第八話:硫黄島沖海戦






    1945年 2月22日 硫黄島西方

 大和が敵一番艦に発砲したとき、敵艦隊との距離はまだ35000ほどあった。戦艦の砲戦距離としてはまだ遠かったが、電探によって着弾観測は十分に可能だった。
 第一射が着弾する頃にはお互いに回頭を終えた戦艦部隊は同航戦の体勢に入っていた。大石中佐は敵艦の前に巨大な水柱が立つのをみた。
「だんちゃーく、今・・・全弾近弾となった模様」
 見張りの声と同時に砲術長の報告が入る。 「一番近、二番・・・」
 砲術長が言い終わる前に見張りの声が艦橋内に響いた。
「敵艦発砲」
 大石中佐がちらりと敵艦を見ると確かに水柱の中に突っ込んでいた敵一番艦の砲塔から赤いものが見えていた。こちらの第一射は敵艦の針路上に水柱を上げただけだった。
「やはり距離は正しいのですが、角度が多少悪いようです。電探の特性上仕方がないことですが、次弾は正確になりますよ」
 いつの間にか大石中佐の後ろに来ていた西園寺がいった。艦長自ら操艦しているために手持ち無沙汰な大石中佐は居心地が悪そうに西園寺の様子を見た。
「君は下に降りていた方が良いのではないか。ここは、その・・・危険だから」
「どうぞお気になさらないでください。大和に乗り込むときに一同で血判状を書いております。海軍に迷惑はかけません」
 貴様がここにいること自体が迷惑なのだ。大石中佐はそう考えたが、それを口に出すよりも早く着弾の衝撃が押し寄せた。あわてて二人が窓の外を見ると左舷側に巨大な水柱が発生していた。西園寺が大石中佐にしか聞こえないようにつぶやいた。
「意外に近いな」
 大石中佐が西園寺の横顔を見ると額にわずかに汗が出ているのをみた。この男も緊張することがあるのだな、そう考えていると今度は大和が第一射のデータから角度修正して発砲した。
 敵艦隊もほぼ同時に発砲していた。だがその射撃速度では着弾から修正することは難しいだろう。どうやら敵艦隊は発射鉄量でこちらを圧倒するつもりのようだった。だが着弾修正もろくに出来ないのでは無駄弾になってしまうのではないか、大石中佐はそう考えていた。
 しかし実際には最初に命中弾を敵艦に与えたのは米軍の方だった。このとき米海軍はアイオワ級のミズーリとウィスコンシンが大和を、サウスダコタ級のサウスダコタとインディアナが武蔵、そして残るサウスダコタ級のマサチューセッツが最後尾の榛名を砲撃していた。命中弾を与えたのはその最後尾をいくマサチューセッツだった。
 これに対して日本海軍は大和と武蔵は同調装置を作動させて同時にミズーリを砲撃し、榛名は二番艦のウィスコンシンを狙っていた。すでに第三斉射において大和はミズーリに対して挟叉していたが、まだ命中弾は得ていなかった。榛名はいまだに挟叉させることができていなかった。榛名には大和と武蔵が与えられているような電探は装備されていないから不思議なことではなかった。
 榛名に命中したのはマサチューセッツが放った第六斉射の一発だった。その40センチ砲弾は榛名の第一砲塔の直前に命中した。36センチ砲に絶えるように張られた装甲は40センチ砲弾に容易く撃ち抜かれた。しかし砲弾が与えた損害は外部から眺めただけならばそれほどのものには見えなかった。第一砲塔の前からわずかに煙がたなびいているだけだ。だがマサチューセッツの乗員は誰も気がついていなかったが榛名は砲塔旋回装置が吹き飛ばされていた。第一砲塔による砲撃は不可能になったことになる。
 次に命中弾を与えたのはお返しとばかりに第一砲塔を除く全砲塔を震わせた榛名だった。ウィスコンシンに命中した二発の36センチ砲弾は一発はB砲塔天蓋装甲に跳ね返されただけだったが、もう一発は前鐘楼付近に着弾しアンテナ群を吹き飛ばしていた。これによってウィスコンシンの砲撃精度は大幅に低下した。
 その後は命中弾が連続した。まず命中したのはミズーリが放った一弾だった。40センチ砲弾は第三砲塔にはじき返されたが、砲弾が海中に沈む前に高角砲と機銃座をいくつかこそぎ落としていった。
 それとほぼ同時に武蔵に命中した砲弾が与えた損害も似たようなものだった。艦首部に命中した砲弾は付近の機銃座を吹き飛ばした上で兵員室をいくつか吹き飛ばした。ついでに錨も壊していたがその損害は誰も気にしなかった。戦闘中に停泊することなどありえないし、それよりも兵員室が炎上していることによる煙の方が問題だった。
 武蔵の煙が問題になったのは艦隊が増速したからだ。大和を先頭とした単縦陣をとったまま艦隊は敵艦隊の頭を抑えようとしていた。米艦隊は速力の低下したウィスコンシンに速度をあわせていたからこのままでは頭を抑えられるのは目前だった。


