ZAC2099 レッドラスト前哨戦




 状況は絶望的だった。なすすべは何も無いように思えた。

 ベルガー少尉は、暗然たる思いで数分前まで中隊長機だったレッドホーンを見上げた。
 少尉の所属するガイロス帝國軍第三装甲擲弾兵師団「グロースガイロスラント」の第三連隊第二大隊第五中隊は、レッドホーン一機とゲーター二機、イグアン七機からなる第一小隊とイグアンとモルガ各十機からなる第二、第三小隊で構成されていた。
 しかし、つい数分前の戦闘でゾイド30機を数えていた中隊はその数を三分のニにまで減少させていた。
 襲撃してきた部隊がシールドライガーとコマンドウルフの混成部隊である事をベルガー少尉が確認する前にすでに中隊長機のレッドホーンはコクピットを撃ち貫かれていた。
 ヘリック共和国軍の襲撃は入念に計画されていたものに思えた。
 今月に開戦した西方大陸戦争緒戦において帝國軍は共和国軍に対し、その三倍の戦力を何よりの武器として快進撃を続けていた。
 それに対して共和国軍は虎の子の機動師団を後方撹乱に投入してきたに間違いなかった。

 ベルガー少尉達、第五中隊は快進撃を続けるガイロス帝國軍の第二陣の先行部隊に位置していた。敵拠点を撃破し、共和国軍を追撃する第一陣の予備兵力となると共に残存勢力の掃討にあたる筈だった。
 第五中隊は連隊から分派されてオアシスとそれに付随する村落の確保に向かっていた。
 その村落は小規模ではあったが、この砂漠地帯を旅してしばし訪れる行商人や旅人達に対して供給できるだけの食料などを生産していた。そのため確保すべき拠点の一つになっていた。
 第五中隊にはその為に歩兵輸送用のモルガ一個小隊が所属し、約五十人の歩兵部隊がいた。

 ベルガー少尉はその第五中隊を指揮していたレッドホーンを見上げてため息をついた。そこに中隊の先任軍曹が近づいてきた。
「少尉殿、点呼終わりました」
「何人生き残っている?」
 少尉と同じように暗い表情の軍曹を見ればある程度予想は出来た。
 しかし聞かないわけにはいかなかった。隊付き士官となって数ヶ月しかない少尉が今では第五中隊の最高階級指揮官だった。
 共和国軍の攻撃は各部隊の隊長を狙っていたからだった。
 中隊長補佐として第一小隊のイグアンに乗り込んでいた少尉だけが士官の中の生き残りだった。
「中隊全体では戦死者は少ないです。これは第三小隊の戦死者が比較的少なかった為です。もっとも戦力的には半減と言ったところでしょうか。歩兵が生き残っても対ゾイド戦でそれほど役に立つ訳もないですからね」
 軍曹の視線もレッドホーンに注がれていた。
「レッドホーンはどうしますか。損傷したのはコクピットだけですから後方へ輸送すれば修理は容易なのではありませんか」
「さっきの通信では回収機は来ないから爆破しろと言っていた」
「しかしレッドホーンがなくなってしまうと中隊の戦力はがた落ちですよ」
「いや、現在使用できないのでは戦力として意味はない。連隊自体はまだ進撃を続けるつもりらしい。そんなわけで、中隊長を失ったとしても我が中隊は村落を占拠しなければならないから、動かせない機体は放置していくしかない」

 少尉にしてもこの説明にそれほど正統性がないのはわかっていた。回収機さえいればレッドホーンは回収できた。コクピット周りの修復だけならば軍曹の言うとおりに簡単に修理できるはずだった。
 しかしその回収機が存在しなかった。回収部隊は、そのほとんどが第一陣の部隊に回された。そもそも第二陣そのものが一種の回収部隊とみなされていた。高速機動部隊による撹乱によって後方の部隊が損害を受けることを考慮していなかったと言ってもよかった。三倍の兵力差があれば戦線後方への侵入を許す事はないと考えられていたからだ。
 少尉は、そのような考えを無謀と考えていた。回収部隊の有無だけではなく、ガイロス帝國全体の急速な軍備拡張が後方支援部隊の増員をさほど考えていない様に思えたからだった。実際開戦直前になって急造された師団の中には支援部隊の多くを軍団レベルに依存している部隊もあった。帝國の作戦指導そのものが短期決戦にあったからだ。
 補給などの点で不備が出る前に共和国軍を一気に叩き潰すつもりなのだ。
 短期決戦そのものには少尉も納得するものがあったが、長期戦になった時はどうするつもりなのか疑問だった。

