駆逐艇




駆逐艇


駆逐艇改


装甲艇


<要目>
基準排水量 22.2t   全長 18.5m  全幅 4.4m  ディーゼル 出力 2,400馬力(3軸)
速力 38ノット  乗員 20名(駆逐艇、改型も同じ)

基準排水量 17.5t   全長 15.5m  全幅 3.5m  ディーゼル 出力 350馬力(2軸)
速力 14ノット  乗員 13名(装甲艇)

兵装
57口径57ミリ砲 1基
7.7ミリ機関銃 1基
連装20ミリ高射機関砲 2基
(駆逐艇)

38口径75ミリ砲 1基
7.7ミリ機関銃 2基
連装20ミリ高射機関砲 1基
(駆逐艇改)

18.4口径5.7センチ砲 1基
7.7ミリ機関銃 2基
(装甲艇)

 第一次欧州大戦においてガリポリ上陸作戦に参加した日本陸軍は、上陸戦機材の開発に熱心となった。これにより1930年前後には船首に道板を備えて迅速に兵員や車輌を揚陸出来る大発動艇及びその小型化である小発動艇を制式化していた。
 しかし上陸用に特化した大発動艇は航行速度、操舵性ともに劣悪であり、無防備となる上陸時には支援砲撃が必要不可欠だった。日本軍では強襲上陸の場合は各級の海軍艦艇による艦砲射撃を作戦の前提とするとともに、近接砲撃支援用の砲艇として装甲艇が開発された。
 装甲艇の開発もガリポリ上陸作戦の戦訓を受けたものだった。この作戦では戦艦や巡洋艦などの大火力を発揮する艦艇を多数日英海軍は投入したが、十分な火力支援を上陸直後の部隊に提供することが出来なかった。
 戦艦主砲の火力は大きすぎて海岸に展開する敵防衛部隊だけではなく、上陸部隊を巻き込んでしまうし、大型艦艇では座礁を恐れて沖合に留まらざるを得ないために敵味方の識別そのものが困難だった。
 そこで喫水が浅く上陸艇に随伴して海岸近くまで接近して近接支援砲撃を行う装甲艇が開発されたのである。装甲艇は薄いながらも操縦席等には小銃弾程度に耐えうる装甲を有するとともに、主に対人、対陣地攻撃を目的とした短砲身の57ミリ砲が装備された。
 この主砲は八九式中戦車あるいは九七式中戦車に装備されたものと同じで、装甲艇の生産年度によってどちらかが装備されていた。
 これに加えて装甲艇には7.7ミリ機関銃が銃塔方式で2丁装備されていたが、主砲同様に生産時期、生産工場によって装備にはばらつきがあった。
 装甲艇は工兵連隊などに配備されたほか、神州丸型特殊船にも搭載されて上陸戦の際に大発動艇の護衛戦力としても活用された。

 大発動艇に随伴する火力支援艇としては概ね成功した装甲艇だったが、第二次欧州大戦では独伊仏の魚雷艇などの高速艇に対する戦力としても使用された。だが装甲艇の開発目的はあくまでも沿岸地帯での火力支援にあったため、速度は大発動艇に随伴できる程度でしかなく、またその火力も対地支援用の低初速砲であるため高速で襲い来る重武装の魚雷艇に対抗するのは難しかった。
 そこで第二次欧州大戦開戦に前後して装甲艇を原型としつつも高速化、重武装化が図られた駆逐艇が港湾内や上陸時に停泊中の揚陸艦艇護衛用として開発された。
 旧式化した航空機用エンジンを三基、三軸装備した駆逐艇は、合計2,400馬力に達するエンジン出力で駆逐艦を上回る38ノットという高速力と装甲艇譲りの低喫水によって沿岸近くでも活動が可能だった。
 主兵装も装甲艇同様に戦車砲を流用したものだったが、より高初速で一式中戦車に搭載されたものと同じ長砲身の57ミリ砲が搭載されていた。副兵装も対艦対空に加え榴弾による対地攻撃にも使用できる大口径機関砲が搭載されたが、これも基本的には対空戦車から流用したものだった。
 一部の艇はより大威力の38口径75ミリ砲を搭載していた。この砲は三式中戦車の初期型が搭載していたものと同様に野砲を転用したものであり、大口径のために榴弾の炸薬量が大きく、対高速艇戦闘よりも上陸支援に用いることを前提として搭載されたと思われる。
 ただし、75ミリ砲搭載型では重量対策として艇首に備えられていた連装20ミリ高射機関砲の砲塔をより軽量の7.7ミリ銃塔に換装していた。

 駆逐艇は海上機動化された第5師団の工兵連隊などに配備された他、一部は装甲艇と同じく上陸艇母艦の特殊船の搭載艇として活用されたものもあった。
 また戦時中は海軍でも港湾警備用に使用されていた。





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