    1945年 2月22日 硫黄島西方

 矢矧を先頭とする第二水雷戦隊は着実に敵艦を魚雷の射程内に入れようとしていた。主力艦の数だけを見れば日本海軍が大きく劣っているからだ。この戦力差を突き崩すためにも水雷戦隊が米戦艦の数をを減らさなければならない。
 敵戦艦に取り付くまでの水雷戦隊にとって一番の脅威は戦艦の自衛火器ともいえる副砲群と敵の前衛部隊だった。米海軍の前衛艦隊は魚雷の性能が劣っているために艦隊での襲撃は苦手としているが、そのぶん使い勝手の良い両用砲は充実していた。米海軍の両用砲は発射速度が高く接近する水雷戦隊にすれば無視できない脅威だった。
 それに対して戦艦の副砲は実はそれほど脅威にはならなかった。日本海軍の大和級もそうなのだが、米海軍の新鋭戦艦は副砲が存在しなかった。日米ともに戦艦の設計思想として中途半端な口径の副砲を搭載するよりも急速に発達した航空機に対抗する高角砲や両用砲を搭載する傾向にあったからだ。
 もちろん高初速で発射される高角砲弾は駆逐艦のような小艦艇にとっては十分な脅威となる。大和級が副砲の代わりに汎用性の高い高角砲と大口径の機関砲を搭載しているのは接近する小艦艇を弾幕で阻止するためでもある。しかし米海軍の戦艦は両用砲の砲弾は殆どが対空用砲弾で対艦用の徹甲弾はごく少量しか搭載していなかった。これは米海軍の新鋭戦艦の主な任務が空母群の護衛にあったためだ。
 対空砲弾の散弾でも水雷戦隊に損害を与えることは出来るが、完全に押しとどめることは難しかった。つまり日本海軍側としては敵の前衛艦隊さえ突破してしまえば魚雷攻撃をかけることが出来るということだった。
 そして現在、敵艦隊の前衛部隊は第31戦隊が押さえ込んでいた。第二水雷戦隊を構成する艦艇が開戦前に建艦された駆逐艦であるのに対して、第31戦隊が装備する艦艇は殆どが最近になって配備され始めた橘級だった。
 橘級の原型は海上護衛総隊で使用する船団護衛用駆逐艦として設計された松級だった。戦前から戦時の急速建艦体制の構築を狙って設計されていた松型には主機や兵装の交換で艦隊駆逐艦としても運用できるだけの汎用性が持たせてあったからこんな無茶が出来たのだ。しかし橘級は急造の、口を悪くすれば数合わせの艦隊駆逐艦に過ぎない。主兵装である魚雷発射管の能力も他の駆逐艦と比べると見劣りがした。何よりも橘型には次弾装填装置が存在しなかった。
 すでに第一遊撃部隊は硫黄島にたどり着くまでの間に数度の戦闘を経ていた。その戦闘で橘型は魚雷を撃ちつくしてしまっていた。だから第31戦隊が前衛艦隊を突破しても敵戦艦に対して有効な打撃を与えることは難しかった。第31戦隊が第二水雷戦隊と分かれて敵前衛艦隊を至近距離で押さえ込んでいるのもその為だった。
 今の所第31戦隊の足止めは成功しつつあった。敵前衛艦隊は軽巡洋艦を含む有力な駆逐戦隊だったが、被弾して戦闘力を低下させた艦も多かった。軽巡洋艦や駆逐艦といった比較的小型の艦艇では一発の被弾による戦闘力の低下は大きい。それに対して旗艦である五十鈴を始めとした第31戦隊所属の艦にはほとんど損害が無かった。そのおかげか、果敢に戦闘を行う第31戦隊は劣勢にもかかわらず互角以上に戦っていた。
 敵前衛艦隊と第31戦隊の戦闘は乱戦となっていた。すでに敵味方ともに脱落した艦艇もあるようだが、第二水雷戦隊の位置からでは状況を把握することは難しい。だが今は第31戦隊のことよりも接近する戦艦群に集中することの方が大事だった。
 第二水雷戦隊も戦艦群を攻撃し終われば第31戦隊と合流して敵前衛艦隊と交戦するつもりだった。再装填すべき魚雷がもう無いからだ。戦艦に対して第二水雷戦隊の駆逐艦が装備する12.7mm砲程度では有効な打撃を与えることが出来ない。それならば敵前衛艦隊を叩いた方がましだった。むしろ第二水雷戦隊がうろちょろしていては味方の戦艦の邪魔になる可能性すらあった。
 だから第二水雷戦隊が魚雷発射水域に進出した直後に魚雷発射が行われた。敵艦隊からの妨害は高角砲群による砲撃だけだった。高角砲の被害は矢矧に集中していた。矢矧はすでに満身創痍といった状況だった。対空砲弾の破片によって甲板上はすでに生存者がいるとはとても思えなかった。すでに矢矧の魚雷は投棄されていた。発射装置が破片によって破損しているからだ。それどころか主砲の砲塔にも無視できない損害があった。現在、矢矧は第一砲塔だけが元気に主砲弾を放っていた。装備されていた機銃も機銃座と操作員ごと吹き飛んでいた。艦橋が原形を保っているのが不思議なくらいだった。
 敵戦艦群は第二水雷戦隊による魚雷発射を受けて慌てて回避行動に移っていた。第二水雷戦隊が接近しているのには早くから気がついていたはずだが、今まで回避していなかったのは主砲の射撃値が回避行動によって台無しになってしまうのを嫌ったためだろう。
 だがいま敵戦艦群はこちらに艦首を向けつつある。後は第二水雷戦隊は退避するだけだ。だが先頭を行く矢矧が回頭する様子は無かった。各艦の艦長は不審に思ったが勝手に動くわけにも行かなかった。
 次第に回避行動に専念する敵戦艦群からの砲撃は低調になっていた。すると矢矧の後甲板に恐る恐るといった感じで水兵が出てきて旗を揚げた。どうやら矢矧の艦橋はいつの間にか全滅しているらしい。次席指揮官に指揮をゆだねるよう水兵の旗は示していた。確かに矢矧の艦橋は原形を保ってはいたが、良く見ると貫通したような弾痕がいくつもあいていた。対空砲弾の破片といえども集中して食らっていは軽巡洋艦の薄い装甲では耐え切れなかったのかもしれない。
 それからの行動は早かった。二番艦につけていた第17駆逐隊旗艦の磯風が本艦に続けという無線を発した直後に勢い良く船体を傾けて転舵した。今度は磯風を先頭にした第二水雷戦隊は180度向きを変えると今度は敵前衛艦隊と第31戦隊が激戦を繰り広げるなかに突入していった。