「しかし我々を襲撃した部隊は今度は本隊を襲撃するのではないですか」
 軍曹の突然の質疑に少尉は驚愕した。
「何故だ。襲撃してきた部隊は小隊か大きくとも増強中隊規模だった筈だ。連隊を襲撃するにはやや戦力不足なのではないか。襲撃するはずだったとしても連隊の規模を見れば襲撃を諦める筈だ」
 少尉は言葉を続けながらも自分の言葉自体を疑い始めていた。意表を突くのが高速機動部隊の取るべき作戦のはずだった。
 しかし軍曹の言葉は少尉の考えていた以上のことだった。
「我々を襲撃した部隊が襲撃部隊の全てだったとは思えません。むしろ我々の部隊のような分派部隊だったと考えるのが自然だと思います。」
 ベルガー少尉は絶句して軍曹の顔を見つめていた。



 連隊本部管理中隊との通信が途絶えた事が軍曹の仮説に確証を与えた様に思えた。

 本部管理中隊の通信隊には通信機能を強化したゲーターが配備されていたからだ。
 そのゲーターの定時連絡を捉えられなかった事が本隊に何らかの異常事態が生じている証拠である事は間違いなかった。

「やはり本隊は壊滅的な被害を受けたと考えるべきだと思います。」
 ベルガー少尉はその軍曹の言葉に煮えきれないものを感じていた。
「しかし本隊が壊滅したという証拠はないのではないか?無線封鎖を行っているだけかもしれない」
 しかし軍曹は強引とも言える論説で話し出した。
「しかし無線封鎖がこう長く続いている状況と言うのは考えづらいです。それに共和国軍には探知機能を強化したコマンドウルフが存在すると言う話を聞いた事があります。」
 一瞬考えてからベルガー少尉は思い出していた。
「コマンドウルフのサーチ形か?あれはゴルドスの鈍重な所を補う為のものだったな。」
「そうです。その機体の存在から考えると共和国軍は本隊の位置やある程度の規模も掴んでいる筈です。」
 少尉には軍曹の話が飛躍している様に思えた。レーダー搭載形のコマンドウルフの存在が即座に本隊の露見とはならないはずだ。しかしその事を軍曹に告げると軍曹の表情は一変した。
「少尉、一度この周辺の地形を思い出してください」
 そう言うと軍曹は破損したレッドホーンの上に乗って高い視界を得ようとした。少尉もあわててそれに続いた。
「見てください、共和国軍が襲ってきた場所は周囲と比べて高いでしょう。」
 軍曹の言ったとおりに敵の高速部隊が出現した方向は周囲と比べて小高い丘になっていた。
「ああ、確かに高いな。でもそれがどうしたと言うのだ。」
「共和国軍の分派部隊はレーダーを装備した索敵部隊に違いありません。それで索敵が終了した時に接近してきた我が中隊を撃破し、本隊と合流したのではないでしょうか。」
 少尉はようやく軍曹の言わんとする事の一端を理解した。
 しかし軍曹はそれだけではない様だった。
「少尉我々は単独で攻撃を仕掛けるべきです。」
「何だって」
 少尉は急には軍曹の言う事を理解できなかった。帝國軍においては独断先行なるものは極力排除する方向にあったからだ。
「しかし・・・本隊が壊滅したのであればなおのこと本隊との合流を優先すべきではないのか。」
 懐疑的な表情が表に出ていたのか軍曹の表情が強ばった。
「それではせっかくのチャンスを無駄にします。おそらく共和国軍はもう一度この地点に来て索敵を繰り返すはずです。」
「その根拠はあるのか」
 さらに懐疑的な声音で少尉が訊ねた。
「あります。先程、地図を確認したのですが周囲でこれだけ索敵に適した地形はありませんし、村落が近いので補給も容易です。」
 しかし少尉はそれだけではない気がしていた。軍曹がこれだけ強硬に攻撃を主張するのには何か他の理由があるのではないかと考えていた。
「しかし・・・私としては残った兵力を維持する事を優先したい」
「何を言っているのですか少尉。今攻撃を逃せば二度と共和国軍の高速部隊を捉える事が出来ないかもしれないのですよ。それに死んでいった者も浮かばれません。」
 要するに軍曹はただやられたのでは癪だから敵に何かしらの反撃をしたいのだろう。少尉はそれを理解するといささか白けた。
「これだけの戦力では出来ることは限られている。それに大型機もない状況では戦果は期待できない。火力の不足は深刻だからだ。」
 冷めた口調でそう少尉が言うと軍曹は不思議そうな顔をした。
「大型機ならあるではないですか。」
 不思議に思って少尉が軍曹を見返すと、軍曹は足の下を指差した。
「このレッドホーンは損害が激しい様に見えますが応急修理さえすれば武装の管制は可能です。」
 驚愕した表情で少尉はレッドホーンを再び見つめた。
 少尉は破損機を敵の回収を防ぐ為に爆破する事だけを考えていた。
 しかし軍曹は待ち伏せての攻撃を考えていた為に、レッドホーンを固定砲台として使用しようと考えていたから、破損機の回収などを考えてはいなかったのだ。
「敵の索敵部隊は先程と同じ部隊ならば一個小隊強です。この程度の戦力ならば待ち伏せさえ出来れば現有の火力でも撃破は可能であります」
 少尉は周囲の兵達を眺めて彼らがまだ戦意を失っていないのを見て取った。
 士官が兵達の後塵を拝して良いはずもない。
「わかった。それなら攻撃準備だ」
 先程と違って吹っ切れた表情を見せた少尉はきびきびと命令を出し始めた。
「中隊単独で攻撃を仕掛ける。レッドホーンは偵察ビークルから全火器を操作出来るようにしてくれ。私が乗り込む。」
「了解しました。では歩兵部隊をモルガから出して作業に当たらせます」
 ベルガー少尉は、戦意を失ってはいない兵達が動き出すのを見ながら、勝利の予感を感じていた。



