呂33型潜水艦





<要目>
排水量 980/1,150t(水上/水中)   全長 80.5m  出力 4,400/1,200馬力(水上/水中)
最大速度 20/8ノット(水上/水中)  乗員 60名

兵装
単装40口径8cm砲 1基
連装25mm機銃 1基
53.3cm魚雷発射管 4門


 長い間日本海軍は、長距離偵察、通商破壊戦に使用する巡洋潜水艦と主力艦に随伴する艦隊型潜水艦、海大型の二系統の潜水艦の整備を行っていた。
 しかし、1930年代なかば、実戦を想定した演習などによって、それまで重要視されていた海大型の戦力価値は、大きく引き下げられていた。軍縮条約改正による日本海軍の保有枠の拡大によって、巡洋艦、駆逐艦等の雷撃戦能力のある艦艇が増大することによって、無理をして潜水艦に敵主力艦を狙わせる必要性が薄れたことと、高速で機動する艦隊に対して、速力に劣る潜水艦が射点につくのが難しいことが確認されていたためである。
 この後、米海軍が高速のノースカロライナ級戦艦などを就役させるたことによって、この疑念は現実のものとなっていた。

 艦隊型潜水艦の戦力価値が下落したのに対して、長距離巡航能力を要求される巡洋潜水艦の必要性は全く変化していなかった。戦時には、米海軍が構築するであろう米大陸からフィリピンまでの長大な通商路を破壊したり、事前の艦隊泊地への偵察などに投入するために、大型の巡洋潜水艦が必要不可欠だった。
 もっとも艦隊型潜水艦が全く不要になったわけでもなく、平時においては大型で建造に時間のかかる巡洋潜水艦を優先的に整備する一方で、艦隊型潜水艦は、戦時に急速造艦が可能な中型艦で不足分を補うものとされた。
 呂33号型潜水艦は、この戦時に急速造艦される予定の中型潜水艦の原形艦として建造された艦だった。原形艦とはいうものの、最新鋭の機材を搭載しており、中型であるため容積が限られており兵装搭載量などに不安はあったものの、潜水戦隊旗艦として運用される潜水母艦などの支援があれば、最低限の艦隊型潜水艦として運用できる性能は確保しており、実際に運用後の実績を受けての細かな設計改正はあったものの、性能諸元はほぼそのままで後に呂35型潜が建造されており、事実上これは準同型艦であった。

 呂33号潜は、当時最新鋭であった艦政本部式ディーゼルエンジンを搭載しており、2基2軸で合計で水上4,400馬力を発揮し、基準速度の艦隊に随伴するのに十分な最大20ノットを発揮することが出来た。航続距離は一万海里にも達しなかったが、これは泊地に前方展開する潜水母艦などの支援である程度は補う事ができるはずだった。
 備砲は高角砲、機銃それぞれ一基と概ね標準的といってもよい兵装だったが、実戦では潜水艦が対空砲戦を実施する事はほとんど無く、艦載電探で敵機を遠距離で察知した潜水艦は、機銃の援護のもと、急速潜行することの方が多かった。
 のちの第二次欧州大戦では、このクラスも地中海などでの近距離海域への通商破壊作戦に積極的に投入されたが、その際に敵商船を砲撃で撃沈するために、8センチ高角砲を、より水上砲戦に向いた12センチ平射砲に交換した艦も少なくなかった。
 魚雷発射管は4門と少なかったが、新造時より聴音機、探針儀のみで射撃指揮値が算出可能で、全没状態で雷撃が可能な最新鋭の魚雷方位盤を搭載していた。
 概ね兵装搭載量は艦体の規模に見合ったものと言ってよく、呂33、35号潜はバランスのとれた中型潜水艦として就役した。
 艦内容積は、最新の巡洋潜水艦と比べれば狭かったが、乗員数はより少なく、機関等の各種機材の信頼性、静粛性も確保されていたことから、配属された艦隊内の評価は概ね高いレベルにあった。






戻る
inserted by FC2 system