三式装甲作業車





<要目>
重量34トン、全長6.6m、エンジン出力600hp、乗員4名、装甲厚80ミリ(最大)、武装12.7ミリ機関砲×1、最高速度50km/h

 満州共和国建国時の混乱や中華民国内乱への軍事顧問派遣、スペイン内戦における情報収集などから、現代戦では防御火力の増大などの要因で障害物の破壊や前線での陣地構築などにあたる戦闘工兵の損耗が予想以上に激しく、また同時期に戦車の導入や自動貨車による歩兵の機動力向上などが企画されたことなどから、1930年代初頭頃より日本陸軍は戦闘工兵の装甲化を推し進めていた。
 その後九六式装甲作業機として戦闘工兵車が制式採用化されたが、工兵用の各種特殊装備はともかく、開発開始時期に戦車を運用していた歩兵科からの干渉を避けるためか専用に開発された車体は装甲が薄く、自衛戦闘用としても火力も低かった。
 また安価に仕上げたためかエンジン出力が低く、折角開発された特殊機材を牽引すると速度が著しく低下するために戦車や機動歩兵に追随できないという問題も生じていた。

 これらの問題に対して工兵科は、最前線で戦闘を行うのに十分な重装甲と機動部隊に随伴しうる機動性を発揮させるための大出力エンジンを搭載する中戦車を原型とする装甲工兵車の開発を所管の陸軍技術本部第2部に要求していた。
 従来であれば歩兵科からの干渉で早々に戦車を原型とすることは断念させられていたかもしれないが、この時期は戦車の運用が歩兵科と騎兵科の統合によって誕生した機甲科に移行した時期にあり、これにより少なからぬ混乱が生じていた。
 この混乱に乗じる形で工兵科を担当する陸軍技術本部第2部と戦車開発を担当していた第5部との共同開発の形で主力中戦車を母体とした戦闘工兵車の研究開発が認可されていた。

 だが、この認可の背景には一部の機甲科将校の暗躍もあったと噂されていた。それによれば、戦闘装甲車と主力中戦車の車体の共通性を図ることで、量産効果を上げて取得価格の低減を狙ったものであると同時に、戦闘工兵車の生産によって戦車の量産を一手に担っていた三菱一社以外に重装甲の装軌車両の生産態勢を構築させることになったと言われている。
 これにより戦時における主力戦車の生産体制を増強することがこの機甲科将校の目的であったのではないかと思われる。

 開発中である次期主力中戦車であった三式中戦車の車体設計を原型として開発されたのが三式装甲作業車で、基本的な構造は従来採用されていた装甲作業機を車体に合わせて拡大したものであったが、中戦車を原型とする分だけ装甲が厚くエンジン出力も大きいためにオプションとなる追加装備を牽引した状態でも最前線で機動する戦車、機動歩兵部隊に随伴することも出来た。
 もっとも実際には三式装甲作業車は直接中戦車の車体を原型としたわけではなく、同じく同車を原型とした戦車回収車である三式力作車を元に回収用の装備を戦闘工兵用の特殊装備に交換していた。

 三式装甲作業車は追加装備用の頑丈な取付金具を力作車では牽引用アイプレートが取り付けられた位置に追加しており、後方の追加装備取付金具にはエンジンから分岐した動力伝達機構も備えられていた。
 使用しない追加装備は牽引式の専用トレーラーに搭載して保管、運搬が可能だったが、当然の事ながら前線での作業中は後方に残置されることになり、本車ではなく専用の牽引車を使用する部隊も多かったようである。

 幾つかの特殊装備はオプションであったものの、三式装甲作業車本体側には戦闘工兵用の幾つかの固定装備が備えられていた。
 自衛用兵装は三式力作車の7.7ミリ機関銃から、より前線での行動が増えると判断されたことからより大威力の12.7ミリ機関砲に換装されており、敵陣地の爆破などを行う際の制圧射撃などに用いられていた。
 もっとも自衛用火器は最後の手段であり、陣地攻撃前などには車体前面に追加装備された発煙弾投射機によって展張された煙幕に潜んで接近するケースが多かったようである。この発煙弾投射機は元々三式装甲作業車用に開発されたものだったが、三式中戦車に逆輸入されて追加装備されることも多かった。
 車体前部には三式力作車同様に可動式の排土板が装備されていたが、この排土板は工兵作業用に力作車や中戦車に装備されていたものよりやや大型化していた。
 三式力作車に装備されていた車体右側のジブクレーンも前線での陣地構築や、逆の陣地破壊、更には爆薬の運搬や投下など多目的に使用する油圧伸縮式のバックホーに換装されていた。
 ほかに固定兵装としては鉄条網や陣地を破壊するために炸薬が充填された破壊筒を安全な距離から投射出来る九八式投擲器が戦闘室後部に設置されていた。九八式投擲器は先込め式のため、戦闘室上部後端には装填作業用のハッチが設けられていたが、発射作業そのものは車内から操作することが出来た。
 爆薬の設置はこのように遠隔投射、バックホーシャベルによる直接投下のほか、履帯式の無人爆弾輸送車両を無線遠隔操縦する機能も用意されており、状況に応じて自走爆雷として使用できた。

 この他の特殊装備はオプション式で必要に応じて前後部の取付金具に設置された。特殊装備としては、鍬条の金物で埋設されている地雷ごと車体前方の土砂をかき分けて地雷原の啓開を行う地雷掃討器、鉄条網や障害となる植物を破壊するための伐開器、滑走路の構築などに使用する車体後部に牽引するローラー式の転圧器などがあった。
 実際の戦場ではローラー式転圧器は車体前方に配置されて地雷処理に用いられる場合も多く、事前の予想よりも損傷が多かったようである。転圧器を車体前方に装備する際には干渉して邪魔になるために排土板は取り外されていた。排土板自体も地雷掃討器の代わりに土砂ごと地雷を処理する場合もあった。
 この他に長射程大出力の火炎放射器や、重量級の戦車も通過できる仮設橋を対戦車壕などに設置する架橋装置も用意されていたが、砲塔式の火炎放射器はバックホーと交換式で、架橋装置に至っては戦闘室ごと交換しなければならないため、実際には専用の火炎放射戦車、架橋戦車として運用されていた。


 


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