 共和国軍はベルガー少尉が思っていたよりも遅い時間に発見された。

 高速機動部隊であろう、シールドライガーを基幹とした部隊が発見されたのは次の日の日が昇る頃だった。
 少尉は、砂漠の中に体躯を半分沈め、二重に砂漠仕様の迷彩ネットを被せられたレッドホーンの偵察用ビークルのキャノピーから共和国軍部隊を観察していた。
 レッドホーンはモルガによって開削された穴に入り込ませてあり、武装は全て使用可能なようにしてあった。
 コクピットだけは修復不能であった為、火器管制はすべて背中に装備されている偵察用ビークルからおこなう様にシステムを書き換えていた。また尾部対空砲の操作員も下ろし、今はモルガ部隊の歩兵と一緒に対ゾイドミサイルを構えているはずだった。

 共和国軍の部隊は少尉が思っていたよりも少なかった。
 一瞥しただけでは隊長機らしいシールドライガーが一機にコマンドウルフが五,六機と言う所だろうか。大型のレドームを背中に載せたコマンドウルフも二機確認できたから実質上の戦力はもう少し下回るだろう。
 レドームを搭載したせいでサーチ形のコマンドウルフは背中のニ連ビーム砲を装備していなかったからだ。
 少尉はその共和国部隊を目にして違和感を覚えていた。何か奇妙な事があるのだがそれが何か分からずにもどかしい思いで共和国部隊を凝視した。
 敵部隊は軍曹の言うとおりに丘の上にサーチ形のコマンドウルフ二機を配備すると残りの機体はやや下がった所で周囲を警戒する様に歩き出した。
 作戦ではレッドホーンの射界に大型機が捉えられた時点で攻撃が始まる事になっていた。
 つまり敵部隊の要であろう機体を最初に撃破する必要性が有った為に一番火力の有る機体が選ばれたのだ。その為に指揮を取る少尉が一番危険な動く事の出来ないレッドホーンに乗り込んでいたのだ。
 しかし少尉はシールドライガーを射界に捉えても引き金を引くことをためらっていた。先程の違和感が気になっていたからだ。
 しばらく監視していてようやく違和感の元に気が付いた。共和国部隊は脚部に土埃が付着している程度で戦闘による被害がまるで見えなかった。
 何となく共和国軍部隊は第三連隊と戦闘に入ったのだろうから、相当の損害が出ているであろうと言う先入観があったのだった。
 連隊規模の部隊と戦ったのだから眼前の部隊も戦闘に参加しているはずだと考えていた。しかしよく考えれば偵察部隊が戦闘に参加するはずもなかった。
 大型のシールドライガーが含まれていたからそう考えてしまったのだろう。
 
 気が付くと周りの兵士達から緊張感が抜け落ち始めているのが分かった。少尉が何時までも攻撃を開始しないからだ。少尉はすぐにレッドホーンの全火器をシールドライガーに指向した。それを見た兵士達にすぐに緊張感が戻ってきたのが分かった。
 少尉は奇襲の成功を信じて引き金を引いた。

