一〇〇式司令部偵察機三型




一〇〇式司令部偵察機三型


<要目>
全幅14.7m 全長11m 自重4.1トン 乗員2名 武装 無し エンジン出力1560hp×2 最大速度635km/h 航続距離4,000km


 日本陸軍が航空撃滅戦における要地偵察、戦果確認などを目的に長距離偵察機として独自開発していた一〇〇式司令部偵察機は、第二次欧州大戦序盤から九七式司令部偵察機との機種改変途上ながらも戦線に投入された。
 大戦序盤から投入された一〇〇式司令部偵察機は、小口径のハ102エンジンを搭載した一型に続いて、エンジンをストロークが長くより出力の高いハ112に換装するとともに風防形状を改良して最高速度の向上を狙った二型が部隊に配備された。
 時速650キロという当時の一線級戦闘機を超える速度性能を発揮して、当初の想定を超えて日本軍だけではなく国際連盟軍の主力偵察機として運用された一〇〇式司令部偵察機二型だったが、欧州大戦中の急速な航空技術の発展によって高速化が進む敵戦闘機には早々対抗が難しくなることが予想されていた。
 だが、一〇〇式司令部偵察機は二型の時点で空気抵抗の低減を最大限図った状態であり、また機体構造の根本的な変更を意味するエンジンナセルの大型化も難しいことから、エンジンのさらなる変更も難しいものだった。

 一〇〇式司令部偵察機の性能向上に限界を感じ取った日本陸軍航空本部は次期司令部偵察機の開発計画を策定するとともに、それまでのつなぎとして現行の一〇〇式司令部偵察機の性能を引き上げる方策を打ち立てた。
 速度面での向上が見込めない以上、陸軍航空本部は高々度飛行能力の向上でもって敵戦闘機からの脅威を低減するほかなかった。おそらく陸軍航空本部はドイツ空軍のJu-86Pを想定していたものと思われる。
 Ju-86はスペイン内戦頃に実用化された機体で、第二次欧州大戦勃発時には既にいささか旧式化しており、飛行性能は大したことがなかったように思われたが、排気タービンと与圧コクピットなどを備えて高々度飛行能力を向上させた高高度爆撃、偵察型であるJu-86Rは、一万メートルを優に超える飛行高度故に、高々度戦闘機型のスピットファイアが戦線に投入されるまでは撃墜は難しかった。
 既に高々度を飛行する戦闘機も存在していたが、一万メートルを超える高々度まで上昇するのにはどんな機体であっても時間が掛かるから高速の一〇〇式司令部偵察機が高々度で巡航できれば敵戦闘機の脅威を低減できるはずだった。

 一〇〇式司令部偵察機三型はこのような想定のもと次期主力司令部偵察機の実用化までのギャップを埋めるためのものだった。
 搭載されたエンジンはハ112に排気過給器を追加したもので、エンジン本体から伸びた排気管はエンジンナセル最後部に設けられた過給器本体のタービンまで導かれて回転力に変換された。
 逆にエンジンナセル後部に設けられた吸気口から導かれた新鮮な吸気は過給器タービンで圧縮された後、断熱圧縮された吸気は排気管に沿うように設けられた吸気管を通ってエンジンケーシング下部に滑油冷却器と縦列式となるように増設された中間冷却器で冷却され、圧縮比を向上させたうえでエンジンに送られる。
 一〇〇式司令部偵察機二型では吸気圧縮比を向上させて不完全燃焼を低減するため水メタノール噴射装置が設けられていたが、この方式では水メタノールタンクが別置きで必要になる他、不使用時にはデットウェイトとなる問題があり、三型では中間冷却器が代わって採用されていた。
 この圧縮比の大きい排気過給器の採用で、一〇〇式司令部偵察機三型は高度一万メートルを超える高々度で時速600キロメートルを超える速度で飛行することが出来た。
 しかし、排気過給器の採用によって推力式排気管を使用することができなくなったため、最高速度は逆に低下していた。

 高高度飛行能力のために一〇〇式司令部偵察機三型に追加された装備は排気過給器だけではなかった。極低圧、低温環境となる高々度飛行が空中勤務者に与える影響を考慮して操縦席は与圧式として、エンジンからギアを介して動力を分配して駆動する与圧過給器が設けられた。
 この与圧過給器は次期司令部偵察機用に開発されていたもののコンポーネントを一部流用したものだったが、空気抵抗削減のために二型への改装時に巨大なものに換装されていた風防内の操縦席は容積が大きく、また窓枠を太くして構造を強化したものの、強度の点からも内外圧差を大きくとることは出来ず、実用上は一万一千メートルを飛行する際に操縦席内を高度八〜九千メートル程度の気圧に保つこととなっており、高高度飛行中の酸素マスクの着用は不可欠だった。


 


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