ZAC2101 ジオレイ山脈山岳戦:中編




 ベルガー大尉たちは、ジオレイ山脈頂上付近の天候が好転する前に村落を出発していた。長老が頂上付近の天候が登頂可能になる時間帯が限られているといったからだ。
 大尉たちは登頂時にちょうど天候が好転するような時間帯をあらかじめ予測して出発していた。そんな事が可能だったのも、村落ができた頃から高精度で行なわれていた天候の監視データが存在したからだ。山脈の天候は変化しやすいが、高精度かつ多種類のデータと比較する事により、ある程度の天候の予測は可能だった。

 見かけによらず、村落は情報収集能力に優れていた。村落の周囲に張り巡らされたセンサ群は天候だけではなく、外敵の侵入をも感知した。以前に盗賊団が村落を襲撃した事があるらしいのだが、盗賊団は村落側の待ち伏せと天候の悪化によって壊滅的な損害を受けたらしい。
 それだけ情報を重要視するのは彼らが基本的に追われる身であるからだ。ゼネバス人であるだけで迫害される年代もあったし、今でもゼネバス人が周囲の世界から歓迎されているわけではない。彼らの強迫観念じみた情報収集と自給自足の体制はそこから来ているようだった。
 だが、人口がようやく三桁に届く程度の村落がいずれ破綻するのは目に見えていた。だから彼らは周囲の村落に溶け込もうと少しずつ移民をしていた。特別な技術を持つ彼らは歓迎こそされなかったが、次第に必要不可欠なものと認識されていた。
 だからベルガー大尉たちをかくまう事は、周囲の村落との無用な軋轢を再び呼び起こす可能性があった。それでも大尉たちを支援してくれた村落に大尉だけでなく中隊の全員が感謝していた。

 ジオレイ山脈への登頂は、大尉たちにとって厳しいものだった。セイバータイガーやヘルキャットの様に山岳戦を前提として開発されたゾイドならまだしも、イグアンやレブラプターがジオレイ山脈のような山麓を登山するのはかなり困難だった。
 イグアンやレブラプターは、しばし足をとられて転倒していた。大尉のツヴァイやメイル少尉のエレファンダーも登山は困難だったが、機体のパワーに物を言わせて強引に登っていった。
 だが、大尉たちが困難ながらも登山が可能だったのはシルヴィとサーベルタイガーのおかげだった。
 ゼネバス帝国製のサーベルタイガーは、性能的に後発機であるガイロス帝国製のセイバータイガーと外見は一緒でもカタログスペックは下回るはずだった。だが、シルヴィとサーベルタイガーの組み合わせはそんな事実を吹き飛ばすようだった。
 中隊のセイバータイガー以上に軽快な足回りで、シルヴィとサーベルタイガーは山麓を登っていった。
 大尉が出発前に聞いたところでは、サーベルタイガーは必要の無い、もしくは故障している兵装を外しているものの、内部機関には手を加えていないはずだった。
 彼女にとって慣れた山岳部を動いているという事を除いても、サーベルタイガーでセイバータイガーを上回る機動性を発揮できるシルヴィのゾイド乗りとしての腕は水準以上といえた。
 そのシルヴィのリードが無ければ登山行動は到底不可能だったろう。シルヴィはイグアンでも登頂可能な場所を選択し登っていった。時にはルートの偵察のために一人で行動する事もあったが、その場合は中隊だけで山麓に取り残される事になるのでとても不安だった。
 それだけこの登山活動にシルヴィが占める位置は大きかったのだ。

 だが、一つ問題があった。登山のペースが速すぎる気がしていた。すでに気圧の低下による障害が出ている兵もいた。まだそれほど重傷者はいないようだったが、大尉はこのままのペースで登山するのは危険な気がしていた。
 しかし大尉からペースの問題を切り出すわけにはいかなかった。天候を考えるとこのペースを崩すのは危険だったし、いま登頂を断念し村落に引き返せばさらに迷惑をかけることになる。そもそもあの村落の収容可能人口を考えれば、物理的にあれ以上滞在する事は不可能だった。

 今はシルヴィはルートの偵察にでていた。大尉はそれとなく障害の程度が一番ひどい兵を観察していた。その兵は乗機であるイグアンから這い出るようにして降りると、仲間の兵が作った生暖かいスープを無理をして飲み込んでいた。
 だが、大尉のみるかぎりではスープの大半はその兵の口からこぼれていた。
 やはりこの兵に登頂させることは不可能だろうか。そう大尉が考えているとデム軍曹がその兵に近づいていった。
「貴様はこれ以上登るのは無理だ。下山しろ」
 その兵はしばらく呆然とした目で軍曹をみつめていたが、急に立ち上がっていった。
「俺を置いていかないでください、軍曹。俺はまだ登れます。イグアンは前のゾイドについていくようにセットします。俺は一人でなんて嫌だ、みんなと一緒がいい。それで死んだってかまいません」
 軍曹はそれを聞くと大尉に向き直っていった。
「だそうですが、どうしますか」
 にやにやと笑う軍曹をみた大尉は呆れながらいった。軍曹が大尉の逡巡を感じてあんな事をいったのは間違いなかった。
「どうしようもない奴だな貴様は。・・・わかったシルヴィの次に私が付くから、全員操縦不能状態になったらツヴァイに追従できるように自動操縦モードをセットしておけ。いざとなったら動けないゾイドは引っ張り挙げてでもいくぞ」
 その大尉が言い終わると、中隊から歓声があがった。それを見ながら、大尉は何とかなるのではないかと考えていた。
 ちょうどその時、ルートの偵察から戻ってきたシルヴィは、その光景をみて目を丸くして驚く事になった。


 ベルガー大尉の考えは間違っていた。
 シルヴィのルート偵察はあれで最後だった。すでにルートを選択できるような高度ではなかった。
 山脈の向こう側へ縦断する為には、山脈を構成する一つの山岳の頂上に登頂する必要があった。現在の登山ルートだと険しい地形を回避し、勾配のできるだけ少ない場所は逆に頂上付近だった。下手に鞍部を通過しようとすると巨岩が乱立する地帯を突破しなければならなかったからだ。
 そして、数百メートルしか高度が違わない事からシルヴィはその山岳を登頂することに決めた。最後の休憩点から頂上付近までのルートは限られていた。というよりもは休憩点と頂上付近まではなだらかな斜面が広がっているだけだった。
 しかし、その斜面が中隊にとって難敵となったのだった。
 これまでの険しい地形からくらべると格段に登りやすいなだらかな地形は兵士達から緊張感を奪っていた。そして、緩やかな斜面は距離感を失わせていた。
 すでに気圧は平地と比べて危険なほど低下していた。そして、酸欠により判断力の低下した兵士達は士気を低下させていった
 最初に体調が悪くなった兵士は、すでに意識を失っていた。すでにその兵士の乗るイグアンは直前にセットした自動操縦プログラムにより前のゾイドに続いているだけだった。だが自動操縦プログラムはあくまでも補助用でしかないから平坦な地形でなければ使用することはできない。これはいいかえれば中隊が険しい地形を突破する事が困難になったということだった。

 ベルガー大尉自身も倦怠感や意識の低下を覚えていた。すでに周囲の現実感は消えうせ、単独で登頂しているような気がしていた。さらにはなぜ登頂するのか理由を見失った時もあった。悪い時には自分は故郷の我が家にある暖炉の前で寝ているような気もしていた。
 そんな風になるたびに現実に戻る事ができたのは、シルヴィとサーベルタイガーの後姿があったからだ。シルヴィは中隊の方を振り向く事も無くただペースを守って歩き続けていた。
 大尉はすでにシルヴィの後を追っていくことで必死だった。そして、それだけに集中する事で幻想を見ずにすむようになった。意識が低下しそうになった時はサーベルタイガーの後姿をみてシルヴィのことを思い出すと何故か元気が出てくるような気がした。
 だから、大尉はそのサーベルタイガーの姿が忽然と消えた時には驚いてしばらく周囲を見回していた。
 サーベルタイガーがすぐ下の斜面で立ち止まっているのを見つけたときには、安堵して倒れこみそうになった。その時になってようやく大尉は自分がこの山の頂上に立っていることに気が付いた。
 周囲数百キロ圏内で最も高い位置に大尉は立っているのだった。感動はしばらくしてからわきあがってきた。なによりも後は斜面を下るだけだという事が気を楽にしていた。
 現金なもので今まであれほど感じていた倦怠感も失せつつあった。

 大尉が感動に浸っているとシルヴィが話しかけてきた。
「いつまで隊長は頂上に突っ立っているんだ。早く降りてきたらどうだ」
 その声に顔を赤らめながら大尉は斜面を下りだした。その前に後に続く兵達に頂上への到達を伝えた。判断力の低下している兵達がどこまで理解したのかはわからないが、少なくとも大尉のように前のゾイドがいきなりいなくなったような気がして慌てる事は無いだろう。
「それにしても隊長たちはタフだな」
 シルヴィが何を言っているのかわからずに大尉は首をかしげた。山岳地帯に住むシルヴィから見れば大尉たちの体力などたいしたことは無いだろう。むしろ高地に適応しきれていないのだ。村落に一週間も滞在した事である程度は順応したはずだが、そこから一千メートル近く登るのには順応不足だと思った。
 だがその事を伝えるとシルヴィは困惑したようにいった。
「しかし隊長たちは一日でここまできたではないか、通常なら二日かけるルートなんだがな。正直に言えばわたしもここまで来た事は無いから正確な事はわからないが。だがこれも隊長たちがタフである証明といえるだろう?」
 平然というシルヴィに大尉は呆気にとられてしまった。通常なら二日だと・・・ならば自分達の苦労は何だったのだ。
「私はシルヴィがペースを落とさないからこういうものだとばかり思っていたよ。」
「何だって?わたしは隊長がいつペースダウンをいってくるかと思っていたんだが・・・わたしはただの案内人でありリーダーは隊長なのだから」
 それを聞きながら大尉は心のそこから笑みを浮かべた。ようするに二人ともリードしているのは相手だと思っていたわけだ。

 すでに中隊の全員が登頂を終え斜面を下りつつあった。意識を失っていた兵士も登頂する時は周囲の声で起き上がっていた。まだ南部方面軍と合流するまでの道のりは半分ほど残っていたが、もっとも危険な部分はすでに通過していた。
 中隊全体の士気も戻りつつあった。大尉は後方の兵達の隊列からそれを感じ取る事ができた。満足そうにうなずいて大尉は思った。無計画で混乱した縦断だったが、ここまでくれば成功したも同然だった。
 その時、急にシルヴィのサーベルタイガーが立ち止まった。
 あまりに急だったので大尉はツヴァイをサーベルタイガーに激突させそうになってしまった。
「急に立ち止まってどうしたんだ。」
 大尉の質問を無視するとシルヴィは一方的にいった。
「わたしの道案内もここまでだ。あとは道なりにいくだけだし、そもそもわたしはここまで来たことが無いからいてもいなくても同じだ」
 どことなく寂しそうな口調のシルヴィに、大尉は一瞬かける言葉がなかった。
「・・・わかった。ここまでの道案内を感謝する。村のみんなにもよろしく伝えておいてくれ・・・それでは元気で」
「隊長たちもな」
 思わず大尉はツヴァイのコクピットハッチを開けてシルヴィに向かって敬礼した。それを見た中隊の全員が敬礼をした。
 その光景に照れくさそうにシルヴィのサーベルタイガーは首を振ると、後を振り返ることなく今来た道を帰っていった。
 それからは中隊の全員が一言も口をきかなかった。

 大尉たちが南部方面軍と合流したのは次の日の早朝だった。


 中隊が最初に遭遇したのは、方面軍を編成する山岳師団の後衛部隊だった。そこではくたびれた様子の歩兵達によっていくつかの塹壕が守備されていた。
 歩兵達は最初は予想もつかない位置から現れた中隊のゾイドを警戒していたが、帝国軍製のゾイドで編成されているのに気が付くと明らかにほっとした様子で警戒を解いていた。
 ベルガー大尉はツヴァイから降りると塹壕の方へ歩いていった。塹壕まで辿り着く前に歩兵部隊からも何人かが出てきた。
「西方大陸派遣軍第五独立中隊、ベルガー大尉だ。方面軍司令部はどこか?」
 大尉の質問に彼らは首を傾げながら司令部の位置を説明した。どうやら司令部は近くの斜面の険しい地形の部分に空爆を避ける形で退避しているらしかった。合流するのなら今のうちにここを離れた方がよさそうだった。
 だが集まってきた彼らは大尉が礼を言っても誰も立ち去ろうとはしなかった。やがて彼らの中の一人が全員を代表する形で大尉に尋ねた。
「失礼ですが大尉殿はどこから脱出してきたのですか?山脈沿いにフェアリー平原に抜けるルートは確か閉鎖されていたはずですが」
 どこか不審気な表情の兵達は、大尉たちが山脈を越えてきたとは考えていないようだった。だが、別の兵士がふと気が付いたように言うと彼らの表情は一変した。
「ひょっとして大尉殿は共和国軍の包囲網を突破して最低鞍部を越えてきたのですか?」
 それを聞いて周囲の兵達が色めき立った。中には興奮した様子で大尉に詰め寄るものもいた。だが、大尉は冷静な目で彼らを見つめ返した。
「第五中隊は現地民の案内のもとでジオレイ山脈を越えてきた。だが、自分が見る限り方面軍レベルの大規模部隊で比較的安全に山脈を越えるルートは存在しない」
 明らかに落胆した様子の兵達を見ながら大尉は士気の低下を確信した。塹壕の中に入っている兵達もだらけきっていたし、周囲を警戒する様子も薄かった。後方警戒用にあまり練度の高くない部隊を配置していることを除いても、方面軍の士気は防衛線の後退と共にかなり低下しているようだった。

 結局、案内役の下士官を一人だけ歩兵部隊から借り出すと大尉たちはすぐに方面軍司令部へと向かった。
 方面軍司令部は空中偵察によって位置を特定されないために洞窟の連続する地形に点在しているらしい。また、巨岩が点在する地形は敵陸上部隊の進撃をも遅滞させることができるはずだった。だから地形に熟知した案内役がいなければ位置の特定は不可能だった。
 案内役の下士官は少し迷ったが、メイル少尉のエレファンダーに同乗させる事にした。ツヴァイのコクピットに二人が乗り込むのには無理があった。
 だが、中隊が司令部近くまで辿り着くと、そこに一人の将校が待っていた。

 その将校はツヴァイに近づくと手を招いた。戸惑ったままベルガー大尉はツヴァイから降りた。将校は大尉が近づくと、そのまま洞窟の一つに歩き出した。大尉はその様子を見て首を傾げた。どこかでその将校を見た気がするからだった。
 すると、急に将校が振り返っていった。
「参謀本部情報部三課のマッケナ少佐だ。貴公を待っていた」
 大尉は首を傾げながらマッケナ少佐に尋ねた。
「自分らが来ると何故わかったのですか。それに自分を待っていたとはどういう意味ですか」
 マッケナ少佐はそれに答えずに、薄く笑いながら歩き出した。ようするにそのうちわかるという事なのだろう。情報部の人間は言質を取られないように普段からああいう口調をするらしいから。そう解釈すると大尉はため息をつきながら洞窟の中に入っていった少佐を追いかけた。

 だが、大尉が少佐に続いて洞窟の中に設けられた一室に入ると、将官級の軍人が一斉に大尉をみつめた。その誰もが大尉に期待するような目線を向けていた。
 予想もしていなかった展開に大尉が驚いて立ち尽くしていると、マッケナ少佐が笑みを浮かべながら正面に座る将官に敬礼をした。
「独立第五中隊、エルンスト=ベルガー大尉を連れてきました」
 敬礼を受けた将官は同じように笑みを見せながら答礼した。どうやらその将官が方面軍司令官のようだった。
「ご苦労だった少佐。南部方面軍へようこそベルガー大尉、君を待っていたのだよ」
 後半は混乱する大尉に向けた言葉だった。混乱した様子の大尉に構うことなく司令部の情報将校が立ち上がると側面に設けられている大型のモニターに映し出されている戦況を説明した。
「方面軍の脱出作戦は、ベルガー大尉の第五中隊を中核とした特別編成の部隊によって最低鞍部の閉鎖を行なっている共和国軍の部隊を抑える事から始まります。最低鞍部の安全が確保する期間は最低でも5時間です。その間に最低鞍部を抜けて方面軍はジオレイ平野に脱出します」
 大尉は周囲の将校達を見回したが、彼らにとって情報参謀の説明はすでに既知のものであるようだった。ようするに大尉だけが蚊帳の外に置かれているわけだった。それにもかかわらず情報参謀の説明によれば大尉は聞いたこともない作戦の重要スタッフに加えられている。たまりかねて大尉がいった。
「失礼ですが司令部では中隊の戦力を過大視しているのではないですか?混成の一個中隊で方面軍が突破できないほどの守備隊を押さえ込むなど不可能です。」
 それを聞いて周囲の将兵は驚いたような顔を大尉に向けた。説明していた情報参謀がそれをうけてつぶやいた。
「おかしいなラティエフ少佐によればベルガー大尉にはすでに状況を説明しているとの事だったのだが・・・」
 それを聞いて大尉はため息をついた。どうやらまたラティエフ少佐が作戦を立てたらしい。そして自分はまた巻き込まれたというわけだ。
 だが、隣に座っていマッケナ少佐は、そんな大尉の方を振り向くといった。
「君には不運か幸運かわかりかねるが、ラティエフと付き合っていれば多少の事に驚いてはいかんぞ」
 どうやらマッケナ少佐はラティエフ少佐を知っているらしい。その時唐突に大尉はマッケナ少佐をどこで見たか思い出した。マッケナ少佐はニクシー基地が陥落する直前にラティエフ少佐の部屋から出てきた将校だった。


戻る 次へ
inserted by FC2 system