 鋭い三連電磁砲の発射音がようやく明るくなり始めた砂漠の丘に鳴り響いた。一瞬遅れて周囲から味方のゾイドと広く展開した歩兵部隊から発射音が聞こえた。
 少尉は電磁砲によって脚部を損傷したシールドライガーにさらに攻撃を浴びせて脚を一本へし折ると別の機体に攻撃を掛けた。
 高速機動部隊相手の戦闘では奇襲によっていかに敵の機動性を奪取するかに全てがかかっていた。
 数がこちらの方が上回っているとはいえ、こちら側のゾイドはほとんど小型ゾイドだったから火力の点でも同等かやや不利だろう。とすれば敵が動き出す前に撃破するか少なくとも機動不能状態にすべきだった。
 少尉が見たところその作戦は成功しているように見えた。
 すでにコマンドウルフが何機か中破し座りこむ形になっていた。味方のゾイドには損傷した機体は見当たらなかった。
 しかしその少尉の思考を読んだかのように一機のイグアンがビーム砲に半身を焼かれ大破した。そのイグアンが倒れこむ音を聞きながら少尉はあせりながらそのビーム砲を放った敵ゾイドを探しつづけた。
 三機目の味方機が大破した時点でようやく少尉はその敵ゾイドを見付けた。
 それは脚を一本もがれながら機動するシールドライガーだった。

 シールドライガーは脚部を損傷しているのにもかかわらずイグアンやモルガを翻弄させる機動をしていた。
 少尉はそれを見て止めを刺さなかったことを後悔したが、すぐにそんなことを考えられる余裕は無くなった。
 敵部隊はシールドライガーが健在であった事で奇襲による一時の混乱から脱していた。敵部隊の次第に正確になり始めた火線を感じながら少尉はシールドライガーを再び撃破することを考えていた。
 隊長機であるシールドライガーを撃破すれば再び戦場は帝國軍側が有利になるからだ。それを考えながら少尉はレッドホーンの火器を発射したがそれはシールドライガーの目前で消えうせた。
 少尉は自分の目を疑ったがすぐに理屈が知れた。シールドライガーはその頭部の周囲に実弾、エネルギー兵器のエネルギーの相当を無力化するエネルギーシールドを展開していた。
 少尉はゆっくりと自分の中の戦意が萎えていくのを感じていた。シールドライガーのエネルギーシールドを破るには後方からの攻撃しか現在の火力では考えられなかった。
 間が悪い事に部隊で一番火力があるであろうレッドホーンの火器は先程の一撃でついに過負荷がかかったのか反応しなかった。
 しかしシールドライガーはそうは考えなかった様だ。こちらと同じように隊長機であろうレッドホーンに狙いを定めエネルギーシールドを展開したままレッドホーンに突進してきた。
 射撃し位置の暴露したレッドホーンにそれを避ける術はなかった。
 その時シールドライガーの後方に回り込んだ一機のイグアンがシールドライガーに突撃した。
 そのイグアンはエネルギーシールドの後端部で機体を焼かせながらシールドライガーの脚部にしがみ付き軌道を変更させた。
 我に返った少尉が突撃銃を手にしてレッドホーンから脱出した時にはシールドライガーとそれにもつれ合う形で倒れこんだイグアンは両機とも大破していた。

 戦闘はすでに終了しつつあった。隊長機を再び撃破された共和国部隊は降伏した。



 ベルガー少尉は暗然たる表情で回復した本隊からの通信を受けていた。

 結局本隊は戦闘などしていなかった。通信を行うゲーターは砂塵が機体に入りこみ無線機が故障していたのだ。
 しかし状況は少尉が考えていたのよりもさらに悪かった。共和国軍を包囲に向かっていた第一陣の部隊に相当の損害があった。そうやって第一陣の部隊を突破した共和国軍の高速機動部隊の一部が少尉達の部隊と戦闘になった部隊だった。
 彼らに戦闘の跡が無いのも当然だった。彼らはいまだ遅れている本隊を発見することが出来なかったのだから。
 少尉達が偵察部隊を撃破したことで高速機動部隊は戦線を立て直す為か一時、姿を隠していた。
 しかしベルガー少尉に休息を取る暇は与えられなかった。崩壊した一部の第一陣部隊に対する補充として、少尉は中隊長代理として中尉に戦時昇進し前進する事が命ぜられたからだ。
 損傷した機体を後方へ送って、ほんの僅かの補充部隊を合流させた部隊を前進させながら少尉は考えていた。
 中隊長も軍曹ももういなかった。あの時シールドライガーに突進し、戦死したイグアンのパイロットは軍曹だった。
 自分も彼等の様に部下の為に、仲間の為に雄雄しく戦える時が来るのだろうか。そして自分のような隊長に部下は付いて来てくれるのだろうか。
 それだけを考えながら少尉は歩き続けた。




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