだ。
 そして帝国軍には共和国軍の軍門に下る意思は見えなかった。
 これからの戦局がどうなるのか、少佐にもまるでわからなかった。



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