    1945年 2月22日 硫黄島西方

 第二水雷戦隊の襲撃によって敵戦艦部隊は混乱しつつあった。魚雷を避けるためだろう、敵戦艦は一斉に魚雷が向かってくる方向に回頭していた。日本戦艦に対する砲撃は一時中断していた。日本海軍の魚雷威力を考えればそれも妥当だった。
 それに対して第一遊撃部隊も一時砲撃を中断していた。こちらは増速して敵艦隊の頭を抑えるためだった。米艦隊はそれが分かっていながら有効な対処が取れないでいた。まずは魚雷から逃れなければならないからだ。
 おそらく水雷戦隊による魚雷は有効打を与えられないだろう。敵艦隊の動きを見ながら大石中佐はそう考えていた。昼間でしかも発射した駆逐艦の様子が手に取るように見えているのだ。敵艦隊には有効な回避手段をとる余裕が十分にあった。
 だがそれでも魚雷攻撃は十分な効果があったと見るべきだ。このままいけば第一遊撃部隊は敵艦隊の頭を抑えることが出来る。完全とはいいがたいが、お互いの状況は日本海海戦のような丁字戦法になりつつあった。
 そして陣形を整えた第一遊撃部隊による砲撃が再開された。敵艦隊は回頭を終えて魚雷をやり過ごす所だった。だがそれでも敵艦隊も砲撃を開始した。両艦隊の距離はすでに危険なまでに接近していた。
 両艦隊の弾着が発生したのはほぼ同じ時間だった。大和と武蔵による砲撃は少なくとも二発が命中していた。同時に榛名にも命中弾が発生していた。
 だが大石中佐は砲弾によるものではない水柱を発見していた。どうやら回避行動を取っていても運悪く魚雷が命中した戦艦があるらしい。大石中佐はもっと良く確認しようと艦橋の狭いスリットに双眼鏡を向けた。だがそれよりも早く西園寺の声が聞こえた。彼にしては珍しくあせっている。
「電探が故障だと、空中線が破損したのか」
 そういうと西園寺は誰が止めるまもなく艦橋脇の装甲扉を素早く開けて身を乗り出した。どうやら空中線の様子を自分で確認するつもりらしい。下手をすれば敵弾の破片が飛び込む恐れもあるが、一応は敵艦の発射タイミングを見計らったようだ。その研究者らしからぬ行動に驚いた誰かが口を開ける前に西園寺は眉をしかめつつ首を引っ込めた。
「電探が破損しました。この状況では修理は出来ないものと考えてください。それと榛名にかなりの損害が出ているようです」
 それを裏付けるように榛名からの損害報告を電信員が伝えた。榛名は西園寺が言うように大きな損害を受けていた。すでに砲撃不能になっていた第一砲塔と第二砲塔の間に命中弾が発生していた。艦体の装甲を貫いた砲弾による被害は船穀付近にまで達していた。
 だがそれよりも第四砲塔付近に命中した砲弾の方が被害甚大だった。砲弾は第四砲塔の後部に大穴を開けていた。その損害のおかげでスクリューの軸がゆがんでいた。そのまま放置していては大規模な浸水を起こすのは必死だった。つまりは片舷側の推進軸を全て停止させなければならない。
 それを聞いた山口長官は即座に決断した。
「榛名は砲撃を続行しつつ退避せよ。敵戦艦は本艦と武蔵だけで押さえ込む」
 その頃には敵艦に与えた損害の報告も入り始めていた。

