ZAC2100 ニクシー撤退戦:後編




 ベルガー中尉たちは、ニザム高地をひたすら南下していった。
 ニクシー基地の陥落からすでに二週間が過ぎていた。あの後、奮闘の末にニクシー基地を脱出した中尉たちは、このニザム高地を抜けて西方大陸南部へと向かっていた。
 南部にある都市国家のガイガロスでは、いまだガイロス帝国軍の残党、もしくはガイロス派国家の軍隊が抵抗を続けていると聞いたからだ。
 だが、中尉たちがそこまで辿り着ける可能性は低かった。すでに食料の備蓄も二週間を切っていたし、ガイガロスまでの長い道のりの間には、多数の共和国軍が展開しているだろう。
 すでに中尉たちのゾイドに損害の無いものは無かった。メイル少尉のエレファンダーはどうにか動いているというレベルでしかないし、ベルガー中尉のツヴァイもすでに肩のアームは両方とも脱落し、背部のブースターの出力も半分程度にまで落ちていた。
 それでも中尉たちに悲壮感は無かった。すでに、中尉たちは追撃する共和国軍にかなりの損害を与える事に成功していた。追撃部隊は、戦闘の度に撃退された。中尉たちの損害も無視できるものではなかったが、それに倍する損害を追撃部隊に与え続けられていることは士気の高揚を招いていた。
 意外な事に、小規模な戦闘に勝ち続けることで、中尉たちには敗軍という感覚が無くなっていた。

 偵察に出していたセイバータイガーとヘルキャットが帰還した事でにわかに中尉たちの部隊は活気付いていた。
 だが偵察隊の報告は彼らを困惑させるものだった。
 偵察隊は、本隊より前進し、放棄された帝国軍の基地を偵察していた。
 ニザム高地の中心地にあるその基地は、西方大陸北部と南部を繋ぐルートの中継地として建設されていた。さほど大規模な基地ではなかったが、いまだ食料等が備蓄されている可能性は高かった。
 しかし偵察隊によれば、ニクシー基地防衛戦の発動と同時に放棄されたはずのその基地にホエールカイザーが一機着陸していたらしい。
 中尉が困惑していたのは短い間だった。どのみち食料を確保しなければこれ以上先に進むのは危険だった。出来うる限りの補給を今のうちにしておきたい。
 正体不明のホエールカイザーのことが気にかかっていたものの、それは中尉の判断を左右するほどの材料ではなかった。

 中尉は、基地の滑走路にホエールカイザーが着陸しているのを確認しても、無造作に近づいていくだけに見えた。だが、デム軍曹はツヴァイが臨戦態勢に入っている事に気が付いた。軍曹が乗るセイバータイガーもツヴァイの雰囲気にのまれるように緊張していくのを感じていた。
 だが、滑走路のホエールカイザーから数人がこちらに歩いてくるのを見た中尉から緊張感が抜けていった。それを感じたツヴァイも警戒感を急速に薄れさせていった。
 軍曹は、首を傾げながら近づいてくる一団を見た。ひょっとするとベルガー中尉の知り合いなのかもしれない。ふと気が付くと、一団から離れた一人が軍曹の方に寄ってきていた。すぐに通信が入る。
「特設大隊、クラウス伍長です。格納庫に移動願います」
 中尉と同じ所属をいったその伍長の指示に従って、軍曹は格納庫へとセイバータイガーを動かしていた。格納庫は、すでに整備部隊が陣取っておりゾイドの整備がすぐに始まった。
 いつの間にこれだけの部隊が現れたのだろうか。軍曹達は不思議そうな顔をして格納庫につっ立っていた。

 ベルガー中尉は近づいてくる男、ラティエフ少佐を見ていた。
 ツヴァイと長い間接触を続けてきた中尉には、何故か少佐への不信感が植えつけられていた。
「中尉、ご苦労だった。今、君の部隊のゾイドに整備を行なわせている。何か必要なものはあるか」
 そういつものように淡々と聞いてくる少佐に中尉はかえした。
「食料と寝具等の物資、それと怪我人の後送を」
 中尉は、いいながらホエールカイザーから移動させられている巨大な物体を見て眉をしかめた。それは、盾のような物が本体の左右に張り出しており、大きさは中型ゾイド以上だった。
 怪訝そうな中尉の目線に気が付いた少佐が答えた。
「あれはジェノブレイカー用のスラスターパックだ。撤退するどさくさに紛れて開発局からかっぱらって来た。ツヴァイのブースターはもう使えんのだろう。どうせだからツヴァイをジェノブレイカー仕様に完全改装する」
 そういうと少佐は、にやりと笑った。それを見て、中尉はようやく緊張が抜け落ちていくのを感じた。

 それから一週間はゾイドの整備と、怪我人の手当て、そしてツヴァイのジェノブレイカーへの改装が行なわれた。
 怪我人の移送は何とか行なえるようだったが、部隊の全員を輸送する事は出来なかった。
 撤退の混乱に紛れて少佐たちが調達できたホエールカイザーは一機しかなかったからだ。その分、ゾイドの交換部品などは潤沢に調達できたから、中尉たちのゾイドの整備は念入りに行なわれ、一部のゾイドはツヴァイの改装に加わらない整備員の手によって小規模な改造まで行なわれていた。
 その間、メイル少尉やデム軍曹はつかの間の休息を取っていた。
 出発する日、ベルガー中尉と士官、下士官全員が少佐に呼び出された。少佐は全員がそろっている事をマイヤー曹長に確認させると、中尉にいった。
「西方大陸派遣軍総司令部からの命令を伝える。ベルガー中尉は大尉に昇進、同時にニクシー基地防衛隊からの残余を指揮し、これを第五独立中隊と呼称する。」
 少佐と曹長以外は驚いた目で少佐を見つめた。敗残兵に過ぎない彼らに独立した部隊としての体裁が整えられるはずも無かったからだ。だが、中尉だけは平然とした顔をしていた。おそらくこれもラティエフ少佐の家の力によるものなのだろう。
 そんな彼らの様子に頓着することなく少佐は続けた。
「続いてメイル少尉は中隊長補佐兼第二小隊長としてベルガー大尉を補佐する事、デム軍曹は第三小隊長に命ずる。以上だ」
 驚く部下達を尻目に、ベルガー中尉は少佐に中隊の作戦目的を尋ねた。
 一瞬、眉をしかめながら少佐は答えた。
「中隊の作戦目的は、西方大陸南部に残存している帝国軍との合流、およびこれの西方大陸からの脱出支援」
 室内を驚きの声が満たした。だが、彼らの胸のうちにはすでに闘志がみなぎっていた。彼らの表情がそれを物語っていた。
 一人、また一人と自分のゾイドに戻っていく中隊員に混じってツヴァイに向かおうとしていたベルガー中尉を少佐が呼び止めた。
「ベルガー大尉、これを持って行ってくれ。それと・・・」
 一枚の記録用ディスクを渡すと、少佐は言いよどんだ。ベルガー中尉が無言でみつめていると寂しげな表情でいった。
「ツヴァイを頼む、必ず君達を迎えに来る」
 そこに少佐の強い意思を感じ取った中尉は、無言で敬礼した。


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