ZAC2101 ジオレイ山脈山岳戦:前編




 白一色の雪原の中で、その黒ずんだ色はとても目立った。その色に気が付いてベルガー大尉が顔をあげると、そこには折り重なるように固まっている死体がいくつか見えた。その周辺には、雪崩が起こった様な形跡があった。
 よく見ると、死体は腰の辺りにつけられたロープでお互いを結び付けていた。おそらく、登山を支援しあうためにお互いを結び付けていたのが災いして、誰かが雪崩に巻き込まれた時に結びつかれた全員が巻き込まれたのだろう。
 そして、雪崩に流された彼らは強固なロープのおかげで離されること無く、ここまで流されてきたのだろう。どのみち、雪崩の近くにいた時点で衝撃波でやられていたのではないだろうか。ここは生身の歩兵が登山するには危険すぎる場所だった。
 経験のある登山家であれば、装備さえ整っていれば恐れるような山ではないのだが、登山の経験も無く装備も十分でない兵隊が登るのは危険だった。

 ベルガー大尉は少し迷ったが、中隊を停止させると意を決してコクピットを開放しツヴァイから飛び降りた。すぐに身を切るような寒さが大尉を襲った。
 この寒さが、このジオレイ山脈を殺人的なものにしている原因の一つだった。山々の間が比較的近づいているために、平均して標高が高い事もジオレイ山脈の登頂を困難にしていた。
 だから、昔からジオレイ山脈越えは困難視されており、山脈の裾野に広がるジオレイ平野と山脈の反対側との人の流れは少なかった。ジオレイ山脈を越えていくのよりもは、山脈を回避して遠回りしていったほうが時間的にはむしろ短いほどだったからだ。
 だが、帝国軍の敗残兵たちにはここを越えるしか道は無かったのだ。
 十月にニクシー基地が陥落した後、西方大陸南部でも共和国軍の反抗作戦が行なわれたのだった。その主力は大半が共和国側の都市国家軍のものだったが、中央大陸からの移民が多かったそれらの都市国家軍の士気や装備は共和国正規軍と大差無いものだったし、帝国側の都市国家のなかからも離反し共和国軍につくものや、中立を宣言する国家が出てきた。
 一時は六個師団を持って編成されていた西方大陸派遣軍南部方面軍ではあったが、南部戦線が一段落した頃にニクシー基地防衛のために三個師団を引き抜かれていた。
 そもそも南部方面軍の任務は、重要な遺跡の守備と中小都市国家への威嚇にあったから、アイアンコング多数を配備する一個機甲師団を中核とした三個師団という戦力は十分なものであるはずだった。
 だが、隷下の三個師団を分散させ重要拠点の守備に当たらせていた南部方面軍は、共和国軍の反抗作戦に対し集結が遅れてしまい、初戦において壊滅的な損害を受けてしまったのだった。
 初戦で敗れた南部方面軍は、以後は遅滞戦術に全力を注ぎながら北方に向けて後退を続けていた。だが、ジオレイ平野において南部方面軍は途方にくれる事になった。
 ニクシー基地を陥落させた共和国軍部隊が南下し、ジオレイ平野を完全に閉鎖してしまったのである。南部方面軍は僅かな望みをかけてジオレイ山脈を越えるしかなかった。
 だが南部方面軍は、ジオレイ平野だけではなく一帯の地域全体を制圧した共和国軍によって行く手を防がれてしまいジオレイ山脈とフェアリー山脈に挟まれた地帯に押し込まれてしまったのだった。
 ジオレイ平野に入ってしまってからベルガー大尉はそのことを知り、困惑する事になった。その頃は、すでに共和国軍の重要警戒地区はジオレイ山脈とフェアリー山脈の間のフェアリー平原に移っており、ジオレイ平野の警備はむしろ薄いものだった。
 途方にくれていた大尉の下に南部方面軍への合流命令がラティエフ少佐から伝わったのは今から数日前だった。その命令に従い大尉たちはジオレイ山脈越えを行なっていた。

 数人で行なった死体の埋葬に、ベルガー大尉は積極的に加わった。別に将校が率先して行なう模範を見せたのではない。体を動かしていないと、この寒さが耐えられないだけだった。
 なかば雪に埋まっている死体を掘り出し、認識章を回収してから手頃なクレバスに放り込むと略式の埋葬は終わってしまった。
 うだるような暑さがあった西方大陸北部と違って、万年雪に覆われているジオレイ山脈では死者は、蛆虫に食われる事も、腐敗する事も無く生前の姿を保っていた。それが余計に埋葬作業を陰鬱なものにしていた。
 雪崩に巻き込まれてからも数秒は生き続けることができるから、死体は例外なく恐怖にゆがんだ表情をしていた。その顔を見ているとこちらまで恐怖にとらわれそうになった。

 ようやく作業を終わらせた大尉がツヴァイのコクピットに戻ると、熱源探知センサに反応があった。ツヴァイの頭部には、ジェノブレイカーと同じ高精度の複合センサーが搭載されていたから、他の機種よりも遠くで熱源を感知したようだった。
 だが、ツヴァイがそれを知らせるようなそぶりも見せなかったという事は少なくとも敵ではなさそうだった。
 ベルガー大尉は中隊に警戒を指示しながら、センシングを続行した。まだ、熱源探知センサでは詳細な情報を得られるほどの距離ではなかった。
 しかし、この雪原では、熱源探知センサは有効なセンサだった。錯綜した地形が続くこの地帯ではレーダーがそれほど役に立たないし、この氷点下で熱源を隠し通すのは難しかったからだ。


 熱源探知センサから得られる情報が次第に精度を高めていくと、ツヴァイはそれがセイバータイガーであると判断した。
 だが、ベルガー大尉にとっては判断に迷う状況だった。敵味方識別信号に反応が無かったから、味方であると確信がもてないのだ。しかも信号が帰らないからといって敵と判断できる状況ではなかった。
 この過酷な環境下では信号の送受信機が故障することなど珍しくもないし、大尉達の正体を図りかねているのかもしれない。
 しかし、敵の欺瞞工作である可能性は捨てきれない。さらにいえば、敵であれ味方であれセイバータイガーが単機で行動しているのは相当奇妙な事だった。ようするに何もわからないのとそう変わりは無かった。

 そんな大尉たちの思惑など気にしていないように、そのセイバータイガーは肉眼で確認できる距離になっても悠然と歩いていた。それは、まるで大尉たちの存在が目に入っていないかのようだった。
 大尉がセイバータイガーが野良ゾイドである可能性を考え始めた頃になって、ようやくセイバータイガーに通信を入れた。
 だが、帝國軍で使用される周波数での呼びかけには全く反応しなかった。ためしに共和国軍の通信帯や両国での共通通信帯でも呼びかけたがセイバータイガーに反応は見えなかった。
 まるで中隊が存在しないかのように振舞っているセイバータイガーを見て、大尉は首をかしげた。
 セイバータイガーは、雪崩の跡を確認すると、そこで立ち止まり、ツヴァイの方をみつめた。その時ツヴァイの通信機に反応があった。
 大尉は素早く通信機を操作した。向こうから呼びかけのあった通信帯は民間用として使用されているものだった。
 その時になってようやく大尉はセイバータイガーが個人所有の民間機であることに気が付いた。おそらく、あれはガイロス帝國軍で現在使用されているセイバータイガーではなくて、ゼネバス帝国純正のサーベルタイガーなのだろう。

 中央大陸や暗黒大陸では大型ゾイドを個人所有するケースは少なかったが、ここ西方大陸では大きな国家が無いから、大型機を個人所有するのが容易なのだろう。そもそも、この雪山を自在に動き回るためにはある程度の大型機で無ければ難しいはずだ。
 それでも、大尉が個人所有の可能性を考えていなかったのは、大型ゾイドのコストを考えたからだ。大型機ほど初期費用もかかるし、維持費用も馬鹿にできない。だがこの雪原では小型機多数を運用するよりも大型機を少数機運用する方がコストパフォーマンスが良いのだろう。

「あなた達は誰だ」
 ようやく通信機の周波数帯を固定した大尉の耳にくぐもったような声が聞こえてきた。マスクをして声を出しているような感じだったが、これだけ近距離なのに電波が弱いせいかもしれない。
 別に電波管制をしているわけではないから、相手の通信機は相当な旧型か整備不良でもあるのだろう。個人所有のゾイドならそれほど珍しい事ではない。
「自分はガイロス帝国陸軍大尉、エルンスト=ベルガー
 貴公の所属を明らかにしていただきたい」
 自軍以外の相手との接触時の規則どおりの通信を返した大尉に、相手は戸惑ったように沈黙した。
「わたしは・・・この近くの村落のものだ、雪崩があったようなので確認しにきたんだ」
 大尉はかすかにため息をつくと緊張をといた。この辺りの村落は比較的帝国に同情的だという噂を聞いた事があった。ならばこちら側の対応次第で情報を聞き出せるかもしれなかった。
 中隊に警戒姿勢をとくように命じると、大尉はサーベルタイガーに向き直った。
「いくつか聞きたい事がある、この山脈地帯に関することだ」
 質問しながら、大尉はサーベルタイガーから緊張感が抜け落ちつつある事を感じた。
「答えられる範囲でできる限りのことは教えよう」
 礼を言いながら大尉はいった。まず山脈の向こう側に布陣しているはずの南部方面軍の状況、次に最近山脈を横断していった部隊の存在、そして最後に共和国軍の布陣を質問した。
 大尉は質問しながらも、別に返答はそれほど期待していなかった。村落内でほとんど自給自足の生活をしているであろう彼らが、それほど外部に好奇心を抱くことは少ないと思ったからだ。実際に、大尉がこれまで遭遇してきた小規模な山岳民族のなかには帝国と共和国の開戦自体を知らないものもいた。ひょっとすると両国の存在そのものを知らないものもいるかもしれない。
 だが、返答は意外なものだった。
「最初に、山脈地帯の向こう側に布陣している部隊の状況だが、正確な事はわからない。けれど、残存する兵力は実質上三分の一にまで減っていると聞いている。
 二つ目だが、ここ一ヶ月の間に横断した部隊はすべて共和国軍に阻止されている。
 第三に・・・」
 相手は口ごもっていたが、大尉は彼らの状況判断能力に感心していた。この辺りに大規模な山岳民族がいるという話は聞いていなかった。だから、彼らは少数民族でしかないはずだ。それなのにここまで情報を入手しそれを判断できるというのは相当な事だった。
「何でもいい、情報の信憑性も問わないから何かあるのなら教えて欲しい」
 大尉は口ごもっている相手をうながすつもりでそういったのだが、相手はそう取らなかったのか怒ったような口調でいった。
「それはわたしの情報を信用してはいないということか?」
「そうではない・・・ただ、我々には情報が不足しているから些細な事でも知りたい。生の情報でもかまわないし、噂話程度の情報でも今の我々には重要なのだという事を理解してもらいたい」
 慌てて大尉がそういうと、ようやく相手は落ち着いた声で答えた。
「あなたがたは最低鞍部点の回廊を通って稜線越えをするつもりではないか?」
 大尉は相手の言いたいことが理解できないまま、首を傾げながら肯定した。
 ジオレイ山脈は、最低鞍部でも標高3000メートルもある。その最低鞍部も例外的な地点であり、平均すれば6000メートルを超えるとまでいわれている稜線部を安全に突破するには、最低鞍部に存在する回廊を通る以外に方法は無かった。そうしなければ、高度に順応するまでに兵員を失うか、雪崩に巻き込まれてしまうだろう。

 そこまで考えて、大尉は急に雪崩に巻き込まれた死体のことを思い出した。最低鞍部で雪崩が起きるのは極めてまれな事だったから、普通に考えれば彼らはわざわざ危険なルートを登頂していた事になる。
「最低鞍部一帯は有力な共和国軍によって包囲されている。だからそこを通って山脈の向こう側へ行く事は不可能だ」
 唐突ともいえる相手の答えに大尉は眉をしかめた。それが本当なら彼らは動きを封じられたのも同然だった。しばらく考えてから大尉はいった。
「わかった。情報の提供に感謝する」
 そういうと、大尉は中隊に命令して行軍態勢を整えた。
「どうするつもりだ?」
 心配そうな相手の声に、大尉は明るい声になるように心がけていった。
「少しでも低い場所を探してみる。向こう側に行かない事にはどうしようもないから」
 しばらく相手は黙っていたが、大尉たちが動き出す頃になってようやく声を出していった。
「わたしに付いて来てくれ。長老なら向こう側へ行く方法を考えてくれるかもしれない」
 大尉は戸惑ったような目でサーベルタイガーを見た。一瞬罠の可能性も考えたが、すぐにその考えを捨てた。彼らの情報の収集能力と判断能力は信頼できるものだった。ならば、彼らにかけてみるのもいいかもしれない。そう大尉は考え始めていた。


 案内された村落は、大尉が想像していたように少数山岳民族だけが暮らしているところだった。
 コマンドゾイドクラスの超小型ゾイドにに混じって中型ゾイドが置かれている倉庫を除けば、村落の中にあるのは掘っ立て小屋と大して変わらないような家々ばかりだった。だが、山岳民族の居住地らしく山岳地帯で採取できる資材だけでうまく組み立てており、防寒性も高そうだった。むしろ防寒性よりも断熱性を高め、熱エネルギーを極限まで外部へ逃がさないようなつくりになっているのだろう。
 ベルガー大尉が見る分には、その建築様式は温暖な西方大陸よりも北方に位置する暗黒大陸の様式に近い気がしていた。そういえば、村落全体の雰囲気もどこと無く暗黒大陸辺境と似ているような気がした。
 ふと我に帰ると、ゾイドから降りてからここまで案内してくれた愛想のいい若者が、周囲の家よりも一回り大きな建物の前でこちらを振り返っていた。おそらくそこが長老の家なのだろう。建物の入り口を開いて、中に入るように若者が手で示した。
 大尉はその若者に短く礼を言うと、メイル少尉とデム軍曹だけをともなって建物の中に入った。

 建物の中に入ると、最初に広い部屋があった。村落の全員が入る事は不可能だろうが男連中だけなら全員が集まれるのではないだろうか。そこまで考えて、大尉はこの建物が単に長老の家というわけでは無い事に気が付いた。おそらくこの建物は、村落の集合場所や広場のような役割も持っているのだろう。そう考えると、長老が家屋として使用するスペースはかなり手狭になっているのだろう。
 大尉たち三人がその部屋できょろきょろと周囲を見回していると、別の入り口が開いて分厚い防寒服を着込んだ少女が入ってきた。十代後半らしいその少女は、用も無く突っ立っているだけの三人を見て驚いたような顔をしていった。
「こんなところで何をしているんだ?長老に会わないつもりなのか」
 大尉はどこかで少女の声を聞いた事があるような気がしていた。それで困惑し大尉が口ごもっていると、少女は素早く防寒服を壁のフックに吊るし、奥の扉を開けて三人を手招きした。
 三人を先に部屋に入らせると、少女も部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。その部屋は足の踏み場も無いほど乱雑に物が転がっていた。大尉は転がっているものの中にゾイドのパーツが大量に含まれている事に気が付いた。それから、部屋の奥の方には一人の男がこちらに背を向けて座っていた。何かの作業をしているらしい男に、大尉たちが声をかけられないでいると、急に男が振り返った。
「ようこそわが村へ、帝國軍のみなさん。ま、ゆっくりしていってください。」
 その中年でそれといった特徴の無い男が長老らしかった。長老は、そこで三人の他に少女が後にいることに気が付いたかのようにいった。
「何だシルヴィも来ていたのか、雪崩のことは後で端末にデータを入れておいてくれればいい」
 長老の言葉に少女は首を振って言った。
「そうではなくて、この彼らは山脈を越えたいのだそうだが、長老なら方法を知らないですか?」
 大尉はその時になってようやくその少女、シルヴィがサーベルタイガーの搭乗員である事に気が付いた。通信の声は雑音でよく聞き取れなかったから今まで気が付かなかったのだろう。
「君があのサーベルタイガーを動かしていたのか・・・」
 大尉がそういうと、シルヴィは眉をひそめていった。
「そうだが、今まで気が付いていなかったのか。そんなに驚く事かな」
 怒ったような顔をするシルヴィに大尉はどぎまぎしながら口ごもった。正直にいえばサーベルタイガーの無駄の無い動きからかなりのベテランが搭乗員だと考えていたから、目の前の少女が搭乗員だといわれても急には信じられなかった。
 大尉が困った顔をするのを見て、大尉とシルヴィを除く三人が笑い出した。それで大尉はさらに困惑した顔になり、シルヴィはふくれっ面になった。
「その辺でいいでしょう。シルヴィはこの村の中でも一番のゾイド乗りですよ。何といっても赤ん坊の頃からゾイドに触れているんですから。あのサーベルタイガーもシルヴィの専用機のようなものですよ」
 そう長老が言うと、ようやくシルヴィは機嫌を直したようだった。
「さてと、山脈越えの話だったな。結論からいうと今は山脈を越えるのは自殺行為だ」
 大尉たちやシルヴィが何か言おうとするのを手で制して長老はいった。
「今は、といわなかったかな。この時期で唯一山脈を越えるルートである鞍部は共和国軍によって閉鎖されている。だが、一週間もすれば頂上付近の天気も好転するはずだ」
 シルヴィが長老の言葉をひきとっていった。
「それなら一週間ぐらいここにいればいいんだ。一週間後にはわたしが道案内する」
 長老はそれにうなずいた。だが、大尉は疑問に思っていった。
「この村の収容人員はそれほど大きくないのではないか。我々のような余剰人員が一週間もすごしたのではそちらに迷惑がかかるのではないかな」
「もちろんただでというわけではないですよ。あなた方は大型のゾイドが中心のようですから、いくつか力仕事を手伝ってもらいたいですね。具体的に言えば、村の北側にある防風壁の建設を手伝っていただきたいのですが」
 そこへ、今まで黙っていたデム軍曹が口をはさんだ。
「それくらいなら良いんじゃないですかね。大尉殿、ここは長老さんにお世話になりましょうや」
 メイル少尉も軍曹の言葉にうなずいていた。大尉はため息をつくといった。
「わかりました。そういうことならしばらくご厄介になります」
 大尉がそういうと、シルヴィが嬉しそうに村の案内を買って出た。
「あと、隊長たちが泊まる場所を探さなくちゃいけないな」
「私は長老と話したい事があるから、メイル少尉は中隊のみんなに話しておいてくれ」
 そういって大尉は、シルヴィを先頭にして二人を外に出した。

 長老と二人きりになると、大尉は気になっている事を切り出した。
「一つだけ聞きたい事があります。なぜ我々にそこまで親切にしてくれるのですか?」
 長老は困ったような顔をしていった。
「なぜといわれましても困りましたね・・・条件として土木工事を頼んだだけでは不満ですか」
 大尉はため息をついた。この長老はすべてわかっていて、あえてとぼけているようだった。
「私は共和国ににらまれる事は無いかといっているのですが・・・我々を援助した事が共和国軍に知れれば、この村は間違いなく弾圧されてしまいます。迷惑がかかるようでしたら我々は村を出て行きます」
 しばし無言で二人はにらみあった。その雰囲気を崩したのは長老の長いため息だった。
「そこまで言うのならお話せざるを得ませんな。この村はゼネバス帝国の末裔達が作った村なのです」
 大尉は突然の長老の言葉に驚いていた。ここで50年前に滅んだゼネバス帝国の名が出てくるとは思わなかったからだ。
「ガイロス帝国とヘリック共和国、両国をゼネバス人の多くが憎んでいます。だが、この山脈の向こう側に陣取っているガイロス軍の大半は我々の同胞たるゼネバス人です。それにあなたの部下も大半がゼネバス人だ。違いますか」
「いえ・・・私の部下はほとんどがニクシー基地で残存を命令されたゼネバス人です。しかし・・・あなた方はその血ゆえに我々を支援してくれるというのですか」
 困惑した顔で言う大尉に、長老は毅然とした表情でいった。
「覚えておいてください。故郷を追われ、隠れるように生活する我々ゼネバス人にとって民族とはそれだけ重要なものなのです」

 大尉が長老の家から出てくると、防寒服を着て寒そうにしているシルヴィが一人で待っていた。
「遅いぞ隊長。長老と何を話していたんだ」
 いつの間にか隊長と呼ばれるようになっていたが、シルヴィにとってはそれが自然であるようなので、大尉は別に文句は言わない事にした。
「たいした話じゃないさ。それより君はどうしたんだ。メイル少尉たちと一緒じゃなかったのか」
「わたしは君という名前じゃない。シルヴィだ。長老がそういったのを聞いていなかったのか」
 不機嫌そうな顔でシルヴィがそういった。大尉はそれを見てわらった。とたんにさらに不機嫌になるシルヴィにいった。
「すまない、シルヴィ。別にからかっているわけじゃない。それでメイル少尉は」
「子供達に案内を任せた」
 まだ不機嫌らしく、シルヴィは言葉短めに言うと歩き出した。大尉はそれについていきながら思った。シルヴィはまるで子供のようでもあり、大人びたところもある、見ているだけで面白い存在だった。少なくとも、シルヴィと接する時は民族という難しい問題を考える必要はなさそうだった。
 長老と話していた間に暗い気持ちになっていたベルガー大尉にとってその事がなぜかとてもうれしかった。


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