 結局水雷戦隊の魚雷を受けたのはウィスコンシンとサウスダコタの二隻だった。そのうちウィスコンシンは戦列を離れつつあった。それどころかこのまま沈んでもおかしくは無かった。それまでの戦闘による被害は外部から観察しづらかっただけですでに危険なものだった。砲撃能力は殆ど低下していなかったが、日本海軍と競うように速度を出していたおかげで浸水は危険なほどだった。いつ破孔が広がるか分からないからだ。
 そこにウィスコンシンは第二水雷戦隊からの魚雷が命中してしまった。しかも運悪く命中したのは先の戦闘で発生した破孔のすぐ近くだった。二つの破孔はお互いにひきつけあうかのようにその間の鋼板を大きくたわませた。やがて速度による圧力に効しきれなくなった鋼板は鋲を撒き散らしながら二つの破孔をつなぎ合わせた。
 巨大な破孔となった箇所からの浸水はすさまじかった。すでにウィスコンシンは主砲を発射することが出来なくなっていた。船体が傾きすぎて主砲弾の装填が出来ないのだ。注水によって船体の傾きを直そうにもすでに予備浮力は無くなりつつあった。ウィスコンシンがまだ浮かんでいられるのは米海軍が誇るダメージコントロール技術のおかげだった。
 それに比べるとサウスダコタの被害はまだましだった。それでも浸水によってサウスダコタは速度を低下させていた。米艦隊はウィスコンシンとサウスダコタを戦列から外すつもりのようだった。サウスダコタに続くインディアナとマサチューセッツは一番艦ミズーリを追随しようとしていた。
 大和と武蔵の砲弾が連続して命中したのはその時だった。ミズーリを覆い隠すかのように発生した水柱の量は明らかに少なかった。水柱が消え去ったときミズーリはすでに満身創痍になっていた。両用砲群の大半が吹き飛ばされ、主砲砲塔も第三砲塔を除いて砲撃不能になっていた。
 それでもミズーリは前進を続けていた。推進関係への被害は殆ど無いためだった。だが戦力としては頼りなくなっているのも事実だった。これで米艦隊は三隻になった。
 だがその間に第一遊撃艦隊にもかなりの損害が出ていた。退避しようとした榛名には艦体中央部に続けて命中弾が発生した。最初の砲弾は煙突付近に命中してボイラー室をいくつか巻き込んで爆発した。榛名はそれで速力が急速に低下した。二発目は高角砲の弾庫に飛び込んで炸裂した。それが榛名にとっての致命傷となった。艦隊中央部で発生した爆発は大火災を起こしていた。問題は火災によって艦橋からの指示が艦体後部にまったく届かなくなったことだ。これによって応急処置の殆どが行われること無く場当たり的な対処に終始してしまった。
 攻撃力を失ったと米艦隊が判断して砲撃を中止したときにはすでに榛名は浮かぶ鉄塊となっていた。それが沈むのも時間の問題だった。総員退艦命令はすでに発令されていた。

 日本海軍で残存する戦艦は大和と武蔵だけだった。しかも両艦ともにかなりの損害を受けている。だが米艦隊も全力砲撃可能なのはインディアナとマサチューセッツの二隻だけだった。どうやら戦艦同士の戦闘はまだ続きそうだった。



戻る 次へ
inserted by